マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  [No.3087] クロ(2) 投稿者:Skar198   投稿日:2013/10/28(Mon) 00:50:12   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:鳥居の向こう

2.

「……ポケモン……?」
 そういう言葉がが出るのにしばらくの時間を要した。
 ポケモン。引き取る。おおよそ母が使うには似つかわしく無い単語の組み合わせだった。
 珍しい事だった。母が俺に自ら話を振るとは。それは同時に振られる話題がろくでもない事であるという事を示してもいた。
 すると母が珍しくフタキの隣に座るサーナイトを見たかと思うと、こう言った。
「ラルトスなの。介助ポケモンの試験に適合しなかった子なのよ」
 ノルマなのだ、と母は言った。弟のフタキに割り振られた介助ポケモンのサーナイトは希望者が多い。が、シンクロサーナイトの介助というのは近年確立されたものであって、盲導ポケモンやその他の介助ポケモンなどに比べれば育成が進んでいないのが現状だ。そしてこれは盲導ポケモンなどでも同様だが、訓練を施していく段階で不適合とされる個体も当然に出てくるわけだ。
 待ちの多いシンクロのサーナイト。より早く希望のポケモンをあてがって貰う為にはどうすべきか――その答え、からくりのひとつが今、俺の目の前にあった。一体母は何匹のラルトスを「引き取った」のであろうか。
「そっちで引き取ればいいじゃないか」
 俺は当然に反論をする。だが、
「それが、同種族のポケモンを置いておくのは駄目だって。普通に飼育するのと介助ポケモンで扱いが違ってしまうとよくないらしくて」
 と、母が言った。
「そもそも事前の相談も無しに」
「それは悪かったと思ってる。本当は別の人にお願いする事になってたの。事情が変わったのよ」
 母が淡々という。料理をついばむ箸はとうに動きを止めていた。庭に生える立派な松の木の見える料亭の一室。本来なら和やかに風景を楽しみながら食事をするその場所の空気は険悪だ。
「お願いよ。協力して。介助用に訓練されていた子だからしつけは出来てるし」
 そういう問題ではない、俺は言った。
「下宿で飼えないなら、引越しの費用は出すから」
 そういう問題でもない、と俺は答えた。下宿でポケモンを飼っている同級生なら山ほどいた。
 誰か飼いたい人がいたらその人に譲っても構わないわ。続けざまにそう母が言ったような気がしたが右から左に通り抜けていった。母の隣、フタキがにわかに目を伏せた。横に正座するサーナイトは微動だにしなかった。介助以外には興味が無いというように彼女は自らの仕事のみに忠実だった。その事が余計に俺を苛立たせた。
 次の瞬間、まるでスマイル動画のボカロ実写PVみたいに遠い日の映像が脳裏に再生された。
 「追憶」と題されたその動画の投稿日は俺の十歳の誕生日の十日前で、動画の始まりは家の電話がけたたましく鳴り響り響くシーンからだった。受話器を取った母は血相を変えて家から飛び出し、夜に時計の短針が一番上を指しても帰ってこなかった。朝、お腹をすかせたままリビングのソファで眠りについていた俺を起こしたのは父だった。
 ――カズキ、落ち着いて聞きなさい。
 響いたのは父の意を決したような声だ。
「今更ポケモン? 引き取れって? 冗談じゃない」
 俺はゴネた。耳にはおおよそ大学生らしくない調子の俺自身の声が響いていたが、自分でも制御が利かなかった。だって許せなかった。ようやく手に入れた心の平穏、今の環境。それがこの人の介入によってそれを乱される事がどうしても許せなかった。それに、今更……。
 この人は覚えていないのだろうか。かつて自身の長男が十歳になってポケモンを持てる年齢に達したとき、自分が何を言ったのかを。毎月毎月茶番に付き合ってきたのは、最低限の付き合いをし、それ以上の干渉はさせないという俺なりの意思表示だった。だが、付き合った挙句がこの仕打ちか。
 けれど、母は淡々と自らと弟の事情を述べた。そこに俺の感情は入り込む余地が無かった。歩けない弟の為――それが理由であれば俺に何でも要求できる。それが母の論理だった。この人は昔からこうなのだ。だから高校を卒業して家を出た。親から経済的な援助があるとはいえ家から出た俺をこの人は未だ振り回すのだろうか。俺は断固拒否の構えをとった。
 だが結局、父が間に割って入り、「特典」を付加した上で一週間後に地元のセンターで引き取る事に落ち着いた。ポケモンを飼うならフード代がいるから、保険や各種の手続きも必要だから、他にもいろいろ入用だから。もろもろの理由をつけて、仕送り増額の上での合意だった。さすがに一人暮らしの資金を出してくれている父が相手では文句が言えるはずもなく、俺はしぶしぶ了承した。
 だが悪くなった部屋の空気はもう元には戻らなかった。あなたはカズキを甘やかしすぎる。母は父に苦言を呈し、俺はデザートを前に部屋を飛び出した。石の敷かれた玄関で靴を履くと、ガラガラと引き戸を開き、そして閉めた。いくつかの石灯篭の横を通り過ぎ、敷地から出ていった。脳裏で、一次停止していた動画の続きが再開されていた。
 ――フタキが大怪我をして入院した。
 あの時、父は俺に言った。フタキがゴローンの落石事故に巻き込まれた、と。
 それは放課後、小学校の裏山での事だったらしい。突如山道から転がり落ちてきた岩石ポケモンの重い身体がフタキの身体を吹っ飛ばした。普段そのような事は考えられない場所での不運な事故。吹っ飛ばされて叩きつけられた弟は重体となり、三日間目覚めなかった。幸いにも押しつぶされる事を免れたフタキは、手足が潰れたり、千切れるような事は無かったが、目覚めた時に痛みの中、異常事態に気が付いた。
 足が動かない。
 フタキは下半身不随の状態になり、歩けなくなっていた。

*

 渡まぐろ(仮名)はネットの小説書きだった。二次創作作家にして腐女子だった渡は「進撃の巨大ポケモン」というバトルアクションセカイ系マンガに大ハマリした。キャラB×キャラAのカップリングがお気に入りだった渡はせっせと小説を量産した。渡の文章力とストーリーテリングには定評があり、それなりにファンもついた。だが渡には不満な点があった。それは進撃の巨大ポケモンで最もメジャーなカップリングはB×Aではなく、A×Bだった点だ。腐っていない諸君には理解できないかもしれないが、ABの順番の違い、この違いはめちゃくちゃでかい。少なくともパンとご飯、男女くらいには違う。いやそんな生易しいものではないかもしれない。とにかくそれくらい違う。そこで渡は行動に出た。先日、グローバルリンク経由でカロスからやってきたブラッキーにこう命じたのだ。
「A×Bの人気を盗んできて」
 そうして人気は盗まれ、B×Aのほうに人が流れた。渡の小説のブクマ数は瞬く間に伸び、ついにランキングの一位に躍り出た。だが同時に、何人かの人間から脅迫めいたメッセージが届くにようになった。
「あなたはA×Bを書くべきです」「B×Cを書いてください!」「なんでB×Aなんですか! 貴女が書くべきはC×Aなんです!」
 彼女はカップリング論争の渦中に引きずりこまれてしまった。年の二回カントーで開かれる腐女子の決戦にも参戦した渡の薄い本はよく売れたが、大量に貰ったファンレターのいくつかにカミソリが仕込まれていた。彼女はジャンルから撤退すると、ブラッキーを手放した。

*

〔腐女子こえー〕
 俺は親指を動かしてレスをした。
 一週間はあっと言う間で、ラルトスの引き取りの日がやってきた。地元のポケモンセンターへと足を進める俺の右手にはスマホが握られていて、画面に小さな文字が並んでいる。今日もブラッキースレに新たな一話が加わっていた。
 この町のセンターに来るのは初めてだった。自動ドアが開くと、すぐ先にはロビーがあり、種々のポケモンを連れたトレーナー達が集っていた。まっさきに目に入ったのは短パンのトレーナーが連れた黄色い鳥人、ワカシャモだった。ホウエンで貰える最初のポケモン、その一種の進化系だ。俺はしばしそれを見つめていたが、彼らの横を通り過ぎ受付に声を掛けた。
「ポケモンの引き取りに来ました、スズハラと申します」
 そう言ってトレーナーカードを見せる。十歳になる少し前に講習を受け発行され、十歳になって有効になったものの結局は使う事の無かったカードだ。身分証としては便利なので毎年更新だけはしていたが、まさか今になって本来の使い方をする時が来るとは思わなかった。受付嬢はカードを受け取ってスキャンすると、パソコンの画面を確認する。
「はい、確かに」
 彼女はそう言うと奥の部屋の装置にはめられたいくつかのボールの中から、一つを取り出して俺に渡した。
「念のため、ポケモンを確認ください」
 受付嬢がそう言って、俺は不慣れにボールを放った。赤い光が漏れて、ロビーに緑色のキノコの傘をかぶったみたいな白い肌のポケモンが現れた。
「はい、間違いありません」
 俺はそう言うと早々にラルトスをボールに戻した。そうしてセンター内の二階へ足を運び、さる手続きを行った。考えがあった。
 そうして俺はその日をセンター最寄のカフェや本屋など、ショッピング街を回りながら過ごした。もしかしたら今日中に結果は出ないかもしれない。むしろ明日にでも見に来たほうがいいだろうと思う一方、早く済ませてしまいたいという気持ちがあった。そうなったほうが俺とラルトス、お互いにとっていいだろうという風にも考えた。スマホにイヤホンを刺し、ミミの曲を聴きながらマンガを立ち読みし、時々ブラッキーのスレを覗きながら、その時を待った。
 あの食事会の後、駅を目指しながら夜風にあたっていると熱を帯びていた頭も少しずつ冷えてきた。俺はいつものようにスマホに映る151ちゃんのスレをスライドさせながらある事に気が付いた。
 そうだ。嫌ならば手放せばいい、と。あのスレのブラッキーのようにグローバルリンクを使って誰かと交換してしまえばいいと気が付いたのだ。その事に気がついた時、みるみる気持ちが楽になった。
 無論、ラルトスに罪は無かったが、俺にはラルトスを飼う気が起きなかった。大きさもシルエットも違うとはいえ、あのカラーリングはどうしてもサーナイトを連想させた。サーナイトは同時に母と弟を起想させ、俺を憂鬱な気分にさせるのだ。せめてラルトスでなければ、気持ちに踏ん切りもつくのではないか。俺はそう考え、ラルトスを引き取り早々に交換に出すことを決めた。
 事前の下調べによれば、このポケモンはそれなりに人気があるようだった。よほど厳しい条件を提示しない限り交換の相手はすぐに見つかるだろうと期待できた。早ければ数時間でトレードは成立する。もちろん条件は出来る限り緩くした。ポケモン種族は同族で無い事意外の条件はつけなかったし、性別にも指定は入れなかった。俺はラルトスをGTS――グローバルトレードステーションに預け、交換が成立した場合、スマホにメールが届くよう設定した。
 スマホをいじる。ブックマークからスマイル動画を開く。自分の最新曲を見たが伸びはよろしくない。再生をする。自分では気に入っているのだが。

*
 
 私の知り合いの知り合いの話なんだけどね、ネットアイドルやってた子がいたのよ。でも正直、顔が微妙でさ。写真加工ソフトでお化粧はしてたけどぜんぜん駄目だったんだって。でもある時にめずらしいポケモンを交換して貰ってから、どんどん人気が出てきたらしいよ。急に綺麗になりだしたらしくて、その子の友達もびっくりしたみたい。でもね、一ヶ月くらい経って突然やめちゃったんだって。なんでやめちゃったの? って友達が聞いたら、気持ち悪いメールがいっぱい届くようになったから、だって。
 で、このスレ見て思ったんだけど、たぶんその子、例のブラッキーを交換して貰ったんじゃないかなって。ブラッキー使って人気アイドルの「顔」盗んじゃったんじゃないのかな。他にも体型とか胸の大きさとか盗んだのかもしれない。でもさ、人気アイドルに近づけば近づくほど、その子の負の部分もくっついてくるんだと思うんだ。たぶん気持ち悪いメールって元の「顔」の持ち主の過激なファンか何かでしょ。そういう部分、全部引き受けちゃったんじゃないのかな。

*

 スマホが鳴った。それは俺がちょうどパスタ屋でアボガドバジルソースをすすり上げている時だった。新着メール欄を見るとポケモンセンターからで「交換が成立しました」と、あった。残り三分の一ほどになったパスタを急いで腹に収めると、ポケモンセンターに引き返す。自動扉が開くのと同時に二回へと駆け上がり、転送マシンの前に立った。
 一度息を大きく吸って、トレーナーカードを通しスキャンする。インターネットカフェのコーヒーマシンに似た転送装置は銀色に鈍く光っていて上と下から電気ショックに似た光を放った。上下から来る光は瞬く間に丸い形を形成して、それはポトリと落ち、底にはまった。
 黒いボールだった。モンスターボールの赤の部分がそのまま黒になっている。
 一体どんなポケモンが。心なしか胸が高鳴る。マシンからボールを取り上げると、放った。光がシルエットを形成する。四足が見えた。よかった。そこまで巨大なポケモンではなさそうだ。が、光が弾けたその瞬間、俺は目を見開いた。
「そんな。まさか……」
 それはある意味、俺が最もよく知っているポケモンだった。
 毎日毎日、名前を見ているあのポケモンだった。
 それは黒いポケモンだった。すうっと伸びた大きな耳、すらりとした体型のその獣の瞳は大きく赤く、額には金色の輪っかがあった。
「……ブラッキー!?」
 それはイーブイの進化系。何種類かいる進化の分岐の、その一つ。
 まさか。俺は思った。
 まっさきに浮かんだのは件の噂。でも、まさか。
 俺の脳内は今までに読んだスレの数々を走馬灯のように思い出していた。
 そんなはずはない。あれはただの都市伝説だ。
 だが、抑えれば抑えようとするほどに心臓は鼓動を早めていく。すると、
『にゃあ』
 ブラッキーが俺を見上げて鳴いた。一気に身体の力が抜けていくのを感じた。俺はそのままへたりとしゃがみこんで、そして言った。
「はは……、そうだよな。これからよろしくな」
 月光ポケモンの頭に触れる。暖かい感触が伝わってきた。初対面の主人にも関わらず、ブラッキーは目を細めて顔をこすりあわせてきた。
 よかった。こいつとならうまくやれそうだ。
 帰りにもう一度、ショッピング街へ寄り、フードとポケモン用のベッド、トイレを買った。ブラッキーを交換で貰ったのだと言ったら、皆羨ましがった。店員さんはフードについてくわしく話してくれたし、ブラッキーの身体の大きさに合うベッドも選んでくれた。大きな荷物を抱えて下宿に戻る。ベッドとトイレの梱包を解き、ポケモン用の赤い皿にウェットのフード缶を開けると、モンスターボールからブラッキーを出した。
 黒のポケモンはきょろきょろとあたりを見回すと、ひとしきり俺の部屋をふんふんと嗅ぎまわった後、フードに口をつけた。さすがにアドバイスして貰って購入した品だけあって食いつきはいい。
「狭い部屋だけどよろしくな」
 俺は言った。二十代に近くなっての初めてのポケモン。こんなにわくわくするのは久しぶりかもしれない。
 そういえばセンターでプロフィールを貰ったっけ。そんな事を思い出してバッグから紙を取り出した。ベッドに横になり、ひとしきり眺める。おやの名前欄にはアンドリューとあった。外国産か。
「ふうん、ニックネームはついてないんだな」
 すっかりフードを食べ終わった月光ポケモンを見て言う。
「なら、俺がつけてもいいよな?」
 おやがつけたニックネームは原則変えられないが、これならよさそうだ。
 ブラッキーは再び俺の部屋を嗅ぎまわると、机に飛び乗った。パソコンを覗き込む。電源の切られたパソコンに、ブラッキーの赤い瞳がおぼろげに映る。
「そうだな。クロなんてどうだ?」
 しばらく考えた後にそう言った。さすがに安直だろうか。
 ブラッキーから返事は無い。まあ、そりゃそうか。俺はプロフィールの紙を畳むと、ごろんと寝返りをうつ。今日は早めに寝ようなどと考えた。
 事が起こったのは、その数秒後の事だった。
『……ひどいネーミングセンスだ』
 突然、男の声が聞こえた。
「えっ?」
 俺は思わず身体を起こした。声の発生源は机の方向だ。机には一匹の黒いポケモンが乗ったまま本棚を見つめている。
『ふーん、お前、ボカロPなのか』
 また男の声がした。
「…………」
 本棚に目をやればインストール済みの飛跳音ミミのパッケージがあった。それを見つめるブラッキー、その口は間違いなく動いていた。本棚に向けられた視線が俺のほうへと動く。赤い瞳と目があった。
 真っ白になる頭の中、動画の再生が始まった。何年か前、スマイル動画の黎明期に見つけたあの文字を読む動画が。タイトルは確か、盗まれた才能。
『欲しいものは何だ?』
 クロと名付けたブラッキーは言った。

 彼の種族はブラッキーである。
 得意な技は「どろぼう」。

 彼はグローバルリンクを彷徨うポケモンだ。何度も何度も交換されて、持ち主を転々としているという。
 
『お前は何が欲しいんだ?』
 狭い部屋に声が響く。それは若い男のような声で。
『才能か? 再生数か? それとも――』
 黒のポケモンは再び問うた。


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