窓の隙間をすり抜けるように部屋に入ってきたハクリューは、まるで紫色の炎 の様なオーラを身にまとって光っている。この世のものとは思えぬ磨きぬかれたア メジストの瞳は宙を漂い、無言で私を睨みつけて外へと促すように窓の外へき びすを返した。

 この世のものとは思えない…そう、さっきの夢の続きを見ている。何も疑問とも 思わず理解したが、目の前に現れたポケモンに畏怖の念はぬぐえない。殺意 さえ帯びているのではないか、強い意志を感じる目をしていた。まだこの部屋の すぐ外に気配がする。間違いなく私を待って、そこに居るのだ。
 夢だというのにとても現実味がある汗が、無意識に握ったこぶしの中でじわり とにじんでいる。意識を集中し冷静になるよう自分に言い聞かせながらこぶし をほどいて、ポーチから3つのボールド取り出す。私は声には出さずに呼びかけ た。
 「リザード、シードラ、プテラ、私に力を貸してください」
 私の頭上を音も無くプテラが舞い上がった。先導するように小屋のドアを押し 開けて、外へと飛び立っていく。こんなときのプテラはいつも頼もしく、超古代か らよみがえった自信が彼の強さなのだと感じる。
 彼はこのドアの向こうで対峙しているだろう。私がこのドアをくくれば其れを合 図に気の抜けない瞬間が始まる。理屈ではなくこの全身を包む張り詰めた空 気が、いやおう無く告げてくる。なぜかは分からないが、このハクリュウは私に戦 いを要求しているのだ。
 勝てるかどうか、そんな計算をしている暇はない。緊張で乾き始めた口をか たく閉じ、一呼吸置いてからつばを飲み込む。閉じた口とは反対にしっかりと目 を見開いて前を向き、意を決して外へと踏み出した。プテラは先に待っている、 これ以上私の準備ももう必要無い。
 バトル開始だ。

 ドアの開く音を合図に、矢の如く風を切ってハクリューは一直線にプテラをめ がけて飛んできた。かわす指示など間に合うわけも無く、プテラもまた小屋から 出た私に注意を向けた瞬間、鞭のように体をしならせたハクリューは容赦なく その身を叩きつける。
 いくらプテラが岩のような頑丈な体といえど、飛び込んで勢いの付いた攻撃を 受けてはじき飛ばされる。森の木々をすり抜けて地面に叩き落される。大きな 翼を一杯に広げて羽ばたいて、地面にぶつかる寸手で体制を立て直す。
 私はプテラが体制を立て直せるタイミングを見て大きく指示を叫ぶ。
 「そのまま起き上がる勢いを使って反撃に出ろ。速さで負けるはずが無い」
 指示に答えるようにプテラは起き上がった方向へ飛び上がり、木の葉を巻き 上げるような咆哮を上げた。叫び声が聞こえたのは最初だけで、大きく開いた 口からは音にならない波動がこだまする。
 ハクリューはプテラの咆哮を見逃さなかった。叩きつけた体を上手く宙返りで 勢いを殺すと、すぐに立ち直って正面を身構えていたのだ。咆哮にあわせるよ うにハクリュウも大きく顎を開くと、真っ白く光る霧のようなものを吐き出した。み るみるハクリュウの周囲が覆われて、プテラの超音波の叫びが霧に中和していく 。神秘の守りを使ったのだ。
 痺れるように震えて舞い上がった木の葉も、超音波が霧に飲まれると静かに 地面へ落ちていった。神秘の守りは超音波を中和しただけでなく、ハクリューの 姿そのものも隠してしまった。
 超音波で混乱させたところに翼で一撃を見舞おうとまっすぐ突っ込んでいたプ テラは、突如として視界をさえぎられ、行き場を失ってしまった。私の方から見 ても、すぐそばを飛ぶはずのプテラにもハクリューの姿は見えていない。プテラが 動揺する前に私はすぐに指示を変えた。
 「地面の石を巻き上げて岩雪崩を起こせ!」
 霧の中一帯めがけて攻撃すれば、相手の姿が見えなくても関係は無い。予 想通り岩のつぶてを全身に浴びて、ハクリューは神秘の守りの中から押し出さ れた。
 目をつぶって体を丸めダメージを受けているハクリューの様子に、プテラも一つ 息をつくように羽ばたいた。それは油断に他ならなかったのだ。
 プテラの体が羽ばたきでふらりと浮き上がった瞬間、ハクリューは弾けるように ガッ目を見開いて再び大きく咆え、大気を強く震わせた。その刹那の覇気に私 は背筋が凍るのを感じた。
 一閃の光がプテラを貫く。
 ドラゴンの持つ技の中でも類を見ない破壊力。見たままとしか言いようの無 い技だが、破壊光線の威力はやはり絶大だった。まともに光線を食らい、もう 翼を広げることも叶わずプテラは力なく地面に落ちる。慌てて駆け寄り、下手 なことになる前にボールの中へプテラを戻す。
 見上げるとハクリューは破壊光線の反動に体を震わせていた。大きなエネル ギーを放つ技だけに、その反動も半端なものではないようだ。この隙にシードラ をしかけてやれば、間違いなくダメージを与えることが出来るだろう。しかし、そう することは出来なかった。