マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.756] 五話 目立ちたがり屋の失態 投稿者:戯村影木   投稿日:2011/09/30(Fri) 20:09:06   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 1

 生物の授業もなく、かといってどこかに行くほどの暇でもない、一時間の空き時間、季時九夜はカゲボウズを室内に放って、事典を見ていた。ポケモンに関することだけを集めた事典だ。暇な時間、季時はそうして時間を潰すことが多かった。知識を増やそう、というつもりではない。新しいことを知りたいわけでもないし、興味のないものを見たいわけでもない。既に知っていることを再確認するように事典を眺めるのが、季時にとって、ポケモンと戯れることの次に優れた暇潰しだった。
 それは二時間目の授業の空き時間だった。一時間目と三時間目に授業を持っていたため、身動きが取れない状態だった。しかし、珍しくコーヒーメーカーで三人分のコーヒーを淹れていた。まだ一杯目だが、もう半分以上なくなっている。空き時間はまだ半分以上残っていた。
 ふと、断続的なノックの音を耳にした。季時は事典を閉じて、「閉まってはいないよ」と答えた。するとすぐにドアが開いて、白い制服を着た男子生徒が入ってきた。
「失礼します」
「失礼はされたくないな」季時はすぐに答えた。「ええと、君とは初対面だ」
「転校生です。三年生の……自分、水際と言います」
「三年生で転校生? へえ、実在するの?」季時は不思議そうに言った。「制服の色が白いのは、そのせい?」
「あ、いえ……」
「何の用?」
「ちょっと、相談に乗って頂きたくて」
「ふうん。まあ、いいよ、座って」季時は書類まみれの椅子を勧めた。「上に乗っているものは、どうにかして」
「失礼します」
「先に断っておくけど、僕は男女で対応に差があるから、そのつもりで」
「そうなんですか?」
「いや、今からそうしようと思って」季時は言って、小さな食器棚からコーヒーカップを取り出した。「ねえ、男ならコーヒーくらい飲めるだろう?」
「いただきます」
 水際という生徒は、書類を丁寧に机の上に移動させ、その机にも、少しばかりのスペースを用意した。季時はそこにコーヒーカップを置いた。わざと仏頂面で、「男なんだからブラックでいいだろう」と言った。あまりに暇だったからだろう、来客を喜んでいて、機嫌が良かった。しかし、初対面の水際には、不思議な光景に映ったに違いない。
「で、君は何組の生徒?」
「一組です」
「特待か」季時は言った。「白凪君と同じだよね?」
「あ、はい。あの綺麗な人ですね」
「うん。付き合ってるんだ」
「えっ? 先生とですか?」
「いや、他の男子とね」
「それは何か関係のある話ですか?」
「まったくないよ」季時は自分の機嫌が良いことを自覚していた。機嫌が良ければ良いほど、心に余裕があればあるほど、季時の口はよく動く。「で、そんなに目立ちたがってどうするの」
「えっ!」
 水際は今度こそ本当に驚いた。生物準備室を訪れて、一番驚いただろう。コーヒーカップを持っていなくて良かった。もし持っていたら、中身を全てこぼしていただろう。
「なんで……自分の悩みを?」
「学校指定とは違う制服の色、三年生で転校する行為、一人称が自分、これだけでも十分に目立ちたがり屋だなあと思ってね。まあ、目立っているよ、君の思惑通り」
「そうでしょうか」
「見た目はね」季時はマグカップを揺らした。「ああ、聞いてなかった、ポケモンは外に出していても大丈夫?」
「あ、ええ……カゲボウズ、でしたっけ」
 生物準備室に浮遊するカゲボウズを見て、水際が訊ねた。季時はカゲボウズの頭をぎゅうとつかんで、「可愛いだろう?」と言った。答えを望まない類の質問だった。
「で、目立ちたがり屋の水際君は、何がしたいんだい?」
「何がしたい、というわけではないんですけど……あの、自分はもともと、進学校出身で」
「だろうね。そんな顔しているよ」
「分かりますか?」
「ううん、適当に言った」
「……それで、授業を受けて、勉強をして、ただ寝るばかりの生活はどうなのだろうと思って、転入手続きをしたんです。つい一週間ほど前ですね、転校してきたのは」
「その行動力は評価しよう」
「もっと、自分の思い通りの人生を手に入れたいと思って、この学校に来て……どうすれば楽しい人生を送れるかと、考えていたんです」
「僕のところに来た理由は?」
「その、この学校で一番変わっていて、目立っている先生が、季時先生だとお聞きしたので……」
「心外だ」季時は溜め息をついた。「あのねえ、君、水際君だっけ? 心外だよ。僕は普通だよ」
「はあ」
「僕はね、心の中では服なんて着ていたくないし、仕事だってしたくないし、女子には大正時代に流行った袴とかね、ああいうものを着せたいと思っているよ。出来れば毎日、毎食、カレーがあればいい」
「やっぱり先生は自分の理想通りの……」
「いや、だけど僕はちゃんと服を着るし、仕事に来るし、制服を改革しようなんて運動は起こさないよ。食事もね、毎日適当にバラして食べる。これは、普通であろう、社会的に全うであろうという努力のおかげだ」
「何故そんな努力を?」
「生きやすいからだよ」季時は溜め息をついた。「君こそそんなに変わった人生を送って、何がしたいの? 僕には理解出来ないな」
「もっと認めてもらいたいんです。自分という、個としての存在を。勉強だけをする機械じゃない。自分は、もっと自分を持っているんだということを」
「……ふうん」
 季時は退屈そうに溜め息をついた。それを見ていたカゲボウズが、少しだけ怯えた表情になる。季時の機嫌が悪くなったのを察知したようだった。
「君、授業は?」
「先生が休みの時間ということで、休みました」
「ああ、それも演出か。じゃあ、昼休みに、白凪君を連れてまたおいで。授業はしっかり出た方がいい」
「……白凪さんですか?」
「僕から言わせれば、君は魅力のない平凡な人間だ」季時は明らかに機嫌が悪かった。「でも何かに向けて努力をする人間は嫌いじゃないから、手を貸してあげよう」
「あの、でも、どうして白凪さんを?」
「綺麗な人だから」季時は淡々と言った。

 2

「お久しぶりです」
 生物準備室に来るなり、白凪は礼儀正しく頭を下げた。何故か通学用の鞄を持っていた。季時はその時まだ昼食を食べていた。今日の昼食はカレーパンだった。これも季時が普通さを演じるための、一つのギミックだ。
「水際君は?」
「まだ昼食を。私、食べるのが早いので」
「ふうん。ヤブクロン持ってる?」
「ええ。出してもいいですか?」
「いいよ。この部屋は無法地帯だから」
 白凪は鞄の中からボールを取り出した。鞄は本来不要であるから、季時に見せるために持って来たのだろう。
「ああ、久しぶり」
 ヤブクロンを見て、季時は微笑んだ。
「やっぱり清潔すぎない?」
「私は私のやり方で育てようと思って」
「うん、完璧だ。その答えには98点をあげたい」
「残りの2点は?」
「意見に名前が書かれてないから」
 季時が言うと、遅れてドアが開かれ、水際がやってきた。相変わらず目立つ風貌をしている。「遅れてすみません」と頭を下げて、彼はドアの前に立った。
「君たち、食べるの早いね」
「先生が遅いんじゃないですか?」
「観測者の問題だね」季時は呆れたように言った。「ところで、水際君になんで連れてこられたか、聞いた?」
「いえ、どういう理由かは聞いていません」
「ほら、これだよ」
「どういうことですか?」水際が訊ねる。
「白凪君は、僕が知る中でも、結構な変人だ」
「失礼じゃありませんか?」白凪はむっとして言う。
「言い換えれば、特徴があるよ。でもね、水際君にそういう魅力はない。例えば、水際君にヴィジュアルイメージがなければ、大して魅力的には映らないと思う。特徴っていうか、キャラクター性がない」
「キャラクター性……ですか?」
「あのねえ、キャラクターっていうのは、リアクションなんだよ。相手の発言にどう答えるのかって言うね。ただ言われたように、任されたように発言するキャラクターってね、魅力がない。その点白凪君はいい」
「そのために私を呼んだんですか?」
「それが八割」
「残りの二割は?」
「それはさっき水際君に話したよ」季時は淡々と言った。「ところが水際君はなんというか、個性がない」
「……そ、その個性を欲して、どうにかならないか、と思っているんですけど」
「個性を欲している時点で、もしかしたら、没個性だね」季時はそこで残りのカレーパンを口に含んだ。指先についたパンをカゲボウズがつまむ。カレーパンの袋は、小さくまるめて、ヤブクロンに与えられる。
「私のヤブクロンをゴミ箱代わりにしないでください」
「愛情ある譲渡だよ。しかし便利だな。僕も飼おうか」
「あの、先生、自分……個性ありませんか?」
「見た目としての個性はあるよ。でもそれって、個性じゃなくて、服だろう」
 季時は白凪をじっと見る。
「彼女なんか、普通だろう」
「先生、私を虚仮にしたいのでしょうか」
「いや、褒めているよ。でも、白凪君という存在を、僕はちゃんと認識している。それは、見た目が優れているからではなくて、中身が優れているから。だから自然と、外見も覚える。そういう人はね、話したことがなくても、なんとなく覚えてるよ。とくに、学校みたいな小さい集団ではね」
「自分は、見た目だけ、ということですか」
「うん。だから、水際君はね、普通の制服を着たら、すれ違っても分からないかもしれない。僕は今君のことを、白い制服を着ている男子生徒、としか認識していないから」
「そんな……」
「ああ、そういう理由で白い制服を着ていたの」白凪は納得したように頷いた。「前の学校の制服かと思っていた」
「まあ、別に個性を求めようという気持ちは、僕には分からないけどね」季時は溜め息をついた。「白凪君もきっと分からないだろう?」
「ええ、全然。出来れば白凪凉子という存在は、普通の中の普通でありたいですね」
「ああ、それで100点だ」季時は満足そうに微笑んだ。
 水際はドアの前で、二人のやりとりを聞きながら、その特異性を不思議に思っていた。確かに、見た目だけでは、季時も白凪も、大しておかしくはない。けれど、何故かとても、濃い人間のように見えた。
「やっぱり、才能とか、そういうものなんでしょうか」
「いや、個性に才能なんてないよ。個性なんてみんなにある。君の場合は、他の要素で埋没させているにすぎない」季時は脚を組み替える。「もっと普通になりなさい」
「普通、ですか」
「見た感じ、ポケモンを飼っていないようだけど、どう?」
「あ……そう、ですね。勉強ばかりで、そういう余裕がありませんでした」
「ちょっと、ポケモン捕まえてごらん。これ、あげるよ」季時はデスクの大きい引き出しを開けた。そこには、未使用のボールが大量に詰め込まれていた。「性能が良いから、一発で捕まるよ」
「一発で?」質問したのは白凪だった。
「ちょっと細工がしてある」
「それ、いいんですか?」
「ああ、うん。認可は下りてるよ。見た目は普通のボールなんだけどね、授業用に使うために、細工してもらってるんだ。これも授業の一環だし」
「もしかして、私がいただいたボールも?」
「そうだよ。まあ、君とヤブクロンなら、普通のボールでも一発だっただろうけどね」
 水際はボールを受け取って、それをまじまじと見つめた。まったくなんの変哲もない、普通のボールだ。だが、それは特別なボールでもあるらしい。
「普通のボールだろう?」
「え?」
「普通だけどね、中身が違う。人間と同じ。ポケモンもそうだよ、僕のカゲボウズや、白凪君のヤブクロン……見た目は普通なんだ。でもね、僕たちにとっては、掛け替えのない、大切なパートナーなんだよ。これ、どうしてか分かる?」
「……分かりません」
「お互いが認め合うから」
 季時はそう言ったあと、「いい冗談が思いつかないな」と言った。照れ隠しのようでもあった。
「時に白凪君、水際君に、ポケモンを捕まえる利点があったら、先輩として教えてあげて」
「利点ですか?」
 白凪はしばらく考えたあと、ぽつりとこう言った。
「暇が潰れます」

 3

 二日後の四時間目、昼休みが終わったあと、五時間目の授業を控えている季時は、また暇な時間をもてあましていた。暇で暇で仕方がなかったので、以前、ある女子生徒から受け取った手紙を読んでいた。一通読めば十分だろうと思って残りは放置していたが、あまりに暇だったので、その決断をした。内容は予想通り、一通読めば十分な内容だった。だからこれは、内容ではなく、捨てにくいという特性を利用した、物的な訴えなのだろうと、季時は判断した。
「先生! 僕の話を聞いてください!」
 ノックもなく、生物準備室のドアが開いた。季時はゆっくりと広げていた手紙をしまって、引き出しに入れる。そして入ってきた生徒を見て、「誰?」と訊ねた。
「水際です!」
「水際君? ああ、へえ」
 彼は普通の制服を着ていた。一人称も変わっている。季時は立ち上がり、椅子を引いて、水際に勧めた。
「まあ座って」
「ありがとうございます」
「ふうん、雰囲気変わったね」
「あの、ポケモンを捕まえたんですよ」水際は興奮したように言った。「ついさっきなんです。出来れば格好いいポケモンにしようと思って、ボールを頂いてから、ちょっと山奥まで行っていて……学校に来たのも、ついさっきなんです。ああ、季時先生が休みの時間で良かった」
「興奮してるね」
「そんなことありません」水際は笑顔で首を振った。「その、この周辺だとあまり格好いいポケモンがいなかったので、電車に乗って、奥地まで行って来ました。これがなんか、すごく感動するというか、先生の言っていたことが分かりました。ポケモンって素晴らしいです」
「僕はそんなことは一言も言っていない」
「文脈から読み取りました」
「そう。さすがは秀才だ」季時は呆れて言った。「で、何を捕まえてきたの?」
「あ、ここで出しても大丈夫ですか?」
「ん、大きいポケモン?」
「いえ、そこまでは」
「じゃあ、いいよ」
 水際はボールを転がした。そして、床の開いた場所に、ポケモンが現れた。赤と黄色のコントラスト。ポケモンの名前は、ツボツボだった。
「どうですか!」
「……ツボツボか」季時は頷いた。「うん。で、格好いいポケモンは?」
「格好いいですよね」
「ツボツボが?」
「はい」
 季時はツボツボの頭に手を伸ばした。ツボツボは少し怯えた様子だったが、彼の手を受け入れる。
「ツボツボが格好いい?」
「虫で、岩で、頑丈ですよ!」
「ああ、うん、勉強熱心だね」
 季時はツボツボをしばらく撫でてから、諦めたように言った。
「僕、季時九夜は間違っていた。僕が思う以上に、君は最初から個性的だ」
「いえ、そんなことありません。先生のおかげで気づけたんです。僕に足りないものは、たくさんのものから、特別なものを選び取る努力だったんです。ツボツボのおかげで気づくことが出来ました」
「いや、そういうことじゃなくてね」
「これからは見た目にこだわらない、真っ直ぐな人生を送ろうと思います。それで個性がなくなってしまっても、別に構わないんですよね。自分を信じて生きていく、それが大事なんだって」
「僕はそんなことは言っていない」
「行間から読み取りました」
「……好きにしてくれ」
 季時は呆れたように溜め息をついて、ツボツボを撫でた。そして、「これから苦労するぞ」と、小声で囁いた。


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