マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.996] 五、義母と実母 投稿者:サン   投稿日:2012/06/09(Sat) 19:03:50   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 リオが全身の力が抜けたようにぺたんとその場に座り込んだ。
 何がどうなっているのか、さっぱり分からない。

「何者なんだ、あいつは」

 バウトは鼻面を突き出して匂いを嗅ぎ分けた。さっきまでは、わざわざ嗅ぎ分けずとも感じたアグノムの匂いが消えている。そこにいたという匂いははっきり分かるが、それで終いだ。まさか本当に、存在自体が煙のように消えてしまったとでもいうのだろうか。

「……アグノムは」

 ノウは、アグノムが消えたところを呆然と見つめたまま呟いた。

「何で、あんなこと言ったんだろう」

 アグノムは言っていた。お母さんは、いつかこうなるときが来るのを分かっていたのかもしれない、と。こうなるときっていうのは、どういうことなんだろう。まだ会えない、って、どうしてなんだろう。旅に出ろとか、儀式がどうとかとも言っていた。考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃにこんがらがって足元がぐらぐらする。

「……多分、わたしたち、昔アグノムに会ったことがあるのよ」

 リオがぽつりと言った。

「アグノムは、わたしたちの名前、知ってたでしょ? お母さんの名前も……シアって言ってた。きっと、お母さんとアグノムは知り合いで、それでわたしたちのことも知ってたのよ」

 ノウはあんぐり口を開けた。考えてみればそうだ。初対面のはずが、自己紹介をする前に、アグノムの方からノウたちの名を口にした。さっきの口ぶりからしても、リオの言うことはあながち外れてはいない気がする。
 それに、もう一つ大事なこと。

「お母さん、シアって名前なんだね」

 ノウの胸は、まるで宝物でも見つけたみたいにときめいた。それで緊張が解けたのだろう。とたんにお腹がぐうと鳴った。
 リオがぽかんとした顔でノウを見た。不安げに曇っていた彼女の顔がみるみる緩み、ノウとリオは、どちらともなく弾けたように笑い合った。

「あははっ! もうノウってばー。今大事な話してたのに、それはないでしょ」

「だってさあ、しょうがないよ、お腹空いちゃったんだもんっ」

 ノウはわざとらしくぷくっと頬を膨らませて見せたが、すぐにまた吹き出してリオと一緒に笑い転げた。ずっと緊迫した空気が続いて忘れていたけれど、ミルクの配達の途中だったのだ。もう日はとっくに南の空を通り越している。

「とりあえずさ、リオ。帰ろう。お腹空いたし、モリアさんが心配してるかもしれない」

「……うん、そうだね。ここで考えててもしょうがないよね」

 リオは頷き立ち上がると、ふと何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。

「そうだ。バウトも家においでよ。お昼、一緒に食べよう?」

「え? いや、おれは……」

 慌てて辞そうとする獣の前足を、すかさず小さな手が捕まえた。

「いいねそれ! 助けてくれたお礼したいし!」

 言うなり、ノウはバウトの返事も待たずにふいと森へ向き直り、片手で彼の前足を掴んだまま、もう片方の手を高々と空に突き出した。

「じゃー、しゅっぱあぁぁつ!」

 そう高らかに宣言し、歩き出そうとした。が。元気よく上げた足が空中でぴたりと止まる。

「あれ? ノウ、どうしたの?」

 不思議そうに顔を覗き込む妹に、ノウはひきつった笑顔を向けた。

「……リオ、ぼくたち、どっちから来たんだっけ?」

「……え」

 リオは思わず凍りついた。ぎこちなく辺りを見回すも、取り囲むうっそうとした森は、どれも似たような景色ばかり。やたらひょろひょろした白い木が、うんざりするほど奥の方まで立ち並んでいる。

「……シラカシ村は、どっちだろうね!」

「……どっちだろうね……」

 やけっぱちな元気を振りまくノウに、リオは今にも泣き出しそうになった。今更になって、どうしてこの森に足を踏み入れてはいけないのか分かった気がしたのだ。それが分かったところでどうしようもなく、迷子という言葉が頭の中でぐるぐる踊り始める。
 そんな二匹の様子を見かねて、ずっと黙りこくっていた黒犬が長々とため息をついた。

「全く……しょうがねぇ奴らだな」

「え? バウト?」

「お前らの匂いを辿ればいいんだろう? こっちだ。ついて来い」

 バウトは慣れた風に少しだけ地面に鼻をつけると、すぐに顔を上げ、すたすたと歩き出した。その足取りは確かなもので、ノウとリオは少し顔を見合わせてからその後をついて行った。
 相変わらず森の中は薄暗く、道らしい道などないためひどく歩きづらかったが、バウトがゆっくり歩いてくれているおかげで来るときよりは楽に感じられた。

「すごいね! バウト、よくこっちだって分かるね」

 目の前に突き出た枝を振り払いながら、ノウが感心したように前を行く獣に声をかけた。

「別にすごくも何ともない。お前らの匂いを嗅いでいけばいいだけだからな。これぐらい朝飯前だ」

「え? 今はお昼だよ?」

「もうノウってば。そういう例えだよ。お昼だからって関係ないよ」

「えー、そうなんだ。変なのー!」

 けたけた笑う双子の声を聞きながら、バウトは今自分がしていることの意味を考えていた。何の義理もない、今日出会ったばかりの子供である。助けるつもりなど毛頭なかった。成り行きで、と言えばそれらしく聞こえるが、それだけでは納得できない自分がいる。
 あのとき。暴れ狂うアーケオスに振り払われた小さなポケモンの姿を見たあの瞬間、考えるより先に、体が動いていた。
 そして今も、結局はこの子たちを助けている。
 自分が見ず知らずのポケモンを好意だけで助けようとするほど出来のいい性格とは思えない。彼らの何かが、自分を惹きつけているとしか思えなかった。
 それからもう一つ気になること。あまりにも堂々と宣言されて、逆に聞く気を無くしてしまったが、あの二匹は双子だと言っていた。

「お前らの方が、よっぽど変だろうが」

 少し後ろをはしゃぎながらついて来る二匹には聞こえぬよう、バウトは独り呟いた。



 バウトの嗅覚は大したものだった。時折確認するように地面に鼻を近づけるだけで、見通しの悪い森の中を少しも迷うことなく進んでいく。すると、とうとう光を遮る木々がなくなり、目の前に緑の草原が広がった。森を抜けたのだ。
 二匹はたちまち手を取り合って歓声をあげた。ここまで来れば、村までの道ははっきり分かる。今度こそはとノウが張り切って先頭に立ち、気の進まぬ様子のバウトを無理矢理引っ張って歩き出した。
 レンゲの紫と、シロツメクサの綿毛のような白い花が点々と咲く野原を行く。途中いくつもの家々が見えてくると、ノウとリオは、バウトの前へ後ろへぴょこぴょこ跳ねながら村の観光ガイドを務めた。

「あそこはね、ニドキングのゴランさんのお家だよ!」

「あっちにあるのは、白ぼんぐりがなる林なの。ぼんぐりはそのままだと渋くて食べられないけれど、ちょっと湯がくとおいしくなるのよ。この村の名産品なの!」

「でね、あれはねー、村長さんのお家でね、あっちはー」

「あー、分かった、分かったから。もういい。十分だ」

 目まぐるしく解説する二匹にすっかりもみくちゃにされたバウトは頭を振って、なんとか二匹を収めようと言葉を探した。

「それより、お前らの家はどこなんだ」

「もうちょっとだよ!」

 なだらかな丘を進んでいくと、思わずとろけるような、ほんのりとした甘い匂いとともに、一際大きな赤茶色の家が見えてきた。戸口の前に誰かが立っている。

「あっ!」

 ノウとリオはほとんど同時に走り出した。つんのめりながら一気に丘を駆け上がり、一直線にそのポケモンへと向かっていく。どっしりと構えたポケモンの太い両腕が大きく左右に広げられ、無遠慮に飛びついた小さな双子をすっぽり抱き止めた。

「ただいまぁっ! モリアさん!」

「おかえり! ノウ、リオ」

 ミルタンクのふっくらした腕の中、ノウとリオは大きく息を吸い込んだ。彼女の桃色がかったふくよかな体からは、いつもほんのり甘い乳の匂いがする。
 しばらくの間、二匹はヘラクロスみたいに彼女にひっついていたが、背中を軽く叩かれてようやくその柔らかいお腹から体をもぎ離した。ミルタンクは二匹の肩に固い蹄のついた手を置いたまま、見回すようにそれぞれの顔を覗き込んだ。

「ずいぶん配達に時間かかったねぇ。何かあったのかい? ……おや、そちらは?」

「新しいお友だち!」

「と、友だち?」

 声を裏返すデルビルに対して、ミルタンクはにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「そうかい! ありがとうね、この子たちと仲良くしてくれて。あたしはモリアっていうんだ。まぁ……この子たちのメンドウ見てるもんさね。それにしてもなんだい、全員泥だらけじゃないか。泥んこ遊びでもしていたのかい?」

 ノウとリオはどきりとして顔を見合わせた。村外れの森に行ったことを白状したら、きっと怒られる!

「えーとね、うん……まあ、そんな感じ」

 ノウが適当に言葉を濁すと、モリアはひょいと眉をあげたが、特にそれ以上何かを聞いてくることはなかった。

「……ま、何でもいいから三匹とも、家にあがる前に、よーく泥を落としとくれよ。お店は清潔が第一だからね!」

「お店……?」

「ぼくたちの家、モリアさんのミルクを売ってるんだ!」

「とってもおいしいって評判でね、わざわざ遠くの方から買いに来るポケモンもいるのよ」

 ノウとリオは体についた泥を払いながらバウトに説明した。するとそれを聞いていたモリアがこれ見よがしに胸を張った。

「ま、当然と言えば当然さね。あたしの自慢のミルクは栄養満点! 味も美食家たちのお墨つき! この村のポケモンが病気ひとつせず元気に暮らしていられるのは、みーんなあたしのモーモーミルクのお陰、ってとこだろうねぇ。……さっ、お腹空いてるだろう? 全員入った入った! モリア特製ごろごろ野菜のクリームシチュー、たんとおあがり!」



 木材を組んで作られた卓の上には、やはり木でできた赤茶色の椀が三つ、ほかほかと盛んに湯気を立ち上らせていた。木椀に盛られたシチューはよく煮込まれていて、大胆に分厚く切られたじゃがいもや玉ねぎなどの根菜は、とろとろに柔らかく、素材の甘みがしっかり引き出されていた。彩りのために入れられたリンドの実は、口の中で噛み潰すと独特の青臭い苦みが舌を焦がしたが、すぐにシチューのほのかな甘さが優しくそれを包み込んでくれた。
 すっかり腹ぺこだったノウはさっそく椀を持ち上げて、愛情のたっぷりこもったシチューをスプーン片手にかきこんだ。どろっとした熱いものが喉をくだって、たちまちお腹の中を満たしていく。あまりに勢い込んで食べたので、半分も減らないうちに舌をひーひー言わせるはめになってしまった。
 その様子を見ていたモリアが腕組みをしながら、呆れたようにため息混じりの声を出した。

「せからしいねぇ、ノウ。もっとゆっくり食べられないのかい?」

「らって、おいひいんらろ」

「ノウってば。何て言ってるのか分からないよ」

 マイナンが舌をひらひらさせながら何か喋れば、プラスルは口元を片手で押さえてくすくすと笑い出す。
 モリアはやれやれ、とでも言うように頭を振り、バウトに目を向けた。

「二匹ともまだまだやんちゃざかりでね、いっつもこんな調子だよ。お宅に迷惑かけなかったかい?」

「いや……そんなことは……それより、申し訳ない。ごちそうになる」

「ははっ! これぐらい、気にしないどくれよ。まだまだおかわりもあるからね。遠慮せずにじゃんじゃん食べとくれ! ……にしても、今どき珍しいねぇ。どこかへ落ち着かずに一匹で旅をしているなんて。バウト、っていったかい? そもそも炎ポケモンが赤の島以外にいること自体そんなにないだろう。どっから来たんだい?」

「…………」

「あっ……ひょっとして、何かまずいこと聞いちまったかね」

 何も言おうとしないバウトを見て、モリアはさっと組んでいた腕をほどいた。

「悪かったねぇ、あたしのつまらない癖だよ。気にせず、食べとくれ」

「ああいや、そういうんじゃない。ただ、少し言葉が詰まっただけだ」

 バウトは少し苦いような笑みを浮かべた。今さっき初めて会ったばかりの相手にあまり軽々しく話したくないということもあったが、正直、モリアのひっきりなしに続くお喋りに少々面食らってしまったのだ。

「自分でも、よく分からない。どこからどうやって来たのか、うまく説明ができないんだ」

「ふぅん……? ま、このレインボーアイランドはやたらだだっ広いからねぇ。そのぶん他の島より土地が豊かで、食べることにはそうそう困らないけれども。……じゃ、あたしはそろそろ店に戻るよ。ノウ、リオ! 二匹で後片づけ、ちゃんとできるね?」

「うん!」

「よーし。それじゃ、任せたよ!」

 モリアは豪快に二匹の頭をくしゃくしゃと撫で上げると、家の奥へと消えていった。
 ノウとリオは、体の奥底からほっと安心するような温かさが込み上げてくるのを感じて、ついつい笑顔になった。守られている、愛されているという自覚が、胸をうずかせ、こそばゆいような嬉しさが溢れ出す。

「モリアさんはね、ぼくたちを拾って育ててくれたんだよ!」

 自慢せずにはいられなくなって、ノウはいかにも嬉しそうにバウトに言った。続いてリオが、やはり感情を抑え切れぬ様子で言葉を繋ぐ。

「わたしたち、村の近くの崖のところに倒れていたんだって。それをこの村のポケモンが見つけてくれてね、モリアさんの家に来たの!」

「本当のお母さんのことはね、全然覚えてないんだけど……でもね、ぼく、モリアさんに抱っこしてもらったときとかね、なんとなくだよ? なんとなく、お母さんの抱っこもこんな感じだったかなぁって思うんだ! 変だよね、何にも覚えてないはずなのにさ!」

 それでか、とバウトは思った。アグノムが二匹の母の名を口にしたとき、異常に反応していたのは。
 それにしても、育ての親とはいえ似るのだろうか。二匹の代わる代わるに話し出すタイミングはまさに息が合っていて、なかなかこちらが口をはさむ余地が見つからない。だが、そんな二匹のマシンガントークも、あのミルタンクのやたらなお喋りを思い出せば、何故か納得できてしまうのだ。
 ひとしきり食事を済ませ、お腹が膨らむと気持ちも落ち着いた。今なら、じっくりと考えることができそうだった。
 リオはさっそく切り出した。

「ねぇ、ノウ。これからどうしたらいいのかな」

 とにかく、気になることはたくさんある。アグノムが言ったことは断片的過ぎてよく分からなかったが、何か大事なことを伝えようとしていたのは、十分察することができる。そしてそれは、自分たちに関係のあることなのだ。
 ノウは少し唸ったあと、困ったように頭をかいた。

「うーん……ちょっとすぐには分かんないや。バウトはこれからどうするの?」

「おれは、またあの影とかいう奴を追う。この辺りで奴のしっぽが掴めなかったら、また手がかりを探しながら旅を続けるつもりだ。」

「……旅かぁ」

 リオはぼんやりと呟いた。
 アグノムも旅に出るようにと言っていた。もしその通りにして旅に出たら、お母さんや、ひょっとすると、お父さんの手がかりも何か分かるかもしれない。でも、わたしもノウも、お母さんとお父さんの顔すら覚えていないもの。それに、何の当ても無しに村を出たら、迷子になっちゃうかも分からない。とにかく今は、分からないことが多すぎる。
 リオは深いため息をついた。
 こういうことを考えていたんだとノウに告げたら、きっと目を輝かせてすぐにでも行こうと言い出すだろう。両親に会いたいと願う気持ちはずっと同じだったはずだ。しかし、兄とは違って、何の準備もしないで未知の世界へ飛び込もうとする勇気だけは、リオにはどうしても絞り出せそうになかった。
 誰かの言葉が欲しかった。臆病な、自分の背中を後押ししてくれる……
 そこまで考えて、ふと、あるポケモンの姿が頭に浮かんだ。そうだ。彼ならば。

「……そうだよ。ノウ、あのおじいちゃんに会いに行こう! アグノムが言いたかったことも、何か分かるかもしれない」


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