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  [No.4028] 竜と短槍.5 投稿者:まーむる   投稿日:2017/08/19(Sat) 21:56:20   75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 強い殺気を感じる。強くて、そして静かな殺気だった。
 私に対して向けられたそれは、狩人としては失格だった。後ろを軽く振り返る。骨鳥……バルジーナの上に立ち、大きな弓を構えた人間。
 狩人と言うよりは、趣味人だった。
 集中が分かる。狙いが分かる。いつ、どのタイミングで矢を放ってくるであろう事が分かる。
 放たれたタイミングで宙返りをすれば、矢は私の下を飛んでいった。
 泣き叫ぶ子豚の首に爪を突き刺し、黙らせた。血が私の手に滴る。
 私は死なない程度の炎を吐いて、人間を追っ払った。

*****

 やや焼け焦げた姿で、弓も失って、追っていった男が帰って来た。
 バルジーナから降りて、互いに手当てをしながら、「俺には無理だ」と最初に呟いた。
「相手にもされなかった。……矢を避けられたんだ。俺の殺気を感じられているような、頭の中さえも読まれているような……。
 それから殺すつもりも無い炎を吐かれて、それで俺も相棒もぼろぼろだ。……悔しいが、俺達じゃ敵いそうにない」
 後は黙ってしまった。
 ……。どうするべきか、俺はすぐに決められなかった。
 男は弓の名手だった。バルジーナの背からでも、安定した姿勢で狙った獲物は外さない。祭りでは数多の風船をバルジーナの曲芸飛行の最中に次々と撃ち壊していた。
 鳥を撃ち落とす事も良くやっていた。人と獣、そのコンビの強さとしては、この村の方でもかなり強い方だった。
 そして、一番強いコンビも特別強い訳ではない。村外から専門職を雇うのも、あのリザードン相手となると、かなりの金を支払わないと敵う者はやって来ないだろう。
 夜になり、人が去っていく。空っぽの農場。小屋の中から落ち着きの無いざわめきが感じられる。
 考えても、その金を支払わなければいけないのだろうとしか、良い案が見当たらなかった。

 次の日、見張りは居なくなった。
 ドサイドンを連れた初老の男性も。
「矢を避けられるのでは、岩石砲も当たらんよ。それに、刀を持った私が近付く事も許さないだろう」
 そう、言われた。
 ポカブの怯えは伝染していた。見張りが居ない事にリザードンが気づいたらどうするだろう。
 調子に乗る、とは余り考えられなかったが、それも無くは無いとも思った。
 気休め程度に自分とエレザードで見張りをするが、来られても成す術は無い。
「なあ、エレザード。
 お前、強くなりたいか?」
 何となく、聞いてみた。エレザードは、頷きも、否定もしなかった。
「俺もだ」
 あんな戦士のようにまで強くなろうとは、俺もエレザードも思わない。思ったとしても、なれるとも限らない。
 あの夜に見たリザードンの姿は、強く印象に残っていた。
 肉体と、そしてサザンドラの骨を見ていたその、複雑な決意の目。
 その話に聞いた中のサザンドラが本当に親だったとしたら、その目には納得が行った。
 "俺は、お前のような馬鹿にはならない。賢く奪ってやる。"
 俺のその想像する決意は、きっと合っている。そう思える。
 はぁ、と息を吐く。
 本当に、もっと良い決意は無かったのか。
 正直、殺したくない気持ちもある。賢くて、強くて、悪い奴では無いという事はあの夜の内に分かっている。
 けれども、敵対するというのならば、こちらも黙っている訳にはいかない。
 早いうちに専門職を呼ばなければいけない、か。今日中に手紙を出そう。
 内心嫌だなあ、と思いながらその決意を固め、手紙を書いて、出す。
 けれど、リザードンは来なかった。
 次の日も、その次の日も。

 四日後。
 腕の良いドラゴン使いが来るという手紙が来た日。
 ダイケンキとも一緒に一応見張りをしている最中。リザードンが来た。
 着地し、リザードンは、その老いたダイケンキを見て、止まった。
 ダイケンキが脚刀を一本だけ抜き出し、立ち上がった。
「……戦える力、お前もう無いだろ」
 そう諌めたが、ダイケンキはリザードンを見据えたまま、しっかりと立っていた。
 張り詰めた緊張が漂っていた。エレザードが臨戦態勢に入るのを抑えて、やや距離を取った。リザードンとダイケンキの間には俺達を除いた何かがあった。
 そして、このダイケンキは、現役時代、この村でも最も強い方だった。
 力が残っているのかどうかは分からない。それでも戦うとするならば、その脚刀の間合いには入ってはいけない。
 下手すれば、胴体がちょん切れる。
 ただ、リザードンから、敵意は感じられなかった。警戒はしているが、敵意は無い。
 サザンドラの骨を見ていた時と同じように思えた。ただ、その目に決意めいた何かは無かった。
 ダイケンキが後ろ脚で立ったまま、ゆっくりと距離を詰めていった。
 リザードンは警戒を強めたが、戦おうとする気は相変わらず見えない。
 ……まさか、リザードンは、あのサザンドラを最終的に殺したのがこのダイケンキだと知っているのだろうか。
 ダイケンキは、ある程度まで距離を詰めたところで、脚刀を地面に突き刺して立ち止った。
 そして、止まってしまった。

*****

 ――お前は、何だ?
 そう、聞くとリザードンは、少し考えてから言った。
 ――……あのサザンドラの、子供だ。
 私が想像している事、相棒の父親が言っていた事と、同じだった。
 ――やっぱり、そうだったか。
 ――分かって、いたのか。
 ――言ったら、怒るか? どこか、似ていたと。
 認めたくないような、苦い顔をした。
 ――……不快だ。
 ――……それで、その様子だと私があのサザンドラの首を落とした事も知っているんだろう?
 ――ダイケンキが首を落とした、とまでは知っていた。どのダイケンキが、までは知らなかった。……あんたがあいつを殺したのか。
 ――私だけで殺した訳ではないがね。……どうだ、このもう戦えもしない実物を見て。
 歯も抜け、人間の手助けが無ければもう、物も碌に食えないこの体だ。
 ――……いや、若かった頃は、私よりも強かったと分かる。老いても、貴方の目は、まだ死んでいない。肉体も、その強さの痕跡が残っている。
 ――あんたはまだ若いだろう。まだまだ強くなるさ。若い時の私よりも、あのサザンドラよりも。
 ――……そうだな。
 そうでなきゃ困る、とリザードンは小さく付け足した。
 リザードンの警戒が薄れていた。多分、父親であるあのサザンドラを殺した私と話したかったのだろう。
 後ろを見ると、相棒の息子とそのパートナーであるエレザードは、緊張しながらも手出ししようとは思っていないようだった。
 ――それで。何故、ここのポカブを襲う?
 ――……それを聞くなら、私からも聞かせてくれ。
 ――いいだろう。だが、あんたが先だ。ポカブを襲う理由を、私が聞いてからだ。
 ――…………分かった。……でも、貴方にも何となく想像付いているんじゃないか?
 ――あんたの口から聞きたいんだ。
 ――……。あのクソの痕跡が、どこに行ってもあるんだ。季節が十回、二十回以上も巡った今になっても。……私は、あのクソに犯されて正気を喪ったリザードから生まれたんだ。リザードンじゃなくて、リザードだ。体格の差なんて、酷いもんだ。……生まれて最初に目にした光景は、母が、先に生まれた兄を、泣きながら殺している姿だったよ。…………私は、あのクソの全てを否定したいんだ。あのクソから生まれてしまった、あのクソが母親を壊していなければ私は生まれなかったとしても。私の中にあのクソから遺伝した力が死ぬまであっても。だから、ここで馬鹿して人間に殺されたなら、私はここで賢く立ち回って、良い思いだけをしてやる。……そう、しなければいけなかった。
 しなければいけなかった。そう、リザードンは言った。
 このリザードンは、生まれた時からずっと、その父親の呪縛に苛まれている。
 ――それで、今度は私の質問だ。
 ――……。
 ――あのサザンドラを殺すまでの間、どう思っていた?
 ――殺すまでの間?
 ――ここに現れて、貴方が殺すまでの間、だ。
 ……。記憶を呼び覚ます事は、難しくはなかった。
 ――とんだ迷惑な奴が来た、と最初は思った。駆除が決まった時はさっさと殺したい衝動に駆られていた。あれ程自分が世界の中心に居ると勘違いしているような奴は、これまで生きて来て、アレ以外に知らない。そして、多大な被害を出しながらも何とか弱らせる事が出来て、そして殺す時は、とにかくウザくてしょうがなかった。死ぬと分かってギャンギャン泣き喚くあいつの姿を、もう見たくも無かった。泣き喚く声も、耳に入れたくなかった。……こんな所だな。
 リザードンは、それを聞いて黙った。
 リザードン自身がクソ扱いしていても、父親だからか、他者から酷く言われるのは何かあるのだろうか。
 黙ったままのリザードンに、続けた。
 ――これ以上ウチを荒らし続けるなら、こっちも本格的にあんたを駆除しに掛かる。それ専門の腕の立つ、あんたなんかよりも強いポケモンを多く引き連れた人間を呼んであんたを地の果てまで追い掛けて、殺しに掛かる。あの父親と同じ目に遭いたくなきゃ、もう、止めろ。あんたは父親とは違うだろう?
 リザードンは、黙ったままだった。
 …………。
 ――……私は、あのクソを越えなきゃいけないんだ。
 そう言って、翼を広げて去って行った。
 ……勝負するつもりか?
 ポカブを捕まえずに遠くへ去って行くその姿は、もう、止められそうになかった。
 相棒の息子は、あのリザードンの事を戦士、と称していたが、あれはそんなものじゃない。父親のせいで、選ぶ道がもう一つしか無くなってしまった、ただただ哀れな奴だ。それ以上でも、それ以下でも無い。


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