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  [No.461] クリーンアップ☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/05/22(Sun) 00:19:51   87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 もうすぐハクタイの森に雪が降る季節がやってくる。
 そのまえに、私にはやらなければいけないことがある。

 ジムリーダーとしての意地とプライドを賭した、壮大なプロジェクト。
 絶対に妥協を許すことはできない。中途半端は許さない。

 何故に、挑み続けるのか。

 いや、もはや私は悟ったのだ。答えなど必要ない。
 そこに森がある限り、私は歩みを止めることはないだろう。

 軍手、火バサミ、ゴミ袋――人は私をこう呼ぶ、「森林清掃ボランティア実行委員長」と。




『クリーンアップ☆森ガール page3』




「それじゃあ始めましょう! 分別だけしっかりお願いしますね!」

 私はハクタイの森の入口に集まった人たちに明るい声で開始を告げた。
 朝露で湿った土の匂いに木漏れ日。かなり肌寒い季節になってきたが、今日は絶好の「ゴミ拾い日和」だ。
 総勢約五十人は集まったかな――うん、上々。去年はジムのメンバー含めても三十人行ってなかったし。だんだんと街のみんなにも森をきれいにする気持ちが芽生え始めたのだろう。

 この「ハクタイの森クリーンアップキャンペーン」は春、夏、秋の年に三回、我がハクタイジムが主催して行っている。開催日時が決まるとその一か月前くらいから、広告を郵便受けに直接ポスティングしたり小学校に案内をだしたりしてボランティアを募る。特に「秋の部」は、夏場に心ないキャンパーが残していった大量のゴミが待ち受けているので、より一層気合いを入れて火バサミを握る。

 え? なんかすごい善人面してて私っぽくない? 何言うてはりますのん! これがワタクシの本来の姿でしてよ?
 こうやって人の手でゴミを拾うことによって得られるものは計り知れないもので実際に拾うのは汚い空き缶やビニール袋であるとしてもその手やその火バサミが本当の意味で掴んだものは二十カラットのダイヤモンドよりも光り輝きその人の心を浄化し美意識や道徳や善に対する関心を高めなおかつ形而上の議論においては――

「ナタネちゃん見て! こんなところに寝袋捨ててあるよ!」
「あたしのゴミ袋、もうこんなにいっぱいになっちゃった!」

 ――先陣を切って森を進んでいるのは例の兄妹、ハルキとアキナ――加えてクラスの友達が五人ほど。

「あんまり二人だけで奥行っちゃだめだよー」

 あの日曜日にこの兄妹と知り合ってからというもの、彼らは放課後、毎日のようにハクタイジムを訪れていた。今ではすっかりうちのメンバーのスーパーアイドルに昇格し、黒と赤のランドセルがジムの入口に現れるたびに後輩たちは職務放棄。中でも一番熱を上げて可愛がっているジムトレーナーのチサトなどは最近柿ピーとかブラックサンダーを常時備蓄し、兄妹に餌付けしている。あの、止めてください。
 そんなこんなで今では完全に「たまり場」にされてしまっている。まあ賑やかで良いんだけどさ。

「あんな可愛い子たちを家に置いて行っちゃう親は一体どんな神経してんでしょうね? もう親権取り上げていいんじゃないですか?」

 うちのジムで一番年下のサキがビールの空き缶をゴミ袋に突っ込みながら言った。モカブラウンの長い髪をお団子にしている可愛い子だけど、本日ほとんどノーメイクなので眉毛が見当たらない。あー、毒舌はいつものこと。

「じゃあサキ、あんたあの二人引き取って責任もって育てなさいね」
「それは無理です。うち部屋狭いですし、彼氏と同棲中なんで」
「あっそ」

 どいつもこいつも。まあいい、この前行った「ワンダー・シード」の店長、ショウコさんにコンタクトをとったところ、ノリノリでセッティングを引き受けてくれた。ジムリーダー枠でオシャレ男子をゲットする、してみせる。

 タネキチが汚れた発泡スチロールのトレイを咥えて戻ってきた。

「ありがと」私はゴミ袋を広げてトレイを中に入れてもらう。

 森の中には和気あいあいと世間話が響く。五十人の参加者とそのポケモンたちが思い思いに交流しながらゴミ袋を膨らませていく。本当なら若い人たちとお年寄りが半々くらい参加してもらってコミュニケーションの場にしてもらいたかったけど、集まってくれた人の大半がお年寄りで、ハルキやアキナが誘ってくれたらしいクラスメイトの小学生が五、六人。若者っていうと私たちジムの関係者だけだった。
 しょうがないと言ってしまえばそれまでだ。若い人はゴミ拾いなんてしてる暇あったらアルバイトしたり、友達と遊びに行ったりする――それか家でテレビやパソコンかな。こんなボランティア活動、面倒くさいし煩わしいしで魅力のかけらもないのだろう。
 ボランティアといえども、この活動に人を集めるのはある意味でマーケティングである。毎年あの手この手で魅力を伝えようとしているつもりだが、成果はイマイチ。一度交流会としてバーベキューを企画したけど、やっぱりその時もお年寄りと子供たちだけだった――

「今年も一年、お疲れさん!」

 色々考えを巡らせていると、すぐ隣りにいたヨシコおばあちゃんに声を掛けられた。

 ヨシコおばあちゃんは私が子供の時からの知り合いで、毎年かかさずにこのボランティアに参加してくれている常連さんだ。その火バサミさばきは熟達したもので、器用に枯れ葉の隙間からビニールの切れ端を抜き出して手際よくゴミ袋に放っていく。たしか今年で七十五だったはずだけど、そんな実年齢など忘れてしまうほどパワフルな人だ。

「はい、お疲れ様です。今年も本当にありがとうございました」

 私はそう言うと、ヨシコおばあちゃんはガハハと笑った。どんな話をしてもまずは大笑いするのがヨシコおばあちゃんなのだ。

「お礼を言いたいのはね、あたしの方さ。新しい友達もたっくさんできたしねぇ。お譲ちゃんとも普段はあんまりお話できないから、結構楽しみにしてるんだよ」

 私は少し照れた笑顔を返した。お譲ちゃんとは私のこと。おばあちゃんはいつもそう呼ぶ。そんな年じゃないんだけど、おばあちゃんからしたらまだまだ「お譲ちゃん」なのだそうだ。

「ジムリーダーってのは他の街じゃポケモンを戦わせるだけなんだってねぇ。それが普通なんだろうけど、ハクタイに住んでるとそんなんじゃないから不思議な感じだよ。シゲさんと言い、お譲ちゃんと言い、街のことを一番に考えてくれてるもんねぇ」

 ヨシコおばあちゃんは顔をしわくちゃにして笑う。そして「あら、口じゃあなくて手を動かさないとねぇ!」と言いながら、ほとんど満杯のゴミ袋を引っ張っていった。
 シゲさん――私のおじいちゃんのことだ。おじいちゃんはみんなから「シゲさん」って呼ばれちゃうほど、街の人たちから慕われていた。

「おばあちゃん、袋持つよ!」

 その「シゲさん」と私を並べて褒めてもらえたことに本気で涙が出そうになったのは、秘密。


 開始一時間でゴミ袋が十八個とその他粗大ゴミが森の入口に山積みになった。それでも森からは際限なしにゴミが掘り出されてくる。休憩をはさみつつ私たちはだんだんと森の奥へ入っていった。と言ってもお年寄りが多いからあまり無理はしない。舗装された道からはあまりはみ出さないようにスローテンポで進んでいく。

「知ってる? ここ、ユーレイ出るんだよ!」
「うそだ、ユーレイなんていないもん」
「――ユカちゃんは見たって言ってたよ」
「マサルくんも言ってた!」
「やばいって! 早く行こうぜ――」

 ハルキやアキナを含めた子供たちが大きな門の前でなにやらそわそわしていた。あーなるほど、無理もない。右手に見えますのは、ハクタイの森が誇る心霊スポット、「森の洋館」でございます。数年前からこの森を訪れたトレーナーやキャンパーが「不気味な人影を見た」とか何とかで、またたく間に噂がシンオウ中に広まった。

「子供たちの間でもやっぱり心霊スポットとして知れ渡ってるんですねー」

 サキがまるで興味なさそうに呟いた。

「そーねー。しっかし、しばらく見ないうちに汚くなったなー。まるでボロ雑巾のよう」

 長い間雨風に吹かれ、しみだらけになった壁や屋根。そのみずほらしい姿は当時の面影のかけらもなかった。今やこんな洋館買い手もつかないのだろう。

「ナタネちゃん、ユーレイの噂ホントなの?」

 アキナがそう尋ねた。他の子供たちも「ジムリーダーなら絶対知ってるはず」という眼差しでこちらを見上げている。

「ウソだよ」そうキッパリと言ったのは私でなくサキ。

「ちょっとおー」

 ホントって言って脅かそうと思ったのにさあ――
 でも、サキの答えが正解。目撃されたという人影は勝手に住み着いたゴースやゲンガーに決まっている。この洋館には幽霊など出やしない。だって――

「この洋館はナタネ先輩のおうちだったんだよ」

 子供たちの眼差しの種類が一瞬で変わった。アゼンボウゼン、という感じ。

「えっ! えええええーっ?!」

 気持ちの良いほどのリアクションだ。ハルキが洋館を三度見した。

「昔ね、私が子どもだった頃に。両親が売っぱらっちゃってからはこんな有様だけど、なかなか素敵なおうちでしょ?」

「――ナタネちゃんはお金持ちだったの?」
「オジョウサマ?」
「すげー! ジムリーダーってやっぱ普通じゃねえ!」
「ねえ、入っちゃだめ?」

 まるで授業中にガーディが教室に迷い込んだみたいに子供たちは大騒ぎ。ゴミ袋を放り投げ、柵の隙間から敷地内を覗き込む。幽霊を怖がっていた子も、足を掛けて登れるところはないかと探している。

「だーめ! ガラスとか割れっぱなしで危ないんだから。ほら、みんなゴミ拾い中でしょ!」

「えー、ちょっとくらい良いじゃん!」と、ハルキ。

 私とサキでみんなを柵から引き剥がす。子供たちは渋々ゴミ袋と火バサミを拾い、ゴミを探すふりをし始めたが、目線は五秒に一回洋館に注がれていた。そこまで魅力的でもないと思うんだけどなー。

「あ、やっと追い付いた! せんぱーい!」

 振り向くとジムのメンバーのチサトがこちらに向かって手を振っていた。遅れて歩いていたボランティアメンバーがぞろぞろと洋館の前まで辿り着く。

「ありゃ! 懐かしいわねこの洋館! 前はここまで来なかったものね」ヨシコおばあちゃんが言った。「昔はよくお茶しに来たわね、シゲさんやジムのトレーナーさんとさ」

「へぇ、そうなんですかー」チサトが洋館を見上げた。「前はもっと立派なお屋敷だったんでしょうねえ――」

 おじいちゃんは友達やジムの仲間をよく家に招待していた。天気のいい日なんかは庭にイスとテーブルを出して、メイドさんにハーブティーを出させて、遠くからヤミカラスの鳴き声が響く時間まで語り合っていたのをよく覚えている。おじいちゃんが大きな声で笑うのは、この時くらいだった。その光景を遠くからぼんやり見ていると「ナタネ、こっちにきなさい」と、決まって声をかけられる。学校の話や、おばあちゃんのナエトルと遊びに行く時の話、おじいちゃんから教えてもらった森のポケモンの話をすると、いつもみんなに感心された。おじいちゃんは満足げにそれを見ているから、私はその時が一番安心していられた。

 だから絶対に、お兄ちゃんの話はしなかった。
 
 ――ズルイ私。

 毎日庭師のおじさんが丹念に整えていたきれいな庭は、目の前の景色とはかけ離れている。伸び放題の雑草やカラサリスがぶら下がっている桜の木を見ると、少し寂しさを覚えた。あの時間は、遠い過去の記憶の中だけのもの。




「皆さん、どうもお疲れさまでした! おかげさまで、こんなにたくさんゴミが集まりました!」
 
 拍手喝采。傍らには、私の二倍くらいの高さのゴミ袋の山。やや、これはかなりの量だ。

「後はこちらで責任もって業者さんに引き取ってもらうので、ひとまずこちらで解散となります。親睦会は三時からジムで行うのでお暇がある方はぜひ――では、本日はどうもありがとうござい――」

「ナタネちゃん」

 締めようとした私に待ったをかけたのは、アキナ。あれ、なんだろ、嫌な予感。

「――ナツコちゃんとミフユちゃんがいません」

 いち、に、さん、よん、ご――子供が二人減っている。

 あー。


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