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  [No.3685] ギフトパス(終) 投稿者:メルボウヤ   投稿日:2015/04/06(Mon) 21:25:36   118clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:BW】 【サンヨウ】 【送/贈】 【捏造】 【俺設定】 【批評はご勘弁を…

 お騒がせトリオとの共同生活、三日目。
 
 ふと目覚まし時計を見ると、設定時刻を一時間も過ぎていた。うっひゃあ寝坊だーーっ!
 慌てて飛び起きたら布団の上に乗っかっていたらしい小猿たちが「ぷきゃ!」と悲鳴を上げて床へ転がった。我に返る。
「ああ…お店行かなくていいんだった…」
 私に振り落とされてぷりぷり、もとい、おぷおぷ怒っているバオップ。しくしく、もとい、やぷやぷ泣いているヒヤップ。それから一匹転落を免れたらしいヤナップを順繰りに見渡して、息を吐く。
 目覚まし時計にもお騒がせ三重奏にも気がつかないほど熟睡していたらしい。昨日なかなか寝付けなかった所為かな。なんとなく頭がぼーっとする。
 三匹(正しくはバオップとヒヤップ)を宥めすかしながらリビングへ向かう。ちょうど両親が出勤の支度をしている所だった。キッチンテーブルに私の分の朝食が用意されており、お昼ご飯は冷蔵庫にあるから、と母が言った。
「行ってらっしゃーい」
 二人が仲良く家を出るのを見送る。それから朝食を済ませ服を着替え、私たちも我が家を後にした。

 アパートの階段を下りて北へ、通い慣れた道筋を辿る足。交差点の横断歩道を渡れば、三日前まで毎朝通っていた三ツ星は目と鼻の先だ。
 あそこへ行かなくなってからたったの三日。なのに、もう何週間も行っていないような感覚だ。ずうっと続いていた習慣を突然断絶すると、こんなにも心がそわそわして落ち着かなくなるのね。
 渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤に変わったので、立ち止まる。待つ間、ぼんやりと慣れ親しんだお店を眺めた。
 窓にはカーテンが引かれ、中の様子は判然としない。開店まではまだ時間があるし、スタッフも集まり切っていないんだろう。正面玄関も堅く閉ざされている。
「……行こうかな」
 三ツ星に。
「追い出されることはまず無いだろうし」
 アパートを出るやいなや無意識にあそこを目指していた体に対して、そんな風に言い聞かせる。気になるなら行っちゃいなよ私。うん。
「みんな、お店では静かにしててね!」
 そう言って振り返れば、そこには「分かった!」とでも言うように私を見上げて来る三匹の小猿が……
「いなーーい!!」
 いなかった。
「アレッ、どこ行ったの? ヤナップ? バオップ? ヒヤップーー?」
 朝っぱらから大通りで大音声を張り上げる私に通行人が驚愕の表情を向けてきたが、構っていられない。
 一気に冴えた頭をぶんぶん振り振り辺りを見回す。西へ続く別の横断歩道の向こう側に、緑赤青のカラフルな影が走って行くのを発見した。待ってェーーー!
「やぷっ!」
「おぷー!」
「なぷぅ!」
 加速するお騒がせトリオ、追跡する私。必然的に三ツ星からはどんどんどんどん遠ざかる……。

 行き先を鑑みて、公園でまた遊びたいのかと思いきや、どうも違うようで。三匹は公園内の通路を次は北へと突っ切る。木香薔薇が絡まった木製のアーチをくぐると、隣町シッポウシティへと繋がる三番道路に出た。
 丘に建つ幼稚園と育て屋の前を通り過ぎ、前方と左方とに分かれた道をかくんと左折。木立を抜けるとやがて池が見えて来た。向こう岸との間に架けられた小さな橋に差し掛かった所で、三匹の暴走はようやく終止符を打つ。
「やっ、やっと、止まった…!」
 ぜーぜーと肩で息をする私の真ん前で平然と、どころかすごく嬉しそうに跳ねているヤナップバオップヒヤップ。もう怒る気力が湧かないわ……。
 ひとまず切れ切れになった息を整えようと、深呼吸していると。
「我々への挨拶も無しに旅に出るつもりですか? メイ」
 聞き慣れた涼しい声が背中に投げかけられ、私は勢いづいて振り向いた。
「コーンさん! 違いますよ…旅になんか出ません。この子たちを追いかけて来ただけです」
 背後には予測通りコーンさんの姿。腰掛けた自転車を左足で支え、立っていた。少々困り顔で。
「一緒に行こうと、あなたを誘っているのでしょう」
「そんな。私にはお店のお手伝いがあるし……」
 そのように返しつつ三匹の様子を窺うと、期待に満ちたキラッキラの眼差しに迎えられた。……そんな顔されましてもねえ。
「コーンさんはどうしてここに?」
 訊けばシッポウシティに用事がある、とのこと。
 それとこれとは関係無いけど、自転車での外出だと言うのにコーンさんも前日の二人と同様のウエーター姿だ。むしろこれが彼らの普段着と言っても差し支えない着用率。まぁ、私もいつもならエプロンと三角布を着けたままその辺を歩き回るから、人のことを言えない(今は休みだから私服だ)。
「はあ。店の手伝い、ね…」
 先の私の返答に首を傾げたコーンさんは、自転車を降りて傍らに停めると、私の目を真っ直ぐに見、口を開く。
「それは本当に、メイが心から追い求めた願望なんですか?」
「え…」
「彼らを見ている内に気づいたんじゃありませんか? あなたの願いや望みが、あの場所には無いことに」
 不意の問い掛けでとっさに返す言葉を見つけられず、私は茫然としてしまう。
 あの場所って三ツ星のこと…よね。
「まだ余裕があります。一つ、為になる話をして差し上げましょうか」
 左の袖口を捲り腕時計を確認したコーンさんは、私のぼんやりした態度に構わず話を進める。
「メイ。あなたはコーンたち三人が、この先もずっと共に、あの場所にいるものだと思っていますか?」
 またしても唐突な質問。とりあえず頷いてみると、コーンさんは少しだけ悲しそうに頭を振り、足下の小猿たちへと目線を落とす。
「我々は決して運命共同体ではありません。デントはイッシュ各地の色、味、香りを追究し味わうため、自由気ままな一人旅がしたいと願っていますし、ポッドは一般トレーナーと同じようにジムバッジを集め、いつかはイッシュリーグへ挑戦することを望んでいるんですよ」
 コーンさんは三匹の前に膝をつき、彼らの頭を撫でながら、続ける。
「このコーンも、いずれは修行の旅に出向こうと考えています。もちろん一人でね。ポケモンもそうですが、コーン自身のレベルも上げることが出来るでしょう。それが、コーンの夢なんです」
「…………」
「デントもポッドもコーンも目指す夢は違い、向かう道は異なります。三つ子だからと言って、いつまでも三人、一つ所には留まっていませんよ」
 お騒がせトリオが私たちの周りを跳ね回っている。とても楽しそうなその姿に、コーンさんはふっと口角を上げた。

「夢……」

 アイドル。美容師。教師。イラストレーター。パティシエール。
 友達はみんな確かな未来像を持っている。将来はどうしたいと問われれば、彼女たちは迷わず即答するだろう。それは、彼女たちが自分にとって最も素晴らしいと考える毎日を形作る、土台となるものだから。
 私の両親も子供の頃に料理人になりたいと願い、望み――今は、ずっと夢見ていた毎日を送っている。
 そしてコーンさんたちも。今は一緒に仕事をしているけれど、いつかはそれぞれに思い描く素敵な日々を送るために、三ツ星から…サンヨウから、旅立つんだ。

 コーンさんはそこですっくと立ち上がり、私を見た。
「あなたのご両親もコーンらも。あなたの才能がより強く美しく開花し、それを存分に奮うことの叶う未来を求めるならば、それがどんな旅になるとしても、全力であなたを応援する心積もりですよ」
「……でも」
 戸惑い。躊躇い。迷い。恐れ。心の中に入り乱れ、靄のように蟠るそれらの感情に抗えず、目を伏せる。
 ひゅうと吹いた強い風が、私とコーンさんの髪や服を揺らし、木々の葉をざわめかせ、水面を波立たせる。けれど私の胸にかかった靄までは、払い除けてくれそうもない。
「ポッドがあなたを夢の跡地へ行かせる、と言い出した時には驚きましたが……しかしメイならもしかしたらと、このコーンも思ったんです。そしてあなたは我々の期待を裏切らず、見事チョロネコと打ち解けてみせた」
 コーンさんは再度足下にいる小猿たちに視線を転じ、左手全体で三匹を指し示す。
「彼らが何故あなたの採取した果物を盗ったのか、解りますよね? 林の奥にはそれこそ、至る所に果物が生っているにも関わらず。何故、あなたの持っている物を奪ったのか」
 それは、チョロネコたちが自分では果物を採らず、私が譲る物を手にするのと同じ。あの子たちは私が選んだ果物が必ず美味しいことを、知っていた。この子たちにもそれが判ったんだ。
「生まれ持った才能を、成り行き任せに組み立てられた退屈な暮らしの中に埋没させるなんて、勿体ない。さして好ましくもない行為に、限りある体力を心血を、未来を費やすなんて、これほど味気ないことは無いとは思いませんか?」

 ポッドさんに、私は言った。
 私はトレーナーに興味が無い。そう好きでもないことをやるなんて、おかしくはないか、と。

「退屈だなんて私…」
 三ツ星での仕事が好きじゃない、合っていない、とは感じない。探してみても一つも不満は無い。
 だけど……ただ一つ、あの場所に何か足りない物があるとしたら、それはたぶん、
 充実感。

「…………」
 私は前から漠然とそれを感じていた。明確な言葉にする機会が無かっただけで。真っ向から自分の気持ちを見つめようとしなかっただけで。
 だって、“平凡だけれど安定した生活”から脱するには、新しい一歩を踏み出すには、勇気が要る。覚悟を強いられるから……。
「惰性であの場所に居続けるのは、コーンはあまりお勧めしませんね」

 デントさんは、私に言った。
 自分のことは自分が一番よく解っていると、殆どの人間は考えているけど、周りの人間の方がその人を理解している時もある、と。

 みんな、そう思うんだ。
 私は外へ出た方がいいんだ、って。

「ま。周りがどうこう言っても結論はメイ、あなたが出すんです。あなたがこの先どういう日々を送りたいのか、それはあなたにしか解らないし、あなたにしか決められないことなんですよ」
 直立不動で黙りこくる私を、小猿たちが静かに静かに見つめていた。



「いけない。そろそろ行かなければ」
 私が発言するのを待っていたんだろうか。
 声も無くそっぽを向いていたコーンさんが、ふと時計に目をやるや呟いた。スタンドを蹴って解除しサドルに腰を降ろすと、視線を私へ移す。
「それではまた。はしゃいで池に落ちないよう、気をつけて帰るんですよ」
 この辺りには凶暴なバスラオが沢山棲息していますからね。
 そう言い残し、一路シッポウシティへ向けて、コーンさんは自転車を走らせて行った。

「………………。」
 いくらはしゃいだって、十五にもなって池ポチャする訳が無いのに…あの青鬼…子供扱いして…!
 しかし、可能性が全く無いとも言い切れない(私はともかくお騒がせトリオは何を為出来すか判らない)。余計なことを始められる前に、ここから離れなきゃ。





「なぷぷぷっ!」
 バニラビーンズを煮出し終え、色とりどりの果物をカットする作業に移る。
「おぷおぷー!」
 片手鍋に注いだ水が沸騰したら、そこへミントを入れて。
「やっぷぅ〜!」
 隣で火にかけられている大きめの鍋では、ミネストローネがふつふつと煮立ち始めた。
「ぁいたっ。向こうで遊んでよ、もう」
 キッチンテーブルの周りを追いかけっこしている三匹に、時折ぶつかられ小言を溢しながら、私は調理を続ける。

 今日は両親が早く帰って来る日なので、私が夕食を用意することになっていた。メインはたっぷりの野菜とハーブを効かせた特製ミネストローネ。煮込み終わるまでの間、小猿たちの食後のおやつとしてフルーツゼリーを作ることにした。
 バニラとミントで香り付けしたお湯に、グラニュー糖とゼラチンを加え泡立て器で撹拌。火を止めたらオレンジリキュールを少々。粗熱を取ったら平らなカップに流し入れて、とろみがついたら細かく切っておいた果物を沈める。あとはラップをかけて冷蔵庫に入れ、固まるのを待つだけ、っと。
「ハイハイ、もう少しあっちで遊んでてね」
 作業が一段落したのを感知し、まとわりついて来る三匹をリビングへ追い払う。
 次はサラダを作ろう。
 胡瓜とプチトマト、サニーレタスを洗って水を切る。プチトマトはへたを取って、胡瓜は薄く斜め切り。レタスは手で一口サイズに千切っていく。
「…………」
 そんな単純作業の傍ら。
 私はコーンさんの言葉を思い出していた。

 才能を存分に奮うことが出来る未来を求めるなら、それがどんな旅になるとしても――。

「旅…か…」

 仮に私が旅に出るとして。
 私は旅から何を得ようとする?
 何を得るために、私は旅に出ればいい?


 キッチンの椅子に座り、リビングに敷かれたラグの上でポケモンフーズを食べるヤナップたちを眺める。その間にも思考は巡っていた。

 あの子たちはサンヨウへ来るまでの間、色々な人やポケモンを見て来ただろう。
 その人たち、ポケモンたちは、みんな生まれた場所も育った環境も違っていて、そして物の考え方や味の好みも違うんだろう。

 私はイッシュ生まれのイッシュ育ち。
 だけど私が知っている範囲は、イッシュのほんの一部分に過ぎない。

 サンヨウの外には、一体どんな人やポケモンが住んでいるんだろう。
 そこに住む人たちは、ポケモンたちは、どんな料理が好きなんだろう?


 そこまで考えた所で、はたと気づく。


 私はそれを知りたい。
 見てみたい。探してみたいのだと。


「………………そっか。」

 答えは思いの外呆気なく導き出され、私の胸にすとんと落ちた。



 洗い物をしていると、冷蔵庫に付属したタイマーが鳴った。と、小猿たちが食後とは思えない素早さを以て駆け寄って来る。
「そこどいてー!」
 占拠される足下に用心しつつ冷蔵庫からカップを取り出し、ラップを外す。それぞれの小皿にひっくり返し、ローテーブルに置く。
「はい、どうぞ!」
 瞬間、待ってましたとばかりにゼリーに食らいつく三匹。
「…………。」
 うーん…もうちょっと落ち着いて食べられないものか。メンタルハーブでも盛りつければ良かったかな。

 しかし、つくづくこの子たちは凄い。
 ああいや、食べっぷりのことじゃなくて。

 その幼さで、ここまで三匹きりで旅をしてきたという、事実が。

「勇気あるよね。あなたたち」
 感嘆の声に反応し、三匹が皿から顔を上げる。直向きで無邪気な三対の瞳が、私の姿を捕らえる。
「私も、覚悟を決めなきゃいけないけど……」
 ここから旅立とうとしているのは私だけじゃない。デントさんたちも同じ。それには確かに勇気づけられる。
 でも。
「やっぱり不安になる。ちゃんとやっていけるかって考えると……どうしても、怯んじゃうわ」
 三匹はゼリーの残りを平らげると、こちらへ歩み寄って来た。そして私をじい、と見つめると。
「なぷぷっ!」
「おぷおぷ!」
「やぷぷぅ!」

 そう言って、ニコッと笑った。

「……………………」

 勇気は、ほんのちょっとでいいんだ。
 覚悟は、何度だって決められるんだ。
 要はやるか、やらないか、なんだよ。

 彼らの目はまるで、そう言っているようだった。



「……………………うん。」

 少しの沈黙の後、一つ頷いて。
 つられて、私もにっこり頬笑んだ。

「そうね…………ありがと!」

 背中を押してくれて。




 ガチャ、と扉が開く音がして、ただいま、と二人分の声が聞こえた。
 私は勢いに身を任せ、玄関へと直走る。そしておかえりを言う代わりに、力強い宣言で二人を出迎えた。

「お父さん、お母さん! 私、決めた。旅に出るっ!!」

 突然過ぎる宣誓に二人はしばらくぽかんとしていたけれど――やがて揃って破顔し、大きく頷いた。





 次の日の昼下がり。
 三人に会いにお店へ顔を出すと、私が声をかけるよりも先にカラフルヘアートリオがやって来た。大体予想はしてたけど、両親は出勤早々、いの一番に彼らに報告したらしい。そんなに嬉しかったんですかお父様お母様……。
 私は三人(と言うかポッドさんとコーンさん)にせびられ、事の顛末を簡潔に伝えた。ヤナップたちのお陰で決心がついた、と。
「彼らがメイちゃんに、将来について考えるきっかけと勇気をくれたんだね」
 デントさんの台詞に頷きながらも、私は心の中でううん、と頭を振る。
 この子たちだけじゃない。デントさんとポッドさんとコーンさんが、平凡な場所に逃げ込もうとした私を引き留めてくれたんです。
 ……なあんて、照れ臭くて本人たち(と言うかデントさん以外)には言えないけどね。

 その後、私たちは夢の跡地へと向かった。
 この子たちに、ある話をするために。





 夕暮れ時、鮮やかな橙色に全身を包まれてアパートへ戻ると、我が家の扉の前に人影が佇んでいた。
 燃え盛る炎のような形状の髪型。間違えようも無い。赤鬼だ。
「ポッドさん?」
 呼びかけると少しの間、そして怒声が返って来た。
「おまえおっせーぞ! 何分待たせんだよッ」
「は、はい?」
 聞くところによると、三十分ほど前から私たちが帰って来るのをずうーっとここで待っていたんだとか。ポッドさんの割には気の長いことで。
「用件はなんですか?」
 事務的に問うと、あーだのうーだのと言いながら視線を彷徨わせ始めた。
 挙動不審だ。怪訝に凝視する私とお騒がせトリオ。
 一分くらいそんなことを続け、ポッドさんは苦々しい顔つきでようやく開口する。
「チョロネコの件……わ、悪かったな」
 刹那、数日前この人が見せた腹立たしい言動の数々がフラッシュバックした。
「ほんとですよっ!!」
 勢いで憤慨してみせたら予想外に大声が出た。柄にもなくビクッと肩を震わせたポッドさんがちょっぴり可哀想になり(ついでにヤナップたちも驚いて飛び跳ねた)、「でも良い経験になったので今は感謝してます」と続けると、怖じ気づいたまま「お、おう…」と返事をした。
「あと、コレ」
 小脇に抱えていたクラフト紙の封書から何やら取り出し、こちらに差し出す。どうやら本のようだ。薄い…………本?

 ピュアでイノセントな心の空が脳裏をよぎった。

「なっ、なんでそんな本を私に寄越すんですかっ!!」
「はー!? おまえが旅に出るって言うからわざわざ持って来てやったんだろ! ポケモン取扱免許持たずに旅するつもりかよッ!?」
「え。ポケモン取扱免許?」
 ポッドさんの台詞に違和感を覚え、よくよく本を見てみれば。
 あれよりも大分小さくて、表紙に『ポケモン取扱免許取得の手引き』と書かれていた。
「な、なぁ〜んだ……すみません。電波な例のあの本かと思って。ありがとうございます」
 非礼を詫び、お礼を言って本を受け取る。
「ああ、アレ…。アレはデントの私物に昇格したから安心しろ」
 果たしてそれは安心していいものなのやら。
 ポッドさんの声を聞きながら、早速頁を捲る。
「特別勝負がしたくなくっても、旅するってんならポケモンと一緒の方が断然ラクだし、楽しいかんな。前にも言ったけど、おまえかなり素質あると思う。いっそトレーナーとして旅に出ちゃえよ」
 手引き書を一通り流し読みすると、サンヨウシティに在住している人の場合、トレーナーズスクールに申し込めば、いつでも希望者の好きな時に講習を受けられることが解った。
「こいつら、おまえと旅したがってんだろ? こいつらのことだったら、オレらが色々教えてやれっしさ」
「あ…えっと、ポッドさん」
 三匹の前にしゃがみこんで、両手使いで彼らの頭をわしわし撫でまくっているポッドさん。上機嫌な様子で、私は少し申し訳なく思いながら話しかける。
「そのこと、なんですけど。実は、私……」
 遠慮がちに切り出す私に、ポッドさんは案の定、訝しむように眉根を寄せた。


 ――昨日、三ツ星へ顔を出した後のこと。
 夢の跡地をのんびり歩きながら、私は三匹に、自分の心からの願望を話して聞かせた。
「旅をするには、トレーナーになるのが一番いいみたい。無料でポケモンセンターに宿泊出来たり、色々と特典があるらしくて」
 香草園へ続く轍の道に差し掛かってすぐ、木陰からチョロネコやムンナが現われて、私を取り巻いた。会わない日が続いていたから気にしてくれていたのかもしれない。
「でも私、勝負には疎いから、ポケモンのことを一からしっかり勉強したいの。勉強不足でポケモンを傷つけることにならないように、ね」
 チョロネコたちにちょっかいを出したり出されたりしつつも、三匹はしっかり私の声に耳を傾けてくれている。
 草むらに点々と姿を見せ始めるハーブ。その香りを楽しみながら進んで行くと、頭上からマメパトの鳴き声が降って来て、目の前を数匹のミネズミが横切った。
「その間、あなたたちを待たせたくない。あなたたちと行けたら最高なんだけどね、早く旅を再開したいでしょ? だから、私が責任を持って、あなたたちと色々な場所へ行ってくれる人を探すわ」
 香草園の入口に辿り着いて私は、後ろを歩いていた三匹に振り返った。
「私の目利きよ? 素敵なトレーナーを見つけるから、期待して!」
 私の言葉が、意図した通りに彼らに伝わったかは、判らない。 
「…なぷっ」
「おぷー!」
「やぷぅ〜」
 でも、三匹がこくんと頷いて、にこにこと笑ったから。
「良かった。解ってくれて。」
 ありがとう、と言って、笑顔で飛びついてきた三匹を力いっぱい抱きしめた。





 三匹とのお別れ。そして彼らの、新たな旅立ちの日。
 朝の陽射しを受けるサンヨウの街並み。その間を歩いて行く私の後ろには、小猿は一匹だけ。他の二匹は、さっき出会った二人のポケモントレーナーの元へ、送り出して来たところだ。

 最初に見つけたのは、眼鏡をかけた、真面目そうな黒髪の男の子。ミジュマルを連れていたから、そのミジュマルが苦手な草タイプに対抗出来る、バオップを託した。彼なら、怒りっぽいバオップ相手でも冷静に対応出来るだろう。

 次に見つけたのは、ツタージャと追いかけっこをしていた、緑の帽子の、眼差しが優しい女の子。草タイプのツタージャの弱点、炎タイプに有利なヒヤップを託した。彼女なら、ヒヤップの一挙一動に、一喜一憂してくれるだろう。

 三匹離れ離れになるのは嫌がるかなと思っていたけど、そんなことは全く無かった。むしろ、誰が一番楽しい旅が出来るか勝負、という感じのノリで、別れ際、バチバチ火花を散らしていたように私には見えた。

「おぷおぷー!」

「やっぷぷぅ!」

 バオップもヒヤップも、私が見込んだトレーナーを気に入ったみたいで、とっても嬉しそうな顔で歩いて行って。
 残るヤナップは心なしか、だんだんとそわそわし始めた。

「大丈夫。あなたにも、きっといいトレーナーを見つけてみせるから!」
「なぷー」

 そんな会話をしながら、私とヤナップは再び夢の跡地を訪れた。ここならトレーナーが修行に来ることも多いから、ヤナップを託すのに見合うトレーナーとも出会える気がして。
 そうしたら、やっぱり居た。ヤナップと同じように、好奇心に満ちた面差しをした女の子が。それも狙ったかのように、炎タイプのポケモンと一緒だ。

 この子だ。この子しかいない。
 運命のようにも感じる出会いに胸を高鳴らせつつ、女の子に声をかけた。

「ねえねえ、あなた。このヤナップが欲しい?」
 私の台詞に、えっ、と言って振り返ったその子。服装もそうだけど、目ぱっちり歯真っ白で、とても健康的だ。何故かきょっとーんとした顔してるけども。
 ……あ、私の所為か。
「ごめん、唐突過ぎたよね」
 仕切り直し。女の子に謝り、順を追って説明する。
「あなたポケモントレーナーでしょ? 私はサンヨウのカフェレストで働いているんだけど……このヤナップをね、あなたの旅に連れて行ってもらえないかな、と思って声をかけたの」
「なぷー!」
 後ろに控えていたヤナップが、待ち切れないとばかりに女の子の前に進み出る。すると女の子よりも先に、彼女の足下にいたポカブがぱっとヤナップに近づいて来て、挨拶するみたいに一声鳴いた。
「私は事情があってポケモンを持てないの。あなたが良ければ、このヤナップを仲間にしてあげてほしいんだけど……どうかしら?」
 いいんですか、と女の子が驚き半分喜び半分といった体で私に訊ねる。
「うん! この子、あなたを気に入ったみたいよ。それにポカブも、かな?」
 私の発言にふと視線を落とし、ポカブとヤナップがすっかり打ち解けてじゃれ合っているのを見た女の子は、ははは、と男の子みたいに白い歯を覗かせて笑った。私もつられてくすくす笑う。
「この子は草タイプだから、あなたのポカブが苦手な水タイプに相性がいいわよ」
 エプロンのポケットに一つ残った紅白色の球体、モンスターボールを、「はい、どうぞ!」と差し出す。私の意図を汲み取り、女の子は私の手からボールを取ると、よろしくね、と言って、ヤナップの頭上にそれをかざした。
「なぷ!!」
 光に包まれた緑色の小猿は、彼女が持つボールの中に瞬く間に吸い込まれる。
 これで、ヤナップの親トレーナーの登録は完了だ。
 直後、女の子はボールからヤナップを解放したかと思うと、うーんと頭を垂れて考え込んで……しばらくして、ぱぁっと表情を明るくさせた。どうやら、彼に付ける名前を閃いたらしい。
 満開の笑顔でヤナップを抱き上げ、彼女は思いついたばかりの真新しいニックネームで、何度も彼を呼んでいた。



「…あっ! 大切なこと忘れてたわ!」
 私に礼をして背を向けた女の子に、一番重要なことを話し忘れていたのを思い出して、慌てて呼び止める。
 女の子は私のその言葉に神妙な表情で振り返り――そして。
「あのね、その子ものすっごく食いしん坊だから、ご飯の時は他の子の分を取らないように、しっかり見張ってね!!」
 大口を開け、笑った。


 焦茶色のポニータテールを楽しげに振って、女の子が去って行く。彼女の足下をポカブ、そしてヤナップが歩いて行く。
 意気揚々と歩き出したヤナップに、彼と同じように旅立ったバオップとヒヤップの面影を重ね、その前途が希望に満ちたものであるように願う。

 空っぽな日々を送っていた私に、歩みたい道を見出すきっかけを贈ってくれた、あなたたちへ。
 今度は私が、あなたたちに最高の旅をプレゼントしてくれるトレーナーたちとの出会いを、贈る。
 次に会う時には、あなたたちが心から願い、望んだ日々を送ることが出来ていますように。

「私も、そんな日々の中にいますように。」


 私はまだ『やりたいこと』を見つけただけで、目標と言えるほど明確な形をした物は手に入れていないけれど。
 旅をしていく内に、この漠然とした願望の中から「これが私の夢だ」と即答出来る物を、必ず見つけられると、そのことだけは確信していた。


「いつかどこかで、また会おうね」

 あの、小さくも勇ましい三匹の小猿の背中を、私は祈りを込めて、見送った。












 ――それから、数日後。

 カフェレスト『三ツ星』兼『サンヨウシティポケモンジム』にて、新人トレーナートリオ&お騒がせトリオに早々に再会することになるのは……

 また別の、おはなし!















――――――――――――――――――――――

二度目の投稿がまさかの三年後…だと…?
……気を取り直してもう一度。
初めまして! メルボウヤと申します。

冒頭にある通り、超個人的な理由でBW2はまだプレイしていません。と言うかBW以降、ポケモン関連に全く手を出していません(サイトは畳み、アニメもBW2からは見なくなり…あまり関わるとゲームをやりたくなってしまうので´`)。
今後何本かBWの話を投稿するのが当面の目標です。求ム…プレッシャー…!

この話は13年3月21日に、(三)の小猿トリオが旅に出た理由を話すシーン(〜〜勿論三匹は、同時にコクン! と頷いた。)までを故サイトに載せていました。切りが悪過ぎる。
実はポケスコ第三回のお題が発表された直後に書き始めた代物だったりします(始めから応募しない方向で。何故って絶対一万字内に収まり切らないんですTT)。完成するのが遅過ぎる。
絵もこれまた年代物ですが(11年10月30日作)折角なので一緒に。ええいもう、チミは何もかもが遅過ぎるんじゃっ(一人芝居)。

とにもかくにも…ここまで読んで下さり、ありがとうございました!*´∀`*



おまけ
・メイの名前は三つ子に倣い、イギリス英語でトウモロコシの『メイズ』から。私は三つ子ではコーンが一番好きです(何
・三猿がギフトパスを覚えられないなんて口惜しや…
・チェレンとベルが連れているお猿はヒウンジム突破後に初登場することから、それぞれ野生をヤグルマの森で捕まえた設定なのでしょうが、私の中ではあの通りです。これくらいの俺設定ですとまだまだ序の口レベルです←
・それよりデントがプラーズマーされてることに対する謝罪は無いのか(無いです)。



追記
この記事を間違えて(三)に返信してしまいました…以後気をつけます…!


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