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  [No.4115] 縦横無刃 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2019/03/04(Mon) 20:56:43   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「いやー美味しいですねえ!おかわりもう一杯!」

 とあるポケモンセンター横の定食屋。一人の少女が平らげたどんぶりを左手に掲げた。

「よう食うな嬢ちゃん……ここいらじゃ見ないなりだが、旅のトレーナーかい?」

 店主は少しひきつった笑みを浮かべながら、追加のどんぶりを渡す。
 いつもお客さんに対する笑顔を絶やさない店主がそんな表情になっているのは、まず少女の前には既に3杯の器が積まれていてまだ食べる気だということ。
 そして──少女の腰の左側に、玩具やレプリカにしては精巧に過ぎる拵(こしらえ)の鞘とそこに収まる刀がついていたからだ。
 別段刀や武器に詳しくなくてもわかる、いわゆるよく使いこまれた年季を感じさせつつも手入れはしっかりされているそれだ。
 少女はいったん食べる手を止めて、ちょっと悩んでから答える。

「旅はしてるけど、トレーナーって言われるとどうですかねー。最高の仲間が一匹いるだけで、ポケモンを捕まえたりジムやリーグに挑戦するわけじゃないですし」

 まあ道行くトレーナーとバトルして路銀を稼いではいますけどね! と屈託なく笑うその顔は、まだ幼さが残っている。薄青色の浴衣のような旅装は、まるで子供が祭りで法被を着ているようだった。だからこそ、腰の刀が不自然で危ないものに見えた。
 その視線は少女にも察してとれたのか、軽く苦笑して言う。

「これは旅に出るときに刀鍛冶のおじいちゃんに貰ったんですよ。女の一人旅は危ないからもってけーなんて……今時ポケモンと旅して野生のポケモンとも戦うのに男も女もないし! まあ、軟派が寄ってこないのでお守りのようなものですかね!重たいのが玉に瑕ですが!」

 少女は右手で柄に手をかけ、鯉口を切って刃の一部を見せる。その煌めきは本物で、少なくとも達人が振れば目の前に積まれたどんぶりをまとめて真っ二つにすることくらいは容易いだろう……感覚的に、店主はそう思った。
 店主は目の前の少女にはできるのか? 聞こうとしたが、直前で止めた。
 それは、変装した狼に対してどうしてあなたの口はそんなに大きいの? と尋ねるのと同じことのように思えたからだ。

「なるほどな。うん。で、そんだけ食うってことはもうどっか出かけるのかい?」

 無難に話を逸らす店主。旅するトレーナーが出立前にひたすら好きなものを食べるのは珍しくない。とはいえこの少女は食べすぎだが。

「この先にある森って結構長いらしいじゃないですか? 一回森に入るとやっぱ美味しいものって食べられないですし」

 美味しくなかったら別の店はしごするつもりでしたが、大満足のお味です!!と店主を褒める少女。
 が、褒められたにも関わらず店主の顔は浮かなかった。

「あー……いや、嬉しいんだがよ。そりゃやめといた方がいい。あの森は今、性質の悪い賞金稼ぎがいるらしいんだ」
「その話詳しく」

 一気に真顔になった少女に店主は面食らう。

「さっき嬢ちゃんも言ったがトレーナー同士のバトルの後は賞金のやり取りすんのが慣例なんだろ? だが、そいつは戦った相手の金を根こそぎ持って行っちまうっていうんだ。何匹もごっつい進化したポケモン持ってるやつも、被害にあったらしい」
「ポケモンやトレーナーに被害は?」
「戦闘不能にはされてたが、別に死ぬほどじゃねえな。トレーナーの方も体に枝が刺さったり怪我はしてたが……まああの森は針葉樹やらが多くて慣れねえ奴が歩いてりゃ枝やら葉が刺さるのは当然だ。ともかくとして、命に別状はねえと聞くぜ」
「警察が動いたりは……まあ、あまりしてないでしょうねえ。トレーナー同士のバトルで渡す金額に明確な規定はない。バトルしてあくまでお金だけ持っていくなら……悪行ではあるけど、法に触れるとは言い難いし」
「お、おう……そんなところよ。一応見回りなんかは行われてるそうなんだが……関係者曰く、大規模な捜索とか取り押さえができるような事案じゃねえ、だそうだ」
「わかりました! それにしても、ずいぶん詳しくご存知ですねえ?」

 少女の問に、店主は一瞬言葉に詰まった。何か、見えない言葉の刃を喉元に突き付けられたような感覚がしたからだ。

「……嬢ちゃん、こういう商売してるとな。別に自分から聞いたりしなくてもお客さんが色々喋ってくれるし酒飲んでるとほんとは言っちゃあいけねえような仕事の事情とかも聞こえちまうもんなのさ」
「確かにこのお店の料理めちゃくちゃ美味しくて繁盛してそうですし! 勉強になりました!ご馳走様!」
「ああ、ありがとよ。またいつか元気に顔出してくれや」
「はい、是非とも!」

 いつの間にか追加を平らげていた少女はお金をぴったり出し、元気よく店を出る。

「お待たせ。それじゃあ出発しよっか、ニテン!」

 店の外には白い人型のポケモン、エルレイドがずっと待っていたらしい。少女とポケモンが仲良く歩いていくのを見ながら。店主の目に映るのは少女の腰の刀とエルレイドの両手に備わる刃だった。






 

「いったた……」

 森に入ってしばらく。指先に刺さった木の棘を抜いてわずかに流れた血を舐めとる。

「さすが、あのおじさんが言ってた通り……なんですけど、ちょっと面倒だし手袋でも用意しとけばよかったですかね」

 歩いているだけで、とにかくありとあらゆる植物が刺さる。木に寄り掛かればごつごつの木肌が痛いし枝を手でよけようとすれば棘が刺さるし、草むらに入れば茂みがまるでペーパーナイフのように肌を裂く。
 そこに違和感はあったが、まあ見知らぬ土地だからそういうこともあり得るだろう、と思うほかなかった。

「ニテンは大丈夫? 傷薬はいらない?」

 エルレイドはずっと少女の後ろをついて歩いている。その姿はまるで貴族の傍らに控える従者のようで、問いかけにも一つ頷くだけで返した。
 基本ポケモンは人間より丈夫で、自分の後ろを歩いてきているので少女も問題ないだろうとは思っていたが……そこは相棒への気配りである。

「そっか。じゃあ……一勝負お願いしても大丈夫ですかね」

 エルレイドがすっと少女の前に出て、少女が左手でそっと切れないようにエルレイドの右手を握る。。それは二人の間で勝負をするときのサイン。
 少女の視線の先には、やたら分厚いコートを着込んだ長身の青年向こうはまだこちらに気が付いていない。

「お兄さん! あなた、ポケモントレーナーですよね! 私とバトルしましょう!!」

 突然かけられた声に、青年の肩がびくりと跳ねた。少女はエルレイドを前にぐいぐいと足を進めて青年の前に対峙する。

「……わかった。ルールはシングルバトルでいいか?」
「なんでもいいですよ! どのみち私のポケモンはこのエルレイド一匹だけですし。ダブルバトルがしたいというなら、どうぞ二体出してくれても構いませんし! まとめて切り伏せちゃいますから!」
「すごい自信だな……とはいえ、こっちもポケモンは一匹だけだ。出てこいジュカイン」

 青年はモンスターボールを上に投げると、ボールが開き密林の王者、ジュカインが出てくる。腕には鋭い葉っぱの刃が備わっているのが見て取れた。

「では一対一の真剣勝負ですね! 私の名前はルチカ!いざ尋常に……ニテン、『サイコカッター』!」
「真剣勝負、か……俺はツバギク。ジュカイン、『リーフブレード』」

 お互いのポケモンが、腕の刃を交差させる。エルレイドの腕の表面には見えない念力の刃が覆われ、ジュカインの腕には鋭さを増した葉が鎖のように連なってお互いの切れ味を受け止めた。
 だが、膂力はこちらの方が勝る──たたらを踏んだジュカインにさらに刃を押し込むエルレイドを見てそう判断した少女、ルチカは次の手を命じる。

「ニテン、『燕返し』!」

 エルレイドの念力は直接刃になるだけではなく、草木を削って『リーフブレード』を使うこともできれば岩を削って『ストーンエッジ』として放つこともできる。『燕返し』によって生み出されるのは、そこらの空気の流れを操ることによって発生する大気の刃。
 エルレイド自身の刃の動きとは無関係に飛んでくるそれは回避不可能であり、草タイプであるジュカインを大きくのけ反らせた。

「接近戦じゃ分が悪いな……ジュカイン、距離を取れ。『タネ爆弾』だ」
「『サイコカッター』で弾き飛ばして!」

 トカゲのようなするすると通り抜けるような動きで木の上に逃げたジュカインが、口から種子の弾丸を放つ。
 遠距離攻撃といえど、単純な攻撃であれば防ぐ方法などいくらでもある。再び念力の刃をまとったエルレイドがいともたやすく、種が弾ける前に切り飛ばす。

 ただ、その斬り飛ばした種の一部が。ルチカの肩を掠めようとしたので彼女は軽く身を避けた。直撃したところで大けがを負うほどではない、あくまで余波だ。
 むしろ、その避けた先に。ついさっきまでルチカが認識していなかった木の枝が彼女の二の腕を刺した。

「っ……!」
「大丈夫か? この森の草木は鋭いからな……」

 完全に想定外の痛みに腕を抑えてうずくまるルチカ。相手のツバギクは遠くから心配するような声をかける。

「ええ勿論。この程度で音を上げていては旅なんてできませんし! ……毒でもあったら危ないところですけどねえ?」
「……まさか」
「ないですよね! お兄さんこの森には詳しそうですし一応聞いてみてよかった!」

 そう笑顔で答え、腕から血が流れるのにも構わずルチカはすぐさま戦況を分析する。
 ジュカインは密林の王者。すなわち森の中ではもとより早い動きがまさに縦横無尽となるだろう。
 エルレイドのサイコカッターで一帯の木を切り倒してしまうという手もないではないが、一ポケモンバトルのためにむやみやたらと自然を破壊することはよいことではない。
 
「……ニテン、『ストーンエッジ』!」

 さして有効な手が思いつかないので場当たり的に近くの岩を削って刃として放つ。当然のように木々を伝って逃げられるが、向こうの遠距離攻撃も今のところさして脅威とはいえない。

「『タネマシンガン』だ」

 今度は放射状に種子をばらまく。しかし、はっきり言ってエルレイドにダメージを与えるどころかルチカでさえ軽く身をひねって躱すことが出来る程度のものだった。むしろ、反射的に躱した時に刺さる野草や樹木の枝の方が痛い。エルレイドも、かなり煩わしそうに腕を振るっている。

「ずいぶん、巨体のわりにちょこまかと……『燕返し』!」
「……躱して『タネ爆弾』」

 近くで打てば見えない刃で必中の真空刃も、離れすぎていてはただの直線的な攻撃に過ぎない。ターザンのように蔦を握って大きく移動しながら、さらなる種子の弾丸を投擲してくる。
 その度に、逃げるジュカインの方を向くたびに体を動かすたびに、ポケモンの技とは無関係にルチカの体を傷がついていく。傷跡から流れる血が連なり、法被のような服が赤く染まっていく。
 そんなお互いに決定打を与えられないやり取りを何度か繰り返した後、ルチカは納得したように血の止まらない手を叩いた。

「ああ、なるほど。これがあなたの戦術でしたか」
「……なんて?」
「とぼけるのはよしてください。普通のポケモンバトルを装い、ジュカインの特性を利用して逃げ回りながら相手にこの森の鋭い樹林で……いえ、それさえも時間をかけてジュカインが作り出したのでしょうし? ポケモンそのものよりトレーナーに傷を負わせ、満身創痍になったところで畳みかけるか降参を促してお金をふんだくっているのでしょう? 追剥さん」

 ジュカインは密林の中を自由に動けるほか、背中に樹木を元気にする種をいくつも持っている。それを時間をかけて森全体に与えてやれば、森全ての木々、草むらががジュカインにとって無数の刃。他のトレーナーは歩いているだけで、ジュカインの姿を追いかけるだけで傷つき、体力も気力も尽き果て持ち金を奪われる。

「……」

 青年は、しばし沈黙した。だが、観念したように息を吐く。

「……その言い方だと、噂になってるのか。この森もそろそろ引き上げ時だな」
「おや、意外とあっさりですねえ。もっと豹変するなり激昂するなりすると思いましたが。知られたからには生かして帰さないーとか」
「殺しは犯罪だろ……というか、そんな簡単に人を殺す気になんかならないって……」

 面倒くさそうにため息をつく青年。彼の言葉は見せかけではなく、本当に殺意がなさそうにルチカには見えた。

「追剥もどきはいいのですかね?」
「法には触れてない。ポケモンバトルで地形を利用するのは珍しくないし、それでトレーナーを殺しているわけでもない。あくまでバトルに勝った『賞金』を頂いているだけ。この森の鋭さをジュカインが作ってることを見抜かれたのは驚いたけど……それだけだ。そのエルレイド一体じゃ、俺のジュカインは捉えられない。あんたも、お金だけ置いていなくなってくれよ。こんな追剥相手に傷跡が残るまで戦うとか……嫌だろ、普通」
「ええ嫌ですね! ですが、負けるのはもっと嫌ですし! 文字通りタネが割れたところで──反撃と行きましょう!!」

 ルチカが右手で腰の剣を抜き、その刀身が輝く。その煌めきはエルレイドと共鳴し、攻撃力と素早さを大きく上昇させたメガエルレイドとなる。

「だから、ポケモンがいくら強くても無意味だって……どんなに素早いポケモンでも、この森の中じゃジュカインを捉えられない」
「それはどうですかね? 確かにあなたのジュカインの動きは早い。でも、今はこの森そのものがジュカインの力によって鋭くされたもの。ならば……ニテン、『ドレインパンチ』!!」

 裂帛の気合を込めて、大地に己が刃を突き立てるエルレイド。本来『ドレインパンチ』はポケモンに当てて相手のエネルギーを吸い取りつつ打撃を与える技だが。
 今この状況、森のすべてがジュカインの力で満ちた環境で大地に腕を突き刺せば、森に浸透したポケモンの力そのものを吸い上げる剣として機能する!

「……黙ってみてるわけにもいかないか。頼むからじっとしてろよ……『ハードプラント』」

 ジュカインが大樹の上から直接蔦を操り、巨大化させてルチカと大地に剣を突き刺すエルレイドを閉じ込めようとする。エルレイドは、大地からジュカインのエネルギーを吸い上げるので精いっぱいだ。

「エルレイドの刃もあんたの大層な腰の刀も使えないしこれで出られないだろ。とりあえず閉じ込めるけど数時間くらいで出られるようになると思うから……じゃあな。もう二度と……」
「いいえ、逃がしませんよ! まだ、私たちの刃は残ってますし!」

 ザクッ!!と音を立てて巨大な蔦の一部が断ち切られる。自分たちを封じ込めた蔦から這い出た血濡れた少女は、驚愕に固まる青年の喉元に。
 ずっと左手に持っていた、バトル前にエルレイドから渡された『サイコカッター』を突き付けた。
 
「……参ったな。金なら渡すよ。警察に突き出すならそれでも構わない。ただ……」
「もちろん、殺したりしませんよ! あなた、優しい人ですし!」
「は……?」

 喉元に刃を突き付けられたこと以上に驚いたような、困惑したような胡乱な目で青年はルチカを見つめる。
 ルチカは確信を持った様子で青年に言った。

「だって、ただ殺さないようにするだけならもっと手っ取り早くトレーナーを昏倒させる方法なんていくらでもあるはずですよねえ。直接威力の高い攻撃を浴びせるとか……それこそ、草に毒でも塗っておけば人間くらい簡単に気絶させられるでしょう?」
「いや、そういうの面倒くさいから……死なさないように調整するのがさ……」
「いいえ、『ハードプラント』だってそうですよ。人間を殺したくないだけなら、直接ニテンを狙って戦闘不能にすればいいんです。そうすれば、私の刃一本じゃ防ぎきれずに私たちの負けでした。それに何より……ニテンには、刃を交えた人とポケモンの気持ちがわかるんですよ」

 エルレイドが地面からジュカインの力を吸い上げる際にくみ取った思いは、可能な限り人やポケモンを傷つけたくないという思い。有り金全部持っていくも、一人当たりからもらう量が多い方が余計な戦いをしなくて済むからなのだろうと、エルレイドから意思を受け取ったルチカは感じていた。
 
「はあ……まあ、そうまで言うなら否定しないけどさ。もし俺が優しくなかったら……」
「もっと早くにあなたの首は飛んでましたね! ぶっちゃけ、いくらジュカインが早くてもあなたは突っ立ってるだけで隙だらけだったのでその気になればイチコロです! 」具体的には私に殺気を向けたら殺すつもりでした! この見えない刃でザクッと!」

 エルレイドとルチカの腰の刀を見れば、誰でもその刃が危険だと思う。だが、本当に恐ろしいのは。何も持っていないように見える左手に持つ念力の刃と、それを感じさせない少女の狡猾さ。
 そしてツバキクの優しさは……そんな少女とバトルしてなお、お互いのまともに傷つくことなく戦いが終わっているところだろう。ポケモンに至っては最初の一撃以外ダメージが発生していない。

「ああ……面倒なのに捕まった……」

 億劫そうに嘆く青年と、血を流したまま楽しそうに話す少女。この後二人はなんやかんや一緒に旅をすることになるのだが、それはまた別の話。
 


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