【1】 「おーい帰って来たぞー」 そんな声が聞こえてきて、一匹の青いペンギンポケモン――ポッチャマがよちよちと玄関へと歩いていく。主が帰ってきたきたと言わんばかりの笑顔である。 「おー。留守番ごくろうさん、ポッチャマ」 「ぽちゃっ!」 これぐらい当然だろうと胸を張って答えるポッチャマの前にいたのは十五歳ぐらいの青年だった。右手に大きく膨らんだお店の袋をぶら提げていて、ポッチャマは何が入っているのだろうかと首をひねらせた。しかし、あいにく、袋は白色に染まっていて、中を覗くことは叶わなかった。 ポッチャマの視線に気がついた青年は、袋の中から入っている物を一個取り出して、見せてやった。
そこにはオレンジ色のカボチャが一個。
途端に、ポッチャマは悲鳴を上げながら見事なバックステップを決めた。 ついでに両手をカンフーでもやるかのように構えて、臨戦態勢なかっこうに早変わり。 「ありゃ……まだ、ダメだったかぁ。なぁ、ポッチャマ、このカボチャさんは何もしないぞ? 怖くないぞ?」 青年がそう説得してみるものの、ポッチャマの輪生態勢が解かれることはなかった。青年が白いスポーツ靴を脱いで、玄関からポッチャマに一歩近づくと、それに合わせてポッチャマは一歩後ろに下がる。 青年がもう一歩踏み出す。 ポッチャマがもう一歩後退する。 試しに青年はカボチャの入った袋を床に置き、ポッチャマに近づくと、ポッチャマはホッと安心したかのような顔を浮べる。そこで、青年は一歩戻って、例のカボチャの入った袋を持ち上げると、それを見たポッチャマの顔は再びこわばらせた。
それを何回か繰り返して、結局はふりだしに戻るのであった。
青年が困ったような顔を浮かべたのは言うまでもない。 「なぁ、ポッチャマ。このカボチャさん、お前にフラれて泣いてるぞ?」 えーんえーんと声色を変えてカボチャを演じてみせる青年だったが、そんな子供騙しがきくもんかと言いたげにポッチャマから返されるだけに終わった。 「お前なぁ、確かにあのときは驚かして悪かったよ。けどさ、そろそろカボチャさんを許してやれよ、な?」 「ぽっちゃ!」 「……このままだと、このカボチャさん、グレてお前を襲うかもなぁ」 「ぽ……ぽちゃぽちゃ!」 一瞬、カボチャに襲われるところを想像してみて戸惑ったポッチャマだったが、例え襲われたとしても返り討ちにしてくれるわと、すぐに思い直して首を横に振った。中々、進展しないこの状況に青年はどうしたものかと頭をかき始めた。
ポッチャマがカボチャを嫌いになった事情は、今から約一ヶ月前にあったハロウィンにさかのぼる。 青年がポッチャマをビックリさせようと、ハロウィンでは定番である、ジャックランタンを真っ暗な部屋でポッチャマに見せたのだが……。 結果は散々だった。 いきなり現れた、不気味に笑うカボチャにポッチャマは某サスペンスばりの悲鳴を上げたり。 それから、錯乱状態に陥ったポッチャマが水鉄砲を今度はマシンガンばりに乱射したり。 そして、びしょ濡れになった青年は翌日、風邪を引いてしまったり……おまけに数日間はポッチャマが口を開いてくれなかったりと本当に散々なハロウィンであった。 こうして、ポッチャマはその日がトラウマとなって大のカボチャ嫌いになってしまったというわけである。食べるのはもちろんのこと、目に入るだけでもアウト。青年に対する機嫌は直っているものの、カボチャに対する機嫌は直らないままである。
なんとかカボチャ嫌いを克服してもらいたいと青年は思った。 好き嫌いは良くない……というのはあくまで建前で、(実は)カボチャ好きだった自分の為にというのが一番であった。 ポッチャマが嫌いになってから(自分のせいもあるし)我慢してきた青年だったが、そろそろカボチャが恋しくなってきてしまい、そして今に至るということである。 「なぁ、ポッチャマ」と言いながら一歩前に踏み出す青年に、ポッチャマは頼むから止めて欲しいと言わんばかりに鳴きながら、再びバックステップジャンプを決めて見せたが――。
着地時にツルンと足元を狂わせて、そのまま背中から転倒し、居間にあるテーブルの柱に思いっきり後頭部を直撃させた。
「ポ、ポッチャマ!?」 青年が慌てながら自分に駆け寄ってくる姿をポッチャマはぼんやりとか感じ取れなかった。どうやら打ちどころが悪かったらしく、そのまま意識が遠くなっていく。 「大丈夫か!? ポッチャマ! ポッチャマ!」 青年の悲痛な声が届くこなく、ポッチャマの意識は真っ黒に塗りつぶされた。
【2】 「ぽ、ちゃ……?」 ポッチャマが目を覚まし、体を起こす。 ぼんやりとする視界の中、ポッチャマは何があったのだろうかと思い出すことを試みてみた。 確か、青年が自分の大嫌いなカボチャを持ってきて、自分がそれを避ける為に後ろへと下がったら、誤って滑って、それから頭を打って――そんな感じで、徐々にぼんやりとしていた視界が明るくなってくると、ポッチャマは目を丸くさせた。 ここはどこ? 上も下も、右を視点を映しても、左に顔を向けても、真っ白に塗られた空間しかそこにはなかった。青年の姿はなく、そこにいたのはポッチャマともう一つ。
何故か隣にオレンジカラーのカボチャが一個あった。
「ぽちゃっ!?」 ポッチャマは思わず右サイドジャンプを決め、カボチャから距離を取ると、それに訝しげな(いぶかしげな)視線をぶつけた。 いつのまにあったのだろうか、このカボチャ。不意打ちとは卑怯なマネをするではないかと、そんなことを思いながらポッチャマがカボチャをにらみつけているときのことだった。いきなりカボチャがガタガタと震えだしたかと思いきや、次の瞬間、カボチャの頭の部分がパカッと勢いよく開いた。すると、白い煙がもくもくと中からどんどんとあふれてきて――。
「呼ばれて飛び出て、カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ チャチャチャ、カボチャのカボチャンデラ♪」
陽気な歌と共に、現れ、宙に浮かんでいるのはシャンデリアの姿にも似たポケモン、シャンデラというポケモンが――。
「ちょっと! そこ! わたしはシャンデラじゃなくて、カボチャンデラっちゃ! んもう、次間違えたら、カボチャにして、こんがりおいしい、外はカリッと、中はフワッとなパンプキンパイにしてやるっちゃ♪」 「ぽ、ぽちゃ……?」 なにやらあさっての方向に向かって主張しているカボチャカラーの炎を灯しているシャンデ――いや、カボチャンデラにポッチャマがなんだコイツと言いたかった。顔にもそのような気持ちが浮かび上がっている。 「はーい♪ そこのペンギンちゃーん。わたしの名前はカボチャンデラっちゃ♪ キミの名前を教えて欲しいっちゃ♪」 「ぽ、ぽっちゃま……」 とりあえず、この場は流れに任せて、ポッチャマが自分の名前を名乗ると、カボチャンデラはふむふむと頷き、それから先端にオレンジ色の炎をまとう細い腕を一本、ポッチャマに向けてビシっと力強く指すと、こう言った。 「ずばりっちゃ、ポッチャマ! キミはカボチャが好きだっちゃ!?」 「ぽちゃっ!」 「え、違うっちゃ? むしろ嫌いだっちゃ? そ、そんな……お姉さん、寂しいっちゃ……」 そんなの知るかとポッチャマは鼻を鳴らしながらムスっとした表情を浮かべて首を横に振った。いきなり現れては、自分の嫌いなカボチャの話を振ってくるし、それにカボチャから出てきたというのもあってか、あのカボチャンデラというやつがカボチャに見えてしょうがない。本当に迷惑な話だとポッチャマは思った。しかし、カボチャンデラもそれで退くわけにはいかなかった。 「いいっちゃ!? カボチャというのは緑黄色野菜でビタミンやカロテンが豊富な栄養価の高い、優秀な野菜っちゃ! それに――」 以後、カボチャンデラの熱いカボチャトークが延々と続いていった。当然、ポッチャマにとってはどうでもいい話だったわけで、ビタミン? カロテン? 何それ。というか大嫌いなカボチャに興味が湧くわけなんかないといった感じで、やがて退屈そうに口を開いては大あくびをかます始末。そうして徐々にうつらうつらとなっていき――。 「それでっちゃ、カボチャはシチューとかスープ系の器代わりも果たすっちゃ。これぞエコっちゃ。素敵だと思わないっちゃ?」 カボチャンデラが気がついたときには大きな鼻ちょうちんを作っているペンギンが一匹、そこにいた。
「おいこらっちゃ! お姉さんの話をちゃんと聞くっちゃ!」 カボチャンデラがそう怒鳴ると、やかましいなぁと思いながらポッチャマが起き上がった。そんなやる気も何もなさそうなポッチャマにカボチャンデラの中で何かが爆発したのか、オレンジ色の炎が激しく燃え始めた。 「お姉さんの話を聞かない子にはおしおきしてやるっちゃ! カボチャの刑にしてやるっちゃ!」 「ぽちゃ!?」 ゆらりゆらりと近づいてくるカボチャンデラにポッチャマは戦慄(せんりつ)を覚えた。 カボチャ来るな!
その気迫が乗ったポッチャマのマシンガンばりな水鉄砲が連射されていく。 「ちゃっ!? み、水っ! 水はなしっちゃ!? あぷっ! わぷっ! へるぷっ!」 炎タイプであるところは元のシャンデラとは変わりないようで、カボチャンデラには効果抜群だった。 鎮火されそうで襲うつもりが逆にピンチに陥ったカボチャンデラに、容赦なく水鉄砲をマシンガンのようにかましていくポッチャマ。 しかし、いつかは弾切れになる本物のマシンガンのように、ポッチャマの水鉄砲も切れるときがやってきた。流石に、連射は体にこたえたようで、はぁはぁと苦しそうにポッチャマが息を上げたときだった。 「ぽちゃあっ!?」 「ちゃ、ちゃ、ちゃ♪ お姉さんを甘く見ないで欲しいっちゃ……♪ がはっ、ぶはっ、む、無理なんかしてないっちゃ?」 いや明らかにダメージの蓄積量が重すぎて、浮遊するのも一苦労しているように見えないのだが。 しかし、そんな満身創痍(まんしんそうい)な姿になっても、カボチャンデラはポッチャマに近づいていく。一方、あれで決着がついたとばかり思っていたポッチャマは当然、戸惑うばかり。その戸惑いはカボチャンデラが何かを仕掛ける猶予(ゆうよ)を与えてしまうという結果に繋がってしまい――。
「カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ あなたはだんだんカボチャになるぅ……カボチャになるぅ……っちゃ♪」
そんな摩訶不思議な呪文を唱えながら、カボチャンデラが二本の細い腕の先端に燃える、四つのオレンジ色に染まった炎をゆぅらゆらと不気味に、怪しく揺らした。 すると、それを一度、目に止めてしまったポッチャマはあら不思議、それから目が離せなくなってしまった。カボチャになんかなりたくないという気持ちは残念ながら、徐々に遠くなっていく意識と共にぼんやりとなってしまい――。 「カボチャ……もといカボッチャマになるというのも悪くないっちゃ♪ それじゃ、行ってらっしゃいっちゃ♪」 カボチャンデラのその言葉を最後に、ポッチャマはまた意識を失った。
【3】 ここはどこなのだろう? ポッチャマが気がついたときには、そこはどこかの居間にあるテーブルの上だった。どこかで見覚えがある場所だと思っていたとき、ポッチャマはようやく自分の身に異変が起こっていることを知った。
カボチャになってる!
そう、今のポッチャマは青いペンギンの姿ではなく、実がのった大きなオレンジ色のカボチャになっていたのだ。 そういえばと、ポッチャマは気を失う前のことを思い出していた。もちろん、あのカボチャンデラのことである。まさかあの野郎、本当にカボチャにしやがって……と文句をぶちまけたかったポッチャマであったが、残念ながら肝心の相手がいない上に、声まで出すことができなかった。おまけに動けないときたから困ったものだった。 さてどうしようかとポッチャマが思っていると、誰かが居間にやってきた。その現れた者の姿にポッチャマは驚いた。それは、他ならないポッチャマのパートナーである青年だったからである。ポッチャマが場所に見覚えがあると感じたのは、ここが青年の家だったからだ。 ポッチャマは助けを呼ぼうと、必死に声を出そうとするが、やはりそれは叶わなかった。そして一方、青年はというと楽しげに鳩胸をアピールしているマメパトがプリントされているエプロンを着ている。
ここだよ! 気がついてよ!
そう声を上げたかったポッチャマだったが、何度やってみても結果は同じである。やがてエプロンを装着し終え、台所で手を洗い終えた青年がキッチンから包丁を一本取り出したのを見たポッチャマに戦慄(せんりつ)が走った。 まさか、あの包丁でカボチャになっている自分を――そう思ったポッチャマはガクガクブルブルと半ば涙ぐみながら、待って、待ってよと主張した。しかし、青年から見たら何の仕掛けもないカボチャ、露知らないのは無理ない。そして、青年は鼻歌交じりに白いまな板を準備すると、テーブル上にあったカボチャをそれに移し、包丁を持った。 キラリと鋭利さを語る包丁。 そして、その冷たいものが当たる感覚。 ポッチャマはただひたすらガクガクブルブルする他なく――。
ざっくばらん。
そのまま青年がカボチャを何個かに分けると、お鍋に水を入れて、火をかけた。 その水が沸騰したら、ざっくばらんにしたカボチャを鍋の中に投入して、しばらく熱湯風呂に浸からせる。 少ししたら、火を止めて、青年はつまようじでカボチャを刺し、皮が柔らかくなっていることを確認すると、ざっくばらんのカボチャ達を取り出した。 銀色に輝くボウルの中に入った、ざっくばらんのカボチャ達を青年は丁寧に皮をむいていく。 そして全ての皮をむき終えた青年はカボチャを潰して、それから裏ごし作業を行った。 その作業が終わると、青年は市販のパイ生地を使って、カボチャの為の部屋作りに入る。めん棒を使って上手い具合に円状に伸ばした。 パイ生地作業を終えると、今度はパイの具である裏ごしをしたカボチャに砂糖や生クリーム、ほぐした卵などを入れて、かき混ぜていく。 銀色に輝くステージで踊る、カボチャから甘くていい香りが漂い始めて、青年は思わず顔をにやけさせた。 こうしてピューレー状になったカボチャとパイ生地を型に入れて、更にパイ生地を網目模様に詰めると、青年はレンジに入れて、スイッチを入れた。 それから約一時間後、チンという終了合図が電子レンジから鳴り響き、桃色のキッチンミトンを装備した青年が中から、型を取り出すと――。
そこには円状で、表面と縁がパイ生地でできていて、そして中はふんわり美味しそうなカボチャのパンプキンパイがあった。 湯気がもくもく上がっていて、パイ生地はこんがりと小金色に焼けていた。そしてパイの具であるカボチャから甘い香りが漂っている。 青年は包丁で器用にいくつか切り分けると、フォークを片手に持ち、食べ始めた。 外はカリっと。 中はフワッと。 上手くできたようで、青年は顔をほころばせながら、一気にほおばっていく。 それを半分ほどほおばると「えへへ、後は晩飯の後のデザートにしようっと♪」と青年は楽しげに言いながら、残りのパンプキンパイにラップをかけてから冷蔵庫に入れると、外へと遊びに行ったのである。
さて、冷蔵庫に残されたパンプキンパイ――ポッチャマは呆然としていた。 調理されてしまっている間に何も感じなかったのだ。包丁で感じるはずだった切られるという痛みも、鍋やレンジでの熱さも全く感じなかったのである。そしてパンプキンパイにされて、こうやって青年に半分ほど食べられてもなお、意識は残っている。 そんな摩訶不思議に、ポッチャマが依然とボーっとしている間に時が一気に流れたのか、やがてまた冷蔵庫が開かれた。 「今、これぐらいしかないけど、食べられるかな? とりあえず急がなくっちゃっ」 青年が慌てながら、取り出したパンプキンパイを再び皿に置き、レンジの中に入れると、スタートと書かれているスイッチを押した。 何ごとなんだろうとポッチャマがレンジ越しで居間の様子をうかがうと、驚いた。 なんと、青年に抱かれ居間に現れたのが他ならない、ポッチャマだったからだ。 チンっとレンジが暖め終えたことを伝える為に鳴ると、青年はとりあえずポッチャマをイスに座らせ、レンジからパンプキンパイを取り出した。 それからラップを取り外して、フォークで一すくいすると、ぐったりしている様子のポッチャマに一口運んだ。 そのときだった。
パンプキンパイ姿のポッチャマが昔を思い出した。
あれは一年前ぐらいのことだろうか? ポッチャマがどこぞのトレーナーに捨てられ、右も左も分からない野生の世界でさまよい、ついに空腹と疲れで倒れたときに助けてくれたのがあの青年だった。 青年は友達との遊びからの帰り道で、道端で倒れているポッチャマを見つけると慌てて拾い、連れ帰った。 そして、青年が家でポッチャマに食べさせたのが――。
パンプキンパイだった。
あのとき、ポッチャマはあまりの空腹から夢中で食べていたので、何を食べていたのか分からなかったが、あれはポッチャマの大嫌いなカボチャで、そして、それはとてもおいしかった。
それを思い出した。
【4】 「どうだったっちゃ? カボチャになった気分はっちゃ」 次にポッチャマが目を覚ましたときに、そこいたのはカボチャンデラだった。 どうやら元の姿に戻っているようだ、そう気がついたポッチャマのおなかから虫が鳴いた。その間の抜けた音にカボチャンデラは恥ずかしそうな顔を浮べた。 「ちゃちゃちゃ♪ 色々あって、おなかがすいたっちゃ? そんな子にはこれをあげるっちゃ♪」 そう言いながらカボチャンデラがポンっと、ポッチャマの手の上に乗せたのは一個のパンプキンパイだった。 ポッチャマが少しの間、それを眺めていると、カボチャンデラが言った。 「早く食べないと冷めちゃうっちゃ? あ、ちなみにどうやってパンプキンパイを出したのかは企業秘密っちゃ♪」 カボチャンデラに促され、ポッチャマは食べることにした。
外はカリっと。 中はフワッと。 そして口の中に広がる素朴なカボチャの味。 それから温かい味。
おいしい、ポッチャマがそう思ったのと、そのつぶらな瞳から涙がこぼれ落ちるのはほぼ同時であった。 あの日、青年がくれたパンプキンパイ。 あの日、自分を助けてくれたパンプキンパイ。 あの日の想い出がパンプキンパイを通じて、温かくポッチャマの胸に伝わっていく。 なんで嫌いになったんだろうかと、そう不思議に思えるほど、あのときのジャックランタンが可愛く思えるほど、ポッチャマはパンプキンパイ――カボチャが大好きになっていた。そんなポッチャマの心が分かったのか、カボチャンデラは微笑んだ。 「もう大丈夫みたいだねっちゃ」 カボチャンデラの言葉と共に、ポッチャマの体がフラっと揺れる。 またポッチャマの視界が歪んで暗くなってきたのだ。なんだか眠くなってきたという感覚がポッチャマの体を支配していく。 「『あのとき』は怖がらせちゃって、ごめんっちゃ」 微笑みながらそう言うカボチャンデラに何か返そうとしたポッチャマだったが、そこで意識が完全に暗転した。
【5】 「良かった……やっと気がついたっ」 ポッチャマが目覚めると、そこは青年の部屋にあるベッドの上だった。声がする方にポッチャマが顔を向けると安堵(あんど)の息をついている青年がいた。 「お前、机の柱に頭おもいっきりぶつけて、気絶してたんだぞ? 大丈夫か? 気分とか悪くないか?」 青年は確かにいるが、あのカボチャンデラの姿がどこにも見当たらない。あれは夢だったのだろうかとポッチャマは視線を右に左にキョロキョロさせたり、もしかしたら、これが夢なのかもしれないと自分のほおをつねってみたりした。そんなポッチャマの様子に、事情を知らない青年は心配そうな顔を浮べた。もしかしたらどこか変なところを打ったのではないかと思ったのである。 「ほ、本当に大丈夫か?」 ポッチャマがやっと青年が浮べている顔に気がついて、立ち上がると、「ぽちゃ!」と言いながら、腰に両手をつけ、鼻を鳴らしてみせた。その様子に青年が一安心した後のことだった。
お互いのおなかから虫が鳴いた。
青年とポッチャマはパチクリとお互いを見合った後、あまりの偶然さにおかしくなって笑った。それから青年が何か背後に置いているらしく、背中を回してそれを取ると、ポッチャマの前に出した。 それは白い皿の上に乗っている一つのパンプキンパイで、表面は網目状のパイ生地が広がっている。 温かな湯気がふわふわ上がっていた。 「腹減ってるかなって思って作ってたんだけど、暖かい内に目を覚ましたな」 「ぽちゃ……」 「あのな、ポッチャマ。カボチャはとてもおいし――」 青年が説得しようとしたときだった。 ポッチャマがパンプキパイを眺めながらよだれを垂らしているのが見えたのである。 「まさか……ポッチャマ、お前、カボチャ嫌いじゃなくなったのか?」 青年がそう言うや否や、ポッチャマがパンプキンパイにがっつき始めた。 外はカリッと。 中はフワッと。 おいしいと、ポッチャマの目がらんらんと輝いている。 「もしかして……頭ぶつけた衝撃で」 「ぽちゃぽちゃ!」 訝しげ(いぶかしげ)に覗いてくる青年にポッチャマは怒るように鳴くと、またパンプキンパイにがっつき始める。 「ま、まぁ……別に好きになったら好きになったで、僕も助かるけど」 これでカボチャを我慢しなくてもいいんだと、青年がホッとしながらポッチャマのパンプキンパイにがっつく姿を見ると、つい微笑む。まるでカボチャ嫌いが嘘だったみたいだと思ったのもあったが、そういえば、ポッチャマに最初食べさせたのもパンプキンパイだったなと思い出したのである。 そんなことを思いながら青年が眺めていると、ポッチャマがいきなり食べる動作を止めた。 そして、青年を一回見ると、残っていたパンプキンパイを半分に割って、片方を青年に差し出した。 「え、くれるのか?」 目を丸くさせている青年にポッチャマが「ぽちゃ!」と言いながら、青年に差し出し続ける。 ポッチャマから分けてもらったという驚きと、喜びを噛みしめるように青年がはにかんだ。 「ありがとな、ポッチャマ!」 パンプキンパイを受け取った青年は礼を言うと、早速一口食べる。 ポッチャマもそれに続いて一口食べる。
外はカリッと。 中はフワッと。 こんなにも笑顔が溢れてくる。
『カボチャのチャチャチャ♪ カボチャのチャチャチャ♪ チャチャチャ、カボチャのカボチャンデラ♪』
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