はっと成って私はそこで目を覚ました。
どうやら眠いって居る間に夢を見ていたようで、それも無意識に自分の探している希 望の夢だったようだ。私としたことが、幼い少年のようで気恥ずかしいことである。しか し存在を信じているからこそ、今の私の旅を支えているのだ。その道のりが簡単でな くてかまわない、時間がかかることなど惜しくも無い。いつかは手に、いや一目見るこ とだけでも叶えることができたらそれでいい。ドラゴン使いとして、光るハクリューに逢っ てみたい。

 この森で起きていることが、その夢よりも遥かに夢のように思える出来事が、この自 分に訪れようとは……どうして想像できたであろうか。

 眠っていた時間はそう長くは無かったらしく、あたりは黒い闇が包む夜だった。ホー ホーやヤミカラスたちが縄張りを競っているのか、デルビルたちが闇にまぎれて狩をして いるのか、夜の静けさはしみるほどではなく感じられた。
 目が覚めてしまったこともあったし、夜の森の様子も気になったので私は外を湖ま で歩くことにした。夜道に明かりが欲しかったが、眠っているリザードを起こすのも忍び なく、また森の小さな住人たちにも迷惑がかかるだろうと思いとどまる。月は消え入り そうなこよみだったが、澄んだ空気が星の明かりをしっかりと地上にとどけていたおかげ で、なんとか夜道を歩くことくらいはできそうだった。
 最初は生い茂る下草に足をとられまいと慎重だった足取りも、暗闇に目が慣れて くると軽くなって私を湖へと運んだ。空には糸の様な月が、明日には新月だと見て取 れる。月明かりは望めなくとも一面の星の輝きは、開けた湖面に反射して相乗して いるように明るい。
 闇夜に目を慣れさせなければ歩けないような夜なのに、「明るい」とはおかしなこと だが他に言い様もない。くだらないことをぼんやりと考えて、私は道すがら自分の影を 眺めて違和感を覚えた。
 「足元に影? こんなくらい夜中に、そんな馬鹿な」
 気がついたときにはあたりに陽が昇ったかのように、瞬く間に明るくなっていた。夜が 明けるには早すぎる。状況を確認しようと見上げた空には輝く月が降りてくるように 見える。が、違う。先刻見上げた月は新月を目の前に消え入りそうな細い月で、今 見えている其れは満月のように光って先ほどのものとはまるで別のものだ。月である はずがない。
 瞬く間に光輝く其れは急激に明るさを増し、闇に慣れた私の目を眩ませた。あまり の眩しさに目をつぶり、その上から手をかざしてまばゆい光からかばう。自分の腕から 落ちた影に、視界を取り戻して目を開いたときには、光る其れが湖へ沈んで消える 瞬間だった。水中へ姿を消したそのシルエットは、流れる風を思わせるような姿かた ちをしていたが一体何であったのか。
 しばらくはじっと湖の様子を見ていたが、それからは特に変わった様子もなかった。 さすがに寝ぼけて夢をみたわけではないと思うが、これ以上夜明かしをする意味もな いと思い直し小屋に戻ることにした。途中で醒めて足りなかった眠りを与え、不思議 な光の正体に思いをめぐらせていると夜明けはそう遠いものではなかった。

 あくる朝は迷わず湖へ向かった。しっかり休ませたポケモンたちも、今はボールの中 で私と一緒にいる。必要なときにはいつでも助けになってくれるかと思うと、この旅に 何の不安もないように思えてくる。
 オドシシやエイパム、普段は森の中で人前には姿を見せないようなポケモンたちを 、湖への道すがら多くみかけた。みな同じ方向、私の目指す湖の方へ行くようにも 見えたが、他の群れと合わさって止まったりしている。旅をしていても専門家ではな い私に、野生のポケモンたちの行動は想像できるでもなかったし、今は興味の範疇 でもなかった。なんとなく数が多いなとは思っていたが。
 湖のほとりの着いてみると、やはり生き物の水場と解釈するにも多すぎる数のポケ モンが岸辺に集まっていた。私が砂地に一歩踏み出すと気配に気づき、すかさず四 散していく。野生のポケモンたちは何かを囲うように集まっていたので、そこに何かが あるのだと思って様子を観にいくことにした。
 ぱしゃんと音を立ててコイキングが湖面をはねる。岸辺の砂は湖の水分で、踏みだ すとじわりと水が染み出してくる。靴をぬらすまいと慎重になりながら、波打ち際に沿 って歩いていくと、なにやら砂地に白い塊が横たわっているのが見えてきた。それが何 なのか注意深く観察し……私は靴が濡れることなど構わずに、思わず駆け出した。そ こに横たわっていたのが白い服を着た一人の女性だとわかったからだ。

 疑問は幾つもあるが、まずは無事を確認する。首の辺りを持ち上げ軽くゆすってみ たり、耳の近くで呼びかけてみるが反応は無い。空いたほうの手で口元に手をかざし てやると、かすかに空気の流れる気配がした。意識はなかったが、呼吸がある。つま り死人ではないようだ。
 軽く安堵の息をついたところで、どうしたものかと考えた。女性は白い生地に青い 縁取りの、それはさながらイブニングドレスの様な線の細い服を着ている。とても山や 湖にハイキングに来るようないでたちには思えない。青い水晶の様な球形のもので 長い髪を纏めてあり、キラキラと光っている。不謹慎にも見とれてしまうほど、女性は 美しいひとだった。一体何があったのだろうか?
 彼女の身体は湖の水と風で随分と冷えていたため、その場で介抱するよりは小屋 に連れて行ったほうがいいだろうと思った。さすがに人間を一人抱えて山道を行くわ けにもいかないので、プテラをボールから出して手伝ってもらう。外套で女性をくるみ、 それをプテラにつかませた。 少々乱暴だが、今の私にはこれ以上丁寧に扱う方法 が思いつかなかった。小屋に着く前、飛んでいる最中に目を覚ましてしまったら、もう 一度気絶してしまうかもな、などと考えると気の毒だったが仕方あるまい。

 昼前には炭焼きの小屋へ戻ることができたので、今朝まで私のベッドだった長いす に意識のない客人を横たえた。リザードに頼んで暖炉を暖めてもらい、彼女の体も 温まるようにいすを向けた。暖炉に火を入れたついでに、湯を沸かして茶の支度も 手際よくする。ちょうど昼飯にするにもよい時間であったし、彼女が目を覚ましたとき には何か暖かいものを飲ませてやりたかった。
 チョウジのポケモンセンターで手当をしてもらえばすぐによくなるだろうが、私一人で 連れて行くには荷が重い。見た目に大きな怪我をしている風でもなかったので、ここ で休んで気がついてくれればそれに越したことは無い。
 沸かした茶と、用意した「食事」と言ってもドライソーセージにビスケットだけだが、 食べなれた味を口に運ぶ。彼女を見ながら、ふと昨晩のことを思い出した。湖に沈 んでいったまばゆい光、正確には光る何か、だ。
 光るポケモンと結論付けるのは安直すぎるかもしれないが、他に説明の仕様がな い超常現象を目撃したことは間違いない。月も無いような晩に目も眩むような光を 放つとは、よほど大掛かりな照明でもなければ人為的にだって容易なこととは言いが たい。それも湖の森のなかで、一体誰が、何のためにそんなことを?全く意味など思 いもつかない。それならば、自分の運がよく探し物の方から訪ねてきてくれたのだと思 えば、あっという間に解釈がいく。そうだったとして何故現れたかまでは判りかねるとし ても。
 またこの女性もよくわからない。森に入るには不相応な身なりでひとり、湖で一体 何があって気を失っていたのだろうか。目の前で横たわっている姿は、暖を取って心 なしか血色もよくなってきている。気がつくのは時間の問題だろうから、それから本人 に聞いてみればよかろうと思う。礼を欠いたこととは思いつつ、眠っている様子をぼん やりと眺める。まじまじと見ても隙がないほど美しい、きめの整った肌に森にも似た豊 かな長い髪。私でなくても誰もが目を引く女性だろう。
 空腹を満たしてぼんやりとくつろいでいた私は、昨夜の寝不足も手伝ってうつらうつらと船をこぎ始めた。何かに拘束された旅ではないのが、こんなときには気楽でいい。客人のことは気になったが眠気でたいした思考も働かず、誘われるがまま浅いひと 時の眠りに落ちた。