マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.764] 七話 疎まれたがり屋の温情 投稿者:戯村影木   投稿日:2011/10/04(Tue) 19:50:21   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 1

 季時九夜は基本的には面倒臭がりであるが、しかし、仕事はきちんとこなす人間だった。それが普通であるコツだからだ。生徒に質問をされれば質問に答えるし、教師から頼み事をされたら基本的には応じるし、補習授業があれば休日であろうと対応をした。
 そして今日、久々に、季時は特殊な仕事をすることになっていた。無論、季時にとっては、という話である。他の教師にしてみれば、日常的な仕事だ。季時は生物準備室に鍵を掛けて、実技室へと向かった。体育館とほぼ同じ構造の建物で、名前だけが違った。
 重い扉を開ける。見知った生徒が多くいた。
「あ、季時先生、こんにちは」
「こんにちは」
 少し肌寒いな、と思った。まだ二学期も始まったばかりなのに、もう冬が近づいている。
 ドアを閉め、中心に向かって行く。五名の生徒と、五匹のポケモンがいた。この実技室は、例外的に、ポケモンの所持が認められている。ここが、そういうことのために作られた施設であるからだ。
「さて、じゃあ、始めようか」
 季時は面倒臭そうに宣言した。
「どうして今まで、うちにはこの手の部活動がなかったんだろうね」
「適任の先生がいなかったそうですよ」
「なるほどね。僕はもう、四年くらいいるけど」
「一念発起する生徒がいなかったんですね!」
「それも正しい」季時は五人の生徒を見渡した。「じゃあ、部長は誰?」
「私です」
「適任だね。じゃあ、桐生君、始めよう」
 季時はそう言って、二度手を鳴らした。

 2

 闘技部というのがその部活動の名前だった。活動内容は、ポケモン同士を戦わせて、その強さを競うというもの。部活動としては、かなりメジャーな部類であるのだが、この学校には昔から存在が確認されていなかった。この部活動を設立するためには、強くなったポケモンを止めることが出来る強さを持った責任者が必要だ。前任の生物学教師は戦闘においての知識がなかったために設立に至らず、季時が来てからも、そのままなんとなく、誰も作らずにいたのだという。
「部長が桐生君で、副部長が水際君ね」
「はい!」
「なんで君、副部長、というか、入部したの?」
「部活をやっていないみたいだったので」答えたのは桐生だった。「名前だけでも、とお願いしたんです」
「季時先生が顧問をされるということだったので、是非と!」
「ああ、そう」季時は面倒臭そうに答えた。「そっちの二人は?」
「萌花に頼まれたので」白凪は、桐生の名前を出した。
「ふうん。君は?」
「あ、俺は……先輩に頼まれて」
 絹衣は控えめに答えた。居心地が悪い、という感じだった。
 季時はこの時、初めて絹衣のポケモンを見た。ヨーギラス、という、目つきの悪いポケモンだ。男子生徒が好みやすい、怪獣型のポケモンである。
「頼まれたの?」季時は意地の悪い表情を浮かべた。「君に? 白凪君が? ふうん」
「なんですか!」
「いや、なんでもないよ。美化委員はいいの?」
「私はもうすぐ卒業ですし、委員会と部活動は活動時間があまり被りませんから」
「で、最後に……宮野君はどういう繋がり?」
「えっと……先生が顧問をするって聞いたので……」
 ジュペッタを抱きしめながら、宮野はゆっくりと答えた。季時はこの生徒が苦手だった。嫌いである、とか、遠ざけている、というわけではない。単純に、相性が悪かった。しかし、ポケモン関係の部活には適任だと言える。
「でも君、手芸部だろう?」
「掛け持ちオッケーみたいなのでー……」宮野は微笑んだ。「両方続けるつもりです」
「ふうん。そう言えば、正規部員が三人で、最低五人以上の部員と顧問が集まれば、発足出来るんだっけね。緩い校則だね」季時はひどく面倒臭そうに言った。「まあ、じゃあ、分かったとしよう。で、どんな活動をしていくつもり?」
「私、この前先生と課外授業をした時、何かあった時に、自分もポケモンも守るためには、強くならないといけないかな、と思ったんです。だから、そのために、戦う方法を教えてもらいたいな、って」
「他の意見は?」
 他の四名は何も言わなかった。だが、答えられない、ではなく、同じような意見だ、という意味の沈黙だった。
「で、僕は何をすればいい?」
「たまに顔を出してくだされば、嬉しいです。毎日来てもらうというのは、迷惑だと思いますし……週に一回、少しの時間でもいいので、来ていただいて、色々と教えてもらえればと思います」
「ふうん。まあ、それくらいなら、別にいいかな……」
 季時は、桐生に甘い、という自覚があった。自分と似ているからだろう。いや、自分の夢を託したい、という、邪な想いがあったのかもしれない。白凪に対しても、強く出られないし、宮野に至っては、天敵だ。面倒な部活の顧問を任されたものだと、季時は溜め息をついた。
「じゃあ、部活動っぽく、基礎練習から始めようか」
 季時は白衣のポケットからボールを取り出した。そしてそれを素早く投げつける。カゲボウズが現れて、辺りをきょろきょろと見回している。
「最初に、この動作を、一日五十回」
「えっと……ボールを投げるのをですか?」
「というか、投げて戻す」季時は足下に落ちたボールを拾い上げる。「スナップを利かせて投げる。そうすると、ボールがこっち側に転がる。バックスピンって分かる?」
「あー、俺、分かります。それ、小学校で流行りました」絹衣が手を上げた。「それ、大事なことなんですか?」
「バトルで一番大事なんじゃないかな」
「そんなにですか」
「僕たちは所詮、人間だからね。僕たちが鍛える部分って、このボールを投げる動作と、ポケモンを回収する動作くらいなものだよ。だからね、君たちがこれから戦うためのポケモンを育てるつもりなら、ボールは旧式の方が良いよ。最近流行ってる、超小型のボールだと、スピンはかけられないし、草むらに落とすと、見つけにくい」
「へー……」桐生は熱心にメモを取り始める。「一日五十回ですね」
「これもセットでね」季時はボールにカゲボウズを収納した。「これを五十回。最初はポケモンも戸惑うと思うけど、すぐに慣れるよ。ウォーミングアップみたいな感じでやって、それから部活を始めるように」
「分かりました」
「あと、白凪君と水際君のボールは、三年生だし、まあ出る機会もないとは思うけど……公式大会とかでは使わせてもらえないから、あとで市販のものと取り替えよう。もし旧型のボールが欲しい人がいたら、あげるよ。未使用のものがいくつかあるから。いる人は?」
 季時が訊ねると、五人全員がゆっくりと手を挙げた。「素直でいいね」と、季時は満足そうに頷いた。
「あとは毎日、ただ戦い続けるだけだね。僕たちが走り込みをする必要はないし、トレーニングをする必要もない。ただポケモンを戦わせるだけだ。まあ、適当にやってよ」季時はボールをポケットに入れた。「じゃあ、ボール取ってくるから、談笑でもしていてよ。お互いの持ってるポケモンのことを話していてもいいかもね」
「あの」
 声を上げたのは桐生だった。
「ん?」
「先生ってもしかして、こういう部活してました?」
「ああ、うん、よく分かったね」
「いえ、なんだか楽しそうだったので」
 季時はそう言われて、自分の顔を触ってみた。物理的な変化は見受けられない。感触では分からないのかもしれない。
「そう?」
「そうですよ」絹衣が言った。「なんか、テンション高いっていうか、いや、いいことなんですけど」
「ふうん。まあ、懐かしかったのかな」
「大会とかもあったんですか?」白凪が訊ねる。「高校時代でしょうか」
「そうだね。全国大会とか、懐かしいね」
「へえ……先生、すごいんすね」
「いや、すごいのはポケモンだよ」季時は首を振った。「じゃあ、取ってくるから」
「あ、私、手伝います……」
「いや、いい」季時は宮野の申し出を断る。「君は質問攻めにされるといい。みんな知らないだろう? この子、ポケモンと会話が出来るんだ」
「えっ」桐生がすぐに声を上げた。「本当?」
「え、あ、はい……」
「へえ! すごいな君! 言葉が通じるってこと?」
 特別な人間だと分かったからか、水際も過剰に反応し始める。宮野は年上ばかりの部活動に困惑しているようだったが、少しずつ、言葉を返していた。
 季時はそのまま何も言わずに、実技室をあとにする。少々特殊な生徒たちが集まったな、と、五人の輪を見て思った。自分の学生時代を思い出すようで、それは少し、普段よりも楽しい仕事だった。

 3

 段ボール箱に赤と白のボールを五つ詰めて、季時は廊下を歩いていた。珍しく荷物を運ぶ行為が苦ではなかった。こうした作業は、学生時代に何度もやったはずだ。当時と同じように、対価を求めない気持ちが働いていた。普段の仕事もこうなればいいのに、と、季時は少しだけ考える。
「あれっ、きゅーやんだ」
「やあ」常川だった。「今日も元気がいいね」
「えっ、気持ち悪い。どうしたのきゅーやん」
「普段通りだよ」
「普段のきゅーやんは元気という言葉は使わないと思う」
「ふうん。よく観察しているね」
「どうしたの? 具合悪い?」
 常川は季時の隣についてきた。いつもなら不満の一つも口にするところだが、季時はその行為を黙認した。
「今日から部活が始まったんだよ」
「え、ああ、何部だっけ」
「闘技部」
「仰々しい名前だよね。宮野ちゃんがいるんだっけ?」
「そうだね。手芸部、掛け持ちしていいんだってね」
「あー、そうだね。私は戦うのって好きじゃないから、あんまり……でもきゅーやんが顧問って面白そうだね」
「僕はあまり顔を出さないけどね」
「ふうん。ま、来年廃部になりそうだったら、入ってもいいかな。今は制作物で忙しいし」
「手芸部?」
「うん。あのねえ、文化祭前に一つ制作するの。それが終わったら、入ってもいいかなあ。三年生が多いって聞いたし」
「ふうん。何作ってるの?」
「内緒」
「そう」季時はそれ以上追求しなかった。「そろそろ寒くなるし、手芸部のみんなで、お世話になっている教師にプレゼント、とかしないの?」
「え、するわけないじゃん」常川は真面目な口調で言った。「あ、文化祭、手芸部とか来ないでね」
「僕は文化祭は自宅で寝るよ」
「最低」
「身長は君より高いよ」季時は階段を降りて行く。「どこまでついてくる予定?」
「ちょっと部活覗いてみようかなーって」
「手芸部は?」
「やってる途中だけど、たまたまきゅーやんがいたから」
「ふうん」
 頭の中で、手芸部のあるB棟一階の家庭科室と、三階にある生物準備室に用事のある人間同士が、たまたま巡り会う可能性はいくつあるか、と考えてみた。しかし思考が完全に組み上がる前に、季時は実技室に到着していた。
「段ボール箱を持つのとドアを開けるの、どっちがいい?」
 季時が訊ねると、常川は面倒臭そうに、重いドアを開けた。気分が良かったので、「ありがとう」と、季時にしては珍しく、感謝の言葉を口にした。
「あ、常川さん」
「やっほう」常川は宮野に手を振った。「わあ、結構広いんだね」
「来たことないの?」
「体育でポケモンの授業あるのって、二年からじゃないの?」
「ああ、君、まだ一年生か」季時は思い出したように言った。「付き合い長いからなあ」
 男子生徒二人は、水際の持っている旧型と同じサイズのボールで、バックスピンの練習をしていた。練習熱心だな、と微笑ましくなる。
「全部同じだから、好きに使って」
 季時が言うと、部員たちはすぐに段ボール箱に群がった。
 ボールも個性の一つ、あるいは住処の一つだと考えられる時代になり、ボールの移し替えも簡易的になった。季時が学生の頃までは、まだ、ボールは一生物という考え方が大きかった。たった十数年で飛躍的に進歩していく。科学の力はすごい。
「常川さんも、一緒にやらない?」ジュペッタを抱きしめながら、宮野が訊ねる。
「うーん、少人数で結構楽しそうだね。それに、ピカチュウと学校で触れ合えるのはいいかも。ねえきゅーやん、休み時間とかに実技室使ってもいいの?」
「えーと……部長としては?」
「あ、学校側が良いなら、いいですけど」桐生は常川に言った。「飲食禁止だったりしますか?」
「そういう校則はないね。まあ、今後出来るかもしれないけれど、今のところは」
「じゃあ、いいんじゃないかな。まだ部室もないし。来年か、来学期くらいに、生徒総会があるから、その時に空いている部室がもらえるかもしれないけれど。私たちは今年で卒業しちゃうから、一年生の人がたくさん入ってくれると嬉しいかな」
「うーん、そうですよね。残るのって、宮野ちゃんだけ?」
「ああ、俺も残るよ」ボールを弄びながら、絹衣が言う。「来年は俺が部長になるのかな? あ、継続って何人いればいいんですっけ」
「部活動の継続は、三人ね」白凪が答える。「もう一人入ってくれれば、来年も一応、部活動は出来そうですね」
「ううーん……軽い気持ちで来たのに、責任重大な感じがしてきた」
「まあ、無理してやることはないよ」季時は床に腰を下ろす。「楽しんでやるのが一番だ。ポケモン関係のことはね。無理するようになったら、全部やめた方がいい」
「と……とりあえず手芸部の作品が出来上がるまで」
「待ってるね」宮野は微笑んで言った。
「先生、ボールの入れ替えって、どうするんですか?」白凪がボールを持って来て言った。「さっぱり分からないんですけど」
「あ、僕も分からないです!」
「ああ……組み込まれてるチップを入れ替えればいいよ。じゃあ、水際君のを貸してくれるかな。試しにやってみるから」
 水際のボールを手にして、ふと季時は動きを止める。
「あれ、これツボツボだよね。ツボツボで戦うの?」
「はい! 堅実な戦い方をしようと思います」
「ふうん。ま、君には合ってるかな。ツボツボ使いは頭が良くないとね」ボールを操作しながら、顔を上げないままで、季時は続ける。「白凪君はヤブクロンだけど、どうする?」
「とりあえずは育ててみようかなと思います」
「進化すると、悲惨だよ」
「容姿がですか?」
「うん」
「問題があるとは思えませんが」
「いい答えだね」季時はボールを水際に返す。「どうしてもね、ポケモンの性能差っていうのは出てくるよ。これは仕方がない。多分この中だと、一番強くなるのは……」
 季時は生徒たちを見渡して、絹衣に目を留めた。
「君かな」
「俺っすか?」
「というか、ポケモンがね。ヨーギラスはきちんと育てれば、かなり強くなる。もっとも、それに対応するように育てれば、他のみんなにも勝ち目はあるけどね。でも、一匹のポケモンに対応したら、他のポケモンに対してどうすればいいか分からなくなるから、それじゃだめだ」
 季時は立ち上がり、六人の生徒を見渡した。
「……たまには教師らしいことでも言うか」
「何、もったいぶって」
「せっかく、他の生徒では得られないような経験をするんだ。君たちに是非知っておいて欲しいことがある」
 季時は自分のボールを取り出して、それを眺めた。
「君たちは若いし、幾通りもの可能性がある。これからね。例えば、とりあえず大学に行く者、なんとなく就職をする者、がんばって夢を目指す者、たくさんだ。全部素敵なことだと僕は思う。だけどね、あまり一つに固執しない方がいい」
「視野を広くということですか?」白凪が言う。
「似たようなことだね。このポケモンが強いから、このポケモンを倒すために、じゃあ例えば、火を倒すために水を育てる。そうすると草に負ける。そのためには火だ。だけど水に負ける。そうやって堂々巡りしてしまうことだってある。三竦みだね。だからね、僕は君たちに、あまり固執して欲しくない。出来るだけ、不安定で、曖昧であって欲しい。最終的な結論を出すのは、それからでいい。まずはなんでも試してみて欲しい。そのあとで、自分の信じた結論を出せばいい」
「いいこと言うじゃん」常川が、茶化すように言った。「まあ、きゅーやんは前からいいこと言うけどね」
「どうもありがとう。それじゃ、基礎練習をしようか」
 季時はそう言って、二度手を鳴らした。
「今日は仕事は終わりだ。みんなでポケモンと触れ合おう」
 季時が言うと、全員がその言葉に驚き、しかしすぐに、笑顔を見せた。


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