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  [No.692] 第五章 オペラ『おぞましい魔術師』 投稿者:紀成   投稿日:2011/09/03(Sat) 18:19:46   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

黒いローブを着た男が登場し、ヴァイオリンの音色が流れ出した。それに合わせて数人の男女が登場し、歌いだす。
『おお!我らが魔術師、レオーネ卿よ!その力でこの世界に巣食う悪を根絶やしにしてください!』
舞台の中心にいる男が杖を掲げた。
『我は英国一の魔術師。皆が皆、我を崇める。私に出来ない術など無い。その気になれば、この者達が言うように悪を抹殺することも出来るだろう。
だが、私はそんな無粋なことなどしない。私はただ、魔術を極めたいだけなのだ』
男が杖を一振りした。途端に、美しい光の帯が会場と舞台を包み込む。
「どんなトリックなんだろうね」
「それを言ったら、楽しみが無くなるよ」
リンネには悪いが、ファントムにはオペラを楽しむ余裕は無かった。今は視線を感じないが…いつ何が起こるか分からない。油断は出来ない。
『今宵もまた、私の魔術に魅せられた者達が集まってくる。金と名声は黙っていても手に入る。私はそんな状況にいる。
今の私になら、禁忌を犯しても誰も罪に問わない。問うことが出来ない』
上空から檻が現れた。綺麗に細工してあり、薄い布がかけられている。
『ご存知無いかもしれないが、私の得意な魔術は合成だ。ポケモンとポケモンを合わせたり、また鉱物と生きる物を合わせることも出来る。
…なら、人間と他の何かを合わせればどうなるだろう?』
舞台袖から語り手が出てきた。
『ああ、哀れな魔術師。お前は自分の力と他人からの賞賛に酔いしれてしまった。いつもならそこで過ちを考えていると気付くはずなのに、今の彼には忠告してくれる友人すらいない。
皆が皆、尊敬すると同時に彼を恐れた。もし何か言えば、自分の命が危ない―そう考えた』
語り手が退場する。そこで一旦舞台が闇に包まれる。そして…

変わって、ロンドンの町並みが現れた。十九世紀より前なのか、ビックベンの姿は無い。テムズ川のほとりを、一人の少女が散歩している。髪の長い、美しい少女だ。
『今日はとてもいい天気。神様、このように素晴らしい世界を創造してくださり、感謝いたします』
祈りの仕草をする少女。するとそこへ、この場に不釣合いな男が現れる。
『そこのお嬢さん』
『あら、レオーネ卿。ごきげんよう』
『ああ、ごきげんよう』
男も少女と共に川に映る景色を見る。
『この街はとても美しいな。天国も、このような場所なのだろうな』
『ええ。ロンドンの町並みは素晴らしいですわ』
『だが、もっと美しい物がある。…何だか分かるか?』
『ええ?』
男が笑って言った。
『実はな、新しい魔術が完成しそうなんだ。それは』
男は川べりに落ちている石を拾い上げた。
『この石を、宝石に変えることが出来るんだ。大きさも種類も様々。しかも一旦変えれば、何をしても石っころに戻ることは無い』
『まあ!それは素晴らしいですわ!ロンドン、いえ、世界中が驚嘆なされることでしょう!』
『そこで、だ』男は少女に言った。『君にその魔術の証人になってもらいたいんだが…』
『私が、ですか』少女は目を丸くした。
『そうだ。私のような胡散臭い魔術師がいくら説いたところで、所詮は認められやしない。ましてや、価値の無い物をある物に変える術など、今まで誰もが挑戦しては玉砕してきただろう。
だが、君のような美しくてしかも人望もある女性の言葉なら、皆耳を傾けてくれるだろう』
最後の言葉が気に入ったらしい。少女は言った。
『是非、お願いしますわ』
二人は歩き出した。そこで再び語り手が登場する。
『世の中で一番騙しやすいのは、プライドに包まれた人間だと言う。この少女も見た目は愛らしいが、中身はプライドを詰め込ませたビロウドの人形に過ぎないのだ。
そんな人形を騙して連れて行くことなど、この魔術師にとっては容易いことだった。この男は人の心をよく分かっていた』
古い屋敷のセットが現れる。少女一人が舞台に現れ、辺りを見回す。魔術師の姿は、無い。
『レオーネ卿?どこにいらっしゃるのですか?』
『すまない、お嬢さん』
舞台袖から声がした。少女が安堵の息を漏らす。
『ああ、よかった。どうなされたのです?』
『いや、何しろ石が重くてね。すまないが…手伝っていただけないだろうか』
『ええ、分かりましたわ』
少女が舞台袖に消えた。そして―

『いやっ!何をするの!?離して! …ぎゃああああああああああっ!』

リンネが震えた。それくらい、少女の断末魔が激しい物だったからだ。周りを見ると、ほとんどの客が顔から血の気が引いている。
やがて、大きな箱と胸にナイフが深深と刺さった少女を担いだレオーネ卿が舞台に登場した。左手には杖を持っている。
彼は少女の遺体を箱に入れると、側に置いてあった薬品のビンを開けて注ぎ、蓋をした。杖を高々と上げ、叫ぶ。
『この肉体を別の物に変えよ!』
舞台袖からドライアイスの煙が噴出した。舞台が見えなくなる。霧が晴れた時、男は箱を開けて中の物を取り出した。
ヒッ、という悲鳴が周りから上がった。ファントムも思わず口を押えた。
そこには、元の姿が何か分からないくらいに膨れ上がった肉体があった。それを見たレオーネ卿は、激しく頭を掻き毟った。
『何てことだ!失敗だ。こんな物、捨ててしまえ!』

場面が変わって、ロンドンの穏やかな昼下がり。カフェで新聞を読む男、優雅にテムズ川のほとりを散歩する貴婦人、新聞売りの貧しい身なりをした少年。誰もが自分の時間を過ごしていた。
不意に。新聞売りの少年が上を見上げた。そのまま右手でビックベンを指差す。
『ねえ!何かぶら下がってるよ!』
その言葉にバスケットに花を沢山入れた少女が上を見る。はじめは子供の戯言だと思っていた大人達も、次第に皆に釣られ上を見上げた。
『あれは…なんだ』
『袋?』
『いや、何故あんな…ビックベンの針に袋がくくりつけてあるんだ』
カチ、という音がした。長針が少し下がる。一分を刻んだのだ。
そして―

『あっ!』
少年が声をあげた。くくりつけられていた物が、針からずり落ちて…
グシャリ、と石畳の道に落ちた。
『キャアアアアッ!』
貴婦人が叫んだ。袋ではなかった。体がこれ以上に無いくらい膨れ上がった…人間だったのだ。

騒然とするテムズ川周辺を、レオーネ卿は遠くから見つめていた。
『あの姿では、親すらもわが子だと分かるまい。自分の醜さに絶望した女が自殺した― 少々無理があるが、それで片付けられるだろう。
いや、そんなことより重要なのは次の材料だ。遺体では駄目だった。ということは、生身の人間の方がいいのか―
…そうだ』
レオーネ卿は何かを思いついたように、走り出した。

再びレオーネ卿の自宅。さっきとは違う箱が用意されている。薬のビンは、そのままだ。
『おそらく遺体という理由だけではなく、心も必要だったのだろう。あの女は高慢でプライドが高く、煽てれば簡単に付いてくるような奴だった。
もっと美しくて、純粋な心を持った人間を』
ここでレオーネ卿の役者は一旦舞台から降りた。驚く観客達。ファントムは側にいたデスカーン達にそっと耳打ちした。
『               』
やがて男はファントム達が座っている列に入って来た。リンネをちょっと見た後、ファントムを見て言った。
「貴方が相応しい。共に来てもらおう」
「…構わないよ」
ファントムは立ち上がった。デスカーン達はそのまま待機している。リンネが不安げな表情を浮かべている。左手を少し振った後、ファントムは階段を降り、舞台にある箱へと向かった。
白い箱だ。光の加減では灰色にも見えるかもしれない。もう一度客席を見た後、ファントムは箱に潜り込んだ。思った通り、舞台に扉があって箱の下から出入り出来るようになっている。音を立てないようにそっと下へ移動した。上で派手な音が聞こえた。爆発音だ。
「さてと…」
ファントムは身を屈めた。真っ暗で何も見えない。お供は皆リンネの側で待機するように言って来た。
「こんな手の込んだことをするのは誰だよ…」
埃が服に纏わり付く。上ではまだ舞台が進行していた。うんせうんせと両手足を動かし、やがて小さな扉に当たった。
「ここか」
スライド式だった。そっと開けると、小さな灯りが見えた。誰かの話し声が聞こえ、ファントムはより一層身を屈めた。
「本当に出来るんだろうな」
「ああ。私の言う通りにしていれば、必ず時計は手に入る」
時計。一人の声はそう言った。おそらくリンネの持っている懐中時計のことだろう。全く、いい大人がみっともない。
「だが側にいるあの女が厄介だ。隙が無い」
「普通の方法では、返り討ちにされるだろうな。今夜は下見だ。時計は手に入らん」
どうやら自分を引き剥がしてリンネから時計を奪うつもりでいたらしい。
「思った以上に厄介な相手だ。…お前、近いうちに舞踏会は開けるな?」
「それは勿論」
「私の言う通りにセッティングしろ」
「…分かった」
一人の男がこちらに向かってくる。だがファントムには気付かない。そのまま通り過ぎて行った。
「…」
やがてもう一人の男も別のドアから出て行ったようだ。ファントムは立ち上がると、裏口から外に出た。

「ファントム!」
リンネが駆け寄ってきた。埃だらけの服装に一瞬怪訝な顔をしたが、何か考え付いたかのようにぽんと手を叩いた。
「下を通ったの?」
「まあ。で、あの後どうなった?」
「また失敗。多分あれは人形だろうけど、今度は関節という関節が無くなってて…オクタンよ、あれじゃ」
リンネがため息をついた。時刻は八時半。予約したレストランの時刻まで、あと三十分。
だがこの格好では…
「なんとか出来ないかな、この埃」
「じゃあ服屋に行きましょうよ!私がコーディネートしてあげる」
「いや、ブラシとかあれば…と思ったんだけど」
リンネはファントムの話を聞いていない。そのまま高級ブティック店がある通りに走っていった。

一人の男が、街を見下ろすことの出来る時計塔の上でアコーディオンを弾いていた。
「怪人ファントムに気をつけろ、夜道でお前を待ってるぞ…か」
月光が男の白い仮面を照らす。


「さあ、楽しいゲームの始まりだ」


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