マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.749] 二話 寂しがり屋の清掃員 投稿者:戯村影木   投稿日:2011/09/28(Wed) 19:25:32   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 1

 季時九夜は午前六時に目が覚めてしまったので、仕方なく仕事に向かうことにした。今日は一時間目の授業がなかったはずだ。職員会議もない。しかし二度寝をすると危ないので、ならばいっそ学校に向かう方が良いだろうと考えた。自転車のカゴに鞄を入れて、学校に向かう。通勤にかかる時間は十分ほどだった。今の学校を季時はとても気に入っている。仕事というのは、職場までの距離が短ければ短いほど良くなる傾向にある。
 職員用の駐輪場に自転車を駐め、中庭を経由して直接B棟へ向かおうとすると、ジャージを着た集団に会った。部活の朝練だろうか。こんなに朝早くから練習しているのかと感心する振りをした。生徒たちはすぐに季時に気づいて、頭を下げた。
「先生、早いですね」唯一声まで出したのは、絹衣という男子生徒だった。二年生で、生物学を取っている。「いつもこのくらいの時間ですか?」
「いや、三年ぶりくらいかな。君たちこそ早いね」
「僕たちは、一ヶ月ぶりです。美化委員なんですよ」
「ああ」季時は深く頷いた。「それ、教室の清掃とかはしないの? 例えば、生物準備室とか」
「しませんね」絹衣は苦笑した。
「今、何してるの?」
「学校を回って、外に落ちてるゴミを拾ってるんです。紙パックとか、パンの袋とか、まあ色々。結構、無法地帯ですよ」
「ふうん。ゴミかどうかの判断はどうやってするの?」
「名前が書いてなければゴミですね」
「なるほどね。がんばって」
 季時は集団と反対の方向へ、つまりB棟へと向かった。しかし、また障害があった。そこに、ポケモンがいたのだ。
「あれ、ヤブクロンか」
 季時は、ゴミ袋の山にひっそりと隠れているヤブクロンを見つけた。きっとさっきの集団がゴミをまとめている場所なのだろう。どこから沸いてきたのかは分からないが、居心地が良さそうだった。
「ゴミの匂いを嗅ぎつけて来たのか。ふうん、ベトベターじゃなくて助かったってところか」季時は周囲を見回した。「美化委員に知らせないとな……進化すると惨劇だ」
 季時はヤブクロンの頭に手を置いて、「しばらくここにいるように」と指示を出してから、先ほどの集団を追いかけた。美化委員たちは、さきほどの場所から少し進んだ場所で、ゆっくりとした歩みでゴミを拾い集めていた。
「作業中に悪いね、委員長は誰?」
「私ですが」反応したのは白凪という、三年の女子生徒だった。「何ですか?」
「ゴミ袋、あれ、君たちの?」
「B棟にあるものですか? そうですけど」
「ヤブクロンがいたよ」
「あっ、またですか」次に反応したのは絹衣だった。「前も沸いたんですよね。この学校に住み着いてるみたいで」
「へえ。よく今まで進化、というか、破裂しなかったね」
「いつもはすぐに気づくんですけどね。さっきはいなかったのになあ……」
「ポケモンは学習するんだよ。まあ、とにかく忠告しておくよ。ゴミが荒らされたら大変だろうから」
「処理しないといけませんね。じゃあ、絹衣君、このまま校門まで行ってくれる? 私はそっちを処理するから」
「え、でも、一人で大丈夫ですか、委員長」
「一人?」白凪は季時を見た。「でも、先生、手伝ってくれますよね?」
「僕? いや、僕は仕事があるんだけど……」
「三年ぶりに早く学校に来てまで、やらなければならない仕事があるんですか?」
「ああ、うん、そうね、学校に出たヤブクロンを処理するっていう仕事があってね。生物学教師として」
「そうですか。ありがとうございます。というわけだから、私は先生とヤブクロンを処理します。絹衣君、あとよろしく」

 2

 二人でゴミ袋の場所に戻ると、ヤブクロンがいなくなっていた。白凪は季時をじっと見つめた。
「いませんね」
「なるほど、人間の気配を察知して逃げるように成長したわけだ。ポケモンは頭が良いからね」
「先生は見たんじゃないんですか?」
「僕はね、何故かポケモンに逃げられない体質なんだ」
「そう言えば、そんな話を聞いたことがあった気がします。ということは、私は邪魔だったでしょうか? 先生が一人で捕まえた方が……」
「うーん、でも、僕一人に任せると、三時間はかかるよ。動きが遅いから」
「一緒に探しましょう」白凪は姿勢を整えた。「心当たり、というか、ヤブクロンが隠れそうな場所、想像出来ますか?」
「出来るよ。じゃあ、歩こうか」
 季時は目的地を告げず、歩き出した。白凪は黙ってそれについていくる。
「そう言えば、白凪君、ポケモン非所持で有名だね。まあ、個人の思想をどうこう言うつもりはないけど、目的地まで暇だから話さない?」
「何を話せばいいですか?」
「なんでポケモン持ってないのかな、って」
「別に、大した理由ではないですけど、機会がなかっただけです。あと、ポケモンを見つけるのが下手だったり、捕まえるのが下手だったので。昔、何度か挑戦したんですけど、無理でした」
「なるほどね。でも今はもう出来るんじゃない?」
「今はもう、あまり興味がないですね。なくても生活出来ていますし、不必要かと」
「ふうん」
 季時は白衣のポケットに手を入れて歩いていた。ポケットの中にはボールがあった。それをなんとなく握り込んだ。
「そう言えば、なんで美化委員なんてやってるの?」
「綺麗なのが好きだからです。というか、汚いものを見ていたくありません、という方が正しいですね」
「へえ。あのさあ、僕の部屋汚いんだけど、掃除してくれる?」
「ご自宅ですか?」
「いや、生物準備室。別名ゴミ捨て場」
「何か報酬があれば考えます」
「そうだね……掃除の最中にコーヒーが飲めるよ」
「遠慮しておきます」白凪は首を振った。「それに、教科準備室は簡単に白黒つけられませんから、私たちでは難しいです。何を捨てて良いのか分かりませんから」
「あ、そう……別に、白黒つけなくても、あるものをあるべき場所に戻してくれればいいんだけど」
「私は掃除は捨てることだと思っていますから」
「へえ?」
「必要なものは、利用するという名目があって出されているわけですから、汚れとは違いますよね。だから、それは無理に収納しなくても、綺麗だと思います。ですが、ゴミは捨てなければなりません。綺麗ではありませんから」
「必要ないものだけ捨ててくってこと?」
「ええ。ですから、生きていく上で不要だと思うものは排除していくという考えです。先生に言うことではないかもしれませんが、ポケモンだって、はっきり言ってしまえば、私の人生には不要ですから、所持していません」
「なるほど、白凪君とは少し、考え方が似てるかもしれないね」
「では先生のお部屋は綺麗かもしれませんね」
「うん、個人的にはね。でも、普段はいらないものばかりだよ。大切なものだけどね」
 季時と白凪は、プールへと向かった。夏が終わり、朝は吐く息が多少白くなる季節だ。プールはもう使われていなかった。
「こんなところにいるんですか?」
「彼の友達がたくさんいるからね」季時はコンクリートの階段を上る。「冬場のプールはねえ、ベトベターがいるんだよ」
「そうなんですか」
「知ってる? ベトベターは、ヘドロが月の光を浴びると生まれるんだ。だからね、屋根のないプールは、ベトベターが沸くんだよ。そもそもこれ、プール開きの前に、美化委員が掃除したりしないの?」
「プールは水泳部の管轄だと思います」
「ああ、なるほど。とにかく、見てごらん」
 ロープをまたいでプールに向かう。水の張られていない、二十五メートルプールの中には、紫色のヘドロがうごめいていた。
「すごい……いっぱいいますね」
「でも、彼らは別に悪さはしないから、安心して。うちの学校もね、害はないから放っておくことにしているんだ。ほら、あそこ」
 季時が指差した先には、ヤブクロンがいた。コンクリート塀の角で、丸まっていた。
「確かにここなら誰にも見つかりませんね」
「で、美化委員としては、彼をどうするつもり?」
「どうする、とは」
「捨てるかい?」
「活動の邪魔になるようなら、やむを得ません」
「そうか。まあ、僕は美化委員とは関わりがないから、止めないよ。でも、白凪君、ポケモン持ってないんだろう? ポケモンの扱い方、分かる?」
「知識はあります」
「そう。じゃあ、あとは任せた」
 季時はそう言って、プールから出て行こうとする。白凪は慌てて季時の白衣を引っ張った。
「何かな」
「先生も手伝ってください」
「手伝うって言っても、難しいことじゃないよ。そっと行って捕まえればいい。ボールなんか使わなくても大丈夫だよ、あのくらいのサイズなら」
「いえ、その後の処理が分からないんです。ポケモンは流石に、ゴミ袋に詰めて出すわけにはいかないでしょうし」
「ああ、なるほどね。でもそれは、僕が教えることじゃないな」季時は白衣を引っ張り返す。「しばらく自分で考えてごらん。これ、貸しておいてあげるから」
 季時はポケットの中からボールを取りだした。それは、中に何も入っていない、空っぽのボールだった。
「これは……」
「よければあげるよ。まあ今日はまだ授業まで時間があるしね、少し経ったらまた来るから、ちょっと考えてみてごらん」
 季時はそう言って、さっさとプールを離れてしまった。白凪はボールを片手に取り残されて、その場に残った。何故自分がここに残されたのか、その意味も分からないままだった。

 3

「あれ、委員長は一緒じゃないんですか?」
 季時が美化委員のところへ来ると、絹衣がすぐに訊ねて来た。
「プールにいるよ」
「プールですか? どうしてまた」
「白凪君のこと、気になる?」
「え、っと……いや、どうしてプールなんだろうかと」
「ゴミ、結構出たね」質問に答えずに、季時は言った。「それ、全部回収してもらうわけ?」
「え、まあ、そうですけど」
「ふうん。楽でいいね」
「そうですね」絹衣がよく分からないままで、頷いた。「えっと……委員長は帰ってこないんですかね」
「どうだろうね。しばらくかかるかもしれない」
「そうですか、じゃあ……」
 絹衣は美化委員たちを集め、ゴミ袋をゴミ捨て場まで運ぶよう指示を出した。そして、それが終わったら自由解散するように、と説明した。
「絹衣君、君ってもしかして、副委員長?」
「え、あ、そうです」
「そうか。ふうん。あ、そこの体格の良い君、絹衣君の分も持って行って」季時はゴミ袋を一つ、背の高い美化委員に渡した。「で、絹衣君は僕と一緒に来て」
「どうしてですか?」
「しかし、ゴミ、たくさん出たなあ」季時はまた質問に答えなかった。

 4

 白凪はボールを片手に、ヤブクロンと睨み合っていた。上手く動けなかった。どのようにして捕まえ、どのようにして運搬し、そして、どこに運べばいいかが分からなかった。それに、季時から言われたことも、分からなかった。何を考えたら良いのか、何を思考すれば良いのか。
「煮詰まっているようだね」
 声がした方を振り返ると、そこには季時と絹衣がいた。絹衣はわけが分からない様子で、頭を下げた。
「先生、先生が何を仰りたいのか分からないのですが」
「なるほど。まあ、僕は一応教師だからね、分からない生徒は導くのが仕事だ」
 季時はゆっくりと歩を進める。絹衣もそのあとに続いた。
「ゴミってなんだろうか」
「ゴミ、ですか?」
「正解は不要なもの」季時は屈み込み、プールの内側をノックした。「じゃあ、このプールは?」
「えっと……どういうことですか?」
「このプールは今不要だけど、ゴミじゃないよね」
「それは……そうですけど」
「じゃあ、そのヤブクロンは?」
 季時はヤブクロンを指差した。ヤブクロンは、人間が三人もいることに怯えているのか、縮こまっていた。
「彼もね、別にゴミじゃないんだ。ちゃんと生きてる。それは、分かるよね」
「ええ……分かりますけど」
「で、絹衣君」
「はい」
「君は不要だ」
「えっ」絹衣は驚いたように声を上げた。
「本来この場にいる必要はない。君、ゴミなの?」
「いやっ、違いますよ! 何ですか急に!」
「うん、分かってる。君はゴミじゃないし、ここにいてもいい。傍観者としてとか、観察者としてとかね」
「びっくりさせないでくださいよ……」
「先生が何が仰りたいのか、よく分かりません」
「あのねえ、ゴミっていうのは、実はこの世にはあんまりないんだよ」季時はプールの中にいるベトベトンと握手をしていた。「だから、これは自分の人生には必要ないとか、そういう考え方ね、あんまりオススメしないよ。別に、僕が生物学教師だから言うんじゃなくてね」
「ポケモンが不要だというのが、良くないということですか?」
「いや、別にいいんだ、それ自体は。ポケモンがいなくたって人は生きていけるよ。ただね、君はもうちょっと視野を広げないといけないな。あのねえ、ゴミって、どこかに行くんだよ」
「それは、まあ、そうですけど」
「僕らはね、ゴミをまとめて袋に詰めて、ゴミ捨て場に置けば終わりだけど、それは絶対にどこかに行くんだよ。世の中の物量なんてほとんど変わらないよ。質量保存の法則とか、まあそういうのだね。絹衣君」
「はいっ」絹衣は真面目な声で答える。
「君、ポケモン飼ってるよね。アブソルだっけ」
「あ、はい……そうですけど」
「アブソルがいなくなったら、どうする?」
「え、それは、困りますけど……」
「うん。困るんだよね。けど、最初っからいなかったら、別に困らないんだよ。自分のものじゃないから、どうなったって困らない。でも、一度自分のものになるとね、いなくなると、困るんだよ。それが例え、今自分にとってゴミのように見えるものでもね」
 季時はプールの中のベトベターとの握手を解いた。不思議なことに、季時の手には何も付着していなかった。ベトベター側が、好意的な接触をしたせいだろう。
「このヤブクロンは、ここにいる」
「え、はい……」
「でもね、彼を処理するなら、誰かが捕まえるしかないんだよ。野生のまま放っておくと、今日みたいに悪さをするし、かと言って、殺すわけにもいかないだろう?」
 白凪は答えずに、じっとヤブクロンを見ていた。
「ボール、投げてごらん」
 白凪に近づいて、季時が言った。
「僕の短い人生経験から言うと、綺麗好きな人は、強がりで、寂しがり屋だ。それは、僕から言わせると、少しもったいないね。必要か不要かどうかを決めるのはね、経験したあとでいいんだよ」
 季時は白凪の手を握った。その手には、ボールが握られている。
「ヤブクロン、綺麗じゃないかな?」
「ええ、綺麗じゃないですね」白凪はようやく答えた。「でも、先生の仰る意味は分かります」
「それは良かった」
「ヤブクロンを捕まえたら、大切に思えますか?」
「それは君次第だし、やっぱりいらないって思うかもしれない。でも、それはやってからじゃないと分からないし、やる前の意見は、本物じゃない」
「分かりました」
「頭の良い子で助かるよ」
 白凪は、季時から一歩分前に出ると、ヤブクロンをじっと見つめた。季時はそれを見届けて、白凪から離れる。
「絹衣君」
「はい」
「あと、頼むよ」
「えっ……すいません、俺、全然飲み込めてないんですが」
「うん。でもまあ、君が適任だろうし、ここから先は、僕は不要だから。いい加減コーヒーが飲みたい」
 季時は絹衣の肩に手を置いて、プールを去った。
「ゴミにはね、ゴミ捨て場がお似合いなんだよ」


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