マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  [No.3383] 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:GPS   投稿日:2014/09/14(Sun) 15:21:23   91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 友人の声が、僕をまどろみの中から引き上げる。

 
「おっすシラサギー」
 はっと我に返った僕は足を止めた。ミストフィールドのようにぼやけていた頭がクリアになって、周りの喧噪が一気に耳に飛び込んでくる。人の話す声やポケモンの鳴き声、風の音、往来の車のクラクション。ぼんやりと突っ立っていた俺を横目で邪魔そうににらみつけながら、トレーナーを乗せたゼブライカが足早に通り過ぎていった。
 僕の通うホドモエ大学は、人の迷惑にならない限りはポケモンを外に出していて良いことになっている。とは言え学生もポケモンも自由なもので、授業外の時は割合無法地帯と言えよう。風を切る音がするので空を見上げてみると、ケンホロウが翼を広げ、大きめの窓へと猛スピードで入っていくのが見えた。乗っているトレーナーは怪我しないのだろうか。
「なにぼーっとしてるんだよ。昨日夜更かしでもしたのか?」
 笑った友人にばん、と肩を叩かれる。よろけそうになりながら苦笑して、「なんでもないよ」と返した。本当に、ただぼんやりしてしまっただけなのだ。

 僕のぼんやりなどそこまで気に留めていないらしい友人は、もはや違う話を始めている。それは彼がアルバイトをしているフレンドリィショップに来た変なトレーナーについてのもので、毎週水曜日の午後七時に必ず現れてスーパーボールを十個買いにくるとりつかいがいるとか、ケーシィを連れてやってくるのにあなぬけのひもを大量購入していくサイキッカーだとか、何度無いと言い張っても「ここにはピッピにんぎょうさんはいないんですかぁ?」と聞きにくるメルヘン少女だとか。カロスの奴のことはよくわからん、と友人はぼやくように言う。
 友人の後ろからついてくるのは、短い足をてとてとと動かして歩くタブンネだ。いつもにこにこ顔で優しげに寄り添っているこのポケモンはまるで友人の彼女のように見えなくもない。去年の秋頃にGTSで交換したんだというヤンチャムがその名の通りやんちゃすぎて困る、と言いつつ二匹とも出している時は尚更で、もはや家族に見えてしまうのだけど、そう言うと怒られるから僕の心の中だけに留めることにしている。友人はどちらかというとキルリアみたいな子の方が好きらしい。
 ヤンチャムに肩車をしてやりながら、友人はまだあれこれと話している。髪の毛を引っ張っているヤンチャムは時折ぶちぶちと抜いているようにしか見てないのだけど、あれはもう許容することにしたのだろうか。その様子を耳の飾りを揺らしながら笑顔で見ているタブンネは、そんなことを考える僕に「気にしないで」という風に首を小さく振った。

 屋根付きベンチの喫煙所で煙草をふかしている生徒たちの足元で、まだ眠いんだと言わんばかりにガマゲロゲがどえんと転がっている。その隣では、器用なことにドリュウズが煙草を爪の間にはさんで一緒になって吸っていた。この前テレビで見たホルードもそんなことをしていたのだけど、ポケモンも煙草をおいしいと思うのだろうか、などと煙草をおいしいと思えない僕は考えてみる。
「あーな、結構いるみたいだよな。きのみとかポフィンだかの味の好みに連動してるらしいけど。とりあえずくさタイプとはがねタイプはやめといた方がいいだろうな」
 僕の視線の先に気づいた友人も言う。まあこいつが吸ってても笑っちゃうけどな、とタブンネの方を見ながら続けたせいで彼は小さな手ではたかれた。見た目に似合わず結構力は強いらしい、「おうっ」と呻いた友人はよろめいて転びかける。タブンネはにこにこしながらその様子を見ていた。
「あっ、あのさ。この前ペリーラと一緒に大きな公園に行ってきたんだけど……」
 友人がタブンネを睨みつけたので急いで話題を変える。僕のポケモンであるペリーラは、暴れることが好きで元気なアーケンだ。すぐにつつく癖があるのがたまに傷だけれども、岩のように固い羽で打たれないだけマシだと思おう。
「へー、なんか行くとか言ってたよな。どんな感じだった?」
「うん、広くて良かったよ。結構のんびり出来る場所もあるし。今度イオンも行きなよ」
「俺は家にいる方がいいしなー、それにしても……」


 ふと、視界がぼやけた気がした。耳の奥が静まり返り、頭がどこかへ持って行かれるような感覚になる。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに周りの音が戻ってきた。学生の喧噪、車のクラクション、風で揺れた木の葉がざわめき。僕と二人で歩いていた友人が、大きくのびをして頭を揺らしながら言う。
「それにしても、飛んでっちゃったり逃げたりしねえの? だってペリーラって確か……」
 喫煙所で煙草をくわえている学生たちの足下を、少しだけ強い風が通り過ぎていく。僕たちの横を女の子たちが追い抜いていった。
「大丈夫、だって……」



「だってなんだよ?」
 喋りながら、またもやぼやけた視界を晴らしてくれたのは友人の声だった。お前またボーッとしてたけど、と訝しむように言った友人と一緒になって、隣のタブンネと頭の上のヤンチャムも僕を覗き込んでくる。ごめんごめん、と謝ってから「だって」ともう一度言った。
「ペリーラは進化しないと飛べないからさ。アーケンってそういう種類らしいよ」
「へー、じゃあ安心だな」
「大体、ひこうタイプだからって早々逃げたりしないって」
「うるせえよ。そういうことも無いとは言い切れないだろ」
 友人が口を尖らせる。先ほど追い抜かれた女の子たちのポケモンなのだろう、つかず離れずの距離でランプラーとコマタナが漂っていた。女の子たちは軽やかに歩きながら、ポケモンたちはふわりふわりと浮かびながら、校舎の中へと消えていく。
 喫煙所のベンチを主人が立つのを合図に、ガマゲロゲが面倒くさげに立ち上がる。彼らものそのそと足を引きずりながら校舎へと入っていった。やる気の無い後ろ姿がそっくりである。

「で、そのペリーラはどうしたんだよ?」
「なんか風邪ひいちゃったみたいで、今日は家にいるんだ」
「ふーん、お大事に。もし長引くようだったら、タブンネに協力してもらうといいぞ」
 友人の言葉に、タブンネもアピールするみたいに僕を見る。彼らにお礼を言いながら、僕たちも校舎に入って教室へ向かった。

 
 ふわあ、と思わず伸びをしながら外に出る。今日は一日がなんだか長く感じられたような気がした、早く帰って休みたい。とは思ったものの、アルバイトがあるためそうはいかない。元来シャキッとした性格では無いところに加えて最近はぼんやりが増えているから、途中で眠気に負けないようにしなくては。
 バトルサークルだろうか、屈強そうなポケモンたちを従えた学生が何人か歩いているのが少し遠くに見える。ポケモンの力をアップさせることでお馴染みのドリンク剤が入ったビニール袋を手に提げた男子生徒にボーマンダがじゃれついている。それでよろけた彼を笑っているのは青く染めた髪をツインテールにしたエリート風の女子で、ガブリアスの首もとを撫でながらくすりと口元を緩ませた。カロスの少年ジムリーダーによって開発されたという、最近イッシュにも導入されたスパトレのサンドバッグをいくつも抱えたガタイのいい学生を手伝って、連れのバンギラスも彼に負けず劣らずの数を逞しい腕で支えている。そんな様子を一歩後ろから落ち着いて眺めている眼鏡の生徒は見た感じ彼らのリーダーっぽいけれど、風格に反して連れているのは可愛らしい、小さなパチリスだった。主の手に抱かれて、もぐもぐとポフレをかじっている。
 何故パチリスなのだろう、と気になったけれども彼らは大学内のスタジアムへと姿を消してしまった。まあ、バトルビギナーズの僕にはわからない理由があるのだろう。ポケモンの力は未知数だというし。

「ねー、今日カレー食べに行かない?」
「カレーかー。私はいいけどさ、ナナの奴が辛いの嫌いなんだよね。甘党だから」
「へ? あんたのナナって確かワルビアルだよね? あの面で辛いのダメ甘いもの好きってどんなよ。ま、それも大丈夫よ。カレーハウスクイタランは辛さ調節もしてくれるから」
「いいじゃない。ギャップ萌えよ、ヤーコンさんと一緒。つーかその名前、カレーにアイアント入ってそうでヤなんだけど」
 僕の隣を歩いている女の子の片方に内心で同意する。うん、クイタランカレーはちょっと遠慮したい。しかしカントーにもピジョンのイラストが目印のハンバーグ屋さんがあったけれど、あれもそう考えるとキャタピー、ということか。この話はやめよう。
 日が暮れるにはまだ早く、太陽が光る西の空は綺麗な青をしていた。夏も盛りに向かっているのだろう、去年は行けなかったから今年の夏休みにはライモン遊園地に行きたい。春に一度行ったけれど、ネットの情報だとあの遊園地のシーズンは夏らしいし。

 なんてことを考えながらのんびり道を進む。早めの足音の響きに振り向くと、トレーニングウェアに身を包んだ男性がルチャブルと共にランニングの最中だった。それぞれに逞しい脚を動かして僕を追い抜いていく。
 ルチャブルはかくとうタイプ複合とは言え翼の方がメインだと勝手に思っていたけれど、鍛えるとあんなに逞しくなるものなのか。ほう、と感心して溜息をついてしまう。僕のペリーラは飛べないわけだし、今のルチャブルのように脚の鍛錬をしてみようか、と考えたところでやめる。無理無理、主に僕の方が無理だ。ランニングなんて想像するだけで疲れてしまう。
 大学生になったからバトルをしてみたいなあ、と思ってペリーラをブリーダーからもらったのだけど、彼がバトルに出せるポケモンになるのはいつの日だろうか。一緒にいて楽しいから十分だけど、バトルで味わえるという一体感を僕も早く体験したいものだ。



 そこまで考えたところで、またアレがきた。視界が霞み、一瞬の目眩に襲われる。瞼と瞼が、誰かがそう道の反対側から何かが向かってくるのが見えたけれど、避けることが出来ず足がふらついた。

「ちょっと、気をつけて!」
 僕の頭がはっきりした時には、既に自転車の方が避けてくれていた。怒ったような声を残して自転車が曲がり角へ消えていく。危ないところだった、白昼夢を見ていて自転車にはねられて怪我をするだなんて情けなさすぎて笑えない。すみません、と謝ろうとするも遅いことなど火を見るよりも明らかだった。
 しっかりしなくちゃ、と心中で自分に喝を入れながら路地を曲がる。住宅街に入ったせいで人通りが一気にすくなくなり、今まであった話し声も耳に届かない。それと取って代わるみたいにして、姿こそ見えないが木々の間にいる鳥のさえずりが聞こえてきた。
 白塗りの家の庭から、プラムの木の枝が飛び出している。綺麗に色づいた実がおいしそうで、ごくりと思わず喉が鳴った。今日のバイト帰りに寄れたらだけど、是非ともプラムを買って帰ろう。
「そこの人! 通るよ!」
 一人決意していると、後ろから声をかけられた。叫ぶようなそれにまた自転車だろうか、と振り返った。



「あーもう! 気をつけて!」
 振り返っただけなのに、それが命取りだったらしい。僕に向かって突っ込んできたビブラーバとそのトレーナーに、条件反射で「ごめんなさい!」と謝ったけれども、よく考えたらこの道はポケモンに乗るのは禁止のはずである。いくら人通りが少ないからって、いう何時僕みたいな鈍い人がいるかわからないじゃないか。
 などと情けない自己正当化をする僕を馬鹿にするような目で、木の枝にとまったマメパトたちが見下ろしていた。黄色っぽい目がいくつもこちらを向いていて、なんだかとても恥ずかしくなったので急いで立ち去る。くるっくー、なんて声が追いかけてきて頬が熱くなった。
 世界中で大ヒットした雪を操る女王様の映画、主役姉妹であるグレイシアとリーフィアがプリントされた鞄を揺らして女の子がすれ違っていく。じゅくがえりならぬじゅくいきとでも言うべきなのだろうか、ワークブックやノートがのぞく鞄の絵、マスコットキャラ的存在のバニプッチと目が合ってしまった。
 アルバイト先の家を見つけて足取りも軽くなる。赤茶色の屋根の家、目印は門に飾られたダゲキとナゲキの等身大な石像。来る度に思うのだけど、見つけやすくて助かっている。どうしてこのチョイスなのかはわからないけれど。


「あー、シラサギ先生あとちょっと待って。課題がもう少しで終わるから」
 僕のアルバイトは、ホドモエ在住の中学生の家庭教師である。何人か受け持っているのだけれども、今日の担当生徒は旅から去年の春に戻ってきたという14歳だ。旅をしていた間に学校に通えなかった分、今取り戻したいということらしい。 
「またー? まあ、開始時刻まで十分あるからいいけど。急いでやっちゃいな」
「はーい」
 間延びした声で返される。驚くほど白い肌にかかった、綺麗にウェーブしている茶色の髪。華奢な手足に緑の目と、陳腐な言い方だけどもお人形さんのようだ。見た目で判断して申し訳ないけど、この子が三年以上も旅を続けていたと思うとちょっと信じられない。それでも聞くところによるとジムバッジ四つまでいったらしいから、結構な強者ということだろう。
 専業トレーナーは諦めたけれど、ポケモンと関わる仕事につきたいから将来はホドモエ大の携帯獣学部にいきたいらしい。
「今日オニキスくんは?」
「さっきトレーニングするってお庭に出ちゃったよ。先生と入れ違いだったんじゃない?」
「そっか。元気だなあ……」
 彼女のパートナーでもあるエンブオーの行き先を尋ねたりしている間にも時は過ぎ、授業開始時刻となる。
「よしっ、ギリギリ終わった」
「じゃあ丸つけからしようか」
 ノートに書かれた数式と答えを照らし合わせながら確認していく。グラフをまっすぐに通る直線の位置が少しずれていたため赤いペンでバツをつけながら、簡単に解説を始めると生徒は口を尖らせて言った。
「もう、こんなの何に使うのよ。一次関数なんて、日常生活じゃ使わないって」
「それは……」
 使うよ。例えばポケモンを育てる時、元ある個体値に加えてあとどのくらい、どうやって鍛えれば能力値がいっぱいになるかとか。ホウエンやシンオウならばコンテストに必要なかっこよさやうつくしさ、あとどのお菓子をいくつあげれば高くなるのかとか。かの有名なカロスの「いしや」の商品を買うために貯金すると何ヶ月かかるのかとか。
 一次関数の使い道なんて、山ほどあるんだよ。と、僕は言おうとしたんだ。だけど開いた口は使いものにならなかった。



 首から上がふらりと傾く感覚がする。生徒の部屋は全体的にピンクで統一されているのだけれど、ピンク色では無い部分までもがなんだかピンクに見えたような気がした。白かったはずの壁紙、茶色のはずだった床。それまでもがピンクに思えて、だけどもちゃんと確認するよりも前に、僕は急激に重くなった瞼を閉じてしまった。

「……先生?」
 不思議そうな生徒の声にハッとする。いけない、またこれだ。僕は慌てて、何を言おうとしたのか思い出す。そうだ一次関数だ。
「ごめんごめん、えっとね……たくさんあるよ。例えばさ、君が将来車を買うとするじゃん。でも高いから、お金を貯めて買うとして……初めにあるお金にプラスして、どのくらいの期間貯めればいいのかな? っていうのを求める時とかさ」
「ふーん」
 三つ編みにした髪を揺らして、わかっているんだかわかっていないんだか不安になる声で生徒が答える。大丈夫かな、と思ったちょうどその時部屋の扉が開いて、彼女のお母さんが入ってきた。
 お茶でもどうぞ、との言葉に恐縮しながらコップを受け取る。早くもお菓子の入った小皿に手を伸ばしている生徒が「あっ、ダニー」と嬉しそうに声をあげた。ダニー、この家で飼われている長毛種の大型犬がお母さんにくっついてのそのそと入り込んできたようである。
「ああ、こら。二階には来ちゃいけないって言ってるじゃない。すみません先生、よろしくお願いしますね。ほら、ちゃんと勉強するのよ」
「はあーい」
「お気遣いありがとうございます」
 お母さんに促されて、大きなモップみたいな犬が部屋から押し出されていく。濡れたように黒い目が、名残惜しそうにこちらを見ていた。何がそんなに気になるのか、と疑問に思った僕の気持ちを察したように生徒が言う。
「あのね、これ。お父さんがこの前フランスにお仕事しに行った時のお土産なんだけどね」
 小皿に盛られたガレットを一つ、生徒が自分でもかじりながら僕に手渡してくる。香ばしい砂糖の匂いが鼻をくすぐった。
 その、甘い匂いをかいだ時だった。僕はガレットのせいだけじゃない、別の甘さを感じたように思った。生徒が続ける言葉が、とても遠くから言っているようだ。
「ダニーがね、このお菓子すごく気に入っちゃって、私たちが食べてるとすぐに見つけてやってくるの、…………」



「……そうなんだ。ダニーくんは甘いもの好きなの?」
「みたいだけど……先生、またボーッとしてたでしょ。どしたの? あ、もしかして好きな人出来たの!? どんな人? おとなのおねえさんタイプ? おじょうさまタイプ? まさかのバッドガール系!?」
「違うって……悪かったよ」
 ふっと夢から引き戻されるような感覚、矢継ぎ早な質問。このくらいの年頃の子はすぐに話をそっちに持っていきたがるらしい。苦笑しながら首を振ると、なんだつまらないの、と拗ねたように言われた。そんな顔されても困るなあと思いながら甘いお菓子を一口頬張る。ミアレのものはなんでこう、独特の高級感があるのだろうか。
 長い毛にガレットの欠片をくっつけながら食べているムーランドを想像しつつ、僕は参考書に目を落とす。今日は出来れば面積へ応用するところまではいきたいものだ。食べ終わったら駆け足になりそうである。
「お父さんったらさ、『メゾン・ド・ポルテ』のお洋服がいいって頼んだのに、ハクダンの帽子しか買ってきてくれなかったんだよ。ほら見て、アレ。あのキャスケット」
「いいじゃん、かわいいと思うけど」
「そうじゃないの! 私は、ベージュのトレンチワンピースが欲しかったの!」
 壁にかけた白い帽子を指さし、生徒が頬を膨らませている。途中から何を言っているのかところどころわからない、今に始まったことではないけれども女の子のファッションはとても難しい。僕は彼女のお父さんに心から同情した。
 なんて話をしたり真面目に勉強したり、途中でトレーニングから戻ってきたオニキスが隣でゴロゴロしだしたのを生徒が羨ましそうに見たり、結局ダニーがお母さんの目をかいくぐってやってきて余っていたガレットを食べたりしているうちに時間は過ぎた。僕は次回までの課題を出し、親子とポケモン二匹に挨拶して家を出る。紫色に染まった空の片隅だけがオレンジで、ハトーボーが二、三匹、住処へ向かって飛んでいくのが見えた。


 僕の借りているアパートはライモンシティにある。赤羽橋を渡り、暗くなってきた道をてくてくと歩いていると中心街に出た。ここの、ジムのあたりを曲がって住宅地に進んで奥に入ったところにあるのだけれど、ふとバトルサブウェイの看板が目にとまる。
 早く帰るつもりだったけれど、ちょっと寄り道してみようか。最近どうもモヤモヤするし、バトルでスカッとするのもいいかもしれない。いらっしゃいませー、お安くしますよー、とマラカッチと共に声をかけてくる居酒屋のキャッチに会釈で返しつつ大きな入り口をくぐる。後ろでマラカッチのはなびらが舞った。
 平日の夜だけど、バトルサブウェイはいつでも盛況だ。青髪のジャッジも忙しそうに、自分のところに並ぶ行列をさばいている。なんだ、あの小さなメラルバを山ほど抱えた男の子は。メラルバの赤い角を一本一本調べているジャッジの彼もうんざり顔だ。
 僕の唯一のポケモンであるペリーラは自宅にいるしまだバトルには不向きなため、いつものようにポケモンのレンタルサービスに頼る。駅構内のブリーダーに声をかけてボールを三つ受け取った。
「期限は本日の二十三時までとなります。かわいがってあげてくださいね」
 ボールの中に入っていたのはランプラーとホエルコ、そしてヤナッキーだった。ポケモンの選択が基本的には不可能なこのサービスにしては、バランスがとれているパーティと言える。
 きっちり研究して育てられたポケモンには勿論及ばないが、レンタルサービスのポケモンたちはどんな人にも懐きやすい。だからバッジを持たない僕みたいなトレーナーの指示にも応えてくれるというわけである。今日きてくれた三匹も、ボールから出して「よろしくね」と言うとそれぞれやる気いっぱいに返事をしてくれた。ヤナッキーがびしっとグーサインを決める。
 シングルトレインの乗車切符を買い、階段を昇って改札へ向かう。ダブルトレインへと続く階段を、シュバルゴとアギルダーを引き連れた女性が軽やかに昇っていった。むしポケモン使いだろうか、頭にモルフォンを乗せている。彼女の後ろ姿を見送り、自分も改札を抜けた。
 ホームへ行ける人数は決まっているので順番待ちをする。前に並ぶ、ベテラントレーナーらしき風格の男性は隣にルカリオを並べていた。渋い色へと変わった鋼の腕がいかにも強そうだ、出来ればこの人とは当たりたくないなああ、なんて考えている間にも自分の番となる。ホームに滑り込んできた電車にドキドキしながら足を踏み入れると、プシュー、と音をたててドアが閉まった。
「ワックワクでどっきどきなポケモン勝負にしようね!」
 先に社内にいたらしい、ミニスカートの女の子がセミロングの髪とスカートの裾をひらりと揺らして笑ってくる。彼女が繰り出したのはオタマロ、こっちの先鋒はランプラー。まずい。どう考えても不利である。
「アクアリングよ!」
 女の子が先手必勝とばかりに叫んだ。オタマロの笑顔を綺麗な水の輪が囲う。きらきらと輝くリングはオタマロを守るように包んだ。
 それでもまだ出されたのが回復技で助かった、アクアリングの効果が厄介になる前に倒してしまえれば関係無い。ほのお技じゃダメだろうけど、他のタイプの技なら十分望みはある。
「たたりめ!」
 僕の叫びに応じたランプラーの体がぶわっと光る。妖しい紫色の輝きはランプラーを中心に広がって、まるで大きな目玉のようだった。震え上がったオタマロが弾き跳ばされ、床に叩きつけられて悲鳴をあげる。
「よくやった! よし、もう一度たたり……」
「ひるむな! ハイドロポンプ!!」
 意気揚々と指示を出そうとした僕の声に、ミニスカートの鋭い声が重なる。圧倒的に勢いで負けていて、ランプラーは明らかに動揺した。ランプの傘が困った顔で僕の方を振り向いたのは一瞬のことだったけれども、その一瞬が命取りだった。
 轟音と共に、オタマロの口から吐き出された水が押し寄せてくる。かなりの早さをもったそれはまさに怒濤のようで、僕は思わず目を瞑ってしまった。



 目を閉じたその時である。強烈な目眩が僕を襲い、目が開けられなくなった。くらりとする頭の中に、少しの間全身からの感覚が無くなる。瞼の裏側は乳白色のはずなのに、どこか桃色に色づいているようだ。

 電車の揺れを感じられたのは、それからどのくらい経ってからのことだろうか。規則正しく揺れながら地下を走る電車の中、僕はようやく収まってきた目眩に目を開ける。窓の外には当然ながら何も見えず、ただ真っ暗な地下通路と白い電気が続くだけだ。
 それにしても、えらく濡れてしまった。まさか雨に見舞われるとは思っていなかったのだけど、流石に全身びしょ濡れともなると人の迷惑にしかならないだろう。隣に立ち、携帯を見ているサラリーマンが僕から微妙に距離をとる。
 ふと僕は、自分の心臓がやけに高まっていたことに気がついた。目眩と動悸なんてヤバいじゃないか、と不安になったのだけども、それと同時に疑問も沸いた。そうだ。これは動悸なんかじゃない。

 僕は、何か胸の高鳴るようなことをしていたはずなのだ。

 だけどもそれが何だかは思い出せなかった。しかもそんなはずなど無かったのだ。僕はもう十分ほど地下鉄に乗っているだけであり、席が開かないかなあなどと思いながら突っ立っていただけなのだから。今はもう完全に見慣れた文字となった、英字新聞を席に座って読んでいるおじさんを眺めて思う。
 A列車、中学の頃に吹奏楽部で「A列車で行こう」を演奏した時には、まさか自分がこんな頻繁にもそれに乗ることになるとは想像すらしていなかった。なんて感慨に浸っていると、おじさんが新聞を畳み始めた。お、と期待する。
 駅が近くなってきた社内アナウンスがかかる。期待通りおじさんが席を立った。そんなに長く乗るわけでは無いけれども、せっかくなので座っておく。ほどよい柔らかさの地下鉄の席が僕は好きなのだ。
 タッチ画面を素早く操作しているスーツ姿の女性の隣に腰を下ろすと、途端に眠気が襲ってきた。駄目だ、今寝たら乗り過ごすぞ、という気持ちと、ちょっとだから大丈夫、という気持ちが戦闘開始してあっという間に後者が勝利を決めた。なんだか甘い匂いがする、誰かがベーカリーの袋でも持っているのだろうか、と思ったけれども、その疑問の答えを確認する暇も無いほど早くに僕は意識を手放した。がたんごとん、と電車が揺れる音を最後に聞いて。



「…………お客様、起きてくださいまし」
「…………風邪、ひいちゃうよ?」
 次に耳にしたのは、電車の音では無くて二人の男の声だった。もう停車しているらしい、リズムを刻む揺れの音は聞こえなかった。徐々に覚醒していく頭が僕に目を開かせる。
「うわっ!!」
 思わず声をあげてしまったのも無理は無いだろう。何故なら僕をじっと覗き込んでいたのは、かのサブウェイマスターだったのだ。それも二人揃って。黒と白、それぞれのコートが僕の目の前に立っている。
「あ、いえ、その、……すみません、」
「随分とぐっすりお休みでしたので、起こすかどうか少し躊躇ったのですけれども。クダリが起こした方がいいと申しましたので、失礼させていただきました」
「いえ!! こちらこそすいませんでした、お恥ずかしいところを……」
 熱くなっていく頬に合わせて、どんどん意識がはっきりしていく。そうだ。僕は結局あの後ランプラーだけじゃなくてホエルコも負けさせちゃって、なんとかヤナッキーでオタマロは倒せたけれどもその後のクルミルに負けて……。
 それで、あまりの情けなさに席で不貞寝してたわけだ。そして起きることなく終点まで行ってしまったということか。情けないにも程があるだろう。うなだれる僕を、白い方のサブウェイマスターが手を引いて立たせてくれた。
「こういうとこで、一人で寝てるの危ない。ゴーストポケモンとか、そういう子たち、いたずらするからね」
 にっこりと弧を描く口元でそんなことを言われると、なんだか無性に怖い気がした。深く突っ込みたくない話題のように思えたので話を変えてみる。
「それにしても、何故サブウェイマスターさん直々に……?」
 僕が乗った電車には、このお二人は乗っていないはずである。終点に着いて車両点検をするのであれば、その電車にいた駅員さんがするのが普通なのではないだろうか。首を捻った僕に、黒い方の車掌さんが「ああ、それは」と答えてくれた。
「別のお客様にサイキッカーの方がいらしたのですけれども、その方が『不思議なポケモンの気配がする』と連絡をくださりまして」
「気配……?」
「うん。その人と、その人の連れてたゴチルゼル。なんか、変な感じがしたって」
 私のシャンデラもなんだか落ち着かなかったようですし、と付け加えられる。それは僕がいるこの車両に、ということだろうか。僕はなにも感じなかったけれども、ゴーストポケモンを見つけるのすら苦手な僕が口を挟んでも仕方のない話題である。
 しかし、と黒い方のサブウェイマスターは肩をすくめた。
「しかし来てみれば、不思議なポケモンなどいませんでした。まあ電車という場所柄、そういう話は切っても切り離せないものでございますし、ごく稀に『本物』もおりますので油断は出来ません。お客様もお気をつけてくださいまし」
 さらりと聞き逃せないようなことを言われた気がするけれども、やはり深追いしたくない話題なので黙って頷くだけにしておく。それにしても随分遅くなってしまった、ここが終点ということは、さらに帰る時間もその分かかるわけだけれども家に着くのは何時頃になるだろうか。
 またペリーラに怒られちゃうだろうなあ、と思いながら鞄を持ち直す。借りたボールが三つきちんと揃っているのを確かめている僕に、白い方が「あれ?」と声をかけた。
「キミ、びしょびしょ。どうしたの?」
「ああ、これは……」
 
 雨で。
 
 と言いかけて、やめた。雨なんて降っていない。それにこれは先ほどのバトルで、オタマロのハイドロポンプをランプラー共々頭から被るハメになったからだ。
 じゃあ、どうして、僕は雨だなんて言おうとしたんだ?
「お客様……?」 
 黒い方が首を捻る。その様子に我に返った僕は、急いで取り繕うようにちゃんとした理由を言ってそそくさと二人から離れる。もう一度謝って立ち去る僕を、サブウェイマスターたちは不思議そうに見ていた。


 一体、どうしてしまったのだろうか。本当にダメである。やはり早く帰って休むべきだったのだ、そういえば慌てて帰ったせいで買おうと思ったラムのみのこともすっかり忘れてしまった。色々と上手くいかない。
 はああ、と溜息をつきながらマンションの階段を上る。住民ようのゴミステーションから見上げているヤブクロンに小さく手を振ると、体にちょこんとくっついている両手を振り返してジャンプしてくれた。その様子に少し心を和まされる。ちょっとだけ元気になって部屋の鍵をポケットから取り出して、ドンカラスのキーチェーンのついたそれをガチャリと回した。
「ただいま、遅くなってごめん」
 そう言って部屋に入るなり、ペリーラがどたどたと走ってきてお出迎えしてくれる。お出迎えというとなんだかとってもいい感じだけど、実際のところはそんな生やさしいものではない。助走をつけたいわタイプ複合が一気にこちらに突進してくるわけで、僕はたまらずよろめいてしまう。
「ちょっと、危ないって……」
 痛さに呻く僕の声にもお構いなしで、ペリーラはがんがんと突進を繰り返している。朝は具合が悪そうだったのに、もうすっかり良くなったみたいだ。もうちょっと落ち着いてくれれば良いのだけれども。ブリーダーに勧められた何匹かのうち一番元気のある子を選んだのは幸か不幸か。
 ペリーラの頭を撫でて部屋に向かう。床に転がったトランクを見て、僕は思わず「うっ」と息を詰まらせた。度重なるトラブルで失念していたけれどもそうだ、カントーの実家に帰るのがあと三日に迫っているのだった。にも関わらず、準備はちっとも終わっていない。期末試験だのなんだので後回しにしていたけれど、そろそろ手をつけないと本気でやばいだろう。
 まあ、最悪着替えなどは実家にもあるし……と駄目な思考を展開させながら視線をトランクからずらす。クリスマス休暇に連れていった際、実家のニャースと驚くほど相性の悪かったペリーラの預け先も決めているしなんとかなるだろう。僕の後をひょこひょこと追ってきたペリーラに「だよね」と同意を求めてみると、赤い嘴を大きく開けて、ぎゃあ、と一鳴きした。
『愛してたわ……でも、さようなら』
『そんな……いかないでくれ、お願いだ!』
 夕飯の支度をしながら横目で観ようと思ったテレビに恋愛映画が映っていた。切なげな笑みを浮かべた女性が、スカーフをはためかせながらスワンナに乗って男の元から去っていく。追いかけようとするも、男には飛べるポケモンがいなくて叶わない……なんて陳腐な物語なんだ。
 なんだか脱力してしまって、僕はテレビから目を離す。最近のポケウッド映画は変なのが増えたなあ、くだらないものを見ていないで自分とペリーラの夕食をさっさと作ってしまわなければ。と、動かした視線の先で小さな黄色が蠢いているのを見つけた。
「うわあ」
 テレビのコードも繋がっているコンセントに、バチュルが一匹くっついていた。電気をご飯にしているこのポケモンは、こうしてコンセント付近で時々お目にかかれる。ちみっこくて可愛いのだけれども、電気代の増加に寛大になれるほど懐がフエンタウンじゃない僕としては見逃すことは出来ない。申し訳ないけれど、退散してもらうことにする。
「ごめんね、一人暮らしの学生のところじゃなくてもっと電気に余裕のあるところに言ってね」
 何事かと近づいてきたペリーラから隠すようにしてバチュルを手で囲む。この堅い嘴でつっつかれたらバチュルはひとたまりも無いだろう。なんとか見せないように外に出さなくては。
 急に肌色の壁に覆われ、右往左往しているバチュルをそっと持ち上げる。微かな電流がぴりり、と僕の掌に走った。

 
 ふっ、と頭が暗転する。テレビの音が耳から消えた。くらりと体がよろめいて、指先が痙攣したのを感じた。深い穴に落ちていくような、それでいて空へと昇っていくような。がくん、としたあの感覚が全身に伝わる。白いコンセントが、グレーのテレビが、真っ赤なペリーラが。すべての色に、ピンク色のフィルターがかかったように見えた。

 一度大きく揺れた僕は、壁に頭をぶつけた衝撃で目を覚ました。またこれか、いい加減にして欲しい。そろそろ自分でも笑えない領域にきているような気がする。去った女性を走って追いかける男性俳優のモノローグを聞きながら、僕は自分に絶望した。
 実家に帰ったら近くの病院に行くべきだろうか。しかし行ったとして何と言えば良いのだろう。夢遊病? 白昼夢? それとも睡眠障害? どれも微妙に違う、仮に行ったところで「ちゃんと寝てくださいね」と言われて睡眠薬をもらうくらいが関の山だ。
 捕まえた蜘蛛を逃がさないように手を閉じる。いつの間にかテレビに上っていたペリーラが目ざとく僕の手の中をじっと見つめているが、素知らぬ風に遠ざけた。蜘蛛を助けると死後助けてくれるという説を僕は信じているのだ、たとえここはアメリカだからアジアの話は通用しないとしても。
「達者でねー」
 ベランダから放した蜘蛛に呼びかけて、僕は扉を閉める。今度こそ夕飯の準備だ、このままでは寝るのが何時になることか。今日で試験は終わって僕は実質休暇になるわけだけれども、図書館で借りた本を返すために学校に行かなくてはいけないのだ。帰国準備もあるし。
 鮮やかな赤をした、ペリーラの首もとを撫でてキッチンに向かう。気持ちよさそうに鳴いたペリーラは最近テレビの上がお気に入りだ。床暖房のようで温かいのだろう。割に強い足腰のしで画面と側面が傷だらけになるのには、もう目を瞑ることにした。
 そういえば、と冷蔵庫から買い置きの野菜を取り出しながら思う。先ほどのコンセントに刺しっぱなしにしてあるけれども、3DSの充電器が二週間ほど前に壊れてしまったのだった。この頃忙しかったからどっちみち遊べなかったからすっかり忘れていた。
 わざわざこっちで探したり、Amazonに頼むのも面倒だから実家の方で買うことにしよう。母親のポイントカードも溜まるだろうし、何よりこっちでそんなことをしている暇など残されていないのだ。飛行機の中でやろうと思っていたから、それが出来ないのは少し残念だけれど。

 …………あれ?
 僕は、『何の』ゲームをやろうとしていた?

 不意に、疑問が心を突いた。小さな針のようにちくりと、しかし深くまでその問いは僕の中に入ってくる。
 なんだっけ。
 どうしても思い出せない。
 頭の中がぐるぐるして、僕の意識が遠くなる。手に持っていたブロッコリーから、何故だか甘い匂いが漂った。テレビの画面では、明らかに追いつけないスピードだろうに、不思議と追いついた男性が女性に愛を語っている。ペリーラがばさばさとこちらに飛んでくる。
 でも駄目だ。僕はそれ以上を認識することが出来ず、何か圧倒的な存在に引っ張られるようにして闇の中へ滑り込んでいった。


「…………!? ちょっ、痛っ、!?」
 目が醒める感覚で一気に引き戻された意識で感じたのは、ペリーラの強い嘴が僕をつついた衝撃だった。レベルが低いむしタイプなら一発でやられてしまうであろうそれが僕を襲う。眠気だなんだと言ってられないほどの痛みに、僕は本気で声をあげてしまった。
「痛いって、やめて! ペリーラ!!」
 野菜室からとっさに取り出したベリブでどうにかこうにかペリーラを宥める。彼の大好物だけど、結構なお値段なためストックが少ないから大事にしないとと思っていた矢先にこれだ。どんどん小さくなっていく紫の果実を見ながら僕は嘆息する。
 しかしまあ、とうとうペリーラにまで怒られてしまうとは。一体どうしたものか、僕は夕飯の支度を再開しながら肩を落とす。これは本気で病院にかかることを考えるべきなのだろうか。しかし誰が信じるだろうか、ふとした瞬間に見る夢と現実が一体化しそうだなんて。
『もう君を離さない……』
『アルフレッド……』
 そして、映画では男がダンバル二匹を足場にして空に浮きながらチルタリスに乗った女を抱きしめていて力が抜ける。女の方もうっとりしているけれど、ダンバルを踏みつけて空中浮遊の彼は正直なところ完全に愉快でしかない。感動の抱擁を交わす男女のアップを映す画面の隅っこで、赤い目がきょろきょろと動いているのがおいうちをかけてくる。
 呆れと疲れが一気に襲ってきて、僕ははあ、と今日何度目かの溜息をついた。やっぱり明日は一日家で休んでいよう。本はまあ、明後日にでも返すことにしよう。
 僕の気も知らず、口元を紫色の汁で汚したペリーラが目を丸くしてこちらを見上げる。なんでもないよ、と笑って、僕はポケモンフーズの袋のジップロックを開けた。


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