部屋の窓から、少女は世界の広がりを眺めていた。そこは標高の高い山の上にあり、ものが皆、静かだった。少女は静かなものは嫌いではなかった。逆に騒がしいものを理解することが出来なかった。そういわけだったのでその少女は、テッカニンよりもヌケニンといることの方が好きだった。
ヌケニンは静かだ。ヌケニンに恋をしていた。今日も彼と一緒に遠くの地平を眺める。
彼はどこを見ているのだろう。何を見ているのだろう。
いつもそうするように、ヌケニンの顔を少しだけ覗き込んでから、彼女はその視線をまた窓の外へと戻す。彼の見ている世界が、どんな世界なのか知る事ができたらな――これまで幾度、そう思ったかしれない。朝も、昼も、夕も、夜も。寝ても覚めても、喉が苦しい時も。
すると彼女の周りで、物体がくにゃりと歪んだのだ。
あれ、周囲の速度がとても遅く感じられる。
太陽がいつもより明るくて、窓の外に見える花々が光に変わっていく。少女の体が少し軽くなった。
あれ、何だかいつもより軽いよ。
全ての現象が光り輝いて見える。珍しいことに、ヌケニンが少女の名前を呼んでいた。彼女はにこりと頷いて、ベッドから下りた。
それから窓を開けて、少女は外の世界へ飛び出した。
今は初夏の頃だったろうか。向こうに咲いているのは、クローバーだろうか。
自然の色彩が真っ白な炎みたいになって、静かに囁くように揺れている。その一つ一つに目を丸くしながら、少女は野原を踏みしめる。
きっとこれが彼の見ている世界なんだ、と少女は思う。
ヌケニンと二人で歩いてゆく。もう重力には縛られていない。
ららら、ららら、歌いながら、少女は谷を下っていく。
これからは、どこへだって行ける。
ららら、プリンみたいに喉が弾んでる。ららら、ららら……。
――その日の午後、病室の窓辺で息を引き取っている少女に気付いて、母親はひどく驚いた。深く眠る彼女の手には四つ葉のクローバーが握りしめられていた。娘が一番苦しい時に、なぜ側にいてやれなかったのだろう。母は声を押し殺して、泣くことしかできなかった。
けれども少女の寝顔はどことなく安らかだった。その寝顔を見ながら、母は娘の頭を優しく撫でる。娘がいつも大切にしていた、モンスターボールの中身がどこにもなかった。
まったく、どこへ旅立ったのやら。
母は少しだけ心配になる。
あの子は昔っから、綺麗なものを見つけると、先々行っちゃうんだから。