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  [No.3766] サンノさんの過去事情 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/06/05(Fri) 19:29:08   103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:サンド】 【サンドパン

「よしよし」

 根済屋サンノが頭を撫でている。僕やネズミたちにするように、小さなチョロネコを撫でている。ベンチの上、サンノが腰かけている。そのサンノの膝の上で、チョロネコはにゃーんと甘えるように鳴きながら彼女の寵愛を受けている。

「浮気?」

 膝の上のチョロネコを撫でていた彼女が、目の前に立つ僕を見上げる。チョロネコの高貴な紫に触れる指先は存外細くて白い。

「あなたに対して? ネズミちゃん達に対して?」
「今はネズミちゃん達に」
「……浮気じゃないわ」

 チョロネコの額、背中。ネコポケモンが撫でられて嬉しい場所を熟知している手は、ネコに理解のある手だった。

「ウチにはネコも犬もいらないんじゃなかった?」
「ここは公園だもの。ウチじゃないわ」
「ふうん」
「ネコだって別に嫌いじゃない、でも……」

 撫でる手を止めて、サンノはただ紫の毛並みのポケモンを見おろしている。チョロネコ越しに見るのは、過去の記憶だった。

「意地悪なネコは嫌い」



 ちょっと昔のこと。まだ僕のサンドパンが僕だけのサンドで、サンノはネズミというかただの昔からのパートナー、ミネズミが好きなだけのちっちゃな女の子だった時のこと。僕の身長はピカチュウ三匹ぶんがやっとで、サンノのポニーテールも髪が短すぎでカントーの昔の流行・ちょんまげみたいだった頃の話だ。

 同じネズミポケモンを持っていて、家も近かった僕らは、いつも一緒だった。サンドのザラザラした毛並みを撫でては、砂ネズミって感じだねとサンノが笑えば、僕もミネズミのほっぺをぷくぷくいじって、ほっぺにいつも何か詰まってるね、なんて言い合っていたお年頃の話だ。

 プラズマ団という奴らが僕らのちっちゃな世界をおびやかした。その頃の僕らはポケモンが人といて幸せか、なんて難しいことは考えてはいなかった。ただサンノとサンドとミネズミと一緒にいられれば良くて、大人が何かを騒いでるなとしか思わなかったと思う。

 それでもプラズマ団は僕らの世界をおびやかした。ただのポケモン勝負も、ポケモンを無理くり操る悪の組織と、ポケモンと遊ぶのが楽しいだけのオトシゴロだった僕らには災厄みたいなもんだ。

 いきなり襲い掛かってきた災厄は、ちょうど今サンノが抱きあげているチョロネコの形をしていた。主人のサンノを庇うように、敵のネコに踊りかかったネズミのミネズミは勇敢だったけれど、タイプというか種族の相性が悪かったのだろうか、窮鼠(きゅうそ)ネコを噛むとはいかなかった。毎日サンノに分けてもらっていた飲料水の効果はなかったようだ。哀れミルミル。

 サンノの腕でぐったりするミルミルに変わって前線に出たのは僕のサンドだったけれど、サンドの爪はサンドパンよりも丸っこくて、そんな彼女の爪は敵を屠(ほふ)るには頼りなかった。力尽きた僕のサンドのザラザラした皮膚に、天敵のネコの爪のトドメが刺さる。かに思われたその時──。

 黄色いリフレクターがサンドとチョロネコの間に立ちふさがったのだ。リフレクターと言ったのは、物理攻撃を防いだからで、黄色いと冒頭で申し書きをしたのはリフレクターの毛が電気で光っていたからだ。

 僕らの住む場所じゃ珍しいピカチュウが、弱ったサンドの代わりにチョロネコの爪の一撃を受けたのだ。ピッ、と赤い液体が地面に飛ぶ。赤い電気袋にかすったらしい。

 ──オレ様のお仲間に、ずいぶん手荒いおもてなししてくれちゃってんじゃねえか。

 ピカチュウ親分が本当にそんなことを言ったかは知らない。でも通りすがりのくせして、見ず知らずのポケモン達に肩入れしたのはマジだった。電気を溜める電気袋に穴が開いてもなんのその、暴風のような放電が二匹のネズミと一匹のチョロネコと、ついでにプラズマ団とやらまで包んだ。

 ボガアアアアアン! と大きな音がした後にはチョロネコとプラズマ団は黒コゲになっていて、プラズマ団はチョロネコを抱え、半泣きになって逃げていった。ちょっとチビってそうなくらい情けない遁走っぷりだった。電気技を食らっても平気な僕のサンドが、黒い三角の目でピカチュウの頼りがいのある背中とかみなり尻尾を見ていた。



「今思えば、あの時ピカピカに助けられた時点で、もう僕のサンドパンは僕だけのサンドパンじゃなくなっていたのかもなあ」
「NTR」
「うるさいよ」
「うるさくないわよ」

 しかしチョロネコにはうるさかったらしい。うとうとしていたのが、ぴいんと背中を伸ばし、サンノを見上げてなになにどったの? と首を傾げている。ゴメン、とサンノが謝ると、ううん別に、って感じでまたチョロネコは目を閉じた。

 とりとめのない過去の記憶だ。小さかった僕は、ヒーローみたいにカッコよくサンノの事を助けられなかったし。ネコは意地悪で、サンノを助けようとしたポケモンも、実際に助けてくれたポケモンもネズミだった。ネズミ信仰をこじらせ、根済屋さんちのネズミ子さんが出来たわけである。

 公園の噴水近くで、ネズミ一家が交流している。噴水の中に浮いているハスボーを覗き込もうとして、ちっちゃなサンドが落っこちそうになっている。それを僕のサンドパンが抱きとめて、これっ、危ないでしょ! 私達に水は天敵よ! と叱っている。噴水の縁にどっかりと座ったピカピカが、んな過保護にならんでも死にやしねーよちょっと不快になるくらいで、とピカピカ笑う。

「僕らもそろそろ、サンドパン達みたいに一歩進んでいいんじゃないかな」
「そして二歩下がる」
「後退してる!?」

 サンノは悲しみに暮れる僕を見て表情を緩めている。固結びされたロープが解けたような微笑み。サンノがネズミポケモンで手持ちを固めているのは、何もネズミ信仰のせいだけじゃなくて、そういう事があったからネコのポケモンを上手く愛せないのではないかという不安も関係している。うちにはネコも犬もいらないというのは冗談でもないのだ。

 プラズマ団の行動に影響を受けた人は多いという。ポケモンと別れたり、あえて言うことを聞かないポケモンと一緒に生活したり。サンノもそういう人達と同じ人種に当てはまるといえば当てはまるのだろう。

 公園で、チョロネコを抱えてひなたぼっこが出来るのなら大丈夫だと思うんだけどな。サンノはネズミマニアの変なやつだけど、この世界の人々の大半がそうであるように、ポケモンには優しいんだ。

「老後はチョロネコを一匹傍らに置いて、二人仲良く過ごしたいね」
「賢い勇敢なネズミちゃん達くらいカッコよくなってから出直しなさい」

 これは手厳しい。


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