マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.580] 第三話  歴史の動かし手 2 【修正版】 投稿者:クーウィ   投稿日:2011/07/10(Sun) 14:58:57   30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


その日もハインツは、上空を厚い雲に覆われて光が全く届かない深夜の波止場を、長く続いている灯火管制により、すっかり闇に慣れてしまった夜間視力を頼りに、左足を引き摺って歩いていた。  

既に季節は秋を周り、冬の気配が近付き始めている。……以前よりもはっきりと足を引き摺っているのは、日々冷たさを帯びていく外気に、金属片を包み込んだ膝の傷痕が反応し、痛みが増しているからに他ならない。
それでも彼は、目下の所そんな痛みを嘆くような素振りは、毛ほども見せてはいない。元より、冷気が膝の傷跡を抉るのは、一年前に分かっていた事だった。


現在の彼を苦しめているのは、そんな自分の肉体を襲う苦痛ではなく、自らの元に配属されている、ポケモン達を巡る問題についてであった。
――最近特に顕著になって来た、戦局の急速な悪化に伴い、配属下のポケモン達に対して、抽出を仄めかす様な通知や指示書が、頻りに舞い込むようになったのである。
主なものについては、『貴工廠に所属している陸生ポケモンの、西部戦線への抽出が可能かどうか』と言った類の問い合わせや、『工廠勤務の水生ポケモン達を、再び艦上勤務に付かせたい』と言う打電などであった。……それら全てが、彼に言わせれば実現不可能である事がはっきりしているにもかかわらず、各地の徴兵オブザーバー達の呼び掛けや要請は、全く引きも切らない。

カイリキーとワンリキーの兄弟は、重度の閉所恐怖症であった。……彼らでは、塹壕戦が全てとも言える西部戦線での軍役など、到底望むべくも無い。
ハッサムは背が低くて、他の自然個体よりずっと小柄な上に、耳が遠かった。……この問題を克服する為に、彼は監督として配属された当初から、アイコンタクトと手真似で最低限の意思疎通が図れるように、ずっと努力して来たのだ。
オーダイルとヌマクローに至っては、元々は大型主力艦艇に乗船・配属されていた、生え抜きの軍用携帯獣だったが……数年前の大海戦で、乗艦を集中射撃で撃沈されて以来、海に出る事自体がトラウマになっており、『使い物にならない』というレッテルを貼られて行き場を失っていた所を、彼が自ら引き取って、作業員としての訓練を積ませて来たのである。……それを今更、レッテルを貼った当の本人達が再び引っ張ろうとしているのだから、話にならない。


しかし一方で、心の底ではまた違った感情が――理屈抜きの思いが渦を巻くのを、どうしても押し止められなかったのも事実だった。  
『失いたくは無い』――本当は、これが本音だったと言ってもいいだろう。

この一年ほどの間、とても短い期間ではあったが、それでも彼らはずっと苦楽を共にして、一緒に仕事に励んだ仲間達である。……主人でもない、ポッと出の見知らぬトレーナーである彼に対して心を開き、唯々諾々と指図に甘んじてくれた、掛け替えの無い仲間達なのだ。
ハインツはそれこそ臨時の現場監督に過ぎなかったが、それでも彼らの上に立つ者として―そしてまた、一人のポケモントレーナーとしても―自らの裁量下にあるポケモン達の身の上に対し、強い責任を感じるようになっていた。


――西部戦線(あそこ)は、正真正銘の地獄だった。
既に現場(そこ)を離れてから、二年以上が経過しているにも拘らず、ハインツは今でも度々、その光景を夢に見る。……夜中に汗びっしょりになって目覚めた時、彼は傍らで心配そうな表情を浮かべているロコンの心細げな鳴き声で、漸く我に帰るのだ。

一年が一日の如く推移する、塹壕戦の世界。変化に乏しく、死人ばかりが増え続けるあそこでは、全ての存在が消耗品だった。 
そこには人もポケモンも無く、更には兵器と生き物の区別すら無い。当事国中からかき集められてきたそれらは、皆平等に戦力表上の数字としてのみ表され、ただ唯一『敵・味方』と言う色分けだけが、絶対的な拘束力を持って、場に集う全てのものをより分けていた。

言わば駒に過ぎなかった彼ら自身を、最も的確に言い表したのは、同じ部隊に居たトーマスと言う名の古参兵であった。 
部隊に何度目かの攻撃命令が下ったその日、突撃の為に終結地点に移動している途中で、激しい戦闘の渦中で頭のおかしくなった負傷兵が、虚ろな目で淡々と泥団子を並べているのを目撃した時―― 一度思想問題で投獄された経験のあるその男は、離れた場所に居る士官達に聞こえないように、諦め切った口調で呟いた。
 
「あれが、俺達だ」

思わず視線を向けて来るハインツら同僚達に対し、彼は続けて、無作為に潰され始めた泥の塊の列をじっと見詰めつつ、尚も呟く。

「ただ砲弾の餌にされる為に集められて、前に追い立てられるだけの肉の塊だ。 ……人も獣も、砲門もタンクも関係ない。何もかも一緒くたに耕されて、泥土と一緒に混ぜこねられて行く」

全て潰された後、一塊に放置された泥団子を背中に、彼は皮肉に満ちた自嘲の笑みを浮かべると、吐き捨てるようにこう締め括った。

「所詮は消耗品さ。……だが同じ消耗品でも、ポケモンどもはちゃんと嫌がる。逃げようともするし、足を踏ん張って出撃命令を拒絶しようとするってのに、俺達はどうだ? 
 連中よりずっと頭が良くて、普段からトリだのブタだのと馬鹿にしてるクセに、命令とあらばこうやって、毎日無気力に歩き回ってる。 ……何の意気地もありゃしない。これじゃまさにブタ以下さ」

もし将校や下士官に聞かれたら、ただでは済まなかっただろう。……しかしそれ故に、敢えてそれを口にしたトーマスの言い分は、周囲の戦友達の奥底に、深く刻み込まれる事となる。

「とっととオサラバしたいってのにな」――最後にそう付け足した彼は、それでも結局、そこから出て行くことは出来なかった。
時を移さず参加した攻勢作戦に於いて、トーマスは顔面に敵の狙撃兵の弾丸を受け、泥濘に覆われた台地を朱(あけ)に染めて、悲鳴すら上げられずに息絶えた。飛び来る弾丸を避けてピッタリと地面に張り付いていたハインツには、倒れ込んだ彼に対してしてやれる事など何一つ無かった。 

無論、トーマスだけではなかった。 
その日一日の作戦期間だけでも、彼は両手の指に遥かに余るほどの、大勢の戦友を失っていた。

フランツもガイルも戦死した。 エドもマックスもオスターも、雨霰と降り注ぐ各種火砲に吹き飛ばされ、物言わぬままに土砂に埋もれた。
勇敢なエアハルト伍長も、ハインツと仲の良かった、ハーモニカの名手だったクルトも、見るも無惨な有様で倒れ、顧みられる事もなく命を落とした。
平坦な穴だらけの数百メートルを前進し、奪回するだけの作戦で、千人近い人間とほぼ同数のポケモン達が、飛来する砲弾と驟雨のような機関銃弾に切り裂かれ、目的を遂げる糸口すら掴めぬままに潰滅した。

同じ小隊で戦死した連中には、誰一人として三十を過ぎていた者はいなかった。 半数以上が故郷に妻や恋人を残し、そして更に全員が、国に家族を残して来ていた。
その日の夜、ハインツはボロボロになって退却して来た元の陣地に於いて、直属の大隊長が夜なべして手紙を書いている様を、同じく作戦から生き残ったグラエナと共に、歩哨に立った折に目撃する。
『私は此処に、痛心ながらもお知らせしなくてはなりません……』 ――幾通もの手紙に同じ文言を書き連ね続けていたその中佐は、後に自ら前線に出て指揮をとり、敵狙撃兵の戦果報告書を飾る事となった。


例え作戦行動が一切予定されてなくとも、日々の暮らしは安穏からは程遠かった。
また人間がそんな有様なのだから、ポケモン達の置かれている状態は更に過酷だった。


しかし無論、やられていたばかりでもなかった。
向かって来る敵方の兵も、基本的には皆、彼らが辿ったのと同じ運命に陥っていたし、首尾良く相手の陣地に突入出来た暁には、敵味方共に凶暴性を剥き出しにして、慌てる守備兵を悪鬼の如く狩り立てた。
ハインツ自身も、一旦攻撃が成功して白兵戦に持ち込めた時には、背を向けて二線陣地に逃げ込もうとする敵兵に対し、情け容赦はしなかった。

別の日に上げた功績とその戦い振りにより、ハインツは大隊本部から激賞されると共に、後に戦況に与えた影響の大きさを評価されて、勲章を受賞した事もある。……しかし既に、そんなものに対して名誉を感じるには、彼は余りにも多くのものを見過ぎていた。
そしてそれは、ハインツだけではなかった。同じ隊に所属していた殆ど全ての戦友が、戦功を賞する栄誉に対し、一様に冷めた感情を抱いていた。
――真に叙勲に値するのは、命運拙く戦いの渦中に斃れ、戦場の露と消えていった者達だけだった。……生者は『生き残った』と言う事実のみで十分であり、それ以外の何物をも、必要としてはいなかったのだから。 

その日、懸命の手当ての甲斐も無く逝ってしまったコータスを陣地の片隅に埋葬し、かたわになったブーバーンを衛生兵に託した後、爆音も疎らになった塹壕の片隅で何とか生き残ったワカシャモと共に携行食を空けつつ、沈み行く夕日を見送っていたハインツは、陣地の元々の所有者達が遺していった様々な品物を前に、無常の思いを強くする。
陣営や所属は違えど、同じ兵隊。……そこに散らばる故人達の私物は、彼らが自分達の塹壕に大切に仕舞い込んでいるそれと、全く大差はなかった。

中でも記憶に残ったのは、土壁に刳り貫かれた狭い寝棚の一つに残っていた、一輪のスミレの花であった。
枕元に置かれたヘルメットの下に覗いている、そこだけ場違いな緑色の色彩に、興味を持ったハインツが重い鉄兜を取り除けた所に、それはあった。
書きかけと見られる手紙の傍らに置かれたそれは、押し花にしようと試みていたらしい持ち主の意向に反して未だに青々しく、今日の戦闘が始まる前に手折られたであろう事は、疑いようが無かった。

――今日の戦闘開始時刻は、早朝7時。 準備砲撃は6時頃から開始されたとは言え、そこから今のこの時点まででも、せいぜい半日程度に過ぎない。
ホンの数年前までは、仕事の為に家を出てから、帰宅の途に付く程度の時間。 一輪の花が萎れ切るにも足りないその間に、此処では数百のポケモン達が骸を晒し、数千に余る人間が死んだのである。

書きかけの手紙の隣には、持ち主と見られる青年と、手紙の宛先であろう若い女性が写った、一枚のスナップ写真。 ……ただ枯れ行くだけであろう小さな紫の花弁共々、この手紙や書き手が彼女の元へと届く事は、もう二度とない。 
……言葉も無く文面を見つめるハインツには、その内容が理解出来ない事だけが、唯一の救いだった。

どんどん深く、陰鬱な沼の底へと嵌り込んで行くそんな彼を引き戻したのは、傍らに控えていたワカシャモの、囁きかけるような鳴き声だった。
戦いの際に上げる、耳を劈(つんざ)く様な金切り声とは似ても似つかない、か細く控えめな呼び掛け。思わず振り返ったハインツの顔を、彼は透き通ったオレンジ色の瞳で、真っ直ぐに見詰め返して来た。


――命懸けの毎日が続く中、厳しい環境と情け容赦の無いストレスに晒される兵隊達の中には、自らの心を意図的に閉ざしてしまう者も、少なくは無かった。 
彼らは現状を客観的に受け止める事を避け、必要最小限のものにしか心を動かさず、本能と欲求の赴くままに、飾る事も無く振舞う。攻撃命令が来れば黙々と動き、戦友の亡骸を見ても眉一つ動かさず、奪取した塹壕で見かけた敵兵の家族写真を踏み躙って、遺体から金目のものを剥ぎ取った。
無表情のまま、顔色一つ変えずに戦い続けるそんな彼らを、死んだトーマスは自らへの皮肉も込めて、『娼婦』と呼んだ。

「あいつらだって、国に帰れば『お父さん』だ」

敵の死体から腕時計を剥ぎ取る男を眺めつつ、彼は言った。

「体を売って生活してる盛り場の女が、家じゃ母親なのと同じ様にな。 ……好きもへったくれも無くこんな所に来て、毎日胸糞悪く殺し合ってる。国じゃあ定めし良き夫であり父親であっても、ここではただのケダモノさ」

ヘルメットに手を伸ばした彼は、防水カバーの上に巻いたバンドに挟み付けられた小さな箱から、ひしゃげたタバコを引っ張り出して火をつける。

「それで休暇で家に帰った日には、昔の自分を思い出せずに、家族の前でひたすら悩む。戸を開ける音にもびくびくし、夜風の音にも怯えた挙句、夜中に静かに眠ってられず汗びっしょりで飛び起きて、一緒に寝ているかみさんや子供を叩き起こす――」

トーマスの言葉は、決して誇張では無い。……事実、ハインツ自身にしてもそうだった。
その日一日にしろそれ以前の事にしろ、最早回数を思い出すのも不可能なほどに引き金を引き、人やポケモンを殺してきたにも拘らず、明確な理由をその中に見出せる事など、一度として無いと言い切って良かった。

確かに、撃たなければ殺された。襲われれば迎え撃った。殺らなければ仲間が殺られた。……しかし実の所は、そのどれもが、別に確たる理由になっている訳ではなかった。
本当の所、彼は殆ど無意識の内に、相手に銃口を向けていた。……単純に、対象が『敵』である――ただ、それだけの理由で。
構えた銃口の向こう側に見える者が敵ならば、それは最早標的以外の何者でもなく、早急に片付けるべき異物に過ぎない。『敵である』と認識する事それ自体が、以下に呆気なく対象を単なる『標的』に変えるのかを初めて自覚した時、ハインツは自らの冷淡さに対して、身の毛が弥立つほどの衝撃を覚えたものだった。 

そう……此処で彼らが従っていたのは、最早理屈や義務感などではない。戦場に赴かせ、其処に踏み止まらせるものこそ大義であったが、実際に彼らを戦わせるのは、もっとずっと単純なもの――体の奥底から湧き上がってくる、言いようの無い不気味な衝動こそが全てだった。
そこにいるのは、家族の盾になるべく立ちはだかる戦士でもなければ、身を以って国を守ろうとする愛国者でも、戦友達の為に義務を果たす兵士でもない。……ただ相手を傷つける事の出来る武器を携え、その使い方に習熟した、危険なケダモノが存在しているばかりであった。

十年一日の進捗の無い塹壕戦と、時折訪れる、驚異的な死傷率の攻勢作戦。
理性と感情の気違いじみた満ち干の中、前線に張り付けられた兵隊達の殆どは、大なり小なりその場を支配する狂気に取り付かれ、平和な時代には決して表には出さなかったであろう、凶暴な本能を剥き出しにしていた。
嘗て生活していた世界は、最早別の惑星での事であったのかと思えるほどに遠く、不意に前線から故郷に舞い戻った男達は、昔の面影を捜し求める家族の前で、初めて自分の変遷を目の当たりにし、呆然として為す術を知らない。
束の間の休暇を終え、再び前線に戻って来た彼らは、その思い出を大切にしながらも尚一層孤独感を深めて行き、やがて更に無機質な感情の下に、『敵』に対して牙を剥くようになる。
『正気ではいられない』――  それこそが、彼ら前線の兵(フロント)に課せられた日常的な定めであり、また狂気に満ちた現実から己の自我を護る、最良の逃避でもあった。
後方から急遽補充されて来た新兵達も、経験を積む前に大半が殺されるのが常ではあったにせよ、生き残った者達は迅速に古参兵からやり方を学び取って、怯えと戸惑いに溢れた初々しい瞳を、『死体を見慣れた目』へと変えて行く。
――最前線(ここ)に生きている限り、嘗て平和な時代に生活していた時の感性で日々を送るのは、あまりにも負担が大き過ぎたからだ。


しかし、唯一つだけ――前線に貼り付けられた数々の兵種・兵科の中、下っ端の兵卒に至るまで、そう言った逃避や自閉が、許されない連中が居た。
……それが彼ら、ポケモントレーナーである。

トレーナーは何時どんな時でも、ポケモン達と正面から接している必要があった。
何故なら、彼らが率いている形状も性質も様々な生き物達は、基本的に皆、戦場で戦う理由とその意義を、主人である人間達と共有する事が出来なかったからだ。

人が持つ、国家や国土への誇り。生まれ故郷たる美しい祖国への帰属意識や、仲間と共にそれを護ると言う誓いに対して齎される奮い立つような高揚感も、野生で生き抜く事に特化した彼ら獣達には、全く無縁の事柄であった。
『己が生命を賭してでも、守り抜くに値する――』  そう言った考えをろくに持てない彼らを、過酷な戦場の空気に耐えさせる為には、それに値するものを、意図的に用意してやらねばならなかった。

『親』である飼い主から離れ、前線に送られて来たポケモン達。拠り所を失って、精神的に不安定になっている彼らに寄り添い、新しい親としての立場を確立するのが、彼らトレーナー兵の最初の仕事であった。
独力で主人の下に帰ろうにも、国や周囲の圧力が元で、その主人自身から別れを告げられ、送り出されて来た彼ら――その彼らの心の空白にアクセスして、命を賭けるに足るだけの信頼関係を築くのが、徴用されたポケモン達を兵力として運用する、最も確実な方法なのである。
力による強制的な動員は獣達の反抗を招き、過度な抑圧は彼らに残された最後の理性を狂わせて、思慮も見境も無い集団脱走へと駆り立てる。……こうしたポケモン達は、戦力としてマイナスになるのみならず、下手をすれば進撃して来た敵方のトレーナーに懐柔されて、最悪敵方の戦力に組み込まれてしまう恐れすらあった。 
古くからある拘束具や服従を強要する器具が、近代戦に於いて滅多に用いられないのも、これが原因である。また、もし味方であったポケモン達が敵方へと寝返った場合、そこから流出する情報は、しばしば決定的な形で、戦局を左右させる事となった。 
諜報関係を担う者達は、両陣営とも高い知性を持つエスパーポケモンを駆使して、確保した相手方のポケモンから、敵陣営の情報を探り出そうとする。 戦争の形態が変化し、情報戦の成果が戦況の変化に直結する様になって行くに従って、必然的に末端に位置する捨石の獣達も、管理体制の内にがっちりと組み込まれるようになっていった。

けれどもそうした体制は、必然的に管理者であるトレーナーとポケモン達との距離を、急速に縮める事ともなったのだ。
拠り所を失ったポケモン達は本能的に管理者達に服従し、常に命の危険に晒され続けるトレーナー側は、自らの命綱ともなり得るポケモン達に、課せられている責務以上の情を掛ける事を惜しまない。 
元より明日をも知れぬ運命を背負った人間とポケモンは、異常な環境下で生き残るべく力を合わせる内に、娑婆の世界では到底考えられないほどの短期間で、言葉には出来ぬ深い絆で結ばれていく。……良きパートナーと巡り会えたポケモン達は、命の危険も顧みず進んで戦闘に加わり、彼らと正面から向き合う事を強要されるトレーナー達は、日々の暮らしの中で交わされる素朴な心の交流によって、逆説的に自らの正気と自我とを保った。

翼に保持している缶詰に口を付けようともせず、自らを心配そうに見つめて来る暖色の闘鶏に対し、ハインツはそっと手を伸ばすと、土埃で薄っすらと汚れているその背中を払ってやりながら、寂しげながらも微笑んで見せた。尚も視線を外そうとしない相手に向け、食事を再開するように促してから、彼は自らもまたゆっくりと、手に持ったスプーンを使い始める。
漸く食べる事に意識を戻した若鶏の瞳は、同じ場に集う人間達のそれとは違い、未だに光を失ってはいない。……己の焼き焦がした屍の臭いを嗅ぎ、羽毛や蹴爪を鮮血で汚しても、大義の意味すら弁えぬ彼らは、決して現実から目を背けなかった。

缶詰に嘴を突っ込む、言葉無き戦友の傍ら、ハインツはもう一度込み上げて来た思いを振り払うと、新たに生まれた苦悩と迷いとを、静かに闇の底へと押し沈めた。
明日も明後日も戦いは続く。……どの様な結末が訪れようとも、直向きに生きる彼らの重荷になる事だけは、絶対にあってはならない――それだけは確かだった。


長く取り留めも無い回想を終えたハインツの足は、何時しか港の外れに差し掛かったまま、そこでピタリと歩むことを忘れて立ち尽くしていた。
――あれから幾許もなくして彼は南部戦線へと転属となり、共に戦った戦友達とも、二度と会う事は無かった。かの会戦はその後も規模を拡大し続けた後勝敗も定かではないまま終息し、敵味方両陣営の死者・行方不明者は、最終的に三十万人を越えたと言う。
あの時のワカシャモについても、当然その消息は不明のままだった。……負傷者も含めれば百万人を越えたとすら噂されているその損害の中に、ポケモンの損耗は一切含まれていない。
共に意思を持って戦っている存在であるとは言え、所詮彼らの扱いは砲門や車両、航空機のそれに近い。即ち、撃破した数は『戦果』として大々的に報じられるが、自軍の側の損失については、人間の犠牲者とは違って明確にカウントされ、報じられる事は無いのである。
……元々、人間自体が消費される『資源』として認識される世界に於いて、更にその下で捨て駒として戦っている彼らに、一々心を砕く必要があろう筈も無い。

そこまで心の内が推移したところで、ハインツは苛立たしげに首を振ると、大きな溜息を吐いて踵を返した。
鬱屈した気持ちを引きずって家に帰ったところで、気が晴れるとは思えない。……住居とは反対の方角に進路をとり、町の中心に向けて歩む彼の心は、たった一匹の同居人の元へと帰り着く前に、何らかの捌け口を見出す事を求めていた。
――こう言う時は、一杯やるに越した事は無い。影すら映らぬ冷たく暗い石畳の上に、乾いた靴音を残しつつ、胸に蟠りを抱いた元兵士は、ひたすら目標に向け行軍し続けた。


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