【1】 なんか最近、調子が悪い。 そんな気がする。 それともあれか、スランプってやつか。 そうなのか。 ポケモンセンターの宿泊施設にある一人用の部屋で、そんなことを考えながらベッドの上に一人、俺は寝転がっていた。 ポケモントレーナーとして数年前に旅立って、最初の頃は勢いに任せながら曲がりなくも順調だった気がする。 けれど今はどうなのだろうか? 旅を通して成長したはずなのに、何故かあの頃と比べたら小さくなったような気がしてならない。レベルアップしているはずなのに、逆にレベルダウンしているようにしか思えない自分がここにいる。 ここんとこ最近、ポケモンバトルで負けが続いている。 負けすぎて、どんな風に勝負に勝つんだっけ? と思わず錯覚するほど、なんか最近まいっている気がする。 友達からには少し休んだらとか勧められているけど……急に充電期間と言われてもなぁ、何をしたらいいか分からないというのが実情である。 ……うーん、なんか考えごとのしすぎで頭疲れたし、寝るか。 心にかかったままのもやに囚われながら、俺は目をつむった。 まるで夢に逃げるような感じが少し嫌だった。
【2】 ここは夢の中だろうか。 そう思いながら俺が起き上がると、そこに広がっていたのはどこかの塔みたいな場所の屋上なのかな。周りが空ばっかりだったのでそう判断した。ちなみに空は真っ暗闇に染まっており、それだからか目の前にいるやつの存在が浮き上がって見えた。 真白なもふもふを身につけ、空色の瞳がよく映えている一匹の龍……あれ、どこかで見たことあるような、ないような……? そんなことを考えている折だった。 真白の龍が大きく息を吸ってから――。 空に向かって咆哮(ほうこう)を上げた。 凛として力強く鳴り響く、その声の力に俺の体がビリビリと震えた。俺に向かって咆哮を上げたのならまだ分かるが、空に向かって放たれたはずの咆哮がここまでの力だとは思わなかった。 このように、真白の龍の底知れない強さを感じて、胸の鼓動が早くなっている俺と、真白の龍の視線が一点に交わった。全てを吸い込み、何もかもを溶かしそうな澄み渡る水色の瞳がとても綺麗で、高まってきていた胸の鼓動が落ち着いていきそうな気がした。 しかし、俺を見ていた真白の龍が目付きを鋭くしたした瞬間、いきなり咆哮を再び上げたかと思うと――。
いきなり火炎放射を俺に向けて放ってきやがった!
うわあああああ! と叫びながらも、俺はなんとか一直線に向かってくるその炎を避けることに成功した。 いきなり何してくれやがるんだ、この龍は!? 後もうちょっとで丸焦げだったぞ!? そんな俺の不満は露知らず、真白の龍が第二の火炎放射を放ってくる。俺はとにかくそれを避ける。どう考えても俺の話を聞いてくれそうな様子は真白の龍から感じないし、どうすればいいんだ、どうすれば。 その後、真白の龍は何度も何度も火炎放射を放っていき、俺はひたすらそれを避けていくというまさにイタチごっこが続いた。一体、いつになったら終わるんだ。俺が何をしたって言うんだよ、なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ。 はぁはぁと俺が肩で息をし始めていく。いきなり、なんか強そうなやつに会ったという上に、何度も火炎放射をかわし続けているんだ。高まっている緊張感の上に、命がけの逃走、疲れても無理がない気がする。まるで全力疾走をしている感覚が俺にはあった。 それにしても、あの真白の龍の火力は底なしか? 何度も火炎放射を放っているはずなのに、疲れの様子を一切感じさせない……まぁ、ただ者ではなさそうだから、これぐらいはやってのけるってか。ちくしょう。 また、真白の龍が火炎放射を放ってくる。俺がまた避ける。
なんかこう走り続けてると、最近の俺が浮べられてきたような気がしてきた。 そういえば、最近、勢いというかなんか攻めの姿勢が自分にはないような気がする。 こうやって、火炎放射からひたすら逃げ続けるように、怖くて進めないというのが多い気がする。 失敗するかもしれない、できないかもしれない、ここまでやってもいいんだろうか、最近のバトルはそんな気後れがたたって負けているような気がしている。 昔はこれで行くぜー! という思い切りが今よりあった。だから負けても自分の全力を出せたと思えて、もちろん負けたことにはすごい悔しくて、そしてそれが成長の糧になったと思う。 今は負けても全力を出せた感がなく、悔しさというより、変なもやもや感ばかりが俺の胸を覆うような気がする。 それと、勝つことにも昔はすごい喜びを噛みしめていたのに、今はなんか安堵感ばかりが覆っているような気がする。
そこまで思うと、俺は立ち止まった。すると、真白の龍も火炎放射を放つのを止めて、俺のことを見つめた。
あのときに戻ることはできない。 だけど、これからを変えること――今のうじうじとした俺の姿を変えることはできるのかな? 真白の龍の尻尾が赤く燃え上がり、そしてその口から放たれたのは蒼い炎。 俺は思い切りそれに向かって飛び込んでみた。 俺の体はあっという間に蒼い炎に包まれていったが、不思議なことに体が焼けることはなかった。その代わりと言ったらなんだが、体の方が熱くなっている。こんなところで何をしているんだと体に喝を入れられているような感じだ。
俺の中で何かが崩れた音がしたような気がした。
【3】
目が覚めたら、そこはポケモンセンターの宿泊施設にある一人用の部屋にあるベッドの上だった。 もう朝なのだろうか、窓の方からポッポやスバメのさわやかな鳴き声が聞こえてくる。 「……やっぱり夢だったよな」 不思議な夢であったと思いながら頭をポリポリとかいていると、ブルブルというバイブ音が枕元で鳴った。その音の元は俺の携帯で、赤と白のライン柄が特徴的な携帯だ。俺がその携帯を手に取り、画面を開くとそこには一件のメールが届いていることが表示されていた。 送信主は俺の親友からで、件名には『伝説のポケモンゲットなう』と打たれてあり、一枚の写真が添付されていた。 それは暁の空に浮かぶ白い雲、それは何かに見えるようで不思議な写真だと思ったが、その疑問は添付された写真の下に打たれていた文ではっきりとした。
『レシラムゲットなり! スゲーだろwww』
あの真白の龍の正体が分かった俺は思わず笑みを浮べながら、その親友に返信しといた。
『俺もゲットした』
返信し終えると、俺は携帯をベッドの上に置いて、起き上がった。 そして窓の方へと向かい無地のカーテンを開けると眩しい朝の光が部屋の中に入り込んでくる。 空を見上げてみると、広がる暁の空の情景が視界に映ってきた。
新しい一日の始まり。
それは新しい一歩の始まり。
踏み出す勇気はここにある。
暁に向かって俺はガッツポーズを送った。
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