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  [No.3531] 02 O ver nurse 投稿者:水雲(もつく)   《URL》   投稿日:2014/12/12(Fri) 20:13:51   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 口を開けて舌を見せたまでは良かったが、そのままの流れであちこちと、おまけにあんなところまで診察されるとまではさすがに思わなかった。主任と思しき人間の担当官が女性だったのが、かろうじての救いだった。
 肉体へは対菌検疫のために注射を10本以上は挿し、滝のような滅菌シャワーを散々に受けた。トライヴへは接続プラグからの心理催眠の焼きこみで、新たな闘い方の基礎情報をあれこれ流し込まれた。その処理だけでも小一時間はかかり、リンドウはだんだんと面倒になって、こころの割り当てを変え、生体維持システムに大体を委ねることとした。肉体機械問わず、研究者たちはあれやこれやとメンテナンスを続けていたようだが、リンドウは無意識にそれを任せ、本心はトライヴに実装されていた意識下のサッカーゲームに没頭していた。もうお嫁に行けないほどの不覚だと、とうに早い段階で諦めていたのだ。
 オンバーンバルーンを30体ほど空の彼方へぶっ飛ばしたところあたりで、主任が再び登場した。人差し指を立て、リンドウに見せる。向かって右から左へ、ゆっくりと水平移動。リンドウが意識を凝らすと、タイムラグもなしに、トライヴの可視光センサーが人差し指を追った。視覚映像にはどこも異常なく、きちんと見えている。かつての肉眼と同等、もしくはそれ以上の精彩さだった。素早く上下に動かしても残像なく知覚できている。が、その時々で首筋の裏にちくりとする痛みが走った。主任が後頭部に左手を添え、右手で黄金色のパーツを軽くねじると、途端に引いていった。
 研究者たちは念のためを思ってか、リンドウの精神をもバックアップしていたらしいが、幸いにもこころまでは死んでいなかったことが起動と同時に確認された。心理プロテクトを改めてかける手間が省けた分、ワンテンポだけ早めに解放された。
 最後は、ラティアスとしての性質と能力の試験。浮遊できていることはもはや言うまでもない。念力を使って簡単なものは動かせるものの、あいにく元々リンドウはそういう芸当が少し苦手な部類だった。少し遠くにあるものをたぐり寄せるくらいならば、自分から取りに行くタイプだ。ということで、身体能力に研究者たちは注目せざるを得ない。先ほどリンドウの顔を映した窓ガラスを全開にし、飛翔を促した。
 身もこころもヤク漬けにされていい加減息苦しくなってきたところだった。このまま逃げちゃおうかな、なんてことまで考えた。先ほど心理に焼きこまれた通り、トライヴにコマンドを流し、バイザーを下ろす。両腕を綺麗に折りたたみ、立体表示された目盛を追って距離を目算。
 うん。
 初速から一気にトップスピードへと移り、リンドウは大空へと疾(はし)った。ニュートン力学クソ食らえの旋回で軌道を無理やり修正。右へ大きくロールし、白い雲へめがけて駆け上っていく。トライヴが速度と高度のログを引っ張り出してきたが、そんなものは自分の体がよく知っているので、逐一あてにしなかった。
 いつもより背中が少し軽いのが、ちょっとだけ寂しかった。

 とんでもない破壊の跡だった。
 リンドウが矢のように飛び立った衝撃で機材の大部分が押しつぶされて中破。幾つもの機密書類がホコリのように宙を乱舞する。机も床もロッカーもひっくり返され、この2年の予算と労力、その他もろもろが一瞬で完璧に消し飛んだ。パイプ椅子に腰を下ろして足を組み、リンドウの巣立ちをただじっと見守っていた主任の横っ面に、書類の一枚がかぶさってきた。
 部下と思しき研究員の一人が、力なく声をかける。
 ――全部パーになってしまいましたね。
 主任は頬にへばりつく書類を鷲掴みにし、丸めて適当に放り捨てる。内ポケットに入れていた携帯灰皿からシケモクを一本選び抜き、やつれた手つきで火をつけた。
 ――いいじゃない。それだけあの子の潜在能力がすごかったってことなんだから。
 研究室がその意味を成さなくなった以上、ここを禁煙にしても同じく意味が無くなった。天井へ向かって細長い煙を吐く。
 ――万が一、闘いの前にどこか異常が発生したとしても、もう再開発できる状態ではないですよ。
 ――うん、わかっているわ。あの子に全部賭けましょ。元々わたしたちも、あの子に救われた命なんだから。それに、ここはあの子の帰るべきところではないはず。このまま後は全部、あの子の好きなように選ばせてもいいんじゃない?
 ――ですが、
 ――ああもう女々しいわね、わたしたち人類もポケモンもみんな、あの日から2年も長生きできたのよ? とっくにくたばって、骨まで無くなっててもおかしくなかったのよ? 今こうして生きてるだけでも万々歳よ。そんな救世主に、研究者として最高の技術を提供できた。冥利に尽きるったらありゃしないじゃない。
 主任はいくらかおかしそうに笑い、残りの苦い煙を一気に吸った。
 ――あとはあの子自身と、プログラム・オルガ次第よ。どんな選択をしたにせよ、それを拒む権利なんて、わたしたちに無いわ。
 主任とは対照的に、部下は床を向いてため息をつく。
 ――いずれにせよ、地獄行きは決定的ですが。
 ――そうね。わたしたちってとことん、根っからのクズの集まりよね。あなたたちもわたしも、科学に犠牲はつきものって理論をそのまま煮詰めて込めて人間の形にしたようなモンだし。恩を仇でそっくり返す、だなんて。いっそこのまま舌を噛み切って死んだほうが、全部の責任を逃れることができてかえって清々するのかも。
 椅子から立ち上がり、大げさに伸びをする。胴を回すと、骨からばきりと2年分の音がした。今の自分の中に流れているのは赤い血ではなく、薄汚い泥水だと思う。限界まで研ぎ澄まされた神経を、もう緩めてもいい時なのだ。36日ぶりに自宅に帰り、36度くらいの酒を煽り、36時間くらいはカビゴンのように眠ろう。
 そのまま死んでも、ある程度は本望かもしれない。主任は今、そう思う。


   ― † ―


『リアリー、お疲れ様』
『うん、本当に疲れたよ。生き残るのも簡単じゃないんだね』
 うんざりしたような言葉を聞いて、オルガは朗らかな笑い声をあげる。
『まあそう言うな。よかれと思って施してくれたことなのだ。私も悪魔に魂を売る覚悟だったよ。現段階の試験結果の報告はトライヴが自動で処理してくれる。もうあそこへは戻らなくてもいいし、自由に飛び回っていい。もともとあそこはお前に似つかわしくないと、みなが思っていたからな』
『でもさ、これはちょっと大げさじゃない? もう違和感は無くなったけど、視線を気にしちゃう』
『はは、お前も誰かの目線を気にするようになったか』
『う、うるさいな。わたしだって女の子だもん。「おとしごろ」なんだよ』
 まだ笑っているオルガは、その隙間からひとつの提案をする。
『そうか、そうだな、悪かった。では――どうだろう、久しぶりにあの島へ帰ってみるか』
 2年ぶりの青空は、2年前となんら変わりがなかった。もっとも、その2年をずっと眠って過ごしていたリンドウにとっては、あの闘いがつい昨日のことのように思えてならない。この空と大地をありのままにさせられたという実感がいまいちついてこない。高高度を維持しながら、リンドウは両翼で空を切っていく。体へよりタイトに仕上げられていたトライヴは多少の加速では少しもがたつくことはなく、綺麗に頭部へ当てはまっていた。全身へ吹き付ける凍えた風と大気がひどく懐かしく、心地よかったのにも変化がなかった。あれだけ光熱をまき散らしていた太陽もおとなしくなったもので、まだらに溶け残った白雲にリンドウの薄い影を落とすだけだった。
 リンドウは軌道を変え、バイザーに情報を転記。トクサネから南の孤島へ向かう最短距離を計測した。到着までに必要な最低限の角度を弾き出す。ルートを確認すると、蝶の羽のように広がる水色の6つのパーツがほんのりと灯り、光の筋を伸ばす。雲をスライスするようななだらかな下降で雲の中へ飛び込み、外界を目指した。視界に海の質量が迫り、ホウエンの本土が島国のように浮かんでいるのが見えた。リンドウは流れ星のような勢いで、本土より離れた位置にある小さな孤島へめがけた。
 そこは、草花と潮の匂いが溢れていた。
 ふわ、とリンドウは郷愁のため息を漏らした。
『うわあ――懐かしい』
 ゆっくりと地上へ体を下ろしていくと、そこが中心点となって草むらが波紋をなだらかに広げていく。2年前の死闘から生き残ってくれたのはどうやらこの孤島も同じのようで、そのままの姿でリンドウを受け入れてくれることが、何よりの歓迎だった。
 飛行に関するログをトライヴが自動的にトクサネの研究所へ飛ばし、送信完了の表示が出た。
『なんだか、色々と思い出しちゃうなあ』
『お前のお気に入りの場所だったからな』
『うん、兄さんと一緒に、ここでいっぱい遊んだよね』
 少しばかりの間。
『――そうだな』
『兄さん?』
『ああいや、あの主人のおかげで、お前も変われたのかと思った』
『――うん、そうだよ。わたし、ずっとここにいたもんね。生きる意味も考えなくて、何も成さなくて、ただ呆然と時間を過ごすだけで。たくさん冒険したけれど、やっぱりわたしの帰るところは、ここなのかもね』
 音もなく体を前へスライドさせ、立派に繁殖した自然を見つめていく。リンドウの望むように可視光センサーは遠近感を相殺し、視界の奥にある木々の細部まで色素を抽出し、リンドウの許容量限界まで知覚させてくる。そして、一本の古びた大木に目をつけた。
『あれ?』
 リンドウはそばまで寄り、こぶだらけの樹木の幹をさすった。
『確かこれ、だったと思うんだけど』
 上へと視線を移し、脇へ伸びた枝を一本探しだす。記憶が正しければ、この樹の枝にお手製のブランコを作ったはずなのだ。いつも独りきりで漕いでいて、一緒に乗ってくれたのは、終始オルガとマスターだけだった。それ以外は誰もいなかった。
 おかしいなあ、と思いつつ、逆光で黒く染まった枝葉の塊を真下から見上げる。その隙間から差し込まれる木漏れ日がちらつく。

 空    龍    空

 陸  己 人 友  海

 途端、頭痛とはまた違う気分の悪さをリンドウは覚え、額を抱えようとする形でバイザーを片手で抑えた。
『リアリー、どうした』
『なんだろう。ちょっとくらっとしたの。まだ調子が良くないのかな――』
『少し待っていろ。トライヴから鎮痛成分を流す。直に落ち着くはずだ』
 樹に寄り添い、根を見つめながら静かに呼吸を繰り返すと、浜辺の砂山を溶かすように倦怠感が遠のいていった。無駄に高性能だなあ、とこころの隅っこで思う。生理機能とまでは行かなくとも、ある程度の衛生管理が可能らしい。最後にもう一度息を吐き、顔を上げる。
『ありがとう、ましになったよ』
 上げ忘れていたバイザーをここで上へ開き、リンドウは周辺をくまなく探す。
『どこかに吹き飛ばされちゃったのかなあ』
『――世は無常だ。全てがそのままであることはない。大体の形は保っているものの、あの闘いでこの島も多少なりとも影響を受けただろう。お前が旅立ってから、またどこか変わっているかもしれない』
『うーん、残念』
 結局そのままブランコは諦め、島の中心へ向かうことにした。行き方はもちろん知っている。水の流れを追って上流へ向かい、左右に連なる木々を抜けた先だ。オルガの言ったとおり、2年も経てば島の様相もまた微妙に変わっていくようで、木々は以前より更に大きく生長していた。自然のアーケードのように、頭上では木の枝と枝が絡まって屋根を作っていた。自然のトンネルを抜けた先、水のせせらぎに周囲を取り囲まれる円形の土地があり、リンドウのとりわけ大切にしていた場所だ。
『ここは同じだね』
『ああ、良かったな』
 ふかふかの地面から成るきのみをひとつもぎ、ひとかじりする。
 ああ、これこれ。
 思わず目を閉じたくなるほどの――もとい、視覚を遮断したくなるほどの――甘酸っぱい風味と果汁が口の中に広がり、植物の命を想う。口の端からあふれた果汁を手で拭い、口をすすごうとして小川へと近寄った。
 そこで、リンドウは己の運命を再認識する。
 水面に映る自分の顔を両手ですくうと、途端に輪郭を失い、隙間からこぼれる光が小川へと滴り落ちていった。
『また、独りぼっちになっちゃったんだね、わたし』
『リアリー――』
 すくっていた水が全てこぼれ落ち、そこに受ける風はほんのりと冷たい。リンドウはうわ言のように続ける。
『みんな、死んじゃって、誰もいなくなって。また、またここに戻ってきちゃったんだね。誰にも頼らずに生きてきたわたしが、初めて誰かに頼って生きられる道を進んで、その支えを失って、どこへも行けなくなっちゃって、こうして塞ぎこんじゃって、振り出しに戻っちゃって、』
『違う』
 そこでオルガが機械的なつぶやきを遮断し、否定した。
『お前は独りではない。もう独りにはさせない。そのために、私も蘇ったのだ』
『兄さん――』
『リアリー、私から言うのも何だが――その、』
 オルガはそこで珍しく口ごもり、しばらくを置いて、告白した。
『また一緒になれて、嬉しいよ』
 今の自分に涙腺があったら、間違いなく緩んでいたと思う。
『うん。わたしも、だよ――』


   ― † ―


 お前も知りたいことが山ほどあるはずだ。少し遅れたが、ここで、包み隠さず話そうと思う。私の知っていることを教える。
『うん』
 順を追って説明するなら――そのトライヴからでいいか?
『うん』
 元は欠損した箇所を補うための機器ではなかったのだがな。トライヴとは、とある機能を備えた装置の総称でしかない。具体的な形状などは、それを装備するものによって変わる。
『うん? そうなんだ?』
 ああ。対恒星間移動用神経維持集束回路装置。早い話が、我々ポケモンが宇宙空間に適応できるよう設計されたシロモノだ。
『――むつかしいなあ。人間って、長い名前をつけるの、好きだよね』
 まあな。2年前の段階では、まだ理論上の話であったに過ぎない。あの闘いの後、急ピッチで開発が進められた。
『ああ、だからトクサネだったのね。じゃあこれももしかして、試作段階ってやつなの?』
 厳密に言えばそうなる。ましてやお前は、不幸なことに視力を失ってしまった。取り組みを一からやり直し、お前のみに適合するよう、独自に造られたものだ。更に加えて、私の精神をも組み込み、お前のこころに干渉できるようにした。
『――――――――ふうん、わたしのこころ、ねえ』
 どうした?
『それってつまり、わたしの考えていること、ぜーんぶ兄さんに筒抜けってことなの? 兄さんのすけべ』
 まままままて。それは断じてありえない。話を落ち着いて聞け。
『その言葉をそっくりそのまま兄さんに返す攻撃』
 と、とにかくだ。こころというのは非物質ゆえに不定形なものだ。動物が感情の変化を持つように、ずっと同じ形を保っているというわけではない。わたしはその流動的な移ろいの表面上に浮かんでいるだけだ。リアリーすら自覚していない潜在意識などには、私も立ち入る余地がない。先ほどのトライヴのアップデートで、お前と私の「住み分け」が完全に成されているはずだ。誰にだって、秘密にしておきたい気持ちのひとつやふたつくらいはある。お前とて、私に全てを許せるわけではないのだろう?
『うん』
 ―――、さて、話を戻したいのだが、
『うん。でも宇宙って。まさかわたしにそこまで翔べってこと?』
 そうだ。
『え、』
 冗談ではない。本気だ。
 お前には、もしかしたらこれから宇宙へ行ってもらうかもしれないのだ。
『え。』
 だから、お前が必要だったのだ。
『だから、じゃないってば。わけがわからないよ?』
 だから、説明する。それだけの猶予は、かろうじてまだあるからな。
『猶予――』
 2年前のあの闘いで、全てが終わったわけではない。むしろ、別の引き金を引いてしまった。
 この星に眠る膨大なエネルギーを求め、あのグラードンとカイオーガが過去にも争った、という伝承はお前も知っているな?
『う、うん』
 エネルギーを求めていたのは、その2匹だけではない。宇宙にも第三者が存在するのだ。「そいつ」は隕石を身にまとい、5光年の早さで宇宙空間を移動する。そのままどこか関係のない銀河まで飛んでいってくれればこれ幸いだったのだが――この星を供給源として、再度選んだのだ。
『再度?』
 そいつは一度、はるか昔にも襲来しているらしい。とあるポケモンに手痛く追い払われたそうだが。
『そいつとか、とあるポケモンとか、どんどん置いてけぼり。ちゃんとした名前はないの?』
 すまない、まどろっこしかったか。やつの名前は、人間が決めた仮の学名でしかないが、「デオキシス」と言う。かつてこの星に訪れたそいつを追い払ったのが、空の覇者「レックウザ」。過去の二匹の争いを鎮めるのにも、一役買っていた。
『今回は、その――レックウザ、には、任せられないの?』
 できれば任せたい。ゆえに、今からそいつに会いに行く。
『うん。――う、うん!?』
 レックウザに一任して済ませられるのであれば苦労はしない。あの龍に今もなお闘える気力と寿命があるのなら、それに越したことはない。お前とお前のトライヴは、「保険」以上の価値を持っている。
『そ、そんなあ』
 続けるぞ。伝承から察するに、デオキシスには倫理も道徳も存在しない。捕食者と被捕食者の法則だけだ。石の洞窟内の壁画にも、わずかながらにその有り様を描いた痕跡が見つかった。壁画に載る、つまりグラードンやカイオーガと同等の力を持つ存在と人間はとらえた。それだけで、恐るるに足る存在だ。2年前の闘いで星のエネルギーが活性化されたため、デオキシスの再来の兆しを見せた。やつはエネルギーを食らえる場所ならば、どこのどんな星でも構わないと推測されている。トクサネの宇宙センターでは、2年前のあの闘いの直後、人工衛星から即座に宇宙空間の異変を感知したのだ。
 やつがやってくる、と。
 正直、絶望的だったらしい。
 傷ついた大地、人、ポケモン。みんな、まともに立ち上がれる状態ではなかった。二匹の争いを鎮められる可能性を持った、あの未完の大器とも言うべき人間が死に、人間の率いる仲間たちも死に、力を持つ者はこの世からいなくなっていた。
 陸を食らう者がいて、海を食らう者がいて、とどめに星を食らう者だ。
 デオキシスの飛来に立ち向かうために与えられた時間は、計算するにたったの2年と半年。その隕石の移動速度からすでに、デオキシスの尋常ではない能力が見て取れる。当時過ごしている時間が生きているためなのか、死にゆくためなのか、わからないものだったよ。真綿で首を絞められていく気分だ。嵐のような動乱をかいくぐった途端に、別の厄災が、文字通り降り落ちてくるのだから。まるでグラードンとカイオーガがおとなしくなったのを見計らうような、ある種感動的なまでのタイミングだった。
 ところが、だ。
 一方の地上では、あの見境なくなった二匹を一喝し、死闘から生還してきた、とある若きポケモンがいた。
『あ――』
 生きて、しかも帰ってくる。
 それだけで、充分だったのだ。
 歳浅い人間とさほど変わらない背丈のお前が、ただ体の一部を失っただけで、こうして生きている。
 それだけで、充分だったのだ。
 あの日を境に、お前は救世主になれた。
 死闘をかいくぐってきたことをきっかけに、お前はトクサネの研究員全員の希望となり、この星を護る偶像――ヒロインと成り得たのだ。もっとわかりやすく言うとだ、あの研究所の中で、人間もポケモンも含め、お前に惚れていない奴など誰もいない。嫉妬のひとつも沸かないと言うと、さすがの私も嘘になる。
『ええええっ、そ、そんな!?』
 お前は知らないだろうがな、この2年間、あの研究所内、コールドヴァットで眠るお前を毎晩誰かが寝ずに見守っていた。私は早い段階で精神だけをお前に移されたからよく聞こえていたし、よく見ていたぞ。誰彼問わず、ずっとお前の話で持ちきりだった。お前のことを考えない者など誰もいなかった。本来はどんな表情をしているのか、どんな食べ物が好きなのか、どんな男がタイプなのか。様々な訓練に耐えられるよう屈強に鍛えられたオスポケモンたちの中、誰かが強がってお前をけなした途端に、周囲に砂にされていたのをよく覚えている。お前にこれ以上の負担をかけさせたくなくて、自らトライヴの実装を望み、神経を摩滅させて潰れていったポケモンを何体も見ている。先ほど、お前を取り囲んでいたポケモンたちなのだが、あいつらは全員、お前の「抑えこみ役」であると同時に、お前の目覚めを今一番に望んでいた者たちだ。ホウエン内にあるテレビ放映、レポーターがとらえた主人の戦闘風景、その一瞬だけでも映るお前が、あいつらの生きる全てだった。こころの支えが欲しくなったとき、映像を何度も巻き戻し、一心不乱に見ていた。
『え、え、え!』
 お前という希望にすがりつくべきなのか、今度は自分たちで恩返しすべきだったのか。その思考に挟み撃ちにされた挙句、結局こうしてお前は現世に蘇った。生き物というのはどうにも、依るべきところが無いと生きてはいけないらしい。様々な過程と、思惑と、希望とを経て、リアリー、お前はこの世界に戻ってきたのだよ。


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