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| タグ: | 【送り狼のポケモンバージョン】 【江戸時代後期ぐらい】 |
まだ人々とポケモンの距離が大きく開いていたころ。
夜の闇がまだ色濃かったころのお話。
その日、少女は隣町に嫁いだ姉の家に遊びに行っていた。
赤ん坊の可愛さに頬を弛めていると、いつのまにか日が落ち辺りは暗くなっていた。
慌てて、姉に帰ると伝えると姉は笑ってからかう。
この辺は治安も良いけれど、やっぱり少女にとって夜の闇は怖いのだ。
旦那さんは姉をたしなめつつ町まで送ると言う。
少女は少し迷いながらも丁寧に断ると、せめてと灯りを貸してくれた。
まあるい、月のような提灯。
白い和紙越しの火が綺麗でその場でははしゃぎ、お土産を持つと元気一杯に姉の家を飛び出した。
ところが、今夜は月明かりも乏しい三日月の晩。
いざ、一人で薄暗い街道を歩いていると、蝋燭の明かりは酷く心もとなかった。
かといって、あそこまで大見得きって飛び出した手前姉の家に戻るのは出来ない。
しかたなく、土が踏み固められた道を少女は歩く。
ざっざっと土と草履が擦れる音が闇夜に響く。
怯えながらも慎重に歩いていた少女は丁度道中の真ん中で、ふと違和感を感じて歩きながら耳をすます。
ざっざっ
これは、少女が歩く音。
カチッカチッ
では、微かに後ろから聞こえるこの鍔鳴りのような音は?
思わず少女は叫び走り出しそうになるものの、そんなことをして転んだら目も当てられない。
気づいていない振りで歩調を変えないように歩いていく。
ざっざっ
カチッカチッ
二つの音はまるで並んで歩いているように、同時に少女の耳に届く。
少女が一歩を踏み出せば
唾鳴りの主もまた、一歩
ざっざっ
カチッカチッ
緊張のまま歩き続けていると、いつの間にか町の灯りが近くなっていた。
その明かりに安堵のため息をつく。
後ろの誰かの狙いは分からないけれどここまで近くなれば、襲われることは無いだろう。
おもえば、その気の緩みが悪かったのかもしれない。
少女は街道脇の田んぼの水路から黒く細長い影が伸びるのに気が付かなかった。
最初の一撃を避けられたのは偶然だった。
唾鳴りの音が彼女の足音よりも遅く、近く聞こえたのだ。
不審に思った少女が立ち止まるとその一歩先に、ポイズンテールが打ち込まれ道が穿たれる。
少女が悲鳴をあげるよりも早く動いたのは、少女のすぐ背後まで迫っていた唾鳴りの主だった。
その手となっている刃に月光にも似た白銀を宿し尻尾を地面に埋め込んだ毒黒蛇に襲いかかったのだ。
もっとも、毒黒蛇ーーハブネークーーの方も黙ってやられはしない。
その一撃を頭突きで迎撃し、結果両者は撥ね飛ばされハブネークは少女と距離を取ることとなった。
唾鳴りの主は、空中で一回転し体制を建て直すと少女とハブネークとの間に着地する。
少女は灯りの中に浮かび上がったその唾鳴りの主の姿に悲鳴あげかける。
コマタナ。
集団で行動する大変危険なポケモン。
だけれども、彼は一人で。
なぜか自分を守っている。
少女の混乱を他所に
ハブネークとコマタナの無言のにらみ合いが続く。
諦めたのは、ハブネークだった。
その姿が提灯の灯りの届かぬ場所へ去っていくとコマタナも少女に目もくれず去ろうとする。
少女は、慌てて手にしたお土産を紐解く。
中に入っていたのは柔らかいお饅頭。
コマタナに差し出すも警戒して受け取らない。
仕方なく、木の葉に乗せ少し距離をとるとコマタナが恐る恐る近づいた。
ところが、コマタナの手はよく切れる刃だ。
柔らかいお饅頭は、突き刺してもすぐに落ちるしその上皮が破れていく。
コマタナ自身が不器用なのか刃の腹に乗せることも出来ない。
三分もたたずに、葉っぱの上にはあんこをぶちまけた惨殺死体の様な元お饅頭が残る。
徐々に涙目になっていく、コマタナをハラハラしながら見守っていた少女が思わず声をかけるとコマタナは泣きながら去っていった。
「その後、無事に家に帰った少女がコマタナでも食べられるように皮を固く焼いてみたのがこの堅焼き饅頭の原型って言われてるね。」
「だから、コマタナ印なのか。
……で、続きは?」
「堅焼き饅頭は、無事にコマタナの口に入り少女とコマタナは仲良く暮らしましたとさってね。
実際、この辺のコマタナ達は夜に一人で歩いてるとよく着いてくるよ。
転んだり隙を見せると勝負を挑まれるけど、そうじゃなきゃ他の野生のポケモンにガンつけて追い払ってくれる。
だから、この町の連中はコマタナやキリキザンが大好きなのさ。」
「名物にするくらい?」
「それは、ただの町起こしさね。」
甘いもの好きのコマタナってモモン食べれるのかな………。
涙目のコマタナが書きたかっただけだったりします。
「げ」
私はディスプレイを眺めていた。中には真っ黒い空間に一人取り残された少女。ドット絵だが、白いニット帽と黒いタンクトップ、巨大な黄色いボストンバッグが目立つ。おまけとして膝上十五センチのギリギリミニスカートは、ちょっとやりすぎなんじゃないかと付け加える。
十字キーを押しても、ABボタンを押してもウンともスンとも言わない。一応動くことは動くんだけど、それでもそこから出ることは敵わない。彼女の目の前にはひたすら闇が広がり、決して終わることのない空間が続く。まあ、ドット絵である彼女にそれが映っているかどうかは分からないんだけど。
数日前にネットで見かけた、表にはまだ出ていないポケモンの遭遇、捕獲方法を試してみたところだった。私は製作者側じゃないからアレだけど、よくこんな複雑なプログラム作る気になるよね。
見た時の私の気持ちは、『ダメだ』という気持ちと『好奇心』という気持ちが半々になっていた。でも何も面白いことがない退屈な日常。たまには、そういう『危ないこと』をしてみたい。
そう思っているうちに、DSにソフトを入れて電源を点けていた。サイトで見た通りのことをして、一体どうなるのかをちょっとドキドキしながら見ていた。
だけど、間違えた。
緊張だかなんだか分からないけど、手が震えて十字キーを押し間違えた。おかげでバグが発生して、この有様。
彼女は永久にこの部屋から出られないらしい。
「参ったなー」
私は頭を掻いた。せっかく図鑑完成して、他地方からの受け入れも出来てたところだったんだけど。手持ちもほとんどレベル100に達してたのにねえ。
「仕方ないか」
前からのソフトから経由していなかっただけでも、有り難いと思おう。そう自分に言い聞かせて、私はレポートを書いた。これ書いたら一生……本当に一生彼女はこの空間の中に閉じ込められる。でもまあ、プログラムだし。それに。
「リセットすれば、また会えるし」
私は電源を切ると、再び最初の画面になったのを確認してボタンを押した。黒い画面と白い枠が出現する。白い画面の文字が踊る。私は迷わず『はい』を選択した。
データを消去していると、ケータイが鳴り響いた。開いて確認する。ゲーム仲間からだった。
「なんだなんだ」
こんな内容だった。
『図鑑完成したよ!ニコッ (゜▽゜)v(゜▽゜)v o(゜▽゜)o イェーイ!!』
その下に添付ファイル。見れば、カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ四つの地方のポケモンを集めたという図鑑のデータの写真があった。記念すべき最初のポケモン、フシギダネが永久に続く笑顔で飛び跳ねている。
「いいなあ。私もがんばろ」
私は返信した後再びDSのディスプレイに目を向ける。とっくにデータは消去されていた。はじめからを選んで博士を迎える。
「また会ったね博士」
博士はプログラムの通りに私に話しかけてくる。ナナカマド博士。歴代博士の名前はほとんど全員が植物らしい。じゃあ彼の名前も植物なのか。意外。
そう考えているうちに主人公の性別を決める画面になった。迷わず女の子をチョイス。名前。名前は……
リ ン ネ
巡る、ってイメージでつけた。博士の激励と共に彼女の体が縮み、さっきのドット絵までになる。そこから先は、前にもやっているからスラスラいけた。
主人公のライバルの少年に急かされ、湖へ。
忘れていったカバンを調べて、ムックルとの戦闘へ。
緊急事態ということで中に入っていたボールを一つ選ぶ。前はヒコザルだったけど、今度はポッチャマ。
戦闘終了後、博士とその助手の少年に会うところまでで本日は終了。目が痛くなった。丁度夕食に呼ばれたところだったし、いいだろう。
「裏技?」
次の日、私は学校で昨日のメールを送ってきた友達と話していた。彼女も相当のゲーマーで、新作ゲームを彼女に与えれば必ず二十四時間以内にクリアしてくる。
そんな彼女を私はすごいと思うだけでもなく、ちょっと嫉妬していた。どうやったらそんなに早くクリアできるんだか。一つのゲームをじっくりかけて遊ぶのも醍醐味だと思うのだけど。第一そんな簡単にクリアしてたら次のゲームを買うお金がすぐ無くなってしまう。
しばらく前まではそう思っていたけど、彼女が何処かの財閥会長の孫娘だという話を聞いてからは、もうどうでもよくなった。彼女の脳と財力にかかれば、どんなゲームもすぐにクリアされてしまうのだ。
「そう!この前掲示板で見たんだけどね」
彼女はその愛くるしい顔をグッとこちらに近づけてきた。初対面の男は大体これに引っかかる。こんな可愛くてスタイルもいい、おまけに性格もいい彼女がゲーマーなんて、誰も思わないだろう。
「サイトを回ってたら、何か掲示板……というか、チャットをみつけたの。そこに色んなゲームのバグがあって。面白いなーって思って見てたら、最後の方にポケモン関係のバグがあったの」
「また変なのじゃないの?下手したらデータ消し飛ぶとか」
私は昨日のことを思い出した。電源切ってどうにかなるならいいけど、プログラム自体が変になるバグがあるような裏技は辞退したい。
「ううん。むしろすごく楽しそうな感じだった。耳貸して」
こういう昔の少女漫画のようなことを平気でやってのけるのが彼女だ。続く言葉に、私の目は点になった。
「……は?」
『ゲームの中に、入れるらしいの』
「ただいまー」
帰宅途中でコンビニで買ったキャンディーを舐めながら私はドアを開けた。両親は共働きで深夜まで帰ってこない。最近二人と顔を合わせたのは、いつだっけ……
テレビを点ける。午後五時のニュース番組だった。最近幼い子供が急に失踪する事件が相次いでいるという。何処かの誘拐魔の仕業だろうか。評論家の『最近は子供をきちんと見ない親が増えていますからね』という言葉で私はテレビゲームに切り替えた。PBR。ポケモン・バトル・レボリューション。
リモコンを持ってコロシアムをチョイスする。さて、今日は何処のマスターを倒そうか。
(……)
BGMが右耳から左耳を突き抜けていく。口の中のキャンディーは舌の上で甘味を出していた。飲み込むと喉が痛くなる。
彼女の言葉。その裏技を使うと、ゲームの中に入れるらしい。嘘だろふざけんな、と言いかけたところで始業のチャイムが鳴ってしまった。去り際に彼女が呟いた。
『後でメールでやり方教えるわ。暇ならやってみて』
そのメールはまだ来ていない。忘れているのか、習い事で遅くなっているのか。お嬢様というのは色々苦労が絶えないのだといつだったか言っていた。何不自由ない暮らしで何を言っているんだ、と周りに突かれていた。
昨日消したデータのエンペルトが、相手にハイドロカノンを出した。元データは消えても、こちらに移したデータはこちらをリセットしない限り消えない。一つに何かあっても複数あれば、支障はない。
もしかしたらこの世界も同じなのかもしれない、と思い始めた時。ケータイが鳴った。慌てて手に取る。差出人は彼女だった。
title:裏技の件
少しドキドキしながら本文を見て…… あれ?
『ごめーん。何かあの裏技、私の勘違いだったみたい。帰ってからもう一度見たら、下手すればゲームそのもののデータが消去されちゃうって書いてあったから。
だから忘れてね』
なんだ。彼女の早とちりか。まあいいや。しかしゲームそのもののデータが消し飛ぶくらいの裏技って、どういう弄りかたしたらそうなるんだろう。ちょっと気になったけど、そのことはそれっきり忘れてしまった。
(でももし…… もしもゲームの中に入れたら、どんなことになるんだろう。この世界とは全く違った世界。普通では不可能なことも簡単にできてしまう。空を飛んだり、戦ったり、巨大な陰謀に立ち向かったり――
そうだ。ポケモンゲームの中に入れたら、ポケモンと旅をすることだってできる。彼らの背中に乗って空を飛ぶって、どんな感じなんだろう。伝説のポケモンって実際に目の前にしたらどうなるのかな。ルビサファのグラードン、カイオーガ、レックウザ。レジ三体。
彼らが本当にバトルしたら、世界が終わるどころじゃない。この世が終わる気がする……)
次の日は休日だった。朝九時くらいに起きようと思って布団の中で丸まっていたら、いきなり下からドンドン音がした。慌てて飛び起きると、部屋のドアが勢いよく開いて、母さんが入って来た。流石の母さんも、休日は仕事が休みだ。
「大変!大変よ!」
母さんは慌てると、文に主語が無くなってしまう。何が大変なのか。眠い目を擦り、私は布団からのそのそと起き上がった。
「何。休日くらい遅起きさせて……」
「大変なのよ!アンタの友達がいなくなっちゃったのよ!」
「は」
「今テレビでやってるから、早く来て!」
スリッパを履く余裕もなく、私は一階のリビングへ転がるように降りてきた。テレビは朝のワイドショーだった。普通なら芸能人の結婚や離婚を面白可笑しく報道するんだけど、今日は様子がおかしい。左上の画面に文字が並んでいる。
“財閥会長の孫、突如消息不明”
額を冷や汗が伝った。さっきから同じニュースが流れているらしく、アナウンサーが事件の概要を話し出した。頭が真っ白であんまり読み取れなかったが、こういうことらしい。
昨日、彼女は帰った後に両親に挨拶した後自分の部屋に閉じこもったらしい。夕食もそこで摂るということで、メイドは彼女の部屋の前に夕食を置いた。二時間後に食器を回収しに来た時はドアの前に空の皿があったことから、その時はまだ部屋の中にいたらしい。
だが、朝になってメイドが起こしにドアを叩いても返事がない。鍵がかかっていて手動では開けることができない。心配になって両親を呼びに行き、二人が呼んだが変わらず。最終手段ということで壁を斧で割って入った。
だがそこには誰もいない。彼女がいつも使っているパジャマが脱ぎ捨てられた状態で散乱していたが、当の本人の姿はなかった――
財閥会長の孫娘と言えば、誘拐の線も考えられる。だが抵抗した跡はなく、警察は知人の犯行から捜査を進めるという。
「……」
「大変なことになっちゃったわねえ」
「お母さん」
「何よ。どうしたの?顔色悪くして」
「いや、」
私がそう言いかけた時、玄関のチャイムが鳴った。はいはい、と母親がボタンを押す。話していくうちに状況が変わったことが分かった。私に向かって目配せをする。ついでに自分の服を引っ張る。
すぐに分かった。上へ行き、玄関の方を見る。見慣れない車が一台。見慣れないスーツの男が二人。片方はスラリ、もう片方はずんぐり。
私は一先ず簡単に着替えた。
「――さて」
スラリとした人の方が手帳を取り出す。横にしてメモする。彼らはメモする時、手帳を横にするという話を昔聞いたことがあった。
「君は、失踪したお嬢さんとは友達だったんだよね」
「はい」
「最近、何か変わったことなかったかな。どんな些細なことでもいい。例えば、変な男が彼女の近くにいたとか」
彼らは思った通り、刑事だった。知り合いから当たっていくというマスコミの話は本当だったらしい。
「いえ……。あの子は送り迎えは自家用車だったし、言い寄る男なんて沢山いました。でもあの子は男遊びとかするタイプじゃありません。自分の趣味の方が大事みたいな子で」
「趣味?」
「はい」
ずんぐりした方が身を乗り出してきた。思わず顔が引きつる。
「どんな趣味かな」
「ゲームです」
「ゲーム?そのお嬢さんはゲーム好きだったのかい?」
驚いた声。無理もないだろう。彼らの中の彼女の像が、ガラガラと崩れ落ちた瞬間だった。
「私もよく一緒にやってたんですけど、彼女はどんなゲームも簡単にクリアしてしまうんです。それに関しては、無敵でした」
「ほー……」
理解できない、という顔をしている。この世代の刑事さんを寄越したこと自体が間違いだったんじゃないのかな。
「ちなみに、最近ハマっていたゲームは?」
「ポケモンです」
「ポケモン!」
二人が顔を見合わせた。その色にはっきりと確信の色が浮かぶ。焦りも入っているような気がした。その顔色を見て、私はある一つの可能性を思い出していた。昨日、帰ってきた時に見たニュース。その後の彼女のメール。話。
まさか……
「刑事さん、あの子の部屋にDSはありませんでしたか。ピンク色の、シールが沢山ついているやつ」
「悪いけど、一般の人に捜査内容を話すわけにはいかないんだ」
「あったはずです。せめて、その中に入っていたソフトだけ確認させてください。
……ポケモン、なんですよね?」
刑事さんは苦い顔をして帰っていった。私はケータイにメールや着信が入っていることを確かめるために二階へ行った。床にDSが置いてある。一番古いタイプ。厚くて今の型に慣れている人は使いにくいだろう。だが私にとってはこれが一番使いやすい。ポケモンやるときはいつもこれだった。
ケータイのメール履歴を見る。あの子の最後のメールが頭の中に浮かんだ。裏技の件が大きなバグを引き起こすことになりそうなこと。だから私に教えることはしない、そう言われた。
――本当に、そうだったの?
ケータイが鳴っている。私は無意識に通話ボタンを押し、耳に当てた。ディスプレイに表示された文字が『非通知』であることも知らずに。
「……はい」
ザー、ザーというノイズの音が聞こえた。電波状態が悪いらしい。私は窓際に行った。だけどまだノイズが晴れない。というか、一体誰がかけてきてるの?
「もしもし?誰ですか」
『二つの世界は繋がった』
ゾクリ、と寒気がした。甲高い声。よく事件の証言とかに使われる、フィルターが掛けられた声に似ている。
「え?」
『賽は投げられた。お前達の過ちだ!』
ケータイのディスプレイが光りだした。白い光が私の視界に広がって……
何も、聞こえない。
近所の何とかっていうガキとその友人が、少し前に町を出ていったらしい。
町を出る奴の話は久々だ。前は俺がまだガキの頃だったなあ。
そんなことより、あいつの母親はかわいそうだ。夫が町を出て行き、子供もその後を追うように旅立った。この田舎町にたったひとりだ。
ま、何にしろ俺にとってはどうでもいいことか。この町の外がどうなってんのか俺はよく知らないけど、だからと言って特に不都合があるわけでもないし。
俺が平和で幸せなら、別にそれでいいじゃん。
この町は、人間だけの世界だ。
窓から外を見ると、2つの世界を隔てている、大人でも見上げるような高い塀が町の外の景色を覆い隠している。
野生のポケモンが溢れかえる草むらの中につくられた、長閑で平穏で、まっさらな町。
田舎町だけど、大抵のものはそろっている。この町の中での生活に満足できれば、これ以上住みやすい町はない。と思う。
ごくたまに、町を出ていく奴もいる。だが俺は別に興味ない。
この町の中で適当に生きて、適当に死ぬ。それでいいや、と思っている。
今日は冷えるなあ、と思った。
町の中にたった1軒の、雑貨屋も兼ねたコンビニで弁当を買った。
いや、コンビニを兼ねた雑貨屋か? そもそもコンビニなのか? 朝の9時ごろに開いて夜の8時ごろにはすでに閉まっているんだが。一般的にコンビニって奴は24時間営業の店のことを言うのか? よくわからん。
「青のりっぽいもの」がかかった「ご飯っぽいもの」に、「ケチャップっぽいもの」がからめられた「ショートパスタっぽいもの」。「チーズっぽいもの」が乗せられている「ハンバーグっぽいもの」。何となく「それそのもの」と言い辛いのは、ひとり暮らしなのに自炊していないことに対する負い目かもしれない。いや別に料理嫌いじゃないんだけどなぁ。面倒なんだよなぁ。
野菜って何だっけ。まあどうでもいいや。どうせいつもこんなもんだ。食えりゃそれでいいや。
玄関入って一応鍵をかけて、階段を上がって自分の部屋の電気をつける。うう寒い。今日はまじ寒い。
暖房つけようにもフィルター掃除は半年やってないし、今からやる気力もない。激しい気分屋と評判だったコタツは、おととい辺りからクールに徹することを決めたようだ。しかしまじで寒い。明日こそはフィルター掃除しよう。うん、そうしよう。
定位置の壁に背中をもたれて、ただの布団付ちゃぶ台と化したコタツの上に冷え切った弁当を広げる。
温めるのがベターだろうが、我が家のレンジはもう3年は職務放棄している。スイッチを入れたところでうんともすんとも言わない。どうしてこの家の家電製品はどいつもこいつも冷ややかなんだ。
コンビニ(?)で温めてもらうって手もあるが、あの店番のばあちゃんに任せるのはもう怖くてできない。何でもチンしてくれやがるんだから。前科は覚えてるだけでも袋入りのしょうゆ、ソース、紙カップのアイスクリーム、炭酸飲料、カップめん、漫画雑誌、蛍光灯。蛍光灯輝いてたよ。きれいだった。
レンジに入れても平気なものだけ渡しても、3回に1回は標準加熱時間を大幅にオーバーしてくれる。弁当のふたが溶けてた時は何事かと思った。
博打を打つくらいなら、冷え切った飯を食う方がましだ。命にかかわる。
いただきます、と手を合わせて、いらないと何度言ってもついてくる割り箸を割った。
冷たいご飯を口に運ぶ。お世辞にもすごく美味いとは言えない、薬品系の単調な味がする飯。
もう慣れ切ってはいるけど、やっぱり、寒い部屋の中でひとり食べるコンビニ弁当は、ちょっとさみしい。
たまには自炊するかなぁ、とかぼんやり考えて、俺は頭を壁につけてため息をついた。
「ぴかー」
俺の後ろから、声がした。
いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
聞き間違いか? と思いながら、俺はまた箸を手に取った。
「ぴかー」
おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。
壁の中に、何かいる。
何だっけこの鳴き声。えっと、よくテレビやら何やらで見るよな。何かポケモンの。「ぴかー」とか鳴いてるから多分ピカ何とかだ。いやフェイントで何とかピカかもしれない。ポケモンの名前って見た目が2割で鳴き声3割で、残りはノリでつけられてるんだろ? ってこの前ネットで誰かが言ってた気がする。とにかくあれだろ、何かあの電気ねずみ。
まぁそんなことどうでもいいんだ。何で壁の中から声がするんだ。
あくまでも一般家庭の、部屋と部屋の仕切りを務めている、そんなに分厚くもない壁だ。穴も開いていないし、そもそも中身は詰まっている。
おいおいやめてくれよ。冬だぜ、冬。そんな壁を掘ったら誰ともわからない骨が出てきた、なんて展開には半年早いぜ。いや半年経っても嫌だけど。
「ちゃー」
鳴き声3度目。うん、わかった。薄々気づいてたけど、わかった。
俺は壁を1回拳で殴り、言った。
「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」
うん、どう聞いてもピカ何とかいう電気ねずみ(思い出したピカチュウだ)の声じゃなくて、人間なんだよね。だって何となく野太いもん。頑張って裏声出してる感があるもん。
いやだからといってそれでいいわけじゃないけど。何で人がこの壁の中にいるのかは何にも解決してないんだけど。むしろ余計気持ち悪いんだけど。
そうしたら、また壁の中から声がした。
「す、す、すいませぇん。とりあえずピカチュウの鳴き真似でもしておいた方が警戒されないかと……いきなり普通に話しかけたらびっくりして逃げられるかなぁと思いまして……」
「いや逃げたいよ? 俺今すぐにでも逃げたいよ?」
「と、とりあえず、ここ、どこですか? 僕、何でこんなところにいるんですか?」
「それは俺が聞きたい」
男か。俺と同年代くらいか?
いやそれにしても、壁の中に誰かいるとか、ただのホラーだろ。いやマジで。
ひとまず俺は、そいつがいるのが塀の中の町の俺の家の壁の中であることを伝えた。そうしたら男はびっくりした様子で言った。
「ええっ! か、壁の中ですか!? た、確かにここ、真っ暗だし、全然身動きとれないし、狭いし寒いし帰りたいけど……」
「何? お前何なの? 幽霊なの? 人柱なの? 誰かの恨みを買って壁に埋められたの?」
「違うよ! 僕はただ、相棒のケーちゃんと一緒にテレポートしてただけだって。そうしたらいきなり真っ暗で身動きとれなくなって、ケーちゃんはどっかいっちゃって、わけがわからないんだよ本当に」
ふむ、なるほど、と俺は腕を組んだ。
「『いしのなかにいる』というわけだな」
「それただのみんなのトラウマじゃないか! ゲームじゃないよ現実を見てよ!」
「テレポーターもテレポートも似たようなもんだろ。お前は壁の中だけど」
座標間違えたのか? それとも何かよくわからない未知の力でもかかったのか?
いずれにせよ確かなのは、この男はテレポートに失敗して俺の家の壁の中に入ってしまったということらしい。
俺はポケモンはからっきしなのでよくわからないが、そういうことのあるんだろうか。……迷惑この上ない。
冷たい飯をかきこみつつ、そいつの話を聞いた。
そいつは、ここから遠く離れた町出身の、いわゆる駆けだしのポケモントレーナーらしい。
ある日、遠くの知らない場所に行こうと思って、相棒のケーちゃん(ケー……何とかっていうポケモン)と一緒にテレポートしたら、いつの間にかこの壁の中にいたらしい。
何でも、テレポートって技は、他の空を飛んだり穴を掘ったりするのと違い、エスパーというはっきりいってわけのわからない力を使うので、知っている特定の場所に移動するときにしか使ってはいけないという決まりがあるらしい。でもこいつは、ちょっと冒険したいとかそんな軽い気持ちで、適当な場所にテレポートして見たらしい。
で、その結果がこれだよ。
どうやらケーちゃんとやらは別のところへ行ってしまい、この男だけが壁に取り残されたようだ。
まぁ平たい話こいつの過失だ。俺には何の罪もないし如何ともしがたい。
「はぁ……何でよりによって塀の中の町なんだろう……。他の町だったら、絶対ポケモン持ってる人がいるのに……」
「決まりを守らなかったお前のせいだろ」
「うっ、そ、そりゃそうだけどさ……」
「ところでお前、腹とか減らねぇの?」
「減ったよ! すごく減ったよ! でも動けないからどうしようもないよ!」
「ふーん、そうか」
ごっそさん、と言って俺は空になった弁当の容器を燃えないゴミの箱に放り込んだ。
俺のおふくろはこの町の生まれだ。親父はどっか違う町出身だ。
親父は若い頃旅をしていて、たまたま来たこの町でおふくろと出会って、大恋愛の末結婚したらしい。
俺が生まれてからは、親父もさっぱり町から出ることはなくなった。
だけど、去年あたりから親父のおふくろの調子が悪くなって、夫婦そろってその世話に行った。それから俺はずっとこの家で留守番だ。結局俺は町の外に出たことはない。
壁の中の男は、外に出たくはないのかと俺に聞いてきた。別に興味ないし、と俺は答えた。
「ポケモントレーナーとか、外では子供の憧れの職業ナンバー1だよ?」
「へーそーなんだー」
「外ではポケモンと関わらない生活の方が難しいってのに、この町は本当に変わってるね」
「この町でも、ポケモンと関わってる奴はいるぜ? 向こうの研究所のじじいとか」
「おいコラ! 博士はポケモン研究の第一人者だぞ!? すっげぇ有名人だぞ!? みんなの憧れだぞ!?」
「へーそーなんだー。そんなことよりあのじじいの孫が近年稀に見る悪ガキだったからそっちの印象の方がよっぽど強いな」
例のコンビニっぽいもの(今日は珍しくバイトの女の子がレジだった)で買った肉まんを咀嚼しつつ、俺は適当に返事を返した。
「はぁ、冷えた部屋の中で俺に温かいのはお前だけだぜ肉まんさんよ……ごっそさん」
「うう、おなかすいたなぁ……」
「と見せかけて……今日はフライドチキンもあるのだ! バーン!」
「ああぁぁぁぁぁこの鬼畜! 腹黒! ドS! 食わせろ!!」
「そっから出てきたら考えてやらんこともない」
「出られるもんならとっくに出てるよ!」
ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえる。
壁を壊したらこの男は飛び出してくるんだろうか。あいにく俺は壊す気なんてないけど。
いや、というか、改めて考えなくても、この壁の厚さ、人間の厚みより薄いんだよね。一体どういう体勢で入っているんだろうか。謎すぎる。そもそも壁って中身詰まってるじゃん。何で人間が入ってるんだろう。
いくら考えても謎は謎だ。そして俺にはどうしようもない。
とはいえ、ただ放っておくのもあれなので、この町でほぼ唯一と言ってもいい、ポケモンと関わりある人間である例の博士とやらに相談はしてみた。いや間違えた。博士本人はとっっっっっても忙しいとかで、その研究所にいた暇そうな奴に相談してみた。
家にも来てもらったし、壁の中の奴とも話してもらった。
そのメガネ白衣の七三は、とりあえず数日待ってくださいと言ってきた。数日すれば何とかなるのか。よくわからん。
壁の中に男が入って3日。
とりあえず、壁の中の男にはずっと話しかけている。が、声が弱ってきている。さすがに3日飲まず食わずはきついよな。
しかしどうしよう。このままだと、壁を壊したら中から人骨が、なんて事件がリアルに起こりかねない。それはまずい。非常にまずい。俺の部屋でそんな猟奇的な事件が起こるとか勘弁してほしい。断固阻止せねば。しかし俺には如何ともしがたい。
玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、少し前に町を出たはずの、近年稀に見る悪ガキが立っていた。
何だこいつ、と思っていると、そいつは例の暇人研究者から連絡をもらってうちに来たらしい。
男が埋まっている壁に案内すると、そいつは実力不足のくせに変なことするからとか、ちゃんと調べてから行動しろとか、壁の中の男に向かって説教し始めた。町にいた頃のこいつの悪童ぶりを知っている俺からしたら「お前が言うな」なのだが、口に出すと面倒なことになりそうなのでやめた。
そしてその元悪童は、子供より少し小さい高さの黄色い生物を赤白の球から出した。
壁の中から声がした。
「お前、ありがとな。いつかお礼に来るから!」
「今度はちゃんと玄関から入って来いよ」
黄色い生物が壁に向かって何やらエネルギーを発射する。
壁を軽く叩いた。返事はなかった。
今日は冷えるなあ、と思った。
おにぎり2つとサンドイッチを布団付ちゃぶ台と化したコタツに置いて、暖房のスイッチを入れる。
何でこんな時に限って、リモコンの電池が切れているんだ。冗談じゃない。俺はため息をついて、背中を壁に預けた。
ポストに入っていた手紙を開いた。
あの男と出会った、いやあの時は顔を合わせてないから出会ったとは言わないか? まあともかく知り合ったのは去年のこんな時期だったっけか。たまに手紙を寄越してくる。
相変わらず奴は元気にポケモンを育てているらしい。でも、もう二度とテレポートはしない、とか。
手紙を畳んで封筒に戻して、おにぎりにかけられた封印を解く作業に入った。。
「ぴかー」
俺の後ろから、声がした。
封を開ける手が止まった。
いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
聞き間違いか? と思いながら、俺はまたビニールを引っ張った。
「ぴかー」
おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。
以前より少し高いその声。今度は何だ。女か。俺の家の壁は呪われてるのか。
頭を抱えて、俺は言った。
「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」
++++++++++The end?
1月31日夜のついった。
(久方)えるしっているか さむいへやのなかで ひとりたべるこんびにべんとうは ちょっとさみしい
(キトラさん)もしもし、あたしくろみ!いまあなたの後ろにいるの!
(久方)壁の中だと……ごくり
(キトラさん)新たな物語「壁の中」
(砂糖水さん)こうして新作「壁の中」は生まれた
(久方)塀の中の町に生まれた俺は、全く町の外に出る事のない、この町の中ではごくありふれた生活を送っていた。
ある日、いつも通り空き部屋と面した壁を背もたれに、冷えた飯をかきこんでいると、俺の後ろから。
「ピカー」
……壁の中に、何かいる。
(砂糖水さん)ピカーwwwwwwww
(キトラさん)ピカーwwwwwまさかのPにつなが(当局はスナイプしました
そんな勢いとノリの産物です。
【好きにするがいいさ】
【もちろん120%ギャグです】
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