マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.876] 送贈 -SouZou- 投稿者:巳佑   投稿日:2012/02/25(Sat) 03:37:34   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
送贈 -SouZou- (画像サイズ: 383×550 120kB)

 それは何時の時代かも分からない世界。
 そこにはただ荒れ地が広がっているだけで、まるで生きとし生ける存在が感じられなかった。本当に誰もいないのではないかと、それを告げるかのように埃を乗せた風がまるで生気のない黄土色の肌を持つ大地を撫でた。
 このような情景が何処までも続き、何もいないと思われた矢先――。

「そなたの名は何と申す?」
「ミウ」
「そうか、ミウというのか」
「あなたは……だれ?」
「我か? 我はアルセウスという」
 
 ぼさぼさとした桃色の髪を腰まで垂らし空色の瞳を持った一人の少女と金色の輪を携えた一つの白い何か。
 この世界に風がまた一つ何かの始まりを告げるかのように吹き抜けていった。

―――

 円柱系の柱が何本も連なっているそこは神殿みたいな所だろうか。
 所々、色々な色の花を身につけているだだ広い草原の中、その建物は静かにたたずんでいた。
 その荘厳な建物の内部――白い巨体に金色の飾りを付けた者、アルセウスは一つの部屋に入る。この建物にある全ての部屋はアルセウスが出入りできるように大きめに作られており、その部屋も例外に漏れていなかった。入口近くには木製の長机と椅子が一つずつ置いてあり、その奥には釜戸造り(かまどづくり)の台所があって、そこには白い服を身にまとった、桃色の髪を腰まで垂らしていた少女が一人、釜の中のものを木製のおたまでくるくるかきまわしていたがアルセウスの気配に気がついて振り返った。
「あ! アルセウス、お帰り!」
「あぁ、ただいまミウ」
「散歩はもう終わったの?」
「うむ。それよりミウ。ちゃんといい子にしてたか?」
「うん、してたよ!」
 駆け寄って来た桃色の髪を持つ少女――ミウの小さな頭をアルセウスが右前脚でよしよしと撫でていくと、ミウは気持ち良さそうな顔を浮かべる。その微笑ましい顔にアルセウスの心も温かくなっているような気がした。
 このアルセウスとミウは生まれ始めてから一緒に暮らしていたというわけではない。ある荒野が広がっている世界で出逢ったのが最初であった。ミウの方は名前以外、何も覚えていかなったらしく、このまま放置していてはいけないと思ったアルセウスは自分が住まう世界へとミウを連れ帰ったのである。
 それ以来、ミウとの暮らしが始まったということである。
「あ、ねぇ、アルウセス! ご飯作ったんだよ! 食べよ?」
「ミウ、最近、料理をしてくれるのはありがたいが……そなたの食べたいものを申し出れば、我がいつでも用意できるというのに」
 アルセウスには一つ不思議な力があった。
 それは何かを創造する力。
 アルセウスが望めば、ほぼ全てのものを創ることができた。何もないところから食べ物などを生み出すことができるし、その気になればミウのような人間を生み出すことも不可能ではなかった。
 神――まさにその言葉が似合う力をアルセウスは持っていた。
「いいの! わたしが料理したいんだから、それでいいの……それより、いつもゴメンね? 食べ物とかはいつもアルセウスにお世話になっちゃって」
 しかし、アルセウスのその素晴らしい能力を前に、ミウは完全に頼りきっているというわけではなかった。自分のやりたいことやできることは自ら進んでやるようにしていて、ミウのその前向きな姿にアルセウスは関心したのと同時に一つの疑問も浮かんできていた。自分に頼ればすぐに問題を解決できるのに、どうしてミウは自分の手に苦労をかけさせる真似をするのだろうかと。
「さぁ、冷めない内に食べて、食べて!」
「……」
「どうしたの? アルセウス?」
「……いや、何でもない」
 目の前に置かれた、白く揺れる温かなミルクの香りに鼻をくすぐられたアルセウスはとりあえずその疑問を置いておくことにした。スプーンは使えないので、己の超能力を使い、その白いスープを口に運んでいった。ほんのりと甘い香りがアルセウスの口の中に広がり、そして温かい気持ちに不思議となっていく。
「ねぇ、アルセウス」
「ん? どうした? ミウ」
「アルセウスは大きい体をしてるのに、いつもそれだけで足りるの?」
 幅は人間の顔ぐらいある皿に浮かぶ白いスープに映っているのは微笑んでいるアルセウス
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう、ミウ」

―――

 ミウは何かを創るというのが好きだった。
 最近始めた料理しかり、裁縫も好きであったし、また絵を描くのも大好きだった。
 そして、最近ミウは一見変わったものを紙の上に描いていた。
「ミウ、何を描いているのだ?」
「えへへ、これはね……」
 ご飯も食べ終わり、片づけを終えたミウは自分の部屋(円形で、そこには本棚があったり読み書きできるような机や椅子、それに描くものなども揃っている)に戻り、絵を描き始め、アルセウスは傍でそれを覗いていた。
 それは――何やら黄色い体をしていて、長い耳の先端は黒に染まっており頬は赤色をつけていた。背中には二本の茶色模様、尻尾は稲妻をかたどったかのよう。
「かわいいネズミさん、かな?」
「ほう……確かに中々可愛いネズミだな」
「あ、アルセウスってかわいいものが好きだったりするの?」
「いや、別にそういうわけでは」
 ミウの屈託のない笑顔にアルセウスはやれやれといった顔つきになった。彼女のそういう無邪気さや天真爛漫といった性格には時々ペースを崩されることがあるアルセウスであった。まぁ、もちろんミウには他意はない。
 このままペースを崩されてても仕方がないと思ったアルセウスは話題を変えようと、咳払いを一つ入れ、ミウに尋ねかけた。
「ミウ」
「な〜に? アルセウス」
「ミウはその……最近、変わった生き物を描いているみたいだが――」
「むぅ、変わったってなんかヒドイなぁ」
 頬を膨らまし、眉間にしわを寄せたミウにアルセウスは慌てて首を横に振った。
「あ、いや。変わった、というのは確かに失礼だったか。その……そうだ、色々な生き物を描いているではないか。どういう気持ちで描いたのかと思ってな」
 アルセウスがそこまで言うと、ミウが立ち上がって部屋を出ようとする。アルセウスが怪訝そうな顔を向けると、ミウが笑顔で振り返った。
「ちょっと外に行こうよ」
「あ、あぁ」
 ミウに誘われるままにアルセウスも部屋から出た。
 一体、ミウが何を考えているのだろうかと思いながらもアルセウスはミウの後をついていき、やがて彼女が言った通り外にたどり着く。眼前に広がる色とりどりな花を飾る草原が何処までも広がっており、見上げれば白い雲一つない爽やかな青色が塗られた空模様。
「ほら、ここってなにもないじゃない? きれいな空とか草原とかあるけど……でも他にはなにもないじゃない? わたしとアルセウスの他に、どんな子がいるんだろうって考えていたら、なんか描いてたんだ。なんかへんな話かもしれないけどね」
 ミウの困ったような笑みがアルセウスに向けられる。
 確かにミウの言う通り、ここは空と草原と今いる建物以外、何もなく、なんだか殺風景で寂しげな雰囲気が漂う世界だった。アルセウスは昔からここに住んでいたが、ただ綺麗というだけで他には何の変哲もない世界。
 しかし――。
「おぉ、いい風がふいてるね」
「……あぁ」
 ミウが隣に来てからは、その表面だけの色にもなんだか生気が満ちてきているような、そんな気がアルセウスにはした。今まで、ここにいたことが夢幻だったかのように……そして昔のあの出来事もまるで悪夢だったかのような心地だった。
 しかし、ミウが向けてくれる笑顔はその温もりの他に、アルセウスの胸を時々締め付ける。
 昔、自分が犯してしまった罪がその笑顔によって呼び起こされて、内側から不協和音のような音色が鳴り響く。
 それは耳を塞ぎたくなる程であったが、そのことは自分勝手な我がままであると、この罪と向き合わなければと、アルセウスはミウを見て想う。
 彼女がいなかったら、今頃、自分自身を消してしまっていたのではないだろうかと。
 他の者からしたら大げさなことだと鼻で笑われることかもしれない。
 だが、昔の自分を重ねてみると、それは決して嘘ではないような気がする。
 そうしてミウの横顔から入り込むのは、アルセウスの昔話。

―――

 それはアルセウスとミウが住まう世界ではない、違う世界。
 それは蒼く輝く星の世界。
 人間という生き物がいる世界。 
 今、住まう世界に気がついたときにはそこにいたアルセウスが、他の世界を覗き、そして己の力を貸そうと思った世界。
 その世界に己の力を貸している間に、アルセウスはいつの間にか神と呼ばれし存在になっていた。
 アルセウスは人々を幸せに誘おうと、いつも導くべき方法を模索し、人々に提示してきた。
 そして、自分の力が大いに活躍すると、アルセウスはより良い世界にすべく、人々をより幸せになってもらいたいという気持ちが強くなっていた。 
 幸せそうに笑う人々を見るのがアルセウスは好きだった。
 力を使って良かったと心から思える瞬間で、そしてなんだかその者から幸せのおすそ分けみたいな感じで胸が温かくなる――アルセウスはその温もりも大好きであった。きっと、それは何もなかった世界にいたアルセウスが無意識に求めたかったものなのかもしれなかった。
 
 しかし、そんな日々もやがて終わりが訪れる。

 ある日、人々が寝静まった頃だと思われる真夜中。
 時間帯もそうであったし、なによりアルセウスは人間に心を許していた――そこを狙われたかのように、アルセウスは何者かに捕まった。
 それから人知れずな場所まで連れて行かれ、そこで何かの集団的な者達にアルセウスは強制的に力を使わされていた。
 その暴走とも言える行為をアルセウスは何度も咎めた。
 人間のことを信じていたアルセウスはきっとその者達が改心してくれると信じていた。だから反抗することはしなかった。
 しかし、その者達はアルセウスの言葉に一切耳を傾けることはなかった……が、ある日、その者達の親玉らしき男が口を開いた。
「もう神は死んだ。今日からはオレが神だ」
 その傲慢な男の笑い声と共にアルセウスは疑問符を一つ打った。

 神とは何だ?
 自分のことを指して言っているのか?
 それとも自分の力のことを指して言っているのか?
 人間の方から勝手に神と呼んでいるだけであって。
 我は我。
 アルセウスという名を持つ者。
 それ以上でもそれ以下でもない

 身勝手な人間め、そう思い始めたアルセウスの中から沸々と湧き上がる怒りはあっという間に大きく膨らんでいき、やがて臨界点を突破して――。
「もはや我慢できぬぞ……!!!」
 これがアルセウスの理性破裂寸前、最後に発した言葉であった。
 その後は何語かも分からない、いや、ただ叫びながら力の限り、己の怒りをぶち撒けた。
 何をしたのだろうか、詳しいことは怒りの波で埋もれてしまっていて、アルセウスは覚えてはいない。
 そうして、ようやくアルセウス自身の怒りが鎮まり、理性を取り戻したとき、アルセウスの瞳に入り込んできたのは焼け野原だった。
 人は一人もいない。
 いや、生きとし生きるものなどそこには存在していなかったと思われた。
 辺りは真っ黒に染まっているのに、空だけがやけに冷たい青を描いていた。

 アルセウスは辺りを見渡したが結果は変わらず、そこにはただただ真っ黒な地面が続いていた。
 まるで、怒りに溺れたアルセウスの心を示すかのような黒だった。
 ここで、アルセウスは自分のしてしまったことと、それに伴う結果に顔を真っ青に染まらせていかせた。
「我が、全てを、滅ぼした……?」
 やがて、いても立ってもいられなくなったアルセウスは世界を飛び回った。何処もかしこも焼け野原や荒野が続く中、ようやくアルセウスが見つけたのが一人の少女――ミウだった。ミウは最初の頃は名前以外の記憶が飛んでいってしまった影響かどうかは分からないが、茫然としていることが多かった。けれど、少しずつではあるが気力を取り戻していき、今ではご覧の通りの天真爛漫な子になっていったというわけである。
 ミウと暮らしていく中でアルセウスは本や、またはアルセウスの口からミウへと知識を与えたりして、彼女の成長を助けた。
 まるで親子ともいえるような一人と一匹の暮らしが過ぎ去っていく。
 もちろんミウを育てることがアルセウスにとって唯一自分ができる罪の償い……というわけではない。
 例え、それが罪の償いだとして、何だというのだ、この罪は一生消えるものではないのだ。
 そんなこと、アルウセスは分かっていた。 

―――

 ある晩のこと、ミウが眠ったところを見計らって、アルセウスが動き出した。
 超能力を使って、ミウが描いた絵の束を引っ張り出し、外にいる自分の元へと運んでいく。
 その束の中から一枚、今日ミウから見せてもらった――黄色に染まったネズミが描かれている紙を取り出し、その絵を見ながらアルセウスが念じると――。
「ぴぃかぴぃか、ぴかちゅ」 
 すると、アルセウスの目の前には一匹の可愛い黄色に染まったネズミが現れ、きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡している。
「ぴぃ〜か?」
「……我の名はアルセウス。これからそなたにはある星に向かって欲しいのだ」
「ぴぃか、ぴか」
「やる気があるのは結構だが……すまない、今少し待ってはくれないか? もう何匹かここに出てきてもらうゆえに」
 アルセウスは黄色に染まったネズミにそう言うと、続けてもう一匹、もう一匹と黄色に染まったネズミがその場に具現化させていく――いや、アルセウスの創造の力という言葉を借りるのなら、産んでいく、という表現の方が当たっているか。とりあえず、ミウの描いた一枚の黄色に染まった可愛いネズミの絵を元に、アルセウスはその場に約十匹程の黄色に染まったネズミを集めるとこう言った。
「……そなた達にはこれからある世界に行って、そこで暮らしていって欲しいのだ」
 アルセウスのその言葉の後に、集まった黄色に染まったネズミ達は光に包まれ、やがて何も残さずに消えていってしまった。
 アルセウスが言葉にした、ある世界。

 それは他ならぬアルセウスが滅ぼしてしまった、あの蒼い星のことであった。

 自分が滅ぼしてしまった世界。
 それに新たな希望を与えること、それがあの蒼い星に対する、アルセウスにできることであった。
 いつまでもあの星をあのままで放置させてはいけない、それは自分の過去から逃げることに繋がる。もちろん罪滅ぼしにはならないし、あの罪は一生自分が背負っていくものだろう。だが自分のできることがあるのならば、この創造の力を――あの蒼い星に捧ごう。ミウとの暮らしの中でアルセウスはその想いを強くしていった。もう悩むことなど、迷うことなどない。あの蒼い星に希望を与える為に自分の力を――。
 そう思いながら、アルセウスは新しい紙を取り出す。
 
 今度は桃色の小さな体に細い尻尾、そして空色の瞳が輝いていた。
 
 この絵は誰かを感じさせる――アルセウスは目を丸くさせた。
 そうだ、ミウだ。
 この絵はどことなくミウを感じさせる。 
 そう思いながらアルセウスが念じると、一匹の小さな桃色の生き物が現れた。
「みゅう」
「…………」
「みゅうみう?」
「いや、なんでもない。それよりすまないが、そなたにはこれからある世界に行って、そこで暮らしてもらいたい」
「みゅうみゅう!」
「よろしく頼むぞ……そうだ、そなたに名をあげよう」
「みゅう?」
「ミュウ。これからはそう名乗るとよい」
「みゅうみう♪」
 嬉しそうにアルセウスの周りを飛んでいる様子を見る限り、小さな桃色の生き物――ミュウはその名前を気にいったようだった。アルセウスはその天真爛漫そうなミュウの姿にミウの姿を重ねながら微笑みを零すと「頼んだぞ……」と言い、ミュウも光に包まれ、消えていった。 
 
―――

 その日から毎晩、ミウが眠ったところを見計らって、アルセウスは外へ出ると、ミウの描いた生き物を創造の力を使って具現化させていく。
 あるときは植物を乗せた緑色のカエルなような生き物を。
 あるときは尻尾から炎を灯らせた赤色のトカゲを。
 あるときは甲羅に身を包んだ水色のカメを。
 次々と具現化させてはあの蒼い星へと送っていく。
 ミウの絵はどことなく温かいものを感じる。きっと、あの蒼い星に何かしらの希望を与えてくれているはずだ。そう信じながらアルセウスは毎晩、毎晩、一日も欠かすことなくそれをこなしていた。
 
――― 

 それからどれくらいの月日が流れたことだろうか。
 ミウの背丈は更に伸びて、最初の頃よりいささか大人びてきてはいるが、あの天真爛漫さはそのままである。
「お休みなさい、アルセウス」
「あぁ、お休み。ミウ」
 一体どのくらい、ミウの絵の中にいる生き物を具現化させてあの蒼い星に送ったことなのだろうか。アルセウスは自分でも覚えていない。それからアルセウスはふと思った。そうだ、あの蒼い星は一体どうなったのだろうかと、見に行こうかと思った。
 何故、今なのかは分からない。
 今までは送ることばかり考えて忘れてしまっていたというのか。
 それは失態だとアルセウスは思った。成り行きもしっかりと見届けなければいけなかったのに、自分は一体何をしていたのか。しかし、ここで延々と自分を責めていても仕方がない。今回はいつもの具現化は取り止めて、アルセウスはあの蒼い星に向かうことにした。自らを光に包んで、そしてその場から消えていった。
 あっという間に蒼い星の世界に到着したアルセウスは空からその姿を見て目を丸くした。
 
 あのときは間違いなく広がっていた荒野の世界には木々などが生えており、確かな緑がそこに溢れていた。
 そしてミウの描いた、あの生き物達の姿もちらほら見えており、どうやら無事に暮らし、この世界に息を吹き返させていた。
 ただ、全ての場所に緑が広がっているわけではない。
 まだまだ荒れているところは見受けられるし、過酷な環境も多々あった。
 しかし、少しずつではあるが確かに――そう思いながら空を舞うと、またアルセウスの目が大きく見開かれる。
 そこは一つの森の中にポッカリと円状に広がった空間――集落とも言えばよいだろうか、その場所にいたのだ。

 人間が。

 木々で造られた家がいくつか立っており、そこでは暮らしが成り立っていたのだ。
 背中に背負ったカゴに果物を積んだ数人の男が集落に現れると、それを笑顔で出迎える数人の女。
 その傍らには、はしゃぎ回っている子供達の姿と、ミウの描いた生き物がいた。
 
 生きていた。

 そこにあった確かな命がアルセウスの瞳の奥深くまで映りこんでいく。
 もう死んでいたかと思っていたはずの命が――ミウ以外の人間がしっかりと、ミウの描いた生き物達と共にこの蒼い星の地を歩んでいる。
 その軌跡に触れたアルセウスの頬に一筋の涙が伝った。
 
 しばらく、空からその集落の様子を眺めた後、アルセウスはその場から立ち去った。
 立ち去るときにはもうアルセウスの瞳から涙が零れることはなかったが、その代わりにアルセウスの瞳には強い光が差し込んでいた。

―――

 翌日、アルセウスはミウを外へと呼び出した。
「どうしたの? アルセウス」
「大事な話があってな」
 首を傾げながらアルセウスの背中の後についていくミウにアルセウスは瞳を一回閉じた。
 実は、昨日、あの蒼い星に行って、アルセウスは二つのことを決心して帰って来た。今、その二つの決心の内、一つを行おうとミウを呼び出したのだ。アルセウスが決心した二つのこと、それはミウに真実を教えること。
 今までは教えてしまったら恐れられてしまうのではないかと、幼き少女の心には受け入れがたいものではないだろうかと思って避けてきた真実――アルセウスがあの蒼い星を滅ぼしてしまったこと。それをミウに告白する。ミウはあのときに比べたら大人になりつつあるが、決してその真実は容易に受け入られるものではないし、これでミウの心が閉ざしてしまう可能性だって否定できない。
 しかし、このまま隠し続けることは自分にとっても、ミウにとっても、『本当のこれから』というものから目を背けることになってしまう。ミウは何時までもここにいられるというわけではないのだ。そして自分も――。
「今日も天気がいいね」
 ミウが空を仰ぎながら、呟いた。
 何処までも続く色とりどりな花を身につけた草原に一つ風が吹き抜ける。
 アルセウスはここで話そうかと思い、立ち止まった。
 この告白でミウがどうなってしまうのかなんて分からない、だから、アルセウスは緊張していた。しかし、一呼吸をゆっくりと入れると話始めた。
「それで、ミウ。そなたに大事が話があるのだが」
「うん、な〜に?」
 今からこの無垢な顔に影を落としてしまうかもしれないと思うと胸が痛むほど苦しいアルセウスだったが話を続ける。
「この世界は我とミウしかいないんだ」
「え?」
「この世界は元々、我しかいなかった世界だった。そして、ミウ。そなたが元々いた世界はここではないのだ」
 徐々に曇っていくミウの顔にアルセウスの中で緊張の度合いが膨らんでいくが、ここで止まるわけにはいかないとアルセウスは自分をしっかりと持ちながら更に話を続ける。
「そなたがいた世界は美しい蒼い星の世界だ……我はその世界を殆ど滅ぼしてしまい、そしてミウと出逢い、今に至る……ということだ」
 大まかなことは話した。
 残念ながらアルセウスはあのとき出逢う前のミウの過去を知らないから、そこまで告白するまでは叶わなかったが、ここまでは話した。後はミウが信じてくれるかどうか、そしてどのような面持ちで自分と向き合うか、それとも拒絶されてしまうか。いきなりこんな規模の大きい話をされて信じろという方が難しい話だ、しかしそれは承知の上だ。
 アルセウスがそう想いながらミウの顔を見続けていると、最初は訳も分からないと言わんばかりにきょとんとしていたミウの顔が徐々に強張ってきて、なんだか苦しそうに肩で息をし始め、額からは汗がふつふつと浮かび上がっている。明らかな異変を感じたアルセウスがミウを呼ぼうとした瞬間――。

 ミウの体が地面に崩れた。

―――

 最初はミウの体を呼びかけながら揺さぶったりしていたアルセウスだったが、安静させた方がいいだろうと気がつき、しばらくミウの体を横たわしておいた。やけに時間が長く経つような感じがアルセウスの中に広がって行く中、やがてミウが目を覚ました。ミウを呼びかけると共にアルセウスの瞳に映ったのは、空色の瞳から零れるミウの涙だった。どうしたのだろうかとアルセウスが訝しげにミウを見つめると、ミウは悲しそうな笑顔を浮かべた。
「……思い出しちゃったんだ。全部」
「思い出したというと……」
「うん、昔のわたしのこと」
 ミウはアルセウスに向けていた顔を空へと向ける。その空色の瞳はまるでどこかを見つめているかのようだった。
「わたしね、ドレイイチバって呼ばれる場所にいたんだ。地下の狭い部屋に閉じ込められて、そこにいた子達とこれからわたしたちどうなるんだろうねって話したのを覚えてるよ。いつになったらその部屋から出られるんだろうって思っていたときにさ」
 ミウの腕が大きく空に仰いだ。
「どかーんって爆発みたいなことが起きて、次に気がついたときには、みんな、いなくなっちゃってた」
 空色の瞳から溢れてくる感情は留まることを知らなかった。
 いつ出られるか分からなかった部屋の中、それを壊してミウを空の下に導いてくれたのは他ならないアルセウスだった。 
 だけど、自分と同じくあの空の下を望んでいた子達は? 
 思い出した記憶によって産まれた感情の波に流されながらもミウはなんとか声を出した。
「アルセウス……わたし、アルセウスに、なんて言ったら、いいか、分からない、や……」
「ミウ」
「分からないけど、ね。でもね、でもね。今、わたしがここに、いるということは、嫌じゃ、ないから」
「……」
「不思議、なんだけど、それだけは、確かに言える、こと、なんだ」
 その言葉が終わると共に、ミウは声をあげて泣いた。これでもかというぐらいの声が空へと伸びていった。思い出された過去と今を繋いで意味を見出したミウをアルセウスはそっと前足で抱きしめてあげることしかできなかった。そして、そのアルセウスの行為をミウは拒絶しなかった。そこから見て、先程のミウの言葉は本当なのだろう。
 ミウがこの世界にいたことは、そしてアルセウスが告白したことは、決して無駄なことではないということが鮮明に輝いた瞬間だった。

―――
     
 あれから何十年の月日が経ったことだろうか。
 ミウの顔にはたくさんのしわを刻み込まれており、すっかり老婆となっていたが髪は依然と綺麗な桃色に染まっており、瞳も空色で広がっていた。
「ミウ、大丈夫か? 最近、元気がなさそうだが……」
「あら、アルセウス。えぇ、大丈夫よ。この通りにね」
 ミウの部屋でアルセウスにそう尋ねられた彼女は笑顔で腕を振りながら答えた。しかし、ミウの食べる量がここのところ最近、減ってきているし、また休みがちな日も多くなってきている。「そうか……」と言いながらも心配そうな顔を向けてくるアルセウスに、ミウは苦笑交じりでしょうがないなと言わんばかりの顔を見せた後、外に散歩しに行こうと言ったのであった。
 
 相変わらず、この世界は空と所々に花を身に付けた草原が広がっている以外に何もなかった。
 少しの間、歩き続けるとミウは草原の上に静かに座った。それに続いてアルセウスも体を草原に体を預けミウに寄り添う。
 それからお互い、しばらくは空を眺めているだけで何も話さなかった。
 ゆっくりとした時間がその場を流れていく。
 おだやかな風が流れている中で、ようやく口を開けたのはミウの方だった。
「ねぇ、アルセウス」
「どうした? ミウ」
「あの日のこと、覚えているかしら」
 アルセウスは首を傾げた。あの日とはいつのことなのだろうか、今までミウとは数十年の間、共に暮らしてきたのだ。ミウにとって話したい『あの日』を特定できるわけではない。アルセウスが答えないでいるとミウの口が再び開いた。
「わたしに全てを教えてくれた日のことよ」 
「……あの日、か」 
 アルセウスがそのときの情景を思い出すかのように呟いた。ミウが言った『あの日』とはアルセウスがミウにこの世界のことや、彼女との出会いのこと……そして、ミウが記憶を取り戻した日のことである。忘れるわけがない、あの日が本当のミウと自分の始まりだったと言っても過言ではないとアルセウスは思っている。今まで隠してきたものを壁とするのなら、それが取れたということは、ミウとアルセウスを隔てるものはもう一切なくなったという意味に繋がるのだから。
 あのアルセウスの告白から次の日は流石の明るいミウの顔も曇りがちだった。しかし、ミウは徐々にまた普段の笑顔を取り戻していき、アルセウスは今まで以上にミウが隣にいるということを感じられた。
「ありがとう……」
 ミウが目を閉じて続ける。アルセウスは何も挟むことなく、ミウの言葉に耳をゆだねることにした。
「あの日があったから、本当のアルセウスに出逢って、本当の私に出逢った。確かに……アルセウスが犯してしまったことはとんでもないことよ。けれどね、アルセウス、これだけは聞いて。あなたがわたしにくれた日々は確かなもので、幸せだったわ。あの子達の分も生きようと思って、こうして強く生きてこれたのも、アルセウスのおかげなの。だから、だからね……ありがとう、アルセウス」
 アルセウスがくれた日々。
 それに至るまでの過程のことを考えると、ミウにとっては複雑な気持ちだっただろう。しかし、こうして彼女なりに答えを出して、そして今、自分に告白している。その上、告白だけではなく、「ありがとう」という言葉までもミウから受け取った。
 
 おだやかな風が一つ吹く。

 ミウは静かに目を閉じたまま、アルセウスの体にもたれかかった。

 ミウの最期の温度を感じながらアルセウスの頬に一筋の涙が垂れた。
  
―――

 ミウが亡くなって翌日、アルセウスはミウを草原の下に埋めると、ミウとのこれまでの日々を眺めているかような眼差しを空に向ける。そうしてしばらくの間、そこにたたずんでいると、やがてアルセウスはその場から離れた。
 そして、アルセウスはミウを埋めたところからも、一緒に住んでいた神殿みたいな場所からも離れた場所へとやってきた。
 何故、相変わらず草原しか広がっていないこの場所を選んだのかは分からない。今まで住んでいた場所から離れることによってそこから新しい一歩を踏み出そうという考えがあるかもしれない。
 とりあえず、その場所でアルセウスは瞳を閉じると一枚、また一枚と自分の周りに板を出していった。それは雷を彷彿とさせるかのような黄色であったり、紅蓮の炎を想像させるかのような赤色であったり、水を象徴するかのような蒼色であったりと全部で十六枚の板がアルセウスの周り浮かんだ。
「この板をあの蒼い星に運べば……きっと、あの土地は潤うことであろう、全てとはいかないかもしれぬが、これできっと……」
 アルセウスが久しぶりに蒼い星を見たときに心に決めたこと――ミウに過去を告白することの他にもう一つ、それは自分の力をあの蒼い星に注ぐということだった。創造の力が源となっている板なのだ、あの蒼い星を豊かにさせることはできるはずだとアルセウスは信じていた。しかし、これを実行すると自分の力を殆ど失くしてしまうことになり、死ぬことはないかもしれないが、代わりに永い眠りにつくことになることであろう。それでも構わない、あの蒼い星の為になるのならば喜んでこの身を未来へ託そう。
 ちなみに、今やることにしたのはミウとの日々を終わらせた後にしたかったからである。自分がいなくなった後にミウを一人きりで残したくなかったからだ。
「……ミウ、そなたに会わなかったら我はどうなっていたのだろうな」
 板が一枚、また一枚と光を放ちながら消え、蒼い星へと向かっていく。
「もしかしたら我は自分で自分を殺してしまっていたかもしれないし、ずっと引きこもっていたかもしれない」
 徐々に減っていく板と共に、アルセウスの脳裏に浮かぶのはミウとの日々。
 あの日で全て失ったはず笑顔も、温もりも、全てミウと共にいたからこそ蘇ったものだとアルセウスは思う。
 こうして、自分の犯してしまった罪と向き合い、行動に移せた勇気をくれたのも他ならないミウだった。

「ありがとう、ミウ」
 
 最後の一枚が消えると、力を殆ど失くしたアルセウスはその場で倒れ、そして永い眠りについた。
 おだやかな風がアルセウスを優しく抱きしめるかのように吹き抜けていく。
 そんなアルセウスの元へと風が送った一枚の紙。
 それは桃色の小さな体に空色の瞳をした小さな生き物――アルセウスが名づけたミュウという名の生き物。

 瞳を閉じたアルセウスの顔に微笑みが浮かんだ。

―――
 
 それは遠い未来。
 蒼い星の世界の中のこと。
 とある町の民家の座敷に、桃色の髪に瞳を空色いっぱいに埋めた少女が一人と、何やら植物の種らしきものを乗せた一匹の緑色のカエルが座っていた。そしてちゃぶ台を挟んで、向こうにはには顔にしわをたくさん刻んだ老婆が一人座っていた。
「ほ、ほ、ほ。なるほど。この赤い板のう」
「うん。この前、拾った板なんだけど、なんだか不思議な感じがしてね。この町で物知りなおばあちゃんがいるって聞いたから、これがなんだろうかって相談しようと思って」
「なるほどのう」
「それで……おばあちゃん、これ何か分かる?」
「ふむ……正直に言うと流石のわしにもよく分からんのう」 
 残念そうな顔を浮べる少女に、老婆は微笑みながら尋ねた。
「そうじゃ、お譲ちゃん。これを拾ったときに何を感じたのじゃ? 不思議な感じと言っておったが」
「あ、えーと。なんか懐かしいような、温かいような感じがしたの。フシギダネにはそんな感じがなかったみたいだし……おばあちゃんはこの板を不思議だって思わない?」
「うむ、感じないのう」
「……そうかぁ。やっぱりわたしの気のせいなのかなぁ」
「フシャフシャ」
 そうそうと言わんばかりに少女の隣に座っていたフシギダネと呼ばれた子が鳴いたが、対する老婆は違う考えだった。
「いやいや、案外、お譲ちゃんに関係あるものかもしれないぞ?」
「わたしに?」
「そう、じゃから、お譲ちゃんにしか感じなかったことかもしれないということじゃ」
 自分に関係がある板……もしそうだとしたら、自分にしか会うことができる何かがある、と考えると少女はそのロマンあふれる可能性に胸を躍らせた。
「ありがとう、おばあちゃん。この板は大事に持っておくことにするよ」
「それがええ。それがええ。大事な縁があるかもしれんしのう」
 少女の明るい顔を見れたことに一安心した老婆は「ほほほ」と笑うと、そういえばとあることに気がついて少女に尋ねる。
「お譲ちゃんの名前を訊くのを忘れておったわい。良かったら教えてくれんかのう?」
「うん! わたしの名前は――」 
 
 少女とフシギダネが老婆の家にいる頃。
  
 その町の上では一匹の桃色に染まった小さな体に空色の瞳を浮べた生き物が空を飛んでいた。
  
 鳴きながら。

「みう」

 誰かを呼ぶように鳴きながら。
  


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