ポケモンストーリーコンテストSP -鳥居の向こう-
企画概要
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募集要項
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サンプル作品
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小説部門
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記事部門
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海岸線
No.017(結果発表まで名前は伏せられます)
PDFバージョン
紙に2ページ分ずつ印刷して折りたたむと本になります
寄せては返す波。
耳に響くその音色。
私は歩く。伝承の地の海岸線を。
そこにつく足跡は一人分だけ。
「ほうら、みなさいよ。やっぱり私に相棒なんていなかったんだわ」
それを見て、振り返った私は言った。
波に攫われ消えていく足跡。
消えていくのも一人分だけ。
初心者用ポケモンは、だいたい草、炎、水という相場が決まっている。
昔は地方によって貰える種類が違ったらしいのだけど、最近はいろんな地方の十五匹くらいから選べるようになっている。草の五匹、炎の五匹、水の五匹っていう寸法だ。彼らは非公式な言い方で「御三家」と言われていたこともあったけれど、今じゃすっかり死語になってしまった。
カタログというと言い方が悪いけれど、ポケモンの姿と特徴が書いてある冊子を事前に渡されていた。ようするに結婚式や葬式のお礼に渡されるあれと一緒だ。この中から好きなのを選べって奴。
「ねーねー、最初のポケモンもう決めた?」
私と同じ年頃の子達は男の子も女の子もそんな話でもちきりだった。
ある一定の年齢になるとポケモンを所有することを許され、子ども達は旅立ってゆく。
私はずっとずっと後になって知ることになるのだけれど、実はこれには地域差があって、わが子を旅立たせることに積極的な町とそうでない町があるらしい。とりあえず私の生まれ育った町は間違いなく前者のほうだった。
「私、チコリータ!」
と、一人が言った。
「僕はアチャモにする!」
「俺はミジュマル! なんたって進化系がイカすよな」
彼らはカタログを広げて次々と自分の相棒になるポケモンを指差した。正直そんな話題を聞くのにウンザリしていたし、ウザかった。
みんなは相棒と出会える日を楽しみにしていた。この町を旅立つ日を今か今かと心待ちにしていた。そんな彼らに比べると、私のテンションはすこぶる低かったと言っていい。
カタログの一番後ろのページには、キリトリ線のついた希望票がある。欲しいポケモンに丸をつけるのだ。これを町の博士に提出するのだけど、私は触ってもいなかった。
「ミミ君、初心者用ポケモンなんだけど、決めてないのキミだけなんだってね」
可愛い子には旅をさせよ主義のママの差し金だろうか。
今日の授業と帰りの会が終わって、教室から出ようとした時、担任にそう言われた。
「先生には関係のないことです」
私はそう返すと教室を出た。
廊下に出ていた下級生が、私の顔を見てすっと道を開けた。
「ミミちゃん、おかえりなさい」
庭に伸びるテラスで、ママがリザードンの尻尾の炎をコンロ代わりにしてフライパンを操っていた。
私のママは今でこそ専業主婦だが、結婚前はやり手のトレーナーでブイブイ言わせていたらしい。弱小トレーナーだったパパ情報によると"火竜使いのミオ"としてリーグでは恐れられる存在だったんだとか。そんなママだからして、次の一言は決まっていた。
「で、ミミちゃん、最初のポケモンは決まっ……」
「いい加減にして! 私、旅には出ない! 最初のポケモンもいらない!」
昼間のイライラが頂点に達して、ここで爆発した。
私はママの言葉を遮るとドカドカと階段を上り、二階の自室に駆け込んだ。
ドアを閉める。鞄を部屋の中に投げ出すと、私はベッドに潜り込んだ。
そうして誰にも聞こえない布団の中にくるまって呟いた。
「放っておいてよ。どうせ仲良くなれやしないんだから……」
私はママやパパとは違う。
トレーナーにならずに進級して、ポケモンとは縁のない、そういう人生を送るのよ。
目を閉じた。頭の中で何度も何度も、同じ言葉を繰り返した。
一ヶ月くらい前だった。
学校のポケモン学科、その体験授業にこの町から旅だったというトレーナーさんがやってきた。
トレーナーさんはいろいろなポケモンを見せてくれた。
他の地方の変わったポケモン、地を駆けるたくましい獣ポケモンや、空を舞う優雅な鳥ポケモン、そして、はじめて手に入れたポケモンの、その最終進化の姿。
「うわー!」
私達は歓声を上げた。私もみんなもポケモン達を前にしてすごく興奮していた。わくわくしていた。
体験授業では模擬バトルが行われた。
具体的にはポケモンとクラスメートを二組に分けて、トレーナーの連れてきたポケモンに命令をして技を出してもらうというものだった。
鍛えられたポケモン達が繰り出す華麗な技。大技もあったし、美しい技もあった。
自分の思い通りの技を出してもらってみんな喜んでいた。一回技を出すごとに次の子に交代していく。
ドキドキした。早く私の番が回ってこないかなって。
あと三人、あと二人、あと一人……そうしてとうとう私の番になった。
だけど――
汗だらけになってハッと私は目を覚した。
いつの間にか眠っていた。思い出したくもない嫌な夢だった。
「ミミちゃーん、ゴハンよ。降りてらっしゃーい」
不意に下の階からママの声が聞こえた。
そんな我が家の夕食はいたって静かだった。
箸やスプーンが容器に触れる音がするだけで、目立った会話はない。さっき私が怒鳴り散らしたせいだろうか、ママは何も言わなかった。いつの間にか帰ってきていたパパもそういう空気を察したのか、ただ口の中に食べ物をかきこむだけだった。
なんだか気まずいなとは思ったけれど、どうにもならない。私はさっさと食事を切り上げて部屋に戻るつもりだった。
けれど、私が皿に乗った料理をすべて口に運ぶその前に、そんな静寂は突如として破られることになった。
ピンポーンと、玄関のインターホンが鳴ったのだ。
私はドキリとした。
町の博士が未提出の希望票を回収しにきたのではないか。そう思ったからだ。
けれどそれは玄関に立ったママの声ですぐにいらない心配だとわかった。
「ミキヒサじゃないの! もー、来るんだったら連絡くらいよこしなさいよ!」
という、ママの嬉しそうな声が聞こえたからだった。
おじさんだ! 私はママの声につられて玄関に駆け出した。
「いやーミミちゃんひさしぶりだねえ。すっかり大きくなって。元気にしてた?」
テラスの席で出されたビールを飲むおじさんは上機嫌だった。
ミキヒサおじさんはママの弟だ。ママとは歳がだいぶ離れていて、まだだいぶ若くって、現役のトレーナー。だから私にとっては大きいお兄さんみたいな感じで、ちょっと憧れだった。もっともママに言わせると、トレーナーとしての腕前は大したことないらしいのだけど。
「はい、おみやげ」
「うわー、ありがとう」
おじさんは紙袋に入ったお土産を手渡して、旅先の話をしてくれた。なんでもこの近くの町でコンテストのようなものがあって、それで寄ったということだった。私とおじさんはしばし旅の談義に花を咲かせた。
そのうちにパパは明日も仕事があるからと寝室に上がっていって、ママは布団を敷いて来るわと言ってやはり同じように上がっていった。
次第に会話の勢いも落ちてきて、二人でお菓子をつまみながらなんとなくテレビを見る。そんな展開になった。
画面が切り替わって、フレンドリィショップのキャンペーンCMが流れる。モンスターボール十個で一個オマケ! もれなくプレミアボールプレゼント! すっかりおなじみのフレーズだ。
お菓子の中からポップコーンを何個か掴んで口に運ぶ。お菓子の皿の横には土産袋から顔を覗かせたネイティオこけしが立っていた。その木彫り念鳥と目があったその時、不意におじさんが言った。
「そういえばミミちゃんそろそろ十歳なんじゃない?」
がりっと奥歯が何かを噛んだ。さっき口に入れたポップコーンの中に硬いのが混じっていたからだ。その歯ざわりを口に残したまま私は硬直した。
悲しいかなトレーナーの性。
やはり「年頃」の子どもにはこういうことを聞かずにはいれないらしい。
が、硬まった私の様子を察したのだろうか。
「ん? もしかして俺、まずいこと聞いちゃった……? …………ごめん」
と、おじさんはとっさに謝ったのだった。
「え? あ、あの……」
「いやいや、いーんだ! 俺もその、ミミちゃんは姉ちゃんの子だからそういう思い込みがあったってゆうか。いやそういう人生もあるさ。ポケモン連れて旅立つばかりが人生じゃないって」
「え! あ、ああ! そ、そうだよね」
むしろおじさんのうろたえぶりに、こっちが慌ててしまった。
ママもパパも先生も、回りの大人の人はみんな、子どもは十歳になったらはじめてのポケモンを貰って旅立つのが当然って態度だったから。
けど、おじさんはそのどの人達とも違った。だから私も素直になれたんだと思う。
「そっかー。でもミミちゃんはポケモンが嫌いなようには見えないけどなぁ。なんかあったの?」
だからおじさんがこう聞いてきた時に、私は初めて一ヶ月前のことを白状したのだ。
一ヶ月くらい前。ポケモン学科の模擬バトル。
トレーナーさんの連れてきたポケモンは、ちっとも私の言うことを聞いてくれなかったのだ。ほかのクラスメートの言うことは素直に聞いたのに、だ。「おや」のトレーナーがいさめても、他のポケモンに替えてみてもぜんぜんダメだった。
「気にしないでいいよ。ポケモンの機嫌とか相性もあるし、よくあることなんだよ」
そう言って、先生もトレーナーさんも慰めてくれた。
ポケモンではよくあること。それは些細なこととして受け取られた。
けれど、私はすっかり自信をなくしてしまった。
だって私だけ。私だけだったのだ。
きっと私はポケモンに嫌われる体質なんだ。こんなんじゃ、はじめてのポケモンを貰ったってうまくやっていけるわけがない。
ママはかつてのリーグ上位経験者だ。とてもそんな事が理由とは言えなかった。もちろんパパにも言えなかった。
「なるほどねー。それは落ち込んじゃうよねー」
おじさんは私の話をうん、うん、と一通り聞いて、そう言った。
「でもねミミちゃん、世の中いろんな性格な人がいるように、君と仲良くなれるポケモンだってきっといるよ」
「……そうかなぁ」
私は半ば涙ぐんで答えた。カタログで選べるポケモンは十五もいるけれど、そのどのポケモンとも仲良くなれるとは思えなかったから。
訓練されたポケモンでさえ、ろくに言うことも聞いてもらえなかった私。そんな私がポケモンを貰ったって……。
私はうつむいて黙ってしまった。
するとおじさんが思いがけないことを言った。
「ミミちゃん、ムスビ海岸に行ってみたらどう?」
……私が思うに、たぶんおじさんは女の子は占いが好きだって思ってるんじゃないだろうか。それはある種の女の子達にとっては真実だけれど、私はあんまり信じていない。きっとママに似てリアリストなんだと思う。
けれどなんだか話を聞いてくれたおじさんに悪い気がして、次の日は土曜日だったこともあって私は出かけることにした。
タタン、タタンと音を立てて、列車が線路の上を軽快に走っている。
街を抜けて、何かの工場地帯を抜けて、移り変わっていく窓の外には時折海が見えた。
最初の駅で電車に乗ってから、もう三時間が経過していた。まったく私も物好きだよなって思う。
でも「最初のポケモンはまだか」の喧騒から離れられたのは結構ありがたかった。なのでおじさんにはどっちかっと言えば感謝してる。
ただし、おじさんの語ったムスビ海岸とやらの言われ自体は結構眉唾モノだよなって私は思った。
おじさんいわくムスビ海岸の言われはこうだ。
昔むかし、小さな国を統べる領主の息子がいた。彼は十歳になった時、自分のポケモンを選ぶことになった。すると城下のポケモン使い達が自慢のポケモンをこぞって献上しようとしたらしい。領主の最初のポケモンに選ばれることは大変な栄誉だったからだ。自分の家から領主のポケモンが選ばれたとあれば箔がつく。自分の育てたポケモンを高く買ってもらえるし、商売繁盛ってわけだ。
しかし困ってしまったのは当の本人だ。あまりに数が多すぎた。困った領主の息子は神様にお伺いをたてることにした。
自分に相応しいのはどのポケモンか。そのお伺いを立てたのがムスビ海岸にある小さな社であるらしい。
「きっとその息子さんとやらも、私と同じだったんだわ」
海の喧騒を聞きながら私は呟いた。あんまりにも周りがうるさくてうるさくて、だから離れたかったに違いない。きっと庶民だろうと、領主の息子だろうと世間のわずらわしさからは逃れられないのだ。
社は砂浜を一キロほど歩いたその先にあるとのことだった。ザクッ、ザクッと砂を踏むと足にその感触が伝わってくる。私は寄せては返す波をよけながら、砂浜に足跡をつけながら歩いてゆく。
静かな海だ。シーズンオフだからか、駅を離れてしまったら人の姿は見られなかった。
たぷんと波が寄せて、私の足跡を攫ってゆく。
そうして、領主の息子はムスビ様にお伺いを立てた。
どうか私に相応しいポケモンを教えてください、と。
このお話のキモは、彼が参拝を終えて帰るその時のことだ。
砂浜を一キロほど歩くとそこそこ大きい松の木が生える小高い丘がある。松の下にその社はあった。
祀られているのはムスビ様。おじさんいわくラルトスの姿をしているとかしていないとか。話には聞いていたけれど、ラルトスなら寝泊りできそうな程度の、本当に小さな社だった。
誰かが定期的に手入れしているのだろうか、こぎれいにしてある。私はおじさんに持たせてもらったオレンの実を置いて、五円玉を賽銭箱に入れた。
ぱんぱん、と手を叩く。
「ムスビ様、ムスビ様、どうか私に相応しい相棒を教えてください」
手と手を合わせ、しばしの沈黙。一礼して私は社を後にした。
参拝を終えて領主の息子は社を後にした。神託はいつになるだろうと思いながら。そうしてそれは思いがけない形で現れたという。
不意に彼は名を呼ばれた気がして、元の道を振り返った。そうして自分の歩いてきた砂浜を見て驚いた。
そこには自分以外の何者かの足跡が、自分の足跡のとなりに歩くようについていたのだ。それは間違いなくポケモンの足跡だった。
里に帰った領主の息子はさっそくその足跡の主を探した。
そうして見つけた。それは粗末な格好の若者が差し出したポケモンの足跡だった。
領主の息子はそのポケモンを受けとり、その若者を傍付に取り立てたのだそうだ。
ポケモンは有事にあたっては領主を守り、若者は領主を支える重鎮となった。領主の息子は名君と呼ばれるようになり、国は大いに栄えたという。
五百メートルほど歩いただろうか。私は後ろを振り返った。そして、自分の足跡の、そのとなりを確かめた。
何も無かった。
「ほうら、みなさいよ。やっぱり私に相棒なんていなかったんだわ」
と、私は言った。
別に信じちゃいなかった。期待なんてしていなかった。
だって、普通に考えて足跡なんてつくわけないもの……。
だから、眉唾だって最初から疑ってかかっていたじゃないの。
バカね、私ったら。何を期待してたっていうのよ。最初から期待なんてしていなかった。期待なんか、していなかったんだから……。
私のとなりに足跡はつかなかった。ポケモンの足跡はつかなかった。
すぐに波がやってきて、私の足跡を攫った。そうして海岸は元通りになった。
おじさんもおじさんだわ、と私は思う。
そうよ、当たり前じゃない。最初から決まっていたことじゃないの。結果なんか見えていたじゃないの。私にこんなことさせてどうするつもりだったのかしら……。
「帰ろう」
私は呟いた。
寒くなりそうだったから駅への道を急いだ。
帰ろう。帰ってちゃんと私の意思を伝えよう。私はポケモントレーナーにはならないって。
私は旅に出ることはない。進級して、ママやパパとは違う道を歩むんだって。
そんな風に私が決心を固めたその時だった。
不意に二つの影が私の横を通り過ぎた。
参拝から帰ってきた私を見て、ママとパパ、そしておじさんは目を丸くした。
私が両手に奇妙なものを抱えていたからだ。
「ミミちゃん、それどうしたの?」
ママが聞いた。
「ムスビ海岸で、その、ちょっと……」
私はもじもじと答えた。
帰ろうとしていた時、不意に二つの影が私の横を通り過ぎた。二匹のポケモンだった。
一匹は一つ目の銀色に光るポケモンで、磁石の腕をキリキリと回して電撃を放っていた。そうしてその磁石腕に追いかけられるポケモンがもう一匹。紫色の小さなポケモンだった。
二匹は私の横を瞬く間に通り過ぎると、しばらくしてまた戻ってきた。
一方的な展開だった。
銀色のポケモンが電撃を放って、紫のポケモンが懸命にそれを避けている。反撃はしない。ひたすら逃げ回っているだけだ。私はポケモン学科で学んだ知識を総動員する。思うに相性が悪い。紫のポケモンが打って出たところで、銀のポケモンに大したダメージは与えられない。それが私の出した結論だった。
もうとっくに勝負などついているだろうに銀色の一つ目はしつこかった。
バリバリッ、と電撃が放たれる。紫のポケモンがよけきれず、痺れた。銀色がとどめとばかりに両腕を構える。
いつのまにか私は、海岸の砂を一握り、掴んでいた。
「いい加減にしなさい!」
私は砂の塊を磁石ポケモン『コイル』に向かって投げた。そこまで正確に狙っていたわけではないのだけど、いい感じに塩水を吸っていた海岸の砂は、べちゃ、とコイルの一つ目に直撃した。コイルはしばらく磁石腕をぶんぶんと振り回した後、あわててどこかに退散していった。
「大丈夫?」
紫のポケモンに私は声をかける。
すると球体にでこぼこをつけたようなそのポケモンは振り返り、私を見たのだった。
「ママ、私、最初のポケモン、この子にする! この子とだったらうまくいく気がするの」
そんな経緯を話し終わった頃の私には、1ヶ月前に失った勢いが戻ってきていた。
両腕にむんずと掴んだポケモンを「どや!」と前に突き出して私は言ったのだった。
「え、ええ。ミミちゃんがいいならママは何も言わないけど……」
少し困惑した様子でママは言った。パパも最近の子の好みはわからないなぁって顔でこっちを見てる。でもおじさんはニコニコしていた。
「やったあ! これからよろしくね」
そう言って私は紫色のポケモンを手から放した。ポケモンはぷわーっと浮かび上がって回転した。腹に描かれたドクロマークがくるくると回った。
ドガース、毒ガスポケモン。
そんなわけで私のはじめてのポケモンは炎でも草でもなく水でもなかった。
「そういえばミミちゃん、海岸の足跡どうだった?」
私がドガースと戯れているとおじさんが聞いてきた。
「足跡? あれ、ぜんぜんだめだったよ。私の足跡しかついてなかった」
私は答える。するとおじさんが笑って言った。
「そうかぁ、じゃあ神託は当たったんだね」
「え?」
「だってさ、ドガースって宙に浮いてるから足跡なんてつかないじゃない」
「…………、……………………」
ドガースを抱きかかえた私はなんだかわるぎつねポケモンにつままれた気分になった。
……いやいやたぶん偶然でしょ? そんなことを思いながら。
でもいいや。
今はそういうことにしておいてあげる。
ねえ、知ってる?
海岸の向こうにある小さな神社にお参りするとね、神様があなたの相棒を教えてくれるの。
砂浜を歩いていると、相棒の足跡があなたの足跡のとなりにつくんですって。
でも、もしも足跡がつかなくてもがっかりしないでね。
あなたにぴったりの相棒はきっとどこかであなたを待っているって、私はそう思うの。
寄せては返す波。
耳に響くその音色。
私は歩く。伝承の地の海岸線を。
そこにつく足跡は一人分だけ。
けれど今、私のとなりにはこの子がいる。
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