マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.573] 一、花風 投稿者:サン   投稿日:2011/07/08(Fri) 15:44:40   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「リオー! 早く早くー!」

「待ってよノウー!」

 青空の下に、甲高い元気な声が響き渡った。細い木々や家々の間を縫うように走る、二つの影。片や後ろを急かし、片や前の者を必死に追う。

 ここは人間のいない、ポケモンだけが住む世界。そこには気候も地形も全く異なる七つの島々が、一つの大きな島の周囲をぐるりと囲むように存在した。この個性豊かな八つの島々は、七つの島をそれぞれ色になぞらえて、七色列島と呼ばれていた。

 花の香がどこまでも広がる自然豊かなこの島は、七色列島の中心部、レインボーアイランド。見渡す限りの大草原がどこまでも続き、生き物たちの集う森が所々に点在する。八つの島々の中で最も広い面積を持つ島だ。



「マフィンさーん!」

 遠くから響いた声に、オオタチのマフィンは畑仕事の手を止め顔を上げた。見ると、長い耳をぴょこぴょこ揺らして、オレンの木々の間を小さなポケモンが走ってくる。
 黄色い体に青い頬。小さなねずみのような姿の電気ポケモン、マイナンだ。
 マイナンは目の前までやって来るなり、布地の肩掛けかばんの中から真っ白なビンを取り出して見せた。

「はいっ、モーモーミルクの配達だよ!」

「あらあら、どうもありがとう」

 ずっと走ってきたのだろう。すっかり泡立ったモーモーミルクを受け取って、オオタチはにっこり笑った。それから、すぐに何かが足りないことにふと気付く。得意満面のマイナンの後ろに目をやるも、オレンの木々が作り出す一本道が変わらぬ様子で丘の向こうまで伸びているだけである。

「ノウくん、いつも一緒の双子の妹さんは?」

 きょとんとするマイナンの代わりに、オレン畑の向こうから答えが聞けた。

「もうノウってば、置いてかないでよー!」

 どうやら妹は、木々の作り出す壁で兄とはぐれてしまったらしい。子供らしい甲高い声は今にも泣き出しそうである。青々と茂る葉が幾重にもなり、近くにいるらしい彼女の姿をすっかり隠してしまっている。

「リオー、こっちだよー!」

 マイナンが緑の垣根に向かって大声で叫ぶと、がさがさと木々を掻き分ける音が近づいて、やがて一匹の小さなポケモンが飛び出した。先に来たマイナンとは、ねずみのような容姿であるのは同じだが、彼女は黄色い体に赤い頬、プラスルだ。垂れ下がった右耳には、可憐な青い花飾りをつけている。
 その海色の瞳がマイナンたちを捉えると、ほっとしたようにプラスルの顔が緩んだ。

「あぁ……やっと追いついた。もうノウってば、急に走り出すんだもん」

「えへへ、ごめんごめん。あんまりいいお天気だったから、つい……」

 ピンク色の舌を覗かせて、いたずらっぽい笑顔を見せる兄、ノウに対して、妹のリオは小さくため息をつく。そんないつもどおりの双子の様子を見て、オオタチは微笑んだ。

「あら、そうだわ」

 マフィンはふと思い出したように呟くと、足元にある籠から何やら取り出した。

「うちの畑で取れたのよ。持って行ってちょうだいな」

 二匹は思わず目を輝かせた。薄桃色のマゴの実。内側に丸め込まれたその形が、秘めた甘さを物語る。つやつやとした表面が、早く食べてくれと言わんばかりに食欲をそそらせる。

「うわぁ……おいしそう!」

「ありがとうございます、マフィンさん!」

 一匹に一つずつ、それぞれ完熟した木の実を受け取ると、二匹とも大事そうにかばんの中にしまい込んだ。何度も何度も口紐の閉まり具合を確認して、最後にしっかりと結ぶとマイナンはぴょんと小さく飛び跳ねた。

「じゃあぼくたち行くね。リオ、帰ろう!」

 言うや否や、一目散に駆け出した。慌てたリオが声を上げる。

「あっ、待ってよノウ! さようならマフィンさん、またお店にも来てくださいね!」

 妹はぺこりと軽く頭を下げ、大急ぎで兄の後を追いかけた。取り残されたオオタチは、初めは呆気にとられていたが、はっと我に返り、両手で口を囲って声を張り上げた。

「気をつけて帰ってねーっ! モリアさんによろしくー!」

 聞こえたかしら、と呟くと、緑の木の葉が音を立てて笑った。
 片手の牛乳ビンに視線を落とすと、もうほとんど泡が消えかけている。遠ざかって行く二つの小さな背中を見つめて、マフィンはふぅっと息を吐いた。

「あの子たちがこの村に来て、もう随分経つのね」

 また風が吹き、オレンの木々がざわめいた。遥か向こうにそびえる名峰、アルカンシエルの頂から、穢れ無き真っ白な雲が流れてくる。

「……本当に、元気に育って」

 風の音の中で、子供たちのはしゃぐ声がいつまでも響き渡った。



 二匹は丘を越え、緑の坂道を尻で滑り、走って走って帰路を急いだ。風に吹かれてふわふわ浮かぶハネッコの群れの真下をくぐり、道行くジグザグマやコラッタたちと簡単な挨拶を交わして、何の前触れもなく地中から飛び出したディグダにつまずきそうになりながらも、その足取りは止まらない。
 ここシラカシ村はそう広い村ではないものの、プラスルとマイナンの小さな体で走り回るには充分すぎる。
 太陽はとうに南の空の頂点へと達し、草原全体を容赦なく照らしつけている。二匹は帰路を急いでいた。

「ねぇリオ、何かいいにおいがしない?」

 ノウはひくひくと鼻を動かした。頬を撫でるそよ風に乗って、ほんのりと甘い香りが漂っている。
 隣を走るプラスルがすかさず答えた。

「これ、はなつめくさのにおいだわ。そろそろ咲き始める時期なのよ」

「ふぅん、よく知ってるねぇ」

 ノウが感心したように唸ると、リオはにっこり笑った。

「うん! わたしの一番好きなお花だもん」

 右耳につけた花飾りがしゃらんと音を立てた。赤い耳に青色の花はよく映える。いつもつけている、リオのお気に入りの耳飾りだ。

「おーい! ノウくーん、リオちゃーん!」

 丘の向こうから何やら呼び止める声がする。二匹が振り返ると、こちらに向かって走る小さなポケモンが三匹ほど。右からウパー、ニドラン♂にチェリンボだ。

「あっみんな!」

 返事のつもりで大きく手を振ってから、リオは彼らの様子にはっとした。三匹ともひどく取り乱しているように見えるのだ。何かあったのだろうか、横目でちらりと兄を見ると、やはり同じことに気付いたらしい。ぴくりと青い耳を動かすと、すぐさま彼らの元へと駆け寄っていく。

「おはよう! マルル、ランディ、それにチェルシーも。みんな、どうしたの?」

「ノ、ノウくん! 大変なんだよ!」

「UFOが……UFOが森の上に浮いてるんだ!」

 荒く息を切らしてウパーとニドラン♂が声をもらす。

「UFO?」

 後から来たリオが首をかしげると、チェリンボのチェルシーがまくし立てるように話し出した。

「なんだかね、青く光りながらふわふわ飛んでるの! 最初はアサナンが瞑想でもしてるのかなって思ったんだけど、動き方がなんだか不気味で……」

「ほら、あそこ!」

 一角兎ニドラン♂のランディが頭に生える小さな角を振りかざし、ある一点を指し示す。ノウは背伸びをして額に片手をかざし、よーく目を凝らしてみた。ここからそう遠くない森、青々と茂る深緑の木々の上に、ふわふわと浮かぶ見慣れぬ物体が。

「ほんとだ……何だろう、あれ」

「分かんないよう」

「大人を呼んできたほうがいいのかなぁ……?」

 ウパーのマルルが落ち着き無くぱたぱたと尻尾を地面に打ち付けた。チェルシーは不安げにつぶらな瞳を潤ませ、いつも陽気な立ち振舞いのランディも長い耳を背中にぴったりくっつくほどまで寝かせている。
 ノウとリオはしばらくの間、じっと空に浮かぶ謎の物体を観察してみた。森の上に浮かぶそれは、大人しく静止しているかと思えば何の前触れも無しに突然すぅっと動き出す。天に昇ろうとしたかと思えば、また不規則に右へ左へ行ったり来たり。おまけに青鈍色の淡い光をぼんやりと宿しているのだから、チェルシーの言うとおりなるほど確かに不気味である。

「あっ……」

 放心したように声を漏らしたのはリオだった。
 どこへ行くでもなく漂っていた物体は、突然糸でも切れたように落下を始めた。枝からちぎれた木の葉が右へ左へひらひらと舞い散るように、あるいは、日の入りの早い時期に空から舞い降りる白い天使たちのそのように、ゆっくり、ゆっくり、重力の赴くまま落ちてゆく。やがて鈍い輝きは力を無くし、ほうき星となって青空に溶けた。

「え……消えちゃった、の?」

「さぁ、森に落ちたようにも見えたけど」

 マルルとランディが首を傾げ合う。その間をおずおずとチェルシーが割って入った。

「ねぇ、やっぱりあれ、ポケモンだったんじゃないかしら?」

「ポケモン!?」

 とうとうノウの好奇心が発火した。

「ぼく、ちょっと見てくる!」

「ええっ!?」

 ノウが元気よく飛び出そうとした瞬間、首が曲がりそうになるほどの衝撃に止められた。ぐぇ、と苦々しい唸りを上げ後ろを見ると、ランディがノウのかばんをくわえて必死に踏ん張っているところであった。

「な……何、するんだよぅ……」

「ダメだよー! 危ないって!」

 すかさずマルルとチェルシーが回り込み、ノウの体を押さえ込む。

「そ、そうだよ。あれが何なのかも分からないのに!」

「それに子供だけで森に入るなんて! いくらなんでも危なすぎるわ!」

「わ……分かった……分かったからっ」

 生返事はしたものの、彼らの言葉はよく聞き取れなかった。なおも首の絞まり具合は緩む気配がない。ノウは涙目になっていた。なんとかこの状況を打破しようと、慎重に右手を伸ばしてニドラン♂の体を探り当てる。が、そのために後ろのめりになったのがいけなかった。

「あ」

 急にふわりと両足が浮いたかと思うと、一気に左肩が重くなる。頭がぐるりと回転し、視界いっぱいに大口を開けたばけもののような紫色の棘棘が広がった。

「うわぁっ!」

 思わずぎゅっと目をつむる。
 どしん、衝撃とともに、胸が押しつぶされそうになった。恐る恐る目を開ける。横たわるニドラン♂の顔が真っ先に目に入った。少しだけ首を動かすと、紫色の毒々しい棘がぎらりと光る。落ちた場所がほんの少しでもずれていたら。顔中の毛がぞっとそそけ立つ。

「ちょ、どけよ! 重たいってば!」

 腹の下でランディがばたばたと身もがきした。とはいえノウの体も満足に動けない。背中には、ウパーとチェリンボ二匹分の体重がのしかかっているのだ。しぼんだ肺から苦しい息を吐き出した。

「チェルシー……ちょっと、先、どいて」

「ごめん、待って、葉っぱが、ちょっと引っかかっちゃって」

「痛い痛いっ! えらは踏まないでっ!」

「おい気をつけろよ! おれの棘に触ったって知らないぞ!」

 すっかりぐちゃぐちゃになって揉める四匹の子供たち。そんな彼らの横を、小さな風が走り抜ける。ノウは、それを見た瞬間、全身に水を被ったような感覚に襲われた。他の子供たちも同様だった。
なぜなら。

「リオ……?!」

「リオちゃん! どこへ……」

 長い耳を揺らして走るそのポケモンは、ノウたちの呼びかけにも応じることなくまっすぐに森へと向かっていく。
 ノウは腹に力を込め、思い切り身を振るった。あっけにとられたマルルとチェルシーが背中から転がり落ちる。立ち上がり、ランディの口からかばんをひったくる。自由の身だ。

「おいノウ! お前まで」

「ごめんランディ、大人にはナイショにしてて!」

 振り返りそれだけ言うと、ノウは足を速めた。先を走るプラスルは、依然としてペースを緩める気配はない。
 妙な焦りを覚える。何か、急がないと、何かが手遅れになってしまいそうな、頭にこびりつく嫌な予感。
 追い風が足の運びを手伝った。

「ナイショ、って言ったって……」

 取り残された子供たちは互いにぽかんとした顔を見合わせた。風が吹き、遠く深緑の海が誘うように大手を振る。三匹はじれったいようにまごまごと口を動かし、困ったように足を踏みかえ、やがて――

「お、おれたちも行くよ!」

「ノウくーん! 待ってよー!」

「あっちょっと、ねぇ置いてかないでー!」

 村外れの森が大きくざわめいた。日の光さえ届かない臼闇の森の中へ、はなつめくさの香りと共に、風が冷たく吸い込まれていく。


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