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  [No.3530] 01 P lus tool 投稿者:水雲(もつく)   《URL》   投稿日:2014/12/08(Mon) 20:48:53   61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



[ Drift --- done. Subject : Rindoh : Include file No.204 to No.205 /// Next --- Union. ]
[ メインシステム起動。プログラム・オルガ、開始。コンディション――良好。外部通信、異常なし。 ]
『リアリー、起きなさい。リアリー』
 懐かしい声で、懐かしい名前を呼ばれた。
 闇に意識を預けていたリンドウのそれが、優しいささやきによってかすかに浮上する。覚醒を感知したコールドヴァットが解凍を始め、パスコードをセルフ入力してロックを解除。気圧差を正常に戻すための排気がなされ、つんざくような音が左右からリンドウを刺激した。
 ――「リンドウ」が起きます。
 ――いよいよね。
 頭の中へ甘く広がる声とは別、聴覚では人間と思われる肉声も拾ってきた。
 五感がほぐれきっているというより、こんがらがっていると表現したほうがわずかに近い。直前まで凍結状態にあった肉体が熱を取り戻し始め、それと同時に意識の焦点が少しずつ定まっていく。
『う、あ、』
 目覚めるのを恐れる自分が、こころのどこかにいた。眩しくて、目が痛くてたまらない。自分の体がどういう状態にあるのかが把握できない。長い時間を費やして解凍プロセスが完全に終了した後も、リンドウはなおもコールドヴァットのシートで、不器用に身を捩らせる。しかし体が固く、満足に動かすこともあたわない。
『リアリー、私の声が聞こえるか』
 聞こえていた。その声の正体も、もちろん知っていた。
『にい、さん――』
 自分の身に何が起きているのか、まったく思い出せない。眠気とはまた違う、朦朧とした感覚がしぶとく頭に絡みついており、リンドウはいまだに視界を固く閉ざしている。
『ここ、は――。目、痛い、眩しい――』
『大丈夫だ、少しずつでいい。「私がサポートする」から、視界を開けるぞ』
 眼孔の奥とも言うべき箇所に、じわりとする痛みがにじむ。ヒトの胎児が眠るような体勢となり、リンドウは光を嫌った。ここで色素を受け入れることは、暗闇に閉じこもったままでいるよりも何倍もの勇気を必要とした。リンドウは兄の声にすがりつき、広大で冷たい闇から閃きへと誘われ、導かれる形で視界を広げた。
 鉄(くろがね)と鋼と、電子機器の詰まった、ガラクタ置き場のような大部屋。自分が体を任せていた場所をコールドヴァットといい、包むようにして守っていたと教えられたのは、しばらく後のことだ。
 マニューラ、サーナイト、チルタリスといったポケモンが自分を取り囲むように点在しており、その「配役」と「配置」に、リンドウは強烈な悪意を察した。一体一体に、そして一人一人に目を向けると、意識もしないうちに不思議と輪郭が鮮明に浮かんで見えた。
 ――リンドウが完全に起きました。
 ――まずは成功ですね。
 ――心拍数、血圧数を観測するに、プログラムのほうも異常ありません。
 無機質な部屋にはまるで似つかわしくないほどに純白の白衣を着ていた人間数名が、それぞれ思い思いにつぶやいていた。こちらに興味でもないのかそれとも何かへ必死に取り組む必要があるのか、数人はこちらに尻を向けてモニタを食い入るように見つめている。キーボードを叩く速さと音は極めて一定的で、やけくそに遊んでいる気さえした。
 まだ状況が飲み込めない。
 自覚できるのは、
『リアリー、おはよう』
 この声の主が、自分の兄であり、唯一の肉親、オルガということだけだった。
『ここは、どこ? 兄さんはどこ? どこから話しているの?』
 寝起きと例えるのが一番的確とも言える、呆けた表情で、リンドウは周囲をゆっくりとうかがう。自分のいるべき場所ではない、とリンドウは思う。理由は漠然としており、明確な答えを出しあぐねている。
『ここはトクサネの、とある研究室だ。どうだ、まだ記憶がはっきりしないか?』
『――ううん、なんとなく、思い出してきた』
 意識の匙でこころの内側をそぎ落とし、リンドウは道中を口の中で転がす。
『わたしは、確か――』


   ― † ―


 わたしはリアリー、そして、リンドウ。
 マスターと、マスターの仲間たちとホウエン地方の色んな所を駆け巡ってた。
『そうだ。リンドウというニックネームも、お前の主人がつけてくれたのだな』
 うん。わたし、みんなと闘ってた。最後に憶えているのはそこ。
 あまり思い出したくないというか、思い出しにくい記憶なんだけど――地中に眠っていた古代ポケモンたち。ええっと、
『グラードンとカイオーガ』
 うん、そう。その二匹の力を利用しようとした悪い人間たちがいた。目的は、なんだか色々いっぱいで、難しくて細かくは憶えてないや。とりあえず、ロクな感じではなかった、かも。だから、マスターとそれ以外の人間たちが反発して、敵対した。もちろん、わたしもそっち側。
『南の孤島で暮らしていたお前と私を狙っていたのも、その悪党たちだ』
 そうそう。思い出してきたよ。いつまでもあの孤島に引きこもってわたしを外へ連れだしてくれたのは、マスターだったね。兄さんも、あえてわたしに嫌われるような言葉で、無理やりあの島から追い出してくれたんだっけ。
『――あの時はすまなかった』
 ううん、全然気にしてないよ。おかげでわたしは色んな事を知れたし、誰かと一緒にいられることが楽しいってわかったし、誰かの役に立てるってことがどれほど嬉しい事なのかを勉強できた。マスターにも、みんなにも、もちろん兄さんにも感謝してる。ありがと。
『リアリー――』
 で、あの後は――えっと――あの、あとは――グラードンとカイオーガが目覚めて――
『ああ。畢竟、敵は己が手に負えない力を求めていたに過ぎなかった』
 だから、マスターが立ち上がった。マスターだけが、あの二匹をどうにか出来るかもしれない可能性を持っていたから。
 みんなで力を合わせて、
 あの戦場に――
 赴いて――
 おも、むいて――
『リアリー、落ち着いて。ゆっくりでいい。お前もつらいだろうが、確証が欲しいのだ。最後まで自分自身で思い出して、現実を認めるんだ。でなければ、お前はお前自身を取り戻せない』

 わたし、わたしたちは――負けた?


 ――主任、リンドウの心拍数が、
 ――構わないわ、記録を続けて。
 あの「輪」の中にいられるわたしは、無敵だと信じていた。マスターとなら、みんなとなら、世界の果てへも行けたはずだし、どんな障害も打破できるはずだった。わたしは、あの「輪」の繋がりの強さに心酔していた。
 けど、そんなのは、わたしの驕りに過ぎなかったのを思い知らされた。
 知らないでいられることは、しあわせなことであって、不幸なことでもあった。
 みんな、命がけで闘った。多分、世界を守りたいとか、悪いやつらの好きにさせたくないとかじゃなくて――単純に、つい昨日までの楽しかった時間を、そのまま継続したかったから、なのかも。
 あの二匹の持つ力は、そしてお互いのエネルギーを求めあう本能は、わたしたちの想像以上だった。

 沈む大地と、干上がる海。
 大きく矛盾し合ったものが相手を食いあって、その闘いの渦中に身を投じた時、最初に思ったのは強烈な怖さと後悔だった。みんながいれば、なんていうかっこつけた建前は、わたし自身に対する卑劣な嘘だった。
 巨大で一辺倒な意識をぶつけあっている中での、わたしたちの仲裁なんて、虫けらも同然だったと今でも思う。それだけあの闘いは熾烈を極めていて、中心に立っていたわたしでもうまく表現できない。
 走るのが自慢だった子、飛ぶのが好きだった子、闘うのが上手だった子。
 大した時間もかけずに、大切な仲間が――力に飲み込まれて――
『リアリー、』
 それから、マスターが、強い衝撃に飛ばされて――あの黒くて深い海に、落ちて――
 わたし、は――わたしは、その時どうしてたっけ――
 次々と打ち捨てられていく仲間たちをぼんやり見つめて、ただ宙を浮いていた?
 それとも無我夢中で泣き叫びながら、あのどちらかの巨体に、拳を突き立てていた?
 どっちもだった、気がする。
 無事を確かめに行かなかったのは、もう助からないって即座に悟ってしまったから。それよりも先に感情が爆発した。その時の怒りは、多分あの二匹に対するものじゃなくて、亡骸をそのまま遠目に察した自分に対するものだったと、今は感じてる。
 そして、滅茶苦茶になっているわたしを、兄さんが「あの攻撃」から――かばって――
 ――あれ?
『どうした?』
 その時、兄さんも、そばにいたんだっけ?
『―――、ああ。お前の、危機だったからな。みんなと一緒に闘ったじゃないか』
 そう、だったっけ。
 うん、そうだったね。
 ごめん、まだやっぱりはっきりしないや。
『無理もない。あの惨状によるショックで、間もなくお前の意識は完全に失われてしまった』
 あの後、何が起きたんだっけ。
『リアリー、』
 みんなが死んでしまって――兄さんがわたしをかばって――わたしも気を失って――
 赤い巨体、
 青い巨体、
 小さな、人間、
 小さな、仲間、
 小さな、わ、わたし、
 みど――
『リアリー、そこまでだ』
 っ。
『安心しなさい。ホウエンは、無事だ。現に、お前も人間たちも、こうして生きている』
 あの、二匹は?
『――再び、地中へと還った。各地で発生していた異常気象も収まった。お前だけでも生き延びてくれて、本当に、本当に良かった』
 でも、
『犠牲は決して少なくはなかったが、な――』
 兄さんも、死んじゃったの?
『あの後のことは、私も綺麗には憶えていない。お前を抱いて逃げたのだ。瀕死の状態で、お前をおろせる安全な場所だけをひたすら探していた。二匹がどういう理由で鎮まったのかまでは見届けていない』
 そうじゃなくて。兄さんは、どうなっちゃったの?
『――正直に話そう。私は心身ともにとうに限界だった。同じく危険な状態にあったが、唯一生き残る可能性を持っていたのはお前だけだ。あの大きな動乱の直後、私とお前の体は即座に回収された。そして、私は精神と肉体を切り離され、お前の「トライヴ」に精神だけを移行された。私の体は、今も別の研究所で半永久的に凍結中だ』
 トライヴ? 精神?
『今日が何日だかわかるか? あの闘いから、実は2年と15日が過ぎている。お前は、あの闘いからずっと眠り続けていた』
 えっ――。
『この研究室でお前の体を修復するのに、そしてトライヴに私――「オルガの精神」を組み込むのに、それほどの時間を有したのだ。他に選択肢がなかった』
 選択肢、って、
『闘いは終わったが、まだ脅威が去ったわけではない。お前の力が、どうしても必要なのだ』
 な、なんで? どうしてわたしの? わたしを蘇生してまで、兄さんの精神だけを切り離すだなんてひどいことをしてまで、やるべきことなの?
『そうだ、「やるべきこと」なのだ』


   ― † ―


 1秒単位の追憶と対話が、ここで終わった。
『待ってよ、兄さん。わからないことだらけ。トライヴって何? 兄さんの精神はわたしのどこにあるっていうの?』
 波乱の記憶のささやかな後日談を語られても、その言葉と内容が理解できなければ話として組み込めない。リンドウは困惑に困惑を重ね、頭を抱えようとする。
 その時、硬い何かが両手に当たった。
 その時、さあ、と血の気の引く音がした。
 リンドウのではない。周囲にいた人間とポケモンたちのだ。
 その時、顔と頭に何かが取り付けられていることに、リンドウはようやっと気づいた。
『え、なに、これ、』 
 リンドウは爪とそっと立て、小刻みに震わせながらもつるつるとした表面上をこする。少し冷たく、それでいて硬い。少し圧を加えると、何故か視界がゆるやかに湾曲した。
『リアリー』
 その時、視界の脇にいた一人の女性が、うなずいていた。
『自分の顔を見れば、わかるよ』
 半開きとなったコールドヴァットはさながら破れた殻のようで、リンドウは孵化したばかりの赤子のようだった。自身の体を念力で浮遊させる方法を再度見つけ出すことに、さほど時間はかからなかった。リンドウはゆったりとした動作をもってゆりかごから巣立っていく。そして、

 窓ガラスに映った自分の顔を、見た。
 自分の知らない顔が、そこにあった。

「なあっ」
 亜音速にも近い早さで、リンドウは窓ガラスに釘付けとなった。
「なにこれえっ!?」
 壁に突き立てた両手から発せられる衝撃で、部屋全体が大きく軋んだ。
 リンドウの目は、そのどちらもが肉眼ではなくなっていた。代わりに機械の部品がそこを補う形で取り付けられており、左右からは龍のひげのように黄金色のパーツが伸びてあった。ラティアスの象徴とも言うべき、紅色の頭、五角形の白色の額。それらをすっぱりと否定する、半透明の巨大なバイザー。
 リンドウは、目を始めとし、顔の一部が完全に機械化されていた。
 オルガがとどめとばかりに、慰めにもならない言葉をかけてきた。
『それが「トライヴ」だ。お前を生かすためには、そしてこれからのためには、やむを得ない選択だった』
 絶句。驚愕のあまりに二の句が継げない。怒りも悲しみも湧いてこない。口を間抜けなくらい全開にし、自分の顔を不必要なくらいべたべたとあらためようとする。が、バイザーの上げ方がわからず、終始曲面を滑るに済んだ。

 ――リンドウの目ってさ、金色で綺麗だね。
 マスターの声が、切なくリフレインされた。

 5秒ほど遅れて、唐突にやりきれない気持ちがリンドウの中で沸騰した。振り向くリンドウの目、機械に埋め込まれた丸い可視光センサーが、ぎらりと怪しげに光った。歯を食いしばり、黄金色のパーツを掴み、無理やり引き剥がそうとしたところで、オルガの怒声が響いた。
『だめだ! それらは非常に精密な機械で、お前の脳神経にまで繋がっているのだぞ! 下手に外そうとしたら植物状態に戻ってしまう! そこにいる人間たちはあくまでも、お前の命の恩人なのだ!!』
 周囲のポケモンたちが臨戦体勢をとっているのを、乱れる視覚映像の中で確認した。やはりこうして自分が暴走状態に陥りかねないことを予期しての構えだったのだと強烈に思い、それだけリンドウの熱は加速した。体温の変化、心拍数の上昇、外圧による機体損傷警告、あらゆる情報が数字となってバイザーを埋め尽くしてきた。それらを総合してトライヴは自律的に判断。リンドウの自傷行為を中止するよう正確に稼働した。
 視覚映像が一瞬ブレて、両腕に入る力が抜け落ちる。不可抗力のような気持ちの移ろいが始まり、徐々に中和されていく。感情までこの機械のせいで制御されているのかも、とその時リンドウは内側から思った。
『お願いだ、リアリー。抑えてくれ。私はやっとの思いで、お前をあの死地から連れ戻してきたのだ。私とこの人間たちによって取り返せた命だということを、忘れないでほしい。その身がどうなろうと、お前は私のかけがえのない妹だ――』
 それは、オルガの何よりの本心だと、リンドウも承知していた。
『――ごめん。わかったよ、兄さん』
 誰に向けたらいいかもわからない一滴の悔しさだけを胸に残し、リンドウの全身から戦意が溶け失せる。それぞれ臨戦体勢をとっていたポケモンたちも緊張を解き、自然体に戻る。
 オルガと人間たちの安堵の息が、綺麗に重なった。


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