マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1733] Chapter.6 “旅は道連れ世は情け! 行商の心持ち!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/08/10(Thu) 11:25:47   5clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 集いの中央都市、手前の街道。

 あたしは、ジョッシュに背中にしがみ付きながら疲弊した身をそのままに、本拠としている街へと戻ろうとしていた。
 傷付いた足は先程、簡素でも応急処置を施してくれたから辛うじて痛みは感じない。
 強奪を働いた無法者達の背後で唆していたポケモン、リグレーには逃げられてしまったが、幸い盗品の食料が良い状態のまま回収出来ただけ、徒労に終わるだけの惨めな結末にはならなかった。
 この事だけは、誇りに思っても良いのかもしれない。

「世話を掛けて、申し訳無いわね。あたしとリュックサック同時に、おんぶしながら運んでくれるなんて……」
「ううん、気にしないで。ケガしてる子をそのままには出来ないからね。例え杖があったとしても、あの場所から都市に戻ってくるまでに距離が長いでしょ」

 ジョッシュが背後のあたしに振り向きながら、“此処はボクの出番、少しばかり甘えててよ”とばかりに和やかに励ましてくれる。
 一匹黙々と旅路を歩いていた以前は、ある意味気楽だが孤立無援に等しい欠点もある。自身に責任が強く圧し掛かるプレッシャーの懸念もあって、周囲が見えていなかったのは否めない。
 こく、と頷くに留めて、あたしは都市に着くまでの間に目を瞑ろうとしていた。

「もうすぐ到着するよ。えっと、チナの宿屋に、まずは――」
「あ、アンタ達! えらく帰りが遅かったな」

 聞き覚えのある、前方から聞こえる声。
 現場に向かう数時間前に、確かカフェで話していた…… 寸での所であたしが見開くと、中央都市の入り口付近でタテトプスが四つ足かつ直立不動で待っていたのを視認した。
 視線がぶつかった際、タテトプスの彼が困った様な、それでいて複雑そうな表情を向けて来ている。

「……って、どうしたんだよそのケガ! 特にチラーミィのねえちゃん!」
「タテトプスさん。んん……何て言ったら良いのかな。その、先走って気を揉ませて」
「前に守るので精一杯だった、って確かに話したけど…… だからって、躊躇なく強奪者の現場に向かうか普通!?」

 ジョッシュがまず、あたしから先走ってタテトプス側の事情を鑑みなかった件をおずおずと詫び入れようとする中。
 丸く頑丈な顔のシールドポケモンは、おんぶしている状態のあたしに最初に驚きを、後半に呆れも含めた怒気を見せつける。
 向こうにとっては正規に依頼の手続き、俗に云う契約を取り交わしてからの腹積もりもあったのだろう―― 推測ではある為、真意は後に明らかになると踏んであたしは俯くまま。
 遠い昔に、イタズラをしてチルトと共に父親、母親に叱られていた事をふっと思い出す。

「とにかく病院に向かってくれ、報告なら後で聞く。タブンネ先生が手配してくれてっからよ」
「ごめんなさい、あたし達の為に」

 タウンマップにそう云えば、赤い十字のマークが点に付けられていた箇所があった。
 タテトプス曰く、今回の件はねえちゃん達だけじゃない、おれが真っ先に他者に義憤と共に現場に走らせる切っ掛けを作った経緯に恥じる上で、自分なりに出来る事を手配したとの事。
 要領を得ないような素振りなのも、気まずさが主だったと見るべきだろうか。
 
 タテトプスが歩き出すのを始めに、あたしはジョッシュに背負い直されながら目的地まで連れられて行った。
 今でも、背丈が小さい身としては、抱えられての移動は何だか気恥ずかしい。



 ∴



 場所は変わって、中央都市内の病院。

「うっ……!」
「派手にやりましたねぇ、これ…… でも早めの処置が効いているおかげかしら、傷口の化膿も其処まで見受けませんわ」

 ケガをしたポケモン達を診療していく、比較的色合いが穏やかな塗装された壁の診療室では、帰り着くまでにジョッシュが簡素に巻いてくれていた包帯を解きながら、タブンネ先生があたしの足の患部を丁寧に診察(スコープ)、傷口の洗浄と消毒、湿布と軟膏を用いて処方してくれていた。
 消毒液独特のツンと来る臭みが、多少ながらげんなりさせる感覚に見舞われるものの元はあたしの失態である。甘んじて医師の処置を受け入れていく。

「オレンのみを併用しての自然治癒、暫くは続けて下さいな。治るまでは無暗に、足首を酷使するような方法は禁物ですよ」
「はい……。でも、あまり悠長にも出来ないんです。早く治して、少しでも友の為に行動を映したいのに」
「焦らないで―― 何はともあれ、まずは自分の身を労わってあげて」

 こうしている間にも、チルトを巡る周囲が変わってしまう。
 焦りを押し隠そうと上擦った様子で受け答えするあたしに、先生からあたし自身を大事にするように念を押された。
 念入りに患部を包帯で巻き直されながら。

「……ありがとう、ございます」

 先生が目を瞑り笑顔でお辞儀をして行った事から、診察・治療が終わった事が分かる。
 御大事にねぇ〜、と気が抜けるような見送りの言葉を背に、あたしは診察室の戸を開けその場を後にした。
 目的を達成させる為には、思い切って立ち止まる事も考えなければならないのが、正直の所心苦しい。



 ∴



 病院の受付前のスペース、簡素ながらクッション材を備えた木のソファーには、幾数匹ポケモン達が呼ばれているのを待っている間。
 あたしが視線をその一角に向けると、診療の終わりを待ってくれていたタテトプス、ジョッシュの姿が。二匹とも、自分が診察を受けている間に身の上話でもしてたのだろう。
 連なる様に、御辞儀を最初にあたし、ジョッシュ、タテトプスの順にしていく―― ローテーションか、と思ったのはさておき。

「まず…… 悪かったな。おれの無念を晴らさせる様に、アンタ達が働き掛けてくれた事。ケガをたくさんしてまで、強奪を働いたアイツらに報いるなんて微塵も思って無かったよ」

 タテトプスの彼が最初に、ソファーに腰掛けるあたしに労いの言葉と恩赦の首垂れを同時に行った。
 いきなりの低姿勢な振る舞いに、気にしてないと声を紡ごうとする前に、ジョッシュが彼に盗品の再確認を口頭で続ける。

「ラウドさん。リンゴに、セカイイチ、ビッグドーナツ…… でしたよね。全部、状態は良質を崩さずに取り返せましたよ」
「どうも、ありがとうな。ジョッシュのにいちゃん、チナのねぇちゃん―― 何から何まで」

 ジョッシュと、行商ポケモンのタテトプス――ラウド。ついでにあたしの名前も踏まえてやり取りしてた経緯から、かなり話が進んでいる模様。
 ねえちゃん呼びには当初、あたしはそこまで年上では無いのは気に掛かるが…… 良くも悪くも、これがラウドの呼び方の癖だろうか。

「申し訳無いんだが。おれには、アンタ達の割に合った支払う返礼を用意できる自信が無ぇ…… 救助隊か、探険隊か。そのどちらかで、ある程度依頼完遂への返礼は定められる」

 現に、チナのねえちゃんには、羽根付きのタマゴ型のバッジなんて無かったろ。
 ラウドはあたしの丁寧に処置された患部の足、そして胸元と背のリュックに目を向けると後半の言葉を紡いでいく。 

「でも今回は、第三かつ身分無証明の旅ポケモンが解決に導いてくれた。普通なら返り討ちされて、物言わぬベトベターと同じになるって聞くものな―― 覆した前例はホンの少数だ」
「まぁ、今のボクも、身分の位は低いに等しいと云っても否定はしないです。この御時世、証明無しってだけで、白眼視されやすいのは知ってます」

 やり取りの中で、一瞬背筋が寒くなるフレーズが飛んできた気がするが、此処は敢えて受け止めておこう。
 保管器のタマゴの様子を見ながら、ジョッシュが横でラウドに答えを返している。そう云えば、ジョッシュ自身ギルドに所属しているとの話は伺っていない。
 拳法使いの彼も、あたしと同じように訳ありで旅ポケモンに身をやつしていると見るべきだろうか。

「ううん、あたしは別に御礼を重視してあの場を収めに云った訳じゃないの。ふんだくるつもりは無いから安心してちょうだい――でも、その前に」

 病院内、と云う事もあって小声で話し合うあたし達三匹。
 困った時には助け合うのがモットーですから、とあたしはラウドに言ってのける。そして、話の内容から気に掛かっていた矛盾点を揺さぶってみた。

「一つ要領を得ないと思ったから、此方からも聞くけれど。助けるべき者に手を伸ばすのに、何故“身分証明が必要となる前提”がいるのかしら?」

 我ながら、意地が悪いものだ。
 掌を見つめながら前提について無言で思案するジョッシュの傍ら、ラウドは“それはどういう意味だい?”と言いたげな眼であたしに振り向いた。

「確かに救助隊と探険隊も、助ける上では立派なライセンスになる。技量と専門知識を必要とする職こそが、この都市だけで無く周囲に働き掛けて円滑に進めてくれるのは理解してるよ」

 保安官、今懸命に処置を施してくれた医師や看護師、カフェバーの店員、そして市場の売り子たち。
 背中のリュックサックから、自身の名前と故郷の住所が記されたカードの入った、貧相な革の小物入れを取り出しながら、あたしは深呼吸を挟みながら語り続けていく。
 見てくれは悪いものの、あたしの家族公認で作ってくれた唯一の身分証…… バックパッカーと云っても、あくまでも自称。確約した立場とは言い難い為実質無職と同等だ。

 元々、ポケモン捜しを軸として自由な旅を心に決めていたあたしにとって、どこかのギルドに所属する事は安定の生活を得る代わりに一定の束縛を受けるものとして、端から選択肢から除外していた。
 保証が少なくとも、あたしは…… あたしのやり方で友を、周囲で起こっている犯罪情勢の詳細を暴く寸法でいる。

「ただ、例外に漏れてしまう者が助けに入れないって事自体、あたしはノーだと思うの。傍から見てワガママに思える様でも、助けたいと思ったから迷わず助ける―― 今に立つ自分の気持ちに、偽りなんてしたくは無かったから」
「それは、そうなんだが……。うぅむ……」

 革のカード入れを持つ右掌を、グッと握り締める。
 ジョッシュはあたしに横顔向けながら、そっと手を開いて気持ちを落ち着かせようと動くだろう。
 一方のラウドは、自分の話す持論に、賛否が渦巻くのか素直に返答に迷っている様子だ。

「自己選択に伴う責任は、既に受け止めてる。それにあたしは、義憤や正義感の為だけにあの現場に赴いた訳じゃない―― 為すべき目的の為に、情報が欲しかったの」
「ラウドさんにも、既に共有しましたけど。チナには、チルトってパチリスの親友がいるんです」
「あ…… リグレーの事を話した事から、ねえちゃん慌しかったもんなぁ」

 依頼の報酬はあるに越した事は無いのは、どの所属のポケモン達も一緒なのだろう。
 あたしは、一般の報酬よりも、チルトの現所在及び犯人達の置き残した布切れ―― 前回の戦いから明らかになった、後者の“ゼルネアスを侮蔑する意図を含む乱雑にぶちまけた色汚れた代物”の情報の進展に、可能性を見出したかった事を伝えた。
 最も、本音を言えば前者のチルト関連こそ優先して掴みたかった情報ではあるのだが。
 
 ジョッシュはあたしの肩に手を伸ばし、無言ながらそっとさすってくれた。

「普通なら保安官、救助隊たちに任せればそれで良い事案でもね。共鳴する理由があったから、あたしは……。心配や迷惑を掛けさせたのは確かだから、これからは極力控える事にするよ」
「……………」

 最後にあたしは、無茶な行動を慎む旨と共に深々と頭を下げた。これ以上の持論はただの理想論の押し付けになってしまう、そう危惧しての事である。
 暫しの沈黙―― その間にも、診察あるいは会計待ちとなっていたポケモン達が呼ばれる毎にスペースから離れたり、一通り求められる工程を終えた者達がスペース、病院の出入り口に足を運んだりと、変化は続けていた。 

「アンタの言っている事は正しいさ。物怖じせずに、用意周到に準備をする上で殴り込みに行く度量も認めてる。……だからこそ、不安になっちまうのさ」

 やがて、ラウドは腰掛けていたソファから身を起こして四足態勢に戻すと、彼なりの返答を紡いでいく。
 同時に鋭い目線で以て、あたしを見据えて問い掛けた。

「強く抱いてる気持ちが、目に見えない敵の圧倒的な強さに膝折れて、答えを変えざるを得ない事にだって在り得るこの治安の悪さだ。チナのねえちゃん、アンタはその現実を見据えて歩んでいく覚悟はあるかい?」
「えぇ。その覚悟ならとっくに、と思ってたけど……」

 行商タテトプスからの粛々とした問いに、あたしは右掌を握り締めながら今の痛感した状況を鑑み、素直に気持ちを吐露して返答とした。
 まだまだ甘かった、この事案はあたし一匹だけで抱えきれるものではない……と。
 ジョッシュはと云うと、保管器を肩に掛け直しながらあたし達の方に視線を向け、一部始終を見守るに留めている。
 タマゴの方は―― おや、時々動いている様に見受けた、気がする。

「事を急いたって、事態が解決に導ける訳じゃない。まずは、今の状態を治してから、それからね」
「今、ここに在るのが現実だもんな。救助隊探険隊…… 例えそうでなかった者に対して渋るなんて、おれらしくも無ぇや」

 あたしとラウド、双方の気持ちが氷解した瞬間である。
 彼もまた、助けてもらった恩義はあってもカテゴリーに枠当てはめようとしていた自身を省み…… あたしとジョッシュに向き直った。
 その顔には前まで曇らせていた、初めて見受ける明るい表情が。ドヤ顔と云っても、差し支えない眩い変わり様。

「気が変わったよ、アンタらの為に一肌脱ぐぜ。おれの返礼は、“市場のスペースを借り、食糧や甘味を販売するに当たって2割引きでポケの取引とする”」

 ……一瞬、言葉を失った。
 食糧と云えば、どのようなポケモンでも探索に於いては重要視される代物である。それを、ラウド曰く通常の価格より安く買える様にしていただける、とは。

「――この言葉を筆頭に、アンタ達にチカラにならせておくれ」
「えええぇっ!? い、良いんですか!?」
「あんな目に遭ったと云うのに、ラウドさん…… アナタと云うポケモンは」
「その分ポケは貰うけどな。適切な額で以て取引させていただくさ」

 最初に驚きを見せたのは、ジョッシュ以外当てはまらず。どうにか口を抑えて病院内に響かせる事態にならなかっただけ、セーフとしておこう。
 恩義に報いる彼なりの配慮も兼ねた返答に、あたしは申し訳無さを伝えようとする。対しラウドは、“2割引きと云えど、ポケがあればそれ相応の取引はするぜ”とばかりにすました顔を見せてくれる。
 シビアも大事だが、人情味が何より生きてくのに一番となる……

「……ありがとう。あたしも、皆も。まだまだ捨てたものじゃないって事ね」

 一匹旅も、集団での旅も、目的と理念が一致すれば何て事は無くなるもの。
 安心感、この一言に尽きる概念に満たされるのを感じてなのか、あたしは改めて二匹にありのままの笑顔で御礼を伝える事が出来た。

「ジョッシュくん、そう云えば前に言い掛けてた…… “物資を調達するのに手頃な場所”。良ければ教えて下さるかしら? 傷が治るまでに、おさらいをしたいもの」
「もちろんだよ、チナ。この都市から少し離れた… 南西の方向にある林に、主に素材やガラクタが落ちてってるって聞いてた事があるの。多少歯応えのあるポケモンもいる位だけど、対策しておけば問題は無さそうかな?」
「ふむふむ、南西の林ね。助かるわ、メモに書き記しておかなきゃ」
「今すぐ行く! って言わなかっただけ…… 安心だよ。そう、まずは体を休めないとねっ」
「言われた通りにするよ。あたしの泊まってる宿屋が、タウンマップの此処だから……」

 そろそろ会計に呼ばれてもおかしくは無い。
 小声で話を続ける中、行商タテトプスの彼があたしの進める手筈の行動を先回り。四足ながら受付まで、診療費を払いに向かって行った。
 時間は長く掛かる事無く、スムーズに済ませられてUターンで戻ってきた。律義なのは、此方としても大いに助かるものだ。

「お待たせ。まぁアンタ達が旅立つまでに時間は幾らでもある、おれは市場でいつでも待ってるからよ。チナのねえちゃん達、食料品一式を見てってくれな!」
「是非とも、そうさせていただくよ。これからよろしくね、ラウドさん」

 病院での用事は済まされるに当たり、あたし達はこの場を後にした。



 ∴



 その後は、日を迎えてからまた合流しようと云う事となり、あたしは到着早々受付を済ませていた宿屋、ジョッシュも新たに同じ宿屋に受付をして泊まる事と相成った。
 ラウドはと云うと、自分にはテントがあるから心配は要らない、野宿には慣れているとの事で、一先ず解散となっている。
 慌しかった中央都市から、チルトの情報、布切れを巡る戦い込みの調査を主とした一日は…… フカフカな寝床で、一旦思考を静寂に預けて終わりを迎える事としよう。

 どこかで、助けを求めて泣いている子の声を、あの時みたく聞き漏らしはするものか。
 駆け付けられる俊敏な足を取り戻すまで、今は…… 回復に努めるまでだから。

 日増しに強くなるそれぞれの思慕を抑えながら、あたしは電灯を消し、その身を横たえ寝息を立て始めた。



 そして、朝を迎える。


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