マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.550] ギルティ☆森ガール 投稿者:リナ   投稿日:2011/06/27(Mon) 00:25:57   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 私を迎えてくれた家族には、一人の男の子がいた。二つ年上の彼は有り余る元気をいつもイタズラによって放出し、学校では手に負えないガキ大将だった。先生の間では小学校低学年の頃から「問題児」のレッテルを貼られ、随時マークされていたほどだ。
 仲の良い友達と一緒に壁や窓ガラスに油性ペンで落書きするのはもはや日常的。黒板消しで罠をはって先生を粉まみれにしたり、女子の机に成年誌を入れたり。ある日目撃されたのは、彼らに標的にされていた男の子の上履きが牛乳で満たされているさまだった。
 両親はたいそう頭を悩ませた。どうしてこんなにも人に迷惑をかける子供になってしまったんだろう? 父はことあるたびに怒鳴り声を上げるし、母は自分の育て方が至らなかったせいだと泣き崩れる。そんな日々が続いていた。
 父親と母親がどんなにしつけても態度を全く変えようとしない彼だったが、ジムリーダーのおじいちゃんの言葉だけは彼に影響力を持っていた。大きな声でしかりつけるわけではないのに、おじいちゃんの重々しい声は彼にちゃんと響いていた。
 彼のイタズラ病はおじいちゃんが少しずつ治療していった。彼はおじいちゃんを尊敬していたし、また畏怖していた。この家でおじいちゃんに逆らうことだけは、絶対にできない。逆らえば、僕の居場所がなくなってしまう。そう思っていた。
 彼は小学校の高学年になって、あまりやんちゃをしなくなった。クラスの中では相変わらず目立つグループを率いていたが、職員室では「あの子は随分と丸くなった」とささやかれていた。

 一方、もともと女の子が欲しかった両親は、一人目以降子宝には恵まれず、児童養護施設にいた一人の女の子を、里親として養子に迎えることを決めた。小学四年生の一人息子は妹ができるということを両親に聞いてもまるで興味を示さなかった。
 しかし、その子の登場で、彼の人生はゆっくりとねじれ始める。

 そう、私はシュン兄――シュンヤの人生を変えてしまったと言っても過言ではない。




『ギルティ☆森ガール page5』




 会食場の長テーブルとイスがいくつかふわふわと宙に浮いて、静止したかと思うと、凄まじい勢いで回転しながらこちらへ飛んできた。

<むおっ――>

 ルーカスが両手のスプーンを突き出し、渾身の念力を込めてくい止める。家具たちは私とシュン兄にぶつかる直前で急ブレーキをかけたみたいに勢いを失い、その場に音を立てて崩れ落ちた。

 部屋中異様な熱気に包まれていた。まるでサッカーチームの過激なサポーターたちが相手のチームにやじを飛ばしているみたいだ。このスタジアムのあるゴースト街では、私たちは完全にアウェーだった。下手に動けば、銃殺されてしまうかもしれない。
 高い天井はゴースを取り巻いている紫色のガスが不気味に充満していた。中央のシャンデリアは常にガシャガシャと耳障りな音を立て、試合をさらに逆撫でする。巨大な黒い塊に血のような赤い眼のゲンガーは、私たちを嘲笑しながらゆっくりと部屋の壁際で浮遊していた。

「こりゃヤバいな。奴さん相当強い」シュン兄が平べったい声で言った。

「もうちょっと緊張感持ったら?! 私たち生きて戻れるかどうかさえ微妙なラインなんだよ!」

 こんな感じのやり取りは、過去に何度もあったような気がする。昔のシュン兄はもうちょっと余裕ぶるのが下手だったはずだけど。

「今ならまだ出口辺りのゴースたちをぶっ飛ばして外に出られる。あいつのお遊びに付き合ってる暇なんてないでしょ?!」

 ブーケにマジカルリーフで近くのゴースをけん制してもらいながら、私は荒々しく言った。

「まだ逃げるには早い。言ったろ、仕事だって。どうしてこんなにゴース系の奴らが集まってドンチャンしてるのか、手掛かりの一つでも見つけて帰らないと上司に殴られちまう」

「――シュン兄、一体なんちゅう仕事してんの?」

「うーん、全国転勤ありの総合職ってとこかな――あのゲンガー、捕獲できればいいんだが」

 彼の言葉は全く答えになっていなかった。彼の意識は私の言葉でも職務内容でもなく、目の前の黒い塊のみに向けられているらしい。

「――ボールは?」後ろ向きに歩いて彼の背後まで近付き、耳の近くで私は訊いた。

「スーパーが六個と、ハイパーが二個」

「なんとかいけるか――周りは刺激しない方が良い。正々堂々とリングに上がったと思わせれば手出ししないと思う。その替わり、私も手出しできなくなるけど」

「ルーカスとあいつの一対一で勝つしかないってことか。うーし、仕事すっかー」

「――不安」

 私とブーケは彼から離れ、入口の扉の辺りまで慎重にたどり着いた。ゴースたちはギロギロとこちらに注意を向けているが、襲って来はしなかった。シュン兄はジャケットを脱いで、そばに転がっていたイスに引っ掛けた。

「ルーカス、五分であの悪霊、成仏させるぞ」ポケットに手を入れ、気障なポーズをとるワイシャツ姿の男。

<『えくそしすと』としての仕事を期待されても困りますな。最も、ぷろが相手を選ぶなど嘲笑の的でございましょうが>

 スプーンを構え直すフーディンからはここにいても分かるほどの念力が発せられていた。ゴースたちの醸す空気とは違う、ビリビリと肌を弾くような波長。そばを旋回していたゴーストが焦りをまとったようにひらひらと天井へ舞い戻った。

 どうやら観客が乱入するほどの秩序の崩壊はないようだ。周りの霊たちがケラケラと笑いながら部屋の上部を旋回する中、親玉ゲンガーはシャンデリアの直下に躍り出た。
 そして床に吸い込まれるようにして消えた。

「慎重に追えよ」

<言われなくとも>

 ルーカスは目を閉じ意識を集中してゲンガーの垂れ流している念波を追いかけた。相手のポケモンの発するエネルギーを感じ取ることで居場所を特定する、エスパータイプだからこそできる芸当である。

<ナタネ殿! 右へ!>

「えっ?!」

 不意に名を呼ばれ、右へ転がるようにして跳んだその瞬間、背後から不快な気配がぬらりと出現した。振り向くと、ゲンガーがニヤニヤと笑みを浮かべながら回転し、また壁へと消えていくのが見えた。

「最初からルールなんてないとでも言いたげだな。油断禁物だよーナタネちゃん」

「――分かってる」

 もちろんこの部屋の中で安全なところなど存在しない。今は天井で大人しくしているゴースたちも、気が変わる可能性なんていくらでもある。
 ゲンガーは現れては消え、また現れては消えを何度も繰り返した。そのたびにルーカスはサイケ光線で応じるが、その光の束はほんの少しのタイミングのずれでなかなか相手にヒットさせることができない。ルーカスが攻撃を外すたびに、周りの霊たちはうねるように歓喜の声を上げ、会食場を異様な熱気に包んだ。

「パターンは大体読めた。けどこのままじゃ埒が明かないな。次、いくか」

 シュン兄は無表情でそう言った。

<承知致した>

 ルーカスはそう答えると、スプーンを一振りし、フッっと姿を消してしまった。
 
「テレポート?」

 戦闘から離脱する時などに使う移動系の技だ。もちろん彼を残してフーディンだけが逃げてしまうことなどあり得ない。何か意図があってのことだろうが、私にはまるで見当が付かなかった。シュン兄はポケットに手を突っ込んで、相変わらずの無表情だった。
 不思議に思ったのか、ゲンガーが奥の壁からゆらりとその姿を現した。ゴーストポケモンたちは皆きょろきょろと辺りを見回し、姿を眩ました対戦相手を探そうと躍起になっている。

「――うん、出来は上々だ。さて、どこからでもかかって来たまえ」シュン兄は朗々と台詞を読み上げるようにして相手を挑発した。

 俄かにゲンガーの赤い瞳がぎらついたように感じた。そしてその黒い塊はゴールに蹴り込まれたサッカーボールのようにシュン兄に向って突進した。突進しながら、その短い腕が振り上げられる。

「ちょっと!」思わず声をもらす私。ヤバいじゃん――

 しかし、ゲンガーの右腕が彼に一撃を加えようとしたその瞬間、奇妙なことが起こった。
 勢いよく突進したはずのゲンガーの動きが突然鈍くなり、まるでその場所だけスローモーションで再生しているかのように動きが鈍くなったのだ。ゲンガーは目をパチクリさせ、何が起こったのか分からず、身動きもとれず、唖然としていた。

<物理攻撃の方が応えましょう?>

 間抜けに右腕を振り上げた格好のままふわふわと浮遊しているゲンガーの真下に、姿を消していたルーカスが現れた。右のスプーンを逆手に持ちかえ、大きく振りかぶっている――

「完璧だ」シュン兄はニヤリとゲンガーに向かっていたずらっぽい笑みを浮かべた。

 バチン! というもの凄い音がして、スプーンがゲンガーを真上に向かって弾き飛ばした。黒い身体は勢いよく回転し、そのまま天井にぶつかった。周りのゴースたちは慌てふためいて同心円状にスペースを空けた。

「霊体というのは、どうやら意識しないと物体をすり抜けることはできないらしい」

 彼は天井でのびているシャドーポケモンを仰ぎ見ながら冷静に分析した。ポケットからハイパーボールを取り出し、狙いを付けて投げ上げる。ゴースたちは脅えるようにしてボールを避け、同心円がさらに大きくなった。

<渾身の一撃ですぞ。まかり間違っても抵抗されることはないでしょう>

 彼の隣りに戻ってきたルーカスがスプーンの柄を摘まんで持ち上げながら言った。その宣言通り、ゲンガーはボールの中で暴れることもなく、あっさりとスイッチのライトは消えた。
 コツリと音を立ててボールが会食場の床に落ち、しばらく異様な沈黙が流れた。まるで三対〇で圧勝していたホームの試合、後半の残り五分で逆転されたチームのサポーターのようだった。
 一匹のゴースが猫を踏んだようなかん高い声を上げて部屋の壁をすり抜けていったのをきっかけに、彼らは一目散に逃げ出した。主を失ったこの「お化け屋敷」のどこに逃げ込もうとしているのかは知らないが、とにかくこのとんでもない人間とポケモンから離れたいらしい。無数の気配はみるみるうちに消えていき、会食場には嘘みたいに静寂が訪れた。

「――シュン兄、一体どんな手使ったの?」

 私はブーケをモンスターボールに戻してから、彼に尋ねた。ジムリーダーとしては情けないかもしれないが、彼の仕掛けた技が何だったのか全く分からなかった。

「最初の攻防で、相手のスピードがルーカスより上回ってることを確信した。サイケ光線も一番最初に当てたけどほとんど効き目がなかったから、最終的に接近して物理攻撃をかますことに決めた。様子見だって悟られないように、カモフラージュでサイケ光線は打ち続けていたけどね」

 彼は椅子にかけていたジャケットを羽織り、扉のそばにいる私の方へ歩いてきた。

「テレポートもカムフラージュ。ホントはスプーンなんて振らなくても、モーション無しでテレポートできる。実際に発動したのはトリックルームだ」

 彼は会食場を見まわした。「と言っても、全く見た目は変化ないけどね」

 霊たちが立ち去ったこの部屋ではシャンデリアがガシャガシャと揺れているだけだった。

「だからあいつの動きが遅くなったんだ。素早さが早いほど攻撃の発動タイミングが遅れるから」

 そこへルーカスがサイコカッターでフェニッシュ――完璧なシナリオだった。

「まあ運よく相手が挑発に乗ってくれたから成功したんだけどね――さて、上に連絡入れないと」

「――ねえシュン兄、ずっとどこで何やってたわけ? 全然連絡もなしにさ!」

 思い出したように、私は彼に詰め寄った。

「何って、働いてたさ。当たり前だろ?」

「そういうこと訊いてるんじゃない!」

 シュン兄は高校二年の夏休みに、忽然とこの家から姿を消した。それはこの家庭にとって重大な出来事であったし、当時まだ中学生だった私にとっても大きな衝撃だった。
 シュン兄は、「義務教育も終わったことだし、やっぱ働くわ。ルーカスもいるから、移動にも困らない。気が向いたらこの家にも顔出すから」という短い書き置きを残していた。父と母はすぐに警察に連絡しようと言ったが、それを止めたのはおじいちゃんだった。
 おじいちゃんは「バカ孫の家出」を、「一人前になるための旅」だと言った。当時の私はおじいちゃんの言った意味が分からないし、理解もできなかった。居場所も伝えないで突然家を飛び出すことを「旅」とするなら、彼のしでかしたほとんどの悪事が正当化されてしまうような気がした。
 今では、おじいちゃんがどんな気持ちだったか想像できる気がする。でも、確かめようはない。

「――ナタネ、もう子供じゃないんだ。それぞれ事情があるし、それなりの立場ってもんがあるだろ? いちいち詮索するなよ」

 もう子供じゃない――そう言ったシュン兄の表情がすごく子供じみて見えた。一番最近シュン兄と話したのは、おじいちゃんが死んで、そのことをシュン兄に伝えるために必死で居場所を探して、やっと繋げることができたごく短い電話だった。あの時も彼は詰め寄る私に同じような言葉を浴びせ、その後ろくに会話もできないまま私ばかりがシュン兄を罵り、ガシャリと電話を切った。思い返せば、彼が葬儀に出れないと言ったのが発火原因だった。

「――シュン兄の事情って? 立場って? そんなに大事なの?」

「ああ、大事だね」平べったい声。私の内側がくすぶる。半分は怒りで、もう半分は――罪の意識で。

「――私のせい?」

「違う。それは前も言ったろ。ナタネは関係ない」

 前の電話では、私のせいでないなんて絶対嘘だと思った。今は、それすら分かんなくなってる。この人がどんなことを考えているのか、全然分からない。昔からそうだったけど、今はこの症状がますます酷くなっている。

「――もう戻らなきゃ。お前もだろ? あの子たち心配するんじゃないのか?」

「うん――ねえせめて居場所くらい教えてよ」

 シュン兄はルーカスのそばへ行き、こちらを振り返った。少し迷っている風だったが、やがて口を開いてくれた。

「今は、ナギサにいる。でもしょっちゅう出回ってるからな、あんまり当てにならん――じゃあ、また」

<ご達者で>

 そして、彼と彼のパートナーは、僅かな残像だけその場に映して消えてしまった。



 ナツコとミフユの二人にはみっちりお説教するつもりでいたが、とてもそんな気になれず、サキにその役目を押し付けた。ぎこちなくサキが「だからーやっぱり面倒くさいし」とか「とにかく迷惑なの」とか全く威厳の感じられない声で彼女たちに言うのをぼんやり聞きながら、森の中を引き返した。



 私はこの家に引き取られて、シュン兄の居場所を奪った。
 お父さんとお母さん、そしておじいちゃんに可愛がられて、先生にも褒められて、誇らしげにシュン兄の居場所を享受した。
 私はシュン兄にねたまれて、恨まれて、いじめられた。部屋に閉じ込められたり、教科書に落書きされたり、嘘のかくれんぼに誘われて、森に一人ぼっちにさせられた。
 お母さんが心配して抱いてくれるのは泣きじゃくる私だった。お父さんが怒鳴り声を上げる対象はシュン兄だった。おじいちゃんがひいきするのは、私だった。
 私は、シュン兄の居場所を奪ったに違いない。もともとイタズラっ子で、家の中でもいざこざがあったにしても、私がいなかったら彼には絶対に違う日常が待っていたに違いない。
 彼にとって、私は現れるべきではなかったのだ。

 ただ、そのことが家出とどのくらい関係しているのかが、今の私には分からなくなっていた。彼に絡みついているものは、もっともっと厄介で、ちょっとやそっとじゃ引き剥がせないものな気がしたのだ。

 ナギサシティ――シュン兄は今そこにいる。
 もう大人なんだ。忘れたふりして、逃げてばかりいられない。



 ――――――――


 森ガールシリーズらしからぬ、シリアスのな雰囲気になってきてしまいましたw
 言うてもガンガン脱線しますよーこれからも。それはもう見るに堪えないほどに。
 続けば――ですが。

 森ガ「主人公には、暗い過去が付きものなのよ……」


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