マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.166] 第一話  詠うキュウコン 投稿者:クーウィ   投稿日:2011/01/11(Tue) 16:00:29   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 豊縁はムロの町の、更に西に広がっている広大な大陸。その一角にあるとある国に、そのポケモンは住んでいます。
 国の南端に位置する山間の町の、郊外に広がる豊かな里山。――もう長い間そこに住み着いており、町の人間達からは『森の主』と呼ばれる彼女は、とても頭が良くて物知りな、8本尾のキュウコンでした。

 森のポケモン達にとって、キュウコンは頼れる存在でした。  
 何か知りたいことがあるならば、彼女は何でもたちどころに答えてくれましたし、天災や山狩りなどの良からぬ事が起こる前には、事前に誰よりも早く察知して、皆が被害に合わぬよう警告してくれたりするからです。  
 木の実の生り具合や寒暖の変化までピタリと言い当てることが出来ましたし、天候変化の予兆や里の人間達の動向を読み取る様は、アブソル達ですら敵わないほどに見事でした。
 戦いの手並みも驚くほどに優れており、例え人間が連れて来る鍛え上げられたポケモン達が相手であろうとも、全く引けは取りませんでした。
 彼女はどんな相手だろうとも、ある時は正面から力押しに立ち向かい、またある時は森の奥へと巧妙に誘い込み横の連携を断ちきって、タイプ相性や数の優劣もものともせずに追い散らし、同じ森の仲間達を守ってくれます。
 
 そんな彼女ですが、森のポケモン達には一つだけ、腑に落ちない点がありました。
 と言うのも、彼女は唯一つ、自分の過去に関する質問にだけは、全く答えようとはしなかったのです。
 キュウコンの持つ知恵の殆どは、普通に森で暮らしているポケモンが、持ちえるものではありませんでした。
 また、彼女の尻尾は8本しか無い上、更にもう一本の尻尾も半ばから千切られた様に短くて、その上胴体にも幾つか、何か鋭い物が掠めたような、古い傷跡があるのです。
 それでも容姿に輝きを失わず、不思議な威厳を保ちえている彼女に対し、森のポケモン達はほぼ例外無しに、深い敬意を抱いていましたが――反ってそれ故に、その生い立ちに関する興味のほどは、深く根強いものでした。
「昔は多分、優秀なトレーナーのパートナーだったんじゃないだろうか?」
「伝説のポケモンの友達だったのかもしれないよ?」
 キュウコンのいないところでそんな噂を重ねながら、森のポケモン達は歳を重ねてゆきました。  
 
 そんなある年、森を大きな嵐が襲いました。
 巨大な力が木々を薙ぎ払い、木の葉を引き剥がすようにして舞い飛ばす中でも、ポケモン達は皆予め、キュウコンに教えられたとおり岩穴や山陰に避難していたお陰で、ただの一匹として被害を受けることはありません。
 やがて嵐が過ぎ去り、流れ奔る雲が地平線の彼方へと見えなくなった頃。一匹の幼いコラッタが、眠っている母親や兄弟達の枕元をすり抜け、月明かりの踊る静かな夜の森へと、忍び出ていきました。
 今の時刻は深夜。殆どの住人達は避難した洞窟の中でそのまま眠りについており、辺りには他のポケモンの影すら見当たりません。
 それに森のポケモン達の間の掟で、嵐や地震などの大きな災害の前後には、お互い争ったり捕らえ合ったりしてはならない事になっていた為、普段は活発に動き回っている夜行性のハンター達も、今夜は鳴りを潜めています。
 空には満月にはちょっと足りないけれど、それでも十分に大きい立待月。辺りは嵐の過ぎた後だけあって、空気が澄み切っていてとても明るく、小さなコラッタの冒険心を満足させるには、これ以上の機会はありません。
 ……少しだけ立ち止まって、背後の洞窟を振り返った彼でしたが、それでも次の瞬間には勢い良く前に向けて走り出し、茂みの中へと潜り込んでしまいました。
 
 嵐の去った森の中は、やはり何時もとは違った雰囲気がありました。  
 生い茂る木の葉が吹き飛ばされてしまったお陰で、森の中には直接月の光が入り込み、生まれて初めて一匹だけで夜歩きしているにもかかわらず、道に迷う心配は微塵も感じられません。
 それ以外にも、普段なら足元を埋め尽くしているフカフカの落ち葉の層がびしゃぐしょになっていたり、所々の老木が傾いだり倒れたり、時には折れた太い木の枝が地面に落ちて来て垂れ下がり、彼ら小さなポケモン達の踏み分け道に、ちょっとしたアスレチックを配置したりしています。
 浮き浮きしながらそれらを乗り越え、踏み分けて進んで行きながらも、見る影もなく汚れてしまった自分の姿に、果たして家族のみながどんな反応を示すかが、若干気になって来始めた頃――彼は急に、開けた場所に抜けて出ました。
 咄嗟に何時もの習慣で、素早く辺りを見回しますが、元より嵐の過ぎ去った直後。別に警戒する必要もなかったのだと、小さなコラッタはほっと息を吐くと共に、すぐに興味深そうな目で、辺りを見回し始めます。
 そこは、森の奥深くに位置している、大きな木のある場所でした。 
 一本のトウヒの大木がそこにあり、周囲の木々はそれに遠慮しているように身を引いて、小さな広場を作っているのです。
 しかし、その森のシンボルとも言える大木に目を向けたところで、コラッタは大きく目を見張って、思わず小さな声を上げていました。
 何故なら、そこに悠然と聳え立っているはずの巨木が無残にも傾ぎ、更にその根元には、ぽつんと静かに佇んでいる、あのキュウコンの姿があったからです。
 思いもかけない光景に、ただただ呆然と立ちすくんでいる彼には全く気がつかないまま、やがてキュウコンは目を閉じると右の前足を上げ、そこに小さな緑色の玉を生み出し始めました――。
 
 
 手の内にあるエナジーボールを十分に大きく育ててから、キュウコンはそっと静かに、それを大木の根元に溶かし込みます。
『エナジーボール』は生命力を力として相手に叩きつける、草タイプの技。よって、工夫して使えば植物に活力を分け与えることも出来ることを、彼女は遠い昔に学んでいました。
「もうどうすることも出来ないだろうけど……これ位でも、少しは足しになるだろう?」
 技を解き放った後の空手を、そっと老木の木肌につけて――キュウコンは静かな口調で愛おしそうに、目の前の物言わぬ木に語りかけます。
 常日頃の落ち着いた、超然としている様にさえ思える物腰とは、全く違った姿を曝け出している彼女の心中は、この森での数々の思い出――遠い昔の出来事の大事な拠り代がまた一つ失われてしまう事への、哀しみと寂しさで一杯でした。
やがてその思いは、期せずして自然と彼女の口から、言葉として発せられる事となっていました。
「あなたはずっとこの森に生きてきて、色々なものを見たのだろう。……あなたはもう、一千年もの永き時を、生き続けて来たのだから。
 ……しかし、それに比べると私の命は、まだ始まったばかり。たかだか百年程度生きて来ただけの私の身では、この先の次の千年をあなたから受け継ぐ事は、とても難しい」
 小さく俯いた金色の獣は、しかしそれでもすぐに顔を上げ、言葉を改めて紡ぎ続けます。
「でもその僅か百年を、私は精一杯に生きて来ました。所詮は言い訳に過ぎないと、分かっていても……。今宵はせめてもの手土産に、その身の上話をお聞かせしましょう。
 あなたの生きた一千年と言う永き時と、これから次の時代を生きる私の過ごした時間を、摺り合わせる為にも。私が生きてきた時と同じものは、他ならぬあなたの中にも、刻み込まれているはずですから」
 言葉を終えた彼女は、続いて今度は語り部として、二人の聴き手――目の前の老木と、広場の片隅で小さくなって耳を澄ましている、その存在に気がついていない幼い客人――に対し、朗々と響く透き通った声で、詠って聞かせ始めました。
 
『私の名前は「森の主(ヒーテル)」  嘗て、「娘」と呼ばれたことがあった
 震える鼻先を、胸元に擦り付けて―― それが私の生まれた記憶 私の「時」の始まり―― 
 
 私の名前は「森の主」  嘗て、「お守り」と呼ばれたことがあった 
 突然の別れと、新たな仲間――  それが私に課せられた運命(さだめ)  私の存在する理由――
 
 時代は早瀬の如く流れを変えて、揺蕩う泡沫(うたかた)は沈む間も無く波間に消える
 求めらるるでもなく続く忌み火を、抱き消したのは遠き面影――』  
 
 月夜を背景に滔々と響く詠声は、小さなコラッタの心を揺さぶって、その場に釘付けにしてしまいました。……煌々と輝く立待月の下、哀しさと懐かしさを伴った透き通った声は、不思議な余韻を保って、森の中に木霊します。
 葉を失った太い枝の間から垣間見える星空を、見るとも無しに振り仰いで詠い続ける、一匹の獣。その姿を見守る者は言葉も無く、ただ静かな夜風が、古傷の上に掛かる柔らかい金色の毛を、そっと撫でていきます。

『私の名前は「森の主」  嘗て、「家族」と呼ばれたことがあった――』


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