マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.689] 三、黒犬 投稿者:サン   投稿日:2011/09/02(Fri) 19:59:26   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 空中に放り出されたノウは、頭がくらくらして息が詰まりそうになった。あんなに地面が遠い。視界の端でリオが何かを叫んでいるのが見えたが、耳元で聞こえるのは風の唸りだけだ。なす術もないまま空気の塊の中を落ちていく感覚が、やたら新鮮に感じられた。
まぶたをきつく閉じようとしたそのとき、ノウは、自分の体がふわりと浮き上がるのを感じた。
いや、これは、誰かが背で受け止めてくれたのだ。
 風の音の中で、ノウは確かにその者のささやきを聞いた。

「しっかりつかまってろ」

「……え?」

 だん、と地を蹴る振動の後に、ノウは、風の中を飛んでいるような感覚に包まれた。青空がぐんと近づき、また遠ざかる。振り落とされそうになって、ノウは慌てた。なんとかつかみやすそうな白い出っ張りを探り当て、夢中でそれにしがみつく。するとそれを感じたのだろうか、ノウを背に乗せたその者は、更に力強く大地を蹴って駆け出した。
 あっけにとられたままに揺られていると、ふいに、あの怪鳥が空へと飛び上がるのが見えた。大きく首を仰け反らせたかと思うと、振り下ろした勢いに乗せて破壊光線が空を切る。ノウは急いでその軌道の先を目で追った。
 リオがいる! アグノムを庇い出たまま、恐怖のあまり立ちすくんでいる。
 妹の姿を確認したその瞬間、ノウの体が大きく揺れた。
 ノウを背に乗せたその者は、一瞬にしてリオの前へと躍り出るなり灼熱の炎を吐き出した。怪鳥の放った破壊光線と、火炎放射が真っ向からぶつかった。大気が歪み、生じた熱風が容赦なく周囲へと襲いかかる。
 ノウはもみくちゃになりながらも必死になって背中にしがみついて、激しい衝撃波をこらえようとした。
やがて煙が晴れるように熱が去ると、ノウを背中に乗せたポケモンは、川から上がった獣のようにぶるぶると身を震わせた。小さなマイナンは抵抗する間もなく地面に落とされる。

「いでっ」

 慌てて身を起こすと、自分を見下ろす獣と目が合った。
 その者は、闇夜を思わせる漆黒の体に、所々白骨を浮かび上がらせたような不気味な紋様をしていた。口元や腹には挑発的な朱色をのせて、こちらをひたと見つめる瞳は情熱的な色なのに、どこか冷め切った印象を受ける。
 と、そのとき、怪鳥が再び翼をきって急降下を始めた。
 獣は、少しの間じっとノウを見つめていたが、ふっと目をそらし、低い声で囁いた。

「ここにいろ」

「あっ、待ってよ」

 獣はたちまち黒い影となり、怪鳥に向かって駆け出した。

「あれは……デルビル……? なぜ、ここに……」

「アグノム! デルビルって、あの黒いポケモンのこと?」

 ノウは振り返り、木陰に倒れているアグノムの元へと駆け寄った。

「あのポケモンと知り合いなの? だから助けてくれたのかな」

「……いや、知らない……」

 アグノムは、深い眼差しで影を見つめたままだった。
 怪鳥が上空からノウたちを目掛けて原始の力を解き放った。デルビルは少しも怯むことなく岩の群れへと突っ込むと、鋼鉄と化した尻尾を駆使して全ての塊を打ち砕いた。休む間もなく怪鳥が地上へ迫り、翼の先に生えた爪を光らせる。ドラゴンクローだ。振り下ろした爪の先を、細い影がすり抜ける。影はそのまま跳躍し、怪鳥の喉元へ食らいついた。驚いた怪鳥が激しく羽ばたく。しかしデルビルは離れない。剥き出したその牙から、強力な電撃が音を立てて流れ出す。巨体がのたうち、雪のような羽がはらはらと散る。

「す、すごい……」

「うん……」

 ノウとリオは瞬きするのも忘れて、もつれ合う二匹のポケモンを見守った。
 あんなに大きな怪鳥が、潰れた悲鳴をあげてもがいている。
生まれて初めて見る、命懸けの戦い。入り混じる殺気、生死のやり取り。圧迫した空気が時間までも押し潰す。
 やがて唐突に羽音が消え、蛇頭が音を立てて地に伏した。その傍らで、のっそりと黒い獣が起き上がる。

「すごいや! あっという間にやっつけちゃうなんて」

「あのっ、助けてくれて、どうもありがとう!」

 ノウとリオが声を張り上げると、デルビルはふっと視線をこちらに向けた。

「お前たちは」

「ぼくはノウ! こっちは、妹のリオ」

「はじめまして、リオといいます」

「妹?」

 獣の眉間に僅かにしわがよる。

「お前たち、兄弟なのか?」

「兄弟っていうか、双子だよ」

「うん。生まれたときから、ずーっと一緒」

「……そうか」

 デルビルはまだ何か言いたげな顔をしていたが、小さく呟いただけだった。ノウとリオは、そんな黒犬に向かってぴょこぴょこと走り寄った。

「ねぇ、きみは? なんて名前?」

「……バウト」

「ばうと?」

 慣れない言葉を反芻する双子を見て、バウトと名乗ったデルビルは戸惑ったように瞬きを繰り返した。

「お前たちは、おれが怖くないのか?」

「え? どうして?」

 双子はきょとんとした顔を並べてみせた。曇りのない海色の瞳が、純粋に問いかけてくる。
バウトは小さくため息をつき、なんでもないと双子をおさめた。

「ねぇ、バウトはどこから来たの?」

 ノウが身を乗り出すようにして尋ねると、バウトは鼻面で地面にうつ伏せになっている怪鳥を指し示した。

「おれは、あのアーケオスを追っていたんだ。あいつの主に用があった」

「あるじ? あるじって?」

「それは、ひょっとすると……影の、こと、かい……?」

 青い精霊が苦々しげに右手で腹を抱えながら、ふらふらと飛んでくる。リオが手を差し出すと、あっけなくその中におさまった。息をするのも辛そうだ。

「影、か」

「バウト、と、言ったね……きみは、何故、奴を追っている……?」

「お前こそ」

 バウトは探るような目でアグノムを見つめ、言った。

「どうして奴に狙われていたんだ? あのアーケオスは、完全にお前のことしか見ていなかった」

「そ、れは……」

 腕の中でかすれた声を出したポケモンを、リオはなんとか抱き起こそうとした。そのときだ。彼女は、突然全身の毛を逆撫でされたような悪寒に襲われた。たちまち体が硬直し、吐き気がするほどの耳鳴りに視界がくらむ。そして、いやにはっきりと頭に響く、ねっとりとした悪意をまとう嘲笑い。

――ケケッ 全く……このオレの手を煩わせやがって

 そのとたん、地面に倒れ込んでいた怪鳥が雷に打たれたように痙攣した。バウトがはっと身構える。

「下がれ!」

 勢いよく飛び起きた怪鳥が、ささくれ立った翼を羽ばたかせ、喉も裂けんばかりに猛り叫ぶ。爪が閃き、牙が剥かれた。怪鳥は、恐ろしい形相で白目をむいたまま、がむしゃらに暴れ始めた。だが様子がおかしい。振り回される爪や尾はてんで的外れ、地面に三本筋の跡を残し、何もない空を裂くだけだ。怪鳥はただひたすらに吠え、地団駄を踏み、翼を荒げて暴れている。まるで、暗い水の中をもがき苦しむかのように――
 黒犬が怪鳥に向かって飛びかかろうと背中を丸めたその矢先、リオは、何かを伝えようと必死で声を張り上げた。

「違う……! そっちじゃない!」

 バウトは、肌にちりちりと熱を感じて、真っ赤な目を見開いた。いつの間にか左から、エネルギーの凝縮された球体が音もなく近づいていたのだ。

(これは、気合玉……!?)

 気づいたころにはすでに時遅く、あっという間に視界いっぱいが白熱する。獣の体は大槌で殴られたような激しい衝撃に吹き飛ばされた。

「バウト!」

 慌てて飛び出そうとしたノウの前に、運悪く鞭のような長い尾がのたうった。小さなマイナンは有無を言わさず薙ぎ払われる。
 地面に投げ出され、痛みに揺らぐ意識の中、ふとあげた目線の先に、かろうじて見えたもの。音もなくいっぱいに開かれた、怪鳥の爪。弱りきった精霊と、それを抱えた、無防備なプラスルの姿。鋭い凶器が頂点へと達し、振り下ろされる、その瞬間。

「やめろおおぉぉぉ!」

 ノウは叫んだ。と、同時に彼の体から、色という色が抜け落ちて――七色の光が溢れんばかりに流れ出した! 光は脈打ち、力強い波となり、七色の衣をまとったマイナンを中心に、波紋となって広がった。呆然と立ち尽くすプラスルとアグノムを通り越して、爪を振り上げたままの格好のアーケオスに吹き荒れる。怪鳥は翼を震わせ抵抗したが、光の波は止まることを知らずにあっさりとそれを押しのけ、弾き飛ばした。
 リオが、アグノムが、バウトが、皆それぞれ驚愕の表情で七色に光り輝くマイナンを見た。徐々に光が薄れていく。
 ノウは、小さな手を突っ張って四つん這いの姿勢を保っていたが、光が僅かな煌めきを溢して消え失せると、は、と短く息をもらして力尽きたように崩れ落ちた。


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