リザードの咆哮がとどろき、吐き出された炎の柱が渦を巻いてハクリューに襲い掛かかる。取り囲むように地面から巻き上がった炎は、空高くまで立ち上ってハクリューを包囲した。燃え盛る炎は火の粉を飛ばし、その明かりは空を黄色く染めている。
 勝利を確信した私は静かにこぶしを握って、その炎が消えてゆくのをじっと待った。やがて炎がおさまると、そこには金色の光だけが残っていた。たった今死闘を繰り広げていたはずのハクリューは影も形も綺麗さっぱり消え去っていた。



 訳がわからない。そう思った瞬間に目が開いて、視界にはリザードが丸まった暖炉が見える。
 一拍おいて頭を働かせ、私はうたた寝をしていたことを思い出すと、客人のことも同時に思い出した。慌ててベッドに模したいすの方へ目をやったが、しかしそこに横たえていた女性の姿は見当たらない。彼女の上掛けにしていたはずの外套が、気がつけば自分にかけられていた。

 目が覚めてきても握られていたこぶしが、夢で見ていたことを現実のように思わせていた。あんなにも臨場感のあるバトルが、夢の中でなされたというのが自分でも不思議でならない。そして、うたた寝のつもりがそこまで熟睡してしまったというのも、旅先では今までに無かったことだ。まして他人が居る部屋で、その人間が外へ出たのにも気づかないとは、私としたことが油断しすぎている。
 炭焼き小屋の小さな窓から茜色の夕日が差し込んで、昼間からは数時間経っていると目測をする。まもなく暗くなってしまえば今日は森へ出かけることもしないほうがいいだろう。
 私は客人として迎えた人間が姿をくらましたので、ふと周囲のものに気を配った。見ず知らずの人間である限り、さまざまな危機感は必要なものだ。ポケモンたちはみなおとなしくその場にいたし、自分の荷物も床に置かれたまま触られた様子がなくて安心した。あの女性が目を覚ましたときのために用意したお茶も、テーブルの上に手を付けられないまますっかり冷めてしまっている。
 暖炉でおとなしくしていたリザードが不意に私の方を向いて、そのうずくまった身に何かを抱えているように見せた。勘の戻ってきた体を起こして立ち上がると、そばへ寄って覗き込んでみた。
 それは青と白がマーブルのように混ざった不思議な柄の丸い玉で、地球儀のようにみえなくもない。大きさはカイスの木の実くらいあって、ポケモンが抱えやすそうなサイズである。そっと触ってみるとリザードが抱えていた所為なのかほんのりと暖かく、見た目はボールのようだったが表面はすこしザラついていて硬かった。
 「ポケモンの…タマゴ?」
 私が眠ってしまっている間に、リザードがどこからかもって来たのだろうか。しかし私が居なければここを離れることは考えにくい。だとするならば、あの女性がリザードに与えたか、置いていったかしたのだろうか?
 彼女をこの小屋へ連れてきたときには、その身なりにこんなタマゴを仕舞っておくような持ち物は無かったし、服の中に持っていたようにも見えなかった。ポケモンのタマゴは人が気付かないうちに、いつの間にかポケモンが持っているものだとは聞いていたが、初めてこうしてみて本当に不思議なことだと思う。

 ふいにリザードが外を振り向くように起き上がった。立ち上がると手に余る大きさのタマゴを大事そうに抱えていたが、その小柄な体には難儀に見えたので代わりに持ってやることにした。私が手を伸ばすと素直に差し出したので、そっと受け取ってリザードに習って抱えてみる。手にしてみるとやはりタマゴなのだろうと実感した。リザードの手から離れても、丸いそれはほんのりと暖かかったし、心なしか小さな鼓動を感じるようでもあった。
 タマゴを受け取ってやってもリザードはまだ落ち着かない様子だったので、振り向いた外の様子を見に玄関のドアを開けてみた。そとは夕暮れも過ぎて暗くなり始めている。昨晩の月の様子からしても、今夜は新月だから格別暗さが増しているのだろうと思う。特に野生のポケモンが近くに居るような気配も感じられず、リザードが外を気にしている理由は近くには無いように見えたのだが。
 木々の隙間から見えた湖の方角だけが、ほんのりと明るくみえた。それは昨晩の眩しく光って湖にしずんだものをすぐさま連想させ、それに思い当たった私の様子をみたリザードもソワソワとしている。外を気にしていたのはこのことを私に伝えたかったのだろう。
 私は取るものもとりあえず、リザード、プテラ、シードラをモンスターボールに収め、タマゴを上着で包んで抱えると、すぐにでも小屋を出た。もちろん目指す先は湖である。姿を消した女性のことも気になったし、最初の目的である光るポケモンの噂の手がかりかもしれない。いずれにせよこの目で確かめるためにも、グズグズしている暇はないのだ。
 湖へ向かって走る最中、デジャヴに陥った。それはさっき、夢の中でハクリュウと戦いながら、シードラを湖に走らせていた光景に良く似ている。今は何かに追われているというよりは、追いかけているというほうが正しいのだろうが、この奇妙な感覚は自分がまだ夢の中に居るのではないかと思いそうである。
 木々が開けて砂の岸辺が見えてくる。シードラが力尽きてちょうどすぐその浜あたりにたどり着いて、リザードはあのあたりから火炎放射を放ったのだ。鮮明によみがえってくる夢でのバトルで、ハクリューが居た辺りも無意識のうちに探してみる。
 たどり着いた視線の先には、人が立っていた。誰かがいるような気配など、少しも感じることはなかったというのに、静かにこちらの方を向いている。それは先ほどまで小屋にいたはずの女性の姿だった。
 「もう身体は大丈夫なのですか?何があったのかは知りませんが、あの小屋でもう少し休んでいたほうがいいですよ。それにもう日が暮れて暗くなっています、森の中では野生のポケモンもいるから危ないですよ」
 気遣って声をかけてみたがそれについて全く無視しているのか、聞こえていないのか返事をする様子はなかった。ただ、私の方をじっとみて、なんだか観察されているようでむずがゆい。その視線が一巡りすると私の抱えられた腕に目が止まり、それが何であるのか知っているかのように微笑んだ。とても柔らかく暖かい笑顔で美しく、見られた私は一瞬胸をどきりとさせられてしまった。
 夢に出てきたハクリューが居た場所に立っていた彼女を、私は無意識にハクリューの美しさと重ねて見とれた。ポケモンが人の姿に化けるなど、自在に変身するメタモンでもあるまいしそんなことがあるはずもない。それなのに私は彼女がパートナーになってくれたら、この旅を共にすることが出来たらなどと考えてしまう。
 なんとも自分勝手な妄想などしているうちに、彼女は湖の方へ向くと歩きだしていた。そのまま足が濡れるのをかまうどころか、湖の中へかまわず歩いていくので慌てて駆け出した。まさかとは思うが目の前で身を投げるようなことをされてはたまらない。
 私の心配を他所に、彼女は一瞬だけ私の方を振り返ってまた少し微笑むと、もう一度湖の沖を目指して進み始める。もはやとめられない気がした私は、シードラを呼び出すとそれにまたがって彼女を追うように波乗りさせた。
 ところが一向に追いつかないどころか離されていく。水を歩く人間を相手に、波乗りしたポケモンが追いつかないなんてそんなことがあるものか。信じられない現象に驚きながら、彼女を見失わないよう必至に追いかける。もう背の立つような浅瀬ではないはずの場所まで進んでいるはずなのに、進む速度は落ちることもなく、暗い湖の沖に行くにつれて湖面に霧が掛かってきていた。
 霧に隠されてぼんやりとした影が、必至に追いかけているうちに様子が変わっていく。静かに湖面を行く姿はまるで水面から頭を出して泳ぐ蛇のようで、すべるように静かに、けれどとても早い速度でどこかへ向かっている。流れるように漂っていた髪が、あまりにも自然に姿を変えて違和感すら覚える暇がない。ただぼんやりと見えてきたその姿が、何であるか気づくまで。