マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.391] 風になった悪魔 後 投稿者:CoCo   《URL》   投稿日:2011/05/05(Thu) 01:41:37   76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 
 深緑に溶ける密林の深く、深く。
 人の足では行くに行かれぬはるか山の奥地に、彼はいる。
 被さるように茂る木々に木漏れ日さえ落ちない土の上へ寝そべり、普段は動くことさえしないが、時折ふと思い出すように目覚めて、山の麓へとそれこそかまいたちかなにかのように駆け下りていくのだ。
 そして彼の着く頃にはいつも、雨が降り始めている。

 白い身体を風雨になびかせて、水嵩増す川べりをひた走った。ぬかるみに黒い鍵爪を叩きつけ、力強く跳躍する。刺すように降りつける雨をかい潜り、泥なだれに巻き込まれてしまったちいさなポケモンを救い上げては、森のなかへ放り投げる。視界さえ霞む雷雨、彼の巨体さえ吹き飛ばさん大風、それでもしっかと地を踏みしめて、彼は荒れ狂う岸辺へと瞳を向けた。

 そんなことを続けて、いったいどれだけの時が過ぎただろう。獣である彼にとって、時という感覚は余りにも曖昧だった。
 ただ、山の四季は巡り、いつか垣間見た村の風景は様変わりした。決して短くはない時を、彼は使命とともに過ごしてきたのだった。ただ、男の最後の言葉を心に浮かべながら。
 独り。



 その日も彼は大雨を予感した。
 立ちはだかる森は度々駆け下りる彼のせいでいつの間にか獣道となり、それでも行く手を遮る蔦は漆黒のツノへ渦巻く真空に切り裂かれ、彼は吹き荒れるひとつの嵐のように、山を降りた。
 麓の天気は大荒れだった。それでも、いつかに比べれば柔らかくなったようにも感じる。そういえばこのところ、川へ向かう数が重なるほどに、ポケモンを助ける機会が減っているようにも思えた。人間がポケモンを救っている場面にも出くわしたことがある。そのときは変わり者もいるものだと姿を隠したが、このごろになってやっとこの地の変化に気がつき始めた。雨が減っている。溺れる者も減っている。
 違和感を思い返したその矢先に、彼のツノが何かを直感した。
 地下水が――何かの刺激を受け、決壊しようとしている。
 彼は上流へ足を向け、ごつごつした斜面を駆け出した。稲光に空の裂ける音がした。

 上流には道ができていた。
 この前にやってきたときには林だった場所である。土の踏み固められた幅のある坂道に、ぬかるんだタイヤ痕。見れば向こう、崖の岩壁に大きな穴が開いている。トンネルだろうか、どう考えても自然の穴ではない。その手前に置かれた、機材や重機の数々――彼にはそれが何のための何だかはわからなかったが、人間が運んできたものだということは容易に想像がついた――人工的に掘られた穴に違いなかった。
 だからきっと人間がいるはずだ。
 しかしここは危ないのだ。彼の本能が告げる、この場所は今に多くの木々を巻き込んで、濁流の藻屑と消えるのだと。
 人間が何をしているなんて、彼にはこれっぽちも関係のない話だった。そこに誰かが居るのならば、救わなくてはならない。
 それが彼の仕事なのだから。
 駆けつけると、そこには一人だけ人間が居た。突然の雨にか、きょろきょろと周囲を心配しているようだった。そしてやはり、姿を現した彼に絶句した。
「あ、……危ねえぞ、帰えれ!」
 作業着姿にヘルメットの男だった。彼の巨体を見て恐怖に顔色を変え、腕を振り回して追い払おうとしている。本当なら『彼』がしたように、まずこちらに敵意の無いことを伝え安心させ、なんてしなければならないのだが今は時間が無い。彼はさっと男に近づくと、湾曲したツノで男の胴をひっさらい、そのまま来た道を引き返した。
「ひ、ひゃああ、離せえ」
 男は声を上げて暴れたけれど、彼の身体はびくともしない。男を放り投げ、その身体が遠く林の中へ転がり落ちて行くのを見届けると、彼はすぐにまたトンネルと機械の場所へ舞い戻らんと地面を蹴る。あのトンネルの中に人がいたりなんかすれば、間違いなく溺れ死ぬだろう。
 急がなくては、とトンネルに飛び込み、機械の間をすり抜けたその瞬間。
 みしり。
 軋んだ岩壁から、崖が炸裂した音に、彼はすぐ横を振り向いた。
 濁った水がまるで宙に川を作るような勢いで噴き出し、あっというまに重機を、木々を、岩を、そして彼をも巻き込んで、再び氾濫しようとしている川へと押し流す。
 二度目の失態、彼はもがくこともせず。
 白い身体が鉄砲水の中に消えた。






 
「ウツドン、”つるのムチ”!」
 音さえ遠のく濁流の渦の中で、その勇ましい声が彼に届いたのかどうかは解らなかったが。
 彼の白い身体は、泥の底に流される運命から、伸びてきた蔓の力で確かに掬い上げられた。
 岸辺では一体の草ポケモンが、トレーナーの青年と一緒になって蔦を引っ張り、重たい彼を引き上げる。
 トレーナーは彼のぐったりした身体を横たえると、呼吸と心拍を確認して胸部をとつ、とつと力強く圧迫した。心肺蘇生である。
 トレーナーは制服を着ていた。その胸には、ポケモンレンジャーを示すバッジがその名誉を誇り雷雨に照り返している。
 彼はげぼっ、と水を吐き出して、息を吹き返した。青年はふう、と顔にしたたる泥と汗を拭う。
「こいつは野生かな」
 人間の一人二人なら軽々背中に乗せてしまいそうな獣の巨体を、まさか彼の力だけで運んで行けるはずがない。彼は無線機に声をかけ、負傷しているポケモンの発見と、応援の必要を報告した。

 彼が目覚めると、そこは湿った地面の上だった。雲の流れが速い。風にまっさらな毛がそよぐのが心地よくて、彼は再び目を閉じてみた。水の音は遠ざかり、人の足音がする。見ればそこはあの村なのだった。すぐ尻尾のほうにそびえた大木の上に、家が建っている。嵐の名残の強い風に、縄梯子ががろんがろん鳴いていた。
 周囲の人々は、みんな同じような格好をしていた。赤いレンジャーの制服か、または彼が助けたつなぎにヘルメットの作業員。飛んできた木の枝、流れてきた石ころや泥なんかを掻き出しているらしい。
「あ、目が覚めたみたいだ」
 向こうの草むらを掻き分けて、一人の青年が現れた。彼を救い出したあのトレーナーである。青年は彼のツノを撫でて、傷の様子を見た。細かい傷が多く、出血も酷かったけれど、今はしっかりと止血されている。このまま安静にしていれば、どうにか治りそうだと青年は呟いた。彼は青年を見上げた。
 そして、彼の赤い瞳と目を合わせた。
「お前は、まさか、その眼」
 言葉が続けられない。
 しばらく絶句して、それから黒いツノの欠けてしまっている先っぽを指でなぞる。
「あの時の、そうかあの時の」
 青年は笑った。白い獣は目を瞬かせる。
「すごく、すごく、良かった。ありがとう。ありがとう。お前のおかげで、俺、そうだレンジャーになったんだよ。ポケモンたちを助けるんだ、お前がやってくれたようにさ。その……友達もいっぱいいるよ。レンジャー仲間、みんなでそういうことやってるんだ」
 頬を紅潮させて、しどろもどろになりながら言う。彼はそんな青年の言葉を解っているのか解っていないのか、じっと青年を見上げていた。
「おう、こいつか、さっきの」
 ふいに青年の背後から、一人の作業員が現れた。さっき、彼に放り投げられたあの男である。
「こいつのおかげで助かったんだ。はっは、ありがとよ。ポケモンレンジャーならぬレンジャーポケモンだなあ、こりゃ」
 男は豪快に笑う。
「そうか、お前、まだそういうことを……」
 青年は彼の白い毛を撫でた。彼はきゅうと目を閉じる。
 瞼の裏に風の音。
「あのな、聞いてくれ。今度、この川の上流に、今工事しててさ、ダムができるんだ。そうすれば、水害はなくなるんだ。それに、この199番道路とヒワマキの自然は、俺、俺達レンジャーが守ってる」
 青年は獣を撫でながら言う。
「だから、お前はもう、こんな無茶をしなくってもいいんだぞ。ゆっくり休んで、平和に生きてくれ」
 彼がその言葉を飲んだのか、むしろ聞いていたのか、聞いていたとして言葉の意味を解していたのか、それは解らない。ただ、真っ直ぐに青年の目を見つめ返してくるその赤い瞳は、暖かかった。あのときと少しも変わることなく。

 
 しかし、青年が報告や雑務に勤しんでいる間に、その白い獣はさっきの場所から忽然と姿を消していた。
「まさか」
 青年は驚いた。
「あんな傷だらけで、自分で動けるわけがない、倒れてしまうよ。どうしよう姿が見えない」
 あたふたする青年の言葉を聞きながら、なぜかあの作業着の男は頷いていた。
「あのな、兄ちゃん、俺の故郷ではな」
 男は草むらの中に仁王立ちして、ほんのすこし空を仰ぎながら、言った。
「アブソルは、風に生まれて、風に帰るもんだと言われている」
 風が吹いた。
 草むらを撫で、まるで獣かなにかが走り抜けていくような跡を残して、風は遥か緑色の小波の果てへ駆け抜けていく。
 レンジャーの青年は、足元のウツドンを撫でながら、しばらく何かしら考え込んでいたが、ふいに顔をあげて、呟いた。
「そういえば、あの男の人はどこだろう、元気かな。お礼が言いたい、いつか会えたら」
 その言葉は風の背に乗って、草の海を駆る。



 *



 白い獣は、日照の岩戸へ飛び込んだ。
 草にかかって止血の包帯は裂け、走ったせいか傷口が開いて白い身体にはところどころ赤い染みが見える。しかしそんなくだらないことはおかまいなしに、彼はその一番奥で、いつかと同じ少し狭い空を見上げていた。
 風が吹き込み、頭上の青空を吹き抜ける。頭上の穴のふちから水滴が頭に滴って、彼は欠けたツノをぶるぶる振った。
 赤土の泥の上に座り込む。
 目を閉じると、水の流れる音、草の擦れる音、遠くに響く何かの声。そんなものに聞き入っているうちに、いつのまにかゆっくり、沢山の音が足をそろえて、彼の耳から離れていく。



 そして彼は、 風になる。




***
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評していいのよ】

 なつかしいうえにきはずかしいです。
 なにか、こう、川があって天気研究所があってツリーハウスがあってひでりのいわとがあってあんなポケモンがいてレンジャーがいたらこうなるじゃないの。とかいう使命感みたいなもので書いた気がします。
 手を入れても拙い感じが抜けないのは仕様です。


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