マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.503] きのこ 投稿者:CoCo   《URL》   投稿日:2011/06/05(Sun) 14:27:58   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 

 ――きょろきょろ。
 ねぐらから這い出してきたパラスは、あたりを見回しました。
 空気は澄んで、風はキノコを切るようにつめたいのです。退けた葉のあいだから見上げた森は赤と黄色でした。はらはらと舞い降りてくる影は、例えばひょうたんのような、例えば長い爪のような、例えば子どもの手のひらのような姿かたちをした、数々の木の葉ども。いつか地面へ敷き詰められるたくさん葉っぱをつけた枝々からのぞく、わずかな空もいちだんと白く輝いているようでした。
 また秋が山を越えてきた。パラスは身震いして、つもった葉っぱの中にごそごそ体をうずめました。降り積もった枯れ葉の底にたまっている腐葉土は、ふわふわあたたかいベッドなのです。
「さむいねえ」
 パラスは起き抜けに、背中のキノコに喋りかけました。
「そうですなあ」
 キノコはまたてきとうに相槌を打ちます。いつものとおりです。
 しかしそろそろお腹が減ってまいりましたので、つまりパラスのお腹が鳴りそうになるということは、キノコが木の根の汁を飲みたいと思うことと繋がっているわけですから、同時に(そろそろ動かなきゃならんな)と思うわけです。
 ここでものぐさをいうのはたいがいパラスでした。
「いやでも、今日は寒いし、空はたかいし、獣はだれしも踊りだしちまうような陽気だから、オドシシにでも喰われちまうのはちょっといやだねえ。だからもうあとちょっと陽が傾くまで寝よう」
 と、あとずさりして立ち枯れした木の根元にもぐっていくのを、すかさずキノコが「そういうのはいかんですよ」と諭す、そういう関係なのです。
「ちぃーっと勇気を出してですなあ、今日は"道"まで行きましょう。あのへんの木は人間が大切に育てておりますからなあ、うまいでしょうなあ」
「面倒だねえ」パラスは口もとをかちかちしました。
「メンドウでしょうとも、エンドウでしょうとも、わたしは"道"がよいのです。あそこに生える木がいただきたい」
「歩くのはぼくなんだけどねえ」
「そうでしょうなあ、わたしには足はありませんゆえ」
「だよねえ、御大臣は担がれてるだけだもの」
 パラスはため息をつきました。しょうがない、キノコにはその意思をもって筋肉を揺り動かし、足をもって大地を踏みしめ、その身をもって前へ進まんとする感覚などわからんのです。なにせ、植物ですから。歩く苦労など語るだけ無駄無駄の無理。わかってはいるのですが、どうも文句のひとつも言いたくなるものです。
 それでもどうして美食家のキノコは、どこぞで聞いた"道"の木について語りだして止まりませんし、そのいかにもおいしそうな語り口に乗せられて、パラスの空腹もなかなかずっしりと彼を重たい気分にさせましたので、パラスはキノコがまだ話し止まないうちからのそのそと歩き出していました。
「そンで、道はどっちにあるんだい」
 パラスはとりあえず、普段下るゆるい傾斜をかに歩きしながら言います。
「大きな塔を目印にして行けば着くのだとか」
 キノコはまた無責任な又聞きの言葉です。でもパラスには確かめる術もないので、信じて人間の建てた塔のあると思われる方向へえっちらおっちら歩いて行くのでした。
 やがて、獣の影を思わせる茂みのさわさわとなびくのに驚きながら、びびりやなお互いへの文句にはじまり、茸と虫ではどちらが先に生まれたのかなんて話題にまでお喋りが逸れた頃、パラスはカエデの木のふもとで、せかせかと駆けていく一匹の別なパラスを見かけます。
 しかもその素早いことといったら、走らんことには矢も盾もたまらぬといった様子です。
「おうい」
  呼びかけても止まる様子ではなかったので、パラスはその通りがかりパラスを追いかけることにしました。
「なにをそんなに急いでいるのかい」
 横を一緒になって駆けながら、パラスはせっかちなパラスに話しかけました。
「いそがなきゃー、いそがなきゃ」
「なんだい、わけありかねえ」
「わけありだって?」
 せっかちなパラスはまるで今しがた併走するパラスに気づいたとでもいわんばかりに素っ頓狂な声を上げました。
「わけありっちゃあわけありだけどな。お前このあいだ"道"の向こう側の木をみんなで飲みつくしたのを覚えているだろ。町のほうで祭りがあったっていってさ、いつも見回りにくる坊主がこなかったんで、みんなで"道"の木を一本囲んだ宴会だよ」
 パラスは大勢のパラスやパラセクトが、"道"に生えている立派な幹の木の根元にかじりついてわいわいしているのを思い描き、そのころ自分は棲家でぐっすりしていたなあと思いつつも「うん、したねえ」と言っておいた。
「あれのほうに坊主どもの目がいっちまってるもんで、けさは"道"のこっち側の木が狙い目なんだ。パラセクトたちが胞子散らしてぞろぞろいったよ。遅れを取ったら取り分が減るからな、いそがなきゃー、いそがなきゃ」
 せっかちなパラスはさらにせわしなく葉っぱの地面をふみつけて、あっというまに森の向こうへ消えてしまいました。
 パラスはすっかり走りつかれてしまって、そこらへんのクヌギの木のふもとにどてっと身体を下ろしますが、キノコは「いそがなきゃー、いそがなきゃ」とせっかちの物まねをしてみせます。
「きみはじつにばかだな」
 パラスは足を折りたたんで言いました。
「あんなむちゃなはやさで走っていったら、着くころには根っこを探る気力もなくなっちまうよ。まったくばかみたいに飛ばすんだな」
「当然でしょうな」
 キノコはぴしゃりと言います。
「よりよい木を求めるならば、木のかおりを追いかける、大きな茸の群れを追いかける、小さな茸のあとまで追いかけていかなくてはならないのです。そしてよりよい木につかないのならば、われわれはいつまでも小さな茸のまま、いつまでも弱者のままなのです。獣や鳥の影におびえて土の中に隠れるようにしてしか暮らして行けないのです」
 ちょうど、向こうのあたりを大きな茸をかついだパラセクトが三匹ほど通りかかりました。さっきのパラスと同じようにせかせかと、"道"のほうへ向かっているようです。その後ろを、十数匹のパラスが茸を揺らしながら追っかけていくのです。それは雑木林の中で餌を求める茸虫のもっともわかりやすい食欲にしたがい、彼らが身につけた習性でした。より木の根のありかに敏感なパラセクトを追う。パラセクト達はいつも寡黙で迅速でした。
 パラスはもやもやしました。
 どうしてもやもやしたのか、自分自身の胸のうちがよくわからず、パラスはむやみに胞子を散らしてみました。棒のようになった足をふんばって、キノコのかさからぶわあ、とこまかい塵のような胞子が飛び散りましたが、さらにお腹がすいただけでした。
「しょうがないねえ」
 パラスはふう、と一息つくと、枯れ葉の雨の森をかさかさと歩き出すのでした。

 彼らが"道"と呼んでいるのは、巨大な木造の塔のふもと、寺社と塔の入り口までを繋ぐ、きれいに切りそろえられた石でもってつくられた石畳のことです。
 自然のいたずらでこんな舗装が生まれるわけがありませんので、それは人間がつくったものということになりますが、彼らはそれを知りません。彼らには人間がどこぞより石を切り出してきて、こういうふうに並べて道をつくるなんて光景を思い浮かべることはできないのです。人間とは、よくわからない基準でいくつかの木を守ったり育てたり、逆に切り倒したり燃やしたり、なぜか几帳面に"道"の上の落ち葉をホウキで掃いてどかしたりするわけのわからない存在であり、なおかつ彼らにはできないさまざまなことを可能とするすごいやつらでありました。

 "道"へ来るとパラスはいつも、木がうっそうと生えるでもなくただ均等に石の並んでいる光景に、みょうな気持ちになります。
 その道はいつもさんさんと太陽に照らされていて、空は広いのです。
 それだけなのですが、それだけの場所がなんだか神聖に思えるのです。
 ふだん開けた場所を通るときは、鳥の影やなんかを気にしてなるべく木の下をくぐって行くのですが、"道"にはなんだかあまり鳥や獣は寄りつかないような気がして、パラスはぼうっとします。その代わり、"道"はべつに茸虫だけに気を許しているわけでもないようなので、パラスもあまりすすんで”道”のそばには寄りたがりませんでした。どうにも居づらいのです。そこは彼ら山のもののための場所ではありませんでした。何かべつに、通るべきものを待っているような気合いの道なのです。
「ぼくはここはあんましすきじゃないな」
 キノコは、そうですなあ、としか言いませんでした。
 みずみずしく立派に太い幹をもった一本の大木に、茸を背負ったパラスやパラセクトたちが寄ってたかって群がっていました。根っこのあたりにかぶりついて、汁をいただくのです。わらわらとおおぜいの赤い茸が道の周りを囲っていて、パラスにはなかなか根にありつけそうな場所がありませんでしたので、隣に立っていたそれなりに立派そうな木の根元を掘りました。それでもいつもの雑木林の奥のほう、斜面あたりに突き出しているひょろ木にくらべたら、段違いにあまく、濃厚でおいしいのです。パラスは夢中で白い根をちうと吸い上げました。
「ここの木はいやに元気だねえ」
「そうですなあ。人に世話をされているそうで」
「世話をするったって、どうやって木に世話をしてやるのさ。子守唄でもうたうのかい」
「さあ」
 人間の所業に関しては、なんとなくいろいろなことができるということ以外、パラスはあまり知りませんでした。
 多くのパラスが散り散りに群がっていますので、こっちの木にもたくさんほかのパラスがくっついてきて、だんだんぎゅうぎゅうづめになってまいりました。びっしり赤い茸だらけです。しかし押したり押されたり踏まれたり歩かれたりしながらも、パラスはひさびさのごちそうに必死で喰らいついていました。しかし、早くも向こうの木を飲みつくしたと思われる若いパラセクトに蹴散らされて、ぽーんと根っこから放り出されてしまいました。
「あう」
 ちょっとの悲鳴もつかの間、あれよあれよという間もなしに群がる茸虫の波に飲まれ、パラスはあっというまに根っこのあるところから弾かれてしまいました。
「ひどいもんですなあ。こちらはまだ飲み足らないというのに」
「そうだねえ」
 森の奥からはまだまだ、ぽつぽつ赤い茸を背負った虫がでてきます。
「みんな必死だからねえ」
 パラスはまた足を折りたたもうとしましたが、キノコは「今ならまだ飲めるやも知れませんぞ」とそれを止めます。パラスはそうかねえ、まだ飲めるかねえ、そんならもういっちょと気だるげに立ち上がりましたが、向かうまでは叶いませんでした。ぴんと立ち上がった姿勢のまま、凍りついたように固まってしまいました。
 なぜなら、"道"の向こう側から、一匹の獣が現れたからです。
 山の中では見たこともないような獣でした。ふさふさした秋と同じ色の毛並みをしていますが、今はまるで炎の燃え上がるように逆立っています。体躯はオドシシのそれを遥かに凌ぐ勢いで、背に人間を乗せていました。
 そして、火を噴きました。

「ウインディ、焼き払え!」

 茸狩り。
 ぱくりと開いた獣の口から飛び出したひとすじの炎は、木の根元に群がる茸虫の上を舐めるように焼いて行きました。熱波で枯れ葉が舞い上がり、そこらは木の葉のちりでいっぱいになります。数匹の茸が燃え上がりました。ぢぢぢぢぢと叫ぶような鳴き声が伝染して、蜘蛛の子を散らすようにパラスたちが逃げて行くのです。火のついたおおきなパラセクトはさながら走る松明のようでした。どんな赤よりあざやかに燃え上がる炎に、魅入られたように動けないパラスのほうへもたくさんの茸たちが逃げてきます。たまに彼を踏みつけながら、あっというまに"道"あたりを覆っていたパラスとパラセクトはいなくなりました。しぶとく木の裏に張り付いていたパラスまで、炎を吐く獣はくまなく焼き払いました。人間はその背でなにやら大声で指示をしています。獣はふんふんと熱心に地面へ鼻をつけていました。焦げ臭い香りがしました。
 そして、ふいに林の奥まったほうへ、立ち尽くしていたパラスのほうへ目を向けました。
 パラスはその真っ赤な瞳をまっすぐに見つめました。獣はちいさな茸虫をまっすぐに見据えました。
 それから初めて、パラスは弾かれたように逃げ出したのでした。

 どこかへ出かけていって、キノコと会話をせずにねぐらへ戻ってきたのは初めてでした。パラスは足を千切れんばかりに動かして、星の流れるような速さでいつもの立ち枯れの木まで戻ってきたのです。その瞳の奥には、ごうと音を立てて茸らの背に喰らいつく炎がありました。背中を火種にした茸虫がぢいぢいいいながら、行きよりもすさまじい速さで駆けて行く姿がありました。
 腐葉土の中に身体をうずめて、やっとパラスは足がびくびくしていたことに気がつきました。

「災難でしたなあ」
 キノコがぼそりと言ったころには、あれはずいぶん昔にあったことのように思えました。
 つめたい木枯らしが吹き荒んで、木はよくざわりざわりと粟立ちます。そのたび木漏れ日が揺れました。
「そうだねえ」
 パラスはてきとうでした。
「疲れましたなあ」
 キノコとパラスは切っても切れないつながりを持っています。パラスが驚けばキノコも驚き、キノコが疲れればパラスも疲れる。そこに生まれるお互いのなんともいえない感情はだんだん本能と境目をなくしていきます。
「まったくだねえ」
 そして会話がただ肯定するだけの平行線になるころには、キノコはかさを開きつくし、一匹のパラセクトが生まれるのです。
 パラスはあの炎を思い出しては、なぜか、群れを追いかけたときのもやもやした気持ちや、根元から弾き剥がされたときの心中をなぞりました。なにか、彼の語彙では言い表せないなにか、あの炎によく似たものを、自分の背にも感じました。それは致命的な熱をもって燃え上がりながらも、太陽よりあかるく輝いて、彼の握っている全てを照らしているのです。
 ぼくも燃えている。
「ねえ」
 パラスはキノコに声をかけました。
「はい、どうも」
 キノコは気だるげでした。
「ぼくたちはきっと、きみがかさを開ききってもあんまり強くならないねえ」
「それはなんと失敬な」
 パラスはちょっと笑いました。
「でも大丈夫だよ。ぼくらはねえ、燃えているからさ」
「ばかをいいますなあ、燃えていたらしにますよ」
 たとえ話さ、とパラスはお腹の下で足を組みなおします。
「どうせいつか焼けてしまうんだもの、ぼくはたからかに火を上げるよりか、やわにくすぶってるほうがいいや」
 なにより、走るのは性に合わないってねえ、今日でこりごりわかったよ。つぶやくパラスの背の上で、キノコは「そうですなあ」とただ風のままうなずいて、それっきりでした。
 高い高い秋の空を木枯らしが切り裂いていって、冬将軍の笛がぴぃぃと響きました。おおかた、森の木々がすっかり葉を落とし、灰色の雲が雪をたくわえるのを待っているのでしょう。



***
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評していいのよ】

 きのこ/サイトとPixivのやつとはちょっと違う、改稿前のものです。


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