マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.636] 二、村外れの森 投稿者:サン   投稿日:2011/08/11(Thu) 17:21:16   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 森の中は、まだ日中だというのに驚くほど静寂に包まれていた。暗幕を被せたような臼闇の中には、生き物の気配など微塵も感じられない。ひなびた生白い木々の上からもつれるように不気味な蔦が腕をたらし、足元はたっぷり湿気った落ち葉が一歩進むごとにぐしょりと歪んだ音を立てる。
 ノウは、葉っぱをかき分けひたすら前にいるであろう妹を追いかけた。彼がどんなに走っても、とうとう森の入り口までに追い付くことができなかったのだ。幸い、少し先の方でがさがさという音がして、よくよく目を凝らせば草が手招きするようにゆらゆらと揺れていた。
 盛り上がった根っこの間を潜り抜け、腐った倒木はよじ登って乗り越えて、何度かぬかるみに足をとられながら、それでもノウは、遅れまいと必死に揺れる草を追い続けた。そんな悪路がずっと続いたものだから、歩き続けて十分と経たぬうちに手や足は擦り傷だらけ、顔は汗と泥にまみれてぐちゃぐちゃになっていた。
 ひときわ大きな葉っぱを潜ると、突然ぱあっと視界が開けた。何の準備もなしに新鮮な光にさらされて、ついノウは顔をしかめた。光に慣れるまでじっと待ち、ゆっくりと目を開く。澄んだ青空。太陽が活発に白い光を発している。
 こんな森の中にも開けた場所はあるのかとほっとして、視線を落とした。すると、妙な違和感を覚えた。
 野草の茂る小さな湿地に、何やら不似合いな黄色いものがちょこんと座っている。
 ノウは駆け出した。

「リオ!」

「あっ……ノウ」

 振り返った妹は、やはり泥だらけの顔をしていた。
 よかった、無事だった。
 ほころびかけたノウの顔は、リオの後ろにあるものを見て旗色を変えた。誰かいる。青い三角形の、頭とおぼしきものが、草に突っ伏している。

「うわぁ! ねぇきみ、どうしたの!?」

 ノウはリオの傍らに身を滑り込ませた。
 見たことのないポケモンだ。ひょろりと頼りなげな体の割に大きな頭には、真っ赤な宝石が額を飾り、どこか高貴な雰囲気をかもしている。閉じられたまぶたは一向に開く気配がない。

「わたしが来たときにはもう、ここに倒れてたの。話しかけても全然返事がないし……どうしよう……」

 リオが不安を訴えるようにノウを見た。ノウは、無造作に投げ出されたか細い腕を手に取り揺さぶった。

「ねぇ、大丈夫!? 起きてってば!」

 うう、と呻き声がもれて、双子は顔を見合わせた。灰色の腕がノウの手の中で小刻みに震え、その細い先が助けを請うかのようにのたうった。リオが、それを包み込むようにぎゅっと握りしめてやる。

「ほら、しっかりして……!」

 やがて三角の頭が金色の瞳を開き、ぼんやりと顔をあげた。

「ああ、よかった! 気がついた」

 ノウとリオのほうっと吐いた息が重なった。青いポケモンは、まだ焦点の合わない目を何度か瞬き、かすれたような声で言った。

「こ……こは……?」

「ここはシラカシ村の外れの森です」

 リオが汗ばんだ手をそっと開いた。

「あなたは誰? どうしてここに?」

「ぼくは、アグノム……」

「あぐのむ?」

 ノウは口の中で反芻したその響きに妙な感覚を覚えた。どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。

「そうか、ぼくは、村の森に……」

 行き倒れのポケモン、アグノムは、ため息のようなかすかな声をもらして身じろぎした。ノウとリオは頭の方に回り込んで起き上がるのを手伝った。その際、ふと、虚ろだったアグノムの目が二匹をとらえた。ぼんやりと濁った瞳が何かに気づいたように見開かれ、次第に、その体が小刻みに震え始めた。異変を感じたリオがそっと顔をのぞきこむ。

「あの、どうかしたんですか?」

 アグノムは、何か信じられないものでも見るように、驚きをたたえた表情で双子を見つめた。わなわなと震える唇から、少しずつ言葉がもれる。

「ま……まさか、ノウ……リオ……」

「え? なんでぼくたちの名前知ってるの?」

「前にどこかで会いました?」

 二匹はきょとんとした顔を並べた。

「まさか……そんな、なんてことだ……」

 アグノムは思い詰めたように頭を抱えて独り言のように呟くと、ふらふらと宙に浮かび上がろうとした。が。

「あっ、危ないよ!」

 ノウが叫んだ途端、再び力無く地面に伏してしまった。慌ててリオが駆け寄った。

「まだ寝ていた方がいいですよ! そんなにふらふらなのに」

「ぼ……ぼくの、ことは、いい、から」

 アグノムは肺から息をしぼり出すように、苦しそうに顔を歪めた。

「ノウ、リオ……すぐに、ここから、離れ、るんだ……」

「え? どうして?」

「いいから……時間、が、ないんだ……きみたちが、ここにいてはいけない」

 ここにいてはいけない? それって、どういうことなんだろう。
 ノウがもう一度問いかけようとしたとき、突然、耳が裂けそうになるほどの咆哮が大気を揺るがした。この辺りで暮らす者の声とはまず違う、怒りを露にした、猛り狂った叫び声。何かが、この村に、森に、近づいてくる。
 ふいに、声が止んだ。辺りは不気味なほどに静まりかえり、冷たい風が吹き抜ける。
 ノウははっとしてアグノムを見た。アグノムは、鋭い眼差しで青空を睨みつけている。

「奴が、影が来る――!」

 そのとき、ざわめいた木々の真上から、巨大な怪鳥が姿を現した。煌々と輝く太陽を背に、その影は長い尾をうねらせ翼を広げて見せる。
 誰かがノウの肩をつかんだ。驚き振り返ると、リオが怯えた目をして怪鳥を見上げていた。

「逃げるんだ! 早く!」

 アグノムの声を合図に怪鳥が翼をきった。蛇のような頭がぬぅっと伸びて、こちらをめがけてまっすぐに突っ込んでくる。
 ぶつかる!
 ノウはとっさに妹の体を抱え込み、ぎゅっと目を閉じた。何らかの痛みを覚悟した。ぎゃおおぉう! 怪鳥が怒りの雄叫びをあげるのが聞こえた。恐る恐るまぶたを開けて、ノウはあっと声をもらした。怪鳥が藍色の淡い光にしめつけられて、苦しそうにもがいている。

「は……やく、今の、うち、に……」

 アグノムが、両手を怪鳥にかざしたまま二匹に唸った。だが、すでに限界の近いアグノムの力では、怪鳥の巨体を完全に縛り切ることはできなかった。
 怪鳥はむりやり念力を弾き返すと、間髪いれずに原始の力を解き放った。無数の岩が迫り来る。アグノムはぎりぎりのところで光の壁を展開させたが、それは威力を削ぐだけのものであり、直撃は免れない。アグノムは、次々と覆いかぶさるような痛みをじっとこらえていたが、畳み掛けるように怪鳥が距離を詰めた。振りかざした尾が鋭い一撃となって腹を薙ぐ。吹き飛ばされた勢いでアグノムは木に激突し、そのままずるずると倒れ込んだ。怪鳥が空中を滑るように飛び、追い討ちに迫る。

「だめ……お願い、やめて! これ以上やったら……!」

 こらえきれず、リオは駆け出した。
これ以上見ているなんてとてもできない。
 相対する二匹の間に飛び込むと、精一杯に手を広げた。
血走った目をした怪鳥がみるみるうちにリオに迫る。
 ノウは四肢に力を込めながら、じっと怪鳥を見つめていた。
 チャンスは一度きり。大した戦い方も知らない自分ができるのは、隙を見つけて叩くことだ。
 低空飛行を続ける怪鳥が、その長い首を伸ばして大口を開いた。
 ――今だ!

「えーいっ!」

 ノウは気合いとともに蛇の頭に飛びついた。怪鳥が戸惑ううちに大きく息を吸い、吐き出す代わりに、激しい電撃を弾けさせる。
 ぎゃおおぉう! 怪鳥がたちまち悲鳴をあげ、振りかざした頭の先から小さなマイナンが宙を舞う。

「ノウ! 危ない!」

 リオが悲鳴のような声で叫んだ。
 そのすぐ隣を、真っ黒な獣が風を残して駆けていった。


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