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  [No.4072] 一瞬 投稿者:円山翔   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:23:41   99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

一瞬

 突然だが、ここで質問だ。
 今、二人のトレーナーが一対一のバトルを繰り広げようとしている。
 一方はロズレイド。両手に毒持つ薔薇の花を携えた、細身の騎士のような出で立ちのポケモン。
 一方はジャラランガ。全身にジャラジャラと音の鳴る鱗を持つ、アローラ地方はポニの渓谷で修業を積んだ竜族のポケモン。
 読者諸賢には、どちらのポケモンが勝つのか予想しながら読んでほしいのだ。
 無論、ルールは説明する。
 勝負はシングルバトル形式で手持ちは一体のみ。使用できる技の数は制限なし。相手を戦闘不能にすればその時点で勝ち。どちらも戦闘不能にならなくとも、試合開始後20分が経過したところでジャッジによる判定が行われる。体力の具合、戦いに対する意欲、技の命中率などを〇、△、×の三段階で評価し、より得点の高い方の勝利である。この評価に関しては、ホウエン地方のバトルフロンティアの一施設、バトルアリーナのルールを思い出してもらうと分かりやすいだろう。ん?バトルフロンティアなんて知らない?バトルハウスの間違いじゃないかって?まぁ、そういう施設があった世界線も存在すると、そう考えていただきたい。


  *


「一瞬で終わらせてやる」

というジャラランガのトレーナーの宣言通り、勝負はまさに一瞬の決着だった。察しのいい読者諸賢なら、何となく想像がつくのではなかろうか。いや、そんな単純な話ではないだろうと勘ぐる疑り深い方は、真反対のことを想定しているのかもしれない。あるいは、そのどちらでもない状況を想定しているか。私が語る言葉の中にいくつかの嘘が含まれていて、「一瞬で終わった」という部分がその嘘であるという可能性を思い浮かべているのか。そもそも「一瞬」という言葉にあやがあると考えるか。
 考えてみれば、「一瞬」の辞書的定義は「きわめてわずかな間」だが、使われ方は人それぞれである。辞書通りひとたび目を瞬く間の出来事であるかもしれないし、そこまで短くはないものの少し、という意味であるかもしれない。最近は少しの間席を外すときにも「一瞬で戻ってくる」、他人にものを借りるときですら、「一瞬○○を貸して」という表現が使われるようになっているようだから。
 それについては、先に弁解しておく。私のいう「一瞬」は、本当に「ひとまたたき」の間である。そして最初にも述べた通り、この勝負は「一瞬」の間に決着がついたのである。


  *


 さて、決着は一瞬とは言ったものの、勝負は膠着状態のまま進んでいった。
 トレーナー同士の戦いならば、トレーナーが声で指示を出してその指示通りにポケモンが動くのが基本である。しかし、今回の戦いでは、はじめのうちはトレーナーさえも互いに睨み合い、探り合い、何の指示も出そうとしなかった。どちらもここまでトーナメントを勝ち抜いてきた実力者。相手のポケモンが何であろうと油断はできないのだと言わんばかりに、じっくりと相手の動きを観察し、最良の指示を出さんと身構えていた。隙あらば一撃で相手を仕留められる攻撃を叩き込まんと、虎視眈々と隙を狙っていた。
 一方、ポケモンの方はというと。向かい合ったジャラランガとロズレイドは、一定の距離を保ちながら反時計回りに回っていた。ロズレイドは両手の花をだらりと下ろした状態で、眼光だけで相手を射殺してしまうのではないかと思うほどにジャラランガを凝視しながら。ジャラランガはやはりロズレイドから目を離さず、ファイティングポーズを取って威嚇するように鱗をこすり合わせながら。相手の一挙一動を見逃さないように、隙あらば飛びかかって必殺の一撃を放つために、互いが互いをじっと見つめていた。一分、五分、十分、見ている側も戦っている側も痺れを切らしそうなほど長い時間、二匹はそうして回っていた。

 何故、互いに何も仕掛けないのか。二人のトレーナーの頭の中ではそれぞれ別の思考がぐるぐる回っているのだろうが、参考までに、二匹の特徴を私なりにまとめてみようと思う。

 素早さ自体は若干ロズレイドの方が早いものの、大きな差はない。
 物理的な攻撃力や防御力ならジャラランガが秀でている。毒タイプのロズレイドには得意の格闘技による大ダメージは狙えないかもしれないが、ジャラランガは炎のパンチや冷凍パンチも放つことができる。一度でも懐に飛び込み、格闘技の動きに乗せてそれらを撃ち出せば、物理防御力に乏しいロズレイドはひとたまりもない。ロズレイドはやどりぎのタネを使うことができるし、一刺しで相手を死に追いやるほど強力な毒の棘を持っているが、ジャラランガの身体は堅い鱗で守られているため、タネや棘がそう簡単に通るものではない。激しい攻撃の合間を縫って鱗の鎧の隙間に毒針を打ち込む、あるいはわざと攻撃を受けて毒の棘が刺さるのを狙うやり方も無きにしも非ずだが、それはあくまでジャラランガの一撃を避けきるか、または堪えきれればの話である。攻撃を避ける間にねむりごなやしびれごなを舞わせるという手に関しては、ジャラランガの特性が粉攻撃を完全に防ぐ"ぼうじん"だった際には全く無意味となる。
 ここまでだとジャラランガの方が圧倒的に有利じゃないかと思われるが、一口にそうだとは言い切れない。物理的な攻防は苦手でも、ロズレイドは特殊攻撃に秀でている。更に、ジャラランガが最も苦手とするフェアリータイプの特殊技、マジカルシャインを放つことができるのだ。ジャラランガの特殊技に対する防御力は低くはない。むしろ、そこいらのポケモンと比べれば格段に高い。それでも下手に近付けば、カウンターで手痛い仕打ちを受けて沈むのがオチである。
 では、遠距離から狙い撃てばいいのではないかということになるが、それはそれで問題がある。
 まず、二匹が使える遠距離攻撃が、大概は直線的に進むものであるということ。ロズレイドならばソーラービームやマジカルシャイン、ジャラランガなら直線的な攻撃は、いくら素早く放っても予備動作を見て素早く反応することで簡単に避けられてしまう。ロズレイドのマジカルリーフのように相手を追尾する攻撃でも、ジャラランガは着弾までの時間に火炎放射で焼き尽くすなりスケイルノイズの衝撃波やドラゴンテールなどで叩き落とすなり、ダメージを受ける前に対処することも可能である。そもそも、ドラゴンタイプのジャラランガには、草タイプのマジカルリーフは効果薄であることも忘れてはならない。といっても、実力が拮抗した者同士の戦いでは、こうした小さな一撃も馬鹿にならないことを互いのトレーナーは十分把握している訳なのだが。
 近接戦闘向きに思われるジャラランガの重い打撃は、直撃せずとも周囲の地形を変えるほどの衝撃波を放つ威力がある。ただし、ダメージを狙うならば、ある程度距離を詰めなければならないことに変わりはない。特有技のスケイルノイズや、特有Z技のブレイジングソウルビートは身代わりや壁を貫通して攻撃することはできる。前者は物理防御力が下がるというデメリットがあるものの、予備動作が小さく威力も大きい。ただし、媒質を伝わるうちに減衰するという音波の特性と、これも直線的な攻撃であるため、あまり離れすぎた場所で攻撃の芯を外すと大きなダメージは期待できない。後者は広範囲に安定した威力で技を届かせることができるものの、予備動作以前にZ技特有のポーズを決めなければならない。そんな大きな隙を突けないほど、ロズレイドは愚鈍でも鈍足でもない。
 対するロズレイドは、毒の棘を持った蔓を地面に這わせ、相手の足元から攻撃するという戦法を取ることもできる。これならばどこから毒の棘が現れるか予想がしにくいうえ、ジャラランガの鎧を気にせず攻撃できる一つの方法である。が、蔓を地面に這わせている間はその場から動けないというデメリットもある。遠くを狙って蔓を伸ばしたところで、距離を詰められて打撃を食らえば終わってしまう。高い特殊攻撃能力を生かすとすれば、エスパータイプの技、神通力が効果的であろう。見えない念の力で攻撃するこの攻撃は、一度放たれたら最後、撃たれた相手は攻撃されたことすら気付かずに終わってしまう可能性もある。ただし、少し念じれば強い念の力を放てるエスパータイプとは違い、草・毒タイプのロズレイドでは発動までのタイムラグを要することになる。発動を読まれてしまえば、蔓攻撃と同じく技が起動するまでに決着を付けられる可能性も否定できない。そして忘れてはいけないのが、ジャラランガが持ちうる特性の一つ、"ぼうだん"。相性は良くも悪くもないが使う機会があるかは分からないシャドーボールやヘドロばくだんなどの砲弾系の技を一切受け付けないのである。これらはロズレイドのメインウエポンとして使われることも多いため、運が悪いと遠距離からでは一切技が通用しないという可能性も十分にあり得る。
 すなわち、遠距離だろうが近距離だろうが迂闊な手出しを出来ないからこそ、このような遅延行為じみた状態になっている――と、傍から見ればそう思うかもしれない。


  *


 制限時間まであと一分。スタジアムの時計の文字が、早く決着を付けろと赤く染まった。それでも互いに向き合って公転運動の如く回り続ける二匹にしびれを切らしたのか、三十秒前には警告ブザーまでなり始めた。それでも、二匹は以前回り続ける。二十秒、十五秒。十、九、八、七、六……とここで、双方のトレーナーから短く「行け!」と指示が飛んだ。どちらも具体的な技は告げなかった。こうした指示の出し合いですら、出された指示にあと出しで反応されては困るとでもいうかのように。あるいは、はじめから決め技を打ち合わせていたかのようでもあり。長らく待たされてなおも回り続けた二匹が、遂に動いた。
 ロズレイドは両手の蔓に妖精の光を纏い。
 ジャラランガは右に炎を、左に冷気を纏った両の拳を振りかぶり。
 ロズレイドが、ジャランガが、互いに持てる力の最大限をぶつけんと地を蹴った。

 そして。

 次の瞬間、二匹のポケモンは共に、地に倒れ伏していた。互いに技をぶつけ合う前に、同時に倒れ込んだ。誰もが望まない形で、勝負は引き分けとなってしまったのである。

 ここで勘のいい読者諸賢ならば、ロズレイドとジャラランガが互いに何を仕掛けたのか薄々気付いているかもしれない。
 ロズレイドは円形に回りながら、足元に罠を仕掛けていた。両腕の蔓に生えていた、猛毒の棘である。どくびしと呼ばれるその技は、ロズレイドがまだロゼリアの頃に覚えたものだった。知らず知らずのうちに棘を踏んでいたジャラランガは毒に侵され、じわじわと体力を奪っていったのだ。加えて、ロズレイドはこれまた気付かれないように神通力で攻撃を仕掛けていた。目には見えない超能力はジャラランガの弱点のエスパー技。大っぴらに使っていては気付かれるため、出力を抑えて、少しずつ、少しずつ体力を削っていたのだった。
 対して、ジャラランガも何もせずに回っていただけではなかった。
 回りながらも、全身の鱗を小刻みに振動させ、傍目に見ても分からない衝撃波を撃ち出していたのである。細かい振動はゆっくりと、しかし確実に、気付かれることなく。電子レンジの要領でロズレイドの身体を震わせた。やがて振動は激しくなり、体の内側からロズレイドを蝕んでいたのだった。

 かくして、長時間に渡った二匹の戦いは、「一瞬」にして引き分けに終わったのである。
 こんなの一瞬とは言わない?確かに、勝負全体は一瞬とは言えない長い時間だった。しかし、屁理屈を言わせてもらえば、決着の瞬間はまさに「ひとまたたき」の間だったわけなのだから。


  *


 試合の後、二人のトレーナーにこの日の戦略について尋ねてみた。すると、思いもかけないことが分かった。
 予想の通り、二人のトレーナーはそれぞれ自分のポケモンに、試合開始後どのように立ち回るかあらかじめ指示を出していたのだという。しかし、それは最後の一撃についてだけ。それまでの駆け引きに関しては、二人の知るところではなかったというのだ。



 何が言いたいかというと。つまり。



 目には見えない攻防を、水面下の駆け引きを、ロズレイドは、ジャラランガは、自らの判断で行っていたというのだ――


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