マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.907] 第二章 投稿者:紀成   投稿日:2012/03/16(Fri) 15:38:43   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

少し霧が出ていたが、街中は比較的明るかった。丘の上から街を見下ろし、入り口を探すこと数十分。一行は石で造られた橋の前に立っていた。先ほどの場所から約二キロ。橋の前に、かつて細工されていたのであろう看板のようなものがポツンと置かれていた。それはたった一人で幾百年もこの街の前の道を見つめ続けて来たのだろう、と思わせる物であった。
何度もタールのような物で塗りなおされた、街の名前。
「……『faldown』フォールダウン、か」
『聞いたことがないぞ』
「多分電子機器の類を持ってても使えないだろうね」
変な場所から出たにも関わらず、後ろの道は石だらけだった。風雨に晒されていたにしても足跡の類が全く無い。雑草は生え放題、完全に自然の状態になっている。
「誰も来ていない。まあ来ようにも来れないだろうけど」
『地図にも載っていないようだ』
ほら、とモルテが差し出したのはつい最近更新された紙の地図だった。開発などで土地の移り変わりや古い街が消えていく現代では、五年に一度くらいは地図を書き直さなくてはならないらしい。まあ最も何百年も昔の話じゃあるまいし、今はコンピュータという便利な物があるのでそこまで苦労はしないらしいが……
「マダムに頼まれて来た洞窟がこの辺り。マダムの地図にも載っていないな。
『あの』マダムが知らない場所なんてあるのか」
『彼女が外へ出た話なんて聞いたことがないぞ』
「趣味の悪いペットは飼ってるけどね。何処から手に入れてきたんだか」
本人がいないのをいいことに好き勝手言う一人と一匹。
橋の下を覗き込むと、川が流れていた。川底まで見えるため水が透き通っていることが分かる。ここにはポケモンは生息していないようだ。
「一先ず入るか。休める場所とかあればいい。ホテルがあればもっといい」
『地図に無い街にホテルがあるか?』
「希望的観測だよ」
ファントムは歩き出した。穿いているブーツの踵がコツコツと音を立てる。そこでふと思い出した。
「まだツナギとゴーグルのままだった」
『着替えるわけにもいかないだろう』

甲高い声が、明けたばかりの空に響き渡る。バサバサと羽音がして、頭上をマメパトとハトーボーの群れが山に向かって飛んでいく。朝食だろうか。
歩いて分かったが、この街は四つの色の石畳によって分けられていた。先ほど見た丘のから真正面に向かって、右下が住宅街の白。右上が市場の赤茶。左下が入り口の灰色。そしてその上……というより左下までほとんど占めているのが、廃墟のように見えるゴミ置き場だった。馬車に付いていたであろう車輪、破れた布、煉瓦や瓦のような物が積まれている。ヒウンシティの裏通りとまではいかないが、少々臭かった。ちなみに石畳の色は物が置かれすぎているせいで見えない。
「どこの街もあんまり変わらないもんだね」
ファントムが廃棄物の中の車輪を持ち上げた。ツナギとゴーグルのせいで似非発明家のように見える。
『使えそうな物はないな』
「こんな閉鎖された街に住んでるんだ。別の場所から何か仕入れることもできないし、汚れても壊れてもまた直して使うんだろ」
歪んだ車輪を元に戻した時、後ろでガシャンという音がした。続いてカゲボウズの一匹がふんふんと鼻を動かして叫ぶ。
『ワインのにおいがするぞ』
振り向いて――理由が分かった。紫色のボトルが落ちて粉々に割れ、中身であるワインが石畳を伝って広がっている。その側には紙袋とフランスパンであろう細長いパンが落ちていた。
そしてその側に立ち尽くしている女。女というよりかはゴムマリと言った方がいいかもしれない。かなり太っている。首が身体に埋まっているように見えた。
だが気になったのは、その女が言った言葉だった。『どうして――』 何がどうしてなのか。一体全体何をそんなに驚いているのか。顔面蒼白になっているのか。
「……どういうこと」
『分からん。分からんが……』
内容は読めないが、どのような状況に置かれているのかは嫌でも理解できた。コンマ数秒で石の礫が自分のゴーグルに直撃したからだ。幸いにも目に突き刺さりはしなかったが、それでもゴーグルは粉砕した。
ゴーグルを外し、周りを見ればそこに住んでいるのであろう人間達に囲まれていた。恐怖、畏怖、怯え…… どんな言葉を並べても言い尽くせないくらい、視線は突き刺さるものだった。だがそんな状況下においても一つだけ分かったことがある。
若い娘が、いない。
「モルテ」
『何だ』
「逃げるぞ」
あっという間の出来事だった。走り出した途端、石や物が飛んでくる。いくらかかわしたが、それでも当たる物は当たった。そして走っていて分かったこと。この街は見かけより入り組んでいて、ちょっとした路地が変な場所に繋がることがあった。だから、路地の側を走っていていきなり右腕を掴まれて引き摺り込まれたことも…… この場合、引きずり込んだ相手に感謝するべきなのかもしれない。
「いった」
「早くこっちに。大丈夫。この地下道は誰も知らないの」
言われるがまま屋内に入れられた。民家の一つのようだ。路地側に入り口があり、自分が逃げてきた方にドアが開くようになっている。自己紹介をしないまま、相手はキッチンの床にある蓋を開いた。そこから階段になっていた。
「足元に気をつけて」
『いいのか』
モルテが口を出してきた。私も少し考えた後、首を振った。
「いいわけないだろ」
『じゃあ何故』
「理由がよく分からないままなのは、両方同じだ。追いかけられるよりはこちらの方が断然いい」
『……』
納得いかない顔のモルテを無視して歩いていくと、灯が見えてきた。蝋燭の乏しい灯だが、地下道の一部分を照らすには十分だった。
側に石のテーブルと椅子があった。きちんと背もたれも備え付けられている。相手が座るように促した。
「色々あるけど、とりあえず一番初めに聞きたい。
……君は何者?この街の住人なんだろ」
灯が目の前の人間の顔を照らした。影がそっと被っていたローブを外した。その時驚いたのは、モルテ達だけではない。目の前に鏡があるのかと思っただろう。

その顔は、ファントムに瓜二つだった。


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