「遅い・・・・・・ね。」
「ああ・・・・・・うん。」
チェレンの言葉に、トウヤは“もう慣れた”とでも言うかのように頷いた。
アララギ博士の研究所前、例のごとくベルは来ない。
「俺、見てこようか? 」
「・・・・・・なんで兄さんがいるのさ? 」
「暇だからだぞ。」
「・・・・・・人の旅立ちを娯楽にしないでよ。」
にかっと笑うリュウヤにトウヤは冷たい眼差しを向ける。その視線から逃れるように「いってきまーす。」と、リュウヤはベルの家へ向かった。
初めて来た所といえど、そんなに大きな町とはいえないし、なによりベルの家はトウヤの家より先に訪ねた場所だ。しっかりと覚えている。
「・・・・・・おじゃましまーす。」
おそるおそるベルの家の扉を開けると、中から「だめだめだめーっ!! 」という男の声が聞こえてきた。
「どうして!? あたしだってポケモンもらったんだもん!! 1人で旅だって出来るもん!! 」
ベルの声もする。
どうやら、旅に出るかでないかで、父親と揉めているらしい。
「大丈夫だもんっ!! 」
居間からベルが飛び出してくる。勢いあまってリュウヤにぶつかる。
「トウ・・・・・・ヤ? 」
「いや、リュウヤ。」
「 !?? 」
リュウヤが名乗ると同時に、ベルは赤くなって飛び上がる。「さささっ、先に行ってるねっ。 」と言って、先に走っていってしまった。
「・・・・・・、・・・・・・。」
ベルの父親が、居間で自分の奥さんに何か言っている。
「うちの娘が旅になんて出れるはずがない!! あんなに世間知らずで。あんなに可愛いのに!! 」
(可愛いって・・・・・・。)
「・・・・・・この父あってのあの娘、だな。」
ぽつりとつぶやいて、リュウヤはベルの家を気づかれないようにこっそりと出た。
アララギ研究所前に戻ると、3人はもう図鑑とタウンマップを手に入れたようで、一番道路の向こう側にいた。
ベルも、先ほどのことを気にしているような素振りは全く見せず、明るく振舞っている。
「話はもう終わったのか? 」
「うん、これからカラクサシティに向かうトコ。」
「ふーん。」
トウヤの言葉に、リュウヤは興味なさそうに頷く。その背中を、ベルがつんつんと突いた。「なぁに? 」と振り返るリュウヤに、ベルはそっと耳打ちする。
「さっきのは内緒だよ。」
「・・・・・・ん、わかった。」
ベルの気持ちも汲んで、リュウヤは素直に頷く。ベルは恥ずかしそうに頬を赤らめ、帽子を被りなおした。
「ところで、なんで兄さんが着いてくるのさ。」
「暇だからだぞ? 」
「どんだけ暇なの? まさかずっと着いてくる気? 」
「さーてね。」
トウヤの追求に、リュウヤはごまかすように笑う。そしてチェレンやベルの進んで行った先を見る。
「・・・・・・。」
2人以外に誰もいないせいか、とても重苦しい沈黙が流れる。
(長いあいだ一緒にいなかっただけで、こうも気まずくなってしまうのか・・・・・・。)
自分たちの絆の儚さを身近に感じ、小さく、自嘲気味にリュウヤは笑う。
「・・・・・・兄さん。」
やはり、沈黙を破ったのはトウヤだった。
「兄さんはもう、イッシュ地方まわった? 」
「・・・・・・いや、カノコタウンにたどり着くために彷徨ったけど、ジム戦とかはしてないな。」
「・・・・・・そっか。」
淡々とした口調で、トウヤは頷く。
「・・・・・・僕は、ジム戦に挑戦するよ。」
「え? 」
「イッシュ地方をまわったら、次はシンオウに行く。ホウエン、ジョウト、カントーも順番にまわるよ。」
「・・・・・・先のことまで考えすぎだろ。」
リュウヤは笑った。
「今のことを考えろよ。」
「・・・・・・うん。」
恥ずかしそうにトウヤは頷いた。
(強く、強くなりたい。)
リュウヤを許す事はできない。
(早く追いつきたい。)
でも、共に同じ道を歩める今が、とてつもなく嬉しくて。
(早く、肩をならべて歩きたい。)
後ろから聞こえる彼の声が、かぎりなく愛しくて。
「おっ、見ろ、ヨーテリーだぞ。」
「・・・・・・本当だ。」
「あっちにはミネズミもいるなぁ。」
リュウヤは草むらできょろきょろしながら、はしゃいでいる。
「兄さん、ポケモン連れてるの? 」
「・・・・・・あー、いや、カントーからずっと一緒にいる奴とイッシュで道に迷った時、偶然見つけたポケモンの2体だけだな。他はボックス。」
「ボックス? 」
「・・・・・・ん? ああ、捕まえたポケモンを預けたりできる所だよ。ポケモンセンターのパソコンからつなげるんだけど・・・・・・まぁ、その辺はアララギ博士が教えてくれるだろ。」
「ふーん・・・・・・。」
「まぁ、カラクサタウンに行く前に、こういう草むらでポケモンを育てていったらどうだ? 俺、トウヤのバトルしてるところ、見てみたいし。」
「さっきは見損ねたからなー。」とリュウヤは言い、トウヤは草むらでツタージャをくりだす。相手はヨーテリーだ。
ヨーテリーを相手にバトルを始める、トウヤとツタージャを少し離れた水辺の芝生の上に腰を下ろしてリュウヤは眺める。自分もあんな感じに、コラッタやキャタピー、ポッポを相手にヒトカゲと戦ったなぁ、と、5年ほど昔の事を頭に思い描く。それと同時に、トウヤを迎えに行かなかった、行けなかったということに、少しばかりの後悔を覚える。
平等で対等で同一。
それが彼ら双子の暗黙の掟だった。
しかし、姿かたちは同じでも、心まで同じであれるはずがない。ましてや、住んでいる場所や環境が違ったのだ、経験もそれぞれ異なるものになるのは明らかだった。現に2人は一人称やしゃべり方、性格は全く違うし、好みも大幅に違う箇所があるだろう。
リュウヤは知っていた。
自分たちは決して同一の存在にはなれないという事に。
しかし、だからこそ、お互いの存在が愛しくてしょうがなく、共に歩めるこの時間が嬉しいのだと。
「・・・・・・。」
木の陰からじっとこちらを見つめる人間の気配を感じて、リュウヤはそちらの方に目をやる。敵の姿を探すと、意外とたやすく見つかった。おそらくたいした相手じゃないのだろう。
ぱちりと、目が合う。
リュウヤは動かない。相手をじっとみすえ、指先はモンスターボールに届く所に持っていく。
相手が唾を飲み込むような動作をして、ざっざっざっ、と、木々の奥へと消えていく。
リュウヤは肩の力を抜いて、トウヤの方を見ると、トウヤは、本日10体目のヨーテリーを倒した所だった。ツタージャもだいぶレベルがあがったようで、新しくつるのムチを覚えたらしい。
「・・・・・・ポケモンを育てるのって、こんなに大変なんだね。」
「おう、俺は1番最初のジムのエキスパートが岩タイプでな、最初のポケモン1体しか連れてなかったから、玉砕したなー。」
「え? フシギダネを連れてたんじゃないの? 」
「え、ああ、いや、その・・・・・・。」
言葉に詰まり、照れくさそうに顔をそむけるリュウヤを助けるかのように、トウヤのライブキャスターが鳴った。
『ハァーイ、トウヤ、アララギよ。今、何処にいるのかしら? 』
「・・・・・・1番道路です。」
『OK、今からカラクサタウンのポケモンセンターに来てくれるかしら、そこで、トレーナーとしてかかせないものを教えるから。』
「・・・・・・はい、わかりました。」
ピッとライブキャスターを切る。
そしてツタージャを頭を撫でてからボールに戻し、そのまま何も言わずにカラクサタウンに向け歩き出した。その後ろを、ニコニコと笑いながら、リュウヤが着いていく。
しばらく歩くと、目の前に、寂れた感じの古い、小さな町が見え始めた。
「あれだな、カノコタウンに行くとき通った。」
「・・・・・・うん。」
カラクサタウンは文字通り木の葉の枯れたような雰囲気の街で、これが俗に言う過疎化地域という奴なのだろう。でも、トウヤもリュウヤも、こういう雰囲気の街は嫌いじゃなかった。
トウヤはいったんリュウヤと別れ、アララギの待つポケモンセンターへ向かおうとする。トウヤは名残惜しそうにリュウヤの姿に目をやり、
「すぐ、戻ってくるから。」
と言う。
「おう、待ってるよ。」
そのリュウヤの返事に安心したのか、トウヤは全国共通の赤い屋根の建物に走っていった。その自分そっくりの背中を見送ってから、リュウヤはてもちぶたさにあたりを見渡した。すると、広場になにやら人だかりが出来ていて、そこにチェレンの姿もあった。
「おーい、チェレーン。」
「何? 」
「・・・・・・って名前だったよな? 」
冷静すぎる目を向けられ、リュウヤはたじろぐ。
「名乗りもしない人間に、名前を呼ばれるのは、あまりいい気がしないよ。」
「お、おお、悪い。俺はリュウヤ、知っての通り、トウヤの双子の兄、よろしくな。」
「・・・・・・チェレンだよ。知ってると思うけど。」
「それにしても、お前、よくトウヤと間違えなかったなー。親でも間違える事が多かったのに。」
「何いってるんだい? 君とトウヤは全然違うよ。外見はともかく、中身は欠片も似ていない。」
「・・・・・・まぁ、たしかに。否定はしねぇけどさ。ところで、何が始まるんだ? 」
「さぁ? 何かの演説? みたいだけど。」
広場の中央に、水色のフードを被った、コスプレ染みた格好の男女に守られるように囲まれた、長い髪の毛の初老の男性がこれまたコスプレ染みた格好で立っている。
(もう春なのに・・・・・・暑くねぇのかな? )
「もしかして、あのおっさん冷え性? 」
「知らないよ、てか、なんの話? 」
チェレンの突っ込みは聞こえないふりをして、リュウヤは突如現れたコスプレ集団を食い入るように見つめる。チェレンはそんなリュウヤを見て、
「ガキだね。」
とつぶやく。
普段から、おとなしく、物静かで冷静なトウヤを見てきたチェレンは、トウヤと同じ顔をした、トウヤの“兄”が、こんなどうでもいいことに目を輝かせている事が信じられなかった。そして、先ほどの脈絡のない会話。トウヤもたまに意味のわからない事を口走る事があったが、リュウヤのそれは、トウヤのそれをはるかに上回っていると、チェレンは感じていた。
チェレンのつぶやきは聞こえていないようで、リュウヤは相変わらず興味心身な様子で、コスプレ集団を見ている。
「皆さん。」
初老の男性が1歩、前へ出た。
「私の名前はゲーチス、プラズマ団のゲーチスです。」
ゲーチスと名乗る男は、そう前置きしてから、次の言葉を紡いだ。
「今日皆さんにお話しするのは、ポケモン開放についてです。」
一瞬、あたりがどよめいた。
この言葉を聴いて、リュウヤは「こいつらはヤバい。」という認識を持つ。
先ほどまでは、ただの珍妙なコスプレ集団だったのだが、さっきの言葉と、ゲーチスの目を見て、リュウヤは彼にカントーのロケット団やホウエンのマグマ団、アクア団、シンオウのギンガ団などと同じような嫌な感じを感じ取ったのだ。これらの地方で起こった事件は、地元の友人が主な戦力となり、共に事件を収束させようと躍起になった。そんな、危ない事に自ら進んで首を突っ込んでしまうような性分だったためか、一目見て、プラズマ団のゲーチスなるこの男が善人ではないことがわかった。
(・・・・・・まずいな。)
急にリュウヤは真剣な顔になる。
自分はすでに、ある厄介事に巻き込まれているし、それによって起こりうる被害が、トウヤに向かないようにトウヤを守る、義務と責任がある。性分とはいえ、さすがに手が回らない。
(イッシュの人には悪いけど、俺が一番大事に思ってるのは、トウヤだから・・・・・・。)
それにあんな思いをするのは、もうごめんだった。
そう言い聞かせ、リュウヤは演説を始めるゲーチスに再び目を向ける。
「・・・・・・我々人間はポケモンと共に暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー・・・・・・そう思っていられる方が多いでしょうが、本当にそうなのでしょうか? 我々人間がそう思いこんでいるだけ・・・・・・。そんな風に考えた事はありませんか? 」
「・・・・・・。」
リュウヤは冷めた目でゲーチスを眺めながら、おとなしく演説を聴いていた。
「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしてもこき使っている。そんな事はないと誰がはっきりと言いきれるのでしょうか? ・・・・・・いいですか皆さん、ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです、我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモン達に対して私たちがすべきことは何でしょうか? そうです! ポケモンを開放することです! ・・・・・・そうしてこそ、人間とポケモンははじめて対等になれるのです。皆さん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきか良く考えてください。というところで私ゲーチスの話を終わらせていただきます。」
ゲーチスは1歩下がり、
「御清聴感謝いたします。」
そう締めくくり、来た時と同じように、部下たちに守られるようにしながら去っていった。
演説が終わると同時に、群集は散り散りになっていく。どの人も先ほどの演説の内容を少なからず気にしているようで、浮かない表情をしている人も少なくない。
「君のポケモン・・・・・・、いまはなしてよね。」
散り散りになっていく人の中、1人だけその場に残った青年が、人の波の間をすり抜けるようにして、リュウヤに近づいてきた。
その青年は、リュウヤの目の前に来ると、静かな、アルト調の声で唄うように言った。
「君のポケモン、今、しゃべったよね」
「え?」
リュウヤが唐突な問いかけに思わず声を出す。
白と黒の帽子の下から、緑色のくせ毛が長く伸びているが、体格的には男だろう。顔は目深に被られた帽子のせいかもしれないが、どこか、影のある表情をしている。
「随分と早口なんだな」
チェレンが割って入ってきた。
青年への警戒心をむき出しに、疑い深い表情で続ける。
「それにポケモンがしゃべった・・・・・・だって、おかしなことをいうね」
科学的思考の強いチェレンは「信じられない」といった顔で、青年を見る。リュウヤも青年の言葉を根っから疑っているわけではないが、あまり信じる気にはなれなかった。他の地方にも、「ポケモンと言葉が交わせる」という人間は少なからずいた。しかし、そのほとんどが、営利目的のインチキ商売で、本当にポケモンと言葉が交わせる人間なんて、いないに等しいものだった。だが、そんななかで、リュウヤは一度だけ、ポケモンとテレパシーで言葉を解するトレーナーと会ったことがあった。彼は、力のことを隠し、ポケモンと一緒にひっそりと暮らしていた。
(そういう力がある人は、普通力のことを隠したがるものじゃないのだろうか?)
これは昔会った人たちを見て培われた、リュウヤの独断と偏見による考えだが、リュウヤ自身、これを間違っているとは思わなかった。
だから、どうしてもこの青年の言う事に、信憑性が感じられなかったのである。
青年は、チェレンの言葉を受け、自信たっぷりに言った。
「ああ話しているよ」
それから、哀れむようにチェレンとリュウヤを交互に見て、
「そうか、君たちにも聞こえないのか、かわいそうに」
と、つぶやくように言う。
(かわいそうなのはお前の頭だろう)
そう言いたげなチェレンのことは、眼中にないのかあまり気にせずに、「ああ、自己紹介がまだだったね」と切り出し、
「僕の名前はN」
と、本名かどうかも怪しい名前を堂々と名乗った。
「僕はチェレン、こっちは……」
Nのことは快く思ってないが、名乗られたら名乗り返す主義のチェレンが、自分とリュウヤの自己紹介をしようとする。その言葉を遮るように、リュウヤが口を開いた。
「トウヤ」
「え?」
予想とは全く違う名前にチェレンがリュウヤのほうを見る。リュウヤはチェレンにいたずらっ子のように微笑んで見せ、もう一度言う。
「俺の名前はトウヤ」
そして、いつもの調子で話を続ける。
「……アララギ博士に頼まれて、ポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ」
「最も、僕の最終的な目標はチャンピオンだけどね」
最後にチェレンが付け足した。
「ポケモン図鑑ね」
Nが呆れたような口調で言う。
「そのために幾多のポケモンをモンスターボールの中に閉じ込めるんだ……僕もトレーナーだが、いつも疑問で仕方がない、ポケモンはそれでシアワセなのかって」
その口調は本当にポケモン達を哀れんでいるようで、同時にポケモンへの愛情が滲み出ているようにも感じた。
「あんたは、さっきの演説の支持者か何かか?」
リュウヤが訊く。
しかし、さっきのゲーチスのような『やばい感じ』は、このNという青年からは、全くかんじられなかった。不思議な雰囲気を持っているが、おそらく奴らとは何の関係もない、ただの一般人なのだろう。
リュウヤはそう考えて、あえて深く訊いた。
「……そうだね、そうかもしれない、でも僕は今とても迷ってる。この迷いを振り切るために……トウヤだったか、キミのポケモンの声、もっと聞かせてもらおう」
そう答えて、Nはチョロネコを繰り出す。
「……バトルか」
そうつぶやいて、リュウヤは腰のモンスターボールに手を伸ばす。
一瞬、リザードンを出してしまおうかと思ったのだが、イッシュ地方にいない、カントー地方のポケモンを、“新人トレーナーであるはずのトウヤ”が出すのはあまりに不自然で目立ちすぎる。
リュウヤは咄嗟に、カノコタウンに来る前に捕まえたポケモンを使う事にした。
それは、灰色の美しい毛並み、丸く、大きな耳、ふさふさ、もふもふの尻尾……。
「……チラーミィ?」
Nが首を傾げる。
「僕が聞いたのは、別のポケモンの声だったんだけど……」
(そう、もっと大きくたくましい、獰猛で強いポケモン……)
「……どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
Nは特に気にしないようにして、バトルに集中する。
先攻を取ったのは、Nのチョロネコだった。
「チョロネコ、たいあたり!!」
「かわせ、チラーミィ」
すばやい動きで突っ込んでくるチョロネコを、その頭上に飛ぶようにして、チラーミィがかわす。
「そこから、スイープビンタ!!」
リュウヤの指示とほぼ同時に、チラーミィは自分の長い尻尾を、下にいるチョロネコに叩きつける。
1、2、3、……。
「よし、5回当たったな」
バトルに気を置きながらも、リュウヤは相手であるNを注意深く観察する。
ポケモンの声が聞こえるという(自称)彼は、やはりバトルをしているなかでも、どこか浮世離れした雰囲気を放っており、口元には絶やさず笑みを浮かべている。
(バトル経験は、あまりなさそうだな……)
“才能はあるかもしれないが”とリュウヤはつけたし、「それでも、俺の敵じゃあない」と小声でつぶやく。そして、再びチラーミィにスイープビンタの指示を出す。
(トウヤといい勝負って所か……うかうかしてたら抜かされちまうな)
倒れるチョロネコをみながら、リュウヤはそんな事を考えていた。
「……!!」
Nはリュウヤのチラーミィを見て、驚いた表情をし、ボソリと何かをつぶやいた。
チョロネコにお礼を言いながら、彼女(もしくは彼)を、ボールに戻し、リュウヤに向き直る。
「モンスターボールに閉じ込められている限り……、ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない」
「……」
リュウヤは黙ってNを見据える。
一瞬だけ、ゲーチスに感じたあの『やばい感じ』が、この青年からも発せられたような気がした。
しかし、それも気のせいかとも思えるほど短な間だけで、Nはやはり変わらず、どこか影のある微笑を称えながら、軽い足取りで街の奥に去っていった。
「……へんなやつ」
チェレンがぼそりとつぶやく。
「……そうだな」
ボソリと、リュウヤも返した。
戦いを終えたチラーミィが、リュウヤの肩に乗ってくる。ふわふわとした毛が、リュウヤの頬をくすぐる。
「……まぁ、気にすることはないよ、ポケモンとトレーナーは支えあって生きている!!」
「……」
「……なんだい? その怪訝そうな顔、まさか君までポケモンを解放すべきだ、なんて言いだすのかい?」
「まさか……いや、どうだろうな」
強い口調でチェレンに聞かれ、リュウヤは肩をすくめる。
「Nの話やおっさんの演説の内容は、端的にはごもっともだと思うよ。現にポケモンを道具や商品としか考えない人間なんて、この世には腐るほどいる。ポケモンにしてみればたまったもんじゃないだろうね。……だけど、チェレンの言うような『支え合って生きている』トレーナーとポケモンだって、この世界にはたくさんいる。俺は、そういう奴らと競い合い、励ましあって生きてきた。それに、モンスターボールに入ってようとなかろうと、ポケモンと人は通じ合えるし、ポケモンはポケモンだ。俺の持論だけど」
「……何が言いたいの?」
「両方正解だと思うから、どちらが間違いだ、どちらが正しい、なんてわからないって事。もしかしたらこれは正解なんてない疑問なのかもね」
「……じゃあ、君はどうするのさ」
いらだったようなチェレンの口調に、リュウヤは「おっかないねぇ」と再び肩をすくめて、
「どうもしないさ、俺は変わらずこの子たちと生きていく。それでこの子たちが苦しんでいるのか、嬉しいのかはわからないけど。……強いて言うなら、これは俺のエゴなのかもしれない」
擦りよってくるチラーミィの頭を、左手で撫でながら、リュウヤは自嘲気味の笑みを浮かべる。
「俺が、この子たちのそばにいたいんだ」
「……」
チェレンはそう言うリュウヤを黙ったまま見つめる。
(もしかしたら……この人はトウヤや僕なんかよりずっと大人で……)
(色んなものを見てきたのかもしれない)
それこそ、汚いものも、美しいものも……。
そう思いながら、チェレンは沈黙を破るかのように、口を開いた。
「僕はジムリーダーに挑戦して、チャンピオンを目指す。……いつか、あんたとも戦ってみたい」
「……たのしみにしてるよ」
きびすを返して去っていくチェレンに、リュウヤは右手で手を振った。
「……」
チェレンは後ろで手を振っているリュウヤの気配を感じながら思う。
(リュウヤはカントー出身だと聞いた。ここからカントーは、身1つで旅をするにはかなりの距離がある……。きっと相当な実力を持っているのだろう)
チェレンは、先天的な直感で感じ取っていた。今の自分ではリュウヤには勝てないという事を。
そして物事には順序というものがあると思っていた。
(リュウヤと勝負するために、まずジムリーダーと戦って己を磨き、トウヤにリベンジするんだ)
チェレンは知っていた。努力なくしては勝利を得ることは出来ないという事を。
チェレンは知らなかった。その努力で得た力の先で、自分が何をしたいのかという事を。