いまやすっかり立ち直り、ハクリューはじっとこちらの様子を伺っている。いや、待ち構えているといったほうが正しいだろう。鎌首をもたげた毒蛇とまでは言わないが、いつでも相手を迎え撃てる身構えは、強いまなざしを見れば一目瞭然である。とてもプテラ、シードラの二匹を相手にして消耗しているようには見えない気迫だった。
 私は自分の強さを誇示するのが目的ではない。そうではなくこの強さを証明し、あのハクリューに認めてもらいたいのだ。そして共に歩むことでさらなる高みに近づけることこそ、私の本当の願いなのである。無論、たやすく認めてもらえる相手でないことくらい承知の上だ。だからこそ今持てるすべてで立ち向かうのみ……。
 「諦めない、まだ行けるっ!」
 高く放り出したボールから火の粉が舞い散り、頼もしい雄叫びがこだました。朱色の鱗は艶やかに、鋭利な爪の切っ先が獲物を掴まんと構えを取る。私の意思と重なったリザードのまなざしは、その目の前にいる大いなるものにしっかりと狙いを定めた。
 着地した足が砂に沈み、水分が滲み出す。湖が近く湿気たこの場所は炎の属性のリザードには不利だ。先ほどのシードラのために移した舞台が仇になって、このままでは湖に落とされ一方的に終わるのが目に見えている。
 構えを取ったのはいいが、間合いを詰めることもできずににらみ合いになってしまった。水場から下手に離れようとしたところで、あのハクリュウはいともたやすく追いついてくるだろう。一瞬でも隙を見せればそこで決着になりかねない。この間合いでとれる手段は唯一つ。
 「リザード、火炎放射だっ」
 にらみ合いを破るように、力いっぱいに叫んで指示を出す。リザードは私の声の強さを力に変換するかのように、腹の底からありったけの炎を吐き出した。チリチリと空気の焼けはじけるクラップ音が混ざりながら、地面と水平な火柱がハクリューめがけてほとばしっていく。
 一方、沈黙が破られた瞬間、ハクリューはリザードめがけて突っ込んできた。リザードが火炎放射を吐き出すのとほぼ同時に、その炎に向かって矢のように。尋常な速さではないそれが、その身を以って火炎放射を切り裂いていく。またも神速を繰り出したハクリューは、その身を武器に炎の砲弾を無力化してきたのだった。
 このままではリザードが危ない。しかしそう思った瞬間、たちまち黒煙がリザードを中心に一体の空気を覆い尽くした。
転機を働かせたリザードは自らの判断で、火炎放射の最後の炎を煙幕に変えて吐き出したのだ。黒煙で姿を隠したリザードは、ハクリューが自分を見失った一瞬にすばやくその身を転がして神速をかわすことに成功した。
 間一髪の間合いを利用して、すばやく次の攻撃に転じる。そうしなければ逆にこちらがカウンター攻撃を受けることは必至だった。これまでのプテラとシードラのバトルで、ハクリューの素早さと知的判断能力の高さは十分に思い知っている。隙を見せればすなわち敗北を意味する。
 リザードは神速の行く先を見失って間合いの近づいたハクリューめがけて突っ込んでいく。煙で方向感覚を失った後方へ回りこみ、背中をめがけて切りつける。太く鋭いリザードの爪でも硬いドラゴンの鱗を切り裂くことは出来なかったが、それでも叩きつけられた切っ先が不意打ちもあいまって相当なダメージになった。
 たまらずハクリューは悲鳴を上げたが一歩も譲らず反撃を繰り出す。のけぞらせた体をリザードに巻きつけ、きつく締め上げて持ち上げるとそのまま地面に叩きつけた。長い体を生かして鞭のようにしならせると、リザードを振り回して何度も繰り返し叩きつける。
 今度はリザードがそのダメージに悲鳴を上げる。締め上げられて地面にぶつかって叫び声をあげるリザード。悲鳴を聞くたびに、私はパニックに陥りそうになった。リザードが戦っている間は、冷静な判断を最後まで続けるのが役目であり、自分の戦いなのだと言い聞かせ思考を休ませないよう必至に次の手を考えた。
 私があきらめたらそこで勝負は決まってしまう。どんなに力の差があろうとも、呼びかけに応えようと必至で立ち向かっている。そのリザードの姿勢に報いるためにも、どんな不利な形勢になろうと目を背けてしまっては駄目だ。状況を把握し、打破する方法を懸命に探した。
 よく見ているとハクリューが打ち付ける地面を選んでいるように、一定の向きを繰り返していた。そのため同じように体の着地している部分の地面だけが、徐々にえぐれ始めていた。
 自分の体の一部を巻きつけて使っているため、ハクリューは身動きにかなり制限があるはずである。そのバランスを崩してしまえれば、一瞬でもリザードの拘束が緩まる可能性はある。私はえぐれた地面を利用する手を考えたのだ。
 「リザード、煙幕を使って地面を隠せ。続けて湖の方に向かって火炎放射だ」
 不意に視界を奪われた上ジェット噴射の様な火炎放射がリザードの体を大きく揺さぶったので、ハクリューは巻き添えになって大きくよろめいた。地面に打ち付けようと振り下ろされた身体は、大きく傾いた本体を支えようとぐねりと向きを変えなんとか転倒は免れた。だが、私の狙い通り、リザードの拘束はゆるくなり、力が込められるようになった両腕で締め付けを振り払うと素早く地面に降り立った。
 肩で息をするようにリザードの体が大きく上下して、相当なダメージを受けているのが遠巻きにもよく分かった。しかし今反撃の手を緩めてはまたハクリューに分が傾く。そうなる前に私はさらに火炎放射を指示して、煙に撒かれたハクリューに追い討ちをかけた。
 ところが、リザードの放った火炎放射が煙幕の黒い塊に届くより早く、爆音と閃光がとどろき黒煙は瞬く間に四散した。衝撃はそれにとどまらず、火炎放射の炎までも消し飛ばした。一瞬何が起きたのか分からなかったが、爆発の中心から現れたハクリューの姿で理解した。
 放った其れの衝撃と反動で体を震わせているのは、煙幕を振り払うために破壊光線を使ったのだろう。その威力で煙が四散したと思えば、火炎放射すら退けたこともうなずける。視界が奪われたままでは不利だと分かっていたのだろうが、打破するために反動がくる技を使ったのは失敗だ。私はこのチャンス、見逃さない。
 「ファイナルアタック!炎の渦でハクリューを捉えるのだ」