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「……私はポケモンバトル部を率いて夏の大会に挑戦しました。目指すは巧技園だけでした」
ハーラルははまず、自らの事件までの状況を話すことにしたようだ。こんな事件があったというのに、バトルのこととなればどことなく生気が見えるな。
「巧技園か。普段はプロチームの試合場所であり、春と夏の大会の本選が行われる場所だよな。悪趣味な外装に非難が集中したからつたで覆っているのは有名な話だ」
「ええ、それでも私達の目標でした。元々シジマ校長が開いたこの学校は、熱心にバトルを推奨していました。私達も強力なバックアップを受けて順調に育ち、遂にタンバ予選を勝ち上がれるほどになったのです」
「そうだったのですか。……遂に? バトルに熱心なら優秀なトレーナーを入学させれば良いのでは?」
ふと、ラディヤが疑問をあげた。言われてみればそうかもしれんな。1から育てるのは費用も時間もかかるし、何より成長する保証が無い。こうした問いに、ハーラルは明快に返答した。
「まあそうだよね。でも校長はそういうやり方に大反対で、自前で育てることを原則としていたんだよ。ただし、頭がキレる人はたくさん集めたみたいだよ。『賢い人の伸び代は大きい』ということらしい。実際、主力には進学クラスの奴らが多かった。彼らは推薦で入ってたよ」
「ほーう、つまりそれが進学クラスがあった理由でマスな。ポケモンのやりすぎで馬鹿にならないための措置ということでマスね。進学クラスにバトル部員が集中していたでマスから、逮捕の後はがらがらだったでマスよ」
「おい、僕を見るなよ」
ターリブンは得意げにイスムカを眺めた。全く、胸を張るほど勉強してねえだろお前さんは。まあ、今はそんな枝葉はどうでもいい。話を続けよう。
「……それで、ようやく日の目を見た育成方針によって、お前さん達は勝ち上がったというわけだ」
「はい。足元もすくわれずに駒を進め、準決勝の超タンバ高校戦にも勝ちました」
「ふむ。ここからが本題だが、どのポケモンを使ったんだ? ついでに、相手の様子も出来る限り説明してくれ」
ようやく核心に迫ってきた。あの校長や顧問からして不正を許すようなこたあ無いだろうが、それもこの証言ではっきりする。
「そうですね。まず使用ポケモンですが、最初はラグラージでした。相手はケーシィで、こちらはこだわりスカーフを持たせて奇襲させるつもりでした」
「そりゃ中々良い考えだ。『ラグラージは遅いから先手を取れる』という固定観念を持つトレーナーは結構いるからな」
「……ところが、先手を取ったのはケーシィでした。サイコショックを使われ、一撃でラグラージがやられたのです」
「い、一撃? そんなケーシィが……」
イスムカの言葉が止まった。そりゃ、ラグラージほどのポケモンをひねるケーシィなんざ普通有り得ねえからな。ターリブンもこれに同調する。
「イスムカ君の言う通りでマス。ケーシィどころかフーディンがこだわりメガネを持っても余裕で耐えられるはずでマス!」
「そう、あの場にいた人なら誰だっておかしいと気付けるほどだったんだ。ケーシィの目は虚ろだったし体中小刻みに震えていた。後で調べて知ったんだけど、あれは事前に過剰なドーピングをしたに違いない。それでもジャッジは動かない。……だから、こちらも秘密兵器を投入した」
「秘密兵器とは、大層な物言いだな」
「そんなことはありませんよ。私が繰り出したのはピクシー、それも『てんねん』の特性のピクシーです」
ハーラルは嬉しそうにその秘密兵器の話を切り出した。余程自信があると見えた。……その気持ち、分からなくもない。俺もカイリューには自信があるからな。
「そりゃなんとも珍しい。確か、イッシュ地方のジャイアントホールでたまに出るピッピを進化させる必要があるはずだぞ」
「そう、それほど貴重なポケモンです。話を戻すと、私達は相手のドーピングを特性で無効にしつつ、コスモパワーで守りを固めてアシストパワーで攻めることにしました。これが功を奏したという格好です」
「……でも、逮捕されたでマスよ。しかも試合の1ヶ月以上も後に」
「そこなんですよ。私達は結局次の試合で負けたのでエンジュ園には行けませんでした。それから秋の大会に向けてというところでマーヤ先生は怪我するし、私達は捕まってしまったんです。……裁判では通報者と対戦相手の立場で超タンバの連中が証言してました。『ケーシィの攻撃の威力が全く落ちた上に凄まじい反撃に全滅させられた。ドーピング以外にあり得ない』とね。確かに結果はそれで合ってますが、話をすり替えてましたよ。しかも証人のジャッジは皆向こうに有利な証言ばかり……」
「買収されたか。告発に時間がかかったのは準備をしていたからと見えるな……あんたの言ったことが全て事実なら」
俺は少しまごついた。はて、この手の話で役に立ちそうな代物は何があったかな。……お、あれがあるじゃないか。
「ところでよ、その試合の録画とかスコアブックは無いのか?」
「スコアブックは押収されたみたいで今はありません。でも、録画なら誰かがしているかもしれません。ちょうどあの試合からテレビやラジオ中継が始まりましたから」
ハーラルは最後の最後でとてつもなく重要な情報提供をしてくれた。なんだよ、つまりそこら中に証拠が転がってるというわけか。これを審議しなかったのなら、完全にはめられたな。……度は違うが、かつての俺と同じ立場だ。はんっ、これは動かないわけにはいかんな。
「よし、それだけ聞ければ十分だ。これで動くことができる。それじゃ、そろそろ失礼させてもらおう。ある程度目処がついたらまた来るぜ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「それでは先輩、失礼します」
「何か入り用でしたら連絡くださいね」
「オイラ達がきっと助けるでマスよ」
「ありがとうみんな。そっちこそ頑張りなよ!」
俺達は別れのあいさつを済ませると、面会室を後にするのであった。ハーラルも部員達も名残惜しそうだが、今は前を向いて歩くしかないんだぜ、仕切りなしに対面できる時が来るまではな。
・次回予告
月日は経ち、今日から新学期だ。部員達も進級する。さらには新しい顔触れが登場する……のだが、なんだこいつは。次回、第41話「マッドな教師」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.105
日本には三審制という言葉があります。実際には3回どころか10回以上やっていることもありますが。確か、同じ事件でも裁判所によって扱う内容が違うんですよ。第一審では事実関係、第二審では第一審で確定した事実を前提に別の話といった具合に。うろ覚えなので間違っているかも。
あつあ通信vol.105、編者あつあつおでん
【業務連絡】本棚追加登録凍結・整理のお知らせ
No.017です。
いつもマサポケをご利用頂きましてありがとうございます。
本棚運営に関する業務連絡とご報告をさせていただきます。
いままでご利用頂きましたました事に感謝申し上げると共に、
本棚にて更新途中の作者様にはお詫びを申し上げます。
●本棚更新の凍結について
管理人就任時より、新規のID発行を停止し、
既存登録者の登録更新、話数追加のみ受け付けてきました本棚ですが、
大変勝手ながら2012年11月いっぱいを持ちまして、
登録更新・話数追加を凍結させていただきます。
IDをお持ちの作者さんで新規に登録したい小説や、
直したい小説がある場合は11月いっぱいまでに済ませていただくようお願い致します。
●作品整理のお知らせ
今回の凍結にあたりまして、
2011年12月31日時点で更新が止まっている連載作品を
11月末日を持ちまして公開終了とさせていただきます。
2012年の時点で更新のある連載作品はこの限りではありませんが、
今後、時期を見て終了とさせていただく事になると思います。
作品移管予定のサイトがある場合は、作品本文中その他にその旨を示していただいたり、
新しい一話を登録する要領で、移転先をリンクしていただく事は自由です。
そういった場合は、公開終了まではリンク先に誘導が可能となります。
(例)
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■ 新規サイトへの誘導リンク
更新日:2010/04/20(Tue) 23:18 [修正・削除] [管理者に通知] [本文の編集]
続きはこちらのサイトでご覧いただけます。
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●作品の登録が出来るサイトのご紹介
他力本願で申し訳ございませんが、小説を登録できるサイトさんをご紹介させていただきます。
マサポケのシステムよりずっと簡単にレイアウトを整えて、公開する環境が整っております。
一部、私の作品も登録させていただいています。
POKENOVELさん http://pokenovel.moo.jp/
ツタージャの本棚さん http://snivy-bksf.pepper.jp/
ポケモン小説スクエアさん http://pokemon.sorakaze.info/
pixivさん http://www.pixiv.net/mypage.php
●凍結の決めた背景について
言い訳がましくて申し訳ございませんが、今回の決定の背景についてご説明しておきます。
【方針】
まず、No.017がマサポケを引き継ぐにあたって、
これまでの方針を転換し、掲示板主体とする事は三年前に参考URLに示した通りです。
参考: http://masapoke.sakura.ne.jp/hondana.html
ですから、今回の決定はこの方針を一段階推し進めた形になります。
【利用頻度の少なさと管理の限界】
そもそも新規IDを発行していない事にも原因がありますが、ここ半年くらいのうち、新規登録依頼が約2500件、ただし正式なものは2件のみで残りは全部スパムでした。
私自身が管理しきれないのもありますし、利用頻度的にも継続に疑問符がつきます。
閲覧のメインは明らかに掲示板でしょうし、同じ登録であれば上記紹介サイトに登録していただいたほうが、
見て貰える+新規機能で閲覧数等を見れるなど作者的メリットは大きいと思います。
【小説投稿環境の変化】
これは三年前にpixivで小説投稿機能が出た時にも同じような事を言いましたが、
近年、ポケモン小説サイトも変化して、より便利に・簡単に小説を投稿できるようになってきました。
上に上げたPOKENOVELさんなどです。
POKENOVELさん、ツタージャの本棚さんは同じシステムを採用しております。
無論、技術的には同じシステムを導入する事は可能なのですが、正直な所、相互リンク状態のポケノベさんと同じシステムを導入して、登録者を取り合ったり、マルチポストして貰っても仕方ないよなぁ…というのが私の意見です。
(私自身はマルチポスト肯定派ですが)
それなら、マサラのポケモン図書館という名前とは矛盾していますが、
あえて掲示板主体という事で独自性を出したほうがいいかなと今は考えています。
この件については、チャット会でそれなりの支持を集めたと考えております。
参考:http://masapoke.sakura.ne.jp/script_test/wforum.cgi?no=2642&r ..... de=msgview
マサポケは一時的な紹介の場、小説補完は登録サイトか自サイトで。
という方針で、当面はいく事になると思われます。
以上、簡単ではありますがご報告とさせていただきます。
質問等ございましたら、レス等でどうぞ。
ずいぶん間が空いてしまいましたが、スペシャルエピソードの第9作に入りたいと思います。
第9作の主人公は、ナナシマ編でマサトやコトミと一緒に旅をしたトモヤです。ナナシマ・バトルチャンピオンシップス閉幕後、ナナシマリーグの四天王・ヘッドリーダー候補に選ばれることになり、マサト達と別れることになりました。今回はトモヤのその後、ナナシマリーグ・四天王選考会にスポットを当てていきたいと思います。
今回も一般的な小説形式で話を進めていきたいと思います。
本棚収録は(可能であれば)コガネシティ編の後を想定しています。本作の後に今執筆しているエクストラエピソードを収録と言う構想としています。
SpecialEpisode-9『ナナシマリーグ!ヘッドリーダーは誰の手に!!』
(1)
ナナシマ・バトルチャンピオンシップスが終わり、トモヤはジムリーダー候補に選出されたことを報告するため、母親が待つ2のしまに向かっていた。
(お母さんに会いに行くのも久し振りだな。)
トモヤの頬を心地いい潮風が撫でる。その表情は、ナナシマの冒険を終えたと言う達成感、そしてこれから訪れるナナシマリーグの四天王選考会に対する面持ちで、複雑な表情を浮かべていた。
「ニドキング、どうだ?海風は気持ちいいか?」
ニドキングは大きくうなずく。
「そうか。・・・ニドキング、久々の長い旅だったな。お母さんに会いに行ったら、また今度は四天王選考会がある。それまではゆっくり羽を伸ばせるな。」
しかしニドキングは首を縦には振らない。
「はっはっ。そうか、やっぱりニドキングは修行がしたいんだな。もっと強くなって、いずれはマサト君にも勝てなきゃいけないもんな。分かった。帰ったらまた特訓だ!」
ニドキングはトモヤの声を聞いて、大きく鳴き声を上げた。
航海は順調に進み、数日後、船は2のしまの港に到着した。
「(久し振りの2のしまだ。)行くか、ニドキング!」
ニドキングはトモヤの声に勢いよく応える。そしてトモヤも自然と歩を早めていき、ニドキングもまたトモヤの歩に合わせて自然と駆け出していくのだった。
そして2のしまの町を抜けていくと、きわのみさきの民家が見えてきた。トモヤの実家だ。
「ただいま!」
「トモヤ、お帰り!ずいぶんとたくましくなったわね。バトルチャンピオンシップス、テレビで見ていたよ。」
「ありがとう。だけど今度は四天王選考会があるからね。そうもゆっくりしていられないんだ。」
「聞いたよ。トモヤ、ジムリーダー候補に選ばれたんだってね。さすがは私の子供だね。トモヤだったらきっとヘッドリーダーにだってなれると思うよ。」
「母さん・・・。」
「トモヤ、またこれから忙しくなるんでしょ?ところでジムリーダー選考会って、いつ行われるの?」
「4か月半後、場所はバトルチャンピオンシップスのときと同じ7のしまだよ。」
「じゃあ、それまでゆっくりできるんじゃない?」
「いや、それまで特訓しないと上を目指すことはできないと思うよ。だから、特訓して一回りも二回りも強くならないと、ヘッドリーダーになることはできないと思うんだ。」
「そうなんだね。トモヤ、ヘッドリーダーになるんだったら相当な努力が必要だね。だけど、トモヤだったらできると信じてる。やってごらんなさい!」
「はい!」
「ニドキング、どくづき!」
「ドクケイル、ヘドロばくだん!」
「ドクロッグ、ふいうち!」
「クロバット、エアスラッシュ!」
「トモヤ!マサト君達から電話が入ってるよ!」
「マサト君から!?・・・おお、マサト君、コトミちゃん。久し振りだね。」
こうして4か月近くにわたる特訓の日々はあっという間に終わりを迎え、トモヤの次なる挑戦、ジムリーダー選考会に向けて出発する日を迎えた。
「トモヤ、いよいよ出発だね。今日までの特訓の成果、他のジムリーダーの候補の方にもしっかりと見せてきなさい!」
「はい。」
「だけど、ジムリーダーと言うのは単に勝つだけがジムリーダーではないの。どうすれば納得のいく勝ち方ができるかと言うのもジムリーダーだと思うのよ。」
「そうだね。母さんの言う通りだよ。」
「じゃあトモヤ、しっかりと自分の実力を発揮してご覧なさい!ベストウイッシュ!いい旅を!」
ベストウイッシュ。遠く離れたイッシュ地方でよく使われている、旅立つ人に対する幸運を願う言葉だ。
「ありがとう。では、行ってきます!」
こうして、トモヤはジムリーダー選考会が行われる7のしまに向けて旅立っていった。
トモヤと同じくジムリーダー選考会に名を連ねたのは、ユミコ、マサヤ、ノブテル、ミリコの4人。これにトモヤを加えた5人が、ナナシマリーグのジムリーダー、そしてその上に位置するヘッドリーダーの座をかけて争うことになる。
果たして、トモヤはどこまで勝ち進むことができるのだろうか。今、トモヤの新たな挑戦が幕を開ける。
(2)に続く。
「お前さん達、今日はここまでだ」
「おお、珍しく早いでマス」
3月24日の水曜日、正午前。既に春休みへ突入し、汗ばむ陽気の中でポケモン達と訓練していた。
そんな日に、俺は切り上げることにした。こんなこたあマーヤ先生の見舞いの時以来だ。思った通りラディヤが尋ねる。
「早いということは、何かあるのですか?」
「ラディヤは察しが良いな。今日はこれからある場所に向かう。弁当食べたら校門で待ってな」
俺はそうとだけ言い残し、そそくさと荷物をまとめに行った。生徒より遅かったら示しがつかねえからな。
「ここで会う人って、一体誰なんですか?」
「そりゃ今に分かる。少なくとも、イスムカはよく知ってるはずだ」
しばし時が移り、刑務所の面会室。ここはタンバの山奥にある施設で、ジョウトやその周辺から受刑者が送られてくる。手持ちのポケモンは全て親族や関係者に渡されるため、脱走は極めて困難だ。全く、俺みたいな奴が白昼堂々来るとは皮肉だぜ。
「ほほう、イスムカ君には黒いお付き合いがあったでマスか」
「違うよ!」
「……お、ようやくご到着だぜ」
他愛ない会話を切り裂くように、ガラス壁の向こう側の錆びた扉が音を立てた。そこから現れた人物に、いの一番声をかけたのはイスムカであった。
「あ、部長!」
「部長、ですか。それはつまり……」
「うむ、そうだな、お互いに説明しておくか。ここに呼んだのはポケモンバトル部の部長だ。去年の事件で他の部員と共に逮捕され、今は収監中。将来を嘱望されていたようだが、これで水泡に帰した。これで間違いないよな、ハーラル君」
「そうです。よくご存知でしたね、報道はほとんど無かったそうですが」
戸惑う部員達に面会相手の紹介をした。頭は丸め、青と白の横縞というパンツにでも使いそうな柄の衣服をまとう。足元はスリッパ、顔面には丸眼鏡を装備している。その端正な顔立ちには似ても似つかぬ境遇だな。
「なに、これくらいは造作もない。それと紹介しておこう。新たな部員のラディヤとターリブンだ。イスムカは……言わなくても大丈夫か」
「ラディヤです、初めまして」
「オイラはターリブンでマス」
ラディヤとターリブンは一礼した。なんとなくうやうやしい様子なのは気のせいではあるまい。そりゃ受刑者だからな、顔にも振る舞いにも出さないのは簡単ではない。だがハーラルは意に介さず返事をした。
「ああ、よろしく。私はハーラルだ。それにしても、イスムカはよく逃げ出さなかったね、感心だよ」
「あ、ありがとうございます」
イスムカは直立不動で声を絞りだした。どうやら、後輩には敬意を持たれているようだな。さてと、掴みはこのくらいで良いだろう。
「……それでは、そろそろ本題に入ろう。去年の事件について、知っていることを全て教えてもらいたい」
「去年と言えば、違法ドーピングのことでマスか? あれは確かもう裁判も終わったって聞いたでマスよ」
俺の発言にターリブンは首をかしげた。ふん、思った通りだ。事実が行き届いてない。
「おいおいそれだけか、少しは考えてみろよ。違法ドーピングは致命的な重罪、起きただけでも大事件なんだぞ。通常なら判決まで大々的に報道される上に長期化するが、今回は扱いが異常に小さいし早い。何かが裏で動いていると読むのが道理よ」
「あ、それはつまり私達の無実を信じているってことですか? ええと……」
「テンサイ、顧問代理だ。それと、別に無実なんか信じちゃねえよ。だが、扱いがおかしいのは気になる。その辺の裏を探った結果、無実の証拠でも出たら信じてやるさ。だから包み隠さず話してくれ」
俺は前に乗り出しハーラルに迫った。彼は微動だにしないが、ゆっくりと口を開く。良い肝っ玉してやがる。
「……分かりました。もとより頼れる人はいませんし、ダメ元です。巻き添え食った他の部員のこともありますし。その代わり、分かったことはこちら側にも伝えてくださいね」
「承知した。それじゃどこからでも良いから始めてくれ」
俺の承諾を確認すると、ハーラルは証言を始めるのであった。果たして、何を聞き出せるかね。
・次回予告
なるほど、これが奴らの知っていることか。鵜呑みにするわけにはいかんが、新聞に載ってない情報が盛り沢山だな。俺の任期は長くない、少しずつ調べるとするか。次回、第40話「真実の原石」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.104
縞パンというものがあることを最近知りました。あれはあれで悪くないですよね。囚人服の例えに使うのはアレでしたが。
あつあ通信vol.104、編者あつあつおでん
モンスターボールが発明されたのは、とある実験中に偶然起きた不幸な事故がきっかけだという。だが、その偶然がなければ、今の人間とポケモンとの関係はあり得なかったのだろう。両者の距離はぐっと縮まって、人間は誰でもポケモンと心を通わすことができるようになり、ポケモンはいつでも人間の傍にいられるようになった。
もちろん、いいことがある反面、悪いことだってある。ポケモンは、自分で主人を選べない。捕まえたのが悪い人間だったときは、自分の運勢を呪うしかないだろう。だが、それで終わりでは救いがない。人間に逃がす気がなくても、ポケモンがその気になれば、主人の元から去ることもできるそうだ。
最も、モンスターボールにポケモンを縛る魔力があるのは間違いないが。
だから、私は逃げられない。このボールはご主人のものだから。離れたくても、離れられないんだ。
何の冗談だ。ご主人に会いたくて、ただそれだけなのに。そうするには、彼との絆を一度断ち切らなければならないなんて。そんなこと、できるわけがないじゃないか――!
「脱走? へえ、珍しいこともあるんだな。薬漬けがうまくいかなかったのか?」
「それが、餌をまともに食ってなかったみたいなんだ。簡易検査の結果だと栄養状態が悪くてさ」
「あー、それで見逃してたのか。格闘タイプは見た目じゃ体調分かりにくいからなあ。ちょっとくらい絶食しても平気なツラしてやがるし」
誰かの声で目が覚めた。人間の声だ。
目覚めの重苦しい意識は、それでも冷静に状況を把握しようと働いてくれた。
背中に固くて冷たい感触。どうやら仰向けに寝かされていたらしい。
ここはどこなのだろう。高い天井から吊り下げられた、何本もの白い管。すっと鼻を通る消毒液の匂い。壁の一部はガラス張りになっていて、その向こう側は白く曇ってよく見えない。
すぐにポケモンセンターの治療室を連想したが、そんな日常的な場所でないことはよく分かっていた。
なぜだろう。ものすごく嫌な予感がする。
起き上がろうとして、身体に全く力が入らないことに気づく。手も、足も、首も、腕も、膝も、尾も、まるで全身が石になったみたいに動かない。
一瞬身体が麻痺しているのかとも思ったが、感覚はあるようなので、単に痺れて動けないわけではないようだ。目は眩しいほど強烈な光を発する白熱灯や、黄色い点滅を繰り返す大きな機械の形をはっきりと映しているし、耳も、そもそも黒ずくめたちの話し声で目が覚めたので、ちゃんと機能しているのだろう。
感覚の一つ一つが正常かどうかを確かめて、やはり身体だけは動かせないという結論に辿り着いた。明らかに普通の麻痺とは違う。どんなに動こうと思っても、神経が遮断されたようで、どうすることもできないのだ。それこそ、頭と身体をばっさり切り離されてしまったみたいに。
「筋弛緩剤は? ちゃんと入ったか?」
「もう十分だろ。じゃ、調教始めますか」
黒ずくめたちの言っている意味はよく分からない。だが、黒ずくめの片方が手にしたものは、見覚えがあった。艶やかに光を反射する黒鉄のリング。あの子犬に着けられていた禍々しい口輪とそっくりだ。
やめて。やめてよ。それだけは、嫌だ。
どんなに心の中で叫んでも、それが本当の声になることはない。浅い呼吸をするので精いっぱいの喉は、微かな呻き声しか出してくれなくて。
冷たい手が降りてくる。怪しく艶めく黒い手袋は、躊躇なく私の喉元を捕らえた。その手を振り払いたくても、大声で泣き叫びたくても、目に見えない力で押さえつけられた私は綿の詰まったぬいぐるみみたいに大人しくしていることしかできない。
やがて、ガチャリ、という金属質な音がして、冷たい首輪がはめられた。凍りついたような感覚が首に張りついたその瞬間、思考が真っ黒になる。自由も、尊厳も、何もかも奪われて、もう二度とご主人の元へ帰れないのだと告げられたようだった。
そして、呪わしい儀式が始まる。
黒手袋が離れたのを皮切りに、首輪から強力な電撃が流れ出した。電流は激しい音を立てながら、瞬く間に全身を駆け巡る。機能を失った筋肉が好き放題に暴れまわり、焼けるような痛みが身体中を蝕んでいく。
何度か遠退きかけた意識は、いっそ手放せてしまえば楽だというのに。黒ずくめたちの悪意が透けて見える。苦痛を与えるためだけに、気絶するかしないかの限界ギリギリまで調整された強烈な電圧。
痛くて、苦しくて、辛くて、怖くて、悲しくて、悔しくて。永遠とも思える責め苦の中、辛うじて繋ぎ止められた意識の底で、私はずっと助けてと叫んでいた。届かないと分かっていても、くしゃくしゃで、途切れかけて、おぼろげに色あせた、あの日向のたんぽぽみたいな優しい笑顔に向かって必死になって手を伸ばし続けていた。何もかもぐちゃぐちゃに壊されていく中で、それでも、一秒でも長く私が私でいられるようにと。それが、身体の自由も心の自由も全部縛りつけられてしまった今の私にできる、悪意に対する最大限の抵抗だった。
『ユイキリ! なぜきみがここにいる!』
上下感覚も、光の加減も、自分がどちらを向いてどんな格好でいるのかさえ分からなくなっていたにも関わらず、ふいに聞こえてきたその声は、妙にはっきりと頭に響いていた。聞き覚えのあるような、朗々とした声。
一瞬何か閃きかけたような気がしたが、すぐに混沌とした思考の渦に消えてしまう。
なぜ? なぜ、分からない。何も分からない。嫌だ、考えたくない。怖い、怖い、怖い――
『しっかりしなさい! 今、助ける』
再び声が響いたとたん、ものすごい爆発とともにガラスの壁が派手な音を立てて飛び散った。無数の透明な破片は、ダイヤモンドダストのようにきらきらと光り輝きながら辺り一面に降り注ぐ。
黒ずくめたちが驚き、それと同時に電流が止んだ。二人は我先にと扉へかじりつき、その向こうへと消えていく。
割れたガラスの向こうから、もくもくと白い煙が溢れ出る。それは炎から立ち上るものとは違っていて、液体のような重みを持って床へ流れ広がった。
開きっぱなしの瞳は、目の前で起きたことをしっかりと捉えていた。だが、目では見えていても、ぼろぼろに焼け焦げた頭の中はその状況をさっぱり呑み込めない。何一つ分からない、呆然とするしかない私を、無情な時は待ってくれない。
滔々と湧き出る白い煙幕を突き破り、それは現れた。
凍った竜。その姿を一言で表現するなら、まさにそれしかないだろう。
銀の鱗で包まれた全身は、ところどころが冷たい氷で覆われていた。それは甲冑のように顔や、腕や、尾を取り巻いて、それぞれが冷気の渦を発している。凍った翼の先端には、鋭く透き通った氷柱のようなものが生えていた。だが、大きさからしても、長さからしても、一対の翼は明らかに左右非対称でバランスがおかしい。さらには身体の割にやたらと首が長い上、頭は重そうに垂れ下がり、もはや床すれすれだ。生物としての形状を大きく間違えているような身体つき。だが、不思議と歪さを感じない。その姿は一見異形のようであって、緻密に作り上げられた彫像のように荘厳でもあった。
竜が歩くと、辺りの空気が一斉に張り詰めた。ぴしりぴしりと音を立て、床に、壁に、薄い氷の膜が広がっていく。冷気の渦が私の顔にも降りかかった。
氷の竜は目の前までやってくると、おもむろに腕を振り上げて爪をカッと閃かせた。振り下ろされる凶器。私は息を飲んで身を固くした。しかし痛みはいつまで経ってもやってこない。その代わりというべきだろうか、気づけば首回りの冷たい感覚が消えている。首輪が、外れている――?
いちいち鈍間な思考しか成さない頭に、再び声が滑り込む。
『大丈夫かユイキリ、一体何があった!?』
なぜ、私の名前を知っているのだろう? 首を捻りかけて、ようやく合点がいった。
この声、いつも夢の中で聞こえてくる声だ――
何か返事をしようとしたが、うまく声が出せない。それを察してか、
『ああ、喋らなくていい。心の中で教えてくれ』
彼は、そう言った。
目の前にいるのは、そこにいるだけで辺り一帯を氷漬けにしてしまえるほど強大な力を持った相手。にもかかわらず、私は警戒心を無くしていた。もはや疑う力さえ残っていなかったというのもあるし、やはり声だけはよく知っている相手だったから。私は言われるまま、夢の中でよくやるように心の声で呼びかけた。
『逃げようと、したんです。でも、だめだった。あれのせいで――』
逃げ出した黒ずくめたちが落としていったのだろう。
モンスターボール。私とご主人を繋ぐもの。私をここに繋ぎ止めるもの。
氷竜は、私の視線の先を見据えて重々しいため息をついた。
『……そういうことか。ずいぶんと非道な真似をするものだな。
まあ、きみもなかなかの無茶をしたようだが』
私は妙な感覚に陥っていた。夢の中の、それも声だけしかなかった存在が、今目の前にいて、親しげに語りかけてくることを、私は当然のこととして受け入れている。
彼はその辺にいるような普通のポケモンではない。それはよく分かる。だが、私はその存在をあまりにも自然に受け入れ過ぎていて、本来恐れるべきところが麻痺しているようなのだ。
それでも、これだけは聞いておかなければならない。
『あなたは、何者なんです? どうして私に話しかけてきてくれたんですか?』
『キュレム』
短く言い放ち、竜は侘しげに笑った。
『連中に限らず、人間は私をそう呼んでいる。私もきみと同じ、ここに連れて来られたポケモンの一匹なのだよ』
キュレムと名乗った氷竜は、簡潔に自身の身の上を話してくれた。全身から絶えず発せられる、自らをも凍らせてしまうほどの猛烈な冷気。それは言い換えれば、自分に近づく者全てを望む望まぬに関わらず氷漬けにしてしまう、呪われた力だ。彼は、それほどまでに強大な力を、気が遠くなるほど長い年月の間ずっと一匹で抱えていたのだという。だが、その力を黒ずくめたちに狙われ、捕えられてしまったそうだ。
『ジャイアントホールという場所を知っているか?』
聞いたこともない場所だ。
それを伝えると、キュレムは言った。
『私の住み処であった場所だ。山奥の、静かな場所でな。きみと同じ種族のポケモンも近くに暮らしていたよ』
きっとキュレムにとって、私の存在は故郷を思い起こさせるものでもあったのだろう。
きみにはつい色々と話し込んでしまった、彼は少しだけ照れ臭そうにそう言った。
『私は人間と共に旅をしたことがないからな。ユイキリ、きみの話はなかなか楽しませてもらっていた。優しい主人に巡り合えて良かったな』
『……はい。私も、そう思います』
もう、そうやって頷くことに迷いはない。そんな私の心の変化を正確に読み取ったらしい。暗闇の中でずっと見守ってくれていた彼もまた、満足げに頷いた。
不思議と穏やかな時間だった。傷が癒えたわけでも、脱出が叶ったわけでもないというのに。むしろ、危険な状況なのは変わらないのに。それでも、少しだけ許された緩やかな談話はほんの僅かな間にも思えたし、とてつもなく長い時間にも感じられた。
でも、時は確実に流れていて。
逃げて行った黒ずくめが仲間を呼んできたのだろうか。ばたばたと駆けつけてくるいくつもの足音が、温かな夢の終わりを告げていた。
『……ユイキリ。一つ頼まれてくれないか』
『何です?』
『あのとき、誰も守れなかった私に、もう一度機会をくれ』
私はてっきり、脱出のための手筈を相談するものだと思っていた。だから、キュレムの言っている意味を理解できなかった。
呆然とする私を待つことなく、彼は続ける。
『念のため言っておく。優しいきみのことだから、これから私がすることで、きみはきっとまた自分を責めてしまうだろう。だがこれは私の自分勝手な我が儘のようなものだ。きみが思い悩む必要は、何もない』
意味が、分からない。キュレムは何を言って、何をしようとしているのだろう。
『どういう、ことです』
やっとのことで聞き返しても返事はない。目の前の氷竜は、苦い笑みを浮かべるだけだ。
鈍い思考を時は待たない。
彼が大きく首を仰け反らせたその瞬間、猛烈な冷気が爆発した。細かな氷の粒が弾け飛び、床も、壁も、天井も、みるみる分厚く凍りつく。
凍てつく風は動くことのできない私さえも抱き寄せた。鼻孔がびりびり痺れ、全身の体毛が霜に覆われていく。
そんな中、私は見た。冷気の中心にいる氷竜が、決意を帯びた瞳で私を見下ろしているのを。その視線が揺れて、何かに止まる。氷屑まみれの小さな球体。微かに垣間見える、象徴的な赤と白の配色。
それはとても懐かしくて、でも、切なくて、悲しいもの。大切だった。大事だった。たとえ今は私を縛る鎖となろうとも、彼との絆の象徴だったから。
『まさか――』
竜の口から放たれた青白い光線が、一直線に球体を貫いた。目を開けていられないほどの目映い閃光。
それでも、私は目が離せなかった。その身を包む氷の衣が剥がれ落ち、宙に弾け、ゆっくりと落下していく様を。やがてそれが床にぶち当たり、ひび割れて、粉々に砕け、破片の一つ一つがきらきらと輝きながら辺りに飛び散る瞬間を、ただただ絶句して、最後の一欠片が煌めきを残して散っていくまで、私は片時も目を離さずにその光景を見つめていた。
『――――っ!』
まるで自分が傷つけられたようだった。もし声が出せたなら、間違いなく悲鳴を上げていただろう。
痛かった。悲しかった。
胸の奥底に大事に抱いていた何かを、無理矢理もぎ離されたようで。
なぜ。どうして、こんなことを。
そうやって問い詰めたい気持ちは、次の瞬間全て吹き飛んでしまった。
本当に一瞬の出来事だった。衝撃の余韻に浸る間もなく、キュレムが激しい咆哮を轟かせたのだ。大気が裂けるほどのそれは次第に力を増して色を帯び、荒ぶる光の矢となって天に向かう。頂点へと達した光は大輪の花となり、真っ赤な花弁が放射状の帯を描きながら、盛大に火の粉を散らす。星々の群れは舞い踊り、大気を揺らし、爆発する。
崩れた壁の向こうから光が優しい手を伸ばす。柔らかな、空の輝き。それは外の世界へと通じる道。
キュレムの反乱を察知したらしい。黒ずくめの用意した仕掛けが全力で脱出を阻もうと動き出す。証明は白から赤へと変貌し、頭を貫くようなサイレンが狂おしく鳴り響く。天井からは、光を受けて毒々しい赤に染まったガスが勢いよく噴射され、蛇がうねるように部屋中を覆い尽くしていく。
そんな中、咆哮は続く。冷気と熱線が入り混じるひどく歪んだ空間で、どこまでも力強い歌声のように。それは一匹の竜が奏でる命の旋律。荒々しくも美しい、華々しくも猛々しい、気高き調べ。
そして、彼は言う。本当にいつもと同じ、腹の底から出すような力強い声で。
『ユイキリ、主人に会いに行け』
まるでそれが己の望みであるかのように、荘厳な竜は朗々と言い放った。
どうして。
私が何かを思う間があったとすれば、それしかなかっただろう。
壁の一か所にぽっかりと浮かぶ、虚ろな穴。流れ込んでくる鋭い風が乱暴に私をかき抱いて――私は、空中へと放り出された。
第2話
「ちょっとあんたたち。技も知らないのにバトルなんて出来っこないでしょ。」
「そっか。」
ポカーンという顔をする。
「知らずにバトルしようとしてたのね?ツタージャの技は睨みつけるとつるのムチ。ポカブは体当たりと火の粉よ。」
「何だそれ、早く言ってくれよ!!」
エルトはアララギを責める。
「もういい、早く始めよーぜ!」
レイヴンはエルトに呆れたように言う。親友だが、こういうこともある。
「ふん、自信満々だな!レイヴン!じゃこっちからだ!体当たり!」
ポカブは突っ走り、ジャンプし、ツタージャを狙う。
「ツタージャ、かわしてつるのムチ!」
ポカブはツタージャに突っ込む。しかし、ポカブの前からツタージャは消えていた。
「ポカ?ポカーーッ!!」
ポカブの背後からツタージャのつるのムチが炸裂した。
「タージャ!」
「ツタージャ、もう1回つるのムチ!」
パシッ!パシッ!
ポカブは倒れた。
「ポカーー・・・・」
「ポカブは戦闘不能よ。この勝負、レイヴン君の勝ちよ。」
レイヴンは喜んでいる。
「エルト、俺との差、思い知ったか!」
エルトはふてている。
「レイヴン、俺と一緒に旅してくれるか?」
エルトはグーを突き出す。
「もちろん。」
レイヴンはグーをエルトのグーにつける。
「おっし、じゃあ今から俺達の旅、スタートだ!」
・第四話 出会いは戦いの始まり?
「こらあぁああ〜! 待ちなさいよこの犯罪者ぁあ〜!」
この世界には二種類の生物が、手を取り合って暮らしている。
一つは人間。もう一つはポケモン。
ポケモンとはポケットモンスター……謎の多い未知の生物だ。一口にポケモンと言っても、その種類は千差万別に存在している。
そして人間も、世の中には色々なタイプが生きているのだ。
「あたしの財布を返しなさいよ〜!!」
◆◇◆
新米トレーナー、エリ。
手持ちポケモン、ナゲキ。
……所持金、44円。
道具、キズぐすり13個。
「不吉っ!」
そして懐しょぼっ!
大都会の真ん中で歩行中、私は哀を叫ぶ。
「あ、ありのまま、起こった事を話すよ! 『フレンドリィショップから出てきたら金欠になっていた』!」
「金を全部キズぐすりに費やすからだろうが……ちったあ残しとけば良かったのによ」
前を歩いている異性がぼやく。私がどんな感情でいようとも、コノヒトはだるそうな態度を崩さない。
「で、でもキズぐすりが三つしか無かったから、回復アイテムは多い方がいいと思って……!」
「どうすんだ、エリ。お前の求める昼メシを食おうにも、それじゃ金払えねえだろうが」
「ぐっ……!」
私の名前を呼ぶ白衣姿の兄、アキラの言い分はどこまでも正論だった。だからこっちも口を噤むしかない。目先にしか考えが向かない妹として。
「……あの〜、お兄ちゃん」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないよっ!?」
「お前の心なんざ隅々まで丸裸だよ。メシを奢れって言うんだろ? んなこたあ御免だね」
「どうして!?」私はお兄ちゃんにすがりつく。「お兄ちゃんは、私の旅の保護者って設定じゃない!」
「設定って…いやともかくなぁ」
アキラは頭を利き手で掻き回す。面倒くさいなと思った時のコヤツの構えだ。
「これはお前の旅なんだぜ? この地方、ミメシス地方の伝統である通過儀礼…ガキにポケモンを与え、地方を巡らせる儀式だ」
「ん……っ」
「本来ならお前は一人でここに来るはずなんだぞ? それをこの俺がわざわざ付いて来てやってんだ。そして俺はあくまで監視役…んな細かいことまで面倒見てやる気は無いね」
ペラペラとまくし立てる野郎。何だか知らないけど、お昼ご飯のことを考えずにお金ん使っちゃった私のドジを批判したくって仕方ないらしい。
ま……それがお兄ちゃんなんだけどね。
だから私は溜息する。次の言葉を吐きやすくする為に。
「………あのさ。そもそもその通過儀礼の旅を、妹が信用出来ないって理由で引き伸ばした人って、誰?」
「なに?」
「私は旅に出たかったのに、パパに無理言って出発の日にちを何年も遅らせたのは誰だー! アキラでしょーがー!」
「逆ギレだとっ!?」
驚愕する兄貴。でも私の言ってることは真実だ。保護者同伴の旅なんて本来なら過保護もいい所だけど、残念ながら私はそうされるだけの自分の頭の悪さとかは…うん、それなりに自覚している。
いやいや、今はそんな事はどうでもいいんだ。今話しているのはこの旅の主導権の話なんかじゃない。つまりは、
「通過儀礼は、ミメシス地方に住む子供の成長の証となる儀式のはず! それを遅延させたお兄ちゃんは罰として、私の保護者を勤めていることを差し引いても――お昼ご飯を奢る義務があると思います!」
「何でそうなるんだ!」
ちょっぴり強引なのは百も承知。されど私のお腹もそろそろ限界。早く何か食べないと、パパの研究所に居たマダツボミってポケモン程度には痩せちゃいそうだ。甘える作戦に出ても良かったけど、空腹に加えてお兄ちゃんの意地悪にもう頭は絶えきれません!
「アキラー! 早くしないと私が貴方を食べちゃいますよー! そりゃもうクルミルをついばむケンホロウのように! お兄ちゃんだからって容赦なく噛み砕いちゃうんだからー!!」
「ええいうるせえ! 長ったらしい台詞垂れ流してるんじゃねえ! 通行人がこっち見てるじゃねえか!」
「見せてるんだよー!」
「バカヤローー!!」
…とまあ、こんな感じで争ったりして。
私はお兄ちゃんとしばしの間、お互いの価値観とか哲学とか人間の尊厳をぶつけ合った後、奇跡的に悪を打ち負かしランチゲットにこぎつけるのでした。
ゲームなら買い物だけにつぎ込めばいいお金も現実では色んな場所で使うもの。それは住み慣れた町を出て旅を始めるなら覚えた方がいい事だと思う。
◆◇◆
「ほくほく〜♪」
「ったく……ひとの金で喰えると思って……」
ご飯を食べられる時が近づいてるというだけで、先ほどまでの道中も随分空気が変わって見えますね。
さっきはお金を使いすぎた後悔で、嫌〜な気持ちで街を歩いてたけど…今は足取りもすごく軽くて、思わず鼻歌まで口ずさんじゃう。
「とりあえず一番近いレストランをタウンマップで調べた。そこに行く」
「うん。……それにしてもこの街、本当に広いよねぇ」
体をぐるっと一回転させて、周りの景色を見渡した。雲の上に届けと言わんばかりに天高く伸びたビルの群れ。クイネの森の木々が空を覆うようなら、こっちは突き刺さるみたいに立ち並んでいる。ガラス張りのビルに映った青空が何だか綺麗。
ネクシティ。
私の住む町、プロロタウンの隣街にして、ミメシス地方最大の都市だ。
小さい頃からよく訪れたことはあったけれど、いつ来ても道に迷っちゃいそうな位には大きい。
大通りを逸れて、少しだけ狭い路地へと入った。この先にレストランがあるらしい。うん、涎が溜まる。
「おら、前見て歩けよ。お前はただでさえコケたりぶつかったりが多いんだから」
「んぐ、分かったよ」
ポケモントレーナーとしては初めて訪れたこの街の景色を堪能してたのに、ホントに無粋なんだから。
そう溜め息をついて前を向き、ちょうど十字路になっている場所にさしかかった時。
「どけ!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
いきなり右から人が飛び出してこっちに向かってきた。ガサガサした金髪の男の人。慌てて道を空けると、そのまますごい勢いで通り過ぎて行った。
「びっくりしたぁ…」
思わず後ろを向いて、去って行く男の人の背中をぼんやりと見やる。何をそんなに焦ってたんだろう「お、おいエリ!」
「えっ?」
前からお兄ちゃんの声が聞こえてきた。再び顔の向きを元に戻し、
「うわぁっ!」
「痛っ!」
……今度は、避けられませんでした。
急いでいた人はもう一人居たらしい。まともに正面衝突して、私はアスファルトに尻餅をついた。森に引き続き、お尻には済まないと思いました…いやそれはどうでもよくて。
「だ、大丈夫ですか!?」
同じように座り込んだ相手の人に声をかける。ぶつかった対向者……私と同年代に見えるその女の子は歯を食いしばると、いきなりこちらを睨んできた。
「っ何すんのよこの馬鹿!」
「え、えぇっ!?」
怒鳴り声を上げて立ち上がる女の子。私も一歩遅れて直立すると「へぶっ!」今度はビンタを食らいましたとさ。
「ああもう! 見失っちゃったじゃない! どうしてくれるのよ〜!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……!」
「ふざけないで!」
ふざけるも何も……!と言おうとした所で両肩を掴まれて揺さぶられました。頭がくがく。
「おい、お前」
お兄ちゃんがそこでようやく割り込み少女さんを引き剥がします。
「何よアンタ!」
「こいつの保護者だ。名前はアキラ。で、このボケはエリという」
ボケとは何ですか。
「さあ名乗ったぞ。今度はお前の番だ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
謎の彼女はますます憤怒で顔を真っ赤にしていく。けれど何かを怒鳴ろうと口を開けた所で急に沈黙し、溜息をついた。
「……………」
何か、すごく気の強そうな人だなぁ…。目が若干つり上がりぎみだし。
髪型はロングヘアーで腰まで届き、片手にはバッグを下げている。下半身のお召し物がスパッツなのも活発って感じだ。ついでに言うならその右足の付け根あたりには、細くて長い長方形の箱がベルトにて装着されていた。
服装の色合いが暗めな辺り、私とは色々対局っぽい。
「ああ……もうどうでもいいわ…今更追いかけたってもう無理だし…」
「おい、何をブツついてやがる」
「逃げられた…それを怒ったってどうにもならないわね……だから今は」
女の子がまたこっちを睨む。そして右手を…さっきから気になってた右足の箱、フォルダーへと伸ばした。蓋を開いて中身に手をかける。
「あの男の捕獲を妨害したアンタ達に――責任を取らせるべきねっ!」
「なっ!?」
驚く間も無く、名前の分からない彼女は箱からモンスターボールを取り出し、投げた。
小さな影が中から現れ、地面に降り立つ。
「チョロニャーーーーー!」
四本の足を突っ張らせて高い声で鳴いたのは、尖った耳を持つ猫型のポケモンだった。
「おおっ! ちっちゃかわいい!」
お兄ちゃん、あのポケモン何!?
「しょうわるポケモン『チョロネコ』だな。……つうかお前、今の状況分かってるか?」
「へ?」
見知らぬ女の子がいきなりブチギレて…かわいい猫さんを出したという事態に困惑しておりますけど?
「ほらっ! アンタもポケモン出しなさいよ!!」
「えっ? なんで?」
「アンタ馬鹿じゃないの!? このアタシとポケモンバトルをしなさいって言ってんの!」
「えぇ〜〜っ!?」
ぶつかった女の子といきなりバトルするなんて、どんな超展開っ!?
私、何か恨みを買うような事したかなあ!?
「……エリ、いいからポケモンを出せ」
兄が肩を叩いてくる。呆れ顔だ。私になのか女の子にか。
「お兄ちゃん……」
「話が進まん。早くバトルしろ」
「…………」
でも、と言いかけたタイミングで目つきを鋭く研ぎ澄ますアキラ。
『でも私、ポケモンバトルには自信が無いよ!』って言おうとしたんですけど……。
ま、強制イベントって奴だよね。
リュックのベルトから、モンスターボールを外す。
それを投げる瞬間、お兄ちゃんの声が肩越しに響いた。
「安心しろ。この戦いはお前にとって、記念すべきものになるだろうぜ」
「――いけっ、ナゲキ!」
「ゲキィイイイイー!!」
一つの球体から始まる戦い。
私のパートナーが、光と共に現れる。
街中でのバトルに不慣れなのか、若干たじろぐ様子を見せながらも……その目はしっかり標的を見据えているようだった。
「……ナゲキですって!? 分が悪いわね……」
女の子の表情が歪む。
……って何で?
「いいからバトルを続けやがれ。分かりきった展開をいつまでもダラダラ続けられるとイラつくんだよ」
あからさまに不快そうな顔で文句を言ってくるお兄ちゃん。
んな事言われても……。
私はポケモントレーナーになってから一日も経っていませんもので。
「チョロネコ、『ひっかく』!」
「……えっ!?」
驚きの声を上げる前に、最初の一撃が叩き込まれた。
いわよる、『あっという間』。
チョロネコの(何気に)鋭い爪が、ナゲキの顔面を一閃した。
「――ギイィイッ!!」
「ナゲキ!?」
顔を覆ってしゃがみ込むナゲキ。
すぐさま駆けつけようと乗り出した私を、別の声が呼び止めた。
『戦うということは、傷つくということさ』
……そうだ。
そうだったよね、お兄ちゃん。
「ナゲキ、反撃だよっ!」
「ゲキッ!!」
すぐさま立ち直るナゲキ。
えっと……んっと……。
思い出せ、私。
ナゲキが使ってきた技から、今のバトルに一番向いている技を!
「……ナゲキ、『がまん』だ! その方がおっきいダメージをぶつけられ、」
「ナゲーーーーイィッ!」
私のパートナーは正面からチョロネコを殴りつけた。
岩をも砕くような拳の一撃。これは……。
「『いわくだき』、だな」
「えぇ〜っ!? 何で!?」
「『がまん』は相手から攻撃を受けまくってこそ引き立つ技だ。今のナゲキにはそれ程の余裕は無いんだよ」
「………」
「あいつの体力に、そんな余裕は無かっただろうが」
そうだった。
私達はこの町に来る前、ケンホロウと戦闘を行っている。
戦いの後にナゲキは回復させたけど、それでも完全復活じゃない。
「ニ、ニャー……ッ」
「チョロネコ!? ぐ……防御力が下がったのね」
相手の猫さんは苦しげだ。
ここから更にたたみかけて、『ひんし』にさせなきゃいけないのか……。
「『可哀想』とか考えるなよ」
「分かってるよ!」
お兄ちゃんは黙ってて下さい!
「えっと、ここから一番いい技は」
「こちらの反撃よ! チョロネコ、『すなかけ』!」
「チョロニャア!」
「ナッ!? ゲキィ!?」
チョロネコはナゲキに背を向け、後ろ足で砂を蹴り飛ばした! ……「って、そんなのアリ!?」
「攻撃ばかりがバトルじゃないのよ!」
どこかで聞いた言葉を初対面の女の子が口にする。そうだ、初めてポケモンバトルをした時に、お兄ちゃんが言ってた台詞だ。
勝負に勝つための、戦略。
「ゲキィ……!」
閉じた瞳から涙を流すナゲキ。そのままチョロネコに繰り出した拳は全然違う空中へ。
まずい、相手が見えなくなってる!
「『すなかけ』は命中率を下げる。攻撃力や防御力以上に、勝負に速攻で影響する変化技だぜ。どうするよ、エリ」
実況者アキラがニヤニヤしながら言ってきた。……第三者だからって本当に腹が立つね。
ううん、お兄ちゃんなんかに構ってる暇は無い。相手に集中しないと!
「見た所アンタ、どうやら手持ちに全く信頼されてないようね」
「ぐ……」
「相性が不利だと思ったけど……これなら行けそうだわ」
「え?」
相性?
「一気に決めさせてもらうわよ! チョロネコ、『みだれひっかき』!」
「ニャアァーッ!」
ナゲキの顔を薙ぎ払うように、チョロネコは前脚を振り回した。爪が顔面を走り回る!
「ゲキ……ッ!」
患部を抑えて飛び退くナゲキ。
どんどん怪我してくその姿に、私も不安が染み込んできた。
このポケモンにはどうやって勝てばいいんだろう。
サクラさんの時みたいな『好きにして』は通じない。
今度は私も考えなきゃ!
「おら、次の指示はどうした? もう白旗を作る気なのかよ」
「そんな物作りません!」
ああもう、お兄ちゃんの茶々がいちいちムカつくなあ!
「ゲキィッ!」
「ニャアッ!? ……フーッ…!」
ナゲキの攻撃を紙一重で交わすチョロネコ。
私の好戦的な格闘ポケモンは、両目を塞がれながらも闇雲に拳を振り回していた。
チョロネコは爪で戦っている辺り、相手に近づかないと攻撃できないみたいだし、上手く当たれば……!
「やっぱり一回じゃかすりやすいようね……。チョロネコ! もう一度『すなかけ』!」
「ニャアア!」
「えぇっ!? そんなぁ!」
私のパートナーの顔が、再度塞がれた。
呻き声を上げ、チョロネコに突撃するナゲキ。
けれど今度はそれよりずっと早く、相手は余裕で回避した。
下がっている……ナゲキの命中率が更に下がっている!
「能力を変化させる技は、使えば使うほど効果は重複するんだ。能力低下技もな」
ポケモンの技を研究する博士の息子が、ただただヤバい事を言ってくれる。
「チョロネコ、また『みだれひっかき』!」
「ニャア! ニャア!」
「ゲキキー!」
「パターンが決まったわ、『すなかけ』と『みだれひっかき』を交互に出させてもらうわよ!」
押されていくパートナー。
ダメージと共に刻まれる傷は、もう見るに耐えない重なり様で。
私はただオロオロしながら、迫り来る敗北に震えるしかない。
「ナ、ナゲキ……」
「おいこら」
頭に手が置かれた。お兄ちゃんだ。
「何をつっ立ってやがる。俺に見たくもない表情を見せんな」
「だ、だってこれ、このままじゃ、」
「お前はトレーナーだろうが。なんでナゲキに命令をしないんだよ」
「でもナゲキは、私の指示を……」
アキラは溜息をついた。
「馬鹿野郎。なんでそこで思考停止する。今日の朝からの連続失敗記録を塗り替えたいのか?」
「あう」
「確か1日のトータル失敗記録、最高は12回だったよな。あの時は呆れたぜ。最後はスカタンク共と密室に閉じ込められて……」
「そ、そんな話はどうでもいいでしょ!」
「いいかエリ」
性悪兄は、呆れた面持ちを崩さず語る。
「確かにあのナゲキは誰の言葉も聞かねえ。だがな、いつだって心が頑ななままの生き物なんて……人間にもポケモンにも居やしない」
「………どういうこと?」
「以上だ」
「はいっ?」
不愉快そうな目で私を一睨みし、お兄ちゃんは数歩下がった。
何だろう……て言うか何その顔。
そんなに私の優柔不断がムカついたのかな……?
「……畜生、助言なんざしたくねえってのに………俺はいつもコイツのシケた顔で……」
「え? 何か言った?」
「何も言ってねえ。バトルに集中しろ!」
「わ、わかったよ」
勝手なお兄ちゃんめ。
視線を外し、元通りバトルフィールドを見据える。
状況はどんどん悪化していた。宣言通り変化技と攻撃技を交互に出させる勝ち気女の子と、忠実にナゲキを翻弄するチョロネコ。
私は考える。何とかしてこの状況を変えなきゃ。
トレーナーとして、パートナーを勝たせてあげなくちゃいけない。
……そういえば、お兄ちゃんの言ってた言葉はどういう意味だったんだろう?
あの顔は茶番癖を露出させる時の気取った感じじゃなかった。ヤな人なりに、遠回しに何か言いたかったんだと思う。
まあ私のキョドっぷりが見ていられなかったんだろうけど…それはともかく。
え〜っと……。
「ゲキッ! ゲキィッ!」
「チョロネコ、回避! そして『みだれひっかき』!」
「チョロニャーッ!」
「ゲギイィ………ッ!」
「ふん、ご主人様はだんまりみたいね。駄目なトレーナーを持つと大変ね――ポケモンも!」
確か、いつも頑なな生き物なんて居ないとか何とか。
けど、それと現状とどういう関係が?
その生き物ってのはナゲキの事を表しているんだろうけど……でも頑なな理由っていうのは他でもなく、
「……あ」
――もしかして。
お兄ちゃんを見やる。
即座に目を逸らされたけど、その面倒くさそうな面構えは露骨に『気付くのが遅えよ』と語っていた。
よし……!
「ナゲキ! 聞いて!」
ズタボロになりつつある相棒に呼びかける。
相手の女の子が目を見開くのが見えた。
「……何を命令しようっていうの? 無駄だわ。その子はアンタの命令なんて、」
台詞を無視して、告げた。
「右上からチョロネコが接近中だよ!」
果たして。
ナゲキは言う事を聞いた。
何度目かのみだれひっかきを、初めて回避する。
「なっ……、どうして!?」
「よしっ………!」
良かった、当たってた!
「こっちのターンだよ! ナゲキ、チョロネコはやや左寄りの…大体三歩先!」
「ゲキー!」
もうナゲキは完全に砂まみれで、目がどこにあるかも分からない姿だった。
それでも私の指示を受けて、果敢に突っ込んでいく。
「二、ニャアッ!」
猫ポケモンは驚きながらも、寸前で攻撃から逃れた。
「な、何でよ……何でなのよ………、さっきは命令も聞いてなかった癖に、今更……!」
「それはね――状況が変わったからだよ!」
目を白黒させるロングヘアさんに、私は言う。
「確かにナゲキは、私が技の命令をしても違う技を出していた。私はその訳について考えてみたんだ」
「訳って……ポケモンがアンタになついてないだけじゃないの!」
「うん。それもあるけどね。でも一番の要因は………」
正直、あんまり言いたくなかったけれど。事実だから口にする。
「私が馬鹿なトレーナーだからだっ!」
「はああぁっ!?」
「私はナゲキの事をあんまりよく知らない。だから的外れな指示をしちゃったり、細かい所に気付かなくて……早い話、無能を演じちゃっている」
ナゲキの視点に立って考えてみればすぐに分かる。
ナゲキは私になついてない。つまり私を嫌っているという事。
自分より上の立場にいる嫌いな奴が、見当違いの命令をしてくる。
そんな命令、素直に受けられる訳が無い。
私もお兄ちゃんが嫌いだから、よく分かる。
人間なら従わなきゃいけない所だけど……しがらみとか義務なんて、ポケモンには人間程に仕込みようが無いものだ。
ましてや相手がお馬鹿さんなら、その拒否感は人間以上に行動となって表れるだろう。
「そんな私の指示なんて、聞きたくないのは当然だよね」
「じゃ、じゃあ何で今は聞いてるのよ!」
「言ったでしょう? 状況が変わったって」
「どういう意味よ!」
「馬鹿丸出しの指示なら的確な指示に変えりゃあいい。そういうこった」
アキラが後ろから発言してきた。
「だがエリのノータリンは救いようの無い末期ぶりだからな。そんな指示が出来る脳みそには変えられない。ならば指示の内容を変えるしかない」
「内容って……!」
「戦況も、味方していた事だしな」
……ノータリンとか最低な言い方だったけど、つまりはそんな話だった。
ナゲキの技とか戦いのスタイルがまだよく分からない以上(私のナゲキはどう見ても柔道してないし)、技の命令は上手く出来そうにはない。
なら命令の種類を違うものにしてみたら。
例えば――敵の位置を伝える事。
それ位、私にも見て分かる。
見て分かる内容なら、同時にそれはナゲキにも信じていい物として受け入れられる。
目を塞がれた状態なら、尚更。
だからナゲキは、私の指示に従ったんだ。
まともな付き合いが出来ないのなら、出来る事から始めればいい。
それは誰かの上に立つ人にだって、当てはまる。
「ゲキイィー!」
「ニャア……!」
かすりもしなかったナゲキの攻撃が、チョロネコに近づきつつあった。
けれどまだ何か足りない。相手は未だ回避に余裕を残している。
「ゲキキィー!」
「チョロネコ、かわして! くっ…まずいわ……」
どうやらナゲキは焦っているらしい。
もう随分ダメージが溜まっているはず。あんまり時間が残されていない事は明らかだった。
落ち着かせたいけど……ただそう言うだけじゃ聞き入れてもらえないよね………やっぱり。
ここから更に畳みかける方法は……。
頭を抱えつつ何とか考えようと四苦八苦。
と、後ろから不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。
「……もう一つヒントを教えてやるよ、ノータリン」
「ノータリン言うな!」
「今のナゲキでチョロネコに勝てる技が、一つだけある」
え?
「ええ〜っ!? 早く言ってよ!」
「それを言ったってナゲキは聞かないんだろうが。 しかも今、奴は今まで以上に冷静さを欠いている」
「うっ……」
「ナゲキもその技を使えるはずだ。さてエリ、どうやってその事実をナゲキに伝えるんだ?」
いつもの極めて意地が悪い、人を試すような口調。いい兄か悪い兄かハッキリして欲しい。
ナゲキに既に組み込まれている、私の知らない技。それを伝える方法。
……決まっている。
技そのものはナゲキに任せる……私はただ、背中を押すだけ!
「ナゲキ、落ち着いて!」
「ゲキィイイ!」
これが落ち着いていられるか! そう言いたげに憤懣露わな目を向けるナゲキ。
そこに私は台詞を追加した。
「前が見えなくても繰り出せる、チョロネコを倒せる技! 君はそれを使えるはずだよ!」
「……ナゲッ!?」
私のパートナーは、そこでハッとした顔になる。
そして体の動きを停止させた。
「――スキありっ! チョロネコ、とどめを!」
「ニャアアアァアーー!!」
最後のつもりだろう、渾身の攻撃を相手が繰り出してきた。
やっぱりそれは『みだれひっかき』。
ナゲキはその全てを……受ける。
「ナゲキっ……!」
爪の軌道に呑み込まれる柔道ポケモン。
傷と痛みが、体を外と内から覆い尽くしたのが、見ているこちらにも共感できた。
でも。
「――ゲキ」
ナゲキは表情を変えない。
体制も直立不動を保って。
そこから先の動きは、まさに早技だった。
風みたいに素早く突き出された腕が、チョロネコを抱き寄せるように掴み取る。
そして、それは一瞬のことで……次の瞬間には。
猫さんは投げ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。
きゅう、と唸って目を回し、起きあがらなくなる。
「…………、え?」
言葉を失う。
ナゲキはしんどそうに、肩で息をするばかり。
チョロネコの主は、愕然とした表情で立ち尽くしていて。
相手は反撃してこない。
ナゲキが勝った。
初めて私と力を合わせて――勝ったんだ。
「――ぃやったああぁああぁあああぁぁ!! 一本っ!」
不肖ポケモントレーナーエリ、初勝利です!
勢いよくジャンプしてしまう程の喜び。
初勝利ってこんなに気持ち良いんだなぁ……。
「く……やっぱり、駄目だった………」
紫髪の女の子は、肩を落としてひとりごちる。
「やっぱり?」
「ナゲキを出された時から覚悟はしてたけど、一撃で敗れるなんて……。やっぱり強いわね、タイプの相性は」
「へ?」
タイプの相性?
「へっ…て、アンタまさか知らなかったの!? チョロネコが格闘タイプに弱いって!」
「そうだったんすか!?」
「チョロネコのタイプは『悪』だ。悪を滅するは正義の拳。だから悪タイプは格闘タイプに弱いのさ」
お兄ちゃん、補足ありがとうございます。
「ちなみに、猫にとどめを刺したのは『あてみなげ』。相手の後手に回る代わりに必ず攻撃を当てられる」
そうなのか〜……。
「うぅ……何でこんな奴に…………。技の命令も出来ないような最低のトレーナーに、負けるなんて……」
最低は言い過ぎな気が。
そう声に出そうとした所で、まだ何か言いたい事があるのか、アキラが前に出てきた。
「ま、要するにだ。結局は戦い方の問題だったって訳だな。エリとナゲキは、根本的に戦う『手段』ってもんが違っていた」
その追補に、私も同意する。
ナゲキは私に頼らず、自分で相手を打ちのめす事にこだわっている。
対して私の『戦い』は、トレーナーとしてポケモンに指示や道具を出す役割だ。
その指示が下手で認められなかったから、私とナゲキの関係はギクシャクしていた。
「しかしだ。戦う根本的な『目的』は同じ、勝つことだろう。ならその一点で利害が一致する」
利害の一致は悪とつるむ基本的な方法だ……そう兄は嘯く。
つまり私が勝てたのは、パートナーの性格に合わせた命令が出来て、それにより『勝ちたい』という理想への手段が上手く噛み合ったから。そしてナゲキの精神をうまく鎮められたからって事か。
技の選択はナゲキに任せて、私はその五感を補助する。
これが今の私とナゲキに合った戦い方なのかも知れない。
でも。
「『いわくだき』……『ちきゅうなげ』……『がまん』……『のしかかり』……『あてみなげ』……」
インプットインプット。
いつか、ナゲキが私の技命令を信じてくれた時の為に。
ともあれ、バトルはこれで終わりだ。ナゲキをボールに戻してあげよう。
「さて敵よ、ニ匹目のポケモンはまだか?」
「はいぃい!?」
お兄ちゃんがおかしな事言い出した!
「え……ちょ、今のチョロネコで終わりじゃ、」
「奴にはもう一体手持ちが居る」
「何を根拠にですか……」
「あの女がホルスターに手を入れた時、予想よりも浅い所からボールを出していた。ボール一個分上の位置からな」
予想って。
「ぐ、くっ……」
女の子の私じゃない方は肩を震わせ俯いている。この意地悪な兄に見透かされたからか、はたまた敗北が原因か。
「……戻りなさい、チョロネコ」
傷ついたポケモンをボールに戻して、そして。
「もうやってられないわっ!!」
「キレた!?」
強気さんはモンスターボールをホルスターに収納する。言われてみると確かに、あと一体ポケモンが居るらしい。
けれど彼女が出したのは仲間でなく青筋だった。顔を真っ赤にして私に人差し指を突き出す。
「何でアタシがこんな馬鹿トレーナーとこれ以上戦わなきゃいけないのよ! 技を出せないからポケモンに技を任せるなんてそんなのアリ!? しかもそれで負けるなんてテンションだだ下がりよ!」
きー! みたいな声を上げて紫髪のコは地面を踏み鳴らす。あの、周りの人がこっち見てるんですけど。
「だからね、この勝負はもうナシ! アンタの周りくどいチート戦法によるまぐれ勝ちなんて認められないわ! 無効よ無効!」
チートとか言うな。
「……呆れたな。なんつー自分勝手な女だ」
さすがのチョウ悪兄貴もヒステリー系は苦手らしい。私にするのと同じ鬱な溜息を吐いている。
「ポケモンバトルに試合放棄なんてねえんだぞ? どちらかが全滅するまで戦うからこその勝負なんだ。大体、しかけて来たのはお前の方だろうが」
「ええそうよ! 原因はアタシ! なら片付けるのもアタシで無問題よね!? だから宣言するのよもう終わりだと!」
すごい論法だ。小論法だ。お腹空いてたの忘れてた。
私と同じ女の子トレーナーなのに、やっぱり全然正反対。
……人間って本当に、人それぞれ違うんだなぁ。
「最低なのはどっちなんだか。負けた分際でそんな暴論が通るとでも思ってんのか?」
「うるさいわね! 格闘ポケモンなんてものを出されなければ勝ってたのよ!」
「そうかねぇ? お前の戦い方にも問題はあったと思うが?」
「どこがよ!!」
あら? あらら?
お兄ちゃんとのーねーむ少女さんの間に何やら不穏な空気が……。
私の存在、置いてけぼり?
「相性が悪いって分かってたんなら、『すなかけ』と同時に『なきごえ』でも出すべきだったんじゃねえのか?」
「とっとと勝負をつけるのがトレーナーってもんでしょ!」
「随分と性急だな。バトルってのは戦略と勢い、そしてささやかな茶番あってこその楽しみだぜ?」
「はぁ!? 意味分かんない! ていうかアンタ何様のつもり? 人の戦術に口挟むんじゃないわよ! この伊達白衣!」
「何だとこの野郎! こいつは俺の普段着だ! 研究員として常に身につけている誇り高い衣服なんだよ!」
「ふん! 埃高いの間違いじゃないのかしら。 研究員ですって? いかにも埃臭い密室がお似合いの身分ね」
「うるせえ! こちとらフィールドワークだってやってるわ! お前こそ何だ、レギンスにBATTLEとか書いてる癖して最弱じゃねえか!」
「何ですってぇ!! どうせアンタなんて研究にかまけてポケモン鍛える暇もなく、手持ちは全員三段進化系の一段目にでも留まってるんでしょ!?」
「黙りやがれ! お前のポケモンだってどうせ二体目も格闘技に弱い奴なんだろ!? 一撃で倒されるような!」
「言ったわね〜!」
「やんのかコラ〜!」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!」
鼻先を突きつけ合う二人に割って入り、罵声を切り離した。
「二人とも私の為に争わないで!」
「アンタの為じゃないわよ!! 勘違いしないでよね!」
「ポケモン同士の戦いならいいけど、人間同士の喧嘩なんて見たくもないよ! って言うかこのまま無駄に言い合った所で話が進まなくてつまんないじゃないですかっ!」
「……なんか正論なのにムカつく解答だな」
「あ〜もう黙って!」
兄を指差す。
「お兄ちゃんはもう何も言わないっ! 周りくどく長ったらしい講釈はバトルの時だけにして!」
「おい」
「それから……え〜と紫髪さん!」
対戦相手(済)に指を移した。
「紫髪さんは、今のバトルを終わりにしたいんだよね? ならそれでも良し! 君は戦いを降りた! お兄ちゃんは言いたい事を言った! だからもうお終いですっ!」
両手を打ち鳴らして、試合終了チックに締めてみる。ていうか終われ。いつの間にか意地悪兄と強気ガールの戦いになっているこの展開よ。
「……はぁ、もうどうでもいいわよ……」
女の子トレーナーさんは頭痛ぎみに額を抑え、静かになった。
「全く、今日は踏んだり蹴ったりだわ……財布泥棒を追ってたら人にぶつかって取り逃がすわ、ポケモンバトルには負けるわ……」
「そうそう、それだよ。私、いまいち君の状況が分かんないんだ」
お帰りなさいませ本題。
いきなりバトルを挑まれて、いきなり下がられハイ終了じゃ、こちらもホトホト困ります。ていうか財布泥棒って何?
「……もしよかったら、説明してくれないかな?」
「どうしてよ? 説明したって、どうせアンタ達なんかにあの男は……」
「あの男ってのは、君の前を走ってた人のこと? まあとにかく、」
私は女の子の目を見据えながら言う。
「ぶつかって怒る程の鬱憤なら、話すだけでも楽になると思うよ? 聞くだけなら私達にも出来るし、もしかしたら他にも出来ることがあるかも知れない」
「…………」
「んっと……無理にとは言わないけど………」
「……………ふぅ」
怒れる彼女は俯きぎみだった顔を上げた。そして頬にかかった長髪を書き上げ、一層馬渕と眉を眉間へと傾ける。
「……まず一言。アタシは紫髪さんなんて安直なネーミングしてないわ。ちゃんとした名前があるんだから」
「うん。だろうね」
「アタシの名前はサヤ」
ようやく、ツリ目さんは名乗ってくれた。
「アンタ達にぶつからなかったら、あの泥棒は捕まえられたのよ――話が終わったら付き合ってもらうからね」
◆◇◆
「……踏んだり蹴ったりなのは俺の方だぜ、ったく」
お兄ちゃんがしかめっ面で愚痴っています。パパと兄貴様の研究所で見たことがあるグランブルってポケモンさながらに。
「なんでクソ妹の他に、お前の昼メシまで食わさなきゃいけねえんだ」
「アンタ達のせいでアタシは所持金無しになったのよ。当然でしょ」
サヤちゃんが両腕を組みながらそっけなくアキラに答えた。
「泥棒、かぁ……」
私は二人が険悪な会話をする中、周りを見渡しつつ呟くしかない。
強気な彼女は自分の事情を話した後、『お昼ご飯を奢りなさい!』という、頼み事にしては口調のキツいお願いをしてきた。
それで新たにサヤちゃんも加わって、今は再びレストランへの道中。
……まぁ食事代はお兄ちゃんが支払う訳だし、金欠たる私は全然構わないから良いんだけれど。
他人のお金で食べるご飯って美味いですよね。はい。
「おら女ども、メシ屋が見えてきたぞ」
「本当だ! わーい!」
「やっとお昼が食べられるわ」
レストランが視界に入り、自然と歩調が早くなってくる。
と、その時。
「あ、このポスター……」
道端の塀に貼られていた貼り紙に、自然と目が行った。
サヤちゃんもつられて顔を向け、「……ふん」と不快そうな声を出す。
「この人だよね。私もチラッと顔見たし」
「ええ、コイツよ。全くもって腹が立つわ」
その紙には紛れもない、私達がすれ違い、サヤちゃんがマジギレして追い求めていた男の人が写っていた。
そしてその人の真下にも――男の人が二人隣あって立っている。
『泥棒集団「モノトリオ」! 見かけたらすぐに通報を!』
写真の上には、そんな文字が書かれていた。
「このモノトリオの金髪の奴が、アタシの財布を盗んだのよ」
「けど、白昼堂々ってのも凄いよね。捕まるリスクなんて考えてないのかな?」
「コイツらはね、このネクシティでは名の知れた三悪党なのよ」
忌々しげにサヤちゃんは吐き捨てる。
「スリ、空き巣、強盗。ありとあらゆる盗みを奴らは働いているわ。お巡りさんに捕まった回数は数知れず。けど世の中に舞い戻るたびにまた悪さを繰り返すのよ」
「それは……嫌な人達だね」
「その癖、『自分達はルールに基づき、誇りを持って盗みを働いている』とか何とか、勝手な言い分を落書きやマスコミに残してるらしいわ」
「誇りねぇ……。じゃあサヤちゃんのお財布を真っ昼間から盗んだのも、」
「誇り高き泥棒に昼夜なんて関係ない――って所でしょうよ」
怒りがぶり返してきたらしく、サヤちゃんはポスターの金髪男を殴りつけた。
私も被害者たる彼女に関わった側として、三人組の顔をよく見ておくことにする。
バトルの後にサヤちゃんが話してくれた説明によると、モノトリオは個別に悪事を働き、三人で落ち合うのはいつも悪さをしていない時らしい。……それでお巡りさんも手を焼いているんだとか。
そして彼らは――ポケモンは使わない。
あくまで自分だけの力を駆使し、獲物から金品を掠め取るという。
だからさっきサヤちゃんも、私じゃ下手人をどうにもできないみたいな事を言ったんだろけど。
傲慢で厄介な泥棒トリオ。
世の中には本当に、色んな人が居る。
「いいわね? さっき話した通り、」
目つきのギラつく女の子は、ふいに私を瞳に写す。
「アンタ達はとりあえずご飯を奢って、それからあの盗っ人探しに付き合ってもらうんだからね」
「んな事する必要ねえだろうが」
横からお兄ちゃんが口を挟んだ。
「お巡りを呼べば何とかしてくれるだろ」
「それじゃあいつ財布が戻ってくるか分からないじゃない!」
またもサヤちゃんは意地悪男に顔面を突き合わせた。
「アイツらは盗品を共有しないってテレビで言ってたの! あの金髪が捕まらないと、他二人が牢屋に入ったって財布は取り戻せないのよ!」
「はぁ……マジでやれやれだぜ」
冗長な口喧嘩はもう嫌らしく、お兄ちゃんは呆れながら引き下がった。
「と、とりあえずさ。そこら辺はご飯食べながら話し合うとして。早くレストラン入ろうよ」
「……そうね。アタシも大好物のオボンパフェが食べたくなってきたわ」
「そうと決まればゴートゥーヘブンだね!」
「天に召されたくはないわよ!」
そんなこんなで……ようやく、ようやくお昼ご飯取り込みの場に到着しました。
外から見てもお店の中は空いているようで、速やかに席に付けそう。ラッキー(ポケモンでなく)。
ドアを開けて入店しようとすると、お兄ちゃんが立ち止まった。
「? どしたの?」
「………何でもない。吸いたくなっただけだ」
アキラはそう言って、着ている服……白衣の内側からタバコを取り出す。
「お前ら先に入ってろ。くれぐれもニ名とかほざくなよ」
「言う訳ないじゃない。アンタが今はアタシの財布なんだからね」
そっけなく返して、サヤちゃんはそそくさとドアを開ける。
「………」
「ちょっと、何アンタまで止まってるのよ? 行くわよ」
「あ、うん」
お兄ちゃんのいきなりアクションが少し気になったけど………まあ普段から脳内が理解不能な放蕩兄貴、理解しようとするだけ無駄だよね。
納得納得。アキラを置いて、私もサヤちゃんに続きます。
店員さんが寄ってきて人数を聞いてきたので、ニ名…じゃなかった。三名と答え(言い間違えた瞬間サヤちゃんに小突かれました)、お席へと導かれる。
「おっと、ごめんよ」
「あっ、こちらこそ」
ふいに入り口近くの席から立ち上がり歩いてきた人にぶつかった。何でしょう、今日はぶつかり記念日か何かですか。
そんな些細な交流もあったけれど、私達は奥のテーブル前に到着することが出来ました。
あ〜、やっとお昼ご飯が食べられる。
「まったく、何やってんのよ。アンタ人と衝突するのが趣味な訳?」
「あはは、ごめんごめん」
「そういえばアンタ、よく見ると服とかスカートとか汚れてない? クイネの森とかで木々に当たりまくったのかしら?」
「ぎくっ……!」
「何がぎくっよ……」
「うぅ、これは後々お洗濯するから大丈夫なんだよ」
「つまりアンタは清潔な服より食欲を先に取ったって訳ね」
「……サヤちゃんってもしかして意地悪なタイプですか?」
「言いたい事はハッキリ言うタイプよ」
「なーんだ」
そっかー良かった。どっかのお兄ちゃんとは違うんだね。
「って言うか洗濯って……アンタってこの街の人じゃないのよね? じゃあ、」
「うん。宿屋に泊まるつもりだよ」
お兄ちゃんから、それだけの設備があの施設にはあるって聞いた事がある。
ちなみにお食事も付いてるんだけど……。まぁ朝夕二回だそうなので、服よりも宿泊よりもレストランを取った事にはなりませんよね?
そんな事を思いつつメニューを眺め……ふと顔を上げる。
サヤちゃんが何やら神妙な顔になっていた。
どうしたの? サヤちゃん。
「……アタシも泊まるのよ。宿屋にね」
「え……えぇ〜っ!?」
「あの財布を盗られるより前にチェックインをしていたの。……やれやれね。アンタ達と同じ屋根の下に滞在することになるなんて、」
「やった〜!」
思わず身を乗り出して、紫髪さんの両手を握ってしまった。
「ちょ……何すんのよ!」
「私ね、正直少し心細かったんだよ! いくら保護者同伴の旅でも、あんな性格の悪い兄と一緒の旅に軽く嫌気が差してたんだ!」
「それがどうしたのよっ」
「嬉しい! 一日を共に出来る人がお兄ちゃん以外にも出来て嬉しいっ!」
繋いだ手を上下に振る。周りのお客さんがたからジトい視線を感じたけれど、正直どうでも良かった。
サヤちゃんは店内を見渡しながら恥ずかしそうに眉をひそめていたけれど、「離しなさいっ!」と強引に私から逃れ、赤面しつつ大きく息をつく。
「全く……変な奴」
「うん」よく言われます。
「アタシはアンタなんかと一緒に居たくはないし、アンタだって」
会話を遮るように、店員さんがお水とお絞りを持って来た。強気な女の子は渡されたコップの中身を一気飲みして、言葉を続ける。
「あんな最低男にまとわりつかれなくても、ポケモンが居るじゃない」
「……まあ、そうなんだけどね」
社会だろうが世界だろうが、世の中は人間だけのものじゃない。
人間とポケモンの営みによって、私達の日々は成り立っている。
そして私は恐らく、普通の人達よりも更に――その比率が大きいんだろう。
「………あら?」
「今度は何ですか」
窓にモルフォンでも貼り付いていましたか? ……想像すると結構嫌だね。
そんなツッコミ(ボケ?)を繰り出そうとしていたのだけれど…………サヤちゃんの口から放たれたのは、予想外の言葉だった。
「アンタ、モンスターボールどうしたの?」
「へ?」怪物球?
「ボールならリュックの中だけど」
「違うわ――手持ちポケモンのボールよ」
私のある一点を指差す彼女。
「どこにやったの……? さっきまでリュックに装着していた、ポケモン入りのボール!」
「―――え!?」
ハッとして、下を向く。
無い。
ナゲキを入れているボールが………リュックのベルトから無くなっている!
「なっ、ど、どうして」
「待って……バトルが終わってアタシと話していた時も、ここへ向かう道中でも。アンタのボールはあったわ。アタシが見ている」
サヤちゃんは考え込んで…やがて目を見開いた。
「となれば失ったのはついさっき。ねえアンタ!」
「なっ、何っ?」
「さっきアンタがぶつかった男、顔とかに何か感じなかった!?」
「何かって………あっ!」
馬鹿な私は、言われて初めて気がついた。
金髪じゃ無かったから深く考えていなかったけど―――チラっと見えたあの人の顔。
ポスターの顔!
「く……っ!」
立ち上がり、一直線に入り口へ走る!
見るとアキラの姿が無い。こんな時に何処行ったんだよ!? いやいやどうでもいい! 泥棒を追わなきゃっ!!
「――ところが、そうはいかねえんだよぉ!」
「わぶっ!」
そして……私はぶつかる。
本日三度目、そしておそらくは最後の衝突。
ひっくり返る私の体は、大柄な影に覆われた。
その影の持ち主は起き上がって見上げてみても――レストランの入り口への通路を塞ぐ程度にはでかい。
「こっから先はぁ、通さねえぜぇ?」
「……貴方はっ……」
サヤちゃんの顔が、先ほどとは違う理由で赤らむ。
二度目にここでぶつかった人とは違う顔だけど、この人も!
「俺はぁ! モノトリオの一人、『角刈りのコウカツ』様だぁ!」
泥棒三人組の一員が高らかに宣言する。
たちまち店内がざわめいた。お客さん達は外になだれ込み、店員さんは目を白黒させてどうすべきか困惑している。
けれど角刈りのコウカツは、人々を止めることも何かを要求することもなく……私とサヤちゃんに目を向けていた。
「くっくっくっ……一緒にメシ食ってた相棒がカモを見つけて鮮やかに盗み逃げしたもんだから、いつカモが気付くかと思って見ていたら……」
カモって。
いや、その通りかも知れないけど。
あんな見れば分かるようなスリに長らく気付かなかったなんて、本当に不覚だった。
「そこをどいて! 私達は貴方の相棒を追いかけなきゃいけないの!」
「させないぜぇ。お前らやお巡りが街中を探し回る前にあいつの逃亡を手伝うのも、俺の仕事って奴さぁ」
「……愚策だわ。 その前にアンタが捕まるわよ」
「どうでもいいねぇ。逮捕には慣れてるぜ」
コウカツはサヤちゃんの揺さぶりを鼻で笑う。
「プロの泥棒はなぁ、お巡りなんか恐れねぇのさぁ」
「プ、プロ?」
「捕まって牢にぶち込まれても、それを次の盗みへの糧に生かす。……くーっ! イケてるだろぉ?」
「………」
本当に自分勝手な理屈だった。
完全に考えが自身の中だけで完結してるから、周りの理解が得られない変なプライドに頭を塗り固められている……そんな感じ。
この人は、ううん多分残りの二人も――改心なんてしないタイプなんだろう。
つまり、話し合いは無駄という事。
「……ねぇ、サヤちゃん」
「ええ……きっとアタシも、今アンタと同じ事思いついたわ」
初めて考えが一致したわね………嫌だけど。
サヤちゃんはそう言って、コウカツに視線を定める。私も同様に。
コウカツの体は横にも縦にも大きい。
けれど、完全に通路を塞いでいる訳じゃない。
……それなら!
「行くわよ!」
「うん!」
「うぉっ!?」
一瞬のスキを見て、左右を横切るように走れば!
「くっ………ナメるなぁ!」
「「きゃあっ!」」
今度は、声が一致した。
更に二人揃ってはじき飛ばされ、床に倒れ込む。
でも………。
「……どうして?」
一瞬見えた……コウカツが片腕でサヤちゃんを突き飛ばす光景。それはいいとして。
じゃあ私の前に現れた小さな影は一体何?
泥棒のもう片方の手は、何かを床にたたきつけていたけど――。
「グレッグフフフフ………」
「……!?」
角刈り男の前に、一匹のポケモンが立っていた。
ジトりとした暗い目つきで、薄ら笑いを浮かべている。
藍色っぽい体色に、かなり軽快そうな手足。
「どくづきポケモンのグレッグルさぁ。俺の人間じゃねぅ方の相棒よぉ」
「そんな……。貴方達はポケモンを持ってないんじゃ無かったの?」
「こっちも最近色々あったんだぜぇ」
コウカツは相棒――グレッグルを見やりながら、影を灯して笑う。
「ポケモンなんざ居なくても盗みはできると今までは思ってたが………なかなかどうして、便利なもんだなぁ」
「……ふん。何があったか知らないけど、これで益々厄介者になったわね」
サヤちゃんは立ち上がりつつ、片足のホルスターに手を伸ばした。
「戦うの? サヤちゃん」
「当たり前でしょ。それともアンタ、あの盗まれた手持ち以外にポケモンが居る訳?」
「……居ないけど」
「じゃあ下がってなさい」
彼女はチョロネコ入りのボールを出し、それは片手に移して………もう一つをホルスターから取り出した。
お兄ちゃん風に言うならば、突っ込んだ手の深さは、容器の一番下に位置する。
「グレッグル…か」
強気な女の子の顔に、悔しさのような苦みが滲んだような、気がした。
「まあいいわ。今度こそアタシのムカッ腹、解消させてもらうわよ!」
二つ目のボールを、同じく床へと投げる。
サヤちゃんのもう一匹のパートナーが、跳躍する。
「ニュラララー! ギーーーニャッ!」
それは、またも猫さんなポケモンだった。体色はグレッグルに似た暗さ。ピンと生えた耳の片方は赤みがかり、尻尾と同じく長く鋭い。
チョロネコに負けず劣らずな切れ長の目つきで…前足の爪がすごく大きかった。
印象も体の各部位も尖っている猫ポケモンは、後足だけで床に立って標的を威圧する。
「かきづめポケモンのニューラか。…………くっくっくっ!」
「笑ってんじゃないわよ! ニューラ、『こごえるかぜ』よ!」
「ニュラアッ!」
サヤちゃんの猫は口から息を吹き出した。
それはグレッグルに届くまでに白くなり……あれは氷? 小さな粒を帯びる!
「グレッ?」
氷の欠片は標的の手足にまとわりついた。動きにくそうだ。
「『こごえるかぜ』は相手の『すばやさ』を下げるわ。しかも必ずね」
「先手必勝ってかぁ? 徹底的に追いつめるつもりらしいなぁ」
コウカツは表情を崩さない。パートナーに命令を与える。
「そこまで攻撃的なら………グレッグル! 『どろかけ』を使え!」
「グシャアアッ!」
グレッグルは同じく口から、黒い液体を吐き出した。
ニューラには直撃。その体を吹っ飛ばし、更に顔面を塗りつぶす。これって……!
「ニュラアァ…」
「相手の命中率を下げて、更にダメージを与える技……そっちも徹底的じゃない」
――『すなかけ』よりも強力な技だ! サヤちゃん、大丈夫!?
「……何よ。変な目で見てんじゃないわよ。アタシの敵はあの盗人なんだからね」
猫使いの彼女は私をいなして悪人に向き直った。
「けれどコウカツ。アンタの徹底さは偽物だわ」
「何を言ってんのか分からねぇなぁ」
「……っ!」
サヤちゃんの顔が一気に怖くなった。
「……本気でかかってきなさいよ!」
叫んで、ニューラに何か指示を出した。
受けた猫さんの体が、突然薄くなり……消える!
「ニュララアッ!」
「グゲルッ!?」
消えたはずのニューラが、グレッグルの背後から攻撃を加えた。
「ふん…『だましうち』か」
「『だましうち』は相手に必ず命中する技よ。アンタがおふざけで出させた『どろかけ』も、これで無駄ね」
「くくく、その割にグレッグルのダメージは『いまひとつ』みたいだがなぁ」
「だったら、この技はどうかしら!?」
ああ、目の前でバトルが続いていく。
こんな大事な時に、何も出来ないなんて。
サヤちゃんはニューラを使いこなし、戦いを進めていく。
対する相手のグレッグルは、重ねられる攻撃にやられっぱなしに見えた。
でも、コウカツの表情に――揺らぎは無い。
「ニュラァ……!」
「ニューラ、しっかり! 早く、早く倒さないと!」
「…ふぅ、そろそろ飽きてきたかな」
通せんぼうの泥棒一味は、だしぬけに気のない呟きを吐いた。
「お前、一番上のボールを無視して下のボールを割ってたよなぁ? つまり最初の手持ちは戦えないと」
「っ!」
「その位の目ざとさはあるぜぇ。……んじゃまぁ」
コウカツはパートナーに視線を飛ばした。……笑ってはいない目つきで。
それを受けたグレッグルの表情が、この上なくとろけた笑みを描く。
「お望み通り、本気でブチかましてやろうかねぇ」
「その前に倒すっ! ニューラ、『みだれひっかき』!」
ナゲキを刻んだのと同じ技が、とどめとばかりに放たれた。
グレッグルはそれを、受ける。
「『どろかけ』は無駄だったわね! この茶番男!」
「全くだなぁ。まぁ問題は無いけどな」
ニューラの全力を込めた連続攻撃が終わる。
倒れていなかった。
相手ポケモンは、立っていた。
「ありがとうよぉ……攻撃を当ててくれて」
そんな風に、コウカツとグレッグルの悪い笑顔が重なった時。
「グラララー!」
「ギニャアア………ッ!」
怒れる女の子は、笑われるままに勝負に負けた。
傷のツケを払わされるように。
攻撃に耐えたグレッグルが飛ばした、拳によって。
何かが砕けたみたいな音と共に、ニューラの体が跳ね上がる。
天井に激突して、そのままのスピードで床に頭から床に墜落した。
「ラ……」
震えながら上げた顔も、がくりと落ちて伏せられる。
完全な敗北だった。
「ご苦労さん。相棒。そして、お嬢ちゃん」
コウカツはポケモンをボールに戻した。
そして、呆然とするサヤちゃんに笑いかける。
「確かに『どろかけ』は無駄だったなぁ」
「………」
「一撃で倒せる事が確定だったとはいえ、遊び過ぎたぜぇ」
「え……ちょ、そんなはずないでしょう!」
あまりにも嘲りの過ぎた顔に、思わず怒声が漏れていた。
「何でサヤちゃんのニューラに一撃で勝てるなんて分かるのさ!」
「…………これもまた、相性よ」
力無く口を開いたのは、サヤちゃんだった。
「あくタイプはかくとうタイプに弱い。じゃあ他に格闘は何に強いのか。『ノーマル』『いわ』『こおり』…『はがね』ってのもあったわね」
「それって……」
「ニューラは悪と氷の掛け合わせタイプって訳さぁ」
高らかにコウカツは哄笑した。
「格闘に弱いタイプの重複。食らっちまえばそのダメージは計り知れないぜぇ。ま、数値化したら四倍って所かな」
「よ……!?」
「ちなみにグレッグルが出した技は『リベンジ』さぁ。攻撃を受けてから出せば威力が倍になる」
「ニ倍になった技のダメージが…更に四倍……」
「倒せない方がおかしいってもんよぉ……ハッハッハッハッ!」
始めから、勝てない戦いだった。
サヤちゃんもそれを分かって、格闘技を出される前に倒そうとしたんだろう。
コウカツは最初から最後まで、サヤちゃんを笑い物にしたんだ。
一回目に出来たはずの『リベンジ』を出さないで、弄んで……!
「貴方は、なんてひどい事を……」
「んな事言うなよぉ。これがポケモンバトルってもんだろうがぁ?」
「相手の不利を笑って、いつでも倒せるからって手を抜きながら希望を壊すのはバトルじゃない!」
「意外に言うねぇ。前側に付いてるボールをスられながら気付かない天然の割に、若い熱さを持ってるじゃねぇの」
「はぐらかさないで!」
「実にいいぜぇ、そういうツラはぁ!」
いきなりコウカツは叫び出した。
「俺は昔っからなぁ、人の困りヅラ、憎みヅラ、悔しがるツラを見るのが大好きなのさぁ! 特に生意気盛りなお前ら子供は格別だぜぇ」
「……最低な人だね」
「何とでもいいやがれよぉ! ポケモンを盗まれて泣きそうな癖になぁ! 実にいいツラだったぜぇ! バトルに負けたお嬢ちゃんの無意義さに満ちたツラも良かった! 俺様万々歳のブチのめし得よぉ! いい笑顔のポケモンが生み出すものはやっぱ違うなぁ! ハッハッハッハッ!」
聞く価値の無い冗長な言葉を垂れ流すコウカツ。
サヤちゃんはニューラのそばに座り込み、今は笑われる怒りよりも負けた悔しさに震えているようだった。
ほどなくして彼女もポケモンを戻し、ホルスターに収納する。
もう戦える仲間はいない。
目の前の泥棒が、希望を奪ってしまった。
「また……負けた。アタシが……」
鋭い敵意を滲ませていた女の子は、もう完全にその切っ先を折られていた。
「全く………この街に来てから、ついてない事ばっかりよ…………」
「そいつはご愁傷様だなぁ」
悪人の笑顔はいつまで醜くあり続けるんだろう。
「ま、俺様は有頂天だぜぇ。まんまとポケモンを盗まれた驚き・困惑・慌てヅラに、負け戦に手を出した代償の屈辱・後悔・憤怒ヅラまで見れたんだからなぁ」
「ぐっ……!!」
「睨むなよお嬢ちゃん。安心しろぃ。もうどいてやるからよぉ」
コウカツは私達を眺め下ろして高笑いした後、背中を向けて歩き出した。レストランの入り口へ。
「存分にボールを盗んだ犯人を探すといいぜぇ。ハッハッハッハ!」
サヤちゃんは拳を震わせて、勝者の背中をずっと睨んでいた。
……私の顔も、彼女みたくなってるんだろうと思う。
コウカツを捕まえる気にはなれなかった。ナゲキを盗んだのは、彼と一緒にいただろうモノトリオの二番目なのだから。
それに私もサヤちゃんも、悔しさで動けそうにない。
私からボールを盗った犯人も、コウカツの時間稼ぎで遠くに逃げただろう。
もう、これじゃあ。
私達が盗品を取り戻すことなんて――!
「んん? お前は誰なんだぁ?」
去り行く泥棒が、ふいに足を停止させた。
大柄な体が邪魔で見えないけど……何? 誰かが居るの?
居なくなってたお兄ちゃんが戻ってきたのかな……、
「キミこそ誰なんだい? 店員さんじゃなさそうだね」
けれど。
コウカツの向こうから聞こえてのは、耳にした事の無い声だった。
私はサヤちゃんと顔を見合わせる。……新たな困惑顔。
ううん、それは問題じゃない。
誰だか知らないけど、泥棒と鉢合わせしたんだ。危ない!
「あ、あの! その人は泥棒です!」
向こう側の誰かさんに呼びかけた。
「モノトリオのコウカツです! ポケモンも持ってます! 逃げて下さい!」
「モノトリオ?」
突然のお客さんは、緊張感の無い声で応える。
「女の子の姿がよく見えないけど……オジサン、彼女達が言ってる内容は本当かい?」
「ああそうさぁ! 有名人のコウカツだぜぃ! さぁボウズ、そこを通してもらおうか!」
「……ははっ。こんな所で出くわすなんてねえ」
声色とコウカツの言い分で、声の主は男の人と分かった。
そして『彼』はコウカツを通さず、黙ることも無かった。
「ま、一般人達が見ているんなら――キミは倒すしか無いね」
「う、うぉっ。何のつもりだぁ?」
コウカツが突然、後ろに下がってきた。
「おいおい、近付くんじゃねぃ!」
男の人が距離を詰めてきたかららしい。
店に入ってくる二人。ここに来てようやく………その姿が見えてきた。
「ご飯を食べに来て泥棒に出くわす。ボクもなかなか、ついてないや」
出し抜けな来訪者さんは、大柄な泥棒に比べれば華奢な身体つきの人だった。
お兄ちゃんより少し若いくらいの、中性的な顔立ち。
少し長めの髪を黄緑に染め、上下とも黒ずくめな格好をしている。
浮かぶ表情は、微笑。
コウカツとは違う余裕の面持ち。
「アンタは……!」
サヤちゃんが目を剥いて驚いた。
「知ってる人なの?」
投げかけた質問は無視される。
青年さんはモノトリオ一味の肩越しに私達を見て、何かを理解したように頷く。
「状況は分かった。モノトリオさん、どうやらキミはここで捕まらなきゃいけない」
「構わねえぜぇ。逮捕には慣れている。だがその前に……」
コウカツは再び、モンスターボールを取り出す。
「泥棒のカンが呼んでるぜぇ。俺様にそこまで余裕ぶっこく辺り――ボウズ、お前もトレーナーだろぉ?」
「うん、そうだよ。バトルする?」
「無論よぉ」
男の人の華奢な方も、ポケットからボールを手に取る。
そして再度私達に目を向け、呼びかけてきた。
「キミ達、安心するといい。後はボクに任せて、見ていてくれ」
「おいおい、俺様の後ろに話しかけるなよぉ。今のお前の相手は目の前だろぉ?」
「ああ、ごめんね」
「ったく……最近の若者って奴ぁ。まあいい。どこのガキか知らねえが、お前の顔も苦汁に染め付してやるぜぇ!」
「やれやれ……町では有名人のお尋ねものさんも、ボクの事は知らないか」
お客さんはコウカツの荒々しさに、あくまで影の無い形で…苦笑する。
「ま、構わないさ。形式上、ここではボクはキミを倒さなきゃいけないし、」
「ゴタクは終わりにしようぜぇ! 行けぃグレッグル! 笑顔をぶち壊しだぁ!」
泥棒はボールを振り下ろした。
緑髪さんも同じくボールを床に手向けながら、余裕に満ちた声調で告げた。
「それがジムリーダーの務めだからね」
◆◇◆
エリとサヤがレストランにて予期せぬ災難に見舞われていた頃。
コウカツのように茶番好きな彼も、一人の泥棒を視界に収めていた。
違っていたのは、二人が狭い路地にて追いかけっこに興じていた所だが。
「待ちやがれ泥棒が! エリのボールを返せ!」
「返す訳ねーし! 待てとか言われて待つ泥棒もいねーし!」
追われているのは、先ほどナゲキ入りモンスターボールをエリから盗んで逃げ出した男。
追うのは勿論……被害者の保護者である。
アキラはポケモン研究者だが、かといって運動の出来ない優男ではない。
フィールドワークの延長で、肉体的な疲労から逃げ回れる程度には鍛えてある。
だからそんな彼が、走りつづける泥棒との距離を詰めるまでに、そう時間はかからなかった。
モノトリオはネクシティを度々騒がせる三人組だが………その本質は愉快犯である。
泥棒をしていても、決して一流の泥棒ではない。
何度も逮捕され、刑期を終えて出るたびに再犯を繰り返す小悪党。
そんな彼らが最近唯一変わった事があるとすれば、それは――。
「くっ……! 追いつかれちまうし! ええいっ! 出でよ! 俺っちのポケモン!」
窃盗犯は片手に持つエリのとは別な、自らのモンスターボールを放った。
追っ手たる研究員の前方にて、モンスターが解放される。
「ワルルルルビーーィ!」
「うぉっ!」
出されたポケモンは間髪入れず、アキラに噛みつこうと飛びかかってきた。彼は慌てて距離をとる。
「ぜー……ぜー……どうだし。俺っちの人間じゃない方の仲間は。さばくワニポケモン『ワルビル』だしゃあ!」
「お前ら…ポケモンは持ってないんじゃなかったのか? そいつも盗品か?」
「気にすんなし! 色々あったんだし!」
泥棒は立ち止まり、アキラと目を合わせ息巻いている。
ワルビルは主人を脅かす男をうなり声で脅すばかりだった。近づけようはずもない。
「……しかし大したもんだしゃ。このモノトリオが一人『ロン毛のコウサク』に、一般人の身分で追いつくとはなぁ」
「お前の足こそ一般人並だったがな」
ポケモンを出している分、いくらか余裕を得ているコウサクに……アキラもまた軽口を叩く。
「それに、お前のスタートダッシュとほぼ同時に走れたから、見失わずに済んだ」
「ああん? どういう意味だし」
「レストランの窓が無駄にでけえのは、今回は幸いしたって事だよ」
それが、タバコ休憩を選んだ理由だった。
アキラはレストランに着いた時点で、窓から店内を何気なく見渡していたのだ。
そして、手配書に書かれていた泥棒のうち二人――コウカツとコウサクを発見した。
「白昼堂々盗みを働くだけはあるぜ。顔も変えずにメシ喰ってるとはな」
「俺っちらは気配を消すのと他人に目を背けさせるのが得意なんだしゃ」
ロン毛は嘯いてせせら笑う。
二人組を発見した時、アキラはあえてエリとサヤを入店させ、自らは警察に通報しようとした。
モノトリオの罪状には強盗もあったが、衆人の渦中でそんな暴挙が出来る程の凶悪犯ではない。……そう思っての判断だった。
少女二人の我儘を満たし、小物の悪党も同時に逮捕させる。
性悪で小狡い、アキラの策である。
もっともそれは愚策だったが。
「しかしまさか、エリのボールを容易く盗んでくれるたぁ思わなかったぜ。メシ時ぐらい仕事の事忘れろよ」
「俺っちのカンにピーンと来たんだし。あのぽやっとした方のガキは盗めるってな。……あの女二人、お前の妹だったのし?」
「赤の他人だよ。半分は兄やらせてもらってるがな」
「ほーう。よく知らないけど大変しゃなぁ」
「ああ全くだ」
善良な意地悪男と、軽薄な短絡男の応酬。
その間にもワルビルはアキラを見据えていた。
目の前のポケモンを突破せずして、エリのボールは取り返せない。
「………やるしかねえな」
研究員は自らのボールに手を伸ばす。
ツタージャ、ポカブ、ミジュマル。頭の中で適切な選択をした。
三体はクイネの森にてケンホロウと戦い、いずれも深手を負っている。
しかしそれでも三体だ。相手の手持ち一体に完敗する頭数ではない。
目ざとい彼はコウサクと向き合った段階で―――ポケットやベルトに他のモンスターボールが無い事実を認識していた。
こんな事なら、自分もキズぐすりを買っておけばよかったと後悔する。
だがどうにもならない。今の全てはエリの為に。
「出てこい! 俺のポケ」
「ワルルルルガーー!」
……台詞は途中でストップした。
ワルビルが再び大口を開け、アキラに突っ込んできたのだ。
「うぉああ! おいコウサク! そいつタチ悪すぎだぞ!」
「くっはははは! そいつはそうだし!」
紙一重で回避した彼を、悪人は笑った。
「そのワルビルにはなぁ……俺っちに敵対する奴をみ〜んな、噛み砕くよう教えたんだっしゃ!」
「何だと?」
「ちょっとでも不審な動きをしたらガブリだし! この意味、目ざといお前なら分かるしゃなぁ!?」
「………俺にポケモンを出させない気か!」
「ピンポンっしゃあ!」
コウサクは勝ち誇った。
「ポケモンは持ってるだけで、すんばらしいステータスになるんだし! 丸腰の人間を脅せるし、先に出すだけで抑止力にもなる!」
「ポケモンをセけえ事に使いやがって……!」
「戦略だし! お前はもう、こめかみにオクタンの口を突きつけられているんだっしゃ!」
能書きは意味不明だが、状況は極めてアキラの不利だった。
ポケモンを先出しして、後手に回ったトレーナーの動きを封じる。
愚策云々以前の犯罪的手段。
ポケモン研究家の息子としてアキラは憤るが、今相棒達を出そうものなら手に大怪我を負いかねない。
何よりワルビルは―――例え本能から来る悪意があろうとも、コウサクに従っているだけなのだ。
人間などの命令で、ポケモンに人間を襲わせたくは無かった。
「よーしワルビル、お前はここに残って白衣クンを威嚇し続けるっしゃ。俺っちはその間に逃げる!」
「最低のトレーナーめ!」
「これも仕事だし! このポケモン入りボールをお金と交換して儲ける為だしゃ!」
「くっ…!」
全速力の再稼動を試みるコウサク。ただし、今度は一人で。追っ手を背負わずに。
今逃がせば、エリに二度とナゲキが戻ることはない。
アキラは冗談じゃねえと歯噛みする。レストラン前で行った策と、これでは真逆だ。
エリの旅を辞めさせるキーであるナゲキを失い。
更にアキラの大嫌いな、エリの負の表情を見る羽目になってしまう。
一度の災難で、二の絶望。
アキラは覚悟した。
こうなったら全身をズタボロにされようとも、ワルビルの向こうに走るしかない。
ボールを一度に三つ投げて敵を攪乱一一その隙に、抜ける。
「……あらあら。アキラじゃなあい」
「ああん? 急に変な声出しやがって。馴れ馴れしく…………っ!?」
と。
その瞬間。
まさに手の負傷を受け入れて、エリから奪ったポケモンを出しエリから奪ったポケモンを持つ男の捕縛を行おうとした、その途端。
「うわっ! びっくりしたし! 誰だし!」
コウサクもアキラも、驚愕せざるを得なかった。
茶番を好む者には、実に予想だにしない展開だろう。
何の前触れもなく――女性が路地に現れたのだから。
「……ふふっ、クスクス」
何の前触れもなく。
その女性は本当に、その言葉を体現する形でそこに居た。
いくら男同士で顔を突き合わせていたにしても、アキラとコウサクには耳がある。
自分達に近付く足音くらい気付いてもいいだろう。
それすらも知覚させずに二人に接近したのが、この謎の女性だった。
「お前は……っ!」
その謎人物へ即座に警戒を見せたのはアキラの方だった。
「なあに? 二人とも。まるで私をオバケを見るような目で見て」
男の感情を鼻で笑える生き物が居るならば、それは女以外に他ならない。
「お前、何でこんな場所に――」
「嫌ねえアキラ。ワタシがプライベートでどんな街に移動しようが勝手でしょう?」
女性は柔らかな微笑みを滲ませつつ、ウェーブのかかった青紫の髪をかき揚げ、うろたえる男を細目で眺める。
それは優雅な動作だったが、左目の上馬渕から頬かけて切り傷がつけられているのが雰囲気に一石を投じていた。
「ちょっとした話し合いの為にこの街に来たんだけど………。騒がしい口喧嘩に興味をそそられて来てみれば」
「………………」
「大義の為に行動するキャラクターには、すべからく大きなイベントがあるものねぇ………クッスクスクス!」
「いやいや黙れし! この場をこれ以上ややこしくすんなし!」
突然の来訪者にツッコミを入れるコウサク。
「つうかお前誰しゃ! 白衣男クンから俺っちが逃げおおせるってのがこのシーンのシナリオだし! 邪魔するでねえし!」
「ねえアキラ。この人の台詞がよく分からないのぉ。解説してくれないぃ?」
「……かくかくしかじかだ」
「なるほどねぇ」
謎の成人女性は得心したらしく、腕を組んで首肯を繰り返す。
「とりあえず考察して分かったわぁ。そこのロン毛な男の人は――ここで目の前が真っ暗になる運命なのねぇ」
「訳が分からないし! お前もワルビルに襲われたいのし!?」
「ふふっ、怖い怖い。服をビリビリにされたくはないわねぇ」
青紫髪の女は気楽に構え、ワルビルを流し目で視界に移した。
ただそれだけで、気性の荒いさばくワニが萎縮した。
「お、おいワルビル、どうしたし?」
「私には分かるわぁ。その子…本能を刺激されるがままに生きている自分に、悩んでいるのねぇ」
「は、はあ?」
「ポケモンはみんなとってもいい子。でもそれ故に、人間の下における身の振り方に疑問を持つこともあるわ」
女性は深い笑みをたたえてそんな事を言いながら、ベルトにセットされたモンスターボールの一つを取る。
「あくタイプとなれば尚更――嫌われ者は大変ねぇ」
「ソルルル……」
ボールの中から微かに、彼女に応える鳴き声がした。
コウサクには不意打ちで現れたこの女性の言葉は理解できない。
しかしそれでも泥棒のカンなる力で一つの答えを導き出す。
「そ、そうか! お前も、あくタイプ使いなんしな!」
「…あら。アナタのお脳はエスパータイプ?」
「やっぱりそうか!」
人間は自身にとって都合のいい事実のみに飛び付く傾向がある。
「俺っちもワルビルを、あくタイプだから選んだんだし! 他の二人はどくタイプしゃが、やっぱ泥棒はこのタイプが最適し! 気が締まるんし!」
「ああそう。で、それがどうかしたのかしらぁ?」
「お前なら分かるっしゃろ? 同じあくタイプ使いなら! 俺っちらは分かり会えるはずし!」
今やコウサクの興味は、彼が同類と見なした女性のみに向いているようだった。
「だから俺っちを、ここで大人しく見逃して欲しいし!」
「…………」
「…………」
……謎の女性も、アキラも沈黙する。
むしろ謎なのはロン毛泥棒の思考回路かも知れなかった。彼に特に同情すべき点は無く、使用タイプが同じだからといって他者を同族扱いする義務も無い。
強引にでも逃げたがる、犯罪者の理論である。
だから勿論、答えも決まっていた。
「駄目ねぇ。ここから逃げたければ、ワタシを倒して行きなさい」
「……やっぱそうなるしか。いいし! やったろじゃねかーしゃ!」
青紫髪の女性は、先ほど取り外したボールをベルトに戻し、別のボールを片手に持つ。
「ワタシは人生二番目の相棒で勝負させてもらうわ」
「勝手にするがいいし! どの道俺っちにゃワルビルだけし!」
「そのキャラ作ってない? ボキャブラリーが少なくて心配だわねぇ……あぁそうそう、」
そこで女性は、忘れ物を想起したような軽い口調を紡ぎ出した。
「ワルビルがワタシを襲わないから、アナタはムリクリ理論で逃げようとしたのだろうけれど一一どうしてワタシは、ワルビルを止められたのだと思う?」
「ああ? 知るかし!」
「それはねぇ。ワタシがあくタイプの気持ちを分かったいるからよ」
そこで初めて。
笑みを絶やさなかった女性の顔つきに………僅かばかりの影が差す。
「ワタシは、この子達を深く理解しているつもりよ。けれどそれを、アナタみたいに利用したりはしない。ポケモンは、受け入れて、そして尊重しあうものだわ」
コウサクは気付かない。彼女の表情が微妙に変わった事に。
女自身も気付いていないだろう。無意識に出た変化だ。
気付いてる者が居るとするならば―――それは外野ターンに位置している、目の鋭いどこかの意地悪な男か。
「おいおいおいおい何だし何だし! ははっ! 俺っちとは違うんだしとでも言うんっしゃか? トレーナーの定義なんて何でもいいじゃんし! ポケモンと何かやって何かバトってれば、善悪関わらず人間はトレーナーっしょ?」
「そうでしょうね……ええそうでしょう。じゃ、初めましょうか」
卑怯な手は封じられ、ようやくバトル開始となった。
女性はモンスターボールを転がすように重力に託す。
落下中の生命入り球体を眺める、その瞳が映すは諦観か。
それは弾け一一光と共に闇をコウサクに見せつけた。
「え……? な!? なあぁぁ!? 何だし! 何だこのポケモンは! ひ、ひいぃいいい―――!!」
◆◇◆
「―――決着だね」
信じられない。
レストランにて開幕した、コウカツと青年さんとのガチバトル。
それがまさか……一撃で終わるなんて。
「嘘だろぉ………。俺様が、俺様のグレッグルがぁ……」
「別に落胆する事は無いよ。キミはきっと、運が悪かったんだ」
緑髪の男の人は爽やかな笑みを浮かべ、自らのポケモンをボールに戻す。
「どくタイプにして、かくとうタイプ……『サイコキネシス』の前には、ちょっとキツいものがあるよね」
「ぐぐ…悔しいぜぇ……」
「さあ。店員さん。そろそろ傍観者を辞めたらどうかな」
未だに固まっていたお店の方々に勝者が目をやる。
と、同時にみんな素早く動いて――コウカツを取り押さえた。そのままレストランの外に連れて行く。
とりあえず……サヤちゃんの仇は討たれた、みたい。
「やあ、災難だったね」
ヒーローさんが近付いてきます。
「えっと………助けてくれてありがとうございます!」
頭を下げる。
サヤちゃんは黙って彼を見つめていたけれど、ほどなくして「ありがとう」とだけ呟いた。
「ははっ、大したことはしてないよ。街を守るのも職務の一環さ」
気さくな笑顔を向けられました。
カッコいいと言うか優しいと言うか、善人の鏡みたいな人だなぁ……それはさておき。
「えっと………ジムリーダーって言ってましたよね?」
「うん。そうだよ」
青年さんは雑談口調で名乗りを上げる。
「ボクの名前はアイク。正真正銘、ネクシティのジムリーダーさ」
「アイク…さん」
「キミもトレーナーだよね。ボールホルダー付きリュックを背負ってるし。ジムに来た時はよろしくね」
「は、はい」
友達になろうよぐらいの軽さで戦闘フラグを立てられた。……いやまぁ避けて通れない道だけどさ。
「しかし、コウカツはお店を出る所だったようだけど……何があったんだい?」
「それが……」
私はアイクさんに事情を説明する。
「なるほど。その時居たもう一人にポケモンを……。ちょっと待ってて」
彼はポケットから何かを取り出した。
モンスターボール………じゃなくて、モニターの付いたパネル状の機械。
前にお兄ちゃんが使っていたタウンマップに似ているけど、サイズはそれより小さかった。
「ポケパッド、コールアプリだ。ネクシティ警察にコール!」
『了解』
青年さんがパネルに話しかけると、すごく棒読みな声が返ってきました。
それから、電話でよくある呼び出し音が響く。
「もしもし。アイクです。モノトリオが現れました。ボクのジムリーダーの名において、この街の封鎖をお願いします。コウカツは捕縛。残りの二人を捕まえて下さい」
持ち主はパネルをタッチして通話を切る。
「これで警察が総動員されるだろう。キミ達の財布もポケモンも、すぐに取り戻せるよ」
「あ…ありがとうございます」
「ん? ……浮かない顔だね」
青年さんは首を傾げる。
確かに彼の言う通り、ちょっと気分は優れなかった。
突然現れたこの人によって、問題は一気に解決された。
だけど、それでも。
「サヤちゃん、私じっとしてらんない! 私達も探しに行こう!」
「今更見つかる訳ないでしょ……と言いたいけど、いいかもね」
サヤちゃんはそう言って、アイクさんの顔をチラリと見やる。
ジムリーダーの彼は「反対はしないよ」と微笑んでくれた。
「行こう!」
レストランを出て……んー、とりあえず右!
それにしてもお兄ちゃんは、一体どこに消えたのかなぁ……。
◆◇◆
エリとサヤがレストランを出た時には、既に勝敗は決していた。
伏線も自己紹介も踏み越えて現れた、一人の女性によって。
「……クスクス。言ったでしょう? 運命だって」
対戦相手は答えない。
完膚なきまでに負傷したワルビルの後ろで、ロン毛のコウサクは気絶していた。
攻撃などはしていない。
女性が繰り出した一匹のポケモン――その恐るべき力と恐怖に倒れたのである。
「ザ………ザザ……ザザザザッ………」
「お疲れ様。さあ、ボールに戻ってゆっくりと休みなさい」
「ザ……ザザッ!」
彼女はポケモンを回収し、ベルトにセットし直す。
そこに取り付けられたボールは、六つ。
元よりコウサクには、勝ち目の無い戦いだった。
コウカツとは違い、バトルは一辺の油断も無く終わったが。
「ワ…ル…ビ」
敗者たるポケモンは、持ち主へと這いずる。
勝者はそれを、静かな目で見下ろしていた。
「自分の闘争心を利用して望まぬ命令をよこしたトレーナーを、信じるのね……否定はしないわ。それが貴方の望みなら」
人間よりも、ポケモンの心の方が大事だもの。
青紫の髪をなびかせ、女性もコウサクへと近付く。
そして、力無き片手からボールを取り上げた。
バトル前に見せた小さな影は、もはや欠片も見当たらない。
彼女の顔には、柔らかい笑みだけが浮かんでいる。
「アキラ、これよね?」
「………ああ」
エリのナゲキ入りモンスターボールが、兄の手に再び回帰した。
「クスクス。おかしな顔。ワタシのポケモンに見とれてた?」
「んな訳ねえだろ」
アキラは気のない風に答える。
「コウサクのリアクションが大袈裟すぎて引いてただけだ」
通りすがりの女性が繰り出したポケモン。
ポケモン研究員であるアキラは、当然それを知っていた。
「別段希少でも、神様の世界に片足突っ込んでる訳でもねえポケモンに……驚き過ぎだ」
「そうねぇ。でも、それなりに強〜い子よぉ」
間延びした口調を取り戻す女性。
ついでに微笑みが一瞬、意地の悪い形を描く。
「まぁ……少し前だったら、『災害指定』されてもおかしくなかったような――ポケモンかしら」
「…………」
「ふふっ。何はともあれ、お久しぶりね。アキラ」
「久しぶりだな………俺の最後の彼女」
音信不通だった、別れた異性と言葉を交わす。
「運命の再会ねぇ。会いたかったわぁ。ホウエン地方辺りの偉大なポケモンが、願いを聞いてくれたのかしら」
「やれやれ。茶番めいた脚色の好きな奴だな」
自分を棚に上げて相対するアキラ。
「ネクシティは大都会だ。ミメシス地方中から人がやって来るだろう」
「エンカウント率高しって奴ね!」
「そうでなくても……俺もお前も生きてんだ。生きていれば、再会する時もある」
「ええそうね一一失わなかった大切なものには、いつでも会うことはできるわよね」
「………っ」
「という訳でワタシは行くわぁ。こちらにもこちらの日常があるんだもの」
「……ああ。またの再会を、できれば祈るぜ」
「ええ。アナタもアナタの日常を送りなさい。大切なものを守りながらね。ヒーローさん」
青紫髪の女性は優雅な足取りで去っていく。
その姿が角を曲がって見えなくなってから、アキラはボールに目を落とした。
「ったく、本当に世話を焼かせるぜ……エリの奴。偶然的にも必然的にもよ………」
彼は歯噛みする。
思い返されるのは、街に来て最初の戦闘。
サヤがあくタイプのポケモンを出した時点で、アキラにはエリの勝利は分かっていた。
しかしそれでも彼女はナゲキを使いこなせず窮地に陥り――そして困惑の表情。
性悪で策士な彼はただ一つ、エリの負の表情には耐えられなかった。
本来の目的を忘れ、つい助言を与えてしまう。
「……そんな甘さも、捨てるべきだよな」
アキラはこれまで、当たり障りの無い形でエリの旅を辞めさせるつもりでいた。
ポケモン好きの彼女の心を傷つける形では終わらせず、あくまでトレーナーとしての自信を喪失させる方法を探していたのだ。
彼はそれを今、破棄する。
「圧倒的な傷を胸の中に刻んで、帰らせる。……そしてあいつを、救ってやるさ」
エリの側に居る彼に、これほど嵌る役割も無い。
例え彼女を傷つけ、故郷であるプロロタウンに足を引きずらせようとも…その隣にはアキラが居るのだ。
ポケモンの旅を諦めたエリを、彼なら慰め、心を元に戻してやれる。
エリの望みを絶つ者が、アキラの策を与えた他人なら。
そしてエリが――それに気付きさえしなければ。
結局は無傷で帰らせるのと、同じ事。
「お兄ちゃ〜ん!」
アキラの保護対象が帰ってくる。傍らにはツリ目少女も一緒だった。
「お兄ちゃん! あのね、私のボールが……はひっ!? この人はっ!?」
エリは物言わぬコウサクを指差す。
そして戸惑いの瞳で、泥棒と研究員を交互に見た。地に伏すワルビルにも視線を寄せる。
「………もしかして、お兄ちゃんがこの人を倒したの?」
「当たり前だ。俺がただレストラン前を離れたとでも思ってたのか?」
アキラは溜息と共に語る。
「何故かポケモン持ってやがったが、楽勝だったぜ」
「でも何か、この人気絶してない?」
「俺のせいじゃねえ。こいつが勝手にすっ転びやがったのさ。俺に恐れをなしてな」
「ふ〜ん……」
エリは半信半疑な様子でアキラを見ていたが、目の前にある状況から彼の言い分を否定できるはずもない。呑み込むしか無かった。
「あっ、じゃあ私のボールは」
「ほらよ」
アキラは盗品を持ち主に返す。
目を輝かせ、すぐに中身を召喚するエリ。
「ナゲキーーー! 会いたかったーー会いたかったーー会いたかったーー!」
「ゲキイッ!」
「ギ〜ミ゛〜に゛〜!!」
「はぁ……」
パートナーに投げ飛ばされるエリと、それを見て呆れ果てるサヤ。
アキラは天然な方を眺めながら、拳を密かに握るのみだった………。
◆◇◆
それから時間は流れまして。
「ふぁ〜! 夢にまで見た宿屋だよ〜!」
「安っぽい夢ね……て言うかロビーなんだから静かにしなさいよ」
レストランで腹ごしらえを致しまして、私達は無事宿屋に着くことが出来ました。
「でもでも! 私今まで宿屋に泊まったこと無いんだよ! だって今日トレーナーになったばかりだし! この街に宿泊する程の用なんて無かったし!」
「あ〜も〜、知らないわよ! そんなに顔近づけなくても聞こえてるわ黙ってて!」
「おいコラ女ども、ここはロビーなんだから静かにしろ」
チェックインを終えたお兄ちゃんが戻って来た。
「お兄ちゃん、何泊にしたの?」
「今日を入れて三泊四日だ。ま、もう今日は死に体みてえなもんだがよ一一お前が外に出たくねえと仰せだからな」
回りくどい言い方で回りくどい嫌みを言うアキラ。
今の時間帯は夕方。私は兄の言う通り、今日はもう宿屋から出ないつもりでいる。
……日付を跨がないとまたナゲキを誰かに盗まれるとか、そんな不安を感じたからなのは内緒です。
「まぁナゲキを鍛える手もあるけどさ………手っ取り早い場所ってクイネの森しか無いし。今行くと暗いから今日はもう駄目だもん。やる事無いよ」
「あら、そうでもないわよ」
意外にもサヤちゃんが割り込んで来た。
「アタシ、クイネの森なんかより良い鍛え場所を知ってるわ」
「えっ? 本当?」
「この街の外れ…って言っても宿屋からは近いんだけど、クイネの森に面した広い空き地があるのよ」
「空き地?」
「ええ。アタシも初めて見つけたんだけど……何か野生ポケモンがうろついているのを見たわ」
「そうなんだ」
それは丁度いいスポットですな。
「えっと、詳しい場所は?」
「アンタに説明しても理解しなさそうだから、明日案内してあげるわ」
「ありがとー!」失礼だけど!
「アタシはもう部屋に戻るわ。夜食の時間までまだあるし……アキラ、時間になったら呼んでちょうだい」
「何故俺が!?」
「アタシを不幸にさせた男だからよ」
「待ちやがれ! 全ての元凶はお前がぶつかったエリだろうが!」
「お兄ちゃん、ここはロビーなんだから静かにしなきゃ駄目なんだよ?」
「俺は悪くねぇえぇ!」
うろたえて叫ぶアキラ。珍しい。
カウンターの従業員さんが怒り顔でこっちを見ている………あれ? サヤちゃんも?
「……まぁそうよね。アンタにぶつかったせいでアタシは財布泥棒を見失った訳だし」
「あうう」
「その財布もすっからかんで取り戻すことになったしね」
「はぅう〜……」
頭が上がりません。思わず小さくなってしまします……。
あの後結局、モノトリオは全員お巡りさんに逮捕された。
そしてサヤちゃんの財布も、中のお金が空気な状態で戻って来た。
短時間で何にお金を使ったのかは、現在全力で捜査中とのこと。
「とにかく! アンタとアンタの兄のせいで被った災難、当分は償ってもらうんだからねっ!」
会話を強引に打ち切って去ってしまう勝気少女様。
私とお兄ちゃんだけがロビーに残されたのでした(受付の人除く)。
「ふう…長い1日だったなぁ……」
ポケモントレーナーデビューして、ナゲキがパートナーになって。
バトルに負けて悔しくなったり、森で野生ポケモンと戦ったり。
これからの旅も、そんなハプニングに巻き込まれるのかも知れない。
でも、やっぱり。
「――楽しかった!」
終わり良ければ全て良し、だよね!
「あー、自己完結中に悪いんだが……」
まとめにかかってる最中にお兄ちゃんに話しかけられる。
何ですかアキラ。空気も読まずに兄貴面するのですかい?
「三日間の期限が切れた後は、俺は金銭面での援助はしないからな」
「えっ」
「えっじゃねえ。俺が何度もお前の為に金を使うと思うな」
お兄ちゃんは全身で私に向き直り、目を細める。
責めるような眼差しだった。
「俺は保護者としてお前に付き添ってるが…至れり尽くせりをやるつもりはねえんだぜ。この旅の主役はお前だ。忘れた訳じゃねえだろう?」
「それは……」
「つう事だ」
一方的に会話を打ち切るアキラ。
「今日はお開きで、あと三日間。ま、せいぜい頑張るんだな」
兄も消える。この場から部屋へ。
「……何なのですか、全く」
えーっと。
今の私にはお金が無い。宿泊が終わっても金欠のままだったら、どこへも泊まれず色々困る。
つまり明日からの三日間で、私はナゲキを鍛え、ジムリーダーさんをのめして出発しなければならない……って事ですかい?
うーん、縛りプレイ。
「って言うかお兄ちゃん、何であんなに不機嫌そうだったんだろ」
宿屋に加えてお昼代まで押し付けたのが、そんなに不満だったのかな。
何だか、変な感じがする。
それだけが理由じゃないような……。
「まぁ、ともあれ」
人の事より自分の事。
お兄ちゃんの言った通り――そして私が自覚しているように、これは私の旅だ。
アキラの挙動にばかり目を向けてはいられない。
『……決着だね』
ジムリーダーのアイクさん、強かった。
至れるか、越えられるかは分からないけど。
「……やってみせるよ、お兄ちゃん!」
空気に向かって吠え立てる。
私達の戦いはこれからだ!
◆◇◆
エリ、アキラ、サヤ、etc。
千差万別なポケモンと同じ、多種多様な人間達。
それぞれは単なる生物でも、彼ら彼女らは複雑に縁を絡ませ、未来へと伸びようとする。
どんな人間だろうとそれは同じだ。
例えば――知らない場所の他人でも。
「……つー訳で、ガキからギッた金、入金しやしたぜ」
ジムリーダーのアイクが警察に通報し、ネクシティを封鎖する直前。
公衆電話にて何者かと会話する、男の姿。
『ゴ苦労様デス。コレデ私ノ指定シタ額の入金ハ――完了、デスネ』
向こう側より聞こえて来る声は実に奇妙なものだった。
これもまた人間の成せる技。
声調も声質も改変された、異質な音声。
相手の性別はおろか、年齢を特定する事すら出来ない。
そんな正体不明の相手に、男は緊張感も無く通話を続けている。
当然と言えば当然だ。
プロを気取る泥棒は、決して精神をぶれさせない。
『ソレニシテモ流石デス。想定デハ目標達成マデニ、モウ少シカカル物ト思ッテイマシタガ』
「俺らモノトリオに任せればこんな物です。特にこの俺、『金髪のコウケツ』様にかかればね」
サヤの財布を盗んだ男は、そう嘯いて醜く笑った。
「嬉しかったですぜ。単なる泥棒トリオだった俺らにポケモンなんて大仰なモンくれて、こうして仕事させて貰えたんですからねぇ」
『ソレハ良カッタデス。コチラカラモ、オ礼を言ワナケレバイケマセンネ』
相手の声が若干弾む。
純粋に嬉しそうな口調だった。
『我々ノ【団】ニ資金ヲ提供シテ下サリ、アリガトウゴザイマシタ』
「礼には及びませんぜ。金を送ったり、盗んだポケモン売りさばいたり。俺らの実力を発揮したまででさぁ」
コウケツもまた、親しい友人に向けるような喋りだった。
本当は――電話の相手には会った事すらもないのだが。
「非合法な団体さんで、スポンサーも少ないんでしたよね」
『エエ、マァ。アナタ方ニハ感謝シテイマス』
「それじゃあ、最初に貴方がたの『したっぱ』サンから受けた説明通り…貰ったポケモンはそのまま受け取りますぜ」
『ハイ。他ノ二人ニモ伝エテ下サイ。ドウカ大事ニ末永ク……ト』
「了解っ!」
金髪の泥棒が、そう言って電話を切ろうとした時だった。
突如、街中に警報が響く。
街頭スピーカーから聞こえてくる、ネクシティ閉鎖と、警察出動を伝える知らせ。
コウケツの軽い笑みに冷や汗が追加された。
「おやおや……仕事を完遂した途端に、何百回目かの街封鎖ですかい?」
『封鎖デスカ? …我々ノ仕業デハアリマセンヨ?』
「分かってますぜ。あんたらは部下を切り捨てたりゃしないんでしょう。ま、俺らは雇われの身分ですがね」
この場に留まり続けるのは損だと判断し、泥棒は会話の打ち切りを決断する。
「追われるのも捕まるのも、モノトリオにゃあ慣れっこですから。ではではさいなら。末永く」
コウケツは受話器を置き、どの方角に逃げようか思案を始めた。
そしてその思考を助けるように、
「居たぞ! モノトリオのコウケツだ!」
「逮捕する〜!」
「ガウガウ! ガディーガ!」
「はいはい、お出ましですな」
逃げる泥棒、追う警察。
知れた都会は人工迷路。犯罪者のゲームには相性抜群。
更にプレイヤーは一人ではない。
人外たる仲間が居るのだ。
「さあ、挟み撃ちだぞ! 覚悟しろ泥棒!」
「コウカツは逮捕の知らせが来た! コウサクもすぐに捕まえる! 観念するんだな!」
「お前はポケモンを持たない集団だ! ガーディに噛まれたくなければ投降するんだ!」
「ガウガウ!」
「はっはっは! さすが警察諸君!」
すぐさま泥棒は否定に走った。モンスターボールを取り出し、投げる。
「出てこい! ドガース!」
「ドガ〜〜ス……」
どくガスポケモン、ドガース。
球状の体を膨らませ、途切れ途切れに煙を吹いている。
「『えんまく』を吹き付けるんだ! 行けえぇ!」
「ドガアァ……ッス!」
コウケツの周囲に居た敵全員がドガースの吹き出す白煙を受けた。人間、ポケモン関わらずに。
「ぐおわぁ、ごほごほ! 前が見えんっ!」
「畜生、人間にも躊躇なく浴びせかけるとは!」
「ガディガー!」
「のわっ! こら噛みつくな! 標的はあっちだ!」
「ようし逃げるぞドガース!」
泥棒は気体に身を隠し、挟み撃ちの状況を脱した。
そのまま目的もあてもなく、喧騒の街を走っていく。
コウケツはこの後警察に捕まり、しかるべき罰を受ける事となる。
しかしそれを予期しながらも、彼は足を止めなかった。
失敗し尽くして、道を踏み外す行為自体を娯楽と捉えてしまった人間達。
法の裁きも正義の味方も、彼らには玩具でしかない。
退屈しのぎな人生の為に、自分以外の何かを糧として得るのは当然の事。
それが人を超えた不思議な生き物であったなら、どんなに今を楽しめるのか――。
悪人は天を仰いで歓喜する。
「ポケモンは最高の相棒だぜ!!」
『出会いは戦いの始まり?』 終わり
to be continued
さて。試験は前日に終了し、授業のない先生方は採点に追われている。俺の担当である数学は初日からやったから、既に結果は出た。それをこれから返すわけだが……相も変わらず騒がしい奴らだ。
「ああ……オイラ今回はできた気がしないでマスよ」
「試験前にあれだけ自信あったのによく言うよ。僕も相変わらず赤点が怖いけど」
やれやれだぜ。毎度のごとく、俺は2人をたしなめた。
「イスムカ、ターリブン、静かにしな。ではいよいよ返すが、今回はこのクラスで一番だった奴の答案を先に渡そう」
俺の発言に、クラス中はどよめいた。普通は出席番号順だが、今回は中々面白い事態になったからな。勝者を称える意味も込めてこういう手法を取ってみたのだ。
「そいつは俺が希望する最低ライン、60点を大きく下回る。だが成長したのは間違いない。その証拠に、基礎的な部分の得点率が大幅に改善されていた」
俺はイスムカとターリブンの目の前に立った。この2人は隣同士の席なのだ。周囲が沈黙し、誰に最初に手渡されるかを注視している。
「今回のトップ、それはターリブンだ。皆、拍手!」
俺は解答用紙を力強くターリブンに返却した。その瞬間、拍手ではなく感嘆の声が響き渡った。そりゃそうだろうな、今まで赤点の常連だったのだから。もっとも、当人が一番意外に思っているようだが。
「お、オイラでマスか! おかしいでマス、これ49点しかないでマスよ!」
「そうだ、ターリブンの結果は49点だ。逆に言えば、残り29人全員はこれ以下だな。もっと正確に言えば、40点以上はターリブンだけだが」
「えっ、それじゃもしかして今回は……」
イスムカはいち早く気付いたのか、声をあげた。
「鋭いな、イスムカ。予想通り、今回の赤点の人数は末恐ろしいレベルだった。今までは30点代後半が平均だったが、今や言いたくもねえ。その中でターリブンが抜け出したわけだ、これを誉めないわけにはいかまい」
「……それは嬉しいでマスが、なんだか物足りないでマス。一番になるならもっと良い結果を出したかったでマスよ」
ほう、ターリブンらしくない発言だな。少しは勉学に執着が生まれたか。
「ふっ、そう言えるようになったなら上出来だ。なら次は、学年トップを狙うこった」
「そ、そうでマスね。オイラ、勉強でも一番になるでマス! ……あれ、学年トップは確か……」
「さあ、さっさと解説始めるぞ。全員ペンを持って構えろ」
ターリブンが余計なことを考える前に、俺は説明を始めるのであった。今は上を目指すだけ、誰がトップなのかなど気にする必要がないからな。
・次回予告
さて、春休みがやってきた。いつものように鍛練をこなすつもりだったが、あることを忘れていたな。これからのためにも話を聞きに行くか。次回、第39話「獄中の叫び」。俺の明日は俺が決める。
・1学年末試験、解答
1:以下の問いに答えよ(各5点)。
(1)Q=a+5、R=0
(2)2x^3-7x^2+2x+3
(3)3+x/3x
(4)1/1−x
(5)x=-1、y=-2
(6)a=-1、b=1、c=2
(7)x=-2、y=3
(8)4√3
2:
a>0、b>0の時、√a>0、√b>0だから
(√a-√b)^2
=a+b-2√ab≧0
a+b≧2√ab
よってa+b/2≧√ab
また、等号が成り立つのはa=bの時である。
3:
x^4+x^3−x^2+ax+b=(cx^2+dx+e)^2(c、d、eは実数)とおくと、
x^4+x^3−x^2+ax+b=c^2x^4+2cdx^3+(d+2ce)x^2+2dex+e^2となる。
両辺の係数を比較して整理すると、
c=1、d=1/2、e=-3/4、a=-3/4、b=9/16またはc=-1、d=-1/2、e=1/4、a=-1/4、b=1/16
よって、a=-3/4、b=9/16またはa=-1/4、b=1/16
4:
a≧2、b≧2より、
(a-1)(b-1)=ab-a-b+1≧1
よってab≧a+b……1
同様に、c≧2、d≧2より、
cd≧c+d……2
同様に、ab≧4>2、cd≧4>2より、
(ab-1)(cd-1)=abcd-ab-cd+1>1
よってabcd>ab+cd……3
1,2,3より、abcd>a+b+c+d
5:
(1)
(右辺)−(左辺)
=c^2−(a^2+b^2)
=(a+b)^2−(a^2+b^2)
=2ab>0
よって、a^2+b^2<c^2。
(2)
(右辺)^2−(左辺)^2
=(c^3)^2−(a^3+b^3)^2
=(c^2)^3−(a^3+b^3)^2
=(a^2+b^2)^3−(a^3+b^3)^2
=a^2b^2(3a^2-2ab+3b^2)
=a^2b^2{3(a-b/3)^2+8b^2/3}>0
よって、a^3+b^3<c^3。
あつあ通信vol.103
新しいジャンルに進むにつれて徐々に問題が難しくなっていると錯覚する人がよくいますが、よく教科書を読んでください。最初の例題は、手前の文章を読めば誰でも解ける上に解法まで載ってます。最初はこれを真似しながら問題を解くことに集中しましょう。これを繰り返せば上達するはずです。怠けたらどっちみち駄目ですが。
あつあ通信vol.103、編者あつあつおでん
「……ほらよ、まだまだあるぜ」
「げっ、まだあるでマスか! しかもこれ、英語や古典もあるでマスよ。オイラは数学の勉強をしているはずでマス!」
3月2日の火曜日、夕刻。明日からの試験に備え、俺はイスムカとターリブンに付きっきりで指導していた。ラディヤ? 彼女はその成績に免じて自由にやらせているさ。あの内容で満点を連発するんだ、わざわざやらせる必要もあるまい。
そういうわけで、俺は次から次へと基礎問題をやらせていた。彼らは不平をこぼすが、全く意に介さない。
「知らんがな。同じ勉強に変わりないだろ? もっと大きく物事を捉えるこった」
「でもどうして他の教科をやらせるのですか? 例えば化学だけ勉強するといったことはだめなんですか?」
イスムカ、中々良い質問だ。その気付きをバトルでも活かしてくれれば助かるのだがな。まあ確かに、一見すれば非効率なやり方だ。しかしちゃんと狙いはある。
「ああ、それか。……お前さん達は、『成功しかしたことない人』に魅力を感じるか?」
「あんまり感じないでマス。なんだか嘘臭いでマスよ」
「なるほど。じゃあ『失敗しかしたことない人』は?」
「うーん、その人次第だと思いますよ。けどたまには上手くいかないと面白くないですね」
「うむ、全くその通り。成功の裏に失敗があるからこそ人に厚みが出る。それと同じで、様々なものに触れることが大事なのだ。どんなものでも尖らせたら凶器にもなるが、角を削れば転がってどこにでも行ける。自由になるとはこういうことを言うんだよ。学校は単に勉強ができればいいわけじゃなく、バランスの取れた力を育てる場だからな」
「……オイラ、よく分からないでマス」
俺の発言に、ターリブンは首をかしげた。イスムカは空気を読んで何度かうなずくも、その表情は冴えない。ま、やらされているうちは分からんだろう。それでも、必ずこの意味を噛み締める時が来るはず。それに期待するとしよう。そういうわけで、俺はこう言って話を切り上げるのであった。
「ふっ、すぐに理解できなくても良い。これからたくさんのことを経験して、少しずつ知っていけば十分だ。その一環としても、しっかり勉強するんだぞ」
「さて、そろそろ始めるぞ。各自抵抗を止め、速やかに準備しな」
翌朝。試験初日につき、生徒共は浮き足立ってる。学習しねえ奴らだ、もう5回目のはずだぞ。
俺が生徒を凝視していると、イスムカとターリブンの会話が耳に飛び込んできた。
「……今回、もしかしたらいけるかもしれないでマスよ」
「へえ、こんな時でも冗談を言えるようになったんだ」
「冗談じゃないでマス! なんだか教科書の問題が解けるようになってきたでマス。こりゃイスムカ君には勝てるでマスよ」
「言ったなー。よし、なら今回は真剣勝負だ」
おいお前達、試験前に騒ぐとは良い度胸だな。俺はサングラス越しに眼光を光らせた。彼らを黙らせるにはこれで十分である。俺は速やかに問題を配り、試験開始を宣言するのであった。
「……時間だ、健闘を祈る。初め!」
・次回予告
今回の試験もひどいもんだった。3回も同じ結果だと、これに関わる奴ら全員うんざりだろう。だが朗報もあった。これはもしや……。次回、第38話「因果応報」。俺の明日は俺が決める。
・1学年末試験
年 組 氏名
1:以下の問いに答えよ(各5点)。
(1)a^2+7a+10をa+2で割った商Qと余りR
(2)x^2−2x−1で割ると商が2x−3、余りが−2xになる多項式
(3)3/x(3−x)+x/3(x−3)
(4)1−1/{1−1/(1−x)}
(5)(k+1)x−(2k+3)y−3k−5=0が、kの値に関わらず成り立つx、yの値
(6)x+y=1を満たすにx、y対して、常にax^2+by^2+cx=1を満たすa、b、cの値
(7)(x+2)^2+(y−3)^2=0を満たす実数x、yの値
(8)a>0、b>0、ab=12の時、a+bの最小値
2:(10点)a>0、b>0の時、a+b/2≧√abを証明せよ。また、等号が成り立つのはどのような場合か。
3:(15点)x^4+x^3−x^2+ax+b(a、bは実数)が、ある二次式の2乗になる時、定数a、bの値を求めよ。
4:(15点)a≧2、b≧2、c≧2、d≧2の時、abcd>a+b+c+dが成り立つことを証明せよ。
5:(20点)正の数a、b、cについて
(1)a+b=cならば、a^2+b^2<c^2であることを示せ。
(2)a^2+b^2=c^2ならば、a^3+b^3<c^3であることを示せ。
・あつあ通信vol.102
今回テンサイさんが言った「尖らせたら〜」の下りはツイッターで散々BOTにつぶやかせていました。ようやく使う機会が巡ってきてよかったです。
あつあ通信vol.102、編者あつあつおでん
第1話
ピカピカの赤い靴を履き、真っ白なひもをキュと結ぶ。彼は、今年から10歳になり、トレーナーズスクールを卒業した、新人トレーナーだ。
名前は、レイヴンという。
「じゃあ母さん、行ってくるね。」
「レイヴン。ポケモンたちを大切にするんだよ。行ってらっしゃい。」
10年育った家に、別れを告げる。
レイヴンの母の従姉で、ポケモン博士の、アララギにポケモンを貰うことになる。数歩歩けば着くほど、近い。
到着。(早
ドアの前に、少年がいる。
「おせーぞ、レイヴン!」
彼の名前はエルト。トレーナーズスクールの同期生で、親友。
「わりぃわりぃ。」
レイヴンとエルトは一緒にドアを開けた。
「うわぁ!!」
中で叫び声をあげたのは、アララギ博士だ。逆にレイヴンたちも驚く。
「何だ君たちか。用意してるわよ。最初のポケモン!3体しかなかったの。ゴメンね。」
何かテンション高いアララギ。
「俺が先!」
真っ先に手を伸ばしたのはエルト。中身は・・・
ポンッ!!ポカブだ。
「ポカーー!!」
「これはポカブね。炎タイプで、最終進化系は、エンブオーよ。」
「エンブオーかっこいい!これに決まり!」
「エルト!お前は見た目で選ぶのか?」
「当たり前ーー」
呆れながらレイヴンもモンスターボールに手を伸ばす。
ポンッ!!ツタージャだ。
「これはツタージャ。草タイプで、最終進化系は、ジャローダよ。」
「へへーん!お前より俺のほうが弱点つけるぜー」
確かに、草タイプは炎タイプが弱点だ。しかし、
「これにしよ。」
レイヴンはあっさり決めた。
「おぅしレイヴン!2人ともポケモンゲットしたんだから、バトルしようぜ!」
「えぇ?!早くない?」
アララギは止める。
「でも、やろうぜ!」
「おう!!」
2人は研究所から出て、木の棒で線を引いた。
「ここがバトルフィールド。いいな?」
「もちろん!」
貰ったばかりのピカピカのモンスターボールを握り締め、気合をためる。
「いけーーっ!ポカブ!!」
「いでよ!ツタージャ!」
ポンッ!
ポンッ!
2人とも気合十分。さてどちらが勝つ?!
続く
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