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  [No.4066] Santalum album 投稿者:浮線綾   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:12:47   88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 暗雲が天に満ち、ざあざあと大雨が降り始める。
 戦士は行かねばならなかった。竜の鱗を綴った防具をしゃらんしゃらんと鳴らしつつ。
 この島の中で唯一異様な雰囲気を醸し出す瀟洒な屋敷へと、ぬかるんだ道を急ぐ、急ぐ、一刻も早く終わらせねば。
 恵みの雨が続くうちに。
 終わらせなければならない。

 雨の中で異邦人の屋敷は白く輝いて見えた。忌々しかった。
 入る前にドアをノック?━━知ったことか。島の守り神のものであるはずの森の木を勝手に伐って作った仰々しい扉を、激しく蹴りとばすが戸は開かない。鍵などというものを取り付けて他人が勝手に家の中に入れないようにしているのだ。どれだけ冷酷で自己中心的なのか。
 だから戦士は腰帯に吊るしていた瓢箪を手に取り、その栓を抜いた。黄金色に輝く鎧に覆われた鱗竜が姿を現す。
 戦士が指示を出すと、竜はその太い腕を振るい、拳で厚い扉を叩き割った。

「あらあら、香りに誘われ、お茶にいらしたの?」
 間延びした、声。
 屋敷の中は甘ったるい匂いが満ちていた。島の森のかぐわしい空気とは正反対の、むせかえるような、薔薇と、毒と、茶の香りだ。
 商人は絹の布きれをかけた卓に着き、シノワズリの白磁を傾け花入りの茶を啜っていた。その身を包むのは真っ白な絹のドレス。
「どうぞお座りになって。あなたの分のロズレイティーも用意してありますわ。なにせあなたときたら……かなり遠くからでも聞こえますものね。その大きな足音といいますか、賑やかなアクセサリー……ふふふ」
「━━我はカプより光り輝く石を賜りしポニの守護者である」
 戦士は石の腕輪と、浅黒い肌に刻まれたポニの戦士の紫の入れ墨を示し、泥で汚れた裸足で重厚な絨毯を踏みにじったまま、商人を見下ろした。
「島の自然を破壊し奪った財物でのうのうと暮らしている卑怯者とは、貴様だな」
「まあ、あなたって……哀れなほど盲目ね。お友達のキラキラ輝く鱗で目が眩んでしまったのかしら」
 真っ赤に塗られた商人の唇が卑しく曲がる。
 戦士は嫌悪感を覚え、その悪しき感情を体内から捨てるために絨毯の上に唾を吐いた。
「表に出よ、悪魔の商人。カプのご照覧の下、正々堂々と決着をつけようではないか。我らが勝ったならば、館を潰し、島から永劫に立ち去るがよい」
「仕方ありませんわね、道理を話して聞かせようにも、あなたきっと聞かずにこの美しいお屋敷を何もかもめちゃくちゃになさるでしょう?」
「これまで散々話し合いを無視してきたのはどちらか!」
 戦士が腹の底から声を出し怒鳴りつけると、商人は静かにカップをソーサーに置いた。絹の裾を鳴らして立ち上がる。
 そして甘ったるい笑みを浮かべた。

***

 暴雨が大地を浚い、海の波は高い。
「荒磯の、彼岸の遺跡に在すカプ・レヒレよ、我に力を与えたまえ、簒奪者を亡者の水底へといざないたまえ!」
 戦士は朗々と守り神を讃えると、首にかけていた葉と実のレイを外して荒れ狂う海に投げ込んだ。
 そして傍に控えていた黄金に輝く鱗を持つ竜と共に体を躍動させ、金属質の飾り鱗を賑々しく打ち鳴らす。
「我ら異界の闇を祓う者、聖なる響きにより悪を退け、鱗の光により魔を滅す!」

 対峙する商人は絹の裾をたくし上げ、絹の傘をさし、おまけに回復道具を詰め込んだらしい鞄も抱えて━━降りしきる大雨の中でどうも格好がついていない。その傍には、両腕に紅と青、頭に白の薔薇の花を持つモンスターを伴っている。
「あらあら、もう、泥はねが…………成程そちらのドラゴンも光の使者というわけですね。わたくしのこのロズレイドも祖国の国王陛下より賜った光の石のエネルギーを浴びて、このように香り高い姿に進化したのですよ」
 ロズレイドと呼ばれた薔薇のモンスターは、先ほどの館に満ちていたような頭がくらくらするほどの匂いをその身から漂わせていた。たっぷりの湿気の中でひどく重苦しくまとわりつく。
「妙な香りだ、惑わされるな!」
 戦友を叱咤する。
 ジャラランガは咆哮した。地につけていた両の拳を天に突き上げ、背骨をぐぐと反らして勇壮にいなないた。全身の青銅の鱗を打ち鳴らす、自陣を鼓舞し敵を圧する。澄ましていたロズレイドの花弁が音圧を受けてかすかに震え、その向こうの商人も口角を吊り上げる。
 そして双方が動いた。
「花吹雪」
「スケイルノイズ!」



 青銅の鱗がガシャガシャとぶつかってこすれて。
 荒々しい美しさだこと、と商人は笑う。それは南国の素朴な音楽を思わせる。
 ジャラランガは激しく体を揺すった、全身の金属質の飾り鱗を打ち鳴らし、それはエキゾチックで洗練された響きだ。ロズレイドの左手の青薔薇から撃った波涛のごとき花吹雪は、音波とぶつかって、泡のように、空に散って消えた。
 続けて第二波が飛んで来る。今度は花弁を霧散させる為でなく、ロズレイド本体を吹き飛ばす為に。

「根を」
 爆音に曝されても、長く寄り添った商人の涼やかな声はロズレイドにはよく聞き取れた。足元の大地に植物を繁茂させる。大地の養分を吸収しつつ、姿勢を持ち直して。
「根ごと吹き飛ばせ!」
 敵の追撃指示。三発目のスケイルノイズ。
 ぬかるんだ地面ごと、今度こそ弾き飛ばされた。

「いやですわ、やっぱり水はけのよい土地でないと薔薇は美しく咲けませんわね……」
 眉間を押さえる商人に応え、地に膝をついたロズレイドは太陽を呼んだ。とたんに雨雲が割れ、光の梯子が下ろされる。ロズレイドの全身の緑が喜んで光合成を始める。
 南国の強い日差しを受け、あっという間に地表のぬかるみさえ蒸発する。心なしか、戦士とジャラランガの表情が歪んだ。
「このところ雨続きで欝々としておりましたの……さあ、あちらも乾かして差し上げて、ロズレイド」
 太陽の強い日差しを集め発火させる。無数にして巨大にして豪速の火球を、濡れそぼったジャラランガに投げつけた。
 しかしジャラランガは無造作にそれをすべて受け流す。
「ポニの大峡谷の鱗竜に、西洋の鉄砲玉など通用せぬと思い知れ」
 竜が吼える。自身の鱗を痛めつけつつ巻き起こす轟音は、爆発の如き風圧を生みロズレイドを再び大地につき転ばす。ロズレイドは喘ぎ、また思い切り光合成をしようとした。

 しかし見る見るうちに、太陽の加護は遠のいていった。
 またしても暗雲が空に戻ってくる。ぽつり、と雫がこぼれたかと思うと、再び滝のような雨が降り出した。
「あら、なぜ……」
「ポニの守り神の計らいだ。海鳥たちが守りの雨をもたらした━━貴様らに光をくれてやるくらいなら、我らポニの民、白檀の森ごと、カプに命をお返しする覚悟だ……!」
 ロズレイドとジャラランガの上空を、野生のペリッパーたちが旋回している。彼らが雨を降らし、ロズレイドを太陽から遠ざけたのだ。
 野生の生き物に乱入されて困惑する商人を睨みつけ、ポニの戦士はその罪を糾弾した。
「聞くがいい、罪深き異国の白檀商人よ、貴様がこの島で何を成したか!」

***

 晴れる日が、恐ろしい。
 晴れた日には、森を焼きに行かねばならない。

 物欲に駆られた愚かなポニの長が、異国の商人とばかげた取引をしたのだ。━━香り高い茶、見目麗しい白磁、なめらかな光沢のある絹織物、立派な白い邸宅、軽快に走る頑健な船、恐るべき破壊力を備えた鉄砲に大砲。それらを手に入れたいがために、愚かな長は守るべき島の自然を破壊した。
 商人は、ポニ島に生える『白檀』という香木を欲している。
 白檀の伐採や運搬など、過重な労働に駆り出されたポニの島民たちは疲弊しきっているが、それだけではない。

「貴様らが欲する白檀を伐るためだけに、無数の森が焼き払われた!」
 かつてこの本島に数多く生息した首長のナッシーたちも、炎から逃れ損ねたかあっという間に姿を消し、小さな離島にしか見られなくなった。
 そもそもの白檀の木も、乱伐に遭ってはめっきり数を減らし、見つけるためにますますたくさんの森が焼かれる、白檀は焼いた時に香りが立つから、それで白檀を見つけるのだ。
 だから恵みの雨は続かねばならない。
 晴れた日は、森を焼くことを強要される。

「森が枯れ、海も痩せ、人々は疲れ果て、このままではポニは滅びる」
 だが、しかし。島を滅ぼしかけた愚かな長は今となってはもういない。カプの罰か否か、それを知る者はない。
 だから、あとは、この白檀商人を、消しさえすれば。
 世界を光で満たす太陽を心から歓迎できるものを。
「あとは貴様さえいなくなれば━━━━!」

 雷鳴のごとく激しく鱗を打ち鳴らしながら、ジャラランガが吼え、泥濘を蹴散らして走る。
 曇った鱗に覆われた腕を大きく振り上げ、そして、ロズレイドの胴体に青銅の爪が深々と突き刺さった。

***

 ガアア、ア、ア、とジャラランガが苦悶の声を上げた。
 必殺のスカイアッパーを弱った敵の懐の急所に見舞ったはずなのに、ロズレイドは喜悦の表情を浮かべて、甘ったるい薔薇の香りを撒き散らしながらジャラランガの腕を掴む。そのブーケの中に潜ませていた毒の棘を深々と鱗の隙間に突き立てる。

「先ほどまで慎重に接近を避けておられましたのに。焦りまして?」
 雨幕の向こうで白檀商人が嗤う。
 その手には空になった“Hyper Potion”━━すごいキズぐすりの容器があった。姑息にも戦士が白檀商人の罪を糾弾している隙に回復アイテムを使い、ロズレイドの体力を補っていたらしい。

 また地中から湧き出た植物の蔓が、空中に飛び出していたジャラランガを絡めとった。貪欲な寄生植物は竜の鱗の下に潜り込み、肉に根を張りエネルギーを吸収する。一方でロズレイドの体は瑞々しさを取り戻してゆく。
「これは、宿り木……?」
「あなたの長いお話、つい退屈で」
 ジャラランガは大地に引きずり下ろされる。しかしその腕に突き刺さった毒の棘は抜けず、ブーケの中に隠されていた棘付き鞭がずるりと伸びた。大地に這いつくばるジャラランガを、宿り木と薔薇の玉座に座したロズレイドが見下ろし上機嫌に笑んでみせた。
「さあ、続けてベノムトラップを」
 続けざまに棘付き鞭に別の毒液が流し込まれる。すでにジャラランガの体内を侵食していた毒と反応を起こし、その体を蝕んだ。宿り木に締め上げられて行動の自由が奪われたうえ、二種の毒を受け四肢にほとんど力が入らないのが見て取れる。状況判断が遅れた戦士が逡巡する僅か数瞬の間にも、ジャラランガは宿り木と毒で体を内外からボロボロに溶かされ、雨に打たれ惨めな姿になり果てた。
 ポニの戦士は唾棄し歯噛みした。
「……汚い寄生植物めが……まるで貴様のようだ、白檀商人」
「あら、ご存知ないかしら━━ヤドリギというのは、ビャクダン科の植物。白檀は寄生植物なの」
 噎せ返るような白檀の香りが雨の中に満ちていた。



 白檀の寄生根に絡めとられもがくジャラランガを、ロズレイドは見下ろして嘲笑う。
 絹のドレスに身を包んだ白檀商人は、絹傘の陰で憂いを込めて嘆息した。
「……さて、困りましたわね……先ほどのあなたのお話ですと、わたくしの取引相手であるポニ島の酋長は既にいないのですよねえ……」
 もはや目の前の戦闘に興味はないのか、不良債権の処理に気を取られているようである。
 ジャラランガが無意味に足掻いているだけなのをいいことに白檀商人は暫し思案していたが、ふと、ぽんと陽気に両手を打ち鳴らした。
「ならばせめて、あなたを捕縛し━━あなたにポニ酋長の殺害の嫌疑あること、アローラ当局に訴え出ねばなりませんね?」
 ポニの戦士が、かすかに動揺する、竜の鱗を加工した装飾品が揺れてちりりと焦れたように鳴る。
「……できるものか、長が消えたのはカプの罰だ……!」
「さてどうかしら。あなたが嘘をついているか否かは、この戦いをご照覧のカプとやらがきっと見定めて正しき裁きを下すはず、そうでしょう?」
 ━━まあカプが手を下さずとも、海外諸国と親密な現アローラ政権下で然るべき機関に訴え出てしまえば、白檀商人の言い分が受け入れられる公算のほうがはるかに大きいのだけれども。
 白檀商人が鈴を転がすような声で笑うと、戦士は震える拳を握りしめ、深く息を吐いた。

 最初の怒涛のスケイルノイズのために、ジャラランガの攻防一体の自慢の鱗はかなり早期から傷みボロボロになっている。そこを毒に蝕まれ、白檀の根に捕らえられ、もはや装甲も力も体力も残りわずか、動くことすらままなるまい。
 その鼻先へロズレイドは薔薇の花を差し伸べ、うっとりするほどの官能的な香りをたっぷりと吸い込ませてやった。思考することすら億劫になるまで、理性が崩壊するまで。



 ジャラランガは戦友を待っていた。すっかり鈍くなった鱗の向こうの赤い眼差しは、責めてはいない。ただひたすら体力を温存しつつ、抗いがたい魅力を持つ香りの誘惑と闘いつつ、錆び付きそうになる雨の中で、無言で友の正義を信じ、その指示を待っている。
「わかっている……我らは間違っていない。我らは正しい……ポニを守らねば。カプ・レヒレよ、我らを護りたまえ!」
 ポニの戦士は賛歌を朗誦する。絶体絶命の危機に瀕しているはずのジャラランガもそれに呼応し、僅かに自由の残っていた、尾の錆びかけた鱗を打ち鳴らした。

 白檀商人とロズレイドはわずかに目を眇める。敵にはまだ奥の手があるらしい。さて傷ついた鱗と溶けた爪と萎えた手足とで、何をしてくれるというのか。
 ロズレイドは念のためにちらりと白檀商人を伺う。
 こちらも頷き合った━━わかっている、相手の心が折れないのなら、むざむざ時間をくれてやることはない。
 ジャラランガに向き直る。敵の目は闘志を宿し、輝いていた。
 背後から白檀商人の熱に浮かされたような指示が聞こえてくる。
「花弁の舞……!」



 僅かに香りが変わった、と気付くが早いか。
 ロズレイドがゆらりと動いたかと思うと、恍惚とした表情で舞い始めた。
 右の紅薔薇、左の青薔薇、双方から無数の花弁が左右に噴き出して、うねり、こすれて熱風をも生み出し、激烈な甘い香りを漂わせながら、見るもおぞましい極彩色の点描、地獄の毒沼を作り出した。
 ジャラランガの手足は忌々しい毒と白檀に縛られているけれど、でも、心はポニの戦士と共に一つであって、そしてまだ自由だった。ふたりは共に心を鎮める。とても静かだった。
 ただ、静かだった。紅と青を扱き混ぜた嵐が音も無く襲い掛かる、香り立つ白檀の枝ごと、傷つき錆びたジャラランガの鱗を削り取る。
 ━━今だ。
 あちらが香りを変えるなら、こちらも別のビートを刻むまで。

 ポニの戦士は光り輝く石の腕輪を掲げた。
 両手を持ち上げ、頭の右横に構える。
 右手が上顎、左手が下顎。
 竜の顎を模した形の両手をなめらかに正面に突き出し、そして大きく斜め上下に開く。
 嵐を喰らい尽くす大顎を描き出す。



 花弁の舞で、白檀の呪縛のほんの一角が断ち切られた、まあすぐに再生するから、などとロズレイドは思いつつ無我夢中で舞い踊っていたら━━突如ジャラランガの体躯が光を纏い躍動した。
 それは、全力の、竜の舞。
 ロズレイド自身も夢中で花弁の嵐に狂喜乱舞しながら、ジャラランガの舞に見入っていた。相手も同じで、無我夢中で舞いながら、こちらを見ていた。
 脳髄がとろけるほど濃厚な薔薇の香り。
 豪華絢爛な金属質の鱗の響き。
 そして二体は舞の腕を競いだす。
 どちらがより美しく、より強く、より輝けるか。舞比べと洒落こもう。
 花弁の舞が敵を傷つける技であるならば、竜の舞は自らを磨き昇華する技である。
 度重なるスケイルノイズで自身を散々すり減らしたはずなのに、更にベノムトラップでぼろぼろに溶かしてやったはずなのに、紅と青の花弁で完膚なきまでにずたずたに刻んだはずなのに。ジャラランガが舞えば舞うほどその青銅の鱗は鋭く研がれ、黄金色の輝きを増す。
 南国の音楽は陽気だけれど、こうなってはもはや耳障りである。飲み込んでやれ、と最後の理性が命じた。あとは濃厚な薔薇の香りの狂気の渦に呑まれた。



 もはやロズレイドは正気を失い、自身の強すぎる毒と香りに酔いしれて、自身の自慢の萼のうなじや托葉のマントすら切り裂きながらも、花弁の舞はますます勢いを増す。
 けれどもう遅い、戦士の全力を受け取ったジャラランガによる全力の竜の舞によって、爪の鋭さも、鱗の硬度も、敏捷性も、すべてが取り戻され、かつ更に磨きがかかった。
 もはや花弁の舞はこの前座でしかない。
 黄金の雨に輝く鱗で、薔薇の花弁を無残に切り刻み、踏み躙ってやった。
 疲れ切ったロズレイドは、もはや丸裸。
「叩きのめせ!」
 戦士とジャラランガは哄笑した。ロズレイドへと、正面から突っ込んでいく。
 白檀商人は苦笑し、空になった“Full Heal”━━なんでもなおしの容器を地に放り捨て、ロズレイドに呼びかけた。
「マジカルシャイン」

***

 真っ白な光が見えた。
 目が熱くて、痛くて、ポニの戦士は自分の両手で眼球を押さえたままぬかるんだ地面の上をのたうち回った。ジャラランガはどうなったかわからない、何も聞こえなかった、いつの間にか雨音すら聞こえなくなっている。
 ただただひたすらに静かで、暑く、薔薇と白檀の噎せ返るようなにおいだけがあたりに満ちていた。

「何を……」
「あなたは最後まで何も見ようとなさいませんでしたね。━━自分でもよく出来た形勢逆転に目が眩み油断する。━━自分の罪を認めない。━━この島の現状が法に基づいた公正なる取引、神聖なる契約の結果であるという事実からすら、目を逸らす。━━そしてロズレイドの薔薇の美しさも、シノワズリの白磁の美しさも、絹のドレスの美しさも、解することができない。ただただ暗い雨雲の下で無暗に騒ぎ立てるだけ」
 白檀商人の奇妙に晴れやかな声が、ロズレイドを呼ぶ。
「そんなあなた方に、眼球など必要あって?」

「だから、何を……」
 小さな足音が、近づいてきた。脳裏に、花束の奥に潜む毒の棘のイメージがちらつく。

「なにを」
 匂いが強くなる。

「やめて」
 頭が割れそうなほど、強い香り。


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