マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.614] 04 紫のいたずら 投稿者:夏夜   投稿日:2011/07/30(Sat) 14:58:04   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




「それが兄さんのイッシュで捕まえたっていうポケモン?」
「ああ、チラーミィっていうポケモンだよ。アララギ博士も持ってただろ?」
 Nが去った後、5分足らずでポケモンセンターから戻ってきたトウヤに、肩に乗っているチラーミィについてきかれて、リュウヤは振り向きながら答える。
 興味深そうにチラーミィを眺めながら、トウヤはリュウヤの横に並び、ポケットに手をつっこむ。
「で、これからどうするんだ?」
「ん」
 トウヤは黙って母からもらったタウンマップを広げる。
「ジム戦に挑戦するにしても、そうでないにしろ、進む道は1つだな」
「うん、2番道路を抜けて、サンヨウシティに行こう」
「了解っと、買い物とかはいいのか?」
「もう済ませた」
 先ほど出てきた赤い屋根の建物を横目で見ながら、トウヤは静かに答える。
(ああ、この地方はショップとポケモンセンターが同じ建物にあるんだっけ?)
 そう思い返しながら、慣れない地方に、少しばかりの不便さを感じる。
 ゆったりとしたアコーディオンの音色(どこかで誰かが轢いているのだろうか)を聞きながら、2人は2番道路に向けて歩き出した。
 このカラクサタウンはそんなに広い町ではない。すぐに2番道路と繋がる改札に到着した。
「此処の地方はこういう改札が至る所にあって、電光掲示板には、近くの町や道路の情報が事細かにのってるんだ」
「……なんで、イッシュ出身の僕より詳しいの?」
「……そりゃ、カノコまで歩いてきたからだよ」
 はっはっはっ、と笑いながらリュウヤは電光掲示板に目をやる。
 “いたずらポケモンが出ます!! 荷物を盗られないよう注意……2番道路”
 そんなテロップが流れていた。
「物取りポケモンだって、世も末だねぇ」
「いたずらポケモンって言いなよ、その言い方すごく人聞きが悪いよ」
 同じようなモンだろ? と肩をすくめるリュウヤに、呆れたようにトウヤはため息をつく。
 悪いポケモンなど、この世にはいない。
 誰かがそういった本を書いたとチェレンは言った。
 嘘か本当かは定かではないが、そうだとすれば、この盗難ポケモンもいたずらか、あるいはそれ相応の理由があってそういうことをしているのだと、トウヤは思っていた。
「まぁ、2番道路自体はそんなに長くないみたいだし……日が落ちる前に抜けよう」
「……うん」
 頷きながらトウヤは改札から2番道路に向けて足を踏み出した。
 その時だ。
 トウヤの頭上を何かがかすめ、トウヤのかぶっていた帽子が何者かに掠め取られる。
「!?」
 驚いて、トウヤは先ほどまで帽子のあったところを、ペタペタと触る。
「あそこ!!」
 リュウヤがトウヤの帽子を盗った何者かを見つけ、指さした。
 トウヤの斜め左、数メートルほど離れたところに、それは帽子のつばをくわえたまま、すました顔ですわっていた。
 三角の耳と、紫色の体毛を持つ、長い尻尾をゆらゆらと揺らしたポケモン……。
「……チョロネコ?」
 図鑑を開いて確かめながら、トウヤはつぶやく。
「きっとあいつだな、“物取りポケモン”」
「……“いたずらポケモン”」
 リュウヤの茶化すようなセリフを、わざわざ訂正してから、トウヤはチョロネコに向き直る。
「帽子、返してくれないかな。それ、大事なものなんだ」
 なるべく優しい口調になるように心がけながら、トウヤはチョロネコに言う。
 しかし、チョロネコはふい、とそっぽを向きながら、馬鹿にしたように目を細めた。
「……む」
 馬鹿にされてるのがわかったのか、トウヤがわずかに顔をしかめる。
 チョロネコは鼻で笑ってから、身軽な動きで草むらの奥へと消えていった。
「あっ!! 待って!!」
 慌ててトウヤはチョロネコを追いかけ、リュウヤはそのトウヤを追う。
 けれど、ポケモンと人間では俊敏性や瞬発力など、身体能力がそもそも違う。おまけに、あのチョロネコはこの2番道路のポケモンで、地の利も向こうのものだ。捕まえるどころか、追いつくことすらできない。3分としないうちに、2人はチョロネコを見失い、くさむらのなかを彷徨い歩く。
「おい」
 いきなり声をかけられた。
 赤い帽子、赤い服を着た、白い半ズボンの少年だ。
「俺は短パン小僧のケンタ、あのチョロネコ、お前たちのポケモンだろ」
「は?」
 唐突に怒ったようにしゃべりはじめる少年、ケンタに、2人は戸惑いを隠せずに、同時に同じモーションで首を傾げる。
「俺はあいつに大事な相棒のモンスターボールを盗まれたんだ!! 返せよ!!」
「ちょ……待って……っ!!」
 掴みかかってくるケンタに、戸惑いながらもトウヤは抵抗する。
 しかし、履いてる靴が悪いのか、足首をひねって後ろに転びそうになる。
「ちょっと待った」
 しりもちをつきそうになるトウヤを引っぱり、抱きとめながら、リュウヤはケンタを蹴っ飛ばす。
「何すんだ!!」
 顔を上げて噛みつかんばかりの勢いで食ってかかろうとするケンタの顔面を、リュウヤは再度踏みつけて黙らせる。
「大丈夫か?」
「……う、うん。でも、いきなり蹴るのは良くないと思うよ」
 リュウヤから離れて、自分の足でしっかり立ちながら、トウヤは鼻を押さえているケンタに白いハンカチをを差し出しながら、
「……僕らはチョロネコのトレーナーじゃないよ、大丈夫?」
「っ嘘付け!! あのチョロネコ、あいつと同じ帽子持ってたぞ!!」
「……その帽子はトウヤのだ、さっき盗られたんだよ」
「へ……?」
 リュウヤの言葉にケンタは口を開けて呆ける。
 トウヤは「わかってくれたんだろうか?」とため息をつく。
 リュウヤの肩に乗ったチラーミィが、くわぁっと大きな欠伸を漏らした。





「なんだー!! そうだったのか、そりゃ悪かったな!!」
「こちらこそ、蹴っ飛ばして悪かったな」
 誤解が解けた両者は、まず謝るところから始まった。
「さっき、言ってたけど、モンスターボール盗まれたって本当?」
「……ああ、ヨーテリーの入ったモンスターボールを盗られた。他にも財布とか、トレーナーカードとか、バッジケースとか盗まれた奴もいるぞ」
「……ここに、帽子盗まれた奴がいるから加えとけ」
「うるさいよ」
 リュウヤを小突いてから、トウヤはケンタに聞く。
「君は此処であのチョロネコを探してるの?」
「ああ、俺の大事な相棒の入ったモンスターボールだからな、何がなんでも取り返すさ」
「……他の人は?」
「皆あのチョロネコを捕まえようと息巻いてるよ、少し奥に行けば結構な人数がいるぞ」
「ふーん……」
 興味なさそうにリュウヤが頷く。
 肩の上のチラーミィは退屈なのか、うたた寝を始めていた。
「どうする? トウヤ」
「え?」
「盗まれたのは帽子だから、そんな値打ち物じゃないし、大切なものでもないだろ。ほっといて先に進む事だってできるが……」
「探すよ」
 きっぱりと、トウヤは言った。
「……そうか」
 あえて理由は聞かず、リュウヤは「トウヤの意思に従う」と、頷いた。
 トウヤは野生のポケモンがたくさん出てくるくさむらを歩くので、ツタージャをモンスターボールから出し、先頭に据える。
「ツタージャ、チョロネコのいる所ってわからない?」
 トウヤは訊くが、ツタージャはしばらく考えてから、首を横に振る。
 ピクシーやコンパン、ガーディ、マリルと違って、よく見える目や、よく利く鼻、耳を持っていないツタージャに、ポケモンを探し出すことはできないだろう。
 2人はケンタも連れて、とりあえずポケモンのいそうな所を探しあるいた。
 けれど、出てくるのはヨーテリーやミネズミ、チョロネコは全く出てこない。
「なかなか出てこないな」
「うん」
「……あのさぁ」
 2人の会話に、ケンタが割って入った。
「お前ら双子なの?」
「遅いな!!?」
 遅すぎるケンタの質問に、リュウヤがつっこむ。
 トウヤがリュウヤと自分を指さしながら、
「こっちが兄のリュウヤで、僕が弟のトウヤ」
「で、お揃いの服着て歩いてんのか、見分けつかねぇな」
「まぁ、親も間違えるくらいだからなぁ……っと、そういやぁ、1人いたな」
「……何が?」
「俺たちの見分けがつくやつ」
「へぇ」
 ケンタが感心したような声をだす。
 トウヤが小声で「誰?」とリュウヤに訊く。
「チェレンだよチェレン」
「え?」
「あいつ曰く、俺とトウヤは全く違うらしい」
「……へー」
 リュウヤの言葉に、トウヤは心此処にあらずといった風に頷く。余所見をしていたためか、道端にできたくぼみにつまづいて、トウヤは派手にころんだ。
「トウヤ!?」
「おいおい、大丈夫か? んなランニングシューズ履いてねぇからだよ。動きにくいだろ」
「……持ってないし」
 ケンタに向かってボソリとつぶやいてから、ぽんぽんと服を叩いて立ち上がるが、右足を着いた時に「うっ」と顔をしかめる。
「捻ったのか? 見せてみろ」
「……大丈夫だし」
「大丈夫じゃねぇだろが、ほら」
 鞄から簡易救急箱を取り出し、トウヤをその場に座らせる。
 簡単な手当てを柄にもなく繊細な手付きでテキパキとこなしていくリュウヤを見て、トウヤはどうしようもない経験の差を再度確認してしまう。
「手馴れたもんだな」
「年季が違う」
 感心したような口調でつぶやくケンタに、リュウヤは短く返す。リュウヤのその言葉にケンタは「なんだよそれ」と笑いながら返すが、トウヤはリュウヤの戦歴を考えると、とても笑う気にはなれなかった。
「よっ……と」
 リュウヤの力を借りてトウヤがやっと立ち上がった時、トウヤのライブキャスターが鳴った。
「あれ?」
「誰からだ?」
 ピッとトウヤがライブキャスターの受信ボタンを押す。
「トウヤ!!」
 ライブキャスターの向こうから、聞きなれた女の人の声がした。
「母さん?」
「そう、ママです。そっちはどう? そろそろポケモンと仲良くなって、旅の楽しさをかみ締めている頃かしら?」
「いえ、今まさに旅の厳しさを体感しているところなのですが」
「ちょっと用があって連絡したんだけど、2番道路の入り口まで戻ってきてくれるかしら」
「無視ですか、お母様」
「じゃあ、切るわねー」
 一方的にしゃべられるだけしゃべられて切られたライブキャスターを呆気に取られながら見て、リュウヤは「戻るか」と肩を落としながら言い、トウヤの肩を支える。
「お前らの母ちゃんおもしろいな」
「……はは」
 ケンタの声に、トウヤとリュウヤは乾いた笑い声を漏らした。

「そうだ、一回カラクサタウンにもどるからな」
「え?」
 段差を乗り越えながらリュウヤは隣にいるトウヤに言う。
「足の手当てしなきゃいけないからな」
「……でも」
「帽子くらいいいだろぉが、モンスターボールとか財布じゃないんだから」
「よくない!!」
 立ち止まってきっぱりとトウヤは言った。
「だって、だってあれ、せっかく兄さんとお揃いなのに……」
「……」
 リュウヤは黙ってトウヤをみつめる。
 そして、ボソリと言う。
「お前……意外と恥ずかしい奴なんだな」
「……うるさいよ」
 ぐにっと左足でリュウヤの足の甲を踏みつける。
 顔をしかめながら、リュウヤは「わかった、わかった」と笑った。
「俺たちはいかなる時も、平等で同一、だもんな」
 ぽつりとつぶやいて、2番道路の入り口の前にいる母さんに手を振る。
「はいこれ!! 掃除してたら出てきたの、片付けってしてみるものね〜」
 母が差し出したのは新品のランニングシューズだった。
 それもご丁寧に、リュウヤと同じメーカー、同じ型、同じ色のお揃いのシューズ。
 決して示し合わせて買ったわけではなかったのだが、なんという偶然の一致なのだろうか。
 そんな事も含め、いいたいことは山ほどあったのだが、開口一番、トウヤが口にしたのは、お礼やつっこみなどではなく、
「もっと早くに届けて欲しかったです」
 という不満だった。
「あと、リュウヤにライブキャスター」
「あ、おう」
 戸惑いながらもリュウヤは赤い色のライブキャスターを受け取り、つけ方がわからないのか、ひっくり返したり、ふったりしている。
「つけてやろうか?」
「あ、ありがと」
 ケンタがリュウヤの右手にライブキャスターを装着する。
 その様子を見ながら、母さんはにこやかに頷き、来た道を引き返そうとする。
「あら」
 その行く手に現れたのだ。
 件の、“いたずらポケモン”が。

「母さん、それ、そいつ“物盗りポケモン”!!」
「……“いたずらポケモン”」
 不機嫌そうな顔をしながらも、トウヤはちゃんとリュウヤの言葉を訂正する。
 そして、先頭に据えていたツタージャが、チョロネコの前に立ちはだかり、彼(彼女?)を睨みつける。
「僕の帽子、返してくれないかな?」
「俺のモンスターボールもだ!!」
 トウヤの後ろでケンタが吼える。
 かなり本気で怒っている2人を前に、チョロネコはたじろぐ。
 そもそもこのチョロネコは生来的にいたずら好きの性格で、本人としてはちょっとしたいたずらのつもりで、人のものを盗んだりしているだけなのだ。本気で怒られるという事がすでに心外だろう。それもきっと、ポケモンと人間の価値観の差、という奴なのだろうが。
 チョロネコは、戸惑いながらも後ずさりをはじめ、持ち前のすばやさで逃げ出そうとする。しかし、
「ツタージャ、つるのムチ!!」
 2番道路を歩きまわった事によって培われたツタージャのすばやさの方が上だったようだ。チョロネコはツタージャのつるに捕まり、身動きが取れなくなる。
 トウヤはチョロネコの傍に近寄る。
 チョロネコは怒られると思ったのか、三角の耳を垂れさせて、怯えたように目を伏せる。
「……」
 これにはさすがに罪悪感を覚えたのか、トウヤは呆れたようにため息をつき、
「……怒らないから、帽子と、あと、ほかの人から盗った物を返してくれないかな?」
 そう言って、そっとチョロネコの頬に触れた。
 チョロネコは驚いた様子でトウヤを見上げ、ツタージャがつるのムチをほどいても、逃げようとはしなかった。
「……」
 その様子を、リュウヤは少し離れたところから見ていた。
 悪い事をしたポケモンを瞬時に許せるトレーナーがこの世に何人いるだろうか。
 そんな事を、リュウヤは考えていた。
 人間の言う“悪い事”。
 それはあくまで人間としての観点なのだ。ポケモン自身は、それを悪い事とは思ってはいない。ただひたすらに無邪気に生きているだけなのだ。
 そのことに気づけている人間が、この世界に一体何人いるだろうか。
「……あそこでポケモンを傷つけないのが、トウヤだよなぁ」
 盗んだものを隠してある場所に案内しようとするチョロネコについていくトウヤを見ながら、ぽつりとリュウヤはつぶやく。
 そのリュウヤの背中を軽く叩いて、母さんが小さく笑った。


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