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  [No.262] 第三章 時計とバラと変なピエロ 投稿者:紀成   投稿日:2011/03/31(Thu) 15:21:32   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

青いダイヤモンド。ファントム自身、聞いたことも見たこともない。ましてやそれをはめ込んだ懐中時計が存在していて、しかもリンネの家に伝わっているなんて全く知らなかった。今日初めて会ったので、当然と言えば当然なのだが。
だがファントムの答えに伯爵は満足したようだ。
「よくご存知で」
「その懐中時計に、何か用でも?」
リンネが首にかけている鎖を外して、机に置いた。ジャラリという音と共に、銀色に輝く塊が現れる。
外蓋の中心に、見事な青いダイヤモンドがはめ込まれていた。ダイヤという宝石自体、希少価値が高い。誰かがこれ目当てに来てもおかしくは無いと思った。
伯爵の目の色が変わった。
「美しい。実に美しい。何故このような物を貴方のような少女が持っているのか、いささか疑問に思いますな」
「持つべき者だからこそ、持っているのです。お分かり?」
挑発的な態度を取るリンネ。それに構わず、伯爵は一気にまくし立てる。
「レディ・ヴァルヴァローネ。その懐中時計を私に譲ってはいただけないだろうか。金は幾らでも出す。こんな場所に置いていたら、それこそ宝の持ち腐れだ」
「何度も言っているはずですわ。これは決してお金という欲の塊なんかに換えられる者ではありませんの。母方の先祖から伝わってきた、この家の宝なのです。売るなんてしたら、主人のバチが当たります」
「主人?」
伯爵がハッと笑った。時計に目が眩んで、品格という物を忘れている。
「ご冗談を。今この家に貴方以外に主人は…」
「いいえ」
リンネがキッパリと言った。立ち上がり、そのまま窓に向かって歩き出す。
「この時計の主人は、私ではありません。そしてこの家―ヴァルヴァローネの血を継ぐ者でもありません」
そう言うリンネの目は、今までの物ではなかった。窓ガラスに映る瞳は、何とも言えない神秘的な雰囲気を醸し出している。
「何を言うのです。この家に伝わる品の主人が、この家の誰でもないと?」
「分かりました。少しだけ直しますわ。正確には、その主人から預かっているのです。返す時が来るまで」
伯爵は肩をすくめた。
「もし手に入れたいと思うのなら、命を捨ててもいいと思わなくては。盗もうものなら、たちまち主人の怒りに触れて殺されてしまうでしょう」
「そんなおおげさな」
「信じないというのなら、お引取りください。今でも主人は、私達のことをあるべき場所から見ているのです」
何か言いたげな顔だったが、伯爵はそのまま席を立った。チッと舌打ちをしたのが、ファントムには聞こえた。


「その懐中時計、欲しがってる奴が沢山いるんだね」
伯爵が帰った後、ファントムは再びリンネと話をしていた。リンネがため息をつく。
「元々こんなにしつこくは来なかったの。でも、父さんと母さんが仕事で家を空けるようになってからは、毎日のようにやって来るのよ…
多分小娘だと思ってるのね」
その通りだね、とは流石に言わなかった。だが本当だろう。小娘一人を言いくるめることなんて簡単だ。一番心配なのは誰かが先に懐中時計を手に入れてしまうこと。そうならないように、毎日足を運んでいるのだろう。
そしてあの品格を失った目。まるで虜にする魔力でもかけられているかのようだ。
「…そんなに価値の高い物なのかい」
「私自身もよくは知らないの。亡くなったお婆ちゃんが大事にしてた。そのお婆ちゃんは私のお父さんの母親で、その時計は女が持つ物なんだって。ずっと昔、すごい美人の一族の娘が神様のところにお嫁に行って、子供の代わりにそれを送ってよこしたからなんだって。
以来、その時計はずっと女の人が守らないといけないらしいの」
「それをさっきの伯爵とやらは知ってたり…」
「知らないと思う。あの伯爵は結婚してるから、もし知ってたら奥さんをよこすはずだから」
なるほど。結構勘の鋭い子だ。こんな子から騙し取ろうとするなんて、彼らは決定的な観察力不足に違いない。
「私、絶対にこの時計を守るの。その時がいつ来るかは分からないけど、必ず」
強い意志をたたえた瞳だった。これなら平気だろう。変な目に遭わせようと思う奴がいない限りは。


黄昏時の太陽が、部屋を赤く染めている。リンネは少し用があると言って自分の部屋に戻って行った。ファントムも用意された客用の寝室にいる。
『随分と大層なことになったな』
デスカーンが姿を現した。
「とりあえず、これで飲食と宿舎の心配はいらないよ。…問題は」
『この街に入ってからずっとだ。鋭い視線を感じる』
纏わり付くような視線。人数は一人だが、それでも相当の力の持ち主であることが分かる。
「嫌な感じだよ。何も起こらないといいんだけど」
「ファントムー」
ドアが開いてリンネが入って来た。ピンクのジャケットを着ている。
「夕食までまだ時間があるの。街を案内してあげる!」
「え」
「さ、これを着て」
リンネが差し出したのは薄手のトレンチコートだった。
「これは」
「私のお母さんの。同じくらいの背丈だから、直す必要は無いわよね」
あれよあれよという間にファントムは外へ連れ出された。

人通りはまだ衰えていない。さっきのキャンディ・ワゴンがあったら嫌だな、と一瞬思ったが幸いなことにカラフルなワゴンの姿は何処にも無かった。
「この街はね、一度産業革命で大きく発展して、でもその後石炭から別の物に変わったから酷くしぼんでしまったの。今ではお洒落な街として観光に力を入れてるのよ。昔ながらの街並みを再現して、色んなイベントが出来るホールやお買い物が出来る可愛いショップもあるし」
リンネが道を歩くたび、周りの大人達が声をかける。大体は『お嬢様』呼びが多いが、そんなことを全く気にせずに手を振り返す。慣れているようだ。
「ヴァルヴァローネ家は、この街では一番のお金持ちなの。だから色々厄介ごとも多いんだけど、それでも私は父さんも母さんも好き。家の広さの割りに使用人が少ないのは、お婆ちゃんの時に使えていた人の娘や息子しか雇っていないから。…結構治安が良いとは言えないし」
「信用出来る人しかってことか」
「うん。友達もあんまりいないけど、それでも私は楽しいわよ」
なんとなく無理をしているように見えるのは、気のせいだろうか。自分も同じような立場であったから、その気持ちは分からないでもない。リンネと違うのは、自ら壁を造り、その中で生活して来たということだが。
「生まれてくる場所を選べたら、こんなことにはならなかったかもしれないね…」
「え」
「いや、こっちの話」
だが、そうなれば彼らとも会わなかった。それに後悔は一度もしていない。今の方が昔よりかはずっと楽しいからだ。
「あれ」
リンネが立ち止まった。向こうから、何かがやってくる。人だが、いやにカラフルな服装なのが分かった。
「分かる?」
『…何かばら撒いてるな』
白い紙のような物をばら撒いている。黄色の帽子に、水玉模様の服。だぶだぶのズボン。白粉に青い涙。赤い口紅。
ピエロ、だった。仮面をつけている。
「さあさあ、紳士淑女の皆さん、お待ちかね!明日からいよいよ公開だよ、オペラ『おぞましい魔術師』マルトロン劇場で!」
マルトロン劇場。その名前には、聞き覚えがある。
「さっきの伯爵様の名前じゃないか」
「ね、そんなオペラの名前、聞いたことある?」
「いや、初めてだよ」
やがてピエロは二人の前にやって来た。驚いてファントムの後ろに隠れるリンネ。
「これはこれは、美しいお嬢さん。貴方のような人なら、きっと魔術師も歓迎してくれるでしょう。ほら、こういう風に」
手袋をしたピエロが指を鳴らす仕草をした。ポン、という音と共に真っ赤なバラが目の前に現れる。
「でも気をつけてくださいね、魔術師は女々しい物は好みませんから。守られる者ではなく、守る者にならなくては、八つ裂きにされることも…」
「っ!」
「これは失礼。では、楽しみにしていますよ!」
そう言うとピエロは優雅に一礼して、他の客にビラを配りに行った。ファントムももらったバラとビラを交互に見比べる。
「おぞましい魔術師、か…」
「ね、どうするの?見に行く?題名からしてホラーっぽいけど…」
「…」

宣戦布告された気がする。何故かは分からないが、なんとなく。
『行くか』
「何が起きるか分からないけどね… 面白そうじゃないか。魔術師の実力、見せてもらうよ」
ファントムの手の中で、バラがぐしゃりと握りつぶされた。


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