宙に浮かんだまま体を震わすハクリューは、その鱗の隙間からにじみだすようにいまだ紫色のオーラを出していた。光は体の震えに揺さぶられると、鱗から剥がれ落ちるように散っている。汗がしたたる様でもあり、また花火のように美しくもあった。その光景に見とれるあまり、戦いの最中であることを失念していたからだ。
ふいにまた、身の毛もよだつ気配を感じ、それが私のそれた注意を呼び覚ます。反動から起き上がろうとするハクリューが、こちらに視線を向けていたのだ。われに返った私はすかさずボールを投げ出して、シードラを呼びだしにかかる。
次の瞬間シードラの放ったバブル光線は、間一髪のところでハクリューのしなる体を食い止めた。緩衝材の役割をして、放たれた無数の泡は瞬時にしてはじけてなくなる。
泡の壁を両断したハクリューは、その勢いを殺す事無くシードラへ向ける。すかさず私は高速移動で回避させ、そのまま湖に向かって走るように指示をだした。空を自在に飛び回るハクリューを相手に、地上でのバトルはシードラに不利すぎる。ただの一度、高速化してハクリューを振り切れるかどうかは、一か八かの賭けだったがそうするより他に対等になる術はない。
案の定ハクリューは叩きつける体制で、つけた勢いを制御しきれず地面にぶつかった。向き直る頃には、シードラはすでに湖の岸辺目前まで迫っていた。私も指示の声が届くようにと、ハクリューを尻目に全力で岸辺に向かって走る。さらに大きな声で、再び高速移動を指示して湖へ飛び込むように腕を振った。
これならいける、湖に入ってしまえば水中を隠れ蓑に破壊光線もそうは受けずにすむだろう。空中を飛び回る相手に、技を命中させるのは至難のことかもしれない。けれどシードラにはドラゴンに有効な冷気の技、冷凍ビームも扱えるのだから必ず勝機はめぐってくるはずだ。
シードラが私の指示を理解してさらに加速しようと構えるのが見えたとき、私の横をかまいたちのような疾風が吹きぬけた。巻き上げられた木の葉や、砂やら木の枝が顔にぶつかって頬が切れた感触がする。チクっと熱さを感じたものの構ってはいられない。早くシードラの元へいかなくては。
顔を起こすとシードラが湖へ飛び込む音が聞こえて、白い波しぶきが湖面を高く跳ねあがった。思惑通りに水中に逃げてしまうことが出来たら、あとは自分の有利に体制を整えてハクリューが狙いやすくなるように誘い出せばいい。私はシードラが無事水中に逃げおおせたと見て、今度はハクリューが居る後ろを振り返った。
「?!」
しかし、そこには地面にぶつかって、起き上がった頃だろうと思っていたハクリューの姿はどこにも見当たらなかったのだ。私は目を疑ったが、やはりそこには影も形もない。熱くなった頬をぬぐって、もう一度振り返りシードラのもぐった湖に向き直る。
岸に走りよって湖面を覗き込んでみると、シードラの影が浮かんできた。やはり水の中に逃げ込めたので、これならば大丈夫と安心して次の技を出すタイミングを計ることにした。湖面に近づいてくるシードラの影を待ち構えて、呼吸を合わせて数を数える。予想以上に勢いよく浮上してくる影を見て、ここで初めて異変に気がついた。もう一つ影がくっついて見えているではないか。
見る間に水面から打ち上げられるシードラ。その後を追って水中から飛び出したのは他でもない、私の後方にいたはずのハクリューだ。一体何が起こったというのだ。分かるのはひどくシードラがダメージを受けているということ。
ゴム鞠のように水面高く舞い上げられたシードラは、そのまま重力によって再び水中へ高い水しぶきと共に落ちていく。一方、湖の上に飛び上がったハクリューは紫色のオーラを一層強く放って、その高さの場所へとどまってシードラの落ちた湖面を見つめている。
ダメージを受けていたとしても、水中に居られるのであればシードラは大丈夫だろう。自らダメージから回復すれば戻ってくるはずだ。私は其れまでの間はハクリューからは目を離さず、臨戦態勢を軽く解いて思考に集中した。
目の前に居るハクリュー。私を後ろから追い越して、さらに振り返って目を離したほんの一瞬のうちにシードラに一撃を見舞った。そんな芸当を可能に出来るとしたら、可能性についての知識が一つだけしか思い当たらない。
神が如く疾風の一撃、神速。
本当にそんな技を使えるポケモンが存在していようとは、それがドラゴンであるというのはなんとも合点がいくのだが……。
「そうか、さっきのかまいたち、あれはハクリューが私の横を抜けていった風か」
私が見届けたシードラの水しぶきは、彼が湖に逃げおおせたのではなく、ハクリューの一撃によって湖に叩き落されたものだったのだ。
改めてドラゴンに秘められた力の偉大さを思い知る。まじまじと見たハクリューはさすがに二匹ものポケモンを相手に戦って、それなりに体力を消耗しているのか息遣いが荒くなっているように見える。胸の部分を大きく膨らませたりしぼませたりを繰り返し、まとっている紫色したオーラはあふれるよりも剥がれ落ちるほうが多くなったようにも思えた。
これ以上ハクリューを休ませたらこちらに勝ち目はない。トレーナーとしての経験から、ハクリューの様子で私はわれに返りシードラに呼び声をかけた。私がだした声はもちろんハクリュウも聞こえたのであろう、同じ視線が湖面に注がれる。
ゆら、ゆらと揺らいだ湖面からシードラのシルエットが見えたので、私はすかさず指示をだす。この奇襲を逃す手はないのだ。
「シードラ!疲れたハクリューを捕らえて冷凍ビームだ!」
その瞬間湖面がにわかに凍りはじめ、その中心から凍て付く光が吹き上がる。ダイヤモンドの輝きにも似た美しい氷の光の束が、宙にとどまるハクリューにめがけまっすぐに伸びた。打ち上げ花火が天を目指すような勢いで。
水中に身を潜めていたシードラだが、神速のダメージは想像以上だったのだろう。冷凍ビームを放って湖面に顔を出しているが、姿勢を保つのがやっとの状態に見える。この一撃が決まったら早くボールに戻してやろう。気の抜けない戦いにじっとりと汗に濡れた手で、ボールを強く握り締めた。
氷の柱が天に伸びてハクリューに届くその手前、すさまじい音を立てて光のそれが砕け散った。
「そ、そんな馬鹿なっ!」
奇襲を読み反撃の手を用意しており、相手は何枚も上手だった。シードラが放った冷凍ビームをギリギリまでひきつけ、ハクリューは狙いを外さずに破壊光線で迎撃したのだ。プテラのそれで威力は実証済みである、疲れたシードラの冷凍ビームなど破壊光線の威力の前で文字通り木っ端微塵に吹き飛ばされた。
ハクリューの咆哮は天に向かって伸びた氷をまた上から湖面に向かって粉々に粉砕し、それも勢いをなくす事無く湖の中へ深々と突き刺さる。氷の破片が舞い、跳ね上がった水しぶきが蒸気になってたちこめた。
二度目の破壊光線にさすがのハクリューも反動で苦しそうに、岸辺の地面へ降りてきた。私からは随分遠い位置だが、衝撃の負担に身を震わしているのははっきりと見て取れる。ハクリューをこの手にするなら今をおいて他にチャンスがめぐるのか、一瞬誘惑に駆られるがそれよりも大事なことがある。湖の中で健闘してくれたシードラも、破壊光線を受けて無事なはずがあるまい。湖面の水蒸気が晴れるのも待てず、浅瀬を濡れるのも構わず私は彼を探しに走りだした。
何歩も進まないうちに足元にやわらかくぶつかったシードラ。戦う気力こそ残ってはいなさそうだったが、表情から無事が伺えたので安堵の息をつく。
全力で戦って勝ち、新たなパートナーとしてハクリューを迎えたい。その願いに間違いは無く、どんなに遠く困難だとてあきらめるつもりなど毛頭ない。だが、それは今戦いを共にする仲間と全力を尽くしてのことであり、その仲間たちを傷つけ失ってまで叶える理由などありはしない。
岸辺で反動から立ち直り、こちらの様子をじっと伺っているハクリュー。いまなら私が直接対峙することもできるだろうが、それはシードラを迎え終わってからのことだ。どんなに願いが叶う瞬間が目の前に現れようと、自分が本当に大切にするべきものの順位を失ってはならない。これが私のポリシーだ。
惜しみなく健闘をねぎらい、ボールの中へシードラを休ませてやる。入れ替わりに別のボールと手の中で持ち替えた。これが最後のパートナーだ。
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