[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.4108] 第三回 バトル描写書き合い会 投稿者:空色代吉   投稿日:2019/03/04(Mon) 18:44:07   71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

Twitterで突発的に行った【バトル描写書き合い会】の作品投下スレッドです。
指定されたポケモン同士のバトルを約10日間で書き、各々が描くバトル描写にどのような違いが出るかを楽しむ企画です。

ルール
・バチュルVSオーダイル、エルレイドVSジュカイン、エネコロロVSゲンガーの中から選び、書く。
・シングル1VS1のバトルを描く(このバトルはトレーナー戦に限らず、野生ポケモン対トレーナーやポケモン同士のバトルでも可)
・執筆期間は10日前後

※「主役は遅れてやってくるぜ! (遅れての参加)」や飛び入りも可


  [No.4109] あなたを迎えに 投稿者:syunn   投稿日:2019/03/04(Mon) 19:21:28   77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

お疲れ様ですー!
エネコロロVSゲンガーで書かせていただきました!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「じゃあ行ってくるから。留守番よろしくな、エネ」

 あの日あたしは、顔も見ずに尻尾を振って見送った。

『――先月24日、オツキミ山に登山に出かけたまま連絡が取れなくなっていたタマムシシティの20代の男性が28日、頭部のない遺体の状態で見つかり……』

 テレビはそっけなくあいつが「帰ってこない」ことを告げた。くるくる変わる事件のニュース。小さな事件としてすぐに流れてしまった。でも当事者たちにとっては小さくなんかなくて、さらに遡ってその数日前。ポケモンレンジャーはこう言った。

『実は時々、似た事件が起こるのです。頭部は見つかりませんでした。残念ですが、これ以上の捜索は……』

 その時あたしは、ポケモンレンジャーの言葉を呆けた顔で聞いていた。隣で聞いていたあいつの奥さんの顔は、あまりよく覚えていない。だいたいあたしと同じ顔をしていたと思う。花が枯れるように、二度と笑顔を見せなくなった。物もロクに食べなくなって、いつも綺麗だった家は荒れるようになって、あたしが鳴いても何も言わない。
 仕方ないから、あたしは重い腰を上げた。本当は清潔で、気持ちよい場所でのびのび生活したいけど。あいつの“頭”を探してこない事にはどうにもならない気がしたのよ。

 暗くて、湿っぽい洞穴の道を進む。昼とも夜ともつかないオツキミ山中――あたしは、記憶を辿るように道を選ぶ。あの馬鹿に引きずられて化石掘りに付き合ったのは、1度や2度ではない。少年時代の旅だって、あたしが一番長い付き合いなのだ。あいつの性格上、どの道をどう通ったかくらい見当はつく。
 遺体は偽物だ! なんて言うつもりはない。遺体の手首に赤色のバンダナが結んであった。あいつは自分も含めて全員に色違いのバンダナ結ぶのが趣味なのよ。「戦隊ものみたいで格好いいよな!」って馬鹿丸出しの理由で。あたしの体にも鈴付きのピンクのバンダナが巻いてある。自宅で奥さんを慰めてるサーナイトには緑のバンダナ。馬鹿についてったはずのヤドランには黄色のバンダナ。青色のバンダナは募集中。

 冷やりとしたものが体に触れた。

 驚き振り返るが何もいない。気のせいかしら。洞窟の中だから寒いのは当たり前だが、どうにも気色の悪い感じだ。捜索隊が入った場所はとうに抜けた。夜目が利くとはいえ、わずかな光も射さない洞窟の中は危険だ。周囲を警戒して岩壁に背をつけた。ひえっ! 冷たい何かが背中を掠めた。飛び上がって勢い振り返る。誰もいないし何もない。無言の岩壁に見返されただけだ。
 ……何よ今の。全身鳥肌が立っていた。早々にここを離れた方がいいと直感し駆け出した。
 暗闇から視線を感じる。間違いなく何かがあたしを見ている。背中で鈴がシャラシャラと鳴った。突き刺すような無数の視線は何なのだ。ズバットに目はない。イシツブテは餌と強さにしか興味はない。ピッピは自身に見惚れてる。人間は夜目が利かない。だったら誰が?

 視界の端に青いバンダナが映った。

 足を止めた。思い出す。見つかった遺体は青いバンダナを持っていなかった。
「4匹目の仲間を見つけた時のために」
って、いつもポケットに入ってたのに。その癖、気分で付け替えることもあった。
「俺がリーダーだ!」
って言い張るときは赤いバンダナ。
「クールな2枚目……俺は冷静沈着な男」
って格好つけるときは青いバンダナ。
 きっとどっちでも良かった。4匹目の仲間が格好良ければ赤いバンダナを。美しいと思えば青いバンダナを。似合いの方を贈るつもりだったのだろう。
 氷のように冷たい遺体に、燃えるような赤いバンダナはずいぶんと不釣り合いだった。

 あの遺体は本当に彼だったのだろうか。疑問が頭をもたげる。誘うように、青いバンダナはいまだ視界の端をちらついている。追いかけるが近づけば遠のき、遠のけば近づく。必死に追いかけるあたしを笑ってる。深海に潜るように体温が暗闇に溶けていった。鈴の音だけがここが陸だと教えてくれる。走るほどに寒く感じた。あたしは青いバンダナを追いかけて、海溝にでも落ちてるんだろうか?

 青いバンダナがあちらへ、こちらへ。追うほどに体がずんと重くなる。

 バンダナには決して追いつかない。あたし、足は速い方だと思ってたのに。どうして。
 ねぇ、そのバンダナを持ってるのはあんたなの?
 あの赤いバンダナをつけていたのは別の知らない人で、本当は青いバンダナを腕に巻いていたの?
 怪我した誰かに巻いたの?
 早く帰ってきなさいよ。みんな待ってるのよ。ヤドランだって、そろそろ近所の川が恋しい頃じゃない。

 痺れたように足がもつれた、手足がかじかんで棒のようになってしまった。

 うまく動かない足を前に出して飛ぶように暗闇を駆ける。不思議と息切れはしなかった。ただ締めつけるような苦しさがあった。走る音もズバットの鳴き声も自身の息遣いも、聞こえなくなっていた。焦燥感が全身を這いまわる。誘うような青いバンダナに追いつけない。逃げていくばかりであたしは泣きそうだった。走っているのに、止まっているような気さえしてくる。駄目だ。涙が出そうだ。泣いちゃ駄目だ。駄目だ。

 あたしの願いを聞き届けたのか、青いバンダナが止まった。

 それは姿を現した。見覚えのあるシルエットが近づいてくる。でもあたしは動けなかった。体が鉛のように重くて、顔なんて上げられない。あいつが笑ったのが分かった。今、目の前にいるあいつにはちゃんと首があった。やっぱりあの遺体はあいつじゃなかったのだ。あれは偽物で、本当は生きていた。
 あたしは鳴き声をあげようとした。文句の一つも言わなくては。馬鹿、スカタン、なんで早く帰ってこなかったのよ。驚いたことに声どころか息もできなかった。息苦しさに喘いだだけだ。意図を察したらしくあいつはにっこりと笑いかけてきた。

 連絡をしなくて済まなかった。まだ戻れそうにない。

 あたしの頭を困惑が占める。言葉の意味が分からない。考えようとしたが上滑りするばかりだ。とぷとぷと単語の羅列が思考の海に浮かぶだけで全然くっつこうとしない。マダモドレソウニナイ。何、それ? ぐるぐるするあたしを前にあいつの言葉が続く。

 エネコロロ、お前も一緒に来てくれると嬉しい。

 あたしを見つめる赤い瞳はゆるく弧を描いていた。あいつが手が差し出してきた。あたしは口を開いた。ヤドは? あいつは一瞬止まったが、すぐに返答があった。ヤドランなら向こうで待ってるよ。ふっと、安心して息をついた。あぁ、そう……。体に力を込めるが動けない。冷え切った四肢はいうことを聞いてくれそうになかった。手を伸ばしたいのに。今すぐ懐かしいその腕に飛び込みたかった。ここはとても寒くて、心がとても寂しくて仕方がないから。あいつの手が近づいてくる。
 不意に温かいものが首筋を掠めた。かすかな鈴の音――思考の霧が薄らいだ。滑るように言葉が口をついてでた。

 なんであたしのこと、“エネ”って呼ばないの?

 返答はなかった。あいつは肩を震わせていた。泣いているのかと思ったけど違った。あいつは笑っていたのだ。だんだんとくぐもった笑い声は大きくなっていく。聞き馴染んだはずの声が別人の声のように聞こえる。こんな笑い方聞いたことがない。あいつは口をゆがめて叫んだ。ああ、ああ。可哀そうに。気がつかなければ良かったのに!! あと少しだったのに! でもね――

 もう遅い。

 あいつはぐにゃりと姿が変えた。三日月よりも鋭い口元が引き伸ばされて哄笑がこだまする。生ぬるいような、冷たいような感触が全身を舐め上げた。恐怖に駆られて体を必死に動かそうとするけど全然動かせない。これは現実なの? それともあたしは本当は暖かい家のベッドにいるの? とんでもない悪夢だ! あたしは足を動かそうとする。痺れていて動かない! あたしは頭を動かそうとする。ぼんやりしていて働かない! やめて、やめてよ――!!

 弾いたような鈴の音が、大きく鳴り響いた。

 音が悪夢の闇を切り裂いた。“眠り”から一気に意識が覚醒する。あたしの両眼に広がる闇。だが先ほどまでと違い現実感を伴っていた。夜目が闇に輪郭を与えていく。無限に続く暗闇などなかった。ぽっかりと開けた空間に大小のボールのようなものがたくさん転がっていた。そして自身を抱きしめる大きな影も。あたしは力を振り絞って影を振り払い、その場を飛びのいた。距離をとり、大きな影――ゲンガーを睨みつける。ゲンガーの赤い双眸がにやりと歪んだ。

 あと少しだったのに。

 不愉快な笑みを浮かべてゲンガーは闇に姿を溶かした。逃げたわけじゃない、気配を感じる。でも居場所は分からない。闇全体から嫌な空気を感じた。敵の体内にいるかのような不気味な感覚だ。加えてこの場所全体に満ちている鼻を突く腐敗臭にくらくらする。頭を横に振った。考えろ、相手の居場所をつかむ方法を。ぐにゃりと視界が歪みかけた。体を震わせバンダナの鈴を鳴らす。“癒しの鈴”が響き、ぐらつきかけた意識が清明に戻る。ゲンガーの舌打ちが聞こえた。

 その鈴、嫌いだなぁ。そんなバンダナ捨てちゃいなよぉ。

 イラついた声。よく言う。この鈴がなかったらあたしは悪夢に囚われてじわじわと殺されていたことだろう。

 あんたこそ、その青いバンダナ似合ってないわよ。

 あたしは言い返した。相手の声はあちこちから響いてきて、居場所はつかめそうにない。ゲンガーはゴーストタイプだ。けれど物理攻撃の時、混乱している時は実体化する。不定形の状態のままでは、相手もあたしも攻撃はできない。なんとかして相手の実体化を誘わなければ。機を見計らっていると、ゲンガーはバンダナをひらひらと振って見せた。

 ホントは赤いバンダナが欲しかったんだけど駄目なんだって。

 駄目? もしかして奪ったのではなく、バンダナはあいつからもらったのか? そんな馬鹿な。あいつは野生のポケモンには絶対にバンダナを贈らない。サーナイトもヤドランもあたしも、みんな仲間になってからもらったのだ。仮に本当にもらったのだとしたら、こいつは――

 うふふ。馬鹿だよね。“ゲットしたら友達”なんて、本気で思ってたのかなぁ。

 大きなボールが蹴られて転がってきた。いなくなったのは数日前で、元の顔が失われるには十分な時間だ。大きなボールは他にもたくさんあった。それらはすでに薄汚れた白だった。小さなボールの中は見えない。開閉スイッチの壊れたボールは何も言わない。

 でもね、君のことは気に入っちゃった。もうメロメロだよ。胸がドキドキするんだ。

 好きな相手を攻撃するの?

 違うよ。ずっと一緒にいてもらおうと思っただけさ。

 上ずった声が返ってきた。馬鹿馬鹿しい。何度も“舌で舐める”をしたから、メロメロボディにあてられただけだ。
 普通は愛しい相手を攻撃しない。こいつは愛しい相手だから攻撃する。転がっている無数のボールはこいつの過去の遊び相手だ。忘れ去られた恋人たちのなんて多いことだろう! だが今だけは恋人ごっこに付き合ってやってもいい。息を吐く。可愛さ折り紙つきのエネちゃんが外道に愛を囁いてあげる。

 あたしのこと、好き?

 大好きさ!

 だったら、ちゃんと唇にキスして頂戴。

 ……!!

 ゲンガーが息を呑んだのが分かった。あたしは目を閉じる。メロメロが効いているのなら必ず来る。ゲンガーの気配が動いた。あたしは四肢と尻尾に力を込めた。相手がどこにいるのか分からないのなら誘い出すしかない。キスしようとするなら実体化しなくてはならない。

 うふ、怖いなぁ。

 その声はすぐ後ろからだった。“背後”からゲンガーはあたしに覆いかぶさった。四肢をがっちりと抑え込み羽交い絞めにしてくる。あたしの小さな肩に大きな影がかぶさった。

 “ふいうち”か“だましうち”狙ってたんでしょ。怖い怖い。

 体を震わせるとゲンガーはくすくす笑った。いくら技を放とうとしても四肢が抑えられていれば抵抗できない。その通りだ。唇を噛む。だがあたしだって、抑え込まれる可能性くらい考えていた。
 ――だから“仲間”に賭ける!
 背後に向って尻尾を振った。“猫の手”が“この場の仲間”の技を借りて光りだす。慌ててゲンガーが手を放した直後。あたしの尻尾から“サイコキネシス”が放たれた。至近距離で強い念力がゲンガーに直撃する。絶叫が響き渡った。拘束が解けた直後、振り向きざまゲンガーを蹴りつけた。手応えあり。ゲンガーは悲鳴をあげてボールに頭から突っ込んだ。動揺する声にあたしの口角が持ち上がる。
 こんなもんじゃ済まさない。
 足もとに無数に転がる何処かの誰かも。あたしも、あたしたちも、あいつに置いてかれた彼女の悲しみも、こんなもんじゃ到底釣り合わない!
 絶対逃がしたりしない。追いかける。“猫の手”で尻尾が光り、今度は“水の波動”が飛び出した。無数のボールが巻き込まれゲンガーに襲いかかる。叫び声は水流に呑み込まれた。あたしはぐったりとしたゲンガーに向かって走った。全身に力をこめて“だましうち”を放――

 三度目の鈴が鳴った。

 誰かに、止められたような気がした。
 びた、と動きを止めた。息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着ける。ぴくりともしないゲンガーに近づくと、一応生きていた。ゆら、と自身の尻尾が動く。手を出してはいけない、“これは命令だ”。理性で抑え込み、攻撃の代わりにゲンガーの耳に囁いた。

 次はない。

 短い悲鳴。死なない程度にその頭を思いっきり踏みつけた。ばったりと動かなくなった。今度こそ気を失ったようだ。
 青いバンダナを奪い取り、ボールの山に取り掛かった。見覚えのあるやつの入った小さなモンスターボールが見つかった。中を覗き込むと瀕死のヤドランがいた。バンダナにあいつの頭とボールを入れて、口と前足で包み込む。ピンクのバンダナも使って何とか体にくくりつけた。振り返る。気がつくと、ゲンガーは消えていた。
 重い体を引きずって、あたしは帰途へとついた。

『――の男性の頭部が発見されました。発見者は男性のポケモンであるエネコロロで、調査の結果、ほかに複数の頭部とポケモンの遺体が……』

 ――目を覚ました。ニュースは相変わらず、くるくると変わっていく。小さな事件はすぐに埋もれて消えてしまう。だけど当事者の日常は大きく変わって叩き落されて、そこから少しずつ、元の場所を探すのだ。
 奥さんは家事も行えるようになってきた。サーナイトや、たまにあたしも手伝って少しずつ日常を取り戻しつつある。ヤドランが回復して帰ってきたときには、ささやかなお祝いをみんなでした。
 けれど夜にはわずかな物音にも怯えてしまうから。サーナイトが寄り添って、あたしが物音を確認しに行く。ヤドランは……寝てる。たいていはただの風の音だけど、その日は違っていた。玄関口に大きなポケモンが浮いていた。真っ赤なひとつ目に黒っぽい体で足はない。大きな胴体に金色の模様が入っていて、顔のようで不気味だった。サマヨールだ。

 やぁやぁ、こんにちは。

 灰色の見た目に反して陽気な挨拶をしてきた。はぁ、どうも。何の用ですか。返答するとサマヨールは手を振った。

 用というか、お礼に参ったのです。貴女のお陰で、久しぶりにたっぷりと食事が摂れました。

 食事?

 先日、ゲンガーを見逃されたでしょう。あのゲンガーは随分と被害者を出していたようで、無数の魂がまとわりついていました。ニュースを見てすぐにオツキミ山に行きましたよ。

 大きな腹を満足そうに揺すった。意図を察して、あたしが身を強張らせると慌てて両手を横に振った。

 ご心配なく。私はゴーストなど、さまよえる魂しか食べません。ただ、食べた魂から一部始終を知りまして。どうしてあなたが殺さなかったのか不思議に思ったのです。

 それは……。

 “彼”を見て、納得しました。そんなに睨まないでください。何もしません。

 サマヨールは何もない空間に話しかけていた。ぽかんとするあたしを横目に、ぺこりとお辞儀をする。

 ではこれで。あなたも長居はいけませんよ。

 ざぁっと、夜に消えていく。止める暇もなく。
 動けなかった。最後の言葉の半分は、あたしではない人物に向けられていた。だからあたしも虚空に向って鳴いた。「エネ」と名前を呼ばれた気がした。風とも木々ともつかない懐かしい音が囁いた。

「ありがとう」

 バンダナの鈴が、チリンと鳴った。


  [No.4156] Re: あなたを迎えに 投稿者:焼き肉   投稿日:2020/06/14(Sun) 23:24:11   16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

いきなりトレーナーの遺体の頭部が見つからないというショッキングな出だしから始まり、奥さんもそれで精神が不安定になっているという描写で落ち込みましたが、熱さも切なさもある話でした。

絆の証の鈴付きのバンダナが、死してもなおエネの事を守ったのが泣かせてくるなあ……。ゲンガーの外道っぷりがゴーストタイプとかゲンガーとかの種族は関係ねえ、生まれついての悪って感じですげえムカムカ来ました。ゲンガーVSエネコロロの心理戦も熱い。

重いですが、トレーナーとポケモンの絆から始まり絆で終わる(締めの一文的にも)、ポケらしい作品だなと思います。


  [No.4180] Re: あなたを迎えに 投稿者:syunn   投稿日:2021/11/08(Mon) 21:27:56   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます。
マサラのポケモン図書館を使わせていただいたのは、この作品が初めてでバトル描写大回も確か初めてだったのを覚えています。去年の感想への返信になってしまうのですが、とても嬉しかったので改めてありがとうございます!ふだんは、春という名前でポケモン小説スクエアさんで書かせていただいています。
ポケモンと人間の絆を書くのがとても好きで、そればっかり書いてます。なのでそこを褒めていただいて本当に嬉しかったです!バトルも実は苦手意識があって、克服も兼ねて参加させていただいた作品です。ひょっこり覗いたら感想がついていて、本当に驚きました。そのバトルも熱いと言っていただいて嬉しいです!
ありがとうございました!


  [No.4110] 小さな星の花を君に 投稿者:空色代吉   投稿日:2019/03/04(Mon) 19:30:58   87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 私の管理する庭園に、エルレイドとサーナイトを連れた夫婦が来ていたのを憶えている。
 夫婦とポケモンたちは、ある常緑小高木樹に咲いた花を眺め歓談していた。
 小さなオレンジ色の夜空の星を連想させる花。その花は独特のいい香りを放っていて、アロマなどでも好まれるものだった。私も好きな花だ。
 微笑ましく思っていると、奥さんが私を見つけて尋ねてくる。

「あの、すみません。この花の名前を知っていますか? 星みたいで綺麗だなって思って、知りたくて……」

 ……ネームプレートがちゃんとかかっていなかったか、直さねば。
 同じ印象を持ってくれた嬉しさに笑みを浮かべ、彼女の質問に答える。すると彼女はその名前を愛しむように口にし、礼を言って夫のもとへ戻って行った。

 この時に名前を教えた花にまつわるエピソードは、もう少しだけ続く。


* * *


 数年後。

 庭園の裏へと続く林を、慎重に進む男とエルレイドの姿があった。
 周りを警戒し歩みを進めていくふたり。しばらくするとエルレイドが2つの“感情”の存在に気づき、男の腕をつかむ。

「……どこにいる?」

 男が小声で聞くと、エルレイドは前方斜め上を見上げる。それらは鬱蒼とした木々の上にて、男たちの動きを伺っているようだった。

「見つかってしまったか“庭師”に」

 “庭師”とは、庭園の管理をしている、あるポケモントレーナーの通り名であった。
 庭園の守護者である“庭師”は、庭の植物を奪おうとするものに容赦はない。発見されたが最後、最悪切り刻まれるという噂を男とエルレイドは聞いていた。
 一時撤退の意思を確認し合い、引こうとするふたり――しかし先程まで前方に居たはずの“庭師”たちの気配が、気をそらした次の時、既にふたりの背後に回り込んでいた――

「早い?! エルレイド!」

 振り向きざまにまずふたりが見たのは小柄な女性の姿。そして、ふたりののど元に突きつけられた『リーフブレード』の刃。それからその新緑の両手の刃を構えるジュカインの姿だった。

 女性は何とも言えない表情で、男とエルレイドに尋ねる。

「奥方とサーナイトは元気か? 旦那さん」

 男とエルレイドには“庭師”たちに見覚えはなかった。むしろ何故相方たちのことを知っているのかということに面を喰らっていた。警戒心を削がれた男は目を伏せ、“庭師”の問いに答える。

「……ふたりとも去年亡くなったよ。俺たちを残して」
「そうか、失礼した。して、何故このようなところに」
「花を、妻とサーナイトの墓に花を供えたくていただきに来た……いや、それだけじゃねえな」

 男は一息吐いた後、理由の全貌を明かす。

「息子に、名前の由来になった花をやりたかったんだ。昔みんなで見たあの花をあげてやりたかった」

 彼の白状に“庭師”は質問を重ねる。

「あんた、名前は」
「ヴィクトル」
「奥さんは」
「ステラ」
「息子さんは」
「オリヴィエ」
「なるほど。花と星で、あの小さな星の花の名前か……」
「さすが“庭師”。名前だけで分かるのか」
「わかるとも。しかしオリヴィエなら他でも手に入れる手段はあるだろう? 捕まったらどうするんだ。関心はしないね」
「ああ。ああ。でもあいつに欲しいとねだられた時、ここの花じゃないとダメな気がしたんだ――だから俺は捕まらない」

 男……ヴィクトルが言い切ると同時に、会話中じわじわと伸ばしていたエルレイドの手が彼に触れる。
 瞬間、彼らの姿が“庭師”とジュカインの後方へとワープしていた。
 “庭師”もジュカインもたいして驚くような素振りも見せず、背を向けたままヴィクトルとエルレイドに威圧をかける。
 動けば切るぞ、と言わんばかりにジュカインは両刃を輝かせ、“庭師”は言葉をゆっくり紡ぐ。

「『テレポート』……障害物の多い中よくやるね。危なっかしくて見ていられない――――オーケー、提案だ」

 提案という単語に呼吸のタイミングを掴み損ねていたヴィクトルは大きく息を吸う。そして次の“庭師”の言葉を待った。

「私としても、戦いの余波で庭園がめちゃくちゃになることだけは避けたい。だから提案だ、ヴィクトル。私たちとあんたたちで賭け試合をしよう。条件は……あんたたちが勝ったらオリヴィエの花枝をやる。私たちが勝ったら大人しく息子さんを連れて庭園に連れてきな」
「それは……」
「それでいいかい? というかいいね? 断ったら……切り刻むよ?」
「あ、ああ!」

 ヴィクトルの返事を聞いた“庭師”は仕方なさげに笑った。その笑顔の内の感情にエルレイドは少し萎縮していが、自らを鼓舞するために両手で頬を軽く叩いた


* * *。


「審判はいない。どちらかが負けを認めるまでだ。言っとくけど手加減はしないから、全力でかかってきな――――試合開始だ」

 “庭師”の言葉を皮切りに、ジュカインとエルレイドはお互いを目指して直進した。それから二人と二体は、お互いがほぼ同じ構えを取っていることに気づく。
 だからといって、お互いともそこで引く理由はなかった。
 二人の指示を出す声が、被る。

「「『つばめがえし!!』」」

 まず切り下ろす二体の腕の刃が交わる。次に切り上げる返し刃が交わり火ぶたは切って落とされた。

「畳みかけな、ジュカイン」
「そのまま応戦だ、エルレイド!」

 バックステップで距離を取り合った後、『リーフブレード』を携えて再びエルレイドに突撃するジュカイン。エルレイドは『つばめがえし』の構えのまま降り注ぐ新緑の斬撃をひとつ、またひとつさばいていく。一見完璧な防衛のように見えたが、押されているのはエルレイドの方だった。ジュカインの攻撃の速さに意識を持っていかれ、対応するのに精一杯だった。

「っ、距離を取れ『テレポート』」

 ヴィクトルの判断は早かった。近距離戦から遠距離戦へと誘導させるために、エルレイドに『テレポート』を使わせる。しかし、距離を取るということは、相手のジュカインもまた自由に動ける時間が確保できるということでもあった……。
 エルレイドがテレポートで木の上までたどり着いた時、ジュカインは姿を暗ましていた。

「どこだ……?」
「ここからが正念場だよ、お二人さん……いくよジュカイン!」

 “庭師”が髪留めを取り、その飾りに付いていたキーストーンを胸元に掲げ口上を述べる。
 危機を察知したヴィクトルとエルレイドは、目視と感情の探知を利用してジュカインを捜していく。

「我ら“葉”の印を預かる守護者……其の深緑の生命力を以てして、すべてを切り刻む! メガシンカ!!」

 “庭師”の背後の草陰へと集まり爆発するエネルギー。
 ふたりがその地点に居たジュカインの姿を捕らえた時、メガシンカを終え鋭さをました姿へと変化したメガジュカインは……既に鋭利な尾をエルレイドに向けていた。

「来るぞエルレイド! 『サイコカッター』で切り抜けてくれ!」
「……『リーフストーム』!」

 尾の先端から発射された鋭い葉の塊が、空気の渦を逆巻きながらエルレイドに向かい飛ぶ。
 エルレイドが放った念動力で圧縮された刃が葉の塊の端の方に当たり、間一髪塊の軌道を上へとそらした。

「上手い!」
「いやまだだね。嵐ってものは、降り注ぐものだ。そう、こんな風に」

 “庭師”が指をはじくと上空へ向かっていた葉の塊が弾けた。吹きすさぶ風を纏った鋭利な葉の雨が辺り一帯に突き刺さる。
 葉の刃の雨を一身に受けてしまったエルレイドの身体は、バランスを崩し地面に叩きつけられる。

「エルレイドっ!!」

 エルレイドに駆け寄るヴィクトル。なんとか立ち上がるエルレイド。今の一撃は直撃ではないとはいえ大きかった。
 『リーフストーム』は放てば放つほど特攻が大きく下がる技。けれど手を緩める彼女達ではなかった。
 ジュカインの尾に、再度葉が生え始める……。
 このままでは今度こそあの『リーフストーム』の直撃をエルレイドは受けることになる。
 ヴィクトルはエルレイドに確認を取る。

「エルレイド、まだ行けるか?」

 エルレイドが大きく頷くのを見て、彼も腹を括った。
 自身の身に着けていたチョーカーの飾りの中のキーストーンを掴むヴィクトル。
 エルレイドもメガストーンを握りしめ、構える。

「己の限界を超えろ、メガシンカ……すべては守るべき光の為に!!」

 白いマントと鋭い兜から騎士を連想させる姿へとメガシンカしたエルレイド、否メガエルレイドは、その両足で地をしっかりと踏みしめた。
 メガジュカインの二度目の『リーフストーム』が、発射される。逆巻く嵐の塊がメガエルレイドへ直進する。
 防ぐのは、難しい。弾いても、範囲が広がってしまう。『テレポート』で避けたとしても、範囲外には逃れられない。
 どん詰まりの中で、彼らは選択をする。

「螺旋の『サイコカッター』!」

 メガエルレイドの両腕から放たれた螺旋を描き回転する『サイコカッター』が、『リーフストーム』の回転とぶつかり合い、勢いを相殺した。
 舞い落ちる木の葉の中を突っ切り突進するメガエルレイド。
 メガエルレイドが大技を仕掛けてくると予想した“庭師”とメガジュカインは、相手の出方を見極める。
 お互いの斬撃が当たる間合いに、入った――――

「『みきり』だ」
「『インファイト』ぉ!!」

 ――――仕掛けたのはメガエルレイドの『インファイト』。メガジュカインの懐に潜り込んで、拳を連打。だが、襲いかかる複数の拳をメガジュカインはすべて見切り、的確にかわし、いなしていく。

「まだだ、エルレイドもう一度!」
「こちらもだ」

 一切の守りを捨て、再び『インファイト』を行うメガエルレイド。それに対して二度目の『みきり』で対処するメガジュカイン。しかし徐々にその攻撃も、その回避や防御も疲労からかだんだんスピードが下がっていく……。
 息が荒くなっていく二体を見て、3度目はないとヴィクトルも“庭師”も感じていた。
 このぶつかり合いは、次の行動次第で決着がつく。そう全員が察していた。
 メガエルレイドの『インファイト』の最後の拳が振り切り、大きな隙が生まれる。
 その瞬間を“庭師”とメガジュカインは見逃さない。
 “庭師”の指示の前からメガジュカインは既にその構えに移行していた。
 指示と同時にメガジュカインの『リーフブレード』が、振り下ろされる……直前。

ヴィクトルの指示がメガエルレイドに伝わっていた。

「伸ばせえっ!!!」

 エルレイドの肘についている刀が、試合開始からこの瞬間まで伸ばされていなかった刀身がここにきて伸ばされ、『リーフブレード』を弾き、メガジュカインの意表を突く。
 その決着の瞬間、メガジュカインと“庭師”は効果など抜きに、一時だけ怯んでしまった。
 まったく怯まない精神力と紅い双眼をもって相手を見据え、伸ばしてない方の刀を淡々と切り上げるメガエルレイドに、怯んでしまっていた……。

 『つばめがえし』と叫ぶ男の声が、森の中にこだました。



* * *


「……で、母ちゃんもジュカインも負けちゃったの?」

 あの出来事からしばらく。機会があったので息子にこんなエピソードがあったのだよと、私は話していた。
 今まで語った話の流れから、息子が少し残念そうに聞いてくる。会話に合わせてくれているだけかもしれないが、少々嬉しくもあった。

「負けたよ。悔しかったねえ。約束通り、オリヴィエの花枝を渡してやったさ。でもそれだけじゃ気が済まないからね……」
「な、なにをしたのさ」
「一回そのヴィクトルの家を訪ねて、ジュカインにも手伝ってもらってね、庭に苗木を植えて行ったのさ。その息子さんが成長した時いつでも花を眺められたらいいなと思ってね。上手く育っているかは知らんがね」
「おおう。思い切ったことを。そういえばオリヴィエ君とやらには会えたのかい?」
「ちらっとだけね。ラルトスを抱っこしていたよ。ラルトスはあのサーナイトとエルレイドに、オリヴィエ君はヴィクトルとステラさんに似ていたよ。将来はどっちに進化させるかは知らないけど、手合わせすることがあったら……敵討ち頼むよ、あんたたち」
「荷が重いなあ」
「頼んだよ」

 面倒くさそうにする息子に、念を押しつつ、私は今日も庭園の手入れに行く。
 手入れをするのは見てもらってこそのモノだと思うから。
 見てもらってこそ花は綺麗になれると思うから。
 いずれ訪れる来客者の為に今日も頑張ることにした。




あとがき

 今回の技構成は

ジュカイン つばめがえし リーフブレード リーフストーム みきり
エルレイド つばめがえし テレポート サイコカッター インファイト

 でした。あまりからめ手や特性を生かしきれなかった……。でも『せいしんりょく』だけはねじ込みました。
 今回も第三視点から書いたので、なかなか心理描写を入れるのは難しいなと感じました。
 ヴィクトルの口上の「すべては守るべき光の為に」の光は、星。ステラさんとサーナイト、オリヴィエ君とラルトスのことを指しています。
 オリヴィエ君のラルトスがどっちに進化するかは、今回はご想像にお任せする、ということで締めくくります。


  [No.4111] エネコロロとゲンガーの幸せな月の夜 投稿者:カイ   《URL》   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:32:19   100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 エネコロロはゲンガーが大好きです。
 二人の出会いは偶然でした。ある日、エネコロロはいつものように、人間と一緒に暮らしている家を抜け出して、町外れの森に遊びに行きました。ひらひら舞い踊るアゲハントの群れを追いかけるのが面白くて、うっかり森の奥深くまで足を踏み入れてしまったことに気がついた時には、夕暮れの空に三日月がほっそりと白く浮かんでいました。夜になって道に迷ってしまっては大変と、慌てて森の中を走り回っていたエネコロロは、うっそうと茂る木々の中にぼろぼろの屋敷を見つけました。その屋敷の主が、ゲンガーだったのです。
 古びた屋敷には、昔はお金持ちの人間が住んでいたのでしょうが、今はゲンガーの他にもたくさんのゴーストポケモンたちが住みついていました。エネコロロは最初ちょっと怖がりましたが、彼らが気さくに話しかけてくれたり、屋敷の中を案内してくれたり、帰り道を教えてくれたりしたので、すぐにみんなと打ち解けました。中でもゴーストポケモンたちのリーダーとして、口数は少ないけれど仲間たちを優しく見守っているゲンガーのことが、エネコロロは大好きになりました。ゲンガーもまた町から来たエネコロロの話を聞くのが楽しいようで、いつでも喜んでエネコロロを屋敷に迎えてくれました。



 ですからその日もエネコロロはいつものように、人間と一緒に暮らしている家を抜け出して、町外れの森の一番奥にある古びた屋敷に遊びに行きました。もうすぐゲンガーに会えると思うと嬉しくて仕方ありません。おしゃべりしたいことが山ほどあって、何から話そうかしら、と考えながら森の小道を駆けていると、

「ネコチャン!」

 ゲンガーが道の向こうで手を振っていました。ネコチャンというのは、屋敷のゴーストポケモンたちがエネコロロを呼ぶ時の愛称です。本当はエネコロロには人間に付けてもらったエリザベスという名前があるのですが、ネコチャンと呼んでもらうのも気に入っているので内緒にしています。

「ゲンガー! ゲンガー!」

 エネコロロはぴょんぴょん跳ねながらゲンガーの側に寄りました。

「今日は何して遊ぼう! 聞いて聞いて! この間ね、町の広場で外国から来た人間がショーをしていたの。大きな玉の上に立ったり、ポケモンと一緒に輪っかを次々空に放り投げたり、すごかったんだよ! だから今日はみんなでショーごっこしない?」

 今にも待ちきれない様子で屋敷に走りだそうとするエネコロロに、しかしゲンガーは黙って首を振りました。エネコロロはちょっと意外に思いましたが、それじゃあ、とすぐに話題を変えました。

「例の開かずの部屋、今日こそ開かないか挑戦しよう! みんなはいいよ、壁をすり抜けられるから。でもアタシだって中で一緒に遊びたいもん。なんとかして扉を開けてみようよ!」

 けれどもゲンガーは、やっぱり黙って首を振りました。エネコロロは不思議そうに目をぱちくりさせましたが、すぐに元気よく言いました。

「じゃあ、何して遊ぶか屋敷に着いてからみんなで決めよう。それならいいよね?」

 そして歩きだそうとしたエネコロロの前にゲンガーが立ちふさがりました。押し黙ったまま、細い三日月のような口を黒い体にゆらりと浮かせているゲンガーの姿に、エネコロロもただならぬ気配を感じてこくんと唾を飲みました。

「ど……どうしたの、ゲンガー?」
「屋敷には、行かない。ネコチャンは、ここで、ワタシと、バトル!」

 ぎん、とエネコロロを見据えたゲンガーの目は、今までに見たことのない黒い光をたたえていました。エネコロロは足がすくんで動けなくなります。
 屋敷の仲間たちはバトルが好きで、ゲンガーも指南役としてよく相手をしてやっていました。でもエネコロロはいつも見ているだけ。人間といる時も、ゴーストポケモンたちといる時も、エネコロロはバトルなんてやったことがないのです。

「ゲンガー! アタシはバトルなんてできないよう!」

 大きな声で訴えますが、ゲンガーはにやりとゆがめた口の形を変えないまま、両手の中に影の玉を作りました。それは見る間に頭ほどの大きさになって、勢いよくエネコロロに向かってきました。エネコロロは思わず「にゃあ!」と悲鳴を上げてぎゅっと目を閉じます。ぶわりと凍えるような冷気に包まれて、全身の毛が逆立ちました。
 どうしてゲンガーはこんなことをするのでしょう。ゲンガーは確かに無口ですが、いきなり乱暴するようなポケモンではありません。きっと何か理由があるはずです。
 エネコロロは目を開けました。ゲンガーが黙ったまま、口に弧を描いて、エネコロロを見つめていました。

「もしかしてアタシにバトルを教えたいの、ゲンガー? みんながバトルしている間、アタシがひとりぼっちだから。でも、それなら心配いらないよ。アタシはみんなのバトル見てるだけで楽しいんだもの!」

 勘違いをしているゲンガーに思いが伝わるように。エネコロロは愛らしい毛玉がついたしっぽをぶんぶんと機嫌良く振って、精一杯の気持ちを込めました。
 しかしゲンガーの返答は、二発目の影の玉でした。またしても冷たい闇に飲みこまれて、エネコロロはぶるると体の奥底から身震いします。痛くもなんともありませんが、どうも愉快な感覚ではありません。
 ひょっとするとゲンガーは、エネコロロのためにバトルがしたいのではなく、自分のためにバトルがしたいのでしょうか。エネコロロ自身はバトルにあまり興味がないので、以前屋敷に住むサマヨールにバトルの何が面白いのか尋ねたことがあります。

「そうだなあ。自分の力がいろいろな技の形になるのが面白いってのもあるけど……」

 サマヨールは屋敷の庭を眺めて思いあぐねました。そこではカゲボウズやヨマワルやゲンガーたちがバトルをしていました。幼いゴーストポケモンたちがせがむので、ゲンガーが相手をしてやっているのです。子供らが放つ影玉はまだへろへろの軌道で、バトルとは呼べないくらい避けるのも弾くのも簡単にできてしまうのですが、ゲンガーはなんだかいつにも増してにこにこしているように見えました。技の打ち合いが終わり、彼らがじゃれて笑い始めた頃、サマヨールは答えました。

「バトルって一人じゃできないだろ。ぶつかり合う力と力を通じてだけ、相手と感じられる何かがあるんだ。それが何なのかオレにもよく分からないけど。」

 サマヨールの言葉が本当なら、ゲンガーはバトルを通じて「何か」を感じたいのかもしれません。それが何なのかもちろんエネコロロにもよく分かりませんが。
 ゲンガーは目にらんらんと黒い光をたたえ、エネコロロを見つめています。わずかに体を揺らしながら、相手の出方を伺っているようです。
 エネコロロはゲンガーが大好きです。だからお互いのことをもっとよく知れたらと思います。今まではおしゃべりをすることや一緒に遊ぶことこそがその方法だと思っていましたが、ゲンガーにはゲンガーなりの方法があるのかもしれません。もしゲンガーが「何か」を感じるためにこのバトルを仕掛けてきたのだとしたら。それに応えたいという強い願いが自分の中でむくむくと形になるのを、エネコロロは感じました。

「ゲンガーがどうしてもアタシとバトルしたいっていうのなら……」

 正直に言って自信は全然ありませんでした。おしゃべりをするための言葉や一緒に遊ぶための元気ならたくさん持っていますが、バトルをするための力なんて自分に備わっているのか分かりません。上手くできないかもしれません。でも、それでも、ゲンガーのためならば。エネコロロの勇気に火が付きました。

「アタシだって、技を使ってみせるよ!」

 エネコロロの内側が、かっと熱くなりました。瞬間、熱は一気に体の外に出て輝く大きな星を形作ります。頭上でこうこうと光を放つ塊を見て、これがアタシの力、とエネコロロが思った直後、ぱんと高い爆発音が響いて光が破裂しました。

「にゃあ!?」

 まばゆい光で視界が真っ白になり、エネコロロはそのままひっくり返って倒れてしまいました。「ネコチャン!」と叫ぶゲンガーの声に続いて、遠くから別の声が重なりました。

「おーい! ゲンガー! ネコチャーン!」
「うわあ、やってるやってる!」
「バトルだバトルだー!」
「ボクたちも混ぜてー!」

 くらくらしながらエネコロロが起き上がると、助け起こそうと側に来たゲンガーの姿と、その向こうから小道を飛んでくる屋敷のゴーストポケモンたちの群れが目に入りました。
 ぴゅーんと最初に側にやって来たのは三人のカゲボウズです。カゲボウズたちはきゃっきゃと笑いながら小さな影玉をぽいぽい落としました。続いて到着したヨマワルは、目玉をちかちか怪しく光らせて飛び回ります。サマヨールは鬼火をいくつも宙に浮かべています。あっちのポケモンと打ちあったり、こっちのポケモンの影に潜ったり、みんなで技の比べっこです。いつもの屋敷でのバトルと違って、開放的な森の小道では技の調子も異なるのか、みんなはいつにも増して夢中で力を見せあいました。
 エネコロロは頭の上を横切った影の玉に「ひゃあ!」と驚いたり、もくもくわいた黒い霧の中で「にゃあ!」と声をあげたり、大忙しです。けれども先ほどゲンガーに向かって放とうとした光が思ったよりも体を温めていたのか、エネコロロはすったもんだの真ん中でも上手に技をかわしていました。それに気がついたゴーストポケモンたちも、エネコロロの思いもよらぬ身のこなしに目を丸くしました。

「わあ、ネコチャン、技を避けるの上手だね。」
「ボクのシャドーボール、ちっともきいてないや。」
「ネコチャン、すごい!」

 誉められれば悪い気はしません。エネコロロは「えへへ」と目を細めました。
 それからやっと尋ねることができました。

「でも、どうして今日はこんなところでバトルなの? いつもは屋敷で遊ぶのに。」
「ああそうだ、すっかり忘れてた! 屋敷の準備ができたから、みんなで二人を迎えにきたんだ!」
「準備って、何の?」
「いいからいいから! 早く行こうネコチャン!」

 不思議そうに首をかしげるエネコロロの背中を、カゲボウズたちが並んでぐいぐいと押します。ゲンガーのほうを見ると、ゲンガーは黒い体に赤い目玉と三日月の口を浮かべて、黙って微笑んでいるだけでした。その目からはもう、相手を射すくめる黒い光は消えていました。



 屋敷に着いた時、エネコロロはうわあっと声を上げました。

「これ、全部、みんなが飾りつけたの!?」

 屋敷の一面に、数えきれないくらいの花が生けられていました。いいえ、花だけではありません。金色のきのみや真っ赤な石のかけらなど、いろとりどりの装飾が屋根に、窓に、ひび割れた壁に取り付けられていて、しかもそれが周りに何十個も浮かぶ鬼火に照らされているのです。古びた屋敷は、どんな大富豪だって住むことができない、虹色の豪邸に様変わりしていました。

「その通り! だって今日は、ネコチャンがこの屋敷に来た日と同じ形のお月様が、初めて空に浮かぶ日だからね!」
「ネコチャンとボクたちの友達記念日だよ!」
「ハッピームーンナイト、ネコチャン!」

 夕暮れの空に三日月がほっそりと白く浮かんでいました。
 エネコロロの言葉は、驚きと喜びでいっぱいになった胸につかえて出てきませんでした。でも、きらきら揺れる瞳とふるふる震える頬を見ただけで、エネコロロの気持ちはその場にいた誰もに伝わりました。友達記念日のサプライズが上手くいって、ゴーストポケモンたちも嬉しそうです。

「ネコチャンにびっくりしてもらえて良かった!」
「飾りつけが完成するまで、ゲンガーに『ネコチャンを森の小道で止めておく係』になってもらった甲斐があったね。」
「バトルでもしとけばいいんじゃない? って言ったけど、その通りだったね! ネコチャンがあんな身軽だなんて知らなかったよ。」

 ゴーストポケモンたちが口々に言います。それでエネコロロにも、どうしてゲンガーがいきなりバトルを仕掛けてきたのか理由が分かりました。
 ゲンガーはエネコロロの隣に立ち、黒い体に細い三日月を浮かべ、黙って微笑んでいました。その顔は、目に黒い光を燃やして影の玉を投げつけてきた時とは全然違います。でもあの時のゲンガーの表情は、バトルを通じなければ知らないままだったとも思うのです。
 あのね、とエネコロロはゲンガーにささやきました。

「今度、アタシにも、バトル教えてね。」

 ゲンガーはちょっぴり意外そうに目を開きましたが、すぐに優しくうなずきました。

「ネコチャンが出した光。あれはネコチャンの、とっておき。もっと上手に、使えるようになると思う。ワタシも、手伝う。」

 それはエネコロロが今まで横からしか眺めたことのなかった、バトルの先生の顔でした。初めて正面から見たその目に自分の姿が映っているのが、くすぐったくて心地よくて、エネコロロは耳をぴこぴこ動かしました。
 屋敷の中からユキメノコがみんなを手招いています。なんだかきのみ料理のいい香りがするようです。きっと屋敷の外だけでなく中も、友達記念日のための特別な準備がされているのに違いありません。ぴゅーんと一番にユキメノコのもとに飛んでいったカゲボウズ三人組が、ゲンガーとネコチャンも早くおいでよ! と二人に向かって叫びました。
 エネコロロとゲンガーは顔を見合わせて笑い、仲良く並んで屋敷に入っていきました。


  [No.4112] 一擲乾坤を賭す 投稿者:シガラキ   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:39:12   89clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 エネコロロvsゲンガーで参加させていただきました!
 本文の8割は戦闘してます。トウカの森壊れる。


▼ ▼ ▼



 風の噂を聞いた。

「トウカの森に強すぎるトレーナーが現れた。森の中の荒廃していた空き家を買い取って、そこに住んでるらしい」

 ホウエン地方を横断し、また違う浅瀬に波打つ音が聞こえるこの地にまで吹いてきた風は、強いに違いない。時期外れに半ば押し付けられた長期休暇。それを持て余しミナモデパートのフードコートでシークアーサーを啜っていた僕のすぐそばで、若手トレーナーがそれを口にした。これはツイている。僕はシークアーサーを飲み干し立ち上がると、透明なプラスチック製の容器をくしゃりとつぶしてトラッシュボックスに放り投げた。
 人ごみをかき分けながら、胸ポケットからポケナビを取り出し立ち上げる。時間はあるのだ。豪勢に船旅を楽しみつつ行こうじゃないか。熱いバトルの未来図を胸に抱きながら、期待と共にポーチに入った6つのボールをなぞった。


 *―*―*


 俺は退屈していた。場所が悪かったのかもしれない。近場にふたつのジムがあるから猛者も集まるだろう、という安易な理由で赴いたことを後悔して眠った夜は4回過ぎた。挑んでくる奴は大概なんてこともないのでもう面倒くさい。いっそ旅に出てしまおうか。カビ臭い部屋でひとり、俺はインスタントコーヒーを飲み干した。

「たーのもー!」

 誰かの大声が鼓膜を鳴らす。その声が木々に阻まれ減衰して消えていくのを最後まで聞いてから俺は席を立った。机の上に転がろしていたひとつのボールを手に取り、靴を履いてヒビの入った玄関の扉を押して外に出る。少しひらけた場所で、生い茂る木の葉の隙間から差し込む淡い太陽光に照らされた声の主は、俺の姿を見るににやりと笑った。短い茶髪に小奇麗に整った顔立ち。そういえば、と俺は思い出す。鏡を持ってくるのを忘れていた。嫌な予感がして上唇の上を指でなぞると、やはりというべきか、そこにはそこそこ伸びた髭の感覚があった。もしかしたら俺は原始人のような恰好になっているのかもしれない。

「貴方が強いひと?」
「さあ? ――確かめてみろ」

 俺の言葉で確信したのか、そいつは瞳を大きく広げて笑いながらポーチのボールに手を伸ばした。俺もそれにならってボールを投げる。2つのボールが宙に舞い、中から2匹のポケモンが姿を現す――。
 にしても、俺が答えた途端に茶髪の端正な顔が愉しそうに歪んだのを見て、なんとなく関わりたくない気持ちも出てきた。あれは完全に――実際に見たことがあるわけではないが――ヤクをやってる顔だった。
 2人の間に出てきたのは、俺のゲンガーと相手のエネコロロ。俺と戦うためにここに来た奴としては、かなり珍しい手持ちだ。エネコロロという種族は能力的に中の下か、下の上。舐められているのだろうか。

「1on1。道具の付与なし。制限時間はなしで、どちらかが瀕死になった時点で即終了。いいな?」
「いいよ。そういえば、名乗っていなかったね。僕はサカエ。貴方は?」
「俺はカロク。さあ、お前の先制だ」

 このような野良バトルにおいて、ルールの確認はとても重要だ。誤解があれば亀裂を生み、望むバトルから逸脱していく。それはお互いに望まないだろう。
 俺に挑戦してきたサカエは、先制を貰ってもすぐに攻撃はせず、俺とゲンガーを値定めるように見つめていた。ポケモンバトルにおいて、トレーナーができることは的確な指示をポケモンに届けること。それには自身の知識、経験、そして相手と自分を注意深く観察することで精度を増していく。彼を見るに、先手を貰ったことで喜び勇んで突っ込んでくる自称感覚派の名人さまではないようだ。少しだけ期待が膨らんできた。
 エネコロロとゲンガー、タイプ相性的には微妙。ノーマル技はゲンガーに効かず、ゴースト技はエネコロロに効かない。その影響で俺のゲンガーの技のうち、1つが潰されてしまった。残りの3つの技で俺とゲンガーはエネコロロを仕留めなければならない。だがそれはエネコロロも同じことのはずだ。――目線が変化した。来るか。

「Bだ!」

 サカエの言葉にエネコロロはうなずいてゲンガーの方へ駆けだした。技名は言わないか。食えない奴だ。ゲンガーはそんなエネコロロを迎え撃つかのように構える。
 ゲンガーとの距離は10メートルを切った。そこであろうことかエネコロロは歩みを止めて地面を蹴って後ろに跳んだ。そして口元で電流で球を編み、それを飛ばす。恐らく『電撃波』だろう。その技の選択のやりにくさに、俺は思わず下唇を噛んだ。確か『電撃波』は必中といわれるほどの命中精度を誇るものの、威力は控えめの特殊電気技だったはず。

「木の陰に逃げろ」

 ゲンガーというポケモンは影に潜むことができる。しかもここは森の中。影なんていくらでもある。ゲンガーはケケケ、と笑うと足元の陰に潜んだ。遅れて『電撃波』がその地面に爆ぜるも、そこにゲンガーはいない。すでに影の中を移動している。薄い砂埃が舞う中、サカエは不用意に視線を周囲に向けず、ただ俺の視線だけを観察しているようだ。中々賢い。だが、そんなことは対策済みだ。

「『催眠術』」
「っ! 周りの木々に近すぎないように飛び回って!」

 このバトルフィールドは円形にひらけており、左右は木々が生い茂っている。そのせいで左右は日中でも少し薄暗い。影として潜むならそこを疑うだろう。しかしそれは当たるだろうか。俺はゲンガーにピンポイントな指示をしていないが、どこに隠れていそうなのかは何となく分かっていた。ほら、視界の隅でゲンガーの耳が地面から出て――。

「――! 近くの砂埃の陰だ! 距離を取って『電撃波』!」
「ッチ! 『そういうこと』かよ! 『シャドーパンチ』で弾き飛ばして距離を詰めろ!」

 影から出てきたゲンガーにエネコロロの『電撃波』が一直線に向かっていく。それをひきつけたところで、ゲンガーは『シャドーパンチ』で打ち返し『電撃波』はそのまま明後日の方向へ飛んで爆ぜた。距離を取るエネコロロにゲンガーは影と同化してスイスイ迫っていく。

「俺のゲンガーが物理型ってのはバレてんだな」
「コロちゃんが突然ゲンガーと距離を空けて『電撃波』を打ったとき、貴方は唇を噛んだ! 近寄らせないで! 『電撃波』!」

 ゲンガーというポケモンは特殊攻撃に秀でていることから、主に特殊技を使用するもが大多数だ。ゆえに基本的には中・遠距離を維持しながら戦うことになる。近距離に詰められてはまずいのだ。しかし、俺のミスのせいでサカエに『距離を取られると不都合がる』ということを知られてしまった。さらに『電撃波』を特殊技で相殺すればいいものの、1on1で隠れるなんてリスキーな選択をしているのだ。まともなトレーナーならゲンガーが型破りの物理型だと推測できるはず。悔しいが俺が未熟だった。さらに『催眠術』がフェイクであることは勘付かれているかもしれない。だが、『催眠術』を除く4つの技が出ていない以上、確信には至れないはずだ。物理・特殊の中に『催眠術』のような状態異常技などは含まれず、採用する可能性は低くないのだから。
 背後へ飛びつつ『電撃波』でけん制していくエネコロロに、ゲンガーは『シャドーパンチ』で弾いて対抗するも距離は縮められない。このままではじり貧だ。ならば、作戦を変えるまで。

「へっ! 『サイコキネシス』!」
「なっ! とりあえず『電撃波』を撃ち切って――」

 物理型だと露見したゲンガーに、メジャーな特殊技の指示。サカエは一瞬で先ほどまでの俺の行為がミスリードを誘うフェイクだったと判断したようだ。『サイコキネシス』は名の通りエスパータイプのエネルギーで、直接触れずとも物体を動かせたりできる技。捕まればその間自由を奪われることになる。さらに強い『サイコキネシス』だとそのままダメージも受けてしまう。そうなってしまう前に、ダメ元であるが『電撃波』でゲンガーの体勢を崩そうとしつつ、距離を取って『サイコキネシス』の射程圏外まで逃げようとしたのだろう。が、甘い。何せ俺のゲンガーは完全な『物理型』なのだから。
 『電撃波』が発射される直前、ゲンガーは高速でエネコロロの背後に回っていた。サカエはそのからくりに気づくがもう遅い。『不意打ち』は攻撃技に対して先制できる技。両腕から振り降ろされた『不意打ち』がエネコロロにヒットし、そのまま吹っ飛び地面に叩きつけられた。狙い通り。『サイコキネシス』などの特殊攻撃技のエスパータイプ技を指示した場合、それを『不意打ち』として処理するよう教えておいたのだ。さすが俺のゲンガー! 賢い。

「たたみかけろ! 『瓦割り』!」
「ッ! 『アイアンテール』で迎え撃て!」

 倒れたエネコロロに上から『瓦割り』を仕掛けるゲンガー。いち早く『不意打ち』の攻撃から復帰し起き上がり、尻尾に『アイアンテール』を展開するエネコロロ。しかし間合い、手数、タイプ相性からゲンガーが有利なのは明らかだ。
 右腕から振り下ろされたゲンガーの『瓦割り』を『アイアンテール』で弾くエネコロロ。その衝撃に耐え、負けじと左腕の『瓦割り』を振り下ろすゲンガーだが、それは空を切った。エネコロロは『瓦割り』との相殺で生じた衝撃を利用し、背後へ跳び去っていたのだ。エネコロロはそのまま軽い動作で4本足でしっかりと着地し、迎撃に備え『アイアンテール』を展開する。ゲンガーも両腕に『瓦割り』を展開し、構えたままにらみ合った。
 エネコロロの後ろ足が半歩下がる――同時にゲンガーがエネコロロに飛び掛かった。エネコロロはそのまま迎撃の構えを取り、ゲンガーはそのままエネコロロの背後に着地する。その着地を狙ったエネコロロが体を横に一回転させて勢いをつけた『アイアンテール』をぶち込んだ。しかし、それがゲンガーにあたることはなくそのまま空ぶった。そこにゲンガーの姿はない。直後、エネコロロは激痛と共に空中へ打ち付けられた。

「コロちゃん! 下の影からだ! 『電撃波』!」

 エネコロロの『アイアンテール』がさく裂する寸前、ゲンガーはすでに着地と同時に地面の影に潜んでいた。ここが森の中であること前提の行動。そのままエネコロロ空振りしたあと、不意をついて影から飛び出し『瓦割り』を打ち付けた。エネコロロは空を隠す木の枝や葉にぶつかりそうな高度まで飛ばされるも、負けじと歯を食いしばり『電撃波』を真下のゲンガーに向かって放った。

「『シャドーパンチ』!」

 真上から放たれた『電撃波』を『シャドーパンチ』で難なく弾く。エネコロロは飛ぶ技術は持ち合わせていない。つまり、エネコロロが空中にいる限り、必ず地上へ落ちてくる。そこを迎撃すればいいのだから、必要以上に動く必要はない。俺も落下するエネコロロを見てタイミングを狙っていた。

「ここだ! 『瓦割り』! 振り下ろせ!」

 ゲンガーは両腕に『瓦割り』を展開する。エネコロロは尻尾に『アイアンテール』を展開する様子はない。このまま叩きつけて、そのまま瀕死までラッシュをかければ勝利だ。ゲンガーの両腕が落下してきたエネコロロに振り下ろされる――。

「そうはならないさ! コロちゃん!」

 一瞬、エネコロロが白く光った気がした。直後、ゲンガーの『瓦割り』がさく裂する。が、そのエネコロロだったものはあろうことか煙と共に消えてしまった。刹那、その煙の裏から伸びてくる影が――。

「『アイアンテール』!」

 エネコロロの『アイアンテール』の奇襲が見事ゲンガーに命中し、そのまま吹っ飛ばされた。何度か地面をバウントしながら数メートル飛んだところでゲンガーは何とか止まり、立ち上がる。恐らくあれは『身代わり』。ゲンガーの『瓦割り』がエネコロロを襲う寸前、エネコロロの体が一瞬だけだが光った気がした。その時点で『身代わり』を発生させ、本体は後ろに隠れたのだろう。そしてそのまま『身代わり』を攻撃させ、その後の隙を狙ってきたわけだ。攻撃はもらってしまったが、これで相手の手の内は全て知れたようなもの。技構成は『電撃波』『身代わり』『アイアンテール』と、タイプ一致だがゲンガーには無力の『ノーマル技』。『電撃波』をかいくぐって接近戦に持ち込めば完全にこちらに分がある。

「ふふ……」
「……」

 俺が勝利への道を捜索していると、不意にサカエが笑い出した。怪訝に思って俺は彼に目線を向ける。

「どうやら、まだ天に見放されてはいないようだ……。勝つよ、コロちゃん!」

 サカエの掛け声に、威勢の良い鳴き声で応えるエネコロロ。俺は1人と1匹から注意をそらさず考える。
 奴は先の戦闘で勝ちを引き寄せる何かを見いだせたらしい。その言葉のタイミングからして、『身代わり』で防御したあたりから『アイアンテール』でゲンガーを吹っ飛ばした間のことだろう。その間に起った何かがサカエの自信に火をつけた。模索しろ、試算しろ。どこかにヒントがあるはずだ。『身代わり』には体力を削らなければいけないという制約がある。それを払い、さらに攻撃を防御できたことによって生じる何かがあったのか。それとも『アイアンテール』のヒットに何か布石を置いたのか。『アイアンテール』の追加効果はたまに被弾させた相手の防御の能力値を一時的に下げるものだ。それを引き寄せたのか。だから『天に見放されていない』と判断したのか。いいや違う。これまでの勝負からして、サカエの戦術はとても整っていた。防御を下げたところで勝ちを見いだすほど楽観視はしないはず。しかし何かが彼を奮起させたのだ。どれだ、どこのどんな要因だ……?

「コロちゃん! D!」

 エネコロロは彼の言葉を聞いて再び駆け出した。今度はDときたか、俺は内心で舌打ちしてエネコロロの動向を予測する。
 サカエには俺のゲンガーが物理型の近距離タイプであることがばれている。すなわち、接近戦を仕掛けてくるということは勝つための決定打を持っているということ。見る限りそれほどの決定打は『まだ』持っていないとみえる。つまり、Dと銘打っているが恐らくBのように接近戦を仕掛けるフェイントをしつつ、実際は遠距離を行うパターンだろう。それにBよりも踏み込んだフェイントとみた。ならば、それを逆手に取ろう。引く前提の接近など、知ってしまえばただのカモだ。

「『シャドーパンチ』!」
「!」

 俺の考えは相棒と密接にリンクしている。ゲンガーはこの指示を待っていたに違いない。白い歯を見せて相変わらず不気味な笑顔で『シャドーパンチ』を放つ。はたから見て不気味な笑顔でも、俺にとっては世界一かっこいい笑顔だ。
 『シャドーパンチ』という技。そのパンチと名付けられている技の実態は射程無視、伸縮自在の影を使った『第三の手によるパンチ』だ。命中精度は『電磁波』や『燕返し』と並び、必中と謳われるほど。ゴーストタイプのエネルギーで実体化した影を第三の拳として飛ばし、それをパンチとして利用する。
 ただ、『シャドーパンチ』はゴーストタイプ。ノーマルタイプのエネコロロにはダメージを与えられない。ではなぜそれを放ったのか。それは攻撃のためではない。
 ゲンガーの『シャドーパンチ』がエネコロロの体を貫通する。貫通、というよりも『すり抜けた』という表現の方が正しいかもしれない。その拳はエネコロロをすり抜けた後も伸び続け、後ろの根に近く太い木の枝をつかみ取った。これが目的だった。しっかりと掴むとゲンガーは地面を蹴る。同時に『シャドーパンチ』の伸縮性を利用して、伸びていた部分を縮めることにより体は掴んだ枝に向かって急加速した。これはつまり、掴んだ枝の位置はエネコロロの真後ろなため、エネコロロへ急接近したと同義である。踏み込んだフェイントを仕掛けようとする中、思いがけない急接近に対し満足に対応できるとは思えない。
 多少は狼狽するだろうかと俺はサカエを見た。そして目を見開く。彼は狼狽えてなどいなかった。――笑っていた。

「そうくると思っていたさ」
「……」
「貴方のゲンガーの技は要所では使わない『催眠術』と他は物理技しかない。貴方が勝つためには接近戦に持ち込むしか手はなかった。だから『こうくると思っていた』」
「――ッ! そのままたたみかけろ!」

 『催眠術』がフェイクなのはばれていたか。そして今更退くにしても遅すぎる。ここでの最悪の結末は無駄に退いて体勢を崩し、そこを押し込まれて取り返しのつかない状況に陥ることだ。それに、まだ策はある。ただこれにはタイミングが重要であり、そう迂闊には使えない九死に一生を得る『反撃』だ。
 勢いと共にラリアットのようなかたちで右腕の『瓦割り』をエネコロロに仕掛けるゲンガー。しかしエネコロロはそれを身をかがめてかわし、すぐさま横から『アイアンテール』をぶち込んだ。響いたのは高い音。ゲンガーは『アイアンテール』を食らう瞬間、左腕の『瓦割り』でそれを防いでいたのだ。その衝撃で横に軽く吹っ飛んだゲンガーは2本足で確かに着地し、エネコロロへ飛び掛かる。

「距離を空けるな! 『瓦割り』!」
「――ここだっ!」

 太陽を背に飛び掛かったゲンガーに対し、エネコロロの右の前足が淡い水色に光る。同時にサカエのポーチの中にある何かが同じ色で光った。――直後、ゲンガーが攻撃するよりも少しだけ早く放たれた無数の透明なつぶてがゲンガーを地面に叩き落とす。『氷のつぶて』。確かにそれは『氷のつぶて』だった。倒れこんだゲンガーにエネコロロは空中に跳んでくるりと一回転し勢いをつけて『アイアンテール』を繰り出す。ゲンガーは寸でのところで起き上がり、俺の方へ逃げて距離を取った。対象を失った『アイアンテール』は地面にあたり、地面が削れて土の破片が宙に舞う。
 俺はエネコロロと向かい合うゲンガーがよろけるのを隅で見て、ダメージの蓄積を感じていた。しかし、彼の手の内はもう理解した。今回は悪運とまではいかないものの、運を勝ち取りきれなかったようだ。ありえない『5つ目の技』によって、自分で種明かしをしてしまったも同然。ノーマルタイプ特有の技の多様性、それを利用したかったのだろうが、まさか2回目で地雷を踏むことになろうとは。運はこちらに向いている。

「小賢しいな。『猫の手』で遅延か」
「バレちゃったか」

 エネコロロの体力を吟味してみる。いいや、するほどでもないか。『身代わり』のコストはかなりのものなはず。威力が低い『氷のつぶて』を受けたとしてもゲンガー優位には変わりない。だが、問題はエネコロロが使った『猫の手』だ。
 『猫の手』は手持ちのポケモンの持ってる技をランダムで繰り出すギャンブル技。それは6匹以下の場合にのみ発動でき、それよりも多くのポケモンを持ち歩いている場合は発動しない。だから、今の状況で『猫の手』から繰り出されるであろう技の種類は、多く見積もって20。ゲンガーにタイプ相性で効果がなかったり、技の重複や『猫の手』で繰り出せない『指を振る』や『ミラーコート』などの技を考慮するともっと少なくなる。もしも、あえて『猫の手』で選ばれることのない技を持つポケモンを手持ちに入れることで、繰り出されるであろう技をあらかた推測できる構成にしていることもありえる。『身代わり』、『氷のつぶて』。これだけでは判断しにくい。『火炎放射』や『10万ボルト』などのメジャーな高威力で安定性のある技が選抜されていないことが気になる。ただ繰り出されなかったのか、それともそのような技を持つポケモンを持っていないのか。後者だった場合、『猫の手』で出る賽の目が自分有利に働く可能性が高い。『猫の手』のために組まれたパーティ構築をしている可能性がある。とても奇妙で珍しいが、こいつだったらやりかねないような気がする。
 サカエのポケモンの手持ちを推測するにしても、それにはもっとヒントがいる。しかし、それを得るためには『猫の手』をもっと使わせないとろくに推測ができず、本末転倒だ。ここは賭けるしかない。先ほどサカエは、天に見放されてはいない、とそう言った。どうしてそう言ったのか。それはあの状況を突破できる可能性が僅かだったから。つまり『身代わり』やその他の『状況を切り抜けられる技』が出ない可能性の方が高かったということ。俺は考える。奴の手持ちは『猫の手』を中心に考慮して選ばれているものではない、と。

「一気に叩く! 『瓦割り』!」
「またそれかあ。同じ味ばっかだと見栄えしないじゃないか、『猫の手』」

 駆け出したゲンガーに対し、エネコロロは『猫の手』を振りかざす。
 ここで『猫の手』か。俺は『電撃波』で距離を取って戦うだろうと思っていた。駆け出し距離を縮めていくゲンガーに対し、その判断を下すとは余程『猫の手』を信頼しているのだろうか。となると、もしかしたら本当に『猫の手』専用のパーティを組んでいるのかもしれない。悪趣味な奴だ。
 エネコロロの腕が今度は緑色に光った。同じくサカエのポーチの中のもの――恐らくポケモンが入ったモンスターボール――も呼応するように緑色の光を放つ。
 一瞬、大地が揺れ動いた気がした。刹那、エネコロロを中心に地面から複数の大きな根っこが這い出してきて、鞭のようにゲンガーへ向かって繰り出された。――『ハードプラント』。ここで草タイプの大技を引くとは、なかなかどうして天に見放されてはいないというのもうなずける。しかし勝敗を分けるのに必要なものは運だけではない。ゲンガーの視線を一瞬だけ感じた気がした。運なんてもの、単純明快な力量で押しつぶしてやろうじゃないか。なんとなく伝わってきた相棒の心意気に、自然と口元が緩む。

「突っ切れ!」

 ゲンガーを真上から襲う根に、ゲンガーはあえてジャンプして近き、『瓦割り』でそれを引き裂いた。そして引き裂いたその僅かな隙間から根の上へ飛び出し、根の上に着地して駆け出す。そう簡単にはさせないとゲンガーが乗った根に対し、うねりくるほかの根が下から叩きつけた。衝撃によりゲンガーは空中へ投げ出される。そして空中に漂うゲンガー目掛けて2つの根が左右から押しつぶすかのように迫った。ゲンガーは愉快そうにケケケと笑うと、『シャドーパンチ』で先ほどまで乗っていた根を抱え、そこ目掛けて急発進する。ゲンガーを逃がした2つの根は双方正面衝突し、お互いの矛先をぶち抜いてそのまま動かなくなった。それによって飛び散った木片が降る中、ゲンガーは再び駆け出す。が、先ほど下から叩きつけた根も、ゲンガーを乗せている根の表面をグルグルと螺旋状につたいながらゲンガーを追ってきていた。そして不意をつくようにゲンガーの背中目掛けて直進する。けれども、後ろから轟音をばらまきながら近づく根にゲンガーが気づかないはずがなかった。ゲンガーは背後からの直進してきた根をジャンプしてかわし、『シャドーパンチ』で先端を捉えてそこに降り立つ。その根はそのまま直進してエネコロロのすぐ隣の地面に突き刺さった。ゲンガーはその衝撃をあえて利用し、真上へ飛び出して下にいるエネコロロを見据える。――エネコロロの硬直は未だ解けていない。ニヤリと口を半円に緩めながらゲンガーは『瓦割り』を展開し、エネコロロへ落下の勢いと共に振り下ろした。
 しかし、その『瓦割り』がエネコロロに届くことはなかった。エネコロロのそばに突き刺さった根が再び動き出し、地面を削りながら横へ移動し始めると、そのままエネコロロを掬って投げ出したのだ。当然『瓦割り』はその根を裂き、投げ出されたエネコロロの硬直は空中で解けてそのまま着地した。同時に複数の根は力なくその場に崩れ落ちる。
 俺は乱雑に乱れまくったフィールドを見て、ふと後始末のことが頭に浮かんだが、すぐさま取り払った。とりあえず今は嫌なことは後回し。今必要なのはこいつをどうするか、だ。

「貴方のゲンガーの動き、素晴らしいね! あの大技が出れば大概は勝負つくのに……」
「ふん。そこらのやつの一緒にするな」
「そうだね、『猫の手』」
「させるか! 『不意打ち』!」

 再び己の右前足に光を灯すエネコロロ。それに向かって地面にある影に溶けて急接近し、背後を取ったゲンガー。エネコロロもそれに気づき、その振り向いて右足をかざして迎撃の体勢を取る。が、少なくても俺とゲンガーはこの時点で何かがおかしいことに気づいていた。
 『不意打ち』は攻撃技に対して先制できる技。しかし相手が技を繰り出せなかったとき、あるいは攻撃を介さない補助技を繰り出したときには失敗してしまう。ここで今の状況をみてみると、ゲンガーの先制するはずの『不意打ち』がエネコロロに読まれてしまっている。振り向いて、今にも返り討ちにされそうな立ち位置だ。――エネコロロに対し先制できていない。これより導き出せる結論は、『猫の手』によって選ばれた技は攻撃技ではないということ。

≪――ッ!!≫

 エネコロロの白く光った足から不協和音が飛び出してきた。ゲンガーは驚いて体勢を崩し、耳を抑えながら地面に落ちてしまう。エネコロロも発信源である右足をできるだけ遠くまで伸ばし、目を閉じて反対の左足で左耳をふさいでいる。唄とも演奏ともにつかない、黒板を爪で思いっきり引っ掻いた音をライブ会場の爆音で聞いているかのような、しかもそれには一定のテンポが刻まれている。これは、確か。

「『滅びの歌』……ッ! ここで引いちゃうか……!」

 歯ぎしりと共にサカエが小さく呟いた。
 『滅びの歌』、これを聞いたポケモンは一定時間が経過すると『瀕死』になってしまうという。しかもそれは相手だけでなく、発した自分にさえ襲い掛かる。ポケモンを入れ替えればその効果を打ち消せるのだが、この勝負は1on1。入れ替えは許されない。これらが示すのは、

「コロちゃん! 『電撃波』!」
「ゲンガー! 『瓦割り』!」

 ――効果がくるよりも先に相手を倒す。『滅びの歌』が響き渡る最中で両者が動けないにも関わらず、俺たちは叫んでいた。
 このまま持久戦を持ち込んでは引き分けという何の面白みのない結果になってしまう。純粋なポケモントレーナーとそのポケモンは、少なくても俺は、それを一番嫌う。多分ゲンガーも同じだ。証拠に、俺が指示を出すよりも先に、耳を塞ぎながらも一歩前に踏み出していた。
 『滅びの歌』が響き終わる。それを合図にゲンガーはエネコロロへ向かって駆け出し、エネコロロはゲンガーに向かって『電撃波』を放った。ゲンガーは地面にある影の中に身を潜めると『電撃波』はゲンガーを見失い地面に爆ぜた。ゲンガーは地面や根の上にできた影をつたってエネコロロへ迫っていく。

「くそッ! 『猫の手』!」

 サカエが『猫の手』を指示した。この状況において『猫の手』のギャンブルは限りなく危険であることを知っての苦渋の決断だろう。今までのサカエの言葉や表情から分析するに、彼の『猫の手』は完全に運任せの博打。自分のパーティも『猫の手』を中心に組まれたものではない。ここで『猫の手』を繰り出すことが、どんな影響をもたらすのか。エネコロロの右前足は淡い瑠璃色の光を放っていく――。
 ついにゲンガーがエネコロロのもとにたどり着き、エネコロロの影から飛び出して『瓦割り』を繰り出した。しかしそれは豪快な羽音と共に空振りに終わる。ゲンガーが上を見上げると、そこには半透明な翼が背中に生えたエネコロロが空を停滞していた。――『空を飛ぶ』。

「まさかここでこれを引いてくれるとはね! 『電撃波』!」
「ッ! 根を使え!」

 俺は『空を飛ぶ』が選ばれたのは初めて見たので、まさか実際に翼が生えるとは思いもしなかった。しかし、見る限りエネコロロは鳥ポケモンほど翼を扱いきれていない。叩けば落とせる。
 エネコロロが背中の羽をぎこちなく羽ばたかせながら『電撃波』の球を込めている隙に、ゲンガーは『ハードプラント』により発生した大きな根を使って上へ上へと上がっていく。それを狙って『電撃波』が放たれるも、空中でろくに効かないコントロールと入り組んだ根の残骸でそれはゲンガーには届かない。
 一番高度が高い根の先まで到着したゲンガーはそのまま飛び出して、エネコロロを上から攻める。

「『瓦割り』!」
「――『アイアンテール』!」

 空中でふらふらしているエネコロロに、回避という行動をとらせるのはいささか不安があったのか、サカエは迎撃する選択肢をとった。エネコロロは何とかバランスを取り、上から飛び掛かってきたゲンガーの『瓦割り』に対して『アイアンテール』を合わせる。が、勢いをつけて振り下ろす『瓦割り』には勝てない。衝撃は和らげたものの、そのまま押し負けて地面へ落下した。ゲンガーはエネコロロと少し離れたところに着地し、そのまま駆け出した。エネコロロも体力を振り絞りながらなんとか立ち上がる。

「終わりだ! 『瓦割り』!」
「『猫の手』!」

 この際まだ『猫の手』に頼るのか。しかし一見頼りない選択肢だが、無視できない爆発力があるのは確かだった。エネコロロの足が再び光を放つ。それは深い藍色に輝きを持ち、そして――。

「ゲンガー! 下がれ!」

 とてつもない気迫。俺の直感がこれはやばいと赤ランプを点灯させた。ゲンガーは慌てて足を止め、地面を蹴って後退しようとする――寸前、何かがゲンガーの頬をかすってそのまま横たわっている大きな根を破壊した。
 俺とゲンガーは突如破壊され、砂埃があがった根を見据えた。先ほどまでいた場所からエネコロロは姿を消している。恐らく、いや、十中八九これはエネコロロが『猫の手』で引いた技の何かだ。『猫の手』の爆発力、これはまさにそれだ。ここにきて爆発させてきた。俺は噛みしめる。ゲンガーも身構えなおした。――来る。
 破壊された根の付近で巻き起こっていた砂埃が、蒼い嵐で一蹴される。その中には燃えるような蒼いオーラをまとうエネコロロがいた。これは『逆鱗』。ドラゴンタイプの中でも追随しない暴力性をはらんだ技。威力はさきのを見て知っての通りだ。これをまさかこのタイミングで引き当てるとは侮れない。
 動悸が荒くなっていく。無意識に、自分が震えていることに気づいた。それは武者震いなのか、武者震いだったらどれだけよかったか。どうする、あの技をどうやって攻略する。震える手を無理矢理握りしめ、何とか考えようとした。それでも焦燥ばかりが前に出てきて何も考えられない。額に汗が流れる。

"――ッ"

 突然、ゲンガーが吠える。その声が俺の中にあった不安や焦りの霧をすべて掃きだした。俺がゲンガーを見ると、彼はこちらを向いてニヤリといつものようにケケケと笑ってみせた。その笑顔を見て、俺は思い出す。俺の相棒は負けを恐れず勝ち取るすごい奴であると、そう確信したあの日の興奮を。

「あぁ……そうだ。まだ、いけるな?」

 ゲンガーは自信満々にうなずいた。彼も分かっていた。まだ俺達には『反撃』の手段が残されていることを。

「いいね……! 唄がくるまでに、決着をつけようか! 『逆鱗』!」
「ああ! 望むところだ! ゲンガー!」

 サカエの声に呼応したエネコロロが咆哮する。そして、蒼いオーラで地面を抉りながらゲンガーに向かい駆け出した。ゲンガーは自分から飛び掛かることなく、ただエネコロロを見据えて構えた。その対面する瞬間まで。
 最初にゲンガーを襲ったのはエネコロロの突進。それをゲンガーは左に滑って避け、エネコロロを視界から外さぬように振り向くもそこに姿はない。

「上だ!」

 俺の声に呼応したゲンガーはあえて上を見ず、そのまま後ろへ飛び去り、上から飛び掛かってきたエネコロロの隕石のような『逆鱗』による突撃をかわした。苔の生えた岩もろとも砕くその威力に、地面はなすすべなくえぐり取られて破片が宙に舞う。しかしそれだけでエネコロロの猛攻は止まらない。
 後ろに飛び去ったゲンガーに追いつくほどの速さで、エネコロロは地面を沈没させるほどに蹴って、さらに距離を詰めていく。ゲンガーに追いついたエネコロロの放った右足がゲンガーの頬をかすり、衝撃で多少吹っ飛んだ。なんとか倒れずに地面を滑りながらも堪えて立ちなおしたゲンガーの目の前には、すでにエネコロロの回し蹴りが迫っていた。さらにゲンガーは身を反らしてそれをかわし、その勢いで後ろに下がっていく。――が。
 その下がった先で、ゲンガーの背中が何かにあたった。そこには『ハードプラント』によって出現した根が横たわっていた。エネコロロはここに誘導していたのだ。何もないところで全力をぶつけるよりは、相手が逃げられない空間に追い込んで確実に当てる。背後に逃げ道を失ったゲンガーの目の前には、『逆鱗』を宿したエネコロロの突進が迫っている。それは今までとは比べ物にならないほどのスピード。それは――

「『逆鱗』!」

 一縷の青い光のように一直線にゲンガーへ激突した。ゲンガーは腕で防御しようにも、強すぎる力にあっけなく押されていく。

「ゲンガー!」

 ゲンガーをつたって後ろにあった大きな根が音を立てながら壊れていくほどの威力。砂埃がその場から逃げるように去っていった。しかし、その中でもゲンガーはまだ耐えている。蒼く暴力的な美しさをも感じさせるオーラを前に、ゲンガーは未だ立っていた。そして、いつもと変わらずに唇を緩ませるのだ。

「『カウンター』!」
「――」

 叫びと共にゲンガーの拳が赤く光る。それにはエネコロロによる猛攻以上の破壊力が見込めるほどの『反撃』。全てを凌駕する熱気がそれには込められていた。エネコロロの『逆鱗』が徐々にゲンガーに押し返されていく。そしてエネコロロの吐いた一瞬の緩み。その刹那が勝負を変えた。
 ゲンガーはエネコロロを押し飛ばした。エネコロロは『逆鱗』の効果時間も解けてそのまま宙に放り出される。重力に従って落ちるエネコロロ。この瞬間が俺にはスローモーションのように感じられた。そのエネコロロ目掛けてゲンガー渾身の『カウンター』による掌底打ちが繰り出される。――未だ瞳に闘気の光が宿っているエネコロロに向かって。

「『猫の手』!」
「ぶちかませ!」

 瞬刻のうちは何が繰り出されたのかはわからなかった。ゲンガーの『カウンター』がエネコロロに命中する。一拍遅れてその威力さながらの爆発が爆音を引き連れて巻き起こる。その爆風によって周囲の木々は乱れ、俺とサカエの両者は腕で目をカバーするほどに強烈な砂埃が舞った。その中でも俺はうっすらとその中心を見据えていた。この勝負の行方は、凱歌をあげることになるのは果たして――。



 ***
 


「おい、そっちの根っこ」
「あっ、うん」

 すでにヨルノズクの姿が垣間見える満月の下。俺とサカエは滅茶苦茶にしてしまったトウカの森の修復作業を行っていた。こういう公式なフィールドではない場所でバトルを行い、フィールドを破損させてしまった場合はその管轄のジュンサー連盟に報告して元来の姿に戻す義務がポケモントレーナーには課せられている。自然環境やポケモンの生態系を崩さないようにという処理であり、これをしないと問答無用で罰せられても文句はいえないほど重要な作業だ。これをせずに大地を増やそうやら海を増やそうやら企む集団がいるものだから、身の程知らずだなあとため息が出る。
 ちなみにフィールドを滅茶苦茶にしてしまった一番の理由は『ハードプラント』で発生した根っこである。俺のポケモンが出した技ではないのだが、いやはやポケモンバトルをしていたのはサカエと俺であり、勝負で出てしまった損害である以上当然俺にも半分責任がある。俺とサカエで半分半分。これが正しいかたちだ。
 最初はサカエのポケモン達にも後始末を手伝って貰っていたのだが、残念なことに日が沈むまでに終わらなかった。そこで今日は一旦お開きということで、俺の家で皆で仲良くごはんを食べたて寝ようという話になったのだが、俺の手持ちはゲンガー1匹しかおらず、今回の後始末に俺1人ではあまり貢献できていないことになんか負い目を感じていた。故に夜中抜けだして1人で作業をしていたところに、サカエもやってきて2人で作業をすることになったのだ。そして今に至る。

「にしても、結局どっちが勝ってたんだろうな」

 巨大な根っこを少しずつ切り刻んで小さくしたあと、地面に埋める作業をしながら、ぽつりと俺は呟いた。
 ゲンガーの『カウンター』がさく裂したあと、辺りは砂埃にまみれた。その後、ゲンガーとエネコロロの両者の反応が見られず、一旦バトルを中断して見に行ったところ、どちらも戦闘不能の状態で倒れていたのだ。これならばゲンガーの『カウンター』でエネコロロが倒れ、その後『滅びの歌』の効果でゲンガーが倒れた、というゲンガーの勝利で終われたのだが、おかしな点がひとつ。
 あれほどの攻撃を食らったはずのエネコロロは吹っ飛ばされず、ゲンガーとエネコロロはすぐそばでお互い倒れていたのだ。このことから、両者とも『カウンター』が十分に発動する前に『滅びの歌』で倒れたのか、それともサカエが最後に指示を出した『猫の手』で何かの技が出て、ゲンガーを倒したのちにエネコロロが『滅びの歌』で倒れたのか、まったく見当がつかなかった。ちなみに戦闘不能となった2匹はすぐさまトウカのポケモンセンターに運んで、今は両者とも手元にいない。

「ま、十中八九どちが勝ったかは分かってるけどね」
「お、マジ? 実は俺も」

 手を止めて笑みを浮かべて言うサカエに、俺も笑ってうなずいた。さすがは俺とゲンガーに善戦させただけはある。見る目があるということか――。

「俺のゲンガーの勝ちだな」
「僕のコロちゃんの勝ちでしょ」

「……」
「……」

 間違えた、見る目ねぇよこいつ。
 綺麗なほどに平行する意見が飛び交いながらも、いつも通りトウカの森の夜が更けていった。


  [No.4113] Re: 第三回 バトル描写書き合い会 投稿者:P   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:39:24   88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

お早いスレ立てたいへんありがたく! バチュルVSオーダイルのカードです

――――

 「くっつきポケモン」の名前の通り、キキョウのトレーナースクールへ行く時も帰りの道でもバチュルはいつも僕の頭の上にくっついている。その黄色い身体が目に入ると、ポッポやホーホーはそれだけで逃げていく。一度イトマルと間違われたのか食べられそうになっていたけれど、得意の電気を帯びた糸で撃退したらそれきり近寄ってこなくなった。
 そのいつもの重みが、ふっと頭の上から消える。
「バチュル?」
 名前を呼んで辺りを見回しても、夕暮れの今じゃ暗くてさっぱりわからない。街灯もそれほどたくさんは立っていない道だ。おまけにバチュルは小さい。今見つかっている800種類以上のポケモンの中でも一番と聞いた時はずいぶんびっくりした。
 だから見つける手がかりになったのは、普段から聞いている鳴き声だ。ジジッと、虫の羽音と電気の走る音の間くらいの。それが丁度後ろの方から聞こえてきたから、慌てて振り返る。
「もう、どうしたんだよ! ほら、急いで帰るぞ!」
 ただでさえもう暗くなっている。今からきちんと帰ってさえ、ヨシノの家に着く頃にはとっぷり日が暮れて母さんのガミガミが待ってるに決まっているのに。そりゃあうっかり宿題を家に忘れて居残り授業になった僕が悪いんだけど。
 そう思って呼んでもバチュルは寄ってこない。それどころか、後ずさってそのまま逃げてしまった。あの黄色は暗い中ではよく目立っていて、点みたいな身体が木の上目がけて一目散に登っていくのだけがよく見えた。
 うっかり潰してしまったらと思うと他のポケモンみたいに飛びついて捕まえるなんてこともできないし、何よりもうバチュルは木の上だ。普通のポケモンならボールに戻せば済むところだけど、バチュルは無理矢理ボールに入れると後々すごい勢いで怒る。前にやった時は家のコンセントをショートさせて停電になり、家族中が大騒ぎになった。
 そうじゃない時は本当に大人しくて穏やかだし無理矢理じゃないならボールにも入ってくれる。タマゴのうちから家にいたから、一緒に暮らす方法をちゃんと分かっているのだ。突然変なことをして困らせるようなやつじゃないはずなのに。
「バーチュールー!!」
 こっちも苛立ってきて、大声で名前を呼ぶ。バチュルは出てこない。こんなことをしていたら本当に夜になってしまう。ただでさえもう太陽は地平線の向こうに半分以上隠れていて、真っ暗闇になるまでそんなに時間はないのに。
 木の上に隠れたポケモンを落とすには揺らすのがいいらしい。ポケモンの頭突きが一番いいらしいけど、人間が揺らしてもバチュルくらいなら。
 そう真剣に考えていたところに、びちゃびちゃと水の音がする。もちろん木とはまったく違う方向から。木から一旦視線を外してさっき音が聞こえた方向に顔を向ければ、そこには通り過ぎようとしていた池があった。そこから、何か大きなものが顔を出している。
 ポケモン、だろう。人はあんなに大きくないし、そもそも頭に真っ赤なトサカなんて生えていない。シルエットだけでもそれが人じゃないのだとはっきりわかる。
 だけどぱっと見て、それが一体何なのかはわからなかった。全身を見たら、そうじゃなくてもせめてもっと明るければまた違っただろう。でもその段階でわかったのは見慣れないやつということだけだ。
 ただそれだけでも、十分焦る理由にはなる。見慣れているポケモンだろうとこちらもポケモンがいないと危険で、知らないポケモンならもっと危ない。
 幸運なのはどうも、素早そうなポケモンではなさそうだということくらいだった。水中から顔を上げるその動きを見ているだけでもいかにものっそりとしていて、感じとしてはヌオーに近い。ヌオーだったとしてもバチュルはうまく相手ができないだろうし、そもそもシルエットが全然違うから別のポケモンだろうし、そっとしておくに越したことはないのだけど。
 木の上のバチュルに視線を戻して、ほらほらと水から上がってくるポケモンを指す。
 お前がいないと困るんだって。ほら一緒に帰ろう。そんな心の声はやっぱり、エスパータイプでもないバチュルにはわからないみたいだった。まったく反応もなく、僕は困ってまた大きなポケモンの方を向いた。一歩木の方に後ずさりながら。
 ごつごつした強そうな手が池の縁に置かれて、あれが地上へ上がろうとしているのがわかった。その動きもかなりゆっくりで、それを見ながら僕はいざとなったらバチュルを置いて走って逃げようという決心を固める。ヨシノへ帰るならまだまだ遠いけど、キキョウに引き返すなら思いっきり走ればギリギリ大丈夫かもしれない。ポケモンを置いていって大丈夫なのかとか、その後どうするかは考えられないけど。
 そう思っていた矢先に、ゴロロロ、とでも言うような。バチュルが走らせる電気よりももっともっと強い、雷みたいな音がして。

「えっ、」

 本当に電気――バチュルを怒らせた時にもらう感じのバチッとしたやつが身体に走って、

「は、」

 僕はちょっと宙に浮いて、

「――――!!!」

 その下を、弾丸みたいにあのポケモンがすり抜けていった。








 バクバクうるさい心臓のあたりを押さえながら、木の上でバチュルとともに息を潜める。巣を作っていたらしいホーホーがばたばたと飛び立って逃げていくのを振り返る余裕はなかった。
 バチュルがとっさに糸でここまで吊り上げてくれなかったらとっくに死んでいただろう。それかバチュルは、こいつがいることにもう気付いていたのかもしれない。突然頭の上から逃げ出したあの時から。
 ここから相手の全身を見てようやく、それが何なのか理解する。オーダイル、おおあごポケモン。
 このジョウト地方で最初にもらうポケモンの一つ、ワニノコの最終進化形。何にでも噛みつくワニノコよりももっと凶暴で、進化している分力も強いこと。元々水の中のポケモンなので地上では這って動くこと。這って動いていても、脚の力が強いから実はものすごく動きが速いこと。トレーナーが連れているとむしろ這っていることの方が多いけど、本来の姿ということで図鑑のイラストとしては立って描かれることが多いこと。
 全部、スクールで読んだポケモン図鑑に書いてある通りだった。
 例えばこれが先輩トレーナーの連れているオーダイルだったら、怖々しながら眺めて図鑑に書いてある通りに動くことにびっくりしたり感動したりしただろう。でも今この木の真下できょろきょろしているのは、まぎれもなく僕達を探して喰おうとしている凶暴な、野生のポケモンだ。
 野生のオーダイルの生息地はもうこの地方にはないはずだ。これも図鑑で見た知識でしかないけれど、こんなのがたくさん棲んでいたらポケモンだって怖くてそこには棲めないだろう。自分が同じくらい強いわけでもない限り。
 でもオーダイルは間違いなく目の前にいて、見ている限りトレーナーどころか、周りには人っ子一人見当たらない。こんな時間に、しかも野生のポケモンがいる郊外を通る人はほとんどいないのだ。
 暗くならないうちに早く帰ってきなさい、なんてお母さんがガミガミ言っていたけれど、意味を分かった頃には遅いのだ。実物を見てからわかるポケモン図鑑の文章がそうなのと同じように。
 見下ろす先のオーダイルは、獲物が突然どこかへ行ってしまってきょろきょろと辺りを見回している。丁度さっきバチュルを探していた僕を上から見ればこんな感じだろうか。
 どうかこのまま諦めてどこかに行ってくれ――探される側になった僕の必死の祈りが、まるで声になって聞こえたかのように。暗い中でぎらりと光るオーダイルの目と、僕の目が合う。
 ……気付かれた!!
 震えたのは僕だけじゃない、木も同じだった。あのごつごつした前脚が力任せに思いっきり木を殴りつけて、ミシミシと音を立てて木が揺れる。バチュルの糸が帯びていた電気で痺れる両腕に思いっきり力を込めて揺れをこらえる。
 僕の頭から胸元に居場所を移していたバチュルも、同じく服にぐっと爪を食い込ませて落ちないように耐える。少しの間なかっただけの固い爪の感触は、嬉しいけれど頼りきれるものでもない。
『旅先で危険なポケモンに出会ったら、すぐに逃げなさい。そういう時に逃げることは恥ずかしいことでも何でもない。
 ポケモンは時に人を殺しうる。トレーナーの監督がない、野生で生きてきたポケモンならなおさらだ。
 命あっての物種! ちゃんと君たちと手持ちのポケモンが生きていられることの方が、かっこいいことや強いことよりずっと大切だ』
 いつかの授業の時に先生が言っていた言葉も同じように。
 これを聞いたその時は、ただ単純にそうなんだと思った。全然他人事で、むしろここまではっきり言い切ってしまうことの方にびっくりした。野生のポケモンとどんどん戦って自分の手持ちを強くすることは、旅するトレーナーには欠かせないことだと思っていたからだ。
 でもこんな状況になったら、逃げる方が先だなんて言われなくたってわかる。ただそれと、実際に逃げられるかどうかは全然別の話だ。
 オーダイルは完全に僕を見つけてしまっていて、木を登ってこそ来ないものの今も二打三打とあの大きな脚と太い爪を木に叩きつけ続けている。ここから諦めて帰ってくれるなんてことはまず有り得ない。バチュルの糸で縛って動けなくしようとしても、あの力ならラクラク糸を引きちぎってしまうだろう。動けなくしてその間に逃げる、ということもできない。
 なら最後の手段は、バトルだ。普段この辺りにいる野生のポケモン相手にやっているように、あのオーダイルを負かすこと。
 相手は水タイプだから、電気タイプのバチュルなら有利。そう相性だけで考えられるほどこちらが強いとはどうしても思えなかった。
 もし立ち上がったら、あのオーダイルは僕よりももっと大きいだろう。実際に並ばなくても見ただけで分かってしまうほどその差ははっきりしていた。そして頼りのバチュルは僕の頭に載ってしまうほど小さくて、僕でもたまに潰してしまいそうになるのだ。あんな大きなポケモンと戦わせるなんてトレーナー同士のバトルなら絶対やらないだろう。手加減さえできないかもしれないからだ。
 でも今は、バチュルに戦ってもらわないと話にならない。この小さな家族の一員があの大きな脚に潰されてしまうかもしれなくても、あの大顎で丸飲みにされてしまうかもしれなくても。
「……頼む」
 ジジッ、とバチュルが小さく鳴いた。きっとバチュルもこの状況を分かってくれている。そう信じるしかなかった。
 今の状況でいいことを数えるとするなら、まず僕のカバンとその中身は無事なこと。僕がついていてやれる限り、あるだけの道具を使うことができる。そしてバチュルがものすごく小さくてあんなに大きなポケモンに勝てなさそうに見えるのも、もしかしたらそうなのかもしれない。
 バトルはする。オーダイルを負かさないときっと僕たちは生きて帰れない。ただそれは、相手を倒すことじゃなくてもたぶんいい。逃げ出すくらいまでダメージを与えて、喰うのを諦めさせれば僕らの勝ちだ。そう考えるなら、元々強そうに見えるより豆粒みたいな相手が実は強い、という方がびっくりして逃げ出す確率は高いかもしれない。
 僕がするのは、しなきゃいけないのは、その「実は強い」を本当にすることだ。どうやって? どうやったって!
 両足を太い幹にしっかり絡めて、落ちないようにカバンを自分とお腹の間に挟みそのまま開ける。胸元のくっつきポケモンの背中越しに見るカバンの中身は暗さでよく見えなくて不安が募る。体勢のせいでオーダイルが木を殴る衝撃がどすんと、まるで自分が殴られているようにダイレクトに感じるのもそうだ。
 ぼやけてきた視界を一度拭って、輪郭しかわからないカバンの中をもう一度見てみる。ノートも参考書も空のモンスターボールも、今はオーダイルを怒らせることくらいにしか使えない。
 役に立ちそうなのはきずぐすりのスプレー、それに。
「! バチュル!」
 小さな声で呼ぶと、バチュルはするするとカバンの方へ下りていった。カバンの中に手を突っ込んで、目的のものを掴んで両手で開ける。
 カプセル状になった容器の中に粒タイプの薬がたくさん入った、ポケモンの能力を一時的に上げるアイテム。スペシャルアップ、ヨクアタール、プラスパワー、種類によって色々な名前がついた薬品。作っている会社の人が来て授業をした時におまけとしてもらったものだった。
 パッケージは明るい水色。それが何の能力を上げるんだったか思い出せない。でもきっとどれでも、今使わないよりはずっとマシなはずだ。
 揺れる木の上、そのカバンの中でバチュルは薬を少しずつ食べているようだった。オーダイルみたいな大きなポケモンならカプセルごと丸飲みにできそうな薬でも、バチュルには一粒一粒が抱えて食べるほどもある。どうしてもかかってしまうその時間がたまらなくもどかしい。
 オーダイルは疲れる様子を見せずに、まだ木を叩き続けている。揺れでちぎれた葉がカバンの中にも何枚か入り込んできていた。それに幹にずっと近いこの体勢は、聞こえたくないものまで聞こえてしまう。ゴロゴロという雷のような、待ち構えるオーダイルのうなり声。ミシミシと木にひびの入る音。きっともう、いつこの木が折れたっておかしくないのに。
「ヂュッ」
 そんな状況の中なのに、一鳴きしたバチュルの声が意外なくらいはっきり耳に入った。カバンの中から素早く駆け上ってきて、あっという間に頭の上まで進んでしまう。その重みがまた消える。それで頭のてっぺんに意識を向けたその時ふと、いやに静かになったことに気付いたのだ。いろんな音が聞こえ続けていたさっきからすると、どう考えてもおかしいくらいに。
 感じるのはふっと浮くような感覚。風も振動もないのに動いた葉が頬に当たる。自分の身体の真ん中が傾く感じ。
 いや、今しがみついている幹が。その、根元から、傾いていて。
 風を切ってどんどん加速していく中でもう折れてる幹を離せなくてただめちゃくちゃに身体に力を入れてしがみついても何の意味もなくてだってもうこの木は折れてて下にはあいつが    あいつが
 
 
「うわあ――――っ!!!!」
 
 
 上げたとも気がつかなかった自分の声は、木の葉が立てるバサバサという音と一緒に耳に入ってきた。思いっきり打ちつけた背中がズキズキ痛んでいて、目をぐっと瞑ってその痛みに耐える。
 痛みが音と一緒に降って湧いたのと同じように、瞼の裏の真っ暗なところから引き戻されたのも音のせいだった。ただそれはオーダイルのうなり声でも、牙をガチガチ慣らす音でも、何かを噛んでいる音でもない。
 ジジジジジジジジと続く、ものすごくうるさい虫の羽音。夏休みにホウエンへ行った時に聞いたテッカニンの羽音と火花のバチバチを混ぜたようなその音を、僕はよく知っている。
 バチュルだ。いつもバトルで上げている、庭で練習して家族にうるさいって怒られる、いやなおと。それを思いっきり鳴らしているんだ!
 目を開けても空は真っ暗で何も見えない。散らばった枝と葉っぱの上に手をついて起き上がろうとして、肩と肘に痛みが走って思わず体勢を崩しまた寝転がる。その間も音は鳴り止まない。大きなものが大地を踏み締める、どすん、という衝撃が地面を伝わるのを感じる。
 オーダイルだ。そうだ、起きないと。動かないでいたら喰われてしまう。僕かバチュルか、それかどっちもが。
 逆の腕を怖々とついてみる。大丈夫だ。最初思ったとは逆の方へ、バチュルの立てる音に背を向ける形で身体を起こして、それから振り返る。
 大きな影は完全に僕に背を向けているようで、まず目に入ったのはこちらを向いた太い尻尾だ。いやなおとは僕からゆっくりと遠ざかっているようだった。それを追いかけているオーダイルも同じように。
 オーダイルは音がよっぽど気に入らないみたいで、こっちに振り返る素振りなんて全然ない。僕のことなんか完全に忘れてしまったようで、水辺から上がった時のようにのっそりと、じりじりとバチュルの方へ近づいている。僕にも姿が見えない、どこにいるかは音でしかわからない、それくらい小さなポケモンの方へ。
 その様子を見て、ひとつ思い浮かんだことがあった――今なら、追いかけてこないんじゃないか。薬も使ったけれど、相手を逃がせば勝ちだけれど、やっぱり他のトレーナーを頼った方がいいんじゃないか。
 僕だけでもキキョウへ走って戻って応援を呼んでくる。ポケモンセンターには誰かしらトレーナーがいるはずだし、先生たちだってポケモンを持っている。あのオーダイルに勝てるような人がいるかはわからないけど、もしいなさそうなら何人でも呼んでくればいい。
 向かい合う二匹を見て改めて感じた。やっぱりこんなの無茶だ。バチュル一匹で勝てるわけない。もし野生のバチュルが群れで立ち向かったら勝てるかもしれないけど、一匹で戦う相手じゃない。
 そんな思いで一歩、足を引く。尻尾はまだこちらを向いている。二匹はにらみ合いを続けている。何も気付かれていない。それが安心の材料になって、背を向ける。
 二匹の姿が見えなくなって、視線の先には道。なだらかに登っていった先に遠く、街の入り口ゲートに灯る明かりが見える。
 あとはそのまま掛け出してしまうだけだ。走るために力を入れて、腕を振る。肩と肘がずきりと痛んだ。でも、動けるくらいの痛みだった。
 そう思うと、自然と足が止まっていた。それは痛いからじゃなかった。
 バチュルは、動けるくらいの痛みで済むんだろうか。
 生まれてからずっと人間と一緒にいたポケモン。野生で暮らしたことがない、タマゴ生まれのポケモン。
 野生のポケモンはものによってはあんなに凶暴で、トレーナーのいるポケモンみたいに手加減なんかしてくれない。もちろん戦ったことはあるけど、こんなに強くて容赦がないのと戦ったのは初めてだ。
 もしもバチュルが一回でも攻撃されることがあったら、その時はケガだけじゃ済まないかもしれない。今の僕と違って動けなくなってしまうかもしれない。
 そうしたら、トレーナーを呼んでも意味なんかなくなるだろう。
 先生だって言っていた。『ちゃんと僕たちと手持ちのポケモンが生きていられることの方が大切だ』。ポケモンとトレーナーは、セットなんだ。
 帰ってきたここに潰れたバチュルがいたら。それかバチュルが、これっきり見つからなかったら。
 そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
 そう決心して、脚に力を込めてぐるりと振り返る。前方から聞こえてくるジジジジ音はもっと遠ざかっている。オーダイルの影が少し小さくなったように見えるのは気のせいじゃなさそうだ。
 万一でもオーダイルに気付かれないように、でもバチュルをひとりにしておく時間ができるだけ短くなるように。足音を抑えた大股で、できるだけ早く。
 そうして近づいた先で。前触れもなく、大きな影が跳ぶ。
「バチュル!!」
 思わずそう叫んでしまったのは、それが僕の方に向かっているんじゃなかったからだ。図鑑で読んだ、後ろ脚で地面を蹴って前へ跳ぶ動き。水辺から上がってきて僕を狙った時の動きを、もう一度目の当たりにすることになる。
 息を呑んだのは、叫んでしまった――僕がいることを教えてしまったのに気付いた後。そして、あのジャンプに合わせて一度乱れ途切れたいやなおとがまた始まったことに気付いた後。
 大丈夫。バチュルは大丈夫だ。どうやって助かったのかはともかく、まだ戦える状態ではある。心配しなきゃいけないのは僕自身の方だ。
 尻尾だけが見えていたオーダイルのシルエットがゆっくりと立ち上がり、横顔になる。長く伸びた顎が大きく開いて、闇の中に浮かぶのはずらりと揃った真っ白で長い牙。光る眼がぎょろりと横目で僕を見る。
 それだけで全身が強張った。見せつけられたそれにかみ砕かれる想像が頭を離れなくなって、まだ起きてもいない痛みと恐怖に震える。
「あ……ああ…………」
 目を見開いたまま動けなくなる僕を現実に引き戻したのは、暗くなった中に走る光だった。
 まるで首輪をつけたみたいに、目の前にある巨体の首回りに細い光の筋が走る。同時にオーダイルは叫び声を上げて、爪で首元をガリガリ掻きむしる。
 それがバチュルの得意な電気を帯びた糸だと分かった時、僕はとっさにオーダイルの顎が向いているのと逆の方向へ地面を蹴った。そのまま大ワニの横を大きく回り込んで、その巨体の向こう側をようやく覗き込む。真っ暗な中で草むらの一箇所が小さく光っていて、ようやくバチュルのいるところが分かった。
 バチュルだってあの小さな身体で必死に戦っている。いや、木が折れてからずっとひとりで戦ってくれていた。なのにそれよりずっと大きい僕が怖がってどうするんだ。バチュルはもっと怖いかもしれないのに。
 邪魔が入ったせいかオーダイルは僕がいた方に振り向くのを諦めて、再びバチュルと向き直る。ガチガチと顎を開け閉めして牙を鳴らす様子は今にもお前を喰ってやるぞと言わんばかりだ。そのまま低く構えて前脚を大きく振り回し、鋭い爪が草むらを刈り取っていく。
 ずん、ずん、と太い後ろ脚が地面を踏み締める度バチュルとの距離は縮まっていって、隠れている草むらそのものが小さくなる。にもかかわらずバチュルは動かない。
 何やってるんだよ、と言いそうになった時、見つめる先の光る点はようやく動き出した。その光が残像になって残ったかと思うくらいの、普通じゃ考えられないくらいの速さで。苅られに苅られて小さくなった草むらを一目散に出て行って、僕のいる方にある違う草むらに収まる。
 糸をどこかに絡めて飛び移るならともかく、バチュルはあんなに早く動けないはずだ。でもさっきの動きからすると間違いなくバチュルは地面を歩いている。それを目の当たりにしてすぐにはその原因を思いつかなかったけれど、振り返ってみれば原因なんてひとつしかない。
 木の上でバチュルに食べさせた、あの薬だ。
 あれはポケモンの素早さを上げる薬だったんだろう。ちょっと前にオーダイルのジャンプ攻撃を避けたのも、この速さがあったからに違いない。
 起こったことにようやく納得しながら、足元から視線を上げる。少し離れた大きな影はまたも緩慢な動きで方向を変え、こちらを向こうとしている最中だった。真っ直ぐ飛びかかってくる時はあんなに速かったのにと思ったが、逆だ。あいつが速く動けるのは、真っ直ぐに進む時だけなのだ。
 ならバチュルのスピードでぐるぐる周りを動きながら戦うか。いや、僕があの速度についていけない。あいつがバチュルを追いかけるのに飽きた瞬間、それか僕がついていけないのがバレた瞬間、僕の方が狙われて食べられてしまう。
 この速さを使って逃げるのもたぶん同じことになる。それにもうオーダイルは完全に僕たちをロックオンしていて、逃げようが何だろうが追いかけてくるに違いない。そのままキキョウの入り口ゲートに突っ込んだら大変なことになってしまう。
 そう考えている間に、もう大顎はこっちを向き終えていた。その巨体が身を縮めたのを見た瞬間、同じ事をする。
 両足で強く地面を蹴って横っ飛び。大きなものが飛び込んでくる音がしたのは、僕が草むらに突っ込むよりも前だった。うまく地面に手がつけなくて、今度は木から落ちる時打ったのと逆の肩が強く痛んだ。
 痛みに耐えて両肘をつき、少しだけ身体を起こす。そのまま首だけ動かして元来た方を見る。
 この体勢で見ると草が邪魔をして、バチュルが無事かどうかまでははっきりわからなかった。けれどオーダイルの、それも高さからして四つん這いになっている姿は遠く見える。
 見えなくても、バチュルはいるはずだ。大丈夫なはずだ。一度、同じ動きを避けているんだから。
 息を吸い込むだけで広がった胸が痛い。でも吸い込まないと、バチュルに声が聞こえないんだ。

「バチュル! あいつの背中に飛び移れ!」

 それはあの低い姿勢を見て、そして自分も同じ姿勢になってみて、とっさに思いついたことだった。
 バチュルのジャンプ力は身体の大きさからするととんでもないものだ。バチュルの何倍も大きい僕の頭にだって、机からなら当たり前に飛び上がって乗ってしまうほど。
 だから四つ脚になった相手の背中に飛び乗るくらいなんでもないだろう。それに、今のバチュルは普段の何倍も速いんだから邪魔だってできないはずだ。
 視線の先で飛び跳ねる小さな光の点が見えた。それは難なくオーダイルの背中に着地しそこにあるトサカをするする登り先っぽにしがみついて、その真っ赤な色を明るく照らし出す。
 嫌いな電気を出すものにへばりつかれて、オーダイルは目に見えて慌てていた。表情が見えなくてもその動きだけを見ていれば難なく分かるくらいに。身体を何度も大きく揺すり、それで落ちないと分かれば腕を大きく後ろに引いて何とか邪魔なものを落とそうとしている。でも腕や肘のつくりのせいなのか、どう見てもそこに手は届きそうになかった。
 チャンスは今しかない。もう一度大きく息を吸い込んで、ひときわ声を張り上げる。
「腕めがけて『エレキネット』!」
 聞こえるが早いか、光る点からぶわっともう一個の光が撃ち出される。見る間にそれは広がって、それを出した点をまるごと包み込めるほど大きくなる。それは何とか背中に向けようとしていたオーダイルの片腕に絡みついて、またそこに張り付く。
 ねばねばした上に電気と一緒の取れない糸が増えて、オーダイルはどう見てもカンカンに怒っていた。蚊に刺された時みたいにもう片方の腕で糸がついた辺りをガリガリ引っ掻いて、それでも足りないようで腕を力任せに近くの地面へこすりつけて、何とか糸を取ろうとしている。もうどう見たってバチュルどころじゃない。
 そろそろ逃げられるかとも思ったけれど、考え直す。オーダイルはまだまだあれだけ暴れられるほど元気なのだ。ここで逃げたらやっぱり追いかけてくるだろう。
 もう一箇所。もう一箇所に電気を。できれば絶対に動いてほしくない、それにオーダイル自身も危ないと思うところ。
 ガチガチと動いていた顎や牙、それにあの超スピードの出せる後ろ脚。もし当たれば一撃で引き裂いてしまいそうな鋭い爪。思い浮かぶ可能性を消していく。そこを狙えば逆にバチュルがやられてしまうかもしれない。
 その心配がないところ。そしてこの体勢で狙いやすいところ。
「頭の方に移動して、あいつの目を固めるんだ!」
 叫んだその指示に抵抗がなかったかと言うとそんなわけはない。もしこれがトレーナー同士のバトルなら絶対に出さない命令だ。でも今はそうじゃない。トレーナーがいたならあいつは僕たちを喰い殺そうなんて考えないだろう。それと同じだ。
 バチュルの動きにも迷ったようなところは全然なかった。トサカから背中へ駆け下りて、そのまま素早く頭の方へ向かう。頭のトサカの谷へしがみついて、さっきと同じようにもうひとつの光点を生み出し、放つ。
 グオオオオオと地鳴りのようなオーダイルの叫び声。伝わる振動は大きな後ろ脚で踏む地団駄だろうか。その様子をもっとはっきり見るために、力を込めて上半身を起こし、立ち上がる。全身のケガから伝わる痛みのせいで滲んでくる涙を汚れた袖で拭う。
 そこで目に入ったのは、大暴れしている巨体だった。
 オーダイルはぶんぶんと強く頭を振り回して、その上にいるバチュルを振り落とそうとしている。その揺れ具合は背中にいるのを落とそうとしていた時とは段違いで、頭へ移ったのはまったくの間違いだったと僕に教えているようだった。それでも光る点はまだ何とか頭の上にくっついている。あの青い爪を必死に立てて落ちないよう堪えているに違いない。
 何か。どうにかしなきゃいけない。いけないんだ。だけど何を言っていいのか、何を言えば今この状況から抜け出せるのかわからない。
 言うべき指示が思い浮かぶよりも前に、光点がふっと宙に投げ出された。残された光の残像に見えるものは、しかし残像にしてはおかしな軌跡を描いているように見えた。
 そうか、あれはバチュルの糸だ。あれを伝って何とか戻れるように、バチュルはトサカに糸の始点をくっつけておいてくれたのだ。頭上から吹っ飛ばされたバチュルは重力に従って落ち始めていて、たるんだ糸はすぐには引けそうになかった。
 その時オーダイルの光る眼が落ちていく小さな影をはっきり捉えていると見えたのは、その糸とバチュル自身が放つ光のせいだった。それから起きることを目の当たりにしたのも。
 閉じていた大顎がばっくりと開く。金色の眼はまだバチュルを追っている。開いたままの顎が滑らかに動き出す。自分では動けない空中のバチュルに向かって。白い牙と口の中に広がる赤色が見えた。顎が閉じ始める。その中には光る点がある。牙の白が逆光のせいで正反対の色に見え始めた。そのうち光は、牙の隙間から漏れ出るばかりになっていって。
 目の前で、ぱくりと、口の中へ消えた。
 
「バチュル!!!」

 悲鳴のような叫び声がどうか聞こえていてくれと願うばかりだった。オーダイルにだってそれはどう考えても聞こえていたけれど、光る眼はぎょろりとこちらを向いただけで何もすることはなかった。まるで僕一人じゃ何もできないのを、あっちだって分かっていると言うようだった。
 もごっと口を動かしてオーダイルが口の中のものを一噛みした。その時だった。
 バヂンッ、と籠もった音。それと同時にオーダイルが頭をもう一度思いっきり振る。口を少し開けてのその動きの後に、小さな何かが吐き出される。
 それが落ちた辺りをじっと見つめて、オーダイルはそろそろと数歩後ずさった。見つめる先の地面に一瞬小さな光が灯った。それを見ればオーダイルはさらに下がって、点から遠ざかっていく。後ろ向きで進んでいく先には、オーダイルが元来た池。
 尻尾が水面に触れた瞬間、大ワニはそのまま素早く水の中へ潜ってしまった。その身体に見合わず静かに、まるで隠れるように。
 残されたまま、僕は呆然と水面へ目を向けていた。何もいないように静かだった。
 その鼻先に風が伝えてきた、焦げ臭いにおい。それでやっと僕は我に返る。
「バチュル! どこ!? バチュル!!」
 その名前を呼びながらオーダイルが見つめていた方へ、においのする方へ歩いていく。よく足元に目を凝らしながら、さっきのオーダイルよりもゆっくりと。そうでもしないと今度こそバチュルを踏み潰してしまうかもしれなかった。
 声には何も答えがない。その代わりに、さっきと同じ光が一瞬光った。その中心に、小さな影。
「バチュル!」
 数歩で近づける距離を務めて大股で。しゃがんで呼んでみても変わらずバチュルが応じることはなかった。その身体を覗き込んで愕然とする。暗い中でも分かる。胴体に大きな穴が空いて、なんだかわからない汁が漏れだしている。
 震える手で触れても、軽くなった身体を持ち上げても、バチュルはぴくりとも動かない。
 早く、早くポケモンセンターに連れて行かないと。
 その一心で、両手でバチュルを抱えたまま僕は走り出した。両腕のことも背中のことも、痛みなんてぽんと頭から抜けていた。
 
 
 
 
 
 
 ボロボロのバチュルを連れて、しかも真っ暗な時間に飛び込んできた僕を見て、センターに泊まっていたトレーナーもただごとじゃないと分かってくれたらしい。すぐにジョーイさんを呼んで、急患だと説明してくれた。
 カバンごとモンスターボールを置いてきてしまったせいで、バチュルはそのまま連れて行かれることになった。僕はそのまま事情を話した。たまたま帰りが遅くなってしまったこと、いるはずのないオーダイルに襲われたこと、逃げられなくなってしまったこと、何とかオーダイルと戦おうとしたこと、相手は逃げていったがバチュルは大ケガをしてしまったこと。
 話を聞くとジョーイさんは、今日はセンターへ泊まっていくよう言ってくれた。家への連絡もしておいてくれること、オーダイルを何とかするよう泊まっているトレーナーに頼むことやゲートの見張りを強化するよう警察へ連絡することも約束してくれた。
 そして。
「あなたが生きていて本当に良かった」
 まず言ってくれたのは、そのことだった。
「例えばトレーナーに捨てられたり、何かあって元のすみかから追い出されたり、本来棲んでいるところから離れて迷い込んでしまったり。そういう理由で本来棲んでいるはずのないところにポケモンがいる。それはみんなが思っているよりも多いことだし、そうしたポケモンにばったり会って亡くなってしまう人やポケモンも同じだから。
 そのオーダイルも、そうしてあそこにいたのかもしれない。くらやみのほらあなは真っ暗で、誰が何をしているかわからないし。フスベシティの強いポケモンが棲んでいるエリアとも繋がっているから……たまにそういうことがあるの」
 トレーナーとして旅をすることは危ないことだらけなんだと、いろんな大人達が言っている。でもそれを身にしみて感じたのは、これが初めてだった。
 アニメやゲームや本の中のトレーナーはいつでも強くてかっこいい。それに親戚や友達のお兄さんやお姉さん、そんなトレーナーとして旅に出た経験のある人はいろんな話を聞かせてくれる。その中にはすごく危ないものもあったけど、むしろそれを乗り切って帰ってきたってだけですごくそれに憧れた。
 きっと今日僕が体験した話だって、昨日の僕が聞いたら目を輝かせて聞いただろう。ケガの話に顔をしかめながら、オーダイルの怖さに身を震わせながら。でもその中にはどうしたってワクワクがあって、つまりそれは聞いてるだけでしかなかった。他人事だったのだ。
 今自分がその真ん中に置かれてみて、ワクワクなんて欠片もあるわけがない。ただただ、死ぬのが恐ろしかった。僕が。バチュルが。そしてそれは今もまだ続いているのだ。
「……バチュル、元気になりますよね」
 そう聞くとジョーイさんは少し笑いかけてくれた。元気を出して、と言うように。その後きゅっと口元を引き締めるのを見て、あまりいい話は待っていないのだろうと分かった。
「つらい話をするけれど、よく聞いてね。
 あのバチュルは、内臓まで達する大ケガをしているの。心臓とか、傷つくとすぐに死んでしまうようなところは無事だったけど、油断はできない。
 それに……問題は、電気袋が大きく傷ついていることなの。話を聞いている限り、そこをケガした時に溜まっていた電気が一気に出てきて、それでオーダイルは戦意をなくして逃げていったんだと思うけど……
 もちろん、出来る限り手は尽くします。今はコガネの大きなセンターへ連絡して、イッシュ地方のポケモン治療の専門家を応援に呼んでいるところなの。
 それでも、バチュルが元通り生活できるようになるかはわからない。バトルをできるようになるかどうかも」
 今まで通りに暮らせないかもしれない。命が助かっても。家のコンセントにくっつくバチュルの姿が、ご飯を出すと喜んでテーブルに飛び乗るバチュルの姿が、手から肩、僕の頭に登ってくるバチュルがいなくなってしまうかもしれない。
 やっぱり立ち向かったのは間違いだったんだろうか。そんな思いが頭を塗りつぶす。でも立ち向かわなかったらきっと死んでいたのだ。じゃあどうすればよかったんだ?
 うまくオーダイルの上を取ったあの時、このまま攻めなければいけないと思った。派手な電気の出せないバチュルなりに電気で戦って、きっと勝てると思った。でも結果はこのザマだ。あれは間違いだったのか?
 頭の中ばかりがぐるぐる回るくせに、その中身はさっぱり言葉になりそうもなかった。からからの口はそのまま永遠に張り付いてしまうようで、下げた視線の先にある膝に置いた手がだんだんと滲んでいく。それを見かねたのか、ジョーイさんが口を開く。
「こんな話をした後に勧めるのはおかしいかもしれないけど。
 今日は早く休んだ方がいいわ。あなただってたくさんケガをしているし、疲れてる。
 皆、自分のポケモンほどじゃないって言うけど。それが本当でも、あなたの疲れやケガがなくなるわけじゃないの」
 その声を受けて眺めた顔もやっぱり滲んでいて、汚れた袖で涙を拭う。その向こうに現れた表情は毅然としていたけれど、不思議ととても優しかった。
 そのままふっと頬を緩めて、また笑顔を向けてくれる。どんな顔をして向き合えばいいのかわからなくて、僕はまた膝の上へ視線を落とした。
「バチュルを元気に迎えてあげてね」
 諭すような声。顔を上げられないまま、僕ははいとだけ返した。

 
 
 
 
――――
・1対1のバトルは対比で作ることが多いので一番対照的な体格のこの組み合わせで
・「この組み合わせでバチュル視点、どうやって戦うんだ?」はトレーナーが一番思っているでしょうということで、執拗に「敵うのか…?」「いや逃げるか…?」「なんでもありじゃないか…?」という話をしています 「バトル描写」の書き合い会という点からは若干外れたかなと思って反省しているところもある
・書いている側も「どうやったらまともな戦闘が成立するんだ?」とはかなり思っているので、じゃあどうするかを考えた時に、能力アップアイテムってぜんぜん使われないよねという話を思い出したので使いました
・そういうアイテムを持っているのは誰か? ということを考えた時、ゲーム中のトレーナースクールで説明を聞く印象が強かったのでトレーナーはじゅくがえりに。そこから机上の学習、聞きかじった話と実戦は違うよねという流れにしたくて野生のオーダイルに登場してもらいました(野生ポケモンの戦いをぜんぜん書いたことがなかったので挑戦したかったのもある)
・この組み合わせで書くんだって弟に言ったらしばらく沈黙された後「……バチュルが途中でデンチュラに進化するのはルール的にアリなの?」と聞かれた(たぶんアリだろうと思ったが、じゃあ別ルートを行ってやろうということになった)


  [No.4114] ベスト・タクティクス 投稿者:ラプエル   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:44:23   81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ラプエルと申します。素敵な企画をありがとうございます。
ゲンガーVSエネコロロで一作書かせていただきました、ご意見ご感想等ありましたら遠慮なくTwitter《@lapelf_novel》までお願い致します。(バトル書き苦手なので厳しい意見お待ちしております!)








《ベスト・タクティクス》







「ヘドロばくだんが炸裂ッ! 赤コーナー、挑戦者のニンフィア、健闘するもここでダウンです! 勝利の女神は、青コーナーに微笑みましたぁあああ!」

 暑苦しくも張りのある実況で、活気溢れるストリートがより一層賑やかになる。赤いフィールドから指示を出していたトレーナーは悔しそうにニンフィアをボールに戻し、バトルを観戦している観衆の人波に飲まれて消えていった。
 ここはとある街のメインストリート沿い。空き地となっていた場所をとあるトレーナーが野良試合に使ったのが始まりで、今では街一番のバトルフィールドとして栄えている。休日ともなればその盛況ぶりは益々加速し、今日もその例に従って絶え間なくトレーナーがフィールドに立つ――のだが、忙しなく人が入れ替わる赤コーナーとは対照的に、青コーナーに立つトレーナーはもうずっと変わっていない。

「どうしたどうしたそんなもんか?! この街には俺たちに敵うやつは一人もいねえのかッ!」

 マイク実況にも負けないその大声の主は、バッジ集めの途中でこの街に立ち寄った旅のトレーナー。腕組みしながら豪快に笑うその傍では、彼の相棒であるゲンガーが同じく腕組みして鼻を鳴らしていた。ここでのバトルルールは1VS1の一本勝負にして負け交代制なので、このゲンガーは相当の数のバトルをこなしているはずなのだが、まったくダメージや疲れを感じさせない出で立ちであった――が、その表情はお世辞にも明るいと言えるものではない。

「次、私が挑戦します」

 ガヤに掻き消されそうなほどに細い声とともに、赤コーナーに一人の少女が立った。新たな挑戦者の登場に、俄かに観衆が沸き立ち、ボルテージは再び最高潮を迎える。青コーナーの男はまだ僅かに幼さすら感じさせる少女を前にして小さく失笑し、「嬢ちゃんが俺に挑むのかい? 負けて泣いたって知らないぞぉ?」と戯けた。ヒールめいた言動に観衆が湧いたりブーイングを飛ばしたりする中、少女は細く淡々と、けれどもしっかりと耳に届く声で言った。

「だいじょうぶ、ポケモンをトレーナーの言いなりにしてる人に負けるほど、私は弱くないわ」
「なにぃ? 言ってくれるねえ、後悔すんなよぉ?」
「そのセリフ、そのまま返すわ。行くわよ――出ておいで、コロ」

 少女が宙に放ったボールが煌めき、光の奔流が飛び出す。ぱっと輝いた光の中から現れたのは、コロ――“おすましポケモン”のエネコロロ。優しい目をたたえる柔らかな表情に一瞬、誰もが癒しに包まれ――そして我に返る、「え、エネコロロ?!」誰もが驚きを隠しきれなかったが、無理もないだろう。

 エネコロロ、ノーマルタイプ単色。個体数が少なく珍しい“エネコ”に、これまた希少アイテムの“つきのいし”を使うことで進化した、まごう事なきレアポケモンである。その美しい毛並みの艶やかさ、見るものを癒す愛くるしさ、住処を汚さない綺麗好きっぷりから非常に人気が高いのだ――バトル“以外”では。
 愛玩ポケモンとしては一級品のエネコロロではあるが、バトルとなるとそうもいかない。華奢ゆえに耐久力に乏しく、同じくして攻撃力も貧相。タイプも耐性の少ないノーマルタイプであり、覚える技も癖が強いものばかり。それに加えて、このポケモンで出来る事は、もっと打たれ強く攻撃力も兼ね備えたポケモンで代用できるのである。言葉が悪いが、要するにエネコロロはバトルにおいては他種族の“劣化”に過ぎないのだ。

 そのエネコロロが今、強豪トレーナーの連れているゲンガーと相対している。
 連戦連勝の相手を前に少しも怖じることなく、おすまし顔を崩さず、まっすぐ、ただまっすぐに。

「本気かよ……だがここまで啖呵切ってんだ、心置きなく全力でやらせてもらうぜ!」
「もちろんよ、やりましょう」
「さ、さあ大変なことになってきましたァーっ! 連戦連勝のゲンガーに挑戦するのは、可憐で華奢なエネコロロぉ! 一体どんなバトルが繰り広げられんでしょうかぁーッ?!」

 実況の煽りに釣られ、観衆のボルテージが徐々に盛り上がっていく。呆気にとられていた顔が、口角が釣りあがっていく。

 向かい合ったゲンガーとエネコロロ、大男と少女。瞬間、視線がぶつかり――

「一本勝負ッ、はじめェエエっ!」
「先手必勝おにびッ!」

 ゲンガーの目が大きく見開き、紅く光る。ケケケと笑い声愉しげに響かせ、黒い炎がフィールドを滑る。「力押しだけかと思ったか、搦め手だってお手の物だぜッ!」と大男の声が響くが、炎はエネコロロに近付くなり勢いを潜め消滅した。よくよく見ると、どくまひやけど――あらゆる状態異常を打ち払う“しんぴのまもり”がいつのまにかエネコロロを包んでいる。大男はほうと唸った。

「あの一瞬でよく捌いたなッ」
「私のコロ、冷静なのよ……みやぶる!」

 エネコロロの円らな瞳が煌めき、見えない眼光がゲンガーの霊体を射抜く。“みやぶる”というおよそ一般にバトルでは用いられない技に大男とゲンガーが躊躇する間にエネコロロ、ちらと後ろを振り返ってアイコンタクトのウィンク。少女の表情が僅かに綻び、エネコロロは地を蹴って距離を詰める。

「10まんボルト!」
「ッ……シャドーボール!」

 エネコロロが放つ強烈な電撃。一瞬遅れたが、ゲンガーも足元の影を塊に変えて応戦する。両者の強烈な技、あと数秒とせずして激突する――大男はにやりと笑う。

 ――ノーマルタイプのエネコロロにシャドーボールは通用しない、使うとしたらこんな風に技を相殺するくらいにとどまる……だが、シャドーボールは衝撃すると影が拡散して目眩しになるッ! 影を自在に動けるゲンガーに死角はないぞッ!

 センターラインを境に、10まんボルト、シャドーボール、両者勢いよく迫り、丁度真ん中あたりで衝撃――せずに、“すり抜けた”。

「はァッ?!」

 呆気に取られる男をよそに、強烈な電撃がゲンガーの身体を激しく撃つ。バリバリと甲高い雷撃音が響き渡り、観客がわあっと湧き上がる。よろめいたゲンガーがなんとか踏みとどまったのを確認し、大男はすぐさまエネコロロに視点を向けた――

「――ッ!」

 わかっていたことではあったが、当然ながらエネコロロはノーダメージ、《こうかがないようだ》った。ノーマルタイプにゴーストタイプの技をぶつけても、その技はポケモンをすり抜けるようにして消えてしまう――バトルをするなら必須知識のタイプ相性だ、トレーナーならば誰でもそんなことは知っている。
 だが。

「何故だ?! なんで技同士がすり抜けて、なんでゲンガーにだけダメージが入るッ?!」
「よく思い出してごらんなさい、私のコロのこと」
「――あッ、“みやぶる”かッ! あの技で俺のゲンガーにだけダメージが入るようにしたのかッ?!」

 少女はくすりと笑う。
 
「半分正解よ。でもそれじゃまだ足りないわ、シャドーボール!」
「ッこっちもシャドーボールだ!」

 エネコロロの頭上に、ゲンガーの顔先に、黒い影の塊。同一タイプの利があるゲンガーが一手先に技を完成させて放つ――そしてようやく過ちに気付く、「しまった、これじゃさっきの二の足か、相手の技に釣られちまったッ」悔いてももう遅く、お互いのシャドーボールはフィールド赤コーナー寄りでまたもすり抜け、遅れてゲンガーに影の塊が迫る――

 ど、と僅かに鈍い音。気圧され倒れるも、すぐに起き上がるゲンガー。
 何食わぬ顔のエネコロロ。やはり《こうかがないようだ》。

「す、素晴らしい技の応酬ーッ! 連戦連勝の猛者であるゲンガーを前にして一歩も引かないエネコロロぉーッ! 適切な技の選択、撹乱、素晴らしいバトルセンスッ! 直撃したシャドーボールの《こうかはばつぐん》だーッ! 青コーナー、体勢を立て直すことはできるんでしょうかッ?!」
「……いや、違う、何かおかしい」

 起き上がったゲンガーと大男の目が合う。10まんボルトとシャドーボール、立て続けに高威力の技を受けたのにそれほど堪えていないのは、単純にエネコロロの火力が不足しているだけのようには思えなかった。

 ――そもそも、今のシャドーボール……本当に《こうかはばつぐん》だったのか?

 エネコロロは堂々とした風体で、その場を動かない。可憐な見た目には不釣り合いなその圧力に、ゲンガーはただ恐れ怯えるばかり。だがそれはトレーナーも同じであった、正体の掴めない相手にただ不安が募るばかりである。
 このままでは押し負けてしまう、何かカラクリがあるはずだ。自身の傲慢さは百も承知ではあるが、ここまで旅を続けて鍛錬を重ねてきたのは伊達じゃない――大男は必死に頭を回転させ、目の前に鎮座するエネコロロの知識を引っ張り出す。脳内の引き出しの奥の奥、隅の隅、どこかに叩き込んであるはずだ、エネコロロのカラクリ――

「あッ!」

 脳の片隅に置いてあった、バトルではマイナーなポケモンに関しての知識。それを大男が見つけた時、全ての合点がいった。

「“ノーマルスキン”……ッ!」
「その通り、正解よ。私のコロはノーマルスキンの特性を持ってる。やっと悩まなくて良くなったわね」

 ノーマルスキン。
 この特性を持つポケモンが出す技は、その技のタイプに依らず、全てノーマルタイプへと変わる。その技の威力は特性によって上昇補正がかかり、更にエネコロロ自身とも同一タイプとなるため追加で上昇補正がかかる。火力に乏しいエネコロロのようなポケモンでも、バトルにおいて必要十分な火力を得ることができるのだ。
 タイプが強制的にノーマルタイプへと変わるので、シャドーボールのようなゴーストタイプ技とは相殺し合わず“すり抜ける”。そして、ゴーストタイプの“ポケモン”にノーマルタイプの技が当たるようになる“みやぶる”によって、ゲンガーだけがダメージを受けてしまう――これが先程までの技の応酬のカラクリである。

 全てを理解し、大男は歓声をかき消すほどに大声で笑った。

「わかっちまえばどうってこたぁねえ、火力を補正したところで、能研の出したエネコロロの特殊火力指数は確かDランクだったはずだッ! 同じDランクのポケモン――ローブシンやナットレイが特殊技で攻めてきたところで怖いか?! 小細工のタネが割れた以上ッ! もう負けないぜッ!」

 “ポケモン能力研究所”――通称“能研”は、ポケモンの種族ごとにHPや攻撃力、素早さなどがどの程度優れているのかを研究しており、逐次トレーナーに向けて情報を公開している。
 大男は、能研のデータを入念に調べていたこともあって、エネコロロというバトルではマイナーなポケモンの能力を把握していた。
 そして、“みやぶる”と“ノーマルスキン”の作戦――彼に言わせれば“小細工”のタネも把握した。
 バトルは相手に手の内を悟られないことが重要である、種族間に明確な能力値の優劣があるのならば尚更のことだ。マイナーがメジャーに勝つためには、能力差を覆すだけの策が必須である、が――

「いくぞゲンガーッ、メガシンカ!」

 全てが明るみに出てしまえば、もはやマイナーに勝機はない。
 大男の右腕に巻かれた“メガバングル”と、ゲンガーの持つメガストーン――“ゲンガナイト”が呼応し、ゲンガーの身体が虹色に渦巻く光に包まれ、そして――

「おおーッ! 青コーナーのゲンガー、なんとメガシンカによりメガゲンガーへと姿を変えましたッ! 赤コーナーエネコロロにとっては厳しい展開、この戦力差をひっくり返すことは、果たしてできるのかぁーッ?!」

 額に現れた第三の眼を輝かせ、ゲンガーはぐにゃりと歪んだ表情。腕は溶けてしまったかのように変形し、胴体から下は異次元空間の中にすっぽり覆われていて、その中を窺い知ることはできない。
 まるで“別物”に変わってしまったメガゲンガーを前に、少女の顔が曇る。

「……そんな、メガシンカが使えたなんて」
「ふッ、俺のゲンガーはメガゲンガーへと“変わった”、どういう意味かわかるなッ?!」
「くッ……みやぶ」
「遅いッ10まんボルトォ!」

 “みやぶる”の体勢に入るより早く、メガゲンガーの放つ雷のような電撃がエネコロロに迫る。指示を待たずして冷静な判断を下したエネコロロもなんとか10まんボルトを放って応戦する――
 相手と同じ技が使えるなら、その技を使って応戦するのはバトルの基本的知識とされている。異なる技を使って応戦した場合、仮に自分の技の威力が相手を上回っていた場合でも、ぶつかり合いによって技が弾け飛び、自身がダメージを受けてしまう場合があるからだ。大男はその癖に則り“シャドーボール”を指示していたし、エネコロロも普段のバトルでの経験則からこの行動を選択した。

 だが、通常通りの技のぶつかり合いの場合、その勝敗とダメージの程度は、純粋な戦力差を示すことになる――

「だめっ!」

 少女の悲痛な叫びが、雷撃音に一瞬でかき消される。フィールドに立ち込める土煙、一陣の風に吹かれたその先には、四足でなんとか地に踏ん張る痛々しいエネコロロの姿。

「青コーナー強烈な10まんボルトォ! 赤コーナーも10まんボルトで応戦しましたがァ、メガシンカから来る圧倒的なパワーに押し負けて手痛いダメージを負ってしまったッ!」

 戦局の大きな動き。観客が盛り上がり、大男は腕を組んで豪快に笑う。
 今この場で盛り上がれず苦悶の表情を浮かべているのは、エネコロロと少女だけであった――

「……メガシンカは一時的ながらも“進化”だ、進化すればこれまでの状態はリセットされる――エネコロロの“みやぶる”の効力は切れた、ノーマルスキンでダメージを与えるためにはかけ直しが必要だがッ! メガシンカでパワーもスピードも上がったゲンガーはそんな暇を与えないッ! 勝敗は決したぞッ!」
「く……やるわね、かなり苦しくなってきたわ」
「嬢ちゃんのバトルセンス、正直言ってかなりのモンだ、それは認める……だがな!」

 男は腕組みして叫ぶ。

「使うのがそんな“弱い”ポケモンじゃあッ! いくらトレーナーが優れていたって勝てるかよおッ! 抑もエネコロロをバトルで使うなら特性は“ミラクルスキン”一択だろうよ、そこを疎かにしてるようじゃあ俺には勝てねえッ!」

 悪役、と片付けるには余りに行き過ぎた、過度な対戦相手批判――ひいては、マイナーポケモンの批判、否定。オーディエンスは賛否両論真っ二つに割れ、バトル狂いは同調し、エンジョイ派はブーイングを浴びせる。両派の賑わいぶりはヒートアップして、バトルフィールドは更なるボルテージアップを見せる――


「……そう、思った通りね」


 それは、一人静かに呟く少女も。


「確かに、それは一理ある」


 おすまし顔で佇むエネコロロも。


「でも私は、あなたには負けないわ」


 例外なく、同じことであった――!


「ッ言ってくれるぜ! ならやってみろッ、10まんボルトォ!」

 メガゲンガーの虚ろな瞳が光り、もう一度電撃が起こる。バヂバヂと耳を刺激する雷撃音に観衆が沸き立つ、先の蓄積ダメージから鑑みるに、これを受けてしまうとエネコロロは間違いなく戦闘不能であろう。大見得を切った少女の命運がかかったこの一撃に、誰もが興奮を隠し切れない。

 ――さあどうする、さっきみたいに10まんボルトで対抗したところで火力差は圧倒的だ! いい加減わからせてやる、優れたトレーナーが優れたポケモンを扱ってこそ、バトルに勝てるってことを!

 男の口角が上がる。
 電撃がエネコロロへと迫る。
 命運が、決する――!

「でんじは!」
「何ッ?!」

 エネコロロの頭部がわずかに帯電し、自身の斜め前方へと“でんじは”が放たれ、そして――

「なんだとッ?!」

 電撃――10まんボルトはそのでんじはに釣られて軌道を曲げられ、エネコロロとはまるで違う地点に着弾した、観衆が湧きたち実況がマイクを握りしめる――!

「これは素晴らしい展開だぁッ、赤コーナーエネコロロ、でんじはを誘導に使いッ! 火力に勝るメガゲンガーの10まんボルトを、見事にいなしたーッ!」
「く、くそッ、まさかそんな技でそんな手を……」
「“ノーマルスキン”はでんじはのような補助技でさえもノーマルタイプに変えてしまう……でも、タイプが変わっても相手を“まひ”させることは変わらないように、“わざ”としての性質は変わらないのよ。電気を誘導して照準を外すことだって出来ちゃうのよ、私のコロ」
「……ならば今度こそこれで終わりだッ、小細工の通用しない、メガゲンガーの最大火力ッ! ヘドロばくだんッ!」

 メガゲンガーの表情が少し険しく歪み、眼前には猛毒のヘドロの塊が出現した。シャドーボールの効かないエネコロロに対して、メガゲンガーが放つことのできる紛れも無い最高火力のわざ――これまで何度も赤コーナーの挑戦者にとどめを刺してきた“切り札”的存在の技に、観衆のボルテージ、テンションは最高潮を迎えた!
 べちょべちょと恐怖を感じさせる不気味な音を発しながら、メガゲンガーの全力を乗せたヘドロばくだんがエネコロロへと迫る、ああ、このままでは今度こそ、火力で押し返せないエネコロロは――!

「まもる!」
「ッ!」

 前方に出現した薄いレンズのようなシールドが、エネコロロをヘドロばくだんの猛攻から完全に防ぎ切った。眼前で汚いヘドロが“まもる”によってかき消えていく様を見て、綺麗好きなエネコロロは小さく安堵の溜息を漏らした。
 決まり手、切り札的存在の技を防いだエネコロロにわっと場内が湧いたが、そんな中大男は白けていた。チッと舌を打ち、そして閃く。

「その技……火力に乏しいエネコロロが耐久型と戦う時、“どくどく”と組み合わせて粘るためにでも準備してたんだろう……ノーマルスキンがあれば、ゴーストタイプも毒状態にできるからな」
「……あなたのゲンガーはそもそも“どくどく”が効かない毒タイプが入ってるから、その手は使えないけど、ご明察よ」
「……フン! ならば火力だけじゃなく、そういう搦め手でも俺のゲンガーが優れていることを教えてやるッ! おにび!」
「っ?!」

 メガゲンガーの表情がぱあっと明るくなり、まるで悪戯っ子のような悪意を含んだ笑顔とともに恐ろしい炎を放った。「まだ“しんぴのまもり”が……」と言いかけた少女の眼前でエネコロロを覆っていた“しんぴのまもり”が解け、悲鳴をあげる間も無くエネコロロは地獄の業火に焼かれた――そう、常にダメージを受け続ける状態異常である“やけど”にされてしまったのだ。

「ヘッ、俺が“しんぴのまもり”の持続時間を把握してないとでも思ったかよッ! 一度やけどにしてしまえば、もう解除する手立てはないぞッ!」
「くっ……みやぶるっ!」

 火傷で全身を震わせながらも、エネコロロは懸命にメガゲンガーに視線を飛ばす。メガゲンガーに出せる最高火力が“ヘドロばくだん”であるのなら、エネコロロに出せる最高火力――言わば切り札である技は“ふぶき”。ポケモンが扱うことのできる技の中でもトップクラスの威力を誇る“ふぶき”ならば、メガゲンガーとて対処は困難なはずであるはずだが今の“ふぶき”はノーマルタイプ――メガゲンガーには当たらない。なんとしてもまず“みやぶる”を決めなくてはならない、技を撃った直後の隙である、今この瞬間に――

 だがそれは、全くもって甘い考えであった。

「まもるッ!」
「――!」
「おーっと、今度は青コーナーメガゲンガーが守りの体勢に入りましたぁーッ! 先程は赤コーナーエネコロロが身を守ったこの技をッ! 今度は赤コーナーがッ! これは宛ら技の意匠返しと言ったところでしょうかぁーッ!」

 “みやぶる”を受け止めたシールドの向こう側から、メガゲンガーの心底楽しそうな顔が覗く。少女はしてやられたわねと悔しがりながらも、なぜかメガゲンガーを見つめながら少しだけ微笑んでいた。

「さあ今度はこっちの番だッ、ヘドロばくだんッ!」
「う……ま、まもるっ!」

 守りの体勢を解いたメガゲンガーは再び戦闘姿勢をとり、渾身の力を込めたヘドロばくだんを放り投げる。火傷に身を灼かれるエネコロロは必死でシールドを貼ってその攻撃を防ぎきったが、もはや身体がヘドロに汚れなくてよかったなどと安堵している余裕はない。
 “まもる”は相手の攻撃を防ぎきる、単純明快にして非常に強力な防御技である。デメリットとして連発すると高確率で失敗するリスクを抱えてこそいるものの、単純にその場を凌いだり時間を稼いだりするためには非常に使い勝手のいい技なのだ。


 そう、時間を稼ぐのに使い勝手がいい。

 つまり――


「ここから俺のゲンガーと力比べをしたところでッ! 交互に技を撃ち合いながら“まもる”の応酬になりッ! “やけど”でじわじわと体力を奪われて嬢ちゃんの負けだッ!」
「……苦しいわね」
「ゲンガーは攻めだけが能じゃねえッ、一対一じゃなけりゃあ“ほろびのうた”も“みちづれ”なんかも使える芸達者なんだよッ、読みきれないだけの手があってそれでいてハイスペック――本当に“強い”ポケモンってのは、こいつみたいなことを言うんだよーッ!」

 大男のセリフに、メガゲンガーは本当に嬉しそうに笑う。腕組みして得意げに笑う。男とゲンガーは本当に仲がいいらしい、心と心が通い合っているらしい――?

 ――いいえ、少しだけ違うわ。でもその誤り、もうすぐ私が正してあげるから――

 少女はくすりと微笑む。その企んだような表情に、大男もメガゲンガーも、これまでのバトルで敷かれた策を思い起こされて少し強張る。

「……そろそろコロのダメージは限界、このまま撃ち合いをしたところですぐに倒れてしまう――だから次が、“私たち”の最後の攻撃よ」
「ほおッ、ならばそれをいなして俺たちが勝つッ! 撃ってこいッ、こいッ!」
「さあいよいよバトルも佳境を迎えたーッ!赤コーナーはこれが最後の攻撃を宣言ッ、青コーナーメガゲンガーが使うであろう“まもる”を攻略しッ! 打ち倒すことができるのかーッ?!」

 実況の煽りも受け、観衆が、フィールドが震えるほどに大熱狂する。クライマックスを迎えたゲンガー対エネコロロの異色カードは、間違いなく今日一番の盛り上がりを見せていた。じわじわと嬲ってくる“やけど”のスリップダメージに追われながら、如何にしてメガゲンガーを沈めるのか――誰しもが、大声で熱狂しながら、エネコロロをじっと見つめる。

「行くわよコロ――“どろばくだん”っ!」
「な、何ッ?!」

 エネコロロが最後の力を振り絞って使った技は、じめんタイプの“どろばくだん”。メガゲンガーの扱う“ヘドロばくだん”と比べると少々小ぶりではあるが、十分な威力を持った立派な爆弾技であり、直撃すれば《こうかはばつぐん》で大ダメージが期待できる――が。

「血迷ったかッ、嬢ちゃんのエネコロロはノーマルスキンッ! その“どろばくだん”はノーマルタイプで、“みやぶる”を解除したゲンガーには《こうかがない》ぞッ! 抑もこうするから当たりもしないがなッ、“まもる”ッ!」」

 メガゲンガーは“まもる”を繰り出し、前方にシールドを貼って防御姿勢に入った。これでもう、メガゲンガーに通常の攻撃技は通じなくなった。通じるのはこれを解除できる“フェイント”や“ゴーストダイブ”などの一部の技だけだが――生憎、エネコロロはそのどれも使うことはできない。

「勝ったッ! やはり甘かったなッ、変化技を回避できる“ミラクルスキン”のエネコロロにしていればこの消耗戦は避けられただろうにッ! 攻撃のために“みやぶる”の一手間を必要とするノーマルスキンの個体を選んだのはッ! バトルに対しての甘え――勝利することへの冒涜だッ!」
「……いいえ、それは違うわ。だって私、この子と一緒に力を合わせて勝ちたいんだもの、個体がどうとかそんな話じゃないのよ――!」

 これまでよりも更に覇気の篭った力強い声とともに、少女は腕を交差させてその場で一回転し、右掌を力強く地面に叩きつけた。聖なる儀式を模したポーズに呼応して、左手首に付けていたリングが輝き、放たれた一陣の光がエネコロロに纏われ、究極の力――“Zパワー”がその身に宿った――!

「な、なんだとッ?!」
「受けてみなさい、私とコロで作ったゼンリョク――どろばくだんZ、“ライジングランドオーバー”っ!」

 少女と心を重ねたエネコロロの身体にZクリスタルの紋章が浮かびあがり、可愛らしくも力強い声で雄叫びをあげる。直後、エネコロロから守りの体勢を取っているメガゲンガーに向かって一直線に地割れが起こり、強烈な衝撃を起こす、メガゲンガーの“まもる”が揺らぐ――!

「ま、まずいッ! Z技は、ノーマルスキンの威力補正がかからない代わりにッ! タイプがその技に依存したまま放たれるッ!」
「――それに加えて、Z技は“まもる”を打ち崩すのよ! 威力はかなり下がるけど――でもっ!」

 防御姿勢を完全に崩されたメガゲンガーが宙を舞う、埋まっていた下半身を異次元空間から引きずり出されて――。エネコロロは姿勢を低くとってから勢いよく跳びだし、強烈な錐揉み回転を加えてゼンリョクで突撃する――

「手負いになったあなたのメガゲンガーを倒すには、十分すぎる火力よ! いっけぇーっ!」

 少女のゼンリョクを受け取ったエネコロロのゼンリョク、一人と一匹分のZENRYOKU技が炸裂し、フィールド上空で大爆発を起こした――煙の中から優雅にエネコロロが飛び出して華麗に着地し、一足遅れてメガシンカが解除されたゲンガーが地に堕ちる。両目をぐるぐると回しているその姿は、勝負の決着が付いたことを示すには十分すぎた――

「な、なッ! なーんということでしょぉーッ! 連戦連勝百戦錬磨の青コーナー、メガゲンガーは戦闘不能ッ! よってこの勝負ーッ! 赤コーナー、エネコロロの勝ちぃーッ!」

 耳が割れんばかりの大歓声が起こり、少女は小さく右手を握り、エネコロロは得意げにおすまし顔でそれに応えた。そして小さく振り返ったエネコロロに少女は左腕のリングを見せつけ、エネコロロはみゃおうと嬉しそうな声をあげた。
 大男は無言のまま悔しそうにゲンガーをボールにしまい、フィールドの中央に向かってとぼとぼと歩く。「コロ。よく頑張ってくれたわ、立派だったわよ。おつかれさま」少女は労いの言葉をかけてからエネコロロをボールにしまい、同じくフィールド中央に向かう。

「くそッ……まさかこんな形になるとはな……悔しいが力及ばずだ。強いな、嬢ちゃん」
「ありがとう」
「……だが恥ずかしい話まだ納得がいかない、いくら策が優れていたところで、ゲンガーとエネコロロとじゃあ力量差が圧倒的だ……どうして、なぜ負けたんだ、俺たちは?」
「……ポケモンをトレーナーの言いなりにしてる人に、私は負けない。そう言ったわね」
「ああ……だが、確かに俺はバトルに勝つことこそが至上であり、より強い種族が上位互換として存在するなら、そのポケモンを使わないのは勝利することを冒涜している、そんな風に考えている……だが、俺はゲンガーをぞんざいに扱ったり言いなりにしたりなどは断じてしていない、こいつの強みを活かして勝とうとしているんだ、どうして負けたんだ、何が間違っているんだ?!」
「……ねえ、あなたのゲンガー、ちょっとボールから出してくれないかしら」
「? ああ」

 大男はボールの開閉スイッチを押し、満身創痍のゲンガーを繰り出した。少女は体力を回復する効力を持つ“オボンのみ”をそっと差し出し「さっきはごめんなさい。いい勝負だったわね」と優しく話しかける――が、ゲンガーはそのきのみを半ば引っ手繰るように取って、大男の陰に隠れてしまった。やっぱり、と少女が呟く。

「あなたのゲンガー、きっと“おくびょう”なのね」
「あ、ああ……性格が“おくびょう”なポケモンは物理戦が苦手な代わりに足が速い――ゲンガーの強さを引き出した戦い方をするには、この性格が一番のはずだッ」
「……確かにそれは合っている、でも少し違うの……ポケモンには性格だけじゃなくて“個性”があるのよ。“イタズラがすき”とか、“ものおとにびんかん”とか。あなたのゲンガーはきっと、おくびょうで足が速いけど――相手に攻撃をするのはあまり好きじゃない」
「な、なぜそんなことが言えるッ?!」
「ゲンガーを相手にして、向かい合って戦ってた私にはよく見えたのよ――攻撃技を使うときと補助技を使うときとで、ゲンガーの表情は全く異なっていたわ」
「な……」
「“10まんボルト”を使うとき、ゲンガーは虚ろな瞳をしていたわ。“ヘドロばくだん”を使うときは、苦しそうに表情を歪めていたわ――反面、“おにび”を使うときは楽しそうにケケケって笑ってて、“まもる”が成功したときは心底楽しそうにしてたわ」
「……」
「あなた、トレーナーとしてゲンガーの傍にいるのに、いつも後ろからしか見てあげてないのね……だから気付けないのよ。本当にトレーナーとして自分のポケモンを活躍させたい、勝ちたいのなら、きちんと正面から見てあげなきゃダメなのよ」

 自分の足元に隠れるゲンガーを、大男は申し訳なさそうな視線で見つめる。ゲンガーは少し恥ずかしそうにもじもじとしていたが、「ゲンガー……お前、攻撃よりも絡め手で戦ってる方が好きだったのか……?」と聞かれると、少し俯きがちにこくりと頷いた。大男の耳が朱に染まる、「俺は、そんなことにも気付いてやれてなかったのかッ」図体に似合わない細い声が喉から絞り出される。

「……“エネコロロ”をバトルで勝たせたいのなら、確かにミラクルスキンの方が汎用性が高いし、攻めよりも絡め手で戦った方が賞賛は大きいわ。でも私はエネコロロで勝ちたいんじゃない、この子――コロを勝たせてあげたいのよ」
「……」
「だからこの子の“れいせい”な性格と、“おっちょこちょい”な個性と、産まれ持った“ノーマルスキン”を最大限に活かして戦う――“れいせい”さゆえに少し足が遅いけども、パワーに差があるのに同じ“10まんボルト”で戦おうとしちゃう“おっちょこちょい”なところがあるけど、“ノーマルスキン”のせいでゴーストタイプやはがねタイプと戦うのに一工夫必要だけども。それでも全部一長一短、悪いところもあればいいところだってあるの。だから私はそのいいところを伸ばし、活かしてやりながら戦う――それが本当の“トレーナー”の役割だから。そうやって一緒に戦ってるから、勝敗に関わらず、私とコロは輝くのよ」
「……力及ばず、どころではないッ……俺たち、いや俺の完敗だ――」

 少女の語るトレーナーとしての在り方と、これまで自分がゲンガーと共に歩んできた道のり。その両方を比べてみて、その差に愕然とした大男は力なく肩を落とす、「俺とゲンガーは、これからちゃんとやっていけるんだろうか……」歓声に掻き消されそうなほど小さな声でつぶやく大男に、少女は言う。

「あなたとゲンガーは絆をエネルギー源とする“メガシンカ”が使えた、それは間違いなくあなたたちの絆が深く結びついていたからなのよ――そう、あなたとゲンガー、戦い方を間違っているだけで、決して悪い仲じゃない……寧ろベストコンビよ。戦い方を改めれば、きっともっともっと高みへと登れるわ」
「……ははっ、ありがとな、嬢ちゃん……俺、ゲンガーとまた頑張ってみるよ。そしてごめんな、もうマイナーなポケモンを貶したり見くびったりするのはやめだ――そのポケモンの特徴や性格、個性を最大限に引き出した戦い方を、俺は尊敬する」
「そう言ってもらえて良かったわ。……私も、あなたみたいな明るいトレーナーを目指してみようかしら――機会があればまたバトルしましょう」
「勿論だ、そのときは負けないぞッ」

 両者はがっちりと握手を交わす。「素晴らしいバトルでしたッ、両者お見事でしたぁーッ!」実況を合図に、観衆全員が二人に惜しみない拍手を送った。大男がゲンガーに突き出した右手にゲンガーが右手で応えたとき、その拍手は更に激しくなった。

 かくして、この日の激闘は幕を閉じたのである――



☆☆☆★★★☆☆☆



 爽やかな風の吹くとある地方都市の町外れ、腕試しを競うトレーナーたちが集うストリートバトルフィールドは休日の大賑わいを見せていた――どこの街へ行っても、こういう野良バトル場は賑わっていて楽しそうね。今日はもうこの街を出るから、私は参加するつもりはないんだけども。
 わいわいがやがやとした観衆を横目に、私は都市間道路へと歩いていく。そよそよとした風が気持ちいい、随分と伸びてしまった髪を揺らしながらバトルフィールド際を通り過ぎようとしたとき――興味深い会話が耳に入ってきた。

「くそーっ、またアイツのゲンガーに勝てなかった!」
「なかなかしぶとくて倒せないんだよなあ、いなされちまう!」
「ああいう絡め手するくせに、あのゲンガーすげえ楽しそうな顔するんだよなあ、ちくしょう!」

 まさかと思い、人波をかき分けて最前列へと出る――すると、そこには。

「決まったーッ! 青コーナーのポリゴン2、じわじわとダメージを稼がれてここでダウンですッ! 赤コーナーのゲンガー、またも勝利ーッ! “くろいヘドロ”と“どくどく”“まもる”を合わせた耐久戦でッ! 驚異的な回復力を誇る相手を見事に撃破しましたッ、これにて赤コーナーは本日五連勝を達成ーッ!」
「やったぜッ!」

 赤コーナーでハイタッチを交わすゲンガーとトレーナーは、間違いなくあの日戦ったコンビであった。実況や周囲の人の話から察するに、どうやらゲンガーの個性を強く活かしたバトルスタイルを確立しているらしい――うふふ、嬉しくなっちゃうなあ。まさかこんな遠い街で、こんなに久しぶりに、また会えるなんてね!
 腰についたコロのモンスターボールが揺れている、うふふ、あなたも? 奇遇ね、私も彼らと戦ってみたくてうずうずしてるの、行きましょ!

「次! 私が挑戦します!」

 青コーナーに躍り出た私を見て、赤コーナーの彼が、ゲンガーが、びっくりして目を見張った、やっぱり覚えててくれたのね!

「嬢ちゃん……いやもう立派なお姉ちゃんだな、久しぶりッ!」
「お久しぶり。まさかまた会えるなんて思わなかったわ、すっかり戦い方も変わったみたいね」
「おうよッ、もう以前の俺たちだと思うなよッ!」
「ふふっ、私たちだって成長してるんだもの、負けないわよっ!」

 思わず笑みがこぼれちゃって、たまらず私はボールを放る。現れたコロの姿を見てみんな「エネコロロでバトルするのか?!」ってびっくりしてるけど――すぐに別の意味でびっくりさせてあげるわ。ね、コロ!

「さーあ続いて青コーナーに立った挑戦者、使うのはなんとエネコロロッ! 五連勝中の赤コーナーのゲンガーを打ち負かすことは、果たして出来るのでしょうかッ?!」

 コロもゲンガーも、私も彼も、バッチリ戦闘体勢。“本当の戦い方”になった彼ら相手だと、パワーもスピードも負けているコロで戦うのは正直大変ね――でも、そういう相手だからこそ、尚更燃えてくるのよね!

「柄にもなく燃えてきたわ、行くわよ!」
「そうこなくっちゃね、行くぜッ!」

 こんなにわくわくするバトルなんていつぶりだろう、勝てるかわからないからドキドキしちゃう。でも精一杯やりきって見せるわ、それが私とコロのバトルだから――!

「それではッ! はじめぇえッ!」

 行くわよ、私とコロの力、見せてあげるわっ!


  [No.4115] 縦横無刃 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:56:43   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「いやー美味しいですねえ!おかわりもう一杯!」

 とあるポケモンセンター横の定食屋。一人の少女が平らげたどんぶりを左手に掲げた。

「よう食うな嬢ちゃん……ここいらじゃ見ないなりだが、旅のトレーナーかい?」

 店主は少しひきつった笑みを浮かべながら、追加のどんぶりを渡す。
 いつもお客さんに対する笑顔を絶やさない店主がそんな表情になっているのは、まず少女の前には既に3杯の器が積まれていてまだ食べる気だということ。
 そして──少女の腰の左側に、玩具やレプリカにしては精巧に過ぎる拵(こしらえ)の鞘とそこに収まる刀がついていたからだ。
 別段刀や武器に詳しくなくてもわかる、いわゆるよく使いこまれた年季を感じさせつつも手入れはしっかりされているそれだ。
 少女はいったん食べる手を止めて、ちょっと悩んでから答える。

「旅はしてるけど、トレーナーって言われるとどうですかねー。最高の仲間が一匹いるだけで、ポケモンを捕まえたりジムやリーグに挑戦するわけじゃないですし」

 まあ道行くトレーナーとバトルして路銀を稼いではいますけどね! と屈託なく笑うその顔は、まだ幼さが残っている。薄青色の浴衣のような旅装は、まるで子供が祭りで法被を着ているようだった。だからこそ、腰の刀が不自然で危ないものに見えた。
 その視線は少女にも察してとれたのか、軽く苦笑して言う。

「これは旅に出るときに刀鍛冶のおじいちゃんに貰ったんですよ。女の一人旅は危ないからもってけーなんて……今時ポケモンと旅して野生のポケモンとも戦うのに男も女もないし! まあ、軟派が寄ってこないのでお守りのようなものですかね!重たいのが玉に瑕ですが!」

 少女は右手で柄に手をかけ、鯉口を切って刃の一部を見せる。その煌めきは本物で、少なくとも達人が振れば目の前に積まれたどんぶりをまとめて真っ二つにすることくらいは容易いだろう……感覚的に、店主はそう思った。
 店主は目の前の少女にはできるのか? 聞こうとしたが、直前で止めた。
 それは、変装した狼に対してどうしてあなたの口はそんなに大きいの? と尋ねるのと同じことのように思えたからだ。

「なるほどな。うん。で、そんだけ食うってことはもうどっか出かけるのかい?」

 無難に話を逸らす店主。旅するトレーナーが出立前にひたすら好きなものを食べるのは珍しくない。とはいえこの少女は食べすぎだが。

「この先にある森って結構長いらしいじゃないですか? 一回森に入るとやっぱ美味しいものって食べられないですし」

 美味しくなかったら別の店はしごするつもりでしたが、大満足のお味です!!と店主を褒める少女。
 が、褒められたにも関わらず店主の顔は浮かなかった。

「あー……いや、嬉しいんだがよ。そりゃやめといた方がいい。あの森は今、性質の悪い賞金稼ぎがいるらしいんだ」
「その話詳しく」

 一気に真顔になった少女に店主は面食らう。

「さっき嬢ちゃんも言ったがトレーナー同士のバトルの後は賞金のやり取りすんのが慣例なんだろ? だが、そいつは戦った相手の金を根こそぎ持って行っちまうっていうんだ。何匹もごっつい進化したポケモン持ってるやつも、被害にあったらしい」
「ポケモンやトレーナーに被害は?」
「戦闘不能にはされてたが、別に死ぬほどじゃねえな。トレーナーの方も体に枝が刺さったり怪我はしてたが……まああの森は針葉樹やらが多くて慣れねえ奴が歩いてりゃ枝やら葉が刺さるのは当然だ。ともかくとして、命に別状はねえと聞くぜ」
「警察が動いたりは……まあ、あまりしてないでしょうねえ。トレーナー同士のバトルで渡す金額に明確な規定はない。バトルしてあくまでお金だけ持っていくなら……悪行ではあるけど、法に触れるとは言い難いし」
「お、おう……そんなところよ。一応見回りなんかは行われてるそうなんだが……関係者曰く、大規模な捜索とか取り押さえができるような事案じゃねえ、だそうだ」
「わかりました! それにしても、ずいぶん詳しくご存知ですねえ?」

 少女の問に、店主は一瞬言葉に詰まった。何か、見えない言葉の刃を喉元に突き付けられたような感覚がしたからだ。

「……嬢ちゃん、こういう商売してるとな。別に自分から聞いたりしなくてもお客さんが色々喋ってくれるし酒飲んでるとほんとは言っちゃあいけねえような仕事の事情とかも聞こえちまうもんなのさ」
「確かにこのお店の料理めちゃくちゃ美味しくて繁盛してそうですし! 勉強になりました!ご馳走様!」
「ああ、ありがとよ。またいつか元気に顔出してくれや」
「はい、是非とも!」

 いつの間にか追加を平らげていた少女はお金をぴったり出し、元気よく店を出る。

「お待たせ。それじゃあ出発しよっか、ニテン!」

 店の外には白い人型のポケモン、エルレイドがずっと待っていたらしい。少女とポケモンが仲良く歩いていくのを見ながら。店主の目に映るのは少女の腰の刀とエルレイドの両手に備わる刃だった。






 

「いったた……」

 森に入ってしばらく。指先に刺さった木の棘を抜いてわずかに流れた血を舐めとる。

「さすが、あのおじさんが言ってた通り……なんですけど、ちょっと面倒だし手袋でも用意しとけばよかったですかね」

 歩いているだけで、とにかくありとあらゆる植物が刺さる。木に寄り掛かればごつごつの木肌が痛いし枝を手でよけようとすれば棘が刺さるし、草むらに入れば茂みがまるでペーパーナイフのように肌を裂く。
 そこに違和感はあったが、まあ見知らぬ土地だからそういうこともあり得るだろう、と思うほかなかった。

「ニテンは大丈夫? 傷薬はいらない?」

 エルレイドはずっと少女の後ろをついて歩いている。その姿はまるで貴族の傍らに控える従者のようで、問いかけにも一つ頷くだけで返した。
 基本ポケモンは人間より丈夫で、自分の後ろを歩いてきているので少女も問題ないだろうとは思っていたが……そこは相棒への気配りである。

「そっか。じゃあ……一勝負お願いしても大丈夫ですかね」

 エルレイドがすっと少女の前に出て、少女が左手でそっと切れないようにエルレイドの右手を握る。。それは二人の間で勝負をするときのサイン。
 少女の視線の先には、やたら分厚いコートを着込んだ長身の青年向こうはまだこちらに気が付いていない。

「お兄さん! あなた、ポケモントレーナーですよね! 私とバトルしましょう!!」

 突然かけられた声に、青年の肩がびくりと跳ねた。少女はエルレイドを前にぐいぐいと足を進めて青年の前に対峙する。

「……わかった。ルールはシングルバトルでいいか?」
「なんでもいいですよ! どのみち私のポケモンはこのエルレイド一匹だけですし。ダブルバトルがしたいというなら、どうぞ二体出してくれても構いませんし! まとめて切り伏せちゃいますから!」
「すごい自信だな……とはいえ、こっちもポケモンは一匹だけだ。出てこいジュカイン」

 青年はモンスターボールを上に投げると、ボールが開き密林の王者、ジュカインが出てくる。腕には鋭い葉っぱの刃が備わっているのが見て取れた。

「では一対一の真剣勝負ですね! 私の名前はルチカ!いざ尋常に……ニテン、『サイコカッター』!」
「真剣勝負、か……俺はツバギク。ジュカイン、『リーフブレード』」

 お互いのポケモンが、腕の刃を交差させる。エルレイドの腕の表面には見えない念力の刃が覆われ、ジュカインの腕には鋭さを増した葉が鎖のように連なってお互いの切れ味を受け止めた。
 だが、膂力はこちらの方が勝る──たたらを踏んだジュカインにさらに刃を押し込むエルレイドを見てそう判断した少女、ルチカは次の手を命じる。

「ニテン、『燕返し』!」

 エルレイドの念力は直接刃になるだけではなく、草木を削って『リーフブレード』を使うこともできれば岩を削って『ストーンエッジ』として放つこともできる。『燕返し』によって生み出されるのは、そこらの空気の流れを操ることによって発生する大気の刃。
 エルレイド自身の刃の動きとは無関係に飛んでくるそれは回避不可能であり、草タイプであるジュカインを大きくのけ反らせた。

「接近戦じゃ分が悪いな……ジュカイン、距離を取れ。『タネ爆弾』だ」
「『サイコカッター』で弾き飛ばして!」

 トカゲのようなするすると通り抜けるような動きで木の上に逃げたジュカインが、口から種子の弾丸を放つ。
 遠距離攻撃といえど、単純な攻撃であれば防ぐ方法などいくらでもある。再び念力の刃をまとったエルレイドがいともたやすく、種が弾ける前に切り飛ばす。

 ただ、その斬り飛ばした種の一部が。ルチカの肩を掠めようとしたので彼女は軽く身を避けた。直撃したところで大けがを負うほどではない、あくまで余波だ。
 むしろ、その避けた先に。ついさっきまでルチカが認識していなかった木の枝が彼女の二の腕を刺した。

「っ……!」
「大丈夫か? この森の草木は鋭いからな……」

 完全に想定外の痛みに腕を抑えてうずくまるルチカ。相手のツバギクは遠くから心配するような声をかける。

「ええ勿論。この程度で音を上げていては旅なんてできませんし! ……毒でもあったら危ないところですけどねえ?」
「……まさか」
「ないですよね! お兄さんこの森には詳しそうですし一応聞いてみてよかった!」

 そう笑顔で答え、腕から血が流れるのにも構わずルチカはすぐさま戦況を分析する。
 ジュカインは密林の王者。すなわち森の中ではもとより早い動きがまさに縦横無尽となるだろう。
 エルレイドのサイコカッターで一帯の木を切り倒してしまうという手もないではないが、一ポケモンバトルのためにむやみやたらと自然を破壊することはよいことではない。
 
「……ニテン、『ストーンエッジ』!」

 さして有効な手が思いつかないので場当たり的に近くの岩を削って刃として放つ。当然のように木々を伝って逃げられるが、向こうの遠距離攻撃も今のところさして脅威とはいえない。

「『タネマシンガン』だ」

 今度は放射状に種子をばらまく。しかし、はっきり言ってエルレイドにダメージを与えるどころかルチカでさえ軽く身をひねって躱すことが出来る程度のものだった。むしろ、反射的に躱した時に刺さる野草や樹木の枝の方が痛い。エルレイドも、かなり煩わしそうに腕を振るっている。

「ずいぶん、巨体のわりにちょこまかと……『燕返し』!」
「……躱して『タネ爆弾』」

 近くで打てば見えない刃で必中の真空刃も、離れすぎていてはただの直線的な攻撃に過ぎない。ターザンのように蔦を握って大きく移動しながら、さらなる種子の弾丸を投擲してくる。
 その度に、逃げるジュカインの方を向くたびに体を動かすたびに、ポケモンの技とは無関係にルチカの体を傷がついていく。傷跡から流れる血が連なり、法被のような服が赤く染まっていく。
 そんなお互いに決定打を与えられないやり取りを何度か繰り返した後、ルチカは納得したように血の止まらない手を叩いた。

「ああ、なるほど。これがあなたの戦術でしたか」
「……なんて?」
「とぼけるのはよしてください。普通のポケモンバトルを装い、ジュカインの特性を利用して逃げ回りながら相手にこの森の鋭い樹林で……いえ、それさえも時間をかけてジュカインが作り出したのでしょうし? ポケモンそのものよりトレーナーに傷を負わせ、満身創痍になったところで畳みかけるか降参を促してお金をふんだくっているのでしょう? 追剥さん」

 ジュカインは密林の中を自由に動けるほか、背中に樹木を元気にする種をいくつも持っている。それを時間をかけて森全体に与えてやれば、森全ての木々、草むらががジュカインにとって無数の刃。他のトレーナーは歩いているだけで、ジュカインの姿を追いかけるだけで傷つき、体力も気力も尽き果て持ち金を奪われる。

「……」

 青年は、しばし沈黙した。だが、観念したように息を吐く。

「……その言い方だと、噂になってるのか。この森もそろそろ引き上げ時だな」
「おや、意外とあっさりですねえ。もっと豹変するなり激昂するなりすると思いましたが。知られたからには生かして帰さないーとか」
「殺しは犯罪だろ……というか、そんな簡単に人を殺す気になんかならないって……」

 面倒くさそうにため息をつく青年。彼の言葉は見せかけではなく、本当に殺意がなさそうにルチカには見えた。

「追剥もどきはいいのですかね?」
「法には触れてない。ポケモンバトルで地形を利用するのは珍しくないし、それでトレーナーを殺しているわけでもない。あくまでバトルに勝った『賞金』を頂いているだけ。この森の鋭さをジュカインが作ってることを見抜かれたのは驚いたけど……それだけだ。そのエルレイド一体じゃ、俺のジュカインは捉えられない。あんたも、お金だけ置いていなくなってくれよ。こんな追剥相手に傷跡が残るまで戦うとか……嫌だろ、普通」
「ええ嫌ですね! ですが、負けるのはもっと嫌ですし! 文字通りタネが割れたところで──反撃と行きましょう!!」

 ルチカが右手で腰の剣を抜き、その刀身が輝く。その煌めきはエルレイドと共鳴し、攻撃力と素早さを大きく上昇させたメガエルレイドとなる。

「だから、ポケモンがいくら強くても無意味だって……どんなに素早いポケモンでも、この森の中じゃジュカインを捉えられない」
「それはどうですかね? 確かにあなたのジュカインの動きは早い。でも、今はこの森そのものがジュカインの力によって鋭くされたもの。ならば……ニテン、『ドレインパンチ』!!」

 裂帛の気合を込めて、大地に己が刃を突き立てるエルレイド。本来『ドレインパンチ』はポケモンに当てて相手のエネルギーを吸い取りつつ打撃を与える技だが。
 今この状況、森のすべてがジュカインの力で満ちた環境で大地に腕を突き刺せば、森に浸透したポケモンの力そのものを吸い上げる剣として機能する!

「……黙ってみてるわけにもいかないか。頼むからじっとしてろよ……『ハードプラント』」

 ジュカインが大樹の上から直接蔦を操り、巨大化させてルチカと大地に剣を突き刺すエルレイドを閉じ込めようとする。エルレイドは、大地からジュカインのエネルギーを吸い上げるので精いっぱいだ。

「エルレイドの刃もあんたの大層な腰の刀も使えないしこれで出られないだろ。とりあえず閉じ込めるけど数時間くらいで出られるようになると思うから……じゃあな。もう二度と……」
「いいえ、逃がしませんよ! まだ、私たちの刃は残ってますし!」

 ザクッ!!と音を立てて巨大な蔦の一部が断ち切られる。自分たちを封じ込めた蔦から這い出た血濡れた少女は、驚愕に固まる青年の喉元に。
 ずっと左手に持っていた、バトル前にエルレイドから渡された『サイコカッター』を突き付けた。
 
「……参ったな。金なら渡すよ。警察に突き出すならそれでも構わない。ただ……」
「もちろん、殺したりしませんよ! あなた、優しい人ですし!」
「は……?」

 喉元に刃を突き付けられたこと以上に驚いたような、困惑したような胡乱な目で青年はルチカを見つめる。
 ルチカは確信を持った様子で青年に言った。

「だって、ただ殺さないようにするだけならもっと手っ取り早くトレーナーを昏倒させる方法なんていくらでもあるはずですよねえ。直接威力の高い攻撃を浴びせるとか……それこそ、草に毒でも塗っておけば人間くらい簡単に気絶させられるでしょう?」
「いや、そういうの面倒くさいから……死なさないように調整するのがさ……」
「いいえ、『ハードプラント』だってそうですよ。人間を殺したくないだけなら、直接ニテンを狙って戦闘不能にすればいいんです。そうすれば、私の刃一本じゃ防ぎきれずに私たちの負けでした。それに何より……ニテンには、刃を交えた人とポケモンの気持ちがわかるんですよ」

 エルレイドが地面からジュカインの力を吸い上げる際にくみ取った思いは、可能な限り人やポケモンを傷つけたくないという思い。有り金全部持っていくも、一人当たりからもらう量が多い方が余計な戦いをしなくて済むからなのだろうと、エルレイドから意思を受け取ったルチカは感じていた。
 
「はあ……まあ、そうまで言うなら否定しないけどさ。もし俺が優しくなかったら……」
「もっと早くにあなたの首は飛んでましたね! ぶっちゃけ、いくらジュカインが早くてもあなたは突っ立ってるだけで隙だらけだったのでその気になればイチコロです! 」具体的には私に殺気を向けたら殺すつもりでした! この見えない刃でザクッと!」

 エルレイドとルチカの腰の刀を見れば、誰でもその刃が危険だと思う。だが、本当に恐ろしいのは。何も持っていないように見える左手に持つ念力の刃と、それを感じさせない少女の狡猾さ。
 そしてツバキクの優しさは……そんな少女とバトルしてなお、お互いのまともに傷つくことなく戦いが終わっているところだろう。ポケモンに至っては最初の一撃以外ダメージが発生していない。

「ああ……面倒なのに捕まった……」

 億劫そうに嘆く青年と、血を流したまま楽しそうに話す少女。この後二人はなんやかんや一緒に旅をすることになるのだが、それはまた別の話。
 


  [No.4116] 高架下の影 投稿者:フィッターR   投稿日:2019/03/04(Mon) 22:35:35   82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 鉄路の上を、鉄の車輪が駆け抜けていく音が響く。時刻は20時17分。今私の頭の上を走っている電車の中は、家路を急ぐ人たちでそこそこにぎわっているだろうな。そんなことをぼんやり考える。
 そう考えてる私はどうなのか、って? 私は電車の中の人と違って、今からお仕事開始ってところだ。



 そこそこ田舎めいた地方都市にある、薄暗い高架下の資材置き場。積み重なった鉄パイプやら工事用足場の踏み板やらの間から差し込む街灯の光に照らされて、そいつはまるで舞台に立つ俳優みたいにたたずんでいる。モヒカンみたいな頭とドロワーズみたいな腰が印象的な、緑と白の人型ポケモン。刃ポケモンのエルレイドだ。顔つきまだ若々しいが、身体は痩せていて健康的には見えない。こんなところで暮らしている野良ポケモンだ。きっとちゃんとしたものを食べられていないのだろう。
 とはいえ、彼の眼光は剣呑そのものだった。人間もポケモンも変わらない、突然自分に干渉を試みてきた見知らぬ相手を、恐怖をこらえながら必死に威圧するときのまなざしだ。
 視線をエルレイドから、隣に立っている相棒に移した。
 私よりも二回りは背の高い、緑の大きなトカゲ。密林ポケモンのジュカイン。名はフェンサーという。私の自慢の相棒だ。
 大丈夫、わたしは敵じゃないよ――と伝えたいのだろう。フェンサーはにこやかな笑顔を浮かべて手を振っている。でも、エルレイドの態度は変わらなかった。まあそうだよな。これでおとなしく言う事聞いてくれる素直な奴だったら、最初から私が呼ばれるようなこともなかっただろう。
 フェンサーの左肩を2回、とんとんと叩く。いつでも戦闘態勢に移行できるように、という合図だ。アイコンタクト。任せろ、と言いたげにフェンサーの口元にかすかな笑みが浮かんでいた。
 巻き込まれないよう、私は後ずさった。3メートルくらいは下がってから、改めて状況を確認する。
 動きが取れそうな空間は、私が今立っている場所から見て横幅7メートル、奥行きは12メートルくらいか。リーグのバトルフィールドよりかはずっと狭い。エルレイドの後ろには踏板、向かって右側には鉄パイプが積み重ねられて置いてある。踏板の手前には、段ボールや空き缶や食べ残しらしき何かが散らばっている。
 掴まって登れるようなものがあればジュカインのフェンサーには有利なのだが、そういったものはここにはない。飛び道具も使わないように、フェンサーには前もって言ってある。資材置き場の持ち主に迷惑をかけたくはないし、流れ弾がまかり間違って高架の橋脚にでも当たってしまったら大惨事になりかねない。となれば勝負は、真っ向勝負のチャンバラになるだろう。望むところだ。



 にらみ合いが続く。先手は打たない。それをやっちまったら、攻撃する意思はないというフェンサーの、そして私の主張が嘘になってしまう。
 エルレイドの表情に焦りが見えてきた。私たちがなかなか退かないことにたじろいでいるようだった。いっそこのまま何も起きずに相手が降参してくれればよかったんだが――そう都合のいいようにはいかなかった。



 エルレイドの肘が伸びる。刹那、エルレイドが駆けだした。
「――!」
 刃のついた左腕で、エルレイドは叫びながらフェンサーにバックハンドブローを仕掛ける。フェンサーはその斬撃を、危なげもなく自身の右腕に生えた刃で受け止めた。
 だが相手もそれでは止まらない。右、左、また右と、デンプシーロールのごとく連続で斬りかかってくる。使っているのは"連続斬り"だろうか。もしそうなら厄介だ。フェンサーは両腕の刃を使って斬撃をいなし続けているが、このまま防戦一方なのもまずい。
「く……!」
 何か声をかけるか。そうも思ったが、私が答えを導き出すよりも先に、フェンサーは次の手を打っていた。
 ラッシュを浴びせるエルレイドの腕の動きが疲れで鈍ったのを、フェンサーは見逃さない。ほんの一瞬のスキをついて、フェンサーはエルレイドの腹に蹴りを入れる。
 後ろに倒れ込み、地べたに倒れ伏すエルレイド。すかさずフェンサーは反撃に移る。腕の刃を緑にきらめかせ、エルレイドめがけて駆けだした。"リーフブレード"だ。
 クリーンヒットとなるか。私がそう思った刹那、その予想ははかなくも裏切られた。膝立ちに体勢を立て直したエルレイドは、伸ばした左の肘を、自分はその場から動かないまま、フェンサーめがけて突きつけたのだ。
「!」
 危うく自ら串刺しになりそうになったフェンサーは、すんでのところで踏みとどまる。再び主導権を得たエルレイドは、バッタが飛び跳ねるように立ち上がって、フェンサーに左の拳を叩き込んだ。
 この一撃はさすがに避けられない。拳はフェンサーの頬に勢いよくぶち当たった。姿勢を崩しかけるが、その程度で倒れ込むほどフェンサーはヤワじゃないのは相棒の私が一番知っている。
 続けざまに叩き込まれたエルレイドの右の拳を、フェンサーは左手で相手の右手首をつかみ取って受け止めた。そのまま相手の勢いを利用して、フェンサーはエルレイドを投げ倒す。
 仰向けに転がったエルレイドに、"リーフブレード"で斬り込まんとフェンサーが躍りかかる。が、相手もさるもの。フェンサーの刃を自身の刃で受け止め、その隙にフェンサーの身体に蹴りを入れた。
「!!」
 後ろにもんどりうって転がるフェンサーだが、すかさず受け身を取って立ち上がった。自由になったエルレイドも立ち上がる。



「――待て!」
 再びエルレイドに躍りかからんとするフェンサーを、私は叫んで止めた。あのエルレイド、相手を誘い込んで反撃するのが上手い。このまま攻め続けるのは得策じゃない。
 私の言葉通りに、フェンサーはきっちり足を止めた。相手のエルレイドはというと、直立したまま静かに私とフェンサーを見つめている。再びのにらみ合いだ。
 腹の内の探り合いが始まる。こういう時こそトレーナーの腕の見せ所だ。戦っているポケモンには見えにくいものを把握し、それを的確に、かつ手短に相棒に伝えて勝利へと導くこと、それが私の役目。
 ポケモンどうしがぶつかり合っているときは、技や動きの指示は最小限にするのが私の主義だ。操り人形みたいにポケモンをコントロールしようとすれば、ポケモン自身が持つ戦いのセンスを殺してしまうし、トレーナーの指示をポケモンが頭の中で処理して実行するタイムラグが、相手の付け入る隙を作ってしまうことだってある。
 今みたいなトレーナーのいないポケモン相手ではなおさら、そういう事態は起こりやすくなる。ポケモンが気がかりであれこれ干渉したくなってしまう気持ちは分かるけど、ポケモンの力を信じることも、ポケモンバトルでは大切なことなのだ。私はそう思っている。



 私は改めて、エルレイドと彼の周りを凝視した。
 エルレイドは向かって右のほうへ、ゆっくりと歩きはじめている。その先にあるのは、積み上げられた鉄パイプ。
 ――まさか、鉄パイプを凶器にして襲い掛かってきたりはしないだろうか。あんなもので殴られたら、フェンサーも骨の1本や2本は簡単に持っていかれてしまうだろう。
 そう考えていた矢先、ふとエルレイドの顔が光に照らされる。なんだ、と思った刹那、後ろからエンジン音が聞こえてきた。高架脇の道路を車がこちらに向かって走っている。その車のヘッドライトが、エルレイドを照らしたのだ。
 チャンス。私は目を皿のようにして、エルレイドの動きをうかがった。
 手の動き。足の動き。息はどの程度上がっているか。どんな顔をしているか。エルレイドの体全部から、彼の次の出方をうかがう。
 ……目の動きが気にかかった。エルレイドが見ているのは鉄パイプじゃない。彼の視線は地面に向けられていた。
 その先にあるのはなんだ。私もその先へ視線を動かした。
 その先にあったものは、エルレイドの足元に散らばるゴミだった。段ボール、空き缶、食べ残しのような何か。彼はこの近くのスーパーからコソ泥したり、時には押し込み強盗まがいのことまでやって、食べ物を得ていたらしい。仕事の前に聞かされたそんな情報を思い出す。
 私たちを前にして、腹ごしらえがしたくなったか? いや、そんなことはまずないはずだ。だとしたら――



 エンジン音が傍らを通り過ぎていく。
 ヘッドライトの明かりが消え、再び高架下を照らす光が街灯の明かりだけになった、その時だった。
 エルレイドが右手を動かす。
 ――そういう事か!



「左だ!!」
 私は叫んだ。
 刹那。エルレイドの足元にあった段ボール箱が、突然フェンサーめがけて宙を舞った。"念力"でそれを投げつけたのだ。
 段ボール箱が飛んでいく先は、フェンサーの顔だった。彼はこれをフェンサーの顔にぶつけて、目くらまししたところへ斬り込もうとしたのだろう。だが悪いね。その手には乗らない。こっちには考える頭は2つ、お前を見る目は4つあるんだ!
 段ボール箱を、フェンサーは私の指示どおりに左へステップして回避した。
 隙をついて畳みかけるつもりが当てが外れたエルレイドの顔には、明らかに焦りが浮かんでいた。ヘッドライトよりずっと弱い街灯の明かりの中でも、はっきりと見えるくらいに分かりやすい。
 この隙をフェンサーは見逃さない。動揺で強張ったまま振り下ろされる相手の左腕を、右腕の"リーフブレード"で危なげなく受け流し、文字通りの返す刀で横薙ぎに切りつける。
「!!!」
 エルレイドの表情がゆがむ。フェンサーの"リーフブレード"は、エルレイドの左腕に切り傷をつけていた。いいぞ、これで奴は利き腕を自由には使えなくなった。
 だがそれでも、エルレイドは残った右腕で果敢に斬り込んでくる。でも、利き腕じゃない腕のおぼつかない攻撃に当たるほど、フェンサーはのろまじゃない。
 大上段の袈裟懸けで斬りかかったエルレイドの腕を、フェンサーは左斜め下へかがみこんで、見事にかわしてみせた。そしてすかさず、右上へ"リーフブレード"で切り上げる。
 今度はエルレイドの胴体が、"リーフブレード"に切り裂かれる。よろけながら後ずさるエルレイド。切り裂かれた傷口からは血が滲みだしているが、致命傷になるような深手は負わせていない。さすがは私の相棒だ。
 もう彼に力はほとんど残っているように見えない。しかし、それでもエルレイドは戦いをやめようとはしなかった。目を大きく見開いて、やぶれかぶれの体当たりをフェンサーへ仕掛けてくる。
 残された力を振り絞った攻撃。フェンサーはそれを両腕で、真正面から受け止める。
 根性あるな。これが競技のバトルだったら面白いのだけれど、仕事のバトルで相手がこうでは逆に嫌な気分になる。もう終わりにしよう。これで……ギブアップしてくれ。



「"峰打ち"だッ!!」



 このバトルで、最初で最後の技の指示を叫んだ。
 無防備なエルレイドの背中へ、フェンサーは刃を"打ち込んだ"。
 その場へ倒れ伏すエルレイド。その背に傷はついていない。だが、フェンサーの打撃は彼の戦意をくじくには十分なものだったようだ。
 せき込みながら、よろよろと立ち上がるエルレイド。膝を地面から離すや否や、エルレイドはフェンサーに踵を返した。抵抗するつもりはもう無いらしい。
 傷口を押さえながら、エルレイドはよたよたと歩き出そうとする。と、フェンサーがエルレイドの背中に手を添える。行くな、と言っているのだろう。その通りだ。私たちの目的は、エルレイドをここから追い出すことじゃない。 
 私はリュックサックを下ろして、水を入れたペットボトルと救急箱を中から取り出してエルレイドに駆け寄った。
 彼の真正面に回り込む。何をするつもりだ、と語っている目に、私は救急箱を見せて、手振りで腰を下ろすように促した。
「大丈夫、私は君を助けに来たんだ」
 自分で傷つけておいてこの言葉。とんだマッチポンプだ――そんな自嘲が頭の中に浮かんで消える。でも、手はきっちり動かさないと。ペットボトルの水で傷口を洗って、薬を用意して……
 ふと、エルレイドの後ろに転がっている段ボール箱が目に入った。さっきエルレイドが投げてきたやつだ。
 スーパーでよく見かけるインスタントラーメンのロゴマークが印刷されていた。ちゃんとした食べ方なんてきっとできなかったろうに、これで食いつないでたんだな……そう思うと、やむなくとはいえ彼を傷つけたことに罪悪感を抱かずにはいられなかった。



 私が戦っていたエルレイドは、このあたりで活動しているカラーギャングのひとりが持っていたポケモンだったらしい。詳しい理由は今警察が捜査しているところらしいが――古巣が古巣だから、ろくな理由じゃないのは間違いないだろう――、1ヶ月ほど前、主人に捨てられたらしく、それからひとりでここに棲み着いていたんだとか。
 人間の世界で生きてきたポケモンが、野山で暮らす生き方に回帰することはとても難しい。彼もそんなポケモンのひとりだった。もともと不良の鉄砲玉にされていた立場だ、人間社会のルールに則り、全うにやっていくやり方なんて知らないのだろう。この資材置き場という住む場所、スーパーやコンビニで売っている食べ物。生きるために必要な諸々を人間から盗んで生きるほかないところに、彼は追い詰められてしまったのだ。
 ポケモンは今や、モンスターボールを使えば誰でも手軽に家族として迎えることができる生き物となった。でも、手軽に手に入れることができるものは、手軽に捨てることもできてしまうのが人間という生き物。人とポケモンが共存する世界に鮮やかな光を当てた私たち人間は、同時にその光が当たらない影も生み出してしまった。
 やり方を知らないのか、それとも知っててやっているのか――このエルレイドの元主人の場合は間違いなく後者だろう――、人間社会で自分を生かしていた人間に、正規の所有権登録解除手続きもないまま捨てられる。そんな形で野に放たれた野良ポケモンが、最近増えているのだ。登録された所有権が抹消されていないから、モンスターボールを使っても人のものを取ったら泥棒! と弾かれてしまう。それゆえ保護する上ではなかなか厄介なのだ。
 そんな野良ポケモンの多くはバトルなどやったこともないような小さなポケモンなのだが、時々このエルレイドのように、悪人が悪事の道具にしていたポケモンが、主人に捨てられてこうなることがある。そういうポケモンは多くが人間に対して攻撃的で、保護しようと思ってもケンカにも慣れているし、さらには競技のバトルでは反則で一発退場を食らうような、危険な攻撃手段を使ってくることもよくある。間合いを詰めてくる相手に切っ先を向けるような戦法なんかがそれだ。そんじょそこらのトレーナーじゃ手に負えないような力を持ったこういうポケモンを放っておくと、やがて人間相手に取り返しのつかないことをやってしまった挙句、警察が出てきて最後には殺処分されてしまうことも多い。
 人間もポケモンも幸せになれない、そんな結末は防ぎたい。そういうわけで、私たちポケモン保護団体に所属するポケモントレーナーは、そんな野良ポケモンを保護するために、日夜危険な野良ポケモンと戦っている。
 それだけ聞けば正義のヒーローみたいな素晴らしい仕事に聞こえるかもしれないけど、この仕事はリーグで活躍するトレーナーみたいな、栄光と名誉に満ちた仕事なんかじゃない。相手が相手ゆえに、そんじょそこらの不良トレーナーなんかよりよっぽど手荒で泥臭いダーティな戦い方をすることを求められる仕事だ。さっきやったみたいに、相手が戦意を完全になくすまで徹底的に、かつ死なない程度にぶちのめすことを、私たちはやらなくちゃいけない。悪いポケモンなんかじゃなく、保護対象のポケモンを、だ。そうしなければ保護することさえままならないから。
 我ながらひどい矛盾、ひどい汚れ仕事だなと思う。自分でだってそう思うくらいだから、他人に揶揄されるなんてしょっちゅうだ。実力ありきの仕事だから、広報がてらジムに挑んだりリーグに出たりすることもあるが、そんな私を石の下から這い出してきたワラジムシを見るような目で見るトレーナーには何処へ行っても必ず出くわす。当然と言えば当然だ。自分たちが作り出してしまった影の中で蠢いている汚れ切ってしまったものなんて、光の中にいる人たちが目に入れたがるはずもない。
 でも、そんな社会の影を作ってしまったのは、私たち人間なのだ。その責任は、人間である私たちが取らなくちゃいけない。
 誰かが影の中へ飛び込まなければ、影の中へ落ちてしまったポケモンにまた光を当ててやることはできない。だったら、私は進んで影へ飛び込める人でありたい。他の誰もが見ようとしない、助けようともしない社会の犠牲者の手を、進んで取ることができる人間でありたいのだ。
 そんな使命感を抱いて、私は私のポケモンバトルを続けている。これまでもずっとそうしてきたし、そしてきっとこれからも、身体がこの仕事に耐えられる限りは同じことを続けていくだろう。



 これでよし。必要な手当ては終わった。
 エルレイドは怪訝そうな顔をこちらに向けていた。そりゃそんな顔もするだろうな、こんなマッチポンプを堂々としていれば。なにか話でもしたいのか、フェンサーはそんなエルレイドの肩を笑顔で叩いてる。戦う前、敵意はないとアピールしていた時と同じ顔で。
 さて、後は協力しているポケモンセンターに電話して迎えをよこしてもらって、このエルレイドをセンターまで送り届ければ、今日の仕事はおしまいだ。
 立ち上がって、ポーチからスマホを取り出したその時、また、電車が通り過ぎていく音が上から響いてきた。
 高架の上で電車に揺られる人たちの中に、高架の下で社会の影に立ち向かっている人やポケモンがいる、ということを知っている人はどれだけいるのだろう。そんな考えが電車の音と一緒になって現れ、私の頭の中を通りすぎ、そして通り抜けていく。
 ……ああ、夜風が冷たいな。仕事が終わったら、コンビニに行ってあんまんでも買って食べようか。今日頑張ってくれたフェンサーのぶんも買ってあげよう。
 電車の音が聞こえなくなったのを計らって、私は着信履歴を開いて一番上の電話番号に電話をかける。
 目の前では、にこやかな笑顔のフェンサーと、不安を顔に浮かべたエルレイドが、何も言わずに顔を向け合っていた。


  [No.4122] 高架下の影 あとがき 投稿者:フィッターR   投稿日:2019/03/17(Sun) 22:22:02   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 まず、拙作を読んでくださった方、拍手をくださった方、感想を書いてくださった方にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 今回のお話は、対戦カード候補を募っていた際に『ジュカインVSエルレイド』というカードが出てきた瞬間、以前から書きたかった『斬り結ぶだけでなく、殴ったり蹴ったり投げたりもあるラフファイト剣戟』というシチュエーションと結びついて原案が生まれました。持つべきものは書きたいもの貯金ですね。
 実際に使うカードを決める投票では、最初の頃はジュカインVSエルレイドにあまり数が集まらなくて不安でしたが無事出てきてくれて本当に良かったです。執筆期間はおよそ2日です。
 以下、様々な小ネタを箇条書きで。

・本作は、以下のふたつの剣戟動画に強い影響を受けています。
 Adorea longsword fight duel(https://www.youtube.com/watch?v=Cn36Pb8z3yI)
 Magna Moosey rapier vs long messer(https://www.youtube.com/watch?v=-zb5gys9SIw)

・なんでもありのラフファイトになる以上競技ルールに則った勝負にはできないことは必然なので、高架下での場外バトルという形になりました。
 最初は不良トレーナーのエルレイドと戦わせるつもりだったのですが、主人公が不良のもとに出向いて戦う理由が思いつかなかったので、エルレイドは不良に捨てられた野良ポケモンになりました。
 結果的にこのシチュエーションが作品にメッセージを込める一助になった面もあったので、いい判断だったなあと思います。

・橋脚に攻撃が当たったら大変なことになるので飛び道具は使えない、という設定は、戦いの舞台を高架下に設定したことから連想ゲームで思いつきました。

・直接描写することはしませんでしたが、今作の主人公は過去作『夢の滑走路』(https://pokemon.sorakaze.info/shows/index/1939/)に登場した"お姉さん"です。

・ジュカインの名前"フェンサー"は、旧ソ連製の戦闘攻撃機Su-24のNATOコードネーム"フェンサー"に由来しています。飛行機が出なくても飛行機ネタを盛り込むのがフィッターRです。言葉の意味も"剣士"だからジュカインのイメージにもピッタリですしね。
 ジュカインVSエルレイドの対戦カードを提案したあきはばら博士さんが『他意はありません』と添えていたのを見てパッと思いついた名前です。他意はありません。

・今回の執筆では、書き合い会直前にsyunnさんが行っていたインタビューの回答を自分であらためて強く意識して書きました。
 『戦っているひとの上にいて、戦場を見渡して把握し指示を出すことに特化したひと』の視点で物語を書いているので、『戦っているひとには把握できないものを把握できる』という要素を主観で描くことをかなり強く意識して書きました。その結果が中盤の"腹の内の探り合い"のシーンですね。syunnさんのインタビューがあったからこそ書けたのが今回のお話だと思います。ありがとうございました!

・お話の最後に出てくるあんまんは、原案の時点ではたいやきでした。でも20時すぎに開いてるたい焼き屋が地方都市にあるか……? と考えて、コンビニでも買えるあんまんに変更しました。


  [No.4117] コックリさんの授業 投稿者:ミヤビ   投稿日:2019/03/04(Mon) 22:49:19   79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「そこまで言うなら勝負だ!」

なぜこうなってしまったのだろう・・
そう自問してみて振り返ること30分前になる。

あたしことティーチャーFは某国から実戦を想定した授業の講師として招待され、この小学校に来ていた。
まあ照れくさいことに、こんな黒スーツでサングラスをしていて色気感じられない残念な女だろうが。

これでも軍人だ。

「では、えーティーチャーFでしたか?本名でもいいのでは?」

「すみません色々とその筋の人の耳に入ると厄介なので。
呼びにくいのでしたら変えますが?」

「そうしてください・・・。」

御国の無茶ぶりに応えたせいで変に敵国に覚えられてしまいまして、
ええあれですイヤな方面に活躍しまして。
その腕を買われて教師として呼ばれましたエヘン!

「ではそうですねー、コックリさんでいいですよ?」

「なんだか呪われそうですね。分かりましたコックリ先生。」

話している間にもう目的の教室に到着しました。
クラス担任のアモー先生がガラガラと扉をスライドさせる。

「はいみなさん着席して。
新しい先生を紹介しますね、こちら短期ではありますが戦術科のコックリ先生です。」

「はーいみなさーんコックリさんですよー。
分からないことは聞いて下さいねー♪でも聞いたら分かるまで聞かないとダメですよー。」

うーんKaWaII子供達がひーふー・・10人!
みんないい顔してるねーそのキョトン顔ぐっ☆じょぶ☆

「せんせー。」

「はいなんでしょう!・・・カンジ君!」

うんうん早速質問とはえらいねえ。

「正直戦術課って必要ですか?必須科目じゃないし時間の無駄です。
すべて攻撃技で相手の弱点技を繰り出せば終わりだと思います。」

うーんこれはなんとも教え甲斐のありそうなボーイだ、
これが今流行りのゲーム脳というやつか。

「まあカンジ君がポケモンと関わらない良い会社に入るためなら、
確かに必要ないかもだ。単位を取るだけでいいからね。」

「じゃあその授業を受けず必須科目を受けても宜しいでしょうか?」

要らなさそうですかそうですか・・・グスン悲しいゾ。

「ちなみに単位を取って出席日数稼いだ後ですが、
面接や履歴書については考えてますか?」

「履歴書?面接?」

あ、忘れてたここ小学校だわ。

「アモー先生、この学校の教育方針なんですかね?」

「元気にすこやかに」

「あ、そういうのはいいのでぶっちゃけお願いします。」

「・・・まあそれは後程。」

まあカンジ君見てたら大方良い学校に進学させてポイント稼ぎ、
その出荷品程度の考えなんだろうな。
さあて先生もそのまま退出しましたし。

「うんわかりました!じゃあみんなグランドに集合!遊ぼうぜ!」

「「「「「え!!!?」」」」」

【グランド】

「えーみなさん!今日はすごく!すごくいい天気ですね!」

「「「「「さむいです先生!」」」」」

寒いだろうそうだろう!だからいい天気なのです。
なんせ社会の厳しさ・現実を教えやすい!

「それではみなさん!『2組になって下さーい』!」

ふふ、一度言ってみたかったのだこのセリフを。
懐かしいなー今回は偶数だけど奇数だと1人あぶれるんだよねー。
・・・泣いてなんかいないぞう・・・。

そうこうしている内にむむ?1組何か様子がおかしいぞ?

「君たちどうしたね?なんか仲悪そうじゃないか?」

「なんでもないです。」
「うう・・・。」

うーんこの、なんでしょうカンジ君と虐められっ子ぽいこの子は・・
確かユーイ君でしたね。険悪という感じがしますね。
まあそれは後で。

「ではお互いに手持ちのお気に入りのポケモンについて紹介して下さい!」

ちなみにこれは現地に派遣された時に真っ先に自分を売りつけるくんれ・・・
コホン、もとい授業なのです。
実戦方針とのことなので文字通りにしてみた。
なんせ外で紹介は当たり前だからna!

みんな良い感じに耐えながら紹介しているな。
みんなちゃんと・・ちゃんと・・・

あれ?君たち攻撃技しかないけどあれぇ?
いや、いいんだけどあたーし戦術科の先生として来たのだけどあれぇ?

「なんだそのポケモン、無駄ばかりじゃん。」

むむ?無駄ですと?

「かげぶんしんとかエレキネットとか真っ先に忘れさせる技だろ。
ほんっとうにユーイは無駄ばかりだな。」

「またユーイかよ。」
「ユーイ君ださーい」

むむ?かげぶんしん・・・エレキネット!?

「ユーイ君、もしよかったら先生にプレゼンしてくれないか!」

「え!?ごめんなさいあげれません!」

「ごめんプレゼントじゃないの!紹介!紹介しておくれ!」

「えーと、ぼく大きいの飼えないからこのバチュルを育ててるんだけど。
技はかげぶんしんとエレキネット、身代わりとエレキボールです。
攻撃技は1つしかないけど、最低限しんじゃったりしないような技を教えています。」

「先生もはっきり言ってやって下さい!」

「素晴らしい!」

「・・・え?」

やっと補助技を教えてる子が居た!ヤッターちゃんといたー!

「カンジ君も良ければプレゼンしてくれないかな?」

「ええ分かりました。僕はこのオーダイルです。
なんと珍しい【ちからづく】を持ち、こおりのキバ
、ばくれつパンチ、かみくだく、なみのりと。
高威力の技を揃えたオールラウンダーです!」

「ふむ。なるほど。」

「・・・先生?それだけですか?」

「ええそれだけです。最初こそ好印象でしたがなんでしょう。
正直、君の将来が心配ですね。」

すべて高威力の技を揃える事のみしか見ていなかったのでしょう。
実に、【実に穴だらけ】でした。

「そこまで言うなら勝負だ!」

「・・・んん?」

「先生はユーイのバチュルを素晴らしいって言ってましたね。
じゃあ僕のオーダイルと勝負です!」

あ、なるほど了解しました。

「よろしいですよ。ではユーイ君とカンジ君のポケモンバトルだね!」

「先生?!」

「なぜですか!先生がやらないんですか!?」

「それはこのバチュルがユーイ君のだからです。
大丈夫です、ユーイ君にキミが勝てば先生に勝った扱いでかまいません。」

ユーイ君にとってではない、このクラスのためになるのですから。
許せユーイ君☆
さてユーイ君を寄せて・・・

「ユーイ君、キミは実に良い目をしている。
このバチュルに最適の1つの技構成をしていると考えます。」

「先生、さすがに逃げは出来ても倒せませんよ?」

「大丈夫です、アレコレナニ・・・・というわけで頑張って下さい。」

【ポケモンバトルベース 森】

「でははじめのダンジョンは森がベースなのでここでいきましょう!」

「いくぞユーイ!バトルなら容赦しねえ!」

「い、いくよカンジ君!」

それぞれが定位置に着きました。
ゴウイトミテヨロシイデスネー?ポケトル〜

「ファイトォ!!」

カアン!

「さあやってまいりました司会はコックリことティーチャーFがお贈り致します。」

「コックリ先生なにやってんですか。こんな席とマイクまで用意して。」

「まあお約束というやつですよ。おおっとカンジ選手オーダイルによるかみくだく!
しかしバチュルはかげぶんしんで回避したあ!」

「コックリ先生。確かにかげぶんしんで回避してれば当たりませんが、
それもいつ当たるか分かったものではありませんよ?」

まあそれが普通の考えです。
『数撃ちゃ当たる』そうなんだろうが今回に至ってはそれは間違いだ。
なんせ技構成のほとんどが物理。

『近づけさせなけりゃあ当たらない』んだから。

「くっそおチョコマカと!もっと接近しろオーダイル!」

「バチュル下がりながらエレキネット!」

そう、そうせざるをえない。
近づかないとそもそもいけない相手に対してエレキネットはまさにベストマッチだ。
そして唯一の遠距離攻撃のなみのりも。

「オーダイルなみのりで面制圧だ!」

「バチュル!木の上に避難して身代わり生成!」

ここは森の中。木を薙ぎ倒したとしても浮く材木相手では分が悪い。
水はね、くさ(植物)に弱いのですよ。

「コックリ先生。これは。」

「虫ってねすごいんですよ。
あんな10cmしかないのにあんなに俊敏でパワフルに活躍できる。
さらに技構成はまず『死なない』ことを前提にしている。
だから相手は術中にはまり今じゃエレキネットで動きは鈍い。
こんな状態で水浸しのオーダイルにエレキボールなんて耐えれますかねえ?」

「くっそおおこんな虫なんぞにいい!オーダイルううう!」

そして力づくで来る。ここからはもうユーイ君もすべきことは分かっているでしょう。

「バチュル!オーダイルにとりつけ!」

「オーダイルころg」

「転がるのはワニのサガと言いましょうが、
ただ労力を肩代わりしただけ。オーダイルは自動巻き機になりましたね。」

「これは!エレキネットの糸がオーダイルに巻き付いて・・・
いや『自分で巻いている』!?」

「勝負ありだねカンジ君。」

「ちくしょおお!」


* * * * 

「さてみなさんこれで補助技の有用性が実証されたと思いますが。
如何でしょうか?」

みーんなアングリしてますねそうなるだろうことは分かってましたよ。
なんせただ殴り合うだけしかしてこなかったのでしょうから。

「まあこれから数週間は授業で教えますからうんと勉学に励んで下さい!」

「先生、ユーイのいままでの戦い方じゃなかった。
何を言ったの?」

「知りたいですか?『大丈夫です。初めにかげぶんしんして、
当たりそうになったら身代わりして、
走って来たら後ろに飛んでエレキネットして下さい。
なみのりは高い木に登って下さい。
そして当てれると思ったらエレキボールして下さい。』
それだけですよ。」


さあて、今度はどんなマジックを披露しようかな♪


〔この時。一瞬であったが女教師がふとサングラスを外す、
その狐目で直に子供達を見つめて。どうやって化かすかを考えながら。〕


  [No.4118] 魔法剣士と森の民 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2019/03/04(Mon) 23:34:47   110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 教会へと向かう道はたくさんの人が行き交っていた。
 もともと街の中心を彩る賑やかなメインストリートであったが、夏の訪れを祝う祭という特別な日でいつもよりも増して活気にあふれ、酒や食べ物を売る屋台が軒を並べている。
「おい、そこのねーちゃん、ねーちゃんよぉ、ちょいとうちに寄ってかないか、安くしとくぜ」
 威勢のいいヒゲ面の中年の売り子が手を叩きながら声を掛けてくる。それを聞いてぱあぁと笑顔になってまた店に飛び込もうとする連れを、藍墨色の外套を着た男がディアンドルの裾をつまんで引き留める。
「おい、なにするんだ」
「ナルツィサ殿……、寄り道しないで頂きたい」
「ナルと呼んでくれと言ったじゃないか。今日の私は貴族の令嬢ではなく、そのへんにごく普通にいるいたいけな村娘として祭に来ているのだからね」
 手を腰について豊かに盛った胸をはって主張するナルに、お前のような町娘がいるか、と外套の男――カゲマサは突っ込もうとしたが、我慢した。
 豊かに膨らんだ胸元を紐の交差で隠した小洒落たディアンドル、腰のエプロンには向かって右に大きなリボンが結んである、頭にはキラキラした髪飾りを差しており、とても美しく可愛らしい。――だが、その可愛らしく着飾りすぎなのが問題だ。
 周りの垢抜けない本物の町娘たちの中でその美貌は浮いており、高貴さがまるで隠しきれてない。村娘だと言い張りたいのならば、顔に白粉など叩かず洗い疲れたような服を着るべきだ。
 まあしかし、ナルがそれで良いと言うならばカゲマサは何も口を挟むつもりはない。
 夏迎えの祭と言うものを観覧するために、お忍びでやってきた西方の領地に住む貴族ナルツィサの護衛という立場でここにいるのだから、何も言わずに護衛の任に徹することにした。
「今日ここに来た目的は忘れてないだろうな、もう時間が無いぞ」
「もちろん、では行こうか」
 ナルがすっと手を出してエスコートを求めると、カゲマサは苦い表情をしてから仕方なくその手を取って歩き出す。
 石造りの家と屋台が立ち並ぶ、曲がりくねった道を歩いていく、目的地はこの先にある教会前の広場。


 先日のマックデブーガーの惨劇の対応に追われて帝国の中枢部は大いに揺れている。戦いには勝ったはずが、領主貴族達はまるで敗戦処理に追われているかのような慌ただしさで、さらに悪いことに北方では怪しい動きが見え隠れして、油断ならない事態にある。
 だが帝国に住む領民にとっては、お上のそんな事情は関係なく。今年も例年通りに開催されたこの夏迎えの祭で大いに盛り上がっている。
 教会の前の広いスペースには石畳のモザイクでバトルフィールドが描かれており、祭の今日だけはそのフィールドの周りに、特設の観客席が用意されていた。今日は祭のイベントの一つとして、いくつかのバトルが催されるのだ。
 ナルとカゲマサは教会の壁に掲げられた対戦カードと、周りに人が群がる今回の対戦者を見ながら勝者を予想し、出店で賭け札を購入してから観客席に陣取った。


 * * *


 これから戦闘を行う両者が並び立つ。
 右にはジュカインを連れた木こり、ジュカインは革の上着を身につけ腰のベルトには2本のフランツィスカを括り付けている、木こりのトレーナーと同様に緊張した面持ちを見せている。
 左にはエルレイドを連れた女騎士、エルレイドは幾度の修復跡が残る使いこまれた鎧を着こみ、その鎧には紋章も刻まれており、胸を張って堂々とした佇まいを見せている。
「いかにも山で木を切る仕事をしているような容貌だな」
「ああした者ほど強いから油断できないぞ」
「ふむ…… あの騎士は、元貴族かな?」
「そうみたいだな」
 観客席に座るナルとカゲマサは、出店で買ってきたジャム入りパン菓子をつまみながら呟く。
 密林ポケモンのジュカインは細い木々の間を巧みに跳び回れる足腰を持ち、伐採仕事の相棒としてはもってこいのポケモンだろう。そのトレーナーは精悍な青年であるが、とりたてて特徴もない普通の木こりといったところだ。
 女騎士は鎧を着こんでいるが、それはエルレイドの鎧とは対照的でろくに打ち直しがされておらず、サイズが合わない鎧をむりやり着ているように見える、おそらくトレーナーの装備にまで首が回らないのだろう。最近の商家の躍進により金を集めて貴族に成りあがる商家がいる一方で、逆に積み重なる借金に喘いで破産してしまい、廃爵されて没落してしまう貴族が後が立たない。彼女もそんな境遇の一人であり、少ないチャンスを求めてこの試合に臨んでいる。


 試合は『1対1 有効打点 2本先取』で行われる。
 お互いのトレーナーが1匹だけポケモンを出して戦い。綺麗に攻撃を決めるまで1本とし、1本ごとに短い休憩を挟んで先に2本取った方が勝利になる。試合を長引かせて娯楽性を高めるための試合形式と言えるだろう。
 両者が試合フィールドの定位置についたところで、旗を持った審判が前に出る。
「構え、準備はいいか?」
 審判の問いに、両者は大きな声で了解の返答をする。
「よし!」
「よし!」
「では……はじめっ!」
 審判の合図と共に、ジュカインはこれからの戦闘の下準備のために腕を振り上げるような攻撃的な舞を始める、剣の舞の構えだ。
 対するエルレイドは大きく腕を振り上げ、少し片足を上げて、
 踏み込んだ瞬間――


  ジュカインに[つじぎり]の逆袈裟斬りが振り下ろされた。


 まともに受け身を取れないままに地面に叩き付けられるジュカインの頭。
 側頭部を強打する。

 少し遅れて慌てたように審判の旗が振り上げられた。


 * * *


 一瞬で決まってしまった展開に観客は騒然となった。
 急遽エルレイドの賭け札を買いに走る者が続出し、観客席の人の出入りが活発になる。
「あれは縮地……いや、違う」
 縮地法。 緩急を加えた特殊な移動方法によって錯覚を起こし、瞬間移動したように見せる技術はあるが、あのエルレイドはそんなフィジカルテクニックではなく、もっと直接的で――まるで空間そのものを飛び越えたのような挙動を見せていた。
 しかし、普通の瞬間移動(テレポート)にしては不可解な動きだった。
「空間加工か」
 カゲマサは一人考えて、そのように結論付ける。
 ラルトスおよびその進化系は『テレポート』のワザを習得することができる。その異能を利用して相手との間の空間を捻じ曲げて繋ぎ、間合いを自在に操作したということなのだろう。
 ワザとしてのテレポートのような大掛かりな空間移動ではなく、非常に小規模に空間操作を行い、このように体術の一つとしてワザと組み合わせることができる。身体ごと移動しなくても、ワザが当たる先端だけを相手のすぐそばに繋いでしまえば、飛ぶ斬撃ということもできるだろう。


 休憩時間を終えて、両者が再び並び立つ。
 二本先取なので、エルレイド側はこれを取れば勝利だが、ジュカイン側にとってはもう後がない。
「はじめっ!」
 審判の合図と共に、ジュカインは走り出す。それも右や左へでたらめな方向に跳び回る。
 あの木こりトレーナーは早くも『動き回っていれば問題ない』ことに気付いたようだった。
 空間内の点と点を繋ぐ都合上、空間内の意識して狙った点にしか攻撃を当てることができず、当てるためには相手の場所を捕捉しなければならない。せっかく空間を繋いでもその場所から移動されては意味がなくなってしまうので、不規則に動き続ける相手に対して先ほどのような戦術は成立しない。

 そのようなことは当然ながらエルレイドを操る女騎士も承知の上なので、すぐにそれに応じた指示を出す。
 エルレイドは黙って頷き、その場で何度も腕を素振りして、無数の[サイコカッター]を生み出す。念波の刃は加工されて歪められた空間に乗って、四方八方からジュカインの身体を切り刻んでいく。
 『斬れる』という結果が作られた空間をフィールドの至る場所に配置して、そこを走り回るジュカインが通過する度に、ズタズタに斬り刻まれている。と説明した方が正しい表現か。
 ジュカインも苦し紛れに[エナジーボール]を発射するが、直線的で分かりやすい弾の軌道は、軽々と曲げられてしまい当たることはない。
 それでも一瞬の隙をついて、ジュカインは近距離から[リーフブレード]を繰り出し、エルレイドも同じワザで迎え打つ。

 両者の[リーフブレード]がぶつかり合って、金属が打ちつけられるような音と共に、緑色の火花が飛び散った。

 エルレイドは後ろにのけぞる動作と同時に空間移動をして、また充分な距離を取り、無数の[サイコカッター]で苦しめにかかる。
 観客からの見解を述べれば、ジュカイン側が不利で追い詰められている状況になっていた。
 一見拮抗しているように見えるが、エルレイドは鎧を装備しており、例えワザが命中したとしても騎士鎧の装鋼を破らなければダメージを与えることはできない。
 そうなると、ただ少しずつ削り合うだけのこの状況では勝ち目がなく。
 飛び道具は届かず、接近戦もできず、決定打もないままのジュカインは一方的に削り取られるだけになるだろう。

 しかし、手足ならばそれぞれ2本づつあるかもしれないが、超能力を扱える頭脳は1つしか存在しない。
 魔術と体術を両立しながら戦うという行為は、右手と左手で違う字を書くがごとき繊細さが必要になり、
 攻撃と防御の両方に気を配りながら超能力で空間の加工をおこない続ける集中力を、いつまでも持続することはできない。
 ジュカインは先ほどのように、その集中力が途切れた隙の、空間移動ができないタイミングでエルレイドの目の前に踊りでる。
 慌てず、エルレイドは[つじぎり]で迎撃に入ったが……

 ジュカインは腰に付けていた、フランツィスカ――小型の戦斧を手に取って握り締めており、力いっぱい振り下ろした。

 その一撃は辻斬りで相殺できた、だがその瞬間にはフランツィスカはジュカインの手から離れており。
 二本目のフランツィスカが逆方向から振り下ろされ、エルレイドの鎧を軽々と貫いて、ふっとばした――。

 今度の審判の旗は、ジュカインの方に振り上げられた。


 * * *


「あれは……」
「フランツィスカか、面白いものを持ってきたね」
 フランツィスカ――かつてその昔、この地で使われていた投擲用の戦斧である。
 離れた場所から人間の手で、ポケモンの頑強な皮膚や鉄の鎧を破ることができる武器で、この斧でフランク人はこの地のポケモンや人間達を征服せしめた逸話がある。
 勇敢なポケモンも人の兵士もそれを見れば皆恐れ慄き、あまりの強さに『武器の名前がそのまま民族名になってしまった』という、時代を揺るがしたいわくつきの武器である。
 普段から斧を扱う木こりだから持たせているのだろう。
「投げるところを見られないのが残念か」
「ちょっと相性が悪いね」
 フランツィスカの真価は投げてくるかもしれないという恐怖にあるのだが、今回は飛んできた物の軌道を自在に曲げられるエルレイド相手に通用しないので、普通の小型の戦斧として使うしかないようだ。
 それでも鎧通しに成功して、勝ちを一つ拾ったので十分な成果と言える。
「どっちが勝つと思う?」
「……分からぬが、あの騎士が空間加工術の使い手であるならば、あのワザをまだ使ってないな」
「木こりの方も何かのタイミングを図っているそうな顔をしているし、どちらも隠し玉がありそうだね」
「ああ」



「はじめっ!」
 審判の合図と共に、決着の一番が始まる。
 両者の行動は予め決められていた。
 エルレイドは意識を集中し、周囲の空間に干渉して、その理を捻じ曲げる。
 素早さが半分くらいにまで低下する、重い鎧の装備でこれまでは走ることが出来なかった。
 その身に纏う重装鎧で落ち込んでいた敏捷性が ――裏返る。
 空間加工の究極奥義。 ――[トリックルーム]

 それと時を同じくして突然、木こりの口から朗々と空に響き渡る祈りの口上が発せられた。

「天にまします我らの父よ 願わくは 御名の尊まれんことを 御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを
 尊父の森の力を我らに与え給え 聖母の恵みを我らに施し給え 我らに勝利を許し給え!」

 指を組んだ手と、その祈りの言葉と共に、木こりのベルトのバックルに埋め込まれた宝玉と、そしてジュカインの革服の下から激しい輝きが漏れ出した。
 観客たちが一斉にざわめきだし、身を乗りだしてこれから起こる目の前の現象を凝視する。
 ジュカインの背中から十ほどの黄色い珠がせり出して、肩からは堅い葉が放射状に鋭く伸びる。
 最後に「アーメン」という言葉と共にジュカインの姿は、尻尾が大きく尖って伸びた異質な姿へと変貌を遂げた。

 これは王侯貴族にしか許されないとされる『メガシンカ』の力ではないかと、ナルやカゲマサを始めとする何人かの者は勘付いた。
 だがジュカインのメガシンカなど確認されておらず、存在しないはずだ。しかしこれがメガシンカではなかったとしてもメガシンカに匹敵する圧倒的な力を持っていることは容易に想像できた。
「天を貫く樹木に与え給えし、雷霆の力よ、目覚めよっ!」
 木こりの続けて唱えられたその言葉と共に、中空から霹靂がジュカインの尾の先に落ち、ジュカインは甲高い声と共に激しい光に包まれる。

 エルレイドはその様子を黙って見ているわけではない、突然光に包まれた対戦相手が何やら奇怪な姿になる光景には大変驚き、警戒していたが。
 すぐに気を取り直して、空間加工術で扉を作り、腕を振りかぶり、トリックルームによって得た瞬足で直ちに勝負を決めるため斬りかかる。
 対するジュカインが放った手は、たった一つだった。

 もう倒れてしまっても構わない、この空間内すべてを巻き込んでブッ放す、最後の全力の――


 [ リ ー フ ス ト ー ム ]


 トリックルームで作られた閉鎖空間の中に、おびただしい量の葉っぱが巻き上げられて
 そこに最後に立っていたのはジュカインの姿だった。


 * * *


 どちらが勝ってもおかしくなかった。
 とカゲマサはあの勝負を顧みた。

 エルレイド側の敗因は、空間加工の技術に溺れてしまったことと、攻めに転じる決断力が足りていなかったことだろう。
 実はジュカインは幾度となく浴び続けてしまったサイコカッターのダメージの蓄積が深刻で、休憩を挟んでも体力を回復することができず、最後の一番は立って攻撃をすることがやっとだった。そのため捨て身の超高威力ワザを撃って倒すしか勝機が無かった。女騎士はそれを読み取ることができず、まだ試合が長引くとたかをくくって中威力の攻撃で戦おうとした結果、押し潰された。
 トリックルームによって得られた敏捷さで、リーフストームが放たれた瞬間に瞬間移動で回避をしていた――だろうと思われるが。どんな攻撃も空間加工により自在に回避できるはずが、トリックルームという閉鎖空間を作ってしまった結果、リーフストームをその密室内の全域に放たれてしまい、それが逃げ場のない監獄と化してしまっていた。
 空間を認識することが大事な技術のため、自らトリックルームという区切られた空間を作ってしまうと、その外側に認識を働かせることができない。
 どちらも指揮官たるトレーナーとしての未熟さが起因しているものだが、それ故に伸びしろがあるということで、磨けば光る素質がそこにあると思えた。

「いいねぇ、あのエルレイド連れた騎士。あの子、買おうか」
「?!」
 ギョッとして、カゲマサはナルの顔を凝視した。
「……なあに? その顔、まさか変な勘違いしてない?」
「あ、ああ、申し訳ない。失礼した」
 怪しい笑いを浮かべながら、ナルは試合場の外れに立つ、あの女騎士へと視線を移す。
 賭けに負けた観客から憂さ晴らしにヤジや物を投げつけられた彼女は、ションボリした顔でうなだれていた。
「あの女騎士の身元はうちで買おう。どうかな?」
「良いのではないかと」
「じゃあ、決まりっ」

 帝国に向けられた戦禍の火種は刻々と大きくなりつつある。
 貴族たちは派兵に備え、こうして優秀なトレーナーたちを雇い入れて戦力を着々と整えていた。

 帝国の騎士達が、北方の国が率いる北欧の未知なるポケモン達と激突して死闘を繰り広げる。
 《ブライテンフェートの戦い》まで、あと数か月と迫っており。

 そしてこの戦争の結末がどうなるかは…… ナルもカゲマサも知るよしが無かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この話は1600年代前半あたりの神聖ローマ帝国をモデルにしております。
この時代ではまだポケモンバトルに鎧の着用や武器の使用が認められてましたが、現代のポケモンバトルでフランツィスカなど使ったらリーグ規定などにより重い罰則が課せられますのでご注意ください。
ナルさんは初夏祭に優秀なトレーナーをスカウトしに来ていて、女騎士もそういう需要で出仕先を求めてあの試合に参加していました。
戦いは3本勝負にして、戦いの山場を3つ用意しました。 倒れるまでの一発勝負だけがバトルじゃないのです。

・武器による攻撃
高威力の通常攻撃という位置づけ、総合的に見るとワザの方が威力があって使いやすいので、ワザを鍛えた方が強いと言われています。
・バトルにおけるトレーナーの指示
戦闘前にあらかじめ打ち合わせした通りにしている + 臨機応変に指示を出しているけど描写してない。
で、トレーナーの指示のセリフをカットしてます。
・最後のリーフストーム
140+メガシンカ+タイプ一致+避雷針 で威力をマシマシです。
分かりにくいですが、メガシンカ直後に目覚めるパワー(雷)を自分に向けて撃って、避雷針を発動させてます。
・メガシンカについて
王家しか認められないものだと思われていましたが、使える人は「これはメガシンカじゃない」と言い張って使ってました。国家への反逆になることを恐れて伝承はせず資料も残さなかったので、現代になるまで全く研究が進みませんでした。
・その後
浮線綾さんは予想がついているかと思われますが、史実に沿って考えるとナルのいるアルビノウァーヌス領は、一連の戦争の結果で帝国が負けたことで、カロスに割譲されるはめに遭います。


  [No.4183] ドキドキするバトル 投稿者:焼き肉   投稿日:2021/11/27(Sat) 17:51:47   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ナルとカゲマサの冒頭のやり取りがとても可愛いですね。
バトルは本当にどっちが勝つんだろう、って感じで読みながらドキドキしました。武装していいポケモンバトルってのも面白いです。

ジュカインのメガシンカに関しては、捕捉がなくても「あーコレはメガシンカじゃないって言い張るための予防線の儀式なんだなあ」ってのはなんとなく文脈で伝わってきました。(でも世界観的になんとなくファンタジックで、ハッタリとは解っていてもこの呪文カッコイイですね)


  [No.4119] 慧眼 投稿者:円山翔   投稿日:2019/03/05(Tue) 00:00:59   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 さあ、始まりました!MLカップ1回戦第1試合、気になる対戦カードは!
 赤コーナー!カントー地方はシオンタウンの祈祷師、タマヨ!
 青コーナー!ホウエン地方はカナズミシティのミニスカート、コズエ!
 どちらも今回が初出場ということです。一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!
 それでは、バトル開始ぃ!
 お互いに繰り出したポケモンは、タマヨ選手がゲンガー、コズエ選手はエネコロロだ!さあ、ゲンガーが早速仕掛けた!これは「かげうち」でしょうか?ゴーストタイプの技はノーマルタイプのエネコロロには効果がありませんが…今回は移動に使ったようです!すかさず「かわらわり」を叩きこむ!ああっと、ここでエネコロロの「ねこだまし」が炸裂!これも効果はありません!が!ゲンガー、大きくのけぞった!これは「ねこだまし」の瞬発力に乗せた「しねんのずつき」でしょうか!最初の駆け引きはエネコロロが制したようです!さて、距離を取ったゲンガー、大量の「シャドーボール」を生み出しました!しかしこれも、それ自体は効果がありません!さて、どう使うのか…おっと、これはどうした?「シャドーボール」が途中で止まってしまった!そしてゲンガーがいません!どこへ行ってしまったのか?エネコロロ、シャドーボールの隙間を縫って走ります!前脚を振り下ろしたのは、なんとシャドーボールの影だ!あっと、ゲンガーです!影から飛び出して別の影に移動しました!「シャドーボール」は自身が隠れる影を増やすためのダミーのようです!エネコロロ、次の影に飛びかかる!が、ゲンガー、今度は逃げない!真正面からぶつかりに行きました!エネコロロ、これは反応できない!飛ばされた先には「シャドーボール」がありますが、これはすりぬけ…ません!なんとダメージを受けているようだ!何事か!?これは「サイコキネシス」の線が濃厚でしょうか!おっと、ここで「シャドーボール」が一斉にエネコロロに殺到する!しかしエネコロロ避ける!避ける!また避ける!いや、むしろシャドーボールがエネコロロを避けているようにも見えます!面白いくらいに当たりません!あれは、「ねこのて」だ!1対1では手を借りる仲間がいません!ということは、今回借りているのはゲンガーの「サイコキネシス」でしょうか!なんという協力プレイ!しかしゲンガーにとっては全く嬉しくない!っとここで最後の一発が逸れ…ない!直撃!先ほどまで使っていた「ねこのて」が止まってしまった!エネコロロ、肝心の場面で「かなしばり」に遭ってしまった!これは痛い!
…………
………
……


 試合終了後、この放送に関するツイートでチルッターが炎上した。その約半数は、実況者の観察眼を称える声だった。そして残りは、選手の手の内を次々に白日の下に晒していくことの是非に関するツイートで溢れかえっていた。


  [No.4120] Bloody Friend 投稿者:雪椿   投稿日:2019/03/08(Fri) 15:24:20   66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 俺は物心ついた時から、戦いの中で生きてきた。周りに森しかないこの世界では、戦うことでしか未来を掴むことができない。ぼうっとしていたら、牙が、角が、爪が俺を切り裂こうとしてくる。木の実などの食料をのんびりと探す暇があるのなら、こちらを喰らいに来た敵を逆に喰らった方が遥かに早かった。

 親? 知らない。顔も見たことがない。だが、蔓と葉の袋でできたお守り? の中にあった綺麗な石からして、誰かに飼われていた可能性は否めない。この近くにそんな石は一つも落ちていないからだ。ただ綺麗なだけの石に情を抱く理由などこちらにはないのだから捨ててもよかったのだが、今も蔓の長さを変えてまで身に着けているのは、少しでも親の「愛情」を感じたいからなのか、何なのか。

 仲間? 話が通じそうなやつと手を組んでその場限りの関係ならあるが、長い間関係を持つなんてことはない。友達なんて、もってのほかだ。もし、万が一友情が芽生えたらどうだ。俺はそいつに対して警戒心をなくし、裏切られた時にはその裏切りに気が付くことなく地面の下に行ってしまうだろう。わざわざ死にに行くほど、俺もバカではない。
 だから、俺は友達なんていらないんだ。


 なのに。


「……何でいるんだか」
「何か言った? 大トカゲ君」
 そいつは俺がポツリと零した言葉をしっかりとキャッチし、手頃な木の下に使った仮の寝床から上体を起こしてこちらを見てくる。そいつは緑の頭に緑と白の体をしていて、胸には刃のようなものが生えていた。最初にそれを見た時俺は大層驚き、敵の可能性もあったのに大丈夫なのかと思わず声をかけてしまった。今になって考えると、それがダメだったのかもしれない。
 俺に声をかけられたそいつはへらへらと笑いながら、自分はこういう種族なのだから平気だと言ってのけた。そいつはエルレイドと名乗り、なぜか俺と友達になってくれないかと言ってきた。こんな世界で友達になってくれないか、なんて言うやつは見たことも聞いたこともないと言い返すと、ここにいるじゃないかと言われる始末。力づくで追い払おうとしても、一時的な進化をして俺を負かしてまでついてこようとするからいつもの敵よりたちが悪い。何も言わずとも共に敵を倒してくれるからいいものの、本当に何が目的なのやら。
 身の安全のために何度も寝床を変えても、エルレイドはひょっこりと現れては今のように寝床で横になっている。お前は俺の親なのかと言いたくなってくるほどのしつこさだ。一回冗談でそう尋ねたこともあったが、「僕と君の種族じゃタマゴグループが違うから無理だよ」とまるで小さな子どもに聞かせるような口調で答えを返された。タマゴグループという、俺の知らない言葉を知っていることから、俺や敵とはどこか違うことを知った。だからといって、友達になる気はさらさらないが。
「大トカゲ君」
 いつの間にか立ち上がり、俺のすぐ傍まで来ていたエルレイドが、鋭い目で俺を射抜いてきた。使い物にならないから、という理由からこれまで一度も開くことのなかった右目まで開いている。その瞳の奥に今まで感じたことのない、明確な強い「意思」があることに気が付いた俺は、不思議に思いつつも口を開く。
「何だ。いつもの友達の押し付けならいらんぞ」
「違う」
 静かに首を横に振ったエルレイドは、ゆっくりと口を開く。まるで、何か覚悟を決めたかのように。
「僕と一緒に、ここを抜け出そう。大トカゲ君。今ならきっと、間に合う」
「はぁ?」
 意味がわからなすぎて、思わず間抜けな声が出る。ここを抜け出す、ってどういうことだ。ここは広大な森の中。どこかに閉じこめられているのならともかく、森の中では抜け出す必要などない。次から次へと疑問符が浮かんでくる俺に対し、エルレイドはなぜか悲し気な表情をした。まるで、何も知らない子ネズミを見るかのように。
 その態度に苛立ちを覚えた俺は、妄言なら他所で言えと吐き捨て寝床で横になる。気配からして、敵は近くにいない。いつ疲れ(精神的なものを含む)を取れる時間があるかわからない。今のうちに休んでおかなければ。
 そう思い、ゆっくりと瞼を閉じていった。その時。

「――!!」

 背後から寒気がするほどの殺意を感じ、起き上がると共に二度蹴りで地面をえぐりつつその場から離れる。全身を這いまわる寒気を意識下に追いやり、殺気を感じた方向に視線を向けると、そこには身に纏うオーラをガラリと変えたエルレイドがいた。タイミングや位置からしてある程度は予想していたものの、それが事実だと知るとややショックを受ける。いや、何でショックを受けているんだ。友達でも何でもないのに。
「お前、一体どういうつもりだ? 殺意を向けるのであれば、こちらも相応の態度を取らせてもらうぞ」
 言葉を発すると同時に攻撃の構えを取る。エルレイドも刃のような腕を構え、鋭い視線を送りつけてくる。答える気はない、ということか。それならば話は早い。無理やりにでも話して貰おうか!

「うおおお!!」

 戦いはスピードが命だ。俺は先手必勝! とばかりに電光石火を発動しながらエルレイドの頭をかみ砕こうとする。だが、俺が捕らえたのは虚空だった。エルレイドの姿はどこにもない。走ったり、避けたという感じではなかった。まるで、始めからそこにいなかったみたいで――、

「まさか!?」

 テレポートを使ったのか、と言う暇もなく上空からの気配を感じ、片腕に発現させたリーフブレードを構える。その刹那、同じ色の刃がぶつかりガキィンと刃同士がぶつかる音が森に響く。
「ふん、気配でバレバレなんだよ」
 作戦が失敗したことにより計算が狂ったのか、慌てて距離を取ろうとするやつの背後に回って辻斬りをしかける。が、何かがおかしい。手応えは確かにあった。やつは音もなく地面に倒れた。勝利が確定したはずなのに、本能は危険信号を発している。
 とりあえず本能に従ってやつから距離を取り、俺の体よりも太い幹を持った木の後ろに隠れる。チラと様子を見ようと覗き込んだ時、そこの地面が爆発した。慌てて顔を引っ込めると、視界の端を土や木片が飛んでいく。何が起こったのかはわからないが、あのまま本能を無視していたら無事ではなかっただろう。
 深い息と共に胸を撫で下ろしていると、風切り音が聞こえたと共に腹部に違和感を覚えた。空腹時などに覚えるようなものではない。まるで腹に氷でも仕込まれたかのように冷たく――、いや。冷たいなんてものじゃない。これは。

「あああぁぁぁぁ!!!」

 体が燃えるかのような痛みが腹から広がり、口から悲鳴が零れる。原因を取り除こうと下を向くと、俺には似合わない桃色の刃が顔を覗かせていた。一刻も早く痛みと別れを告げるため、激痛に耐えながら刃を引っこ抜く。確かにそれは刺さっていたというのに、傷口は一向に開くことなく刃は空気に溶けていった。回復のため光合成を行いながら、考える。
 あいつ、エルレイドが使えそうな技から考えると、サイコカッターを使われたのか? しかし、以前俺が見たことのあるサイコカッターは桃色の三日月のような刃だった。とすると、サイコカッターの応用版、みたいなものか。記憶が正しければ切られた敵はもれなく赤い噴水装置となっていったはずなのだが……。
 もしや、刃だと思っていたけど刃じゃない? 手加減を、された?
「っ! バカにしやがって!!」
 あれだけの殺気を浴びせながらも手加減をする、という矛盾した行為に怒りが沸々と湧き上がる。やるなら思い切りきやがれ、ってんだ! 本当にあいつは何なんだ!?
 風が止んだことを確かめてからありったけの怒りを込め、幹越しにエルレイドがいたはずの場所を睨む。恐らく、エルレイドはまだやられていない。あの爆発がそれを表している。それに、さっきは「地面が爆発した」と言ったが、よく思い出してみると「地面が弾け飛んだ」という表現の方が合っている気がする。地面が何もなしに爆発するはずがないからな。
 つまり、エルレイドは地面に向けて何かしらの技を放ったんだ。あれだけの威力を出せる技というと、インファイトあたりか。あの技は威力は強いが使った後相手の攻撃に弱くなる、とあいつは言っていた気がする。使った後はしばらくぼうっとしていたから、もしかしたら反動もあるのかもしれない。そんな技を使った後なら、すぐに攻撃をすれば反撃の糸口になるかもしれない。いや、糸口になる「かも」じゃない。糸口に「する」んだ!
「喰らいやがれ!」
 木の前に躍り出ると、こちらに近づかれる前にとタネマシンガンを放つ。ガガガガ、と抉れた地面にタネが吸い込まれていき、土埃を巻き起こす。悲鳴も何も聞こえない。これでは勝ったのかどうかがわからない。
「……チッ」
 仕方がない。見に行くか。周囲に小さな鎌鼬を発生させ、風の力で土埃を取り除きながら進む。鎌鼬が成長しきらないうちに空に打ち上げ、自身が傷つかないようにしていく。距離が距離だったため、すぐに目的のところへと着いた。さてさて、エルレイドはどのような顔倒れているのやら――。
 期待や不安を覚えながら、完全に大きな穴となった場所を覗き込む。土埃が完全に取り払われていないからか、穴が深すぎるのかエルレイドの姿は見えてこない。もしかしてタネマシンガンの衝撃で土が崩れ、結果的に埋めてしまったのか? その考えに頭を拳で殴られたかのような痛みを覚え、体がどんどん冷たくなっていく。
 何だ、何でだ。何で友達でも何でもないあいつのことで、こんな状態になるんだ。……いや、もしかして。俺は、あいつのことを。

「……既に、友達だと思っていた?」

 すぐに消えそうなほど小さな言葉が空気に溶けた瞬間、首元に耐えがたい衝撃と痛みが走り、体が穴へと吸い込まれる。受け身を取る余裕などない。二つの衝撃で意識が飛びそうになるのを堪え、首元に手を当てるとぬるりとした感触が伝わる。どうやら派手に切られたらしい。幸い穴に差し込む光で光合成を続けられるが、これは痛い。先ほどのサイコカッターが可愛く思えるほどの痛みだ。この痛みの強さを考えると、使われたのは燕返しあたりだろう。威力はそこそこだが愛称を考えると侮れない。
 せっかく重要なことに気が付いたというのに、この状態ではどう反応していいのかわからない。この状態と言えば、俺は最初のリーフブレードからエルレイドの姿を全く見ていない。サイコカッターならともかく、燕返しは近距離じゃないと使えないはず。なのに全く見えないとはどういうことなんだ。テレポートを使うにしても、全て死角に入った状態でやるのは厳しいように思える。俺もずっと同じ方向を見ているとは限らないからな。
 本当に、わけがわからない。唯一わかることと言えば、エルレイドはここに落ちてはいなかったということだけ。地面の感覚がそれを伝えている。混乱の中に少しだけ安堵が加わり、俺の頭はもうごちゃごちゃだ。誰でもいいから説明してくれ。そんな思いを抱きながら空を仰ぐ。
 今の状態で敵に襲われたら俺は袋のネズミだろうが、気配のけの字もないからそこだけは安心していいだろう。敵だけならともかくエルレイドの気配もしないのは安心に入れていいのかどうか、悩むが。
 とりあえず今は十分に傷を癒し、体力も回復させることを優先としよう。ぽかぽかと暖かな陽気に思わず状況を忘れ、思瞼をゆっくりと閉じた時。

「全く、どこまで行っても大トカゲ君は大トカゲ君なんだね」

 どこからかエルレイドの声が聞こえ、何かがひび割れる音がした。


*****


「は!?」
 突然飛び込んできた出来事に眠気を忘れ、起き上がりつつ目を開ける。すると、目の前にはさっきまで全く姿を見せなかったエルレイドがおり、あの時見た進化を遂げていた。それだけならともかく、その両腕は紅に濡れている。その様子に違和感を覚え周りを見てみると、俺は寝床にいてどこにも傷はない。更に見回してみても地面が抉れている場所などどこにもなく、まるで時間が巻き戻ったかのようだ。
「……本当に、気が付かなかったんだね」
 そんな俺の様子を見て、エルレイドは苦々しい笑みを零した。


 元の姿に戻り、川で腕を綺麗にして帰ってきたエルレイドの話によると、俺が戦っていたと思っていたエルレイドや森は一種の幻だったらしい。俺はやつの目に射抜かれた時、同時に催眠術をかけられいつの間にか眠りの世界に落ちていた。夢の主導権はエルレイドにあるのだから、自分の姿を見せるか否か、技のタイミングなどはやつの思い通り。俺は夢の世界で透明な敵と戦っていた、というわけだ(最初は見えていたが)。言われてみればどこかしらのタイミングで気が付きそうだが、なぜ気が付かなかった、俺。今更だが、よく今まで生き延びてこれたな。
 俺が夢の世界に行っている間、エルレイドは近づいてきた敵を切りまくっていたそうだ。メガシンカ? はさっさと片づけるためにしたのだとか。ちなみに、切った敵は全て埋めたらしい。俺だったら有難く頂戴するが、思えばこいつは敵を喰わない主義だったな。
 そして、一番重要な話。どうして俺にこんなことをしたのか、だが……。

「ここが『シセツ』の中!?」

 シセツというものがどういうものなのか、いまいちよくわからない。だが、エルレイドの説明によりこの世界は本当の世界ではないことだけはわかった。
「そう。ここはある組織が持っている施設の一つで、蠱毒のような感じで強いポケモンを育てている。素質がある種族には、大トカゲ君みたいに予めメガストーンを持たされるんだ。メガストーンともう一つの石を使うと、さっきの僕みたいにメガシンカができる。最も、ここのものは色々と改造されていて、トレーナーとの絆や位置関係は完全に無視しているけど」
「ちょっと待て。お前は石を持っているように見えないんだが、どうしてそれができるんだ?」
 次から次へと入ってくる情報に頭をパンクしかけながら、そう質問する。こいつの姿はよく見ているが、俺のような状態にして首からぶら下げている感じではないし、何かの形で身に着けているようにも見えない。思い当たることと言えば、いつも閉じていた片目だけ。……もしや。
「片目を加工しているのか?」
「いや、違うよ。確かにそれもなかなか浪漫があるけど、僕の場合は違う。僕のメガストーンは、この心臓に埋め込まれているんだ。どうやったのかは知らないけど、捨てようと思っても捨てられないから仕方なく使っている」
「……そうか」
 何か、悪いことを聞いてしまった気がするな。それにしても、俺もこいつみたいにメガシンカというものが出来るのか。俺は一度も体験したことがないな。発動権利はトレーナー? という存在が握っているからか? だとすると、エルレイドはよく好きなタイミングで進化ができるな。
 不思議に思い聞いてみると、エルレイドはテレパシーという能力で進化したいタイミングをトレーナーに伝えていたらしい。幸運にもエルレイドの担当であるトレーナーは組織の中でも優しい方で、今までの情報を流してくれたのもそいつなんだとか。そう考えると、俺の担当はそれほど優しくないらしい。俺が意思を伝える手段を持っていないから、というのもあるかもしれない。
「で?」
「で? って、何が……、ああ。まだ肝心なことを言っていなかったか。それで、今日トレーナーに伝えられたんだ。そろそろいい時期だから、残ったやつを回収して次の段階に行くって」
「次の段階? もしかして、今のよりヤバいのか?」
「うん。ここで行われている内容から考えても、ここよりずっとよくないことだけは確かだ。だから、僕は施設を出ることに決めた。大トカゲ君も誘おうとしたんだけど、万が一ということもある。それで色々と試すつもりで……」
「ああした、というわけか」
 俺の言葉にエルレイドが頷く。正直試すのであればこんな回りくどいことをしなくてもよかった気がするが、あれには俺の見抜く力がどこまであるかを知るという目的も含まれていたから問題ないらしい。で、どこまでやっても俺は全く見抜くことができなかったため、呆れながら催眠術を解いたというわけだ。
 この世界にも何の疑問も抱いていなかったから、俺の見抜く力は皆無に違いない。……これまで敵が来たら、気配がしたらすぐぶん殴る、の形でやってきたから、身につけようがなかったのかもしれないが。
「それで、俺は合格と不合格どっちなんだ?」
「もちろん合格だよ。見抜く力に関しては問題しかないけど、それは僕がフォローすればどうにかなるだろうし。友達を置いていくことなんて僕にはできないし」
「……そうだな。じゃあ、早速行こうぜ」
 すぐに返答した俺を、エルレイドはポカンとした顔で見つめる。ん? 変なことは言っていないはずだが――、ああ。俺がいつものように「いや、友達じゃないだろ」とは言わずに受け入れたからか。話の内容からして俺の夢の内容も知っているはずだが、あの言葉はかなり小さかったから把握できなかったのだろう。
「変な顔すんなよ。俺達、友達……だろ?」
 二カッと笑うとエルレイドもつられたように笑い、「じゃあ、行くよ」と真剣な顔つきになる。コクリと頷いた瞬間、周囲の景色が一変した。こういう時、こいつのテレポートはとても役に立つ。
 ……で、ここは一体どこだろう。森ではないことは確かだ。突然現れた俺達に慌てふためく生き物が多数いるが、一体何を言っているんだ? エルレイドはテレパシーを使っていたことから考えてある程度わかるとは思うが、俺は全くわからない。そういう経験が全くもってないからな。


〈なぜSceptile××とGallade××がここに!? 対策はとっていたはずだ!〉

〈くっ、上に報告をしなければ! 誰か、対抗できるポケモンを!〉

〈Sceptile××とGallade××の担当だったやつはどこだ!?〉

〈Sceptile××の方は昨日から顔を見せていません! Gallade××の方は今確認をしてみましたが、どこにもいません! まさか、逃げたのでは――〉


「なあ、あいつらは何て言っているんだ?」
「……僕達を消そうと言っているね。邪魔だから、こっちが消してあげようか」
「だな。俺はまだ生きていたい」
 互いに頷きあうと、それぞれ「敵」に向かって躍りかかる。さあ、戦いは始まったばかりだ!












 俺は少し前まで、仲間など、友達などいらないと思っていた。それがきっかけで死ぬことがあるかもしれないと考えていたからだ。だが、実際はどうだ? 俺の仲間は、友達はこんなにも最高の存在だ! もしかしたら、俺も心のどこかではそのことに気が付いていて、仲間や友達を求めていたのかもしれない。
 チャプチャプと水たまりの中を歩きながら、俺達は出口を探す。どうやらエルレイドのテレポートも万能ではないらしく、好き勝手には使えないらしい。あと、インファイトには反動などないそうだ。インファイトは今の状況には関係ないが、俺が何か勘違いしていることに気が付いてどうしても訂正したかったらしい。確かに勘違いしたままだったら今後の対応にも影響が出てくるな。しっかりと記憶しなければ。
 これまで教わった知識をしっかりと記憶に刻みながら、チラと隣を歩くエルレイドを見る。今のこいつは元が緑や白だったとは思えないほど紅に染まっている。それを言ったら俺も似たようなものなんだが、これがなかなか面白い。ある意味お揃いだからなのかもしれない。
「外に出たらどこに行こうか」
「出た後で考えればいいだろ」
「そうかな」
「そうだろ」
 どうでもいい会話を続けながら、俺達は歩き続ける。途中で意見がぶつかって危ない時もあるだろうが、結局何とかなってしまうのだろう。そんな予感がする。
 ふと視線を下げると、水たまりに映る自分と目があった。動くことで波紋が広がるからか、その表情はどこか歪んでいる。エルレイドのはどうだろうか。視線を横にずらすと、紅の中のあいつと目が合った。だが、これは波紋が見せる錯覚だろう。そう考えて、再び視線を前に戻す。
「…………ふふっ」
 視線を戻す直前、水たまりのエルレイドがとても楽しそうに笑うのが見えた気がした。


「Bloody Friend」 終わり