マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1347] 6.タマザラシ 投稿者:   投稿日:2015/10/19(Mon) 21:56:35   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 チリンチリンと喫茶店のドアが歌う。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「テト? 何してるんですか?」
 お客さんに言われて、テトはキョトンとした。
「バイトですよ。カウンター席でよろしいですか、カシワさん?」
「じゃ、カウンター席でお願いします」
 テトより年上の男性のカシワは、テトがよじ登らなければならない椅子に、ヒョイッと座った。
「あの、モーモーミルクの入ったコーヒーお願いします」
 カシワは店長さんとテトを交互に見ながら注文した。テトが「カフェオレ一つ」と言うのと店長さんが「では、カフェオレを」と言うのは同時だった。
 カシワが店内を見回す。
「今はまだ閑散としていますがね。祭りの前後は人だかりですよ」
 渋いウインクを決める店長さんに、カシワは「あ、いや、すいません」と頭を掻いた。
 店長さんが注いだコーヒーに、クイタランがモーモーミルクを注ぐ。ミルクポットを火の舌でチロチロと撫でながら。それがコーヒーに合う絶妙な熱さ加減を作りだす。
「おいしい」
 カシワも笑顔がほころんだ。

「ところでテト。あれからみずタイプのポケモン、ゲットしました?」
 久しぶりの歓談だ。カシワの隣の席に登ったテトは、首を横に振った。
「あ、でも、ジムバッジはゲットしましたよ」
 じゃん、とメタリックシルバーのバッジを見せる。鳥の羽根を模した形だ。「おお、すごいじゃん」とカシワにほめられ、照れた。この町のジムはみずタイプ。“かんそうはだ”なテトのグレッグルは、ジムリーダーのタマザラシ相手に大活躍だったのだが。
「でもさあ、あのジムリーダー相手に、戦いづらくなかったですか?」
 テトは首をかしげた。「ごめん、今のなしで」カシワは話題を変えた。
「そのバッジないと、“なみのり”できないもんね」
 少なくなったカフェオレをチビチビすすりながらカシワが得心したようにうなずいた。
「潮凪の海洞(しおなぎのうみうろ)に行くなら、“なみのり”は必須ですからね」
 店長さんも心得顔でうなずいた。
「しおなぎのうー……ってなんですか?」
 テトだけが首をかしげている。カシワと店長さんが同時に答え、「先輩トレーナーの方が、どうぞ」と店長さんが譲った。
「海誕祭(かいたんさい)の夜に、ルギアが姿を見せるでしょう? 潮凪の海洞っていうのは、海誕祭に備えて、ルギアが羽を休める場所と言われてるんですよ。
 ルギアをゲットしたいトレーナーたちが、祭りの前に挑んでいますが、未だ成功例はありません。
 で、いいですかね? 地元の方」
「大変わかりやすい説明でした」
 カシワの説明を聞いて、テトはポン、と手を叩いた。と同時に頬をふくらませる。
「あれですか。図書館で読んだのには、『渦潮の洞窟』って書いてありましたよ」
「それは新しいパンフレットですね」
 自分用のコーヒーを淹れながら、店長さんが答えた。
「潮凪の海洞は古い言い方なんです」
 コーヒーを一口含んだ店長さんは、おかしそうに口元をほころばせた。
「もっとも、長いことこの町で暮らしていますが。あの小島の暴れ潮が凪いだことなんて、一度もありませんよ」
 テトとカシワは顔を見合わせた。が、考えていたことは全くの別だった。
「なんでそんな名前だったんでしょう?」
「暴れ潮ねえ。じゃあますますみずポケモンが必須ですね」
 捕まえに行きましょうよ、とカシワに誘われ、テトは店長さんに指示をあおいだ。
「行ってきてください。今は私一人で回りますから」
 カウンターの下から、クイタランが腕を伸ばした。
「クイタランもいますからね」
「では、お言葉に甘えます。じゃあね、クイタラン」
 パタパタと上に戻ったテトが、グレッグルのボールと軽いセカンドバッグを持って降りてくる。
 腰に五つ、空きのモンスターボールがあることを確かめて、いざ出発だ。

「あ、ガーディ。すいません、スキンシップしてもいいですか?」
「トレーナーさん? どうぞ、どうぞ」
 許可は得た。熱のこもったガーディの体毛を思うさま撫でさする。お手の応酬をしていたら「みずポケモンを探しに行くんでしょ」とカシワに引っぱられた。
「あ、エネコロロ。すいません、スキンシップしても?」
「耳の先っぽは触らないでね」
 えりまきの飾り玉を触る。思いがけず固かった。「喜ぶから」と言われてとがった頬の揃った毛並みを堪能していたら、やっぱりカシワに引っぱられた。
「あ、トドゼルガ。すいません、スキンシップ」
 全部言い終わる前にカシワに肩をつかまれ、引き寄せられた。トドゼルガのトレーナーは、紅を差したくちびるにきれいな弧を描かせた。
「よう。テトにカシワじゃないか」
 テトはその顔を見て、目をまんまるにした。巫女服なので気づかなかったが、彼女はジムリーダーじゃないか。長いポニーテールの根本に、ジムバッジに似た銀の羽飾りが光っている。
「ジムと服が違うので気づきませんでした」
「外であれは着ないよ」
 アハハと闊達に笑いながら、ジムリーダーはテトの頭をくしゃくしゃと撫でた。豊満なたわわは、ジムと格好が違うので見えない。
「ポケモンに触りたかったら、後でジムにおいで。これが終わったら相手もできるからさ」
 親指で指した先には、大きなやぐらが組み上がっていた。くびきにトドゼルガが胴を通している。海誕祭に向けての、練習をしているようだ。
「ではまた、後でジムにうかがいます」とテトは両手を振った。

 それから数匹のポケモンに手を出してはカシワに止められつつ。向かった先は海。
 カシワの口利きで安く借りられた釣り竿を、大海に向かってしならせた。
「あそこに見えてるのが潮凪の海洞だよ。今は渦潮の洞窟か」
 思い出したように、カシワが今朝の話題を口にした。水平線に、黒い丸い影がポツンと浮かんでいる。洞窟と言うからには、中に空洞が広がっているんだろうか。
「ルギアを見た人は、少ないんですよね」
 たゆたう浮きを眺めながらテトが呟く。カメテテの調子を見ていたカシワが、顔を上げた。
「そうだね。洞窟でも見たという人は少ないよ」
「触ったという人は」
「聞かないな」
 浮きはあいかわらずの無反応だった。カメテテが腕を振る反動を使って、テトに近づいてきた。テトの脚にまとわりつく右手のカメテテを撫で、水平線を見やる。テトの視界に入る海の下で、ルギアが羽を休めている――潮騒が、ルギアの鼓動に思えた。

 最初の釣果はメノクラゲだ。プニプニしていながらも固さがあってコリコリな傘をはしゃぎながら触り、大きな目玉のような赤い結晶体の暖かさに驚いた。たっぷりスキンシップした後、モンスターボールを投げようとしたら逃げられた。
「捕まえてからスキンシップした方がいいと思うよ」
 カシワからアドバイスを受け、二匹目。
 今度はヒトデマンだった。言われた通り、グレッグルとバトルさせ、無事にゲットする。傷を治したら、メノクラゲよりさらにコリコリな五本の腕と、研磨した石のように固くてツルツルのコアを堪能した。
「じゃあ、これからよろしくね、ヒトデマン!」
 ヒトデマンの中心のコアがまばゆい光を放つ。テトが目を覆った隙に、ヒトデマンはブーメランのように回転しながら海へ帰ってしまった。
「こういうことって珍しいけど、でも、相性が合わなかっただけだと思うよ」
 カシワに慰められ、気を取り直して三匹目。テッポウオを釣りあげた。グレッグルに体力を減らしてもらい、ゲット。傷を癒やしたテッポウオの柔らかい横腹をつぶさないよう気をつけて撫でていたら、ビチンとはねて逃げだした。
 四匹目、タッツー。頭のヒレに通った骨のラインをなぞっていたら逃げられた。
 五匹目、ホエルコ。厚い皮膚の細かなシワを指先のシワと合わせていたら逃げられた。

「ぼく、才能ないんでしょうか」
 ざーん、と大きく打ちよせる波の音が、この場面にお似合いのサウンドエフェクトだった。テトは四分の一ほど砂浜に埋まっていた。砂をかけた犯人は頬を伸縮させてブースカブースカ鳴らしながら、海に背を向けていた。トントン、とカシワが砂まみれのテトの背を叩いた。
「これは仮定なんだけど」
 カシワが話しだす。テトはひじを立てた。頭から砂が落ちた。
「野生のポケモンたちは、テトの距離にびっくりするんじゃないかな。今日会ったガーディみたいに、人に慣れてて、一度きりなら、大丈夫だろうけど」
 テトは砂をかぶったまま、ゆっくりと視線をずらした。
「そうなの、カメテテ?」
 カメテテの右手が左手を見た。左手の方は、ただ砂粒を見つめるばかり。
「ぼく、迷惑だった?」
 右手が首を振る。左手がちょんとうなずいた。テトは再び砂の上につっぷした。
「ぼく、もう一生ポケモンゲットできないかもしれない」
 カシワは「ゆっくり距離をつめたら大丈夫だよ」と言ったが、彼自身、言ってみてテトにそれができるとは思っていないようだった。テトも思っていない。
 テトはどよんと落ちこんだ。落ちこみすぎて、“あまごい”できそうなくらいだった。
「こいつでも触って、元気出しな」
 後ろ頭にぐりぐりと押しつけられたポケモンを受け取り、触る。テトの暗雲がパーッと晴れた。
「タマザラシだ!」
 大きめのボールみたなアザラシに抱きつき、転がし。軽く触れた感じは水を弾く用か固めでツヤツヤ、でもギュッと力をこめるとその下はフワフワ。まんまるからピョコンと飛び出た耳は触れるといやがられた。テトは耳から手を遠ざけ、お腹に触れた。こっちは喜ぶ。固い毛の下のフワフワした毛のそのまた下の脂肪たっぷりのお腹をプニプニにぎる。
 興奮したタマザラシが短い手をバチンバチンと叩きはじめた。テトもツヤツヤ・フワフワ・プニプニの三段構えが楽しくなって、タマザラシのお腹をここぞとばかりプニプニ猛ラッシュ。タマザラシはいよいよ高速で手を叩きながら、転がりだした。
「ああっ、タマザラシ!」
 波打ち際でまんまるアザラシを捕まえて戻ると、巫女服のジムリーダーがいた。
「こんにちは、こんばんは? どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、なかなか来ないからこっちから出向いたんじゃないか」
 ジムリーダーはテトの腕の中に目を落とした。そこには高速で手叩きするタマザラシがいた。「ふむ」ジムリーダーは腕を組んだ。「テトにそいつをやるよ」
 テトはびっくりして、視線をジムリーダーの顔のところまで上げた。彼女の顔は夕日に染められていて見えにくかったけれど、じょうだんではなさそうだった。
「本当ですか?」
「ああ」
「ジム戦で困りませんか? 本当に連れてっちゃいますよ?」
「何匹も育ててるし、平気さあ」
 ジムリーダーは海に向かって歩きだす。素足の型が砂浜に押されていく。
「あんたみたいな初心者を支えてやるのも、あたしらの仕事ってね。そいつは触られんのが好きだから、あんたとうまくやってけるだろうよ。それに」
 くるぶしを波が洗う。彼女が大きく腕を伸ばして、逆光の小島を指さした。
「この町に訪れた誰かがルギア様と出会えたら、そりゃ最高だろうからさ」
 銀色の髪飾りが夕日を反射した。
 テトは腕の中を見下ろした。タマザラシが、体型と同じくらいまんまるな瞳でテトを見上げていた。
「こんなぼくですが、いっしょに来てくれますか?」
 ウギュ、と鳴いたタマザラシに、一つ残ったボールを当てる。登録解除は済んでいたらしく、タマザラシはすんなりとテトのボールに入った。
「がんばって、会いに行っておいで」
 はい、とうなずいたテトの手の中で、新しい仲間がその身を震わせた。


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