マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.905] 第一章 投稿者:紀成   投稿日:2012/03/15(Thu) 21:22:35   28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

キラキラ光る、溶けない氷。いや、溶けない氷っていう道具があるのは知っていたが、それよりもずっとその表現が似合うと思った。石と呼び名がついているのに、それは薄暗い洞窟の中で自ら輝いていた。
ピッケルをツナギのポケットに押し込むと、ファントムはそっとそれを引っ張り出した。サクッ、といういい音がして右手に納まる。スコープで状態を確かめる。間違いなく、水の石だ。
ふう、と息を吐いて洞窟の中を見渡す。前方五十メートルほどにカゲボウズ達が集まって、ナップザックを漁っていた。やる気あるのかと思わず頬が引きつる。
『ファントム、こちらもあったぞ』
「何?」
「炎だ。ほら」
モルテが差し出した手の中に、オレンジ色の透き通った硝子のような塊がごろりと転がっていた。何度見ても硝子という表現が相応しいと感じてしまう。石なのに。まあ普通の石とは比べ物にならないくらい、貴重な品だが……
ゴーグルを外し、髪をかき上げる。オールバックにした姿が新鮮に見えた。
「ゴビット達を連れてこなくて良かった。あの二匹がいたら、洞窟が崩れる」
『しかし驚いたな。イッシュの外れにこんな場所があったとは』
「見つかってもそうそう来れないだろうね。何せ、常識人なら来る気も起きないだろうから。こんな……
天然の迷路なんて」
彼女の頬を冷や汗が流れた。モルテが悲しそうにうつむく。そう。一人と一匹+αは現在道に迷っていた。
出口の見えない洞窟の中で……

始まりは、四時間ほど前に遡る。黄昏堂の使いがファントムの元に突然やってきた。『頼みたいことがあるから至急来てくれ』わざわざ使いを出さなくても、丁度今から向かうつもりだったのだ。鍵を使わなくても入れる時間だったし、最近面白いことがないからパズルでも戦わせてみようかと考えていた。
だが、来た途端に道具一式と服一着を渡された。状況が飲めない自分に、マダムは言った。
『ツナギのポケットに入れた地図の場所に行って、進化の石を掘って来てほしい。知る人ぞ知る名所で、透き通った石なら何でも手に入る。水、炎、雷、闇、光。そしてめざめ。別に悪い話ではないはずだ。
あまった分はお前が持っていてくれて構わない』
自分の利益になるなら構わないか……と珍しくあっさり承諾してしまったことが、運の尽きだった。というよりあのマダムがこちらに利益のある話を持ってくるはずがないのだ。
石は見つけた。マダムが前述した石のうち、四種類――闇の石と光の石以外は簡単に見つかった。岩壁を掘れば簡単に出てくるのだ。どれも純度が高く、ブラックシティに持って行けば高値で売れることだろう。
そんな不純な思いが洞窟に嫌われたのだろうか。
ケースがパンパンになった頃、ファントムは連れて来ていたポケモン達と共に道に迷ってしまったのだ。だが彼女こそ馬鹿ではない。きちんと壁に道しるべを付けてきていたのに、いくら歩いてもその壁にたどり着かない。
腕時計を見ると、とっくに深夜を回っていた。だが一体現在地が何処なのか分かるまで眠るわけにもいかない。モルテに支えられながら、ファントムは眠い目を擦りひたすら洞窟を歩いていた。発狂しなかっただけ、彼女の精神力がどれだけ高いかが分かる。ナップザックの中で石同士がぶつかり合い、ごつごつと音を立てていた。
次にきちんと意識が戻った時、彼女はモルテにおぶられていた。慌てて降り、何がどうなったのかを聞いた。
『二時間ほど前か。流石に限界だったのか、崩れ落ちてな。そのまま土の上に放っておくわけにはいかないからおぶって移動していたんだ』
「モルテは大丈夫なのかい。……けっこう重いよ、私」
『残業に比べればかわいいものだ。それに、道は見つかったぞ』
あっけなかった。モルテの指差す先に、連れてきたポケモン達が群がっていた。鼻を動かしてみる。微かに……ほんの微かに、空気の匂いがした。どうやらここだけ壁が薄いらしい。
『この壁の向こうが外らしい』
「こんなことなら、片っ端から壁を壊していけばよかったな」
軽口を叩けるだけあって、彼女の体力は大分回復していた。モルテのきあいだまと、ゲンガーのシャドーボールで少しずつ崩していく。隙間から冷たい空気が入って来た。
全員通れるくらいの大きさになった時、彼女は一体ここが何処なのか分かった。山の岩壁から出てきたらしい。足元には花や草が咲き乱れ、頭上を木々が覆っていた。
「変な場所まで来ちゃったな」
『私もこんな場所は見たことがないぞ。どうする』
「……!」
ニ.〇の目が、木々に隠れた灯を見通した。見ればその灯の周りにも同じように灯が集まっている。村だろうか。どちらにしろ、有り難い物が見つかった。空と時計を見れば、もうじき夜が明ける時刻だ。
「一先ず行ってみるか。運が良ければ宿と場所の名前が見つかるだろ」
『ああ……』
モルテの声に、ファントムが振り返った。
「どうした」
『妙な気がしてな。灯が集まっているということは、少なからず人が多い場所――村や街のはずだ。だがこんな場所、私は一度も来たことがないし、ギラティナの情報網にも引っかかったことがない。
どういうことだろう……』
「君がそこまで言うなら、尚更行ってみたくなったよ」
好奇心を刺激してしまったらしい。モルテは頭を抱えた。

街が全て見渡せるような場所に来た時、夜は明けていた。朝日が向こう側の山から昇り、建物を照らしていた。
煉瓦造りの建物だった。道は石畳。早朝の馬車が、街中を走っていく。ギャロップを使っていた。キンと冷えた空気が、ファントム達を包み込んでいる。
「随分古風な街だね」
『とりあえず、降りれる場所が何処にあるのか探さないとな』
「ああ」


時に、十二月二十九日。早朝六時。
人知れず時を歩んできた街へ、一人の女が入り込んだ瞬間だった。


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