マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.243] 第二章 招かれる客と招かれざる客 投稿者:紀成   投稿日:2011/03/22(Tue) 13:05:01   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

リンネに連れてこられた屋敷は、見事な物だった。外装は綺麗に装飾され、堂々としている。庭にはパラソルとテーブル、椅子が二つ。
「服を貸してあげる。クリーニングしないと。そのコート埃だらけじゃない」
リンネを庇った時に擦れて付いたものだ。手袋とパンツ、靴にも汚れが付いている。
「一つ聞いていいかな」
「何?」
「何故見ず知らずの私を家に入れるの」
分からなかった。ここらでは知られていないにしても、自分は人を襲う者だ。それを知らないにしても、見ず知らずの旅人を自分の家に上げる神経が理解できなかった。
「見ず知らずじゃないわよ。貴方は何の見返りも考えずに私を助けてくれた。この街で私を知らない者はいないわ。言い寄ってくる子達は皆自分の会社の評判を上げたい者ばかり。私がこの地位を無くしたら、友達のポジションを取っている子も見向きもしなくなる」
ドアが開いた。廊下にメイドが十数人立ち並び、深々とお辞儀をする。
「お帰りなさいませ」
「この人を客人の間にお通しして。あとバスの用意を。服をクリーニングして」
「かしこまりました」

メイドの一人に案内されて、ファントムはバスルームに来ていた。温度を調節して、シャワーを頭から被る。ついでにカゲボウズ達も洗ってやる。
『くすぐったいー』
「じっとしてなよ。かなり汚れてる」
ドアの外でガタンという音がした。着替えを持って来たらしい。
しばらく浴びた後、備え付けのタオルで体を拭いて外に出た。

客人の間で紅茶を飲んでいると、ドアが開いてリンネが入って来た。さっきの格好とは違う、フリルのついた黒いワンピースを着ている。そして首には鎖のついた懐中時計。
「ちょっと立ってみて」
リンネに言われ、ファントムは立ち上がった。今の彼女の服は、シルクのダークスーツだ。
「うん、似合う」
「わざわざこんな服持ってこなくても良かったのに」
「これが一番似合いそうだったの!他はドレスばっかりだから…」
外見は確かに地味だ。だが着ている心地がしない。やはりいつも着ている服がしっくり合っていい。
「ねえ、ファントムってやっぱりオペラ座の怪人からなの?」
「まあ」
「私ね、こんな立場だから沢山勉強しないといけなくて、それぞれの教科に家庭教師がいるの。フランス語、英語、ピアノ、ヴァイオリン、数学、絵画、そして歴史。歴史はその時代を反映したオペラを毎回見に行くの。だからエリーザベトもオペラ座も知ってるのよ」
またドアが開いて、ワゴンを押したメイドが入って来た。銀のボウルと、装飾された皿。ティーカップ。プチフールやケーキ、サンドイッチ、スコーンなどが盛られた小さな皿の塔。
「アフタヌーンティーをお持ちしました」
「紅茶は何があるの」
「本日はアッサム、ウバ、カモミールがございます」
「飲みたいのある?」
いきなり話を持って来た。紅茶はあまり飲まない。
「任せるよ」
「じゃ、ウバのミルクティ」
「かしこまりました」
メイドがテーブルの上に物を置いていく。見たことが無い品の数々に、側にいるカゲボウズ達が目を丸くしている。
「ありがとう。下がっていいわ」
「失礼します」
パタン、という軽い音と共にドアが閉まった。リンネが肩の力をフッと抜く。
「あー、疲れる」
「至れりつくせりだね。もっと簡単でいいと思うけど」
「仕方無いのよ。今の家の主人は私だから」
「へえ」
しばらくの沈黙。破ったのはリンネだった。
「聞かないの?私が主人の理由」
「別に。興味ないから。それより食べていいかな、これ」
「ええ」
ファントムは椅子に深く座って、ひと言呟いた。
「いいってさ」
待ってましたと言わんばかりにカゲボウズ達が飛びついた。ファントムも紅茶だけは死守する。
美しく盛られたプチフールが、スコーンが、瞬く間に消えていく。あっけに取られるリンネに、ファントムは言った。
「私は紅茶だけでいいから、食事はこの子達にあげてもいいかな」
「ちょ…」
リンネが部屋を出て行った。数分後、息を切らせて戻って来る。既に食事はひとかけらも無い。
「それは?」
リンネは右手に何か持っていた。双眼鏡のような感じがする。
「ホウエン屈指の大企業、デボン・コーポレーションの製品。見えない物を見るデボンスコープ。いつだったかパーティの時に来てた息子さんにもらったの」
「叫んだりしない?」
「…一応口を押えとく」
ゆっくり深呼吸。丸い目にスコープのレンズを押し当てる。ぼやけた世界がハッキリしてくる。
「!!」
声にならない悲鳴を上げるリンネ。彼女の目には、広い広い部屋にひしめき合う沢山のゴーストタイプが映っていた。
「私を追い出す?それでもいいよ」
柔らかい口調だが、その声はただではすまないような凄みがある。
「すごい…こんなに連れ歩いてるなんて」
「違う。勝手についてくるんだ」
「ボールとかに入れてるんじゃないの!?」
ポケモンを引き連れているのはそんなに珍しいだろうか。大げさに騒ぐリンネを、デスカーン達は呆れた目で見ていた。
「ねえ、このジュペッタ、キャンディ食べる?」
「まあ」
「あげていい?」
主人の顔から一転、子供の無邪気な顔になった。ファントムがうなずくとリンネはポケットからロリポップを取り出した。白い砂糖で文字が書かれている。
「薔薇は紅い。スミレは青い。お砂糖は甘く、貴方も素敵。
…マザー・グースだね」
ジュペッタの口のチャックを開けて、中に押し込む。口の中で動かしていたが、しばらくしておとなしくなった。
「ねえ、何でこんなに懐かれてるの?しかもゴーストタイプばっかり」
「私もよく分からない。気付いたらこうなってた」
もちろん、これは嘘だ。いつから見えるようになったのかも、そのきっかけも傷と共にはっきり覚えている。理由だけは未だに分からないが。
「こうして見ると、全部別種類が一匹ずつってワケじゃないのね。見分けつくの?」
「一匹しかいないのは強いもの。そして付き合いが長いもの。カゲボウズ達みたいに多いのは見分けはついてるよ。微妙に。
よく食べるもの、よく笑うもの、よく驚かすもの、よく喧嘩するもの」
「まるでサムシング・フォーね」
「マザー・グースが好きなんだ?」
うなずくリンネ。サムシング・フォーとは、花嫁が身につけると良いとされている物で、『何か新しい物』『何か借りてきた物』『何か古い物』『何か青い物』の四つを表す。
「失礼します」
メイドが部屋に入って来た。途端にリンネの顔が引き締まる。
「どうしたの」
「マルトロン伯爵がお見えになっておりますが、いかがいたしましょう」
「…」
その名を聞いたリンネの顔に戸惑いの色が浮かんだ。メイドが心配そうに見ている。
「また来たのね、あの男」
「お引取り願いましょうか」
「いえ、こちらに通して」
「かしこまりました」
ドアが閉まった。ファントムは立ち上がる。
「私、別の部屋に行って…」
「ううん、ここにいて」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。私も客人だよ、一応。
「ファントムになら、話してもいいと思ったから。ここで私と一緒に、今から来る男の話を聞いて。ゴーストポケモンも、皆」
私はデスカーン達を見た。ハッキリうなずく。
「分かったよ」

「お久しぶりですね、レディ・ヴァルヴァローネ」
猫撫で声で最初の台詞を切り出した男は、すぐにファントムの存在に気付いたようだ。元々細い目がさらに細くなる。
「ちなみに、レディ・ヴァルヴァローネ。そちらの方は?」
「友人ですわ。ファントム…」
「ファントム・トループです。ミスター・マルトロン」
「ほう。随分歳の離れたご友人ですな。では、一つよろしいですかな」
声がブリザードのように冷たくなる。
「席を外していただけないだろうか。部外者に聞かれては…」
「お黙りなさい!」
部屋の空気が震えた。少女とは思えないくらいの剣幕だ。ジュペッタがファントムに耳打ちする。
『敵に回したくないタイプだな』
「…まあね」
敵に回そうなどとは最初から思っていないが。
「招かれざる客の身分で友人を貶すようならば、即刻お引きとり願いますわ」
「ほんの冗談ですよ。さて、本題に移りましょうか」
リンネが座った。握り締めている手が微妙に震えている。
「ご友人ならば、このヴァルヴァローネ家に伝わる品のことは既にご存知ですな?」
(品…?)
リンネがファントムの着ている服の裾を引っ張った。視線はそのままにして、手のひらに指で文字を書いていく。
書かれた通りにファントムは言った。

「青の金剛石がはめこまれた、懐中時計のことですね」


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