マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1585] 三話「閑古鳥が鳴くのはどこか」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2016/08/29(Mon) 23:55:34   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「なあ、ケイ」
 ふと、レアードがケイに問いかける。ミカンへのインタビューから数日経った夕方のことである。二人は、「バース」のカウンターで話をしていた。
「何、レアード」
「この町に、ポケモンセンターはないのか?」
「へ?」
 ケイ、返答に困る。言葉の代わりに、「何言ってんの?」と言う表情を返した。
「いやさ、俺っちは船でこの町に、ジョウト地方に来たわけなんだが、探せど探せど見つからなかったんだよ。だからこのネットカフェにいるんだけど、座敷席とは言え腰に来るんだ。できれば宿泊先を変えたいんだよね。もしあるなら、案内してくれないか?」
「ああ、そう言うこと? まあ無理もないか、分かりにくいもんね。それじゃ、今から行く? 近くにあるのはあるけど……。あ、でも荷物はまだ持って行かない方が良いよ」
「そうだなあ、晩飯の時間までまだ時間もあるし……。1日中こんな密室にいるのも、胸が詰まるしね」
 そう言うと、二人は腰を上げ、一時店外に出て行った。「バース」はいわゆるインターネットカフェ、ネカフェである。この手の店は長期滞在の利用者もいることから、一時外出が認められることがある。食事に行くも良し、風に当たりに行くもまた良し。レアードも言っていたが、換気や採光が十分に行われないことが多いため、長くいればいるほど重要になってくる。
 ここで話を戻す。二人が町に出た時、西の山際に太陽の下弦が舞い降りそうな状況であった。それから、しばし大通りを歩く。時間帯の割には人混みもまばら、仕事帰りの買い物客が何人かいる程度である。ケイは特に気にしていないが、流石にレアードは思うところがあるようだ。歩きながら器用にメモを取っている。例のブログのネタにするのだろうか。
「……さあ、着いたよ。ここがアサギのポケモンセンター」
「へ〜これが……え?」
 足を止めたケイが指で示し、それを目で追ったレアードの口が固まった。町の南部、高速船の船着場に近い海岸沿いにある建物。潮風と経年劣化による外装、中から漏れる切れかけた蛍光灯の明かりにより、およそ何かが行われているようには見えない。その姿、冬の海の家を思わせる。
「ここ、俺っちが船を降りてから最初に立ち寄った所だぜ? まさかポケモンセンターだとは思わないでしょ、ここ。夜で暗かったし、ただのボロビルだと勘違いしてた……」
「そうだよねえ。一度そうだと判断したら、中々気付かないよねえ。こんなに古ぼけてるのに、バースより何もかも高いんだもん。そりゃ寂れるさ」
 そう言いながらケイ、「ポケモンセンターらしきもの」の入口に近付く。扉には種々の料金が書かれていた。レアード、目を丸くした
「バースは2時間からで300円、その間は
風呂もパソコンも使えるし、ポケモンの回復もしてもらえる。でもここは、回復で300円。トレーナーってさ、金が全然ないからさ。やっぱり同じ額払うなら、色々できるバースの方を選ぶんだよ。だからこんな感じになってるわけ」
「ちょ、ちょっと待ったケイ。それよりも……」
「何?」
「なぜ、ポケモンセンターに金がいるんだ? タダで当然だろう?」
 レアード、至極当然の指摘をする。ケイは思わず考えこむ。考えたこともなかった、今まで……! よくよく考えれば不自然だ、なぜ誰もが使うセンターで金を取るのか。
「レアード、ポケモンセンターがタダで当然って本当なのか? 俺が小さかった頃にはすでにこんなだったぞ。一体どうしてこんなことに……」
 ケイの疑問に答えたのは、レアードでも自身でもなく、更に別の人物であった。
「あらあら、そこのお二方。あなたがたはニュースを見ないのですか?」
「はあ、誰だあんた?」
 振り返ると、そこには少女が1人いた。一目見て、ケイは度肝を抜かされる。フリルの付いた白のプリーツスカートはひざ上15センチはあろうか。一方でスーツでもないのにまとうワイシャツの色はは深紅。そして細身のベルトは、ヤミカラスの濡羽のごとき漆黒であり、遠くからならモンスターボールと見紛いそうな配色だ。彼女は二人の元に迫り、こう名乗った。
「人に聞く時はまず自分から……そう言うものではありませんか? まあ良いでしょう、手本を示すのも私の務め。私はルナ、以後お見知り置きを」
「……レアード、この娘は一体何を言ってるんだ?」
「……さあ? でも俺っちのカンが働かない辺り、大人の女性ではないようだな」
 レアード、仮にも初対面の女の子に向けて失礼な物言い。ミカンの時とは明らかな違いである。
「それで? 下々の者にどのような御用でしょうか、お嬢ちゃん」
「ちょっと、勝手に子供扱いしないでくださらない? まあそれは置いておくとして……あなた達、一つ聞きたいことがあるのですが」
「な、何を?」
 と、ケイが聞き返したところで、ルナと名乗る少女はやや顔を赤らめる。よくよく耳を澄ませば、彼女の方向から腹の虫が鳴る音が聞こえる。
「その……安く泊まれる場所を知りませんか? そこのポケモンセンターよりもね」



「ほうほう、それじゃあルナちゃんは家を飛び出してきたというわけか」
 数十分後、2人はルナを連れてバースに戻っていた。3人はやはり食堂に座っているが、先程と異なるのは皿が置かれていることである。本来の役目を果たすテーブルは、どこか活き活きとしている。メニューは3品。まず、衣がまだ少しサクサクしているカツ丼。カツとご飯を分けろと言う声もあると思うが、その理由である衣のサクサク感の喪失を防いだ名品である。その脇を固めるのは、箸休めにちょうど良いきゅうりの塩漬け。手揉みの塩漬けは、箸休めと言いながら休ませてくれない美味。また、ごぼうや人参等具沢山の豚汁も、心身をほっとさせてくれる。そして、締めの緑茶。ルナは喋るのも程々に、胃袋の空白を埋めるがごとく食べ続ける。箸を進める。ひとしきり手を付けてから、ようやく一息入れて話し始めた。
「ええ、その通りです。私、言葉の節々にトゲがあるでしょう?
それでよく家族とケンカしてしまうのです。今日はその勢いで屋敷を飛び出してしまい、あてもなく歩いていたところで、ケイ殿とレアード殿に巡りあったと言う訳なのです。本当に、先刻は失礼しました」
 どうやらこのようなことらしい。ケイとレアードは態度の変わりように呆気に取られる。
「あ、ああ。そう言うこともあるよな。な、レアード?」
「まあね。イライラもそうだが、お腹減ってたんだろ? 戦うべきは血糖値だったわけだ。もう大丈夫だろう。ところで……」
 ここでレアード、左手で顎を押さえる。表情も少し真剣になった。
「さっきの話の続き。ポケモンセンターが有料化したのは理由があるんだよね? 聞かせてくれないかな。地元人のケイはともかく、俺っちはここに来たばかりで事情が良く分からないんだけど」
「……地元人の俺も分からないぞ」
 首をひねるケイに、ルナはゆっくりと説明を始めた。
「ええ、それも無理はありません。何しろ私が七歳の時に始まったことですから。ケイ様は私と同い年ということですから、記憶が曖昧なのでしょう。……この有料化が始まったのは、使うトレーナーのためなのです」
「トレーナーのため?」
「はい。トレーナーとして各地を回り、実力を高めていく旅。昔から行われてきましたが、近年の科学や産業の発達により、引退後の仕事や教育で不利になると言うことが問題になっています。これはご存知でしょう?」
「ああ、それな分かるよ。俺っちの故郷のフェナスシティも、旅立ったは良いけど帰ってきてからの食い扶持がないってのが多いんだ」
「ふーん、そんなもんなのか。それで、そのことがポケセンにどう関係してくるんだ?」
 ルナ、ケイの素っ気ない疑問に元気よく返す。先程より少しテンションが上ったようだ。
「そう、それこそが本題です。帰郷したトレーナーが直面する教育格差、それに伴う職不足、そして不安定な生活……。トレーナー達をこのような立場に置くことを防ぐために、ポケモンセンター有料化で得られた利益を使って社会復帰プログラムを立ち上げたのです。この動きを主導したのが、私のお父様なのです。」
「お父様……それは一体誰なんだい?」
「そうでした、私としたことが。私のお父様は……」
 と、ルナが言いかけたその時。彼女のポケットから電子音が鳴り響いた。彼女が取り出したポケギアが音源である。電話だ。ルナ、すぐに応答する。
「もしもし、じいや? どうしたのこんな時間に。……どこにいるか、ですって? それは、あんっ」
 答えかけたルナの言葉、遮られる。ポケギアを奪いとったレアードが、受話器越しの相手と話をし始めた。
「もしもし、突然すみません。私はルナさんを保護しているレアードと申します。……ええ、現在アサギの繁華街で、はい。……ほうほう、明日の午前中に。ずいぶん暗いですし、それが良いと思います。……分かりました、それでは明日の10時に、お待ちしております。はい、失礼します」
 結局、レアードは最後まで受話器を離すことなく電話を切った。ポケギアをルナに返し、通話の内容を説明した。
「悪いね、普通に会話したら長くなりそうだったから。心配させないように俺っちの方で全部話しをつけといたよ。とりあえず今晩はもう暗いから、明日の午前10時に迎えに来るって。場所はアサギ港、あのボロっちいポケセンの近くだ」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでください!」
 ルナ、ご立腹。喧嘩して家を出てきた手前、あっさり帰るのはバツが悪い。そんな具合だったので、レアードが諭す。
「あのな〜ルナちゃん。俺っちだって、君が旅のトレーナーか何かならね、一晩中一緒にいるのも、その後もありだと思うよ。でもね、君には家族がいて、帰るべき場所があってだ、そこで心配している人がいるんだ。そういう人達は大事にしないといけない。俺っちみたいに、心配してくれる人がいない奴だっているんだから……」
「レアード?」
「おっと、おしゃべりが過ぎたようだ。ともかく、今夜は俺っちの部屋で寝なさい、掃除はしとくから。俺っちは一晩中カラオケ部屋でも行くとしよう……それじゃ、早いけどお休み」
 こう話を締めると、レアードはそそくさと自分の部屋に戻っていった。ケイとルナは互いに顔を見合わせ、おもむろに食器類の片付けに取り掛かるのであった。


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