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  [No.1540] 二話「彼女はなぜ強くなったのか」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2016/05/02(Mon) 00:46:39   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……と言うわけなんだ。良いか?」
 翌日。ケイ、レアードの両名は、アサギジムを訪れていた。むき出しの岩盤に圧迫される雰囲気の中にいるのは、ジムリーダーのミカンただ一人である。今日の彼女も、昨日同様ワンピース一枚。体型が気になるわけではない、むしろラインが出る服の方が良さそうではある。だがそれは今重要なことではない。
さて、ケイからの頼みに、彼女は多少照れながら、こう答えた。
「ええ、それは構わないわ。でも、なんだかちょっと恥ずかしいかも」
「……うーん、素晴らしい」
 レアード、あごを左手で押さえ、何度もうなずく。昨日は風呂の中だったが、今日はちゃんと服を着ている。白のワイシャツに赤のネクタイ、紺のチノパンと黒のジャケットのセット。黙っていれば男前な彼に、しかし自重と言う言葉はないようだ。
「これほど奥ゆかしく美しい女性、故郷はおろか旅先でも見たことがない。取材が終わったら出発しようと考えていたが、予定を変えよう。しばらくこの町にいさせてもらうよ」
「……で、インタビューはどうする?」
 ケイ、口元を曲げてご機嫌斜めだ。レアードとミカンが接近することに嫉妬しているのだろうか。分かりやすい男……。勝負に負け続けるのも無理はない。当然、レアードもすぐに勘付く。
「……ふーん、なるほどね。まあいいや、早速初めても大丈夫かな?」
「? はい、どうぞお掛けになってください」
 三人の中で最も鈍感なのはミカンのようだ。彼女は椅子を用意し、腰掛けて話を始めた。ケイとレアードはこれに耳を傾けるとする。
「……初めに、私は元々岩タイプの使い手だったと言うことを知っておいていただきたいです。今でこそ、鋼タイプのジムとして知られていますけど」
「だよねえ、俺っちもそう聞いてるよ。でも、元々の方針から鋼タイプと、あとたまに灯台にいるデンリュウも使うようになったんだよね? なぜなんだい?」
「それは……秘密です。お答えできません」
「おやおや、そりゃ困るなあ。やっぱ読者はその辺を知りたいわけだよ。もちろん、俺っちもね」
 レアード、粘る。ただの空振りでは終わるまいと必死である。生活がかかっているから当然か。一方のミカン、鈍感さとは裏腹にキレのある変化球を投げる。
「……レアードさん。しつこい男性は、このジョウトでは好まれませんよ? 私も含めて」
「おっと、こりゃ言い返せないな。強いのはバトルだけじゃないってか」
 レアード、思わず頭をかく。しかしメモをする手は止まらない。ミカンの言葉で出鼻をくじかれた彼は、次に別の切り口から尋ねた。
「それじゃあ、バトル以外の話を聞いちゃおうかな。まず、このジムは君しかいないけど、挑戦者がいない間は何をしているんだい? 相手がいなけりゃ練習もできないんじゃ?」
「そうかしら。一人になってからは、ケイがよく挑戦に来てくれてたし、話しが広まるにつれて色々なトレーナーが来るようになったから」
「確かに、俺とミカンがバトルしてたのって、ジムリーダーになりたての頃が多かったと思う」
 ケイ、ミカンの発言を補強する。レアードとミカンの会話が続いていたので忘れられがちだが、彼も隣で二人のインタビューに立ち会っているのだ。
「そうね、そんな時期もあったわね……。あまり振り返ることはしないのですが、あの頃が最も楽しく過ごせていたような気がします」
「ほう、それは具体的にどういう?」
 ここでミカン、一呼吸置いて答える。心なしか、彼女の目線が逸れたようにも見えた。
「……やっぱり、何も考えずに勝負に打ち込めていたからではないでしょうか。当時はまだ幼く、自分にとって興味のあることには夢中になれていました。今ではほとんど大人と言って差し支えない年齢です、考えることも増えてしまうんですよ」
「……戻れるなら、その頃に戻りたいかい?」
 レアード、もう一歩踏み込む。普通の人間は、およそ重い事情を垣間見た時、それ以上深追いするのは控えるものである。しかしレアードもジャーナリストだ。そこがたとえ地雷原だとしても、危険を顧みず突っ込む。ミカンも表情を変えずに返すが、ほんの少しだけ、眉間にしわを寄せる。
「戻りたい、ですか。私、できもしないことを願わないようにしているので。ポケモンの中には時を越えたり、、操ることができる種もいるそうですが、会える人はごくわずか。そういうことは期待していませんよ」
 ミカンの言葉遣いに、いらだちや諦めにも似た気持ちが混じってきた。突っ込むのは結構だが、限界をわきまえねばならない。レアードは追求をここまでに留め、別の話題を振ることにした。
「ありがとう。悪いね、言いづらいことを色々と聞いてしまって。それじゃあここからはプライベートな質問に入っていこう。まずは……好きな食べ物はあるかい?」
「い、いきなり食べ物になるの?」
 ケイ、拍子抜けする。無理もない。雑誌やテレビのインタビューと言うものは、数多くの質問を行い、そのうちの一部が紙面に載り、電波で飛んでいく。故にすぐに終わるものと錯覚する……。しかし実際はそうではない。レアード、ケイに意図を説明する。
「ああ、これは俺っちの経験則でね。食は文化を、そしてその人の考え方を反映する。食べるもの、食べ方、一人で食べるのが好きか、大勢の方が良いのか。話を聞いていれば、自然と見えてくるんだよ。で、相手に合わせて質問のしかたを変えたりといった調整をしていくのさ。もちろん、読者も親しみ深い話題を提供したいと言う理由もある。ま、こちらの都合と読者の興味が合わさった結果かな」
 一通り、レアードが説明したところで、ミカンが何度かうなずきながら回答しだした。この長い説明も、相手に考える時間を与えるために有効なのだ。
「好きな食べ物……挙げていけばきりがないですが、これ、と言えるものは特に無いように思います。」
「でも、ミカンは量が凄いんだよなあ」
「ちょ、ちょっとケイ!」
 ケイの言葉に、ミカンの顔が耳まで真っ赤になった。レアード、待ってましたと言わんばかりの顔である。彼はわざとらしくリアクションを取った。
「えええ? そんなにたべるのかぁい? こんなに華奢で、モデルやグラビアもできそうなのに、ギャップが出てるねえ。ケイ、具体的にはどのくらい食べるんだい?」
「そうだなあ、この間一緒にご飯食べに行った時は特にすごかったな……。まず手始めにボンゴレを大皿一杯平らげるところから始めて、ドリアを二人前、ほうれん草とベーコンのソテーを山盛り、ピザ丸々一枚、ケーキ半ホール……。あ、あれ? ミカンどうしてそんなに怖い顔をぎゃあああああああああ……!」
「ケイのばかあ!」
 ケイ、全てを言い切らないうちにレアード諸共ジムからつまみ出された。人は見かけによらないとはよく言ったものだが、恥じらいは年相応にあったようだ。

「いやあ、凄い力だったね。大の男を、それも二人もジムの外まで投げ飛ばすとは」
 しばらくして、二人はジム近くの食堂に腰かけていた。窓からは出港する高速船の姿も見ることができる。だが、店内の客の目を引くのは、レアードのそこかしこについたすり傷であった。一方、ケイは慣れているのか大して気にしていない。
「俺は結構受けてるから大丈夫だけど、今日は一段と力が強かった……。あと、あいつ今日は縞パンだったな」
「投げられた時見るのがそことは、本当によくやられてるんだな。ともかく、乙女の秘密に触れるのは、それだけ危険と言うわけだ。この話は載せないでおこう」
 そのような話をしていたら、やって来る、注文の品が。握りずしと天ぷらそば、各二人前。
「ま、とにかくインタビューはできた。少し量が少ないが、何とかなるだろう。ケイにはその礼として、飯をごちそうだ。俺っちもしっかり味見させてもらうよ」
「そりゃどうも。ここ、ちょっと高いから家族と一緒じゃないと来れないんだよね。その分どの料理もおいしいから、レアードも気に入ると思うよ」
「へえ、なら良いけど。こう見えても俺っち、世界中で寿司もそばも食べてきたから厳しいぜ?」
 レアード、お祈りをしてから箸を手に取った。まずはそばを、慣れた具合にすする。
「……ぅぉ……」
 レアード、言葉を出そうとして、しかし食べることに没頭してしまった。つゆを飲み、天ぷらの食感を味わい、ここで七味を投入する。なじむまでの間に寿司もほおばり始めた。アジの脂の乗った風味は、あっさりとしたそばの出汁とよく合う。サケもまた然り。と、ここで再びそばをすする。七味の微妙な酸味と辛みが、先程とは異なるそばの味を引き立てる。心地良い音を立てながら、一気に胃袋に吸い寄せる。みるみるうちに器が空になっていった……。息つく暇もなく、残りの寿司も口の中へ。タコ、ゲソ、ネギトロ……。しょう油は少々つける程度に抑え、素材の味を十分に楽しんだ。最後に、名残惜しそうに緑茶をぐびぐびと。ここでようやく口を開いた。
「……こりゃあ良い、良い!」
「そ、そんなに良かった?」
「ああ。全くもって、どうして俺っちはこんなに幸せな男なんだろう。神に感謝しないといけないよほんと」
 レアード、ごちそうさまの代わりに指を絡めてお祈り。その目は、まるで極上の、そう、一目惚れである。
「ケイ、君は本当に恵まれているよ。リアルな女の子だけでなく、このような魔性の女をも知っているのだから」
「はぁ……?」
「いいか、これは俺っちの持論なんだけどさ……時に食は人を狂わせる! 魔性! 金を出せばいつでも振り向いてくれ、飽きたら別の品に切り替えられる。そんな中でも、ずっと一緒にいたいと思わせる品も中にはいる。そう、まさに理想の女性のように。そんなだから、食と言う沼にはまるなと言う方が無理がある。そもそも俺っちの故郷、オーレでは……」
 レアード、いつになく熱弁をふるう。ケイ、それを適当に聞き流しながら、自分のご飯を食べ続けるのであった。


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