マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1539] 7 投稿者:イケズキ   投稿日:2016/04/20(Wed) 20:08:58   27clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 その日の夕ご飯はカレーライスだった。
 小さな食卓に母、小さいころの「私」、そして今の私。父親の顔は物心つく前からよく覚えていない。
「ごめんなさいね、あまり大したものないんだけど……」
 申し訳なさそうにカレ−の盛られた皿を私に差し出す。
「いえいえとんでもない。急に押しかけてご飯まで頂いて、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。あ、おかわり言ってくださいね。まだまだありますから」
 母は当然のように優しい言葉をかけてくれる。その様子をまるで天変地異を目の当たりにしているかのように子供の「私」は見ていた。
「どうしたの? おなかすかないの?」
 母が「私」に聞いている。
「ううん……」
 思い出したように「私」はカレーを食べだす。
 気持ちはよくわかる。決して旅人を受け入れなかった母の急変に、私だって同じ気持ちだ。ただそれを態度に出さないでいられるのは子供か大人かの違いだけで。
 カレーライスは当たり前の味で、とっても美味しかった。さんざん食べた記憶の味そのままだった。
 カレーを食べ終わると「私」はすぐに寝にいこうと布団へ向かおうとしたが、それを母はすぐに捕まえ風呂へ連れていった。風呂場のほうから何やら楽しげな二人の声が聞こえてくる。
 誰もいない食卓で、私は針の筵に串刺しにされているような苦しさに襲われていた。何も見たくない、何も聞きたくない、匂いも、空気の温かさも何もかもが辛かった。私は用意されたこの温かさの中で育てられ、苦難の連続でありながらも充実した旅を経て、悲願を達成し、死んだのだ。その先を楽しめる見込みがないという、ただのその理由だけで。最高に素晴らしいネタが最低で最悪なオチへと続くことを知っている。そのことが辛くてしょうがなかった。
 子供の「私」はお風呂からあがるとそのまま気を失うように寝てしまった。
「お先にすいません。あの子あんまり遅くなるとお風呂はいらないで寝ちゃうもので。どうぞ入って下さい」母が風呂をすすめてくれた。
 −−それではお言葉に甘えさせていただいて
 と、言いかけ気づいた。今私は着替えの服もなにも持っていない。しかし体も洗わず寝具を借りることになっては申し訳ない。どうしようか。
 そう私が逡巡していると、
「あれ、もしかして着替えもってません? そういえば荷物は?」怪訝な顔で聞いてくる
「実は、そうなんです。ポケモンセンターに置きっぱなしにしていて……」咄嗟にうそをついた
「え、ずっと宿がなかったのでは?」
 −−やってしまった。母には宿がないということで泊めてもらっているのだった。
 ますます母が険しい顔になる。私はもう本当のことを言うしかないと思った。

「やっぱりそんなことだったんですね。あの子ったらほんと遠慮がないんだから」
 母は怒ったような呆れたような口調で言う。
「申し訳ない。私がしっかり断っておけばよかったのですが。お邪魔でしたら失礼させていただきます」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそウチの子が強引なこと言いましてすいませんでした。時間も時間ですし、よければこのまま泊って行ってください」
「良いのですか?」
「もちろんです。服はうちのを使ってください。もう使っていない男物が残っていたはずなので」
「何から何まで、どうもありがとうございます」
 それから私は風呂に入った。お湯は新しいものに入れ替えてくれていたらしく、綺麗になみなみと溜まっていた。湯船につかっているとまたどうしようもない気持ちで一杯になりそうだったので、私はこの世界のことを考えていた。
 まず、母にはどうして私が見えるのだろう。なんとなく昔の自分自身にだけしか私のことは見られないものと思っていたが、そうではないのかもしれない。血縁の問題だろうか。関わっていた時間の問題だろうか。わからない。
 そしてもっと気になるのは、どうして母が私を家に泊めることを了承したのか。
 −−私が息子だと気づいているのでは。
 ずっと頭の片隅で考えていた。言葉遣いこそ堅苦しいが、これだけ親切にしてもらえるのも、「見知らぬトレーナーを泊めない」という絶対ルールが覆ったのも、私が未来の息子だと気づいたからじゃないのか。
 しかしそんなことあり得るだろうか。多少奇抜なセンスの持ち主ではあったが、母は一応常識人であった。見た目恰好は血のつながりを感じるかもしれないが、まさか未来の子供と思うだなんて、そんな突拍子もない発想をするだろうか。
「わからん」
 顔をお湯で流して私は考えるのをやめた。
 考えても分かることなんて何もない。それどころか余計居心地の悪さが増す。明日私はまたディアルガに会い、それで全て終わる。終わらなかったとしても、”終わらせてやる”
 母から貸してもらった男物のパジャマは不思議とぴったり私のサイズに合った。地味なグレーのパジャマで新しいものではないが、あまり使われた様子はない。誰のものかは何となく察しがついた。
「お風呂ありがとうございました」
 母は居間のちゃぶ台の横で床に座ってテレビを見ていた。明日はポケモンリーグ決勝戦が行われるらしい。
「いえいえ、お茶でもいかがです? お酒はないのよ、ごめんなさいね」
「とんでもないです。お茶を頂いても?」
 母は答える代わりに立ち上がり、お茶の入ったガラスコップを二つ持って戻ってきた。
「まぁどうぞ、座ってくださいな」
 促されるまま私も床に腰かけた。
 しばらくお互い黙ったままテレビを見ていた。テレビは今回のリーグ戦のハイライトを流している。
「あの子も来年はあそこを目指して旅に出るんですよ」
 突然母が口を開いた。
「そうらしいですね。彼から聞きました」
「父親はあの子が小さいうちに旅に出てしまってね。今じゃどこにいるんだか、さっぱり連絡もよこさない」
 そういう母の口調は投げやりなようであって少し寂しげでもあった。私はなんと返したら良いか分からず黙っていた。
「どうしてみんな旅にでるんでしょうね。ポケモンバトルが強いってことが、そんなに大事なことなんですかね」
 −−家族を置いてまでも……
 そんな声が聞こえた気がした。
「夢、だからでしょうか。叶えたいんですよ、どうしても」
 思わぬ母の気持ちを感じて、適当な言葉を返す余裕がなくなっていた。
「夢を叶えたからって、それがなんだっていうんです? 夢が叶って、で、その先には一体なにがあるんですか?」
 真剣な顔でまっすぐ私を見て聞いてくる。私はその質問に思わず顔を伏せた。
「それは……」
 答えられない。答えられるはずがない。まさしく私はそれを見つけ出せず死んだのだから。
「あっ、ごめんなさい。変なこと言って。忘れてください」
 母は我に返ったという様子でテレビに視線を戻した。
 私はバツの悪い思いで一口コップのお茶を飲み、また答えのでない問題を考えていた。
 夢の叶った先にあるものなんてきっと誰にも分らないのだ。母も、今の私も、そして未来の「私」も……。だから母の悲しみも、私の自殺もどうやったって避けられないのだ。いやむしろそうでなければならないのだ。もし仮に「その先」に当たるものがあったとして、もうそれは手に入らないものなのだから。
「そのパジャマね。もともと旦那のものだったのよ」
 再び母が話し始めた。
「結婚してすぐに買ったんです。でも何回も着ないうちにあの人はまた旅に出て行ってしまった」
「ご主人とは旅の途中でご結婚を?」
「いいえ、あの人とはこの町で出会いました。その時には配達員として働いてもいましたし、すでに夢は叶えたといっていました」
「では何のために再び旅に?」
「さあ、分かりません。ある日いきなりどこかへ旅立ってしまいました。……あなたなら分かります? 一度すでに夢を叶えたと言った人が、また旅に出る理由」
「……わかりません」
 父はどうして家族を置いて再び旅に出たのだろう。夢を叶えたあと、一体なんのために……?
 それからしばらく二人黙ったままテレビの画面を見続け、ようやっと母が寝ると言い、奥の部屋から寝具を持ってきた。
「ほかに部屋がないもので、すいませんがここで寝てくださいな」
 テレビの前の机を片付けそういった。
「いえいえ、どうもありがとうございます」
 電気を消し、布団に入る。あたりは真っ暗で物音一つしない。母の悲しみ、旅立った父、そして間もなく旅に出るはずの「私」、いろんなことが頭の中を巡っていた。しかし結局最後には考えても仕方ないことだと全て頭から振り払った。どうせ全部捨てた過去のこと。今更どうしようもないことなのだと。
 私は眠気とともにうっすらパジャマから漂う樟脳の匂いが鼻をくすぐるのを感じていた。


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