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  [No.367] はじまりのはじまり 投稿者:てこ   投稿日:2011/05/03(Tue) 02:29:40   98clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 ジュペッタがはねる。いっち、に、さん。


 天気も久しぶりに回復し、寒くなったり暑くなったりが収まって、ようやく安定した陽気な天気になった。もう当の昔に桜は散って、青々とした緑の葉が天へ天へと葉をのばしている。快晴、快晴。

「今年は桜を見る暇がなかったんだ、いや、見られなかったのかもしれない」

 僕は見たよというようにジュペッタは自慢げに胸を張った。なんか知らんが最近こいつは、一人で勝手にどこかへ出かけていくのだ。十分だかすぐに帰ってくるのだが、なんだか気になる。帰ってきたときは必ず何かのいいにおいを体につけて帰ってくる。お前な、外に出かけてるの気づかないとか思ってるかも知んないけどね、お前の体はむちゃくちゃにおいを吸い込むんだからな。どこ行ってんだ一体。……彼女?

 はぁっ、彼女か彼女か。はいはいリア充。かんわいいぬいぐるみの彼女でもいるんだろお前! 俺を、主人を差し置いてひどい、ひどすぎる。俺だって彼女欲しいわ、守ってやりてーって彼女欲しいわ。俺は思いっきりため息をつ――

「っぐえ」

 思いっきりジュペッタに頭を叩かれた。お前、案外馬鹿力なんだからな。お前、俺より絶対力強いからな。何倍かの規模だぞお前。その細腕、いや綿腕でよくそんな力出るよ。さすがポケモンかよ。ちくしょー。


 河原の土手には、日が射して、やわらかな風が吹いて、少し残った菜の花が揺れて――穏やかな、穏やかな時間が流れている。ジュペッタは小さなバスケットを持って、意気揚々と歩く。真っ黒なぬいぐるみが、てくてくぺたぺた歩く。
 慣れてしまったけど、これって変わったことなのかもしれない。
 
 ぬいぐるみが歩いているんだ。端から見たら何かと思うに違いない。すれ違う人々はジュペッタにやさしく声をかけてくれることもあるけれど、知らない人だと目を丸くして俺とジュペッタを見ることもある。ジュペッタ自体が数も少なく、認知度の低いポケモンだ。しょうがないことかもしれないけれど、その視線に興味以外の何かが含まれていないことを俺は願う。

 黒い体。赤い瞳。ひょっとして、世間からは忌み嫌われる見た目かもしれないし、避けられるポケモンであるかもしれない。ゴーストタイプって大体そんなイメージを持たれている。今はまだましなほうだが、昔の話。ゴーストタイプは霊を呼ぶと言われ、カゲボウズを匿った家族が街を追い出されたなんて話もあったらしい。俺ももし、ジュペッタを持っていなければ、そんなイメージを持っていたかもしれない。

 今、俺がジュペッタと一緒にいることで苦情を言ったり避けるような人を幸いなことに知らないが、もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれない。もし、そういう人たちが集まって、『呪い人形をどこかにやれ』といわれても、する気はさらさらない。そんなときは――

「お前と一緒に夜逃げしてやるよ」
「?」

 空を見上げる。青に浮かぶ白い雲。ゆっくりゆっくりと流れていく。ふっと紫の風が吹いた気がした。
 にししとジュペッタが笑って脚にしがみついてきた。歩けねぇよと笑いながら、俺はジュペッタの頭をなでた。さらに目を細めるぬいぐるみ。
 あぁ、俺は――自分でも笑ってしまうくらい、しあわせだよ。



 五月風の吹く中、懐かしい姿を見た。懐かしいというほど見ていないわけではなかったはずだったが、とてもなつかしく感じた。
 たらいを前に苦労しているようで、楽しそうな背中。時々垣間見える黒い小さな影。嫌がっているようで、やさしさにあふれた声。少しの間だけど、長い間。見られなかった姿、聞けなかった声。戻ってきたその姿に、ほっと一息ついて、また歩き出す。


「戻るよ、戻る。変わったとしても、また、戻るよ」



 あと少しすれば、また、夏が来る。
 俺とジュペッタが出会った夏が、また――。



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