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  [No.4036] 竜と短槍.10 投稿者:まーむる   投稿日:2017/09/19(Tue) 23:37:38   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 走る俺に対し、チャオブーは迎え撃とうとか動かなかった。顔面に向けて槍を突き出し、後ろに跳んで躱される。二度、三度と槍を突き出すものの、後退して全て避けられた。
「どうした? 助けたくないのか?」
 半ば勝手に口から言葉が出て来る。余裕から出て来る言葉ではなく、緊張から出て来る言葉だった。
 追い打ちを仕掛けようと、足を更に前に出す。
「ごほっ」
 その時、咳が唐突に出た。急に息が苦しくなってきていた。
 ……スモッグだ。
 足が止まったのを見て、チャオブーが体に炎を纏って突進して来た。ニトロチャージ、槍を構え直す時間はあった。
 けれどチャオブーはそのまま突っ込んで来た。突き出した槍は、腕で受け止められた。
 ……妙に硬かった。チャオブーは突進して来たというのに、骨にまで突き刺さった感触が全く無かった。
 そのまま槍を払われ、体が前につんのめった。槍の感覚は、肉が少し切れただけだった。
 チャオブーは、俺の懐に潜り込んだ。咄嗟に片腕で胸を守った。
 飛び出した肉弾が、その片腕に容赦なくぶつかった。
 ぼきり、と音がした。
「っあっ、ぐっ」
 弾けるような痛み、着地したチャオブー。
 歯を食いしばった。死にたくない。殺されたくない。
 折れていない方の腕で握り締めたままの短槍で、チャオブーを殴りつけた。けれど怯まなかった。俺の腿が突っ張られた。みしぃ、と骨が軋む。俺がもう一度槍で殴りつける前に、更に、腿を殴られて、足が折れた感覚がした。
 膝を付く、眼前にチャオブーの顔がある。加えて殴ろうとするそのチャオブーの蹄に、何か物が挟まっているのが見えた。
 それは、見た事があるものだった。そして、さっきの違和感でそれの正体が、分かった。顔面に向けられた蹄を何とか避けた。その蹄に挟まっている物を、短い槍で弾いた。
「進化の輝石……」
 片腕と片足が折れた。酷く痛い。それも、一番最初、チャオブーが妙に硬かったのが原因だ。
 妙に硬かったのは、この石のせいだ。
 進化前の獣が持つと、何故か硬くなる石。焦ったチャオブーの腹に、槍を突き刺した。

 深くは、突き刺さらなかった。けれど、反撃に殴られたその力はとても弱っていた。
 槍が抜けた腹から血がだらだらと流れ出す。チャオブーも膝を付いた。そして、びくびくと震えはじめた。
 ……? 毒なんて塗ってない。
 嫌な予感がした。心臓が竦み上がった。
 ……リザードンは、戦いそのものに手を出さなかったとしても、チャオブーがここまで来れるようなお膳立てはしたはずだ。
 その目的なんて分からないが、ポカブからチャオブーに進化もしていた。
 進化の輝石なんてものも与えていた。
 けれど、そこで終わりじゃなかったとしたら。 チャオブーの進化形のエンブオー……その顎髭は常に燃え続けていて、非常に目立つ。わざと進化してなかっただけだったら。
 槍をもう一度突き刺そうとして、その槍を掴まれた。強い力で引っ張られ、奪われた。
「あ、あ……」
 まだ、助けは来ない。祖父や父が村の人達を連れて来るよう言っていたのに、まだ。まだ。
 めきめきと大きくなるその姿。突き刺した腕と腹の傷はみるみる小さくなった。膝をついている俺と同じ大きさだったのに、一気に倍以上に大きくなった。
 足と腕は、人間ではとても太刀打ち出来ない太さになった。
 エンブオーは、槍を折って投げ捨てた。
 燃え盛る顎髭に照らされたその顔は、俺への憎しみで満ち溢れていた。拳が握られて、頭が真っ白になった。
 けれど、いつまで経っても俺の意識はまだ、あった。

 ――何故止める! 殺させろ!
 ――駄目だ。
 リザードンは、その拳を止めていた。
 ――どうして!
 ――人間を殺すって事は、それ以上の報復が待ち受けているからだ。
 口が詰まったエンブオーに、リザードンは続けた。
 ――それに、もう時間が無いぞ。そろそろ他の人間達が来る頃だ。
 ――……。
 エンブオーは、渋々と言ったように、また壁を壊し始めた。
 強くなった肉体では、壁はそんな苦労せずに壊れ始めた。みしみし、と音を立て始め、支柱が裂ける音がし、そして、壁が壊れた。
 エンブオーは叫んだ。
 ――助けに来たよ、みんな!
 中は、狂乱している、ポカブ達だけだった。
 ――みんな……? みんな、僕だよ! 助けに来たよ! 助けに来たってば!
 けれど、その言葉に誰も、反応しなかった。ただ、その壁を破って来たエンブオーに怯えて、中には狂ってしまったポカブもいた。
 ――どうして……? どうして! みんな、逃げてよ! ここに居たらみんな食べられちゃうんだ! だから! みんな、逃げようよ! はやく、ねえ、外に出れるんだよ! ねえったら!
 必死に話しかけても、誰も耳を貸そうとしない。そもそも、ポカブ達は言葉を解せなかった。エンブオーがそれに気付いた時、リザードンが破れた壁の後ろで、言った。
 ――人間達がもうすぐ近くまで来てる。逃げないとマズい。
 エンブオーは、それを聞いて震えはじめた。
 ――う、う、う……。ああ、ああ! なんで、どうして! あああああああ! ああああああああっ! ああああアアアアッ!
 エンブオーは叫んだ。豚舎さえもが震えるほどに。
 そして、止まった。
 リザードンがその腕に触れようとして、エンブオーはそれを思い切り払った。
 ――どうして、どうして……。
 涙を流しながら、エンブオーは、狂ったように腕を振り回し始めた。すぐ側に居た、リザードンに向って。
 ――おい……。
 リザードンの呼びかけは、通じなかった。滅茶苦茶に振るわれる拳、そして炎も吐こうとしていた。
 リザードンの後ろには、動けない男が居た。
 ――…………。
 エンブオーは、止めようとしなかった。リザードンの頭に、一発、拳が入った。二発、三発。
 それでも、エンブオーは止めようとしなかった。
 ――…………。
 リザードンは身を翻した。尻尾の炎がエンブオーの目の前を通り過ぎる。
 びくっ、とエンブオーは一瞬、震えた。
 その次の瞬間、リザードンは回転した勢いで、爪をエンブオーの首に振り下ろしていた。
 血が、噴き出した。
 エンブオーは膝を付いて倒れ、そして呆気なく、動かなくなった。リザードンは力なく、座った。

 その後ろ姿は、とても悲し気だった。
 何をしたかったのか、それは結局分からないままにしても、リザードン自身、こんな結末を迎えるとは予想していなかったのだろう。
 項垂れて、尻尾の炎も小さくなっていた。
 そしてやっと、人がやってきた。
「おい、大丈夫か? ……そいつは!」
「…………大丈夫だ、こいつは人間には危害を加えない。
 とにかく、俺と、屋上で気絶してるエレザードだけ、運んでくれ。
 俺、今動けないんだ」
「あ、ああ。って、動けないって何があった」
「そこで死んでるエンブオーにやられたんだ、リザードンじゃない」
「そのリザードンが助けた、のか?」
「……何と言うかな、そうとも言えるし、そうとも言えない」
「なんだそれ」
 人が多くやって来ても、リザードンはそこから動かなかった。
 眠り粉を掛けられようとも、全く動かなかった。自暴自棄になっているように。
 倒れて、眠ったのを確認されてから、どうする? と聞かれる。
「……どうするか。
 そう言えば、サザンドラは?」
「あの鳥獣使いが抑え込んだよ。殺してはないみたいだが」
「そうか……。そうだな、こいつも殺さないでおいてくれ」
「……ああ、分かった」
 縛られて、俺とエレザードと一緒に、連れて行かれる。
 そして、壁の応急的な修復が始まろうとしていた。ポカブ達は、誰も外へは出なかった。誰も、逃げなかった。


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